カテゴリー「京都」の193件の記事

宵々々山

Img_6962 暑い。  京都は、38度を超えた猛暑日だ。

 「仏青例会」に続き、若者を連れて祇園祭の宵々々山へ。土曜日なのに、四条通りは車が行き交い、屋台も出ていない。車の音に、Img_6923祇園囃子がかき消され風情という点ではいま一つ。それでも、呑み助には、生ビール片手に街中をブラブラするのが楽しい。

Img_6927 飲食店はどこも満席で断られ続けたが、知っているイタリアンのお店が空いていた。暑いのでホッと一息。食事を済ませて、散策を再開するも、すぐフルーツかき氷屋の前で、足が止まっている。

 若いということは、歴史や蘊蓄より食い気のようだなー。
 ぼくにはもう昔に話。
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《今年も聖徳太子ゆかりの太子山から》
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《新調なった太子山。中央は聖徳太子、見えませんが》
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《↑白楽天と鳥窠道林の「仏教とは?」の例の問答》
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《↑放下僧を祀る放下鉾。「一切を放下せよ」》
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《↑宵山は、別名、屛風祭》

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一足早く

Img_6897 久しぶりに京都シネマで2本観た。メキシコ映画の「母という名の女」と、フランス=ベリギイーの「汚れたダイヤモンド」。2本と見応え十分で、大満足。特に「汚れたダイヤモンド」は、ノーマークだったが、今年これまでの収穫の一つ。詳しくはまた触れたい。

 京都シネマの運営会社が、経営危機でニュースになったばかり。観客Img_6901として、もっとも貢献している一人としては、正直驚いた。劇場は継続されるとのことで、一応は一安心か。 

 今日は、恒例の祇園祭のうちわをもらったImg_6907が、劇場を出ると、祇園囃子が聞こえてきた。

 音に引かれてきると、鉾の曳き初めで、四条烏丸の交差点を通っていた。予想せず、ラッキー。

 次は、鶏鉾のようで、参加したい人が集まってきていたが、スルーした。

 映画といい、曳き初めといい、予定外の収穫があった日。

 

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アメリカ同人の来館

 朝、コーヒーを淹れていたら、「アメリカのヘンリーさんです」との内線連絡。「電話?」と聞き返す。「今、道場でお待ちです」と。アメリカから急な来客に、びっくりである。ちょうど一年前はアリメカ布教に最中だった。そのときはお会い出来なかった。そのことを告げると、残念ながら訪米のことはご存じなかったようだ。

 来館の一つは、悟朗先生のお悔やみである。遅くなったと頭を下げられた。共に、勤行をさせていただいく。

 悟朗先生のお育て一筋で、聴聞されてきた。アメリカの同人は、仏縁ある日系の方と結婚されご縁を結ばれるという方が多いが、彼女の場合はまた違う。ご主人は白人で、真宗とはなんの縁もない。しかし、不思議なことにフレスノの川手家とのご縁がつながってきた。その主人は享年52歳でお亡くなりになった。そして、昨年12月にご長男が急死されたという。まだ42歳という若さだ。共に突然の病死だったという。だが、聴聞が徹底されている。無常の理をしっかりと受け止めておられる。涙はあったが、いくら後悔していももう戻れないことを受け止めておられる姿は、尊かった。
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 ただせっかくの仏法の喜びを、自分のところにで止めてしまったことを懺悔された。とてもやさしい、すばらしい息子さんだという。実は、ぼくも初めての訪米の時には、まだ子供だった彼とも会っていImg_6803る。いつかはきっとご縁があるだろう。いつかは話をしようと思っていたが、急逝された。「いつかは」がなかったのてある。まさに、仏説まことを痛感されている。ならば、Img_6814残された娘さんにはなんとか仏縁を結びたいのだと。それで、アメリカ同行で、英語で仏法を話してくたざる方を求めてやってこられたのだ。もちろん、うってつけの人がおられる。まずは、導入からである。

 Img_6820せっかく来館なので、お昼をご一緒してから、ご本山をご案内する。何度か会館にはおいでになっても、京都見物などしたことはないという。それで、西本願寺も初めてだといわれたので、御影堂や阿弥陀堂に、国宝の唐門、そして龍谷大学にも足を延ばした。もうしばらく日本なので、今月の東京支部法座でお会いすることになった。法座でのご縁は楽しみだ。

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地下鉄十条駅「Kyoto FOOD HUB & LABO」篇

Img_6776夜8時を回って、高山法座から帰宅する。3人で、近くのお好み焼き屋「なりた」へ。実は、ここの前職は写植屋(若い人にはわからん職業だ)で、華光誌の表紙を造ってもらっていたのだ。ところが、臨時休業だ。仕方なく、少し歩いたところの知人の鉄板焼き屋に向かっImg_6780た。でもここも閉店だ。札ノ辻界隈は日曜定休の店ばかりで、どこもダメである。烏丸通にはいると、B級グルメの王道、ホルモン「はやし」があるが、今夜はパスして、地Img_6778下鉄十条駅にまで進む。

 実は、十条通界隈にこんな洒落た店ができて、前から狙っていたダイニング・カフェImg_6779バーに入った。この界隈に、こんなお店ができたのがとても不思議。先客3組も、みな白人のカップルだ。お好み焼きや、ラーメンなどお店を探して徘徊しているうちに、最後はこの店になった。

 会館の近くにはアメリカ人が経営するビール工房ができているが、そこの地ビールが出されていた。まずは、「一意専心」というクラフトビールを頼む。カクテルでダイキリせ呑む。飮み物はまあまあだった。でも料理も、イタリアンを中心においしかった。たっぷりとした肉が売りらしいが、今夜はパス。

 立地を考えると、値段が高目なのが難点。ちょっとした時には使えそうだが、あんまりちょっとした時はないかもしれないなー。どうか生き残れますように…。

 

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本山のツツジ

Img_6330 3日間の寺院布教を終えて、華光の永代経法要の準備である。

 布教を終え帰宅すると、すぐ同朋観光との打ち合わせだ。永代経法要までに聞法旅行のことを詰めておきたかった。

Img_6346 あと2日間しかない。その間に、会議に向けた書類作り、分級座談会の打ち合わせ、さらには法要次第の確認、支部長会議の案内など事務作業が続く。そのなかでも苦手な法名軸の記載Img_6351は時間がかかる。今年は、お申込みが少なくて楽であったが、それはそれで経営的Img_6336には困る。

 申込者の粗供養はお念珠を購入に出かける。本山前の芝川骸骨堂との深いおいわれは、まだここには書いImg_6333たことはない。包装の合間に、山亀さんへ。花まつりの甘茶を購入し、本山のブックセンターでも買い物し用事を済ませた。

 今日は好天に恵まれ、本山のツツジも一層な映えている。

 準備ばかりに追われているが、法話も2席ある。こちちはだいたいの腹案ができている。聖典講座を観経を読んでいるので、そのあたりを中心にしようと考えている。準備はたいへんでも、大きな宿泊行事は楽しみである。
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「夢の天国さくらの園」原谷苑

 Img_3305連れ合いは、3月下旬から東京住まいである。4月14日からの舞台稽古や準備があるからだ。それが稽古の空きで、急遽、戻ってきImg_3322た。2日間だけの休みである。

 母を連れてサクラを観に行く予定の日だった。だんだんと歩くのが不自由になっている母は、カバン車を押して歩ける範囲Img_3304_2なので、段差のあるころや石畳、砂利道はNG。行ける場所が限られてきた。それが今年Img_3321は、Tさんお勧めもあって「原谷苑」に行くことになっていた。名前だけは聞いたことがある程度で、初めて訪れる。最近はサクラの隠れた名所として認知されてきているようだ。

 道中は、金閣寺から衣笠山を行くか、御室から八十八ヶ所の山を超えていくのかの二通りがある。行きは天神川沿いのサクラを見ながら進み、御室仁和寺の脇道を上がってった。御室桜は「五分咲き」の標示がある。遅咲きで有名だか今年はかなりImg_6118早い開花。そこから細い急な山道を進むと原谷の集落が開けてくる。ちなみに帰路は、金閣寺の方に降りてきた。金閣寺の塀沿いを走るが、木々があって肝心の金閣寺はまったく見えなImg_6011い。

 荒れた山沿いを切り開いた山中にあって、さくらの時期は、麓でシャトルバスに乗れかえなければならない。しかも入場料は変動制で、サクラの時の入山料は、お一人Img_3347様1,500円というから、かなり高め。円山公園や哲学の道なら無料である。

Img_6112_2 が、その値打ちは十分にあった。見事なサクラの園である。

 パンフレットには、「夢の天国さくらの園」Img_6030原谷苑とある。まさに夢のような光景だ。最近は、サクラといえば染井吉野となっているが、ここは枝垂れ桜が大半で、山桜などの種類も咲き誇っている。そこに、椿や雪柳、木瓜などがImg_3326色添えを揃えている。このあたりは、十分計算されているようで、しだれ桜のピンクに、白い桜がまじり、他の花が色添えを揃えている。

 山の荒れ地を開いただけに、坂道やなだからでも上下した山道で、母はかなり苦戦している。それでも、床几やベンチがあっちこっち点在Img_6063しているので、なんとか座ることはできた。母が行けたのは、行程の1/3程度だが、それでもその見事さに、何度も感嘆の声を上げている。もし、最初からこんな山だったら諦めていただろうが、知らぬが仏で、そのおかげで、みんなサクラを堪能することができたのだろう。

 おススメです。
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さよなら、京都みなみ会館

Img_5923京都みなみ会館で、最後の映画を見る。本当は、今月一杯だが、最終日の土曜日は福岡に出張中である。

55年というから、ぼくの生まれたことである。ぼくの初みなみ会館は、小学生の時の夏休みだ。東映か何かの映画まつりで、学校のあっせんで映画券が売られて、同級生と観に行ったことをよく覚えている。でも、ここは、長い間、ポルノ専門の映画館だった。それが中Img_5929学校への通学路だったので、ポスター(今なら修正しないとNGのポスター)を見るだけでも、うれしい、はずかし、ドキドキの時期である。そのころ1階のパチンコ屋も健在だった。

その後、RCSが運営になって(それもまた変わるが)、ぼくの手許に一番古い上映スケジュールが、ナンバー18(やっぱりか!)からである。1998年のことだから、20年前ということになる。その時は、インド映画の「ボンベイ」や北朝鮮のプルガサリ(伝説の大怪獣)などが上映されている。でも、その時に見たのは、オバカ映画の「オースティン・パワーズ」だった。その頃は、毎月1、2本は、夫婦で仲良く映画を見に行っていたのであるから、いま思えば信じられないことである。妙なところに話が逸れそうだが、これも無常ということか。

ぼくのみなみ会館のラストは、「死刑台のエレベーター」にした。映画館で見るのは2回目だが、これほどジャズとサスペンスがマッチした映画はない。マイスルのムードは最高だ。このマイルスのレコードも、また完全版のCDも両方持っているが、大画面で見るのはまた格別。

次の映画の上映まで東寺で時間をつぶして、最後に、劇場のサイン入れのドアの写真を撮らせてもらった。

感慨深いというより、寂しい。
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 さようなら~

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東寺のサクラ

Img_5867_2みなみ会館で、最後の映画を見る。本当は、今月一杯だが、最終日の土曜日は福岡に出張中である。

陽気に誘われて、東寺まで足の延ばす。

Img_5876いつの間には、満開に近くまで来ている。
夜にはライトアップされるが、夕方には東Img_5889寺道もたくさんの人が歩いていて、外人さんも多い。
といっても、京都ではまだ穴場のImg_5877方であろう。

今日は、有料拝Img_5891観はせずに、塀の外から眺めてサッーと撮影した。それでもこんな感じである。
これだけのきれいなのだから、来Img_5908年はぜひ、ライトアップも楽しみたいなー。

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祇園

Img_5063 修正会を終えて、家族で外食。
  京都の繁華街は、ずいぶん賑わっている。四条の南座前の交差点は黒山の人盛り。祇園の花見小路も、八坂神社に近くこともあっImg_5062てか大勢の人が歩いていた。忠臣蔵で有名な「一力」を通って一筋目。

Img_5041Img_5045 たまたま年末に情報誌で見つけた初めてのお店。お茶屋を改造したのだろうか。

 これがよかった。京都の正月Img_5047料理のイメージ。お雑煮も、白味噌の丸餅、金時人参に、蕪。八寸は、お節料理のちょこちょこした盛り合わせ。クワエなど京野菜が使われていた。

Img_5051 大人ばかり6名と、去年より人数が減って寂しくなったが、お酒もおいしくて、元旦から御馳走になりました。

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細見美術館~末法展~

Img_4931_2 ずっと気にはなっていたが、初めて岡崎になる細見美術館に行く。このあたりは、京都の文化ゾーンでホールや会館、そして大小さまざまな美術館が点在している。大きなところでは、国立近代美術館。その対面に、京都市美術館がある。その周りには、野村美術館や泉屋博古館、そしてこの細見美術館と、小振りだが、センスのいい私立美術館があるのも魅力的だ。特に今年は、四条大橋にある南座が耐震工事中で、美術館のお隣のロームシアターで顔見世興行が行われているので、一層賑やかImg_4941だった。

 細見美術館のテーマは「末法展」だった。テーマに魅力を感じていた。が、美術館としても強い意図もった企画で、今日(端的にいうならば、国宝展のような大企画、国宝○○点とか、新発見といったセンセンショナルなマスコミや美術館が造った)の美術展示のあり方に、小さなImg_4938抵抗をおこなう企画で、あくまでも一人称で語られる、小さな美術館だから出来る企画だった。

 ただし、テーマはかならずしも仏教的な意味での末法ということだけに特化されたわけではないが、今日の美術界の有り様が「末法的である」という拡大解釈で行われていた。展示所も小さく展示品も60点ほど。しかし、しいと思える作品がたくさんあったのがよかった。美Img_4946術館も、そして展示物も、品があるのだ。中でも、興福寺伝来で明治の元勲、井上馨が所蔵していたという「弥勒如来立像」は、気品もあり、とても美しかった。また末法とは関係ないが、長谷川等伯の屏風絵、与謝野蕪村、円山応挙が、小さなImg_4947作品だが一室になった。応挙の「驟雨江村図」にこころ引かれた。

 ただ、三階(実際は地上1階で地下におりるのだが)二階、一階へと階段を歩くのが母には難しく、特別にエレベーターを使わせてもらった。普段は職務用なので、職員がいちいち付いてご案内してくださった。その親切な対応も有り難かった。

 詳しくは、こちらで。(寺の写真は、向かいにある日蓮宗の寺院)

http://www.emuseum.or.jp/exhibition/ex056/index.html

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