カテゴリー「法味・随想」の222件の記事

イキイキした法座を、共に創造していきましょう

  華光会の永代経法要を前に、今日から3日間の寺院布教にお招きいただく。

 事前に寺報に掲載される巻頭の言葉を書いた。

 結局、華光の集いであろうが、寺院布教であろうが、ぼくの法座に臨む姿勢、態度のようなものである。3日間、楽しみである。

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 4月の別修永代経で、皆さまとの2年半ぶりの再会を心待ちにしています。
 ところで、皆さんは、お寺の法座をどう思っておられますか? 最近、ご講師の力量は上がり、知識も豊富、教義の裏付けもあり、話術も巧みな先生が増えています。でも、それに伴い法座が活性化されているかというと、そうともいえません。法座が、立派な先生の「結構なお話」を聞く講演会か、教義の勉強会のようになっていませんか。

 法話という伝道形式は、一方的なコミニケーションです。しかし正確には、決して一人では成り立たず、話し手と聴き手が、共に創造していく共同作業の場です。でも、テーマを出すのは話し手。ちょうど料理店でシェフのおすすめ料理を食べるようなものです。既知の講師なら、和食かフレンチかと、だいたいの中味は察しがつきます。だからそれを楽しみにできるが、常に主導権は説き手側にあります。どうしても、聴き手は、受け身で、おまかせのサービスを受けるだけで終わってしまいます。だから、何となく参詣し、「よかった」「眠たかった」「難しかった」…批評的な感想で終わってしまいがちですね。

 人と人との出会いは、予期せぬ化学反応も引き起こします。しかし法座は、人間の出会いだけを喜ぶ場ではありません。本来の法座は、人と人の出会いを超えて、私がご法に出遇っていく場です。浄土真宗でのご法は、南無阿弥陀仏の名号法です。私が南無阿弥陀仏に出遇せて頂く場だということです。つまり、ここに集うお一人お一人が、南無阿弥陀仏という、いま、ここに生きて働いておられる仏さまに、お出遇いをさせて頂き、ほんとうの幸せをいただく場なのです。ご本願の前では、僧も俗も、男も女も、聞法歴の長短も関係なく、平等です。ぜひとも一方通行の法座で終わらず、ここに集う人々が、共に聞き、ご法の喜びを語り合い、分かち合っていきましょう。もし本願に疑問がある方は、その不審を尋ね、また初めての方も臆せず、率直な思いを表明して下さい。そして、阿弥陀さまのお力で、「南無阿弥陀仏」に溢れたイキイキとした場を、共に創造していきましょう。

 そのために、ぼくも、精一杯、おのれを開いて臨む3日間にしたいと願っています。合掌

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温かい一言

華光同人のお孫さんに当たる方の三十三回忌法要。

  散る桜 残る桜も 散る桜

享年十四歳。あまりにも早すぎる突然の死だった。春休み、明日から学校という夕方、学習塾へ「行ってきます」と言葉が最後となる。目撃者のない交通事故だった。
とにかくまだ学生だったぼくにとっても、印象深いことがたくさんある。当時、七日七日のお参りの間、学習机の上は彼女が出かけたままで、時間が止まっていた。元気な声で「ただいま」と帰ってこられるかのようだった。

それから33年もの月日は流れた。学生だったぼくも、すっかり中年だ。父も亡くなっている。
ご姉妹も、ぼくと同じ世代になっておられた。それぞれの業縁とはいえ、人生はほんとうに厳しい。

お姉さまが、そのとき覚えていることのひとつが、父の言葉だと教えてもらった。

火葬場でのことである。逆縁なので、両親は焼場にはいかれなかった。そのふたりの姉妹に、父が、「『かわいい妹さんのまま覚えておいてあげて』と、骨を拾わさずに帰してくださったというのである。その言葉のやさしい響きが、胸に迫る。三十三年前のことが、たった一言で、今のことのように、そこにいる人達の涙となった。

ぼくにとっても、父の発した意外な言葉だった。それでも、三十三年たっても、その暖かい言葉が、人の心に残っていることに感銘させられた。

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通夜の法話は、、。

  またまた町内会でお悔やみがある。60軒ほどの小さな町内なのに、年に3~4件は訃報が入る。特に、寒い時期、暑い時期は、よくある。

喪主は、一学年下の方で、小学校の時には毎日のように遊んでいた。書道教室にも熱心で、一時は、書道の教職を目指しておられたときもあった。 葬儀を執り行うのは、同級生の浄土真宗本願寺派のお寺だ。といっても、彼は次男で僧籍は取っているが、お寺には入っていない。

 通夜は、三奉請、表白、そして、頌讃と続いて、正信偈六首引である。通夜で、頌讃を初めてきいたが、なかなかお上手で、この流れもかっこよかった。ホールは静かで、時折、雑談の話声が聞こえる。ひとり僧侶の読経の声が響く。正信偈から勤行させてもらった。もちろん、抑え目に出したが、最初だけ、始まってしまうと関係ない。お念仏は、大きな声でさせていただいた。が、最初に司会者から、「合掌」という合図があったが、最後はなかったのは、残念だ。

 ちょうど1年前の1月にも、このお家の葬儀があり、同じ先生のご法話を聞かせていただいている。前回は、死後の世界、七七日までの審判の話だった。今日は、最初は、故人の思い出を話されて、亡くなられたことは寂しいことだが、けっして塩をまいて忌むことではない。なぜならば、浄土真宗では、阿弥陀さまのお力で、みんなが間違いなくお浄土に行かせていただく。倶会一処で、誰もが、間違いなく、よい世界に生まれることができる。どうか安心してください、と堂々と仰るのである。よくよく聞いていたが、一言も、「お念仏を申して」とか、「ご信心ひとつで」という言葉はなかった。はっきりと、二度、三度も同じことを繰り返される。ここまで堂々とされると、後の話が耳に入ってこない。その後、前回と同じく、私と亡くなった方を分けない。みんな無常の身などとも仰っていたようだが、、。

 せめて、「阿弥陀さまの願いは、皆様すべを必ず浄土に生まれさせるというものです。その願いが皆様にかかっています」とか、もう一歩踏み込んで、「そのお心をお聞きさせて頂きましょう」「南無阿弥陀仏と申しましょう」というのならともかく、「浄土真宗では、みんな間違いなく浄土(よい国)です。安心してください」では、、。

 いくら通夜の法話とはいえ、これで浄土真宗の法話かと、ちょっと憤りつつ、がっかりしたのであった。

  http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-852f.html

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福岡での家庭法座

  福岡のY家家庭法座。

  初日は、事務所での法座。2日目はご自宅での法座である。年2度の家庭法座を初められて10年近くなるという。

 最近の支部法座の会所(えしょう)は、会館の会議室などが主流になったが、やはり家庭での法席は尊い。家人は、掃除や広間の片づけなどで準備もたいへんだ。以前、京都や大阪の支部法座は、すべて家庭法座であったが、いまそれぞれ1カ所ずつになったいる。Y家では、自宅で宿泊もさせていただく。

 家庭法座が尊いのは、日頃ご縁ない家族が法席に座ってくださることだ。Y家でも、3世代が揃って、お仏壇に向かい称名され、ご聴聞くださった。普通、法事や年忌でもない限り、こんなことはありえないことだ。特に、Yさんのお母さまが、初めて顔を出してくださったのがうれしい。ぼくも、つとめてかみ砕いて「後生の一大事」についてのご法話をさせていただいた。

 また今回は、Yさんが一座、ご法話を担当されたことが大きい。それに合わせてお友達などもお参りくださたのである。もちろん、義理参りの方もあろうし、何かいい話を聞きたいとか、心の落ち着くものを求めておられる方もしれない。

 その意味では、聞法のレールにのっていただくことは、並大抵ではない。しかし、間違いなくこの一歩がなければ、次ぎの一歩もありえない。お勧めの側もただ願うだけでなく、法座に座っていただくという行動につながったことが、尊いのである。事実、何度ものご縁で、お子さん方の態度も変化しているのが、座談会の発言を聞いていると分かる。

 あの手、この手の種々のお導きの背景には、大きな願いがある。

 そうだ。私たちの後ろ楯には、とてつもない大きな方がどーんとついてくださっている。勇気をもって、有縁の方をお誘いしていきたいものである。

 

 

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龍象、火を吐きし頃

 報恩講が終わって、同人会ニュースの編集作業へ。先の総会の報告である。
 巻頭は、昭和21年の伊藤康善先生の誌上法話。法話というより感話である。いまから70年以上前の記事だが、父が、龍谷大学に入学した以降、龍大の真宗学生(僧侶の卵)が、華光に出入れするようになったことをたいへん喜ばれている。龍大は、真宗学の最高学府とはいえ、現在は大密林地帯だ、と言われている。その大密林地帯の野象たちが、慣らされた象に感化されて、信の一念の鉄柵に捉えられていく、伊藤康善先生のお得意の譬えである。が、最後には、龍大には宿善を篤い人達が集まっている。野象に譬えるのは失礼だといわれいてる。

 その後、後生の解決をした象たちが、再び密林に戻ったり、人間界に出たりしながら、さまざまに活躍をすることになるのである。野象ならぬ龍象である。龍象とは優れた象のことで、高僧の意味である。高僧を、威力ある龍象に譬えた仏教用語だ。

 まさに「龍象、火を吐きし頃」を迎えたのである。 

 しかし、それも70年前のこと。今日の龍大の姿をご覧になられたら、先生はどう思われるだろうか。

 その伊藤康善先生も、来年1月9日で五十回忌を迎えることになる。

 

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四十九日法要~「超然獨不群」

 今年も1月1日の「修正会」から、12月25日の仏青大会~成道会まで、さまざまな形式、さまざまな場所、さまざまな人と出会いながら、ご法座をもたせてもらった。25日で納めだったが、年末最後に「四十九日(満中陰)法要」を頼まれた。

 小さな子供さんがいて勤行が難しいので、最初は、「子供の聖典」をみんなで勤めてから、お『正信偈』。泣け叫び元気な声に負けないように、お勤めした。ご法話は、大人さんだけが聞いてくださった。

Img_7608_2 四十九日法要のほんとうの意義について。最後は、お仏壇の上に故人の筆で短冊が飾ってあったお言葉で結んだ。

 「超然獨不群」

 書が得意だった故人が、悟朗先生のお手本で学ばれたものである。 

「超然(ちょうねん)として、獨り群がらざれ」-故人にぴったりの善導さまのお言葉。

 けっして孤立主義ではなく、しかし世間に媚びたり、体制や多数派に流されることなく、そんなものに動じることなく、自らの信念を貫き、孤高に、往生浄土の念仏に生きる。

 そうありたいものだが、現実は難しいな_。

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ご示談

   ご示談のお申し出がある。

 お仏壇を前に、対峙して座ると真剣で斬りかかられる恐さがある。当たり前のことだが、凡夫のこの身には、何の手立ても、方法もない。だから、どこかで真剣を抜かれた時、途方にくれて、それを畏れている自分もいるのだ。しかし、ここに座った以上、唯一できることは、いま、ここで、こちらも覚悟決めて、真剣を抜いて立ち向っていくことだけである。

 ところがである。「聞かせてほしいと思います」などと、常に「○○と思います」という、自分の「思い」ばかりを語たるだけで、実際には一歩も動く気配がなく、1時間、、2時間、、3時間と、時間がダラダラ過ぎていく。ご示談を申し出た時点で、こちらの時間を殺していることが、まったく抜けているではないか。
 
 分からないことは、頭を畳みに擦りつけてでも、「お聞かせください」とお願いするしかない。
自分のいまの全力でお願いしていけばいいだけのことだ。

「それは自力ではないか」という理屈も、わが胸を眺めて、「聞く心はない」とか「シラジラしい」とか、そんな寝ぼけたことを並べる暇があるのなら、ここで対峙する必要はない。何も変えることなく、何も捨てる気もなく、大きなものだけを得ようというのなら、あまりにもムシがよすぎる。

 もちろん、全力でぶつかったから聞けるという問題でもない。が、昿劫以来の一大事だ。斬るか、斬られるか、その覚悟がないのなら、あまりにも空しい。

 結局、木刀ばかりを振り回されて、不消化のままで終わってしまった。

 まだ彼にとってはプロセスの一部なのかもしれない。

 

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大阪支部報恩講

 大阪支部の報恩講法座。

11月に、華光会館で開いてくださるようになった。以前の大阪支部は、同人宅の持ち回りだったので、報恩講の担当家になると、お赤飯がでたり、お斎がでたり、お酒が出ることもあった。いまは簡素になってはいるが、大阪支部の集いとして相続されていることが、尊い。一同で『お正信偈』をお勤めし、最後には「しんらんさま」の仏教詩歌を歌って、そのお徳を偲んだ。

 法話は、華光大会や葬儀、日高支部報恩講や寺院布教で味わったり、出会ったご縁を中心にしながらも、最後は、聖人の九十年の歩みについてお話した。報恩講なのである、聖人の恩を講らかにし、そのご恩徳の一端にでも報いるさせていただきたいのでだ。特に、九月に聞法旅行で聖人の聖跡巡拝させていただいだけに、より身近に聖人の歩みが感じられるようであった。その中で、やはり親鸞さまと法然さまとの出遇い。そして、一歩踏み出して聞き開いてくださったことが、今日の私たらが幸せをさせていただく一歩だったのである。そのことは、華光大会のご満座でも、また日高でも古老の態度でも、今日の華光の伝統して息づいているように感じている。一歩踏み出して聞く、これが今日のテーマだったのではないだろうか。

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日高支部法座

 今回も、夫婦で日高支部にお邪魔した。

 ここの法座に来るたびに、老苦、病苦、死苦から逃れることはできない厳しい現実を見せられる。刹那無常も、一期無常も身近に見せられる。支部法座すら難しいなってきている。今年は1座だけでもご縁を結んでくださった。少人数というだけでなく、信仰座談会もなかなか噛み合わない状態だが、ただ月忌参りもあるので、2日間をかけてお参りさせていただいた。

 月忌参りは、おひとりで対応くださるお家が多いが、家族中5名でお参りくださるところもあった。中学生のお子さんはイヤイヤの様子だが、短いがご法話まで聞いてもらえた。人生の実相を示した黒白二鼠のお譬えである。

 法座会所のS家に戻ると、さき程、脳梗塞で倒れながらも奇跡的に回復されているご主人を、娘さんたちお二人がリハビリ施設に送り戻ってこられた。子供大会からの仲間で、同世代の方々。一緒に勤行して、その後、親の介護話へ。母親の前でも、辛辣な言いたいことを言い合っている。ところが、そこに毒気がないのだ。だから、聞いてるほうも嫌な気分にならなずに、四方山話が楽しかった。

 次回は、50歳で往生された二人の間の姉妹の三周忌法要へのお参りの日程か決まった。淋しくはなるが、ご縁があるうちは、頑張りたいな。

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申し訳ございません

 朝、聖典講座の準備をしていた。早くレジュメを造らないと少しあせり気味。
   F君から電話。聖典講座のことだろとう思っていた。

「10時30分になりましたが、お待ちしています」

「?」

「今日は叔母の年忌法要でして、、」

「? !! ああ!」 

 そうだった。そうだった。お盆参りの時に、「聖典講座がありますが、10時からなら大丈夫です」と、時間までこらちらで指定しておきなから、すっかり忘れていたのだ。「すみません。すぐに窺います」と、大慌てで準備し、F家へ直行。幸いなことに、車なら3分ほどで到着する。しかし、50分も大遅刻だ。ご親戚の中に、「帰りの時間もありますから」といわれる方もある。「申し訳ありません」と平謝り。

 何かミスがあったなら、「サービスして多めに入れておきます」とか「おまけしておきますね」ということは、世間では当たり前。ところが、勤行は逆で、「早めに、短めにしておいてください」と仰られた。「いえいえ、遅れたお詫びに、長めに経典をあげますよ」と、もちろん共に冗談で申し上げた。結局は、普通に皆さんと一緒にお勤めして、またご法話もさせていただけた。中には、しっかり『お正信偈』を声を出して、お念仏も称えてくださる方もあって、うれしかった。

 そのうち、「人生も最終盤、子供たちに何を残るのか」という話題になった。お金や家を遺す、仕事を遺す、中には借金を遺す方も、悪名を遺す方もあるかもしれない。。でも、ほんとうにいざとなった時、私たちは、何を子供たちに相続させいくのだろうか。「結局、平穏な人生が一番ですね」というような話ではない。

 税務署からも睨まれず、保管場所にもこまらない。それでいてこの上ない宝は、阿弥陀さまのご本願のお法りであり、私の口をついて出る「南無阿弥陀仏」である。どうぞ、ご法のご相続をお伝えくださいと、結ぶことができた。

 聖典講座まであまり時間はない。でも不思議なことに、こんな時は集中力が増す。おかげで、講義に間に合って完成することができた。いよいよ「大無量寿経」も流通分(るずうぶん・結語)に入って、今月で終わる。 

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