カテゴリー「法味・随想」の272件の記事

業火に飛び込まれる

 高山~広島と5日間の法座とカウンセリング研修会を乗り切ったが、今日は午前中、お盆のかわりの年忌のお勤めがある。

 宇治の炭山まで、車を走らせる。例によって、六地蔵にある京都アニメーションのビルの横を通った。お盆の時は、たくさんの方が献花に訪れていた献花台は、事件の1ケ月を目処に撤去されていた。それでもこの地を訪れる方は多いようで、ビルに向かって手を合わせている人がいるのである。

 ご法話では、身近な話題なのでこの事件に触れた。先日、被害者の実名がすべて公表されたばかりで 改めて多くの若い才能が無残にも殺害されていることを、突き付けてられた。

 事件の数日後だったが、消火・救助活動にあたった京都市消防局の指揮隊長などの現場の責任者が、経験したことのない悲惨な状況であったこと、そしてあまりに火の勢いが強く、思うような消火活動、救助活動が出来なかった無念さ、無力さを、嗚咽しなから語っておられたことが、強く心に残っていた。火の中に飛び込み、一人でも助けたいという強い熱意と、しかし実際はあまりの火災にかなわなかった無念さからは、慈悲の尊さと同時に、人間の限界を教えられた気がした。

 そして、この世の火ではない。この火宅無常の世界で、しかも私の造った業火の中に、いのちを捨てて飛び込んでくださってる阿弥陀様の執念の深さ、恐ろしさも味わわせていただいた。南無阿弥陀仏

 

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お盆参り

   週末から、お盆まいりが始まる。

 初日は、伏見や宇治の方面に向かう。午前中の涼しいうちにと思っていたが、朝から猛烈な日差し。今日も猛暑日である。

 24号線を明治天皇御陵の道を抜けて、京阪六地蔵駅の前を通るいつものルートだ。

 しかし、今年は様子が違った。タクシー会社の駐車場の奥に、京都アニメーションの第一スタジオの黄色のビルが、真っ黒に焦げた姿で立っていた。いつも通るこの道で、このビルも見ていたはずだが、アニメスタジオとは知らなかった。それが、多くの犠牲者を生んだ悲惨で、理不尽な事件現場となったのだ。道路を挟んだ献花台のテントでは、猛暑の中、お参りの列が続いている。3週間以上たっても事件の爪痕は生々しく残り、前を通るだけでも胸が痛んだ。

 お参り先でもこの話題が出た。自宅から火災の様子を見ていた方もあり、その時の様子や、「一週間たってもまだ焦げ臭かったです」とか生々しな話とともに、「前を通る度に、思わず手を会わせます」など、皆さん、犠牲になった方を悼んでおられた。

 しかしである。あくまでも今生の話題であって、何も仏法のことで問われることもなく、こちらも「娑婆は無常の世界。私の身にもほんとうは何が起こるかわかりませんね」と話すぐらいで、ご法縁に結びつくことはなかった。

 身近な場所で起こった悲惨な事件でも、自分事にはならない。南無阿弥陀仏

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今週の学びと映画

  さて、今週の学びである。今週といっても8日(月)~12日(金)の5日間。

  講義は、金曜日の1コマだけ。佛教大学四条センターでの「ブッダの生涯から見た仏教」の4回目で、「瞑想と苦行」。『ブッダチャリタ』を中心に、釈尊の成道に至るまでの修行を、伝統的インド世界との闘いとのしてとらえたもの。ただ、話されるエピソードが、毎回、聞かせて頂いてることの復習の要素が強くなってきて、ちょっともういいかなーというのが正直の実感。

  映画は、5日間で5本見た。先週同様、京都シネマで3本、シネコンで2本という構成。そのうち1本は邦画で、4本はヨーロッパの作。先週ほどの大あたりはなかったが、佳作が多かった。

 イタリア映画『家族にサルーテ!』は、1日だけなら表面は、取り繕っていても、予期せぬ嵐で島に取り残されて、3日間も寝食を共にすることとなった一族が、それぞれの問題が噴出する。もともと隠していたものが、嵐によって暴かれて来る。ただ、短時間に登場人物が多い群像劇で、人物把握に混乱してしんどかった。ここもまた混沌状態、カウスを味わう要素なのか。そして、嵐が収まり、スカイブルーが拡がる。ここを機縁に、それぞれの人生に何かが生まれて来るのか。

   フランス映画『アマンダと僕』は、突然の大切な人を亡くした喪失感と、つながりを扱ったなかなかの佳作。子役が自然体でうまい。

 ベルギー映画の『ガール』girlは、LGBTの映画で、Tのトランスジェンダー。体は男の子として生まれた「女の子」が、バレエの世界で、夢を実現しようというお話。前に『荒野にて』と同じく、彼女の孤独が浮き彫りになる。からだとこころの不一致は、つらいだろうなー。しかし、男で一つで育てる父親が応援し、また医療や福祉のサポートが整っているのは、日本より先進的である。それにしてこの辛さ、切なさはなんだ。

 17世紀のオランダが舞台の『チューリップ・フィーバー』

 そして邦画は、篠原涼子主演の『今日も嫌がらせ弁当』 は、お気軽に楽しめる1本。

という感じの5日間。

 

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7月の「仏書に親しむ会」

 7月の「仏書に親しむ会」。伊藤康善先生の『仏敵』にはいまりした。前回は、総説だったので、今月は、第一章から、順番に声に出して読んでいきました。特に第一章の京都の描写は、小説そのものです。そして第二章の(一)は当専寺でのお母様との対話、(二)は野口道場に堀尾よしさんを見舞うシーンまでで読むました。

 ワクワクしてきました。この先が読みたいというところで、今月は終了。難しい言葉にだけ解説を加えましたが、声に出して読むだけでも楽しかったです。
 皆さんも口々に「楽しかった」とか、「よく分かった」とか、「今まで、食わず嫌いならぬ、読まず嫌いをしていたが、面白かった」などの声が聞かれました。

  せっかく乗ってきたのに、8月は子供大会やお盆参りがあるので、休会です。

 次回は、9月4日(水)夜6時50分~夜9時
 いよいよ核心に入っていきます。伊藤青年が、およしさんに会って、四方山話から、いきなり核心を問う、「おばさん、ときに自力他力の水際は、実際、心の中ではっきり分りますか」と、突然切り出されるところからです。この勇気ある切り出しが、今日の華光会の第一歩となるわけです。

 

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大谷大学での真宗連合学会

 真宗連合学会に出席のために、久しぶりに大谷大学へ。長らく学会発表はしていないが、発表や講演を聞くだけでも刺激がある。専門分野でなくても、いくつか面白い発表を聞けた。

 ぼくの学生の頃と違い、最近の院生(ドクター)の発表は、かなりレベルは高い。ただ、学生の先生の違いは、発表の態度にはっきりにである。学生は、主張を一方的に目一杯するので余裕がない。先生の方の発表には、まだ余力が感じられて、その分、深みがあるように思える。

 講演は、大谷大学名誉教授の延塚知道先生が、「『大無量寿経』と『教行信証』」と題して。延塚先生のお話をお聞きしたいと思っていた。ただ、分かり易いようで、少し理解し難いところもあった。結局、何がおっしゃりたいのだろうみたいな、。学会の記念講演なのに、映画『ビリギャル』の話題(「バカな生徒がいるんじゃない。バカな先生がいるだけだ」)というような、法話みたいところあった。そして、そんな立派な先生ならお会いしてみいたと思えるが、それはちょうど東方を十方諸仏国土の菩薩方が、悪凡夫を救う仏様がおられるのならお会いしてみたいと、阿弥陀様の極楽浄土に往覲される。それまでの彼らは、何になりたいのか、何をしたいのかわからないが、阿弥陀様に出会って、このような仏になってみたい、こんな浄土を建立してみたいと願いと発願すると、阿弥陀仏から微笑みと共に記を授かり、そして力を得て、またそれぞれの国に帰っていくのだと。ある意味では、還相の菩薩方の活動相であると。その話が心に残った。

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大きな宝

 法座が終わったら、「先生、となりの集落ですが、ぜひ、うちにもよってください」と誘われた。今は、生駒におられる同人のご実家である。急な話だったが、とても熱心に誘われた。なぜか車3台でお邪魔することになった。

 当家の主に「初めまして」とご挨拶したが、初めてではないことを思い出した。この方は、子供大会にも、仏青大会にも参加されている。そのお子さんも奥さんも、子供大会に参加されていて、実はよく知っている方であった。先代にも、先々代とも、華光とのご因縁のあるお家だ。いまは、疎遠になっているので、そのために引き合わせたいという、お気持ちであったようだ。

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 それにしても、立派な仏壇である。それだけ、ご法に篤い家である。在家でありながら、男の兄弟が複数あれば、誰か一人は、必ず得度されるという。いまでも、ブラジル開教師として、ブラジル総長にまでなられたのも方も、ここの方で、彼の地でぼくの子供たちもお世話になったのだ。不思議なご因縁である。

 家宝として、「蓮如様のご真筆」と伝えられているお名号まで見せていただいた。うん、確かにすごい。しかし、ほんとうの宝は、この胸に他力の信心の燈火が灯り、この口から出る「南無阿弥陀仏」であろう。なんという大きな宝をもらったことなのか。

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 また再び、仏法のご因縁ができることを願って、お別れをした。

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『法然上人行状絵図』(1)

 3年間かけて、法然聖人の『選擇本願念仏集』の講読を受講した。途中(第4章)からの参加で、一番大切な第一章、第二章、第三章が聞けなかったのは残念ではあるが、ひとりで講本を読んでいるよりも、直接、講義をお聞かせいただくことは、意味が深い。文章にはならないつぶやきや雑談に、興味深いことが語られたりもするからだ。その後に、講義本を読むと、このように訳してあっても、別の解釈(訳)や背景があることが、よく分かるのである。

 今年から、『法然上人行状絵図』の講読が始まった。別名『四十八巻絵伝』と言われるが、法然聖人やその門弟のご一生を詳細に記述した絵巻物で、原本は国宝に指定されている。さまざまある法然上人の伝記の中でも、決定版である。全四十八巻、253段もの長編で(現存する絵巻物では最大といわれる)、「絵伝」なので、色彩鮮やかな詳細な描写が描かれている。何度か、博物館で現物を見ているが、絵画もすばらしい。詞書の内容は、単なる上人の一代期だけでなく、法語やお手紙も示され(たとえば18巻では、第18願に合せて、選択集の要文が示される)、また有力門弟の事跡も収められているのである。

 これは、法然上人の没後、100年に成立したといわれるが、内容的には、伝記以上に教学書としての意味がある。同時に、「法然上人-浄土宗-知恩院」の三位一体性が主張されるという。今日では、これは当たり前のことになっているが、当時の情勢を考えるとなかなか興味深い。

 法然上人滅後、さまざまな流派に分かれて教線を拡げるが、九州の鎮西にあった「聖光房弁長」(二祖)の鎮西義が、「良忠」(三祖)に継承され、関東、鎌倉を中心に勢力を延ばし、同時に知恩院を源流を築いた源智(紫野門徒)の流れを吸収して、西山派の勢力が強かった京都にも足場を作る。その後、鎌倉と京都を中心に六流に分派や、三河(徳川家の庇護)に進出などして大きな勢力となっていくのだが、法然上人の没後百年に合せて、第八世、第九世の時に完成しているのである。天皇の勅願であることを前面に出し、膨大な絵巻物を百回忌に合せて作りその力を誇示し、「法然上人-浄土宗-知恩院」の三位一体性で、他流に対して正統性を主張する狙いがあったのだろう。

 このあたりの事情は、浄土真宗でも似たものがあって面白い。親鸞聖人の血脈と墓所を持ちながらも、勢力では聖人の門弟系の教団に押されていた覚如上人が、三代伝授の血脈を主張のために『口伝鈔』や『改邪鈔』を顕し、異端を批判し、親鸞聖人の本流、正統性を主張する。さらに弁長や證空を批判(まあ、ディスる)して、その鎮西義や西山派に対抗しているのである。その覚如上人は、『御伝鈔』(親鸞伝絵)も作成している。権力の正統性を主張するために行うことは、みな同じということであろう。(本願寺派や大谷派からみれば、覚如さんは、ある意味での暗闘も経験され、ご苦労されています、ということになる。これはまた別のお話)。

 ちなみに、浄土宗や浄土真宗では「法然上人」だが、親鸞様は「法然聖人」を使われているので、ぼくも「法然聖人」と記述することが多い。しかし、ここは講義にならって、法然上人といたします。

   この記事、後半はあくまでぼくの私見ですので、、。

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現代に『往生伝』は有効化か(2)

    まあ、それがだいたいの要旨ではあるが、ぼくも最後にいくつか発言した。
 一つ、浄土真宗では、江戸時代から明治期にかけて、『妙好人伝』が編纂されるが、浄土真宗の教義を逸雑する形で、臨終の奇瑞や臨死体験(蘇生)、死期の予言、来迎などが取り上げられたり、その人物像も、苦難を乗り越えて、正直、温和、孝行、また領主への忠義など、封建時代の倫理規範がそのまま反映されて、本来の浄土真宗の教義からはかなり逸雑しているが、民衆の要求には受け、また真宗の弘通には大いに役立ったこと。

 それが、現代では、教義体系の浸透し観念的な信仰となり、同時に、非論理的、非科学的な現象は切り捨てられて、たとえば三世因果や後生の解決よりも、「今を生きる」ことが中心課題となっている現状がある。

 一方で、今日取り上げられた、東日本大震災での「お迎え」現象は、確かに生きる者大きな力、癒しにはなるろう。それを頭から否定するつもりはない。では、それと浄土の教えとはどう関連するのか。ただ、科学や論理的なものさしで計りきれない、不思議な現象も、大いに役立つとしても、現状では浄土念仏とはまったく無関係である。それを前に、念仏者は、どう向きわい、折り合いをつけていくのか。そんな感想を述べさせてもらった。

 これまで問題意識のなかった問題で、いろいろと刺激を頂いた。

 

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現代に『往生伝』は有効化か(1)

 佛教大学ビハーラ研究会に出席する。

「現代に『往生伝』は有効化か」という研究発表。テーマが面白かった。

 浄土教が盛んになると、中国で「往生伝」が作られるが、日本でも、平安時代以降、10世紀の『日本往生極楽記』を嚆矢に、いわゆる「六往生伝」が成立する。その後、中世以降はあまり注目されないが、江戸時代に入って全盛期を迎え、次々と往生伝が生み出されていく。明治期に入ってもしばらくは続くが、その数が激変。明治四十四年の「第二新明治往生伝』以降は、本格的な往生伝の編纂がなくなっている。

 では、江戸後期の浄土宗系の「往生伝」はどんなものか。その人物像として、正直、温和、孝行、また忠義といった浄土宗の教えとは無関係で、むしろ時代的、社会的要求、倫理観が色濃く顕れてくるようになる。しかし、まだ往生行は専修念仏、臨終の奇瑞や死期の予知など、これまでの伝統的な往生伝の記述を継承している。また、例は少ないか臨終行儀などの作法も述べられている。がしかし、臨終の正念や奇瑞だけでなく、たとえ病苦や死苦も「転重軽受」と受け止めたり、臨終の奇瑞のみに偏重することを誡めあったりするという。

 それが明治期になると、「往生伝」そのものが減ってきて、内容も、来迎描写で浄土へ誘引しようというような奇瑞重視から、出来る限り事実を事実として描写する傾向が強くなってくるという。特に、廃仏毀釈の嵐の中で、堕落的な僧侶の有り様ではなく、厳しい生活条件の中でも、道徳的にも、倫理的にも模範的な往生者が描かれるようになる。同時に、宗学も確立され、教義的誤解を招くような非科学的な臨終の奇瑞や来迎の描写は減ってくる。しかしそのことは、皮肉にも、民衆の要請であった従来の「往生伝」の臨終の奇瑞や死期の予知などの科学では割り切れない不可思議で魅力を削ぐこととなって、魅力を失った「往生伝」は、その後、まったく編纂されなったというのてある。
 しかし、科学では証明できないような人々の抱く割り切れない思い、血の通った思いが我切れない思いが、非科学的とか、正統な教義で切れ捨てられていくだけで、ほんとうにいいのだろうか。現代には、現代に相応しい、「往生伝」があっていいのではないだろうか。

 そして、単に、非科学的として切り捨てられない例として、東日本大震災の被災者やその家族の間で多く体験された「お迎え」現象の事例が紹介された(『魂でもいいのでそばに居て』より)。家族を失い、生き残った(取り残された)思いが抱く生存者が、夢などで、亡くなった親近者と出会い、癒されていく体験を綴ったものが紹介された。

 

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5月の華光誌輪読法座

 輪読法座は、内装工事の関係で、3、4月はお休みをした。今日は、中心メンバーも入院中、常連の母も、連れ合いも欠席で、参加者が数名になるかと心配したが、初めての方、久しぶりの方もあって、それなりの顔ぶれになった。「見舞いに来るより、法座に出てほしい」との声に背中を押されて、お見舞いより、何ケ月ぶりに法座に参り下さる若い方。押し出されてでも、踏み出されたのは有り難い。でも、病気になられた方に驚いても、いざ、我が身の無常となると、まったく驚かないのも、凡夫の姿。

 誌上法話は、先の親鸞聖人の750回忌の時の企画「これからの求道と伝道を考える」から、トップでお話くださった松岡先生の法話を読む。誌上法話というより、信仰体験発表に近い。先生の独自の歩みは、本人曰く「しつこい、しつこい」歩みで、また「お前はダメだ、ダメだ」と自己否定するものとの自己内葛藤の歩み。決して、真似をしようと思ってもできるものではない。同時に、率直な心理描写は、とても魅力的だ。一念の時、その体験を「グーッ」と握りにかかったり、それを念仏で誤魔化す心が起こるくだりは、誰もが誤魔化しかねない自力の心で、これを具体的に、赤裸々に語ってくださっているのに、心引かれた。

 お寺のご縁から、初参加された方が、「お寺さん、ご住職とえいば、葬式や法事ばかりだと思っていたけれど、こんな方がおられたことに驚きました」という趣旨の発言された。華光での当たり前は、真宗全般では、稀なることなのだろう。

 僧俗(緇素)の別なく、一個の凡夫の身で、おのれ後生の解決を求めていくのが、この場の尊さである。その場に押し出されたのなら、その流れに乗らせてももって聞き開かせていただきたい。南無阿弥陀仏

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