カテゴリー「法味・随想」の239件の記事

修正会~門徒物知らず~

 風は少し強く肌寒いが、穏やかな元日を迎えた。

 修正会にお参りの皆様へのご挨拶に」ついて、連れ合いが尋ねてきた。「明けましておめでとうございます」とは言っちゃいけないのか?と。それを尋ねるには理由がある。悟朗先生が、「別に正月はめでたくない。ほんとうに明けましてというのは、迷いの闇が破れた時だ。その時にこそ、初めておめでとうなのだ」という法話のエピソードを、どこかで耳に挟んでいるからだ。といって、別に目くじらを立てる必要もない。そのこころを理解したものならば、堂々と言えばいいのである。

Img_5020 ということで、新春の法話のテーマは「門徒物知らず」に。もうひとつ理由があっって、昨年末のカウンセリングの会合で、「実家は浄土真宗ですが、門徒もの知らずなので、真宗の教えは知りません」とご挨拶される方があったのだ。残念ながら、本来の「門徒物知らず」の意味ではない。これはしばしばよく間違われることなので、改めて「門徒物知らず」の意味を申し上げることにした。

 お参りは例年より多めだ。初参加の方も多かった。ご夫婦で、ものImg_5029すごく久しぶりにお参りくださる方もあって、うれかしった。また、毎年、この修正会だけお参りくださる方もあるのだ。

 例年のように、一同で、「正信念仏偈」をあげ、「現世利益和讃」を頂く。ぼくは、年末から風邪気味で、声の調子が悪かったが、なんと皆様に助けていただいて、勤行を勤めることができた。

Img_5033  法話は、「門徒物知らず」を中心に、年末年始の所感と、今年の目標を話した。結論からいうと、阿弥陀仏に帰依し、信心一つでお救いに預かるのであるから、他の神仏を頼まず、初詣なども行わず、おみくじや御札などの占い、まじないを否定し、葬儀でも物忌みをせず、いわば世間一般の習俗に馴染まないものを(他派からの批判として)「門徒物知らず」と揶揄されたものである。しかし、それは決して恥ずかしものではない。むしろ、そこを貫きたいものだ。

 その意味で、そんな浄土真宗の念仏者は、世間では少数派だろう。加えて、華光に集うものは、その真宗の中でも少数派に属する。つまり、マイノリティーを堂々と生きることこそ、無碍の一道である。決して、多数派に流されたり、媚たりするのでも、また原理主義的に孤立したり、理解者だけで群れたりするのでもなく、どうその一道を歩みのか。ひとりひとりのご信心のありようが尋ねられる大切な要点と思うのだが、如何? 具体的にお話したが、テーマをもう少し練って、温めていきたいと思っている。

 どうか、今年もよろしくお願いします。

 

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法友を見舞う

  法座のあと、福井の日赤病気に法友をお見舞いにいく。

 かなりお悪いと聞いていた。ご本人の口から「もう長くはない。年内も危ない」という話もきいた。やるべきことはやり尽くされてはいるが、まだまだやりたいこともあっただろう。高齢の方ではないだけに、とても無念だろう。

 ところが、ベットに寝ながら、六字釋のかなり厚い解説書を読んでおられた。脇にはパソコンが置いてある。最後に自分思いを、残された縁者や子供たち、孫たちに伝えたかったというのだ。そのために、最後の力を振り絞り、全身全霊をかけて、遺書といってもいい、文章を書き終えられたのだそうだ。

 執念である。

 まったく予想外の訪問だったらしく、たいへん喜んでくださって、ほとんどの時間を仏法の思いを語り続けられた。まさに篤い言葉が続いた。お疲れにならないのだろうかと思うほど語り続けられた。

  お見舞いにいった僕の方が、元気をもらい励まされていた。

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お通夜

   聖典講座を終えて、すぐにお悔やみにいく。10月も聖典講座のあと、同人の方のお通夜に列席したが、今度は町内会の方。

 「南無阿弥陀仏」のお名号なので浄土真宗かなと思ったが、法名が違う。浄土宗西山派のお通夜だった。浄土宗の通夜や葬儀は何度もあるが、西山派は初めてかもしれない。最初に「枕経を勤めます」といわれ、その後で通夜勤行になった。勤行時間は45分はあって通夜にしては長い。しかも一般のお焼香が始まったのは、開式から35分など経ってから。通夜は「帰三宝偈」だったが、そこまでも、さまざまな経文の断片が続いていく。やはり宗派によってお勤めがちがうようだ。

 通夜になっても、短いお経が続いて、『観経』の一節と(たぶん)「五会法事讃」の一文、ぼくが理解できたのはそれくらいで、大半の御文はわからなかったが、罪悪衆生の姿が次々出てきたり、本願の尊さを述べられたりする表白(?)のようなものが有り難かった。

 浄土真宗とのいちばんの違いは、鳴り物の派手さだ。右手で木魚、左手で鑒を交互に鳴らすところもある。それがおわったら、鉦(しょう)、伏せ鉦(かね)の甲高い音が響く。これにお念仏と合わさるとグングン迫ってくるものがある。

 がっかりしたことは、せっかく同唱十念があるのに、皆さんにお勧めされなかった。そして、勤行が終わるとそのまま退場された。通夜にご法話があるのは、浄土真宗だけなのかは知らないが、長いお経に、一般席はあいさつなどのざわめいていた。

 それにしても、町内会の高齢化は激しい。小さな世帯数だが、毎年2~3軒のお悔やみがある。だいたい父か母の同世代の方ばかりで、古くからのご近所さんが亡くなっていくのだ。今夜列席していた方も、ぼくの世代の方が2、3名の他は、大半はそんな方。足が不自由で、お焼香がたいへんなかもおられる。しかも、ここ数年で、連れ合いとか、子や親を見送った方か大半だった。

 僧侶の説教はなくても、それだけでも生きた無常のご説法。

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ご示談にて~聴聞は具体的に~

   華光大会が終わって、ずいぶんと大きな力をもらい、やる気もいただいた。それは参加の皆様も同じで、ご法を喜んでおられる方も、またまだグズグズと悩んでおられる方にも、さまざまけな影響を及ぼしている。大会の翌日から「心境を聞いてもらいたい」とか、「最後の法話での質問がある」とかいう電話が続いた。感想をメールでくださる方も多い。ご法に撃たれたのは、ぼくだけではないのだ。

   昨日も、「東京から京都まで行くので、ご示談をお願いします」という方があった。これまであまりご縁のなかった方で、会館は2、3度という方である。大会はフル参加だたっが、一度も座談会に出席されていない。食事も懇親会も別だったので、その心境も、これまでの経過もほとんど知らない。当たり前のことたが、一方的に説教することがご示談ではない。相手の心境や問題点もよく知らなければ、お話することはできない。それで、だいたいこんなお申し出は、「まず法座や座談会にご出席ください」と申し上げるのだが、今回は、ちょっとしたご因縁もある方なので、「では、ご示談というのではなくご心境をお聞きするのなら」と引き受けることにした。

 やりとりの詳しいことは述べられないが、実に、ご自分の姿を繊細にご覧になり、詳しくお話くださる。そのことは関心したが、法座で自分が感じたこと、受けたことばかりで、肝心の阿弥陀様のことは一言も(みごとに一語)出て来なかった。もろちん、吐き出すだけださねばならないということもある。一通り、聞き終わって、「ここまで語られて、どんな感じがしますか」と問いかけると、ご自分でも、そのことに気付かれているようだった。

ところで、「阿弥陀様のご苦労が私のこととして感じられません」という方がよくおられる。そこで、「では、阿弥陀様のご苦労とは具体的にどう聞いていますか」と問う。だいたい、「私を救うためにたいへんなご苦労をしてくださった」というような返事が返ってくる。では、「たんへんなご苦労とは何ですか」と重ねて問うと、大半はそこで詰まられるか、または「南無阿弥陀仏を成就してくださるために、いのちを投げ捨ててくださった」というようなお答えがある。さらに、「ては、いのちを投げ出すとはどういうことですか」と重ねると、返答に窮されてくる。結局、阿弥陀様のご苦労といっても、それを具体的に聞くこともなく、「感じられない」「喜べない」という自分の感覚に焦点があっていくのだ。プロセスを経ずに、ただ最後の答えだけを求めて焦っているパターンを繰り返す方も多いような気がする。

または、具体的に阿弥陀様のご苦労をといわれると、法蔵菩薩になってからの世自在王仏との出会いや五劫思惟から始まる一連の物語を考えられる方もある。確かに、ここもしっかりと聞かねばならない。しかし、正解だけ覚えてもダメで、その上で、それを我が身に引き寄せて考えなければ、意味はない。これは我が身の罪悪ということしても、またご本願ということにしても同じことだとろう。

 今回の華光大会の座談会でも、そんな場面があった。それで、皆さんに問うた。

「では、皆さんは、阿弥陀様のご苦労をどう聞いておられますか。ご自分の言葉で聞かせてください」と。

 ぜひ、皆さんも自分のこととして、お聖教の受け売りではなく、また「根拠・根拠」とがんじがらめになるのではなく、ほんとうにわたしにびったりした言葉を探っていくならば、ハッキリと立ち上がってくることがあるのだと思っている。

 というのも、今回の華光大会のご示談で、そんな求道者を前にして、ぼくの中で、「ああ、、」と気付かせていただいた言葉があったからだ。答えを与えることになるので、今はここまで。

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お通夜・葬儀にて

  台風の影響か、聖典講座のお参りは少なかったが、半数以上の方が、そのままOさんのお通夜に列席した。他にも、遠近からお参りがあって、聖典講座よりも、こちらの方がお参りの同人が多いかった。だいたい前列に陣取っていた。

 長らく体調不良もあって、最近は、会館には出て来られなかったが、その分、奥様が活躍してくださっている。「もう40年以上のおつきあいになるけれど、あの頃の仏青でのことが懐かしいです」という方がおられた。昔は、仏青や運営委員として、華光の活動に尽力くださっていた。一時は、華光誌の印刷のアルバイトをしてくださっていたこともある。ご法の上でも、しっかり背筋が伸びた、いい味わいをされていた。

 浄土真宗のお西のお葬式だ。立派な先生で、親族の皆さんに聖典を配られ、「正信偈を行譜であげます。ページは○○です」「御文章は、末代無智章です。○○ページをご覧ください」「最後に皆様でお念仏いたしましょう」とお勧めくださる。「帰三宝偈」が掲載されている聖典も持参されていた。おかげて、参列のぼくたちも、遠慮なく声をだすことができる。華光同人の参列も多く、フロアーからの声も大きかった。親族の皆様も、勤行されている。熱心な門徒のお家だ。

 通夜のご法話の冒頭で、「さすがにO家の皆さん、大きな声で勤行をしていただきました」と始まった。ご法話は、法名について。浄土真宗では、戒名ではなく、釈○○と、お釈迦様であること。法名「釈獨歩」は、奥様からの要望であること。そして、その獨(一)り、歩むことについて、哲学者のフロムを引用したり、精神科医の「普通がいいという病」の話をされたり、なかなか独創的な法話。「自由」「自由」と行っているが、それには獨りで立つ覚悟が必要で、ほんとうは厳しいこと。しかし、それはけっして孤立することではなく、真に獨立することである。その歩みを法名とされた。では、どこに歩むのか。浄土への歩みである。それならば、真に獨りになったとき、ほんとうは獨りではなくて、阿弥陀様がいつも寄り添い、共に歩んでくださっているというようなご法話だった。

 葬儀もおわり、最後のお別れで、お棺の中には、故人が直筆された「正信念仏偈」と「浄土三部経」、そして「安心決定抄」が和綴の本になって収められていた。どれも達筆の字で綴られていた。そういえば、アメリカのKさんが、まだ日本におられた時、悟朗先生から書道の手ほどきを受けられていて、一緒に習っておられたのがOさんだというメールをいただいた。この達筆は、悟朗先生のご指南ということになる。書写されたお聖教の下には、「昨日、キタサンブラックが勝ったので」と、故人が大好きだった競馬新聞も一緒に収めれていた。

 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

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一周忌の法要

 一周忌の法要に大阪の豊中市に向かう。

 昨年の9月。台風の日だった。さまざまなご因縁からご示談に窺った。そして、「また次に。来月にでも」とお別れしてから1ケ月後には、その方のお葬儀を引き受けることになっていた。まさに「またね」なかったのである。あれからもう1年。早いようで、ものすごく昔のようにも思える。この間にも、さまざまな無常のご催促があったが、相変わらず人事として生きている。

 ご主人と、お子さんたちの家族というほんとうの身内さんだけでの法要だ。このことがご縁で、お孫さんたちは子供大会にも参加してくれるようになった。それで、法要の最初に「子どもの聖典」でお勤めをした。小さな子供さんでも、ここだけなら飽きずに座ってくれるだろう。続けて、皆さんと共に勤行くださるように、お『正信偈』さまをあげさせていただいた。

 法話は、子供さん向けにしたが、仏縁の浅い方にも向けていた。先日の無着先生から教えていただいた、おっぱいと、へその緒の話だ。結局、私は親の恩徳なしには生まれてこれなかったということだ。しかし、まったくそんなことは何も知らない。当然、実感などない。しかし、ひとつでもその恩徳が欠けていたなら、今の私はここに座っていない、という事実を聞かせていただく。人身受け難しということだ。では、それはなんのための命なのか。あらためてお母さん、お祖母ちゃんの法要の前に、ひとりひとりが考え、聞いていただきたい。

 一周忌の法要を勤めた後は、墓所に参って納骨も行った。ご姉妹は、ホッとされたという。形の上でもひとつの区切りがついたという雰囲気がした。形はこれで一区切りとなったので、これからは落ち着いたところで、改めて親の願い、そのお心をしっかり味わっていかれることだろう。南無阿弥陀仏

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お盆の思い出

Img_3101華光会館でのお盆のお参り。
予定していた家族が急にキャンセルで、うちの家族とTさんだけ。例年は盆休み中のTさんは、会館でのお盆は初めてだという。

勤行を覚えたのも、「正信偈」よりもお盆の「阿弥陀経」が先だった。
初めてご示談を受けたのも、小学校5年生のお盆の時。父は、その日の予定を取りやめている。
その後、父に付いてお盆参りもした。中学生になると2軒のお家だけひとりでお参りもした。子供だったので可愛がってくださった。お勤めを終え、他のお参りに回ってから迎えにくる父を待って、茶の間でジュースを出してもらって、テレビをみせてもらっていた。2軒のお宅とも、引っ越しされて、何十年も前に音信不通だ。
華光会館での盆参は、脇について、ずっと節柝を担当した。導師をするようになったのは、亡くなる3年前のことだ。
そして、父は、襦袢が肌につかないようにと、籐製の(つまり木だ)下着(?)を着るのが夏の風物詩だった。それでも大汗をかいて帰ってきた。これは晩年になっても、同じ光景。でもこの習慣は継承していないが、同じように盆参りは続けている。

なぜか、お盆は、母は一つもなく、父との思い出が詰まっている。

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三周忌法要法座で御聞かせ頂いたこと

 一昨年8月7日に往生した父の三回忌法要を営む。三回忌からは一年繰り上がるので、2年がたったことになる。正直、もうかなり昔の出来事に感じている。

 法供養としたので、同人の方も遠近各地から集ってくださった。平日にも関わらず福岡や金沢、豊岡の方もあった。

 正信念仏偈をお勤めした後、ご法話をいただく。単なる父を偲ぶことや思い出に留まることなく、いまの私の法座に対する有り様を指摘くださるご法話をだった。
 今日のお西の法話の流れは、「やさしい法話、わかりやすい法話」を目指しているという。しかし、ほんとうにそれだけでいいのか。「自信教人信」のとらえ方一つでも、千差万別。成っていない自分なので「教人信」と働くことで、そのうち薫習されて、(徐々に)信じる身となるというとらえ方まであるという。しかし「後生の一大事」や「自他力廃立」は、いくら言葉をやさしくて頭で理解したとしても、分かることではない。いまは、真宗の厳しさ、難しさの面は語られることが少なくなった。そこから、自力や「惑・業・苦」などの問題に触れられたご法話。

 そして最後に、この法座だから話したいと、法座に望む態度というか、私が法の上で大切にせねばならない事柄を列挙くださった。

まずは、聖教に親しみ、学んでいくこと。

次ぎに、「仏法のまこと」をストレートに伝えること。ダイヤの鑑定士は、ホンモノのダイヤを見分けるためにホンモノと偽ダイヤを比較はしない。ホンモノの輝きだけに触れていくと、偽物が偽物と自ずと分かるという。

それには人間関係ができていることが重要。法の友を、今生の対人関係のように好き嫌いで語り、「あの人がいるから法座にでない」という態度は、結局、仏様を傷つけていくことになる。

そのためには、念仏者といえども煩悩具足の凡夫には変わらないが、そこに腰を据えず(甘えず)に、自分のありように厳しい目を向けること。

そして、仏法を多くの人と語り合うこと。同人・法友と触れることで、「寂しそうにしているな」とか「うれしいことがあったのかな」などの配慮もできるようになる。

しかし、仏法はただご縁で終わっていてはダメ。その一歩先に進まねばならない。

 ぼくなりの表現も交じってはいるだろうが、我が身に振り返ってみると耳が痛い。真宗は在家止住。対人関係の中で我が身を聞かせていただく教えだ。しかし、我が身を棚に上げて、すぐに目を他人の「善し・悪し」に向いていく。それを法座に持ち込むことは、結局、仏様を傷つけることにならないかというお言葉。厳しい一言。

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自力疑心

 「不定聚というのは往生が定まらないことですが、そこに化土往生も含まれていますか」という質問が届く。熱心に聴聞されているが、ずっとこの「化土往生」が、心から離れず、とらわれておられる。

 それにしてもこの質問は妙だ。化土(自力疑心)に決定があるわけがないからだ。
「定まる」ことがないのは、自力の信だからだ。疑っているものに定まることはない。「あれか、これか」と常に迷いに迷う。人の言葉に迷う。お聖教を読んでも迷う。ネットの情報でまた迷う。迷うからこそ、ますます自分で確かな何かを捕まえたくなる。それは、安心したい、定まりたいとの欲の心から起るのだろう。フラフラしないのなら、情報を遮断するしかない。自己の信念(信じたところ)以外の言葉には耳を貸さず、信念の壁を造り、そこでの仲間を囲って喜ぶしかない。とすると、化土の姿は、何もお浄土に限ったことではないのだ。最近、そんな人にたくさん出会うような気がする。壁の中で、いくら「私は疑っていません」と言ったところで、自分決定の信ならばただ空しいだけだ。

 如来さまは、そんな私を虚仮不実と指さしてくださっている。まことがない、実がない。そんなものの心が、真実報土に定まるわけがないのである。信じるこころなどないのだから、仕方ないではないか。

 にもかかわらずである。真実信心の者は、現生に正しく浄土往生に定まり、仏になる仲間入りをさせてもらうという。すべて他力回向の信心だからである。第十八願の機、「正定聚の機」と教えてくださった。他力ならばこそ決定の心をたまわり、大安心があるのだ。

 つまりは、他力のご廻向に打たれなければ、私の迷いの心には絶対に定まることはない、という金言をお聞かせに預かるのである。

 「化土に生るる衆生をば、すくなからずと教えたり」と御開山さまは言われているが、「そうじゃケド」「わかるケド」、このケドの根性が生れる世界が「化土」らしい。
(前川五郎松作「阿呆堕落偈」より)

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6月の華光誌輪読法座

 華光誌輪読法座。先月は、アメリカ布教でお休みした華光誌輪読法座。

 参加者が少ない。これまでの開始してから常連だった方が、ひとり去り、二人ふりして、減少している。だいたいが亡くなったか、高齢になられたかだが、ご縁が終わった方もある。このところ一桁のだったが、今回はもっとも最少。皆さんも、奮って、ご参加ください。

http://keko-kai.la.coocan.jp/event/2017/detail/07/rindoku2017-7.htm

 その分、少人数での話し合いが出来る。また今回は、通常の誌上法話ではなく、悟朗師の一周忌の集いでの誌上発表として「如是我聞」(上)で、先生と同世代のS田さんの発表が有り難かった。いつも、ご法の喜びが全身から溢れ出ているのは、皆さんもご承知のとおり。派手な喜びは、ともすれば現世利益や縁他力に停まるがちだが、今回の記事は、そんな表面的なところではなく、しっかりと悟朗先生から何を聞いてるかが語られていた。

 縁他力に停まらず、後生の一大事と、今、聞け。厳しいお示しをお聞かせに預かった。

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