カテゴリー「法味・随想」の287件の記事

同行学と「一切を放下せよ」

 先日、あるお同行からご心境と質問を頂いた。それで返信に「同行学」と伊藤先生の常の仰せ「一切を放下せよ」という、二つの言葉をお送りした。 

 今、私はどこに立っているのか。この心境はいかがなものか? 華光の法座では、真実の認識手段として三量を要にしているのは、皆さんよくお聴きだと思う。それは次の3つである。

 1)聖教量-聖教・教典を量りにする。(法話・説教)
 2)現量 -自らの体験を量りにする。(領解出言・体験告白)
 3)比量 -同行との讃嘆談合を量りにする。(信仰座談会)

 つまり、1)だけで、いくらお聖教を覚えても、自らの体験とならなければ机上の空論にすぎず、聖教を絶対化すると教条主義に陥ってしまう。またもし2)現量だけならば、どれだけすごい体験や心境に変化があっても、聖教と離れていた単なる神秘主義に陥ったり、そこを絶対化すると独善主義の自己満足に終わってしまう。

 『仏敵』の中で、伊藤康善先生は、水流光明、阿弥陀様のみ光に包まれる尊い体験をされる。それはまさに『観経』や『安心決定鈔』にも一致する体験だった。しかし、その光明に包まれる歓喜の体験を握ることは見事に打ち砕かれて、そしてすべてをはぎ取られていかれる。それが3)比量、つまりお同行の力のおかげであった。
 
 同行学

 ここを大事にするのが華光で聴聞する肝要だ。決して、知識や同行に保証をもらうのではない。すぐに先生や先輩同行の、自分の都合のよい言葉を握る人がいるが、それは逆だ。聖教の覚えた答えも、有り難い体験も、溢れ出る念仏すら、すべて同行同士がぶつかり、揉まれる中で剥がされていくのである。これを「いもこぎ信心」というのである。

 この点を、今、華光でご聴聞している同人、お一人お一人が肝に銘じてほしい。みな一国一城の主の集団なのである以上、各自が立ち、そして裸になって揉まれていくのである。

 それがもう一つの仰せ、「一切を放下せよ」という伊藤先生の言葉だ。これは、禅語だか、私達にもぴったりのお言葉だ。せっかくの同行学も、自己の正当性の証明や、自己防衛のためや、相手を攻撃するためにあるのではない。一切を捨てて、捨てて、捨てさせられ、捨て切って裸になって、「さて、出でいく先は」と問うていかねな分からない、妙味があるのである。

 さて、真宗念仏者が喜ぶ妙味を頂くまえで留まっている方が増えていはいないか? 南無阿弥陀仏

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仏の子供大会、最初の記憶

 やっと梅雨が明けた。今年の七月はとにかく雨が多く、日照時間ももっとも短く、台風も発生しなかった。最近は、豪雨が当たり前になっているが、今年は天候だけではなく、いつもの夏とは決定的に違う。コロナ感染の影響で、七月の最終日でも、まだ小学校や中学校も夏休みに入っていない。

 予定なら今日から開かれていた仏の子供大会も中止となった。コロナの不安、夏休みの大幅短縮で、合宿形式の法座は断念せざるおえなかった。

 歴史の浅い華光会の中でも、伝統ある集いで60年以上も続いている。単なる子供たちのサマーキャンプではない。華光の法の核になっていた行事だといっても過言ではない。子供の時に参加し、班長を体験し、お手伝いをして、先生として関わり。さらには保護者として、または孫の付き添いで参加される。3代、4代と関わる方もおられ、多くの念仏者が育ってきたのである。

 ぼくにとっても幼児の時から53年もの間、皆勤で参加してきた。

 5歳のとき、粟田の光明寺での仏の子供大会に参加したときの記憶がある。最初の全体会。いつも母親のかげに隠れて全体会での自己紹介もできなかった。でもその時は、母親に「今日は、自己紹介をする」と宣言していた。大きな仏間に、大勢の老若男女が揃っていた。小さな目には、あまりに大きな輪だった。ひとり、ひとり自己紹介がおわり、だんだんとぼくの番になってくる。ドキドキ、ドキドキと心臓の音が高鳴り、前の人まできた時、緊張は最高潮に達していた。そしてぼくの順番が待ってきた瞬間、「ワアー」とただ泣きじゃくり、終わってしまった。

 母に廊下に連れ出されて、ズボンのゴムを緩めてもらった。「今日はしゃべるつもりやったんや~」と泣きじゃくるぼくを、母は慰めてくださことを、ありありと覚えているのだ。

 記憶にあるだけでも、深い深い、そして長い間、願いがかかっていたのである。

 その後、どれだけのご縁を仏の子供大会でいただいか、もう量り知れない。お念仏に会わせてもらい、覚悟に出会い、そして育てていただい、成長の場でもあり、また出会いの場でもあった。

 それが、今年は開催できない。これもご因縁事とはいえ、残念としかいえなかった。南無阿弥陀仏

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zoomでの広島・仏青合同法座

   またしても不思議な感覚の法座となった。まだリモート法座には慣れていないのもあるが、それだけではない。

 昨日は、4ケ月ぶりの広島でのご法座だったが、その翌日に、同じ人達とzoomでの法座となったからだ。1泊2日間の安芸高田市での支部大会(仏青合同)の計画だった。それが土曜日の半日法座。日曜日は、仏青合同でのzoom法座の計画が浮上したのだ。おかげで、昨日参加できなかった遠方の方、また仏青の10代の参加者もあった。ブラジルからも子供が参加したが、夜中の1時30分から早朝5時の時間帯。昨日あった人に交じって、10代仏青の方、ブラジルの子供、遠方の会員が画面上に写っているのだ。

 そんな人たちが一同で法話を聞き、語り合う。実際に触れ合うわけにはいかないが、それでも語り合うと充分に刺激を受ける。問いに沈黙が続くときは、それぞれがわが身に問おておられるのだろう。挑発的な言葉には反応させられる。その意味では、離れた人々が自宅にいながら、信仰座談会を行えるのである。

今回は、一方的な法話ではなく、ある新聞記事を読んで、各自か感想や思いを語りあった。ただ批判をするためではない。そこから真宗の聞法の要点が浮き彫りになると思ったからだ。逆にいうならば、いくら耳触りがよい言葉でも、要点を外すと真宗にも、仏教にもならないといことだ。
  「外儀は仏教のすがたにて
   内心外道を帰敬せり」

である。が、その外面があまりにも現代の要請にフイットしているだけに、厄介である。しかし、仏道でないのなは、それは外道とういわねばならない。そこは絶対に譲れない一線。

 

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おみと様の一言

 昼間の発送に続いて、夜は、「仏書を親しむ会」。『仏敵』もいよいよ最終章の第九章「深信の徹底」である。名所が随所にあるが、伊藤先生に深信の徹底された後、同行たちの仏法讃嘆の一言である。

「なあ! 泣くは我、泣かすは親ぞ! 親の手許には五劫永劫のご苦労がある。坊んち(伊藤先生のこと)、大切にいただきましょう。いくら喜んでも喜び尽くせるものではない。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」

 静かなる道場の空気を震わせるすすり泣きの声は、一声一声の念仏と共に、鋭く私の魂の奥へ食い込んでくる。ああ! 祖聖親鸞の御同行は、この貧しき念仏道場にましませるか。久しく求めて得ざりし如来の家は、この狭く薄暗き小道場の中に建てられたるか。人間こそ光明よ。同行こそ我が善知識よ。

 そうなのだ。間違いなくこの100年前の貧しき念仏道場での念仏讃嘆の声が、いまこの華光会館の道場に「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と響き渡り、この私の胸に至り届いてきているのだ。

 「大切にいただきましょう。いくら喜んでも喜び尽くせるものではない。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」という、伊藤先生へのおみとさんの言葉は、私にかけられた言葉でもある。粗末に、片手間にご法を扱ってはいないか。ほんとうに大切に、大切にいただき喜ばせていただこう。

 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

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DVD『南無阿弥陀仏のこころ』

「k-企画」(若き日のk先生の撮影・編集)が制作した、DVD「南無阿弥陀仏のこころ」を、3度続けて拝聴する。

 先週から始まったリモート座談会で、この法話をみんなで分かち合うためだ。

 もちろん何度も観てきたものだが、こんなことがなければ、改めて観ることはなかった。皆さんも、すでにお持ちだろうと思ったら、12名の参加者のうち8本が新規で購入、売り上げにも少し貢献したか、、、。

 休憩なく100分の法話だが、やはり後半20分は説法獅子吼は有り難い。同時に、お叱りをうけているようで、反発の心も起こってくるのが感じられた。結局、最後はこの印象が強くなる。逆に前半が心に入ってこない。なんとなく流していくのである。それでもう一度、2度目は少しメモも取りながら聞いた。20年と半年前である。聴衆が若いので、おもわずここは巻き戻した。いまはご講師の先生もまだ大学生。2度も話しかけられるSさんは、まだ高校生。いまは、母となり、さらにお腹の中にもいのちが宿っている中で、今回のリモート座談会に参加中。親のご恩徳のところは、きっと感慨深く聴こえたことだろう。残念ながら、ぼくは反対側にいたので映っていない。

 一度で、終えるのはあまりにもったいないので、今週も、「南無阿弥陀仏のこころ」を拝聴して分かち合うことにした。それで、もう一度拝聴する。3度目、え~、こんな話があったのかという驚きが起こる。いかにいい加減に聞いているかだ。もし話し合うことでもなければ、まともに見てはいないだろう。「南無阿弥陀仏のこころ」というより、タイトルは「南無阿弥陀仏のすがた」か「南無阿弥陀仏のおいわれ」でもよかったなーと。

 聞き放しではなく、一緒に味わい、語り合うことが決まっていると、こんなにも聴き方が違うのかと、自分のいい加減さを実感。皆様のもう一度、聞き直してください。詳しくは以下を華光会HPをクリックしていただくと、冒頭がいただけます。南無阿弥陀仏

  南無阿弥陀仏 声は一つに、(意)味二つ
    親の呼ぶ声 子の慕う声

http://keko-kai.la.coocan.jp/book/dvdnamu.kokoro.htm

 

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月を指す指

 お釈迦様は真理(理法)を悟られ目覚めをされてブッダになられたときに、伝道をためらわれる話は有名だ。体得された深い真理を、欲得に狂う人々に伝えることが、いかに至難の業であるかを分かっておられたからだ。しかし、梵天勧請によって説法による伝道を決意されるのである。そのとき、釈尊が悟られた真理も、またその真理を釈尊が伝えられた言葉も、共に「法・ダルマ」である。前者を「理法」、後者を「教法」というのである。「教法」は真理であるが、言葉は真理そのものではなく、あくまでも真理の月を指し示す「指」なのである。

 リモートでの信仰座談会。表情は見えても生身ではないので、雰囲気や間合いよりも、ますます言葉を頼りに聞く確率が高くなってくる。

 DVD『南無阿弥陀仏のこころ』の中に、
「『はい』でもない、『分かりました』でもない、『称えます』でもない。火に触れたら「熱い!!」と間髪いれずに絶叫するように、一度も死んだことのない業魂に飛び込んできてくださった阿弥陀様の呼び声、「南無阿弥陀仏」しかないのだ」という勧めがあった。

 すると、「はっきりしない、体験のない信心はダメということですよね」という質問が出る。そんなことは仰っていないが、自分で置き換えて理解しようとしている。しかし、お勧めの言葉は、真理の月を導き示す指でも、けっして真理そのものではない。しかし、凡夫の私は、何か手がかりがないと前に勧めないと思いこんでいる。だから、その言葉に固執して、それが自分の胸に腑におちることが信心だとさえ曲解していくのである。

 結局は、聖教の文句やお勧め言葉を頼りにしたり、それを喜べる感情をたよりしたりしている。知的であろうが、情的であろうが、我が身の理解や感情を第一にして、阿弥陀様のおこころを二番手に押しやっているのであるから、ころころ変わる自分のところを一喜一憂しているのにすぎない。

 泣いたのも、分かったのも、有り難いのも、私のこちら側は、すべて虚仮で、まったく用事がないのが、不思議の世界 南無阿弥陀仏。

 

 

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K先生の訃報に接して

 今月の初め、北九州のK先生の訃報を、人伝えにお聞きした。

 次回の誌上法話にするために、晩年の先生の法話CDを拝聴している。会館での最後のご法話は6年前だ。ご病気で倒れられた後で、かなり弱っておられるのが声からも分かる。呂律も回らず、話も同じことの繰り返し。以前のような迫力もはない。明かにその2年前の元気なお声とは違っていた。続けて聞くと、これがハッキリする。これを文字化し、重複部分をカットして要旨をまとめると、半分程度にまとまるだろう。しかし文字にしてだけでは分からない感じを、どこまで伝わることができるのか。文字にして分かり易くなる部分はあるが、ライブならではのお声から察せられる雰囲気が損なわれるだろう。

 「ここは後生の一大事を解決を求める場所。信心をハッキリとさせてもらうところだ」と、病身を顧みず、命懸けのご説法であった。

 それは、K先生の生き方でもある。ご住職ありながら、自らの信心に妥協されることなく、また回りの空気に流されることなく、真実信心を求められ続けられた。どんなに苦しくても、決して諦めることなく、最後の最後まで貫き通れた御方である。その歩み続けられたお姿は、最後の求道者だったかもしれない。

 それは、善知識でもあったご母堂、T枝さんの姿そのものでもあった。

 よく精神を継ぐとか、志を受け継ぐとかいわれるが、K先生の場合は、その生きざま、その態度に、その信の相続が具現されていたと思う。
 では、これからの世。体制に流れることなく、回りに媚びへつらい誤魔化さずに、信じるところを貫き通された、先生の生きざまを引き継ぐ人が現われるのだろうか。南無阿弥陀仏

 

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F家の法供養法要

4月上旬は、恒例のF家の法供養法要が営まれる。

 高齢で、ご家族以外のお参りとは減ってきて、今年は合計3名。それでも、少しでもご縁をつけたいという、家人の熱意は頭が下る。このような状況下でも、例年のようにお勤めくださった。ほんとうに有り難いことである。

 ご法話は、「らいさんもん」いただいた。

「われいま幸いに、
 まことのみ法りを聞いて
 限りなきいのちをたまわり
 如来の大悲にいだかれて
 安らかに日々をおくる
 謹んで深きめぐみを喜び
 尊きみ教えをいただきまつらん」

 世間が騒がしい中、この身に何が起こっていても、この尊い南無阿弥陀仏のみ教えにで会い、安らかな日々と頂けるこどが、勿体ない。南無阿弥陀仏
  

 

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独生・独死、独来・独去

 2月22日にご往生された、Mさんの四十九日法要を営む。

 葬儀があったホールでの法要。もともとは身内だけで多くない集いだったが、キャンセルが続いて10名ほどがお参り。全員、マスクで着用、間隔をあけて着座だ。幸い(?)なことに、勤行の声はあまりでなかった。たぶん自粛されていたのだろうか。

 40分ほどの予定していた法話も20分ほどに短縮。四十九日法要の意義、そして還相回向のお働きについて、なるべく平易にお伝えしたが、ほとんど反響が感じられなかった。
 最後は、家族5名と一緒に、会食した。家族ならではの故人を偲ぶ話が聞けた。それでも、彼女の場合、ぼくも35年以上、かなり密接におつきあいさせてもらってきたので、逆にぼくからも話題を提供することができた。

 かなり重篤となってから、それでもまだ意識があるときに、ご主人が

「独生・独死、独来・独去やな。お前はお前の業を、ぼくはぼくの業を、それぞれ受けていかないかんなー」

と話したら、分かったのか、静かに頷いておられとのことだ。そして、これが仏法のことでは最後の会話になったとの話が、有り難かった。

 家族に囲まれようと、どれだけ仲間がいようと、独りで生れ、そして独りで死んでいくのである。しかも自らの業の道理によって、独り出ていくかねばならないなだ。南無阿弥陀仏

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下輩段(5)~善知識の金言~

 さて、以上の下輩段を踏まえてのお味わいを追加します。
 いまの私達も、念仏を申していても、どこかで、自分の有り難いとか、勿体ないとかの心がこもった念仏に意味があり、逆に、心が動かない念仏には機械的で意味がないと見なしていませんか。結局、仏様のご苦労ではなく、自分の胸のよし、悪ししか見ていない。それが我が身、我が力を頼りにする自力の計らいであるのに、それが間違いでとは聴けないわけです。この辺りを、ぼく自身の体験上での味わいからひとこと。

「『南無阿弥陀仏』には自力も他力もないぞ」。

 自力一杯で、からだ中でもがき苦しむぼくに向って、善知識の一言が、恐ろしい自力の壁を突き破っていきました。そうだったのです。自分でこの念仏は自力だとか、自分で称えているという恐ろしいうぬぼれがあったのです。ほんとうは全部頂きものの他力なのに、どこかでほんとうの念仏かあるとか、意識して称えているのは自力の念仏だとか、自分自身が決めつけていたのです。それこそが恐ろしい自力の心だったとも知らずに。結局、地獄行きのまっ暗闇の自分の姿も分からず、そんなものを何劫も間見捨てず、働きかけて、南無阿弥陀仏となって飛び込んで来てくださっていたも分からず、遠い遠い、方向違いのところを探して回していました。ほんものの念仏がある。他力の念仏があると、間違った聞法をし続けてきたのです。

 結局、自力を自力で破ることはできなかった。そこを破ってくださっのたが、善知識の一言でした。そして、その声に順って、お念仏申させていただくこうと一歩を踏み出させていただいただけのことです。実は、それまでも狂ったようにお念仏していました。でもそれは、助かりたい、はっきりしたいばかりで、自分ばかり力んだ力んだ、自力一杯で称えていました。

 でも不思議にも、この一言が入ってきたのです。それで、「よし、称えるぞ」と大きく宣言して、「南無阿弥陀仏」と称えました。その瞬間、すべてがひっくりかえってしまったのです。

 でも、ひっくり返ったから意味があったのではありまんせ。それまで絶対に従わず(助けほしいとか、聞かせてほし、といっているのに)実は自分の中ですべて答えをつくり、自分の心境の変化ばかりを眺めて、結局は、仰せに逆らい続け、疑い続けて来ました。まさに、逆謗の死骸でしかなかった。絶対に従うことも、絶対に称えることも、絶対に救われることもないものが、地獄に行くのは嫌だ、助かるはずだと、本末轉倒していただけでした。
 それが、不思議なことに、昿劫の初事で、仰せに従わせてもらったのです。南無阿弥陀仏ですべてでした。それが阿弥陀様でした。それなのに「自力じゃ、他力じゃ」とはからい続けて、逆らい続け来たのでした。ぼくは、ただ墜ちていくだけ、地獄一定の身でしかなかった。そのことが、無明の身にも不思議にも明かにあったのです。すべて南無阿弥陀仏の働き、南無阿弥陀仏の響きです。

 

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