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華光誌発送

 76-2号の華光誌を発送する。

 今回は、通常の誌上法話の代わりに、先の「増井悟朗先生一周忌の集い」で行われた「如是我聞」の時間から、お同行さんの発表を掲載している。前後篇、2回の掲載となる。いつもの法話とは、一味違う味わいができるが、これもまた生きたご説法してお聞かせに預かれる。

 信仰体験談も三名の方。それそれが違う経緯から、ご縁を結ばれているので、各人に特色があって面白い。今回が初回が2名と、5回シリーズのSさんは、今回がクライマックス。呼ばれたから、お返事する。先に、勅命の呼び聲があり、そしてそれにこちらの選びや都合は意味がなさずに、ただお答えするだけという「勅命」の心を、この身で聞かれたところが有り難い。

 華光誌には、チラシが3種類。5月の永代経法要のお誘いと、7月の北海道聞法旅行のご案内。そして、増井悟朗先生の「正信偈講義」の3回シリーズのDVDのご案内。カセットテープから、データ化するために多くの同人方のご協力をいただいた。悟朗先生の直筆のテキストは、パソコンで打ち合わしてあるが、敢えてそのまま利用することにした。ぜひ、ご利用ください。 

 

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5~6ケ月先の計画

 1月下旬から、この先の大きな行事の打ち合わせが、あっちこっちで同時に始まった。

 行事や法座といっても、支部や家庭法座は、それぞれ主催者があるので、ぼくは、最低限、法話を用意し、この身をそこにおけばいい。しかし、本部主催行事は、そうはいかない。運営委員長と相談して、担当支部にお願いすることになる。ほかにも、ぼくが直接打ち合わせたり、動かないといけない行事もある。

1)米国布教の旅
 5月22日(月)~6月1日(木)

 まずは、5月のアメリカ布教の日程が、正式に決まった。カリフォルニアのKさんご夫妻がご招待くださるのだ。そのために、航空券の手配をしていただいた。ずいぶん、先のことだと思っていたが、差し迫ってきた。ロスの同人からも、ロスの布教のお誘いがあったが、日程的に難しくて、今回は残念した。ただし、これは日本からの募集はありませんので、あしからず。

2)北海道聞法旅行
 7月6日(木)~9日(日)

 7月の北海道の聞法旅行の準備も本格化した。今回は、人数も少数(20名)で、連れ合いの実家や観光地ではないところもあるので、夫婦で手配することにした。旅程を考え、あれこれと思案しているうちに、宿を押さえる時期がきた。7月は、北海道もベストシーズンのひとつで、人気が高いからである。問題はバス。マイクロにするか、中型にするのか、あちらこちらで見積りを取っている。思ったほど経費が安くならないが、3泊4日なら仕方がない。
 
 初日の富良野、2日目の朱鞠内湖の宿は押さえた。3日目は、小樽のホテルの予定だが、土曜日で割高。定山渓の宿にするのかを検討中が。ただ、大きな流れとしては、いい行程が組めた。富良野や美瑛、小樽の観光も出来、朱鞠内湖では、いつもとは違った形での研修(聞法)をもつことも出来る。その後、荻原果樹園でのサクランボ狩りやジンギスカンも楽しみだ。経費の関係で、なんとか20名は確保したい。詳細が決まれば、案内状を作る予定だ。

3)広島・真宗カウンセリングワークショッブ
  8月29日(火)~31日(木)  

 これは、華光の集いでなく、真宗カウンセリング研究会の主催だが、8月の広島・真宗カウンセリングワークショップも、担当者と連絡しながら、日程を決め、会場や宿泊施設を押さえた。3日とも平日、しかも7ケ月先なのに、もう昨年の宿舎かとれなかった。担当のHさんと何度もやりとりし、新しい会場が決まった。案内状作製のために細かな打ち合わせ中だが、あとは最低人数を集めて、しっかりと実現したい。こちらは3月中旬に、パンフレットが完成予定。

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寿命

 テレビがひどくノイズが入って、見られなくなった。テレビの故障ではなく、アンテナである。業者に修理してもらう。

 昨年11月で、新会館になって20年が経過したが、このところ、あっちこっちで小さな故障が続いている。

 まず、大会直前に、2階のトイレで小さな水漏れが続いた。ウオシュレットの故障で、結局、3ケ所も交換が必要だった。報恩講では、業務用の掃除機で感電したという方がでて、「新製品を」とご喜捨をくださった。個人でも、1階のシャワーもダメになった。無理をして使ってきたこともあるが、電化製品も一斉に故障しだした。炊飯器、電子レンジ、掃除機を交換した。洗濯機もかなりあやしくて、すごくうなりをあげ振動しながら動いている。

 そして、今度は、テレビのアンテナだ。12月ころから少しおかしかった。でも、天気や寒さのせいかなと思っていたら、1月以降、すごいノイズが入るようになる。業者の方が、あれこれ点検や調整したがダメで、ブースターの交換で、元通り映るようになった。

 いまの電化製品は、丈夫で長持ちするが、新しいモデルや製品が次々出るので、故障したらすでに交換部品がないことも多い。第一、修理よりも新製品を買う方が、安上がりと言われることが多い。 

 人間なら20年は成人式。いちばんの花盛りだが、電化製品はすでに寿命が過ぎたようだ。

 建物自体も、10年毎のメンテナンスを迎える。内装も、20年経つと、壁紙、タイルカーペットの交換が必要になってくる。

 物の心配ばかりしているが、我が身の命はどうか。明日も、明後日も、1年後、どころか10年後も、いまのまま変わらず元気でいるという、まったく根拠のない安心を懐いて生きている。

 まさに、無明であり、轉倒している姿である。

 

 

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裏方の仕事

 同人会ニュースの発送作業だ。

 今回は、子供たちに、紙を折り、二つ合わせをする仕事をしてもらった。

 遊びたいばかりで、なかなか動かない。帰国が迫り、会いたい人も増えてくる。急に、友達の家に泊まる話になる。荷造りもあるが、土産も増えるばかりだ。早くから、仕事の段取りを知らせていたが、時間がなくなって、こちらはイライラばかりさせられた。下の子が約束時間に帰ってこず、叱ってしまった。

 仕事は、たいしたことではない。二人で集中すれば、1時間ほどで完成するだろう。別に、子供の手を借りなくても、できる。しかし、これだけはやってもらいたかった。

 古い華光誌がそうだっだが、案内物も、もちろん行事も、聞法旅行も、子供大会もそうだ。案内の下準備や連絡から、掃除も、家族が総出で、ひとつひとつを手作業でやってきたのである。その積み重ねが、今日の華光の集いである。

 今は、事務の方もおくことができた。運営委員会も出来て、行事係もおられる。お掃除基金もある。ぼく自身も、布教に専念できる体制ができつつある。しかし、華やかな表舞台の裏には、必ず、それを支える裏方がある。それを疎かにしていると、いい法座が生まれないことを教えられてきた。

 それはいくら口で言われても分からないことだった。ぼく自身も、時には父に反発しながらも、身にかけて教えられたことである。ちょっとずれるが、こんなことを思いだした。

 それは講習会の資料作りだったと思うが、コピーが済んで、それを二つ折りし、集めて、ホッチキス留めをする作業が残った。父に頼まれた時、ほかに用事があったので、「あとで、やっといてあげるわ」と返事した。

 それがまずかった。法話の中で、叱られたのである。「やっといてあげる」という言葉が、いかに傲慢であるかというのである。心が、言葉として現れ、社会では通用しないとうのである。

 それを聞いたとき、ぼくの心は煮えくりかえった。皆の前で、法話の中で指摘されて、恥をかかされたからである。そのことで、父に抗議したことも覚えいる。抗議が出来たのは、少し大人になっていたからであろう。そんなことを繰り返し、繰り返ししながら、いろいろと教えていただいたのである。

 にも関わらず、結局のところ、ぼくの本性はいまも何も変わっていない。楽をしたい心しかない。一人でいろいろなことをやらされると、腑におらない気分になる。自分のやりたいことには熱心だが、人の雑用まで負いたくないのである。

 だからこそである。目に見えないところで、裏方の仕事を丁寧に出来るのか、またはそういう方の無数のご苦労を忘れはならないということを、ご教示されたのである。

 

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大みそか

Img_7613大晦日。

新春の準備。修正会もあるので、その準備も合わせて行う。

朝から、子供たちと駐車場や会館回りの落ち葉を拾う。右隣の薬問屋は、毎朝、掃除をされるが、左隣の印刷所は、年末でも掃除をされない。そこにある木から大量の落ち葉が落ちて側溝を埋めていくのだ。会館の玄関先や駐車場にも、風向きで飛んでくる。

Img_7619子供たちも頑張って、袋一杯の枯れ葉を拾った。

ところがである。

夕方には強い風が吹いたいたかとと思うと、また大量の落ち葉が落ちている。

今度は、Rちゃんと「やってもやってもきりないね」とか「お隣の掃除Img_7621して、なにか腑に落ちないわ」と、言いながら片づけた。
取り敢えずはきれいにしたが、きっと明日の朝には、落ち葉がたくさん落ちていることだろう。

これはぼくの煩悩と同じ。木に葉っぱがある限り、いくらきれいにしても、きれいにしても、風が吹けば落ちてくる。いくら、除夜の鐘を撞Img_7620ても、撞いたしりから煩悩をつくり、罪業はたまり続けるのである。

結局、木を切らない限り、際限なくつづくように、迷いの元を絶たない限り、いくら掃いても掃いても、すぐに汚れてしまう。

ところで、南無阿弥陀仏のお救いは、煩悩を絶たないで涅槃を得るImg_7614というのだから、なんとすごいお働きなのだろうか。煩悩は絶たないが、迷いの元(疑無明)は、南無阿弥陀仏で一刀両断に断ってくださるからである。

そんなことを思いながら、迎春準備を勧めた。

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新年号発送!

 もうお手許に届いているでしょうか。華光誌新年号を発送しました。今年は、黄色をベースにした表紙。

 今回は、子供たちもお手伝い。前回は、遊んでばかりの下の子が、大人に交じって作業中。その様子は、スタッフブログにも紹介されていた。

http://keko-kaikan.at.webry.info/201612/article_4.html

 新年号に加えて、同人の方には、恒例の「年賀交換」。今年から、同人と、個人での掲載者に限定したものとなりましたので、ご了承ください。
 また全員に「年間法座スケジュール」も同封。長期計画で、秋以降の変更もありますので、華光会HPや毎月の法座案内を参照の上、お参りください。

 ちなみに、新年最初の法座は

 1月1日(祝)昼1時30分~4時30分
 「修正会」が勤まります。 奮ってご参加ください。

http://keko-kai.la.coocan.jp/event/2017/detail/01/shusyoe2017-1.htm

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酉年にベンギン

4 華光誌の「年賀交換」の作業が大詰めだ。Rちゃんに、そこに入れる来年の十二支「酉」(とり)のカットを、イラスト集から10個ほど探してもらった。

 さて、使おうと思って驚いた。ペンギン、アヒル、オウム、カラス…。いろいろな鳥の絵があるのに、ニワトリがない。ぼくにとって「酉」(とり)とは、ニワ5のことしか頭になかったのである。ヒヨコのカットはありだとは思ってはいたけど、、。

7 やり直してもらうことにしたら、

 「私の年賀状は、鳥の絵ですが」と言われた。

 ああ、年をとると、固定観念に執られれるのだなー。自由な発想が新鮮。

 8といって、「トリ」年に、ベンギンの年賀状は、やっぱりないかなーと。

 すべて「ニワトリ」のカットに差し替えてもらいましたが、、。

 皆さん的には、ありですか、無しですか。

 

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「南無妙法蓮華経」

  12月、華光誌の作業が大詰めだ。正月号は、通常の編集作業に加えて、「年賀交換」の小冊子も編集作業しなければならない。この版下作りは、ぼくの作業なので、何日間か集中して作業している。年内発行のためには、〆切が迫っているからだ。

 それでも、昨日は仕事がはかどり、今日、明日、明後日と作業の段取りすると、ゴールのメドも立ってきた。もう一頑張りである。

 ところが、そんな時に限って予期せぬ出来事がおこる。
 
 お葬式である。

 といっても、別に導師を頼まれたのではない。

 町内会でのお悔やみだ。役員をやっているので、お手伝いも少しあるのだ。あいにく連れ合いは、仕事で10日間ほど東北に出張中である。

 小さな町内だが、今年になって3軒目だ。しかも、亡くなった方を聞いて、びっくりした。まだ60歳を少し過ぎたところでお若い。肺ガンだが、急逝だったようだ。そして、これまで何度も一緒に町内のお世話をした方で、毎回、ぼくたちの翌年に役員に選ばれる方だったからだ。

 熱心な日蓮宗(といっても、学会ではない)だった。遺族の方が、導師と一緒に「南無妙法蓮華経」と何度も唱えておられた。念珠も、独特のもので拝んでおられた。他宗派の葬儀は貴重な経験なので、興味津々である。法華経は聞きなられないが、「舎利弗」とか「ダイバダッタ」が登場してきた。三帰依文は同じである。

 通夜のご法話は、直接、故人を偲んだお話だった。四月に法事でお会いした時は、そんなにお悪いとは感じさせず、ほんとうに驚いた。弟をなくしたようだと仰っている。「今日、身につけている衣は、故人のお父さんからのもので、念珠は父から受けたもの。三名が一つなって故人を供養させていただきました」と言われていた。

「いま、故人に何ができるのか。三食(じき)といって、香食(こうじき)-文字通り香りを食す。法食(ほうじき)-法供養を行うこと。そして、思食(しじき)といって、故人のことを思うということがある。故永六輔氏も、『人間には二度の死がある。文字通り、死亡診断書が書かれたこの肉体の死ぬ時。もう一つは、私のことを思う人が誰も居なくなった時が、わたしのほんとうの死である』という意味のことを仰っている。どうか、故人のことを胸に刻み、思い続けてください」と。

 商売上ではなく、ほんとうに無念の思いがこちらにも伝わってくる「お話」ではありましたが、、。

 

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葬儀

 葬儀会館は、マンション1階にあった。僧侶にも親族にも控室のない小さな会場だ。家族葬とのことだったが、会場は一杯である。

 小さな会場でよかったのは、他に葬儀の予定はないことだ。火葬場の時間にさえ気をつければ、後は、自由にさせてもらえる。そこで、通夜も、葬儀も、開始前に一言、参列の皆さんに、「故人に一番近かったのは皆様方であること、それで、南無阿弥陀仏と口にだしてお念仏を申すこと、そして、一同、心を合わせて読経してください」とのお願いから入ることが出来だ。そして、通夜だけでなく、葬儀でも(短いながらも)ご法話させてもらえた。還骨勤行の後もご法話があるのだから、ご法話だけでも3回の機会があった。他にも、お斎がでた時は、全員に、故人を偲ぶ思い出を一言もらった。

 それというのも、故人が、子供のころからの念仏を求めておられたからである。ご両親に連れられて、横田慶哉師の流れを汲む法座で聴聞してこられたのだ。そこには、若くして人生が苦の連続だったのである。しかし、そのことが機縁となって、生涯、仏法を敬う人生を歩まれて、華光とのご縁も生まれてきた。9月に経緯を詳しくきいてきたので、その故人の願いを伝えるという意味でも、法話はやりやすかった。喪主の娘さんたちもその意志を継いでおられるのだ。そして、その法話を、一番、喜んで聞いてくださったのがお二人のお父様で、いろいろとお味わいを語ってくださった。これから、仏縁が結ばれることを願っている。

 斎場の方も、通夜では、「お導師さまにあわせて、合掌、礼拝ください」というアナウンスだったが、葬儀では、「お導師さまにあわせて、合掌し、南無阿弥陀仏とお称えください」となり、また「これからお正信偈のお勤めです。聖典の4頁を開いてください」と、こちらから頼んでいないのに、積極的に協力くださった。小規模だった分、柔軟に対応してくださった。もちろん「お清めの塩」もなかった。結局、僧侶側がしっかり伝え、対応していければ、葬儀はいくらでも変えていくことができるのだろう。

 合掌-礼拝があるのなら、「南無阿弥陀仏」と称名念仏することをお勧めしてもらいたい。必ず、ではなぜ「南無阿弥陀仏」と称えるのか、という法話につながっていくからだ。 

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「またね」はない

  大会翌日、同人のお通夜のために宝塚に向かう。

 華光大会の最終日、ご満座の道場は、お念仏の渦となった。ところが、その時会館に電話がかかていた。同人の訃報で、葬儀の依頼だ。伝言を聞いたときには、耳を疑った。9月末に、ご自宅にご示談に窺ったばかりなのだ。最近は、ご法座は疎遠となりながらも、体調を崩されたことをきっかけに後生の不安が募ってきたのである。京都に来るのが難しいほど、(精神的にも)弱っておられので、何度かのやりとの末にこちらからお邪魔すくことになった。もう力なしになっておられた。ところが、「ご示談の前に、仏書を読んだほうがいいすか。法話テープがいいですか」などと聞いておられた。「力なし」なのに、自力はピンピンしていた。

 お話を聞くために体力をつけることも大切だ。今生の上でも元気になってもらいたいと、信頼できる病院を紹介した。内蔵の病ではないので、免疫力さえ高まれば、症状は改善し、きっと元気になられると思っていた。実際、気持ちも少し前向きに明るくなっておられて、少し安心していたのだ。その報告で、また家庭法座を開きたいとの話も出ていた。

 ところが、心配されていた病気ではなく、入浴中の突然死で、60代とまだお若い今生の命が、終わったのである。無常の理は、仏説まこととただ頷くばかりである。9月以降のご縁もあり、後に遺された二人の娘さん方の仏法相続を願い、葬儀の依頼を受けることにした。

 しかし、元気な内に仏縁はかなわなかった。
 「また」はなかったのである。

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