カテゴリー「今日の華光会館」の478件の記事

報恩講の準備

 Img_5087報恩講の準備が進んでいる。ぼくもお荘厳や法要の準備、細々した事務仕事を行っている。

 布団や食事、おやつや懇親会の準備は、会館の事務局で進めていくが、同人の皆さんの協力がなければ法座は成り立たない。

 京都の有志の皆さんが、10日、11日と、そうじや仏具のおみがきや荘厳の準備をしてくださる。
 報恩講の法座担当者は、当日の進行や役割分担を差配ある。また運営委員を中心に、分級座談会の担当なども決まっていく。当日、参加できない方でも、掃除を手伝ったり、事前準備に関わってくださっているのだ。これまで総数を考えたことはなかったが、事前準備の段階でも数十名、当日はさらに数十名のお世話役がおられるのだからら、お世話の総数は30名以上の方が関わって、ひとつの法座を造られているということになる。

 さらに、そこに講師や法中、分級司会者などが加わるのだから、実に多くの皆さんが関わり、そして支えられてこの法座が開かれているのだ。しかも華光同人に加えて、専門の業者-仏華や朱蝋、お供え、酒屋に、弁当屋に、布団屋などなど-実にさまざまな皆様のお力が加わってくるのである。参加の皆さんにしてもそうだ。たとえば交通機関ひとつとっても、実に多くの方の尽力があればこそ、私がここに参加できるのである。大きな顔して、自分の力でお参りにしたと自惚れていても、実に十重二十重の、おかげさまが重なりあわねば、私はここに座れないということである。

 ところが、京都のお掃除の方も高齢化が進んできた。最近では、お世話を嫌う方もあるし、組織には入りたくないという方も増えている。親切心から基金を出しあってでも専門業者に任せればよいという声もいただく。しかし、仏法を聞く座とは、「経費を負担したから」とか「参加費を出しているから」といった損得の物差しだけで、はかることのできないおかげでの賜物である。何よりも、なんとか仏法を聞いてもらいたい、ご法を伝えたいという篤い情熱が法座を生んできた。そして、自らの聞法の場を、一丸となって作り上げていこうというプロセスこそが、身をかけた大切な聞法にほかならないのである。なんとか、その伝統を次世代へも伝えていきたい。確かに、お金で解決し専門業者に丸投げした方が、きれいでうまくいくこともあるだろう。しかし、それではせっかくの大切な法への熱情が、スルりと抜けていく気がしてならないのだ。もちろん、時代に合わせて、効率よく準備したり、特定の方だけに負担がかからないような工夫も必要だ。しかし、多くの皆さんのお力が結集されてこそ、私がお聞かせに預かる法座が出来上がり、そこにひとりでも多く方が参画し、共に法座を造っていくことがなけれど、華光に集う意味がないようきがするのだ。

 たとえ、一人でも、二人でもいいのだ。共に頑張っていこうという皆様と力を合わせて、この華光の集いを作り上げていきたいのである。
 

|
|

skypeでの相談

 ある会員から、スカイプ(いわば、PCでの画像付き電話、昔は、テレビ電話って夢の世界だったなー)での信仰相談とういか、カウンセリングの依頼を受けた。これまでスカイプ会議などの経験はあるが、カウンセリングを引き受けるのは初めて。しばしば電話での相談や質疑はあるのだが、画像付きは初めてである。確かに生身で出会うわけではないのだがら、ある程度、相手の表情やしぐさもわかる分、電話相談よりもずっとやりやすいと思った。概ね好評だったようで、これからも定期的に継続して行うことになった。

 このやり方は、初めてなのでまだ試行段階だが、もしうまく継続するようなら、今後は、他の皆さんにも広げられるツールになるのかもしれない。楽しみである。
 
 

|
|

来客? 珍客?

 正月2日目。来客もなくゆっくり1日を過ごした。風邪気味なので、ちょうどいい。

3階で、名古屋からの洋風おせちを、姉一家も一緒に食べていたら、電話がなる。タクシーの運転手、「すぐ近くまで来ているが、華光会館が分からない。教えてほしい」と。正月の来客は珍しいことではないが、夜8時を過ぎてからの来客は珍しい。しかも、場所が分からないというのは、お参りされたことのない方か、高齢者の可能性もあるが、それなら夜の訪問はないだろう。母が、「アメリカのお同行さんかな」と言った。突然、来られることはこれまでも何度かあったのだ。ところが、「すぐ近くまで来ている」と言われわりに、10分たっても現れない。「華光会館を目印に路地の方ではないか」とも思ったが、それならここに電話はかけて来ないだろう。 

そのうち、チャイムがなる。1階に降りて、姿をみて、「ああ、なるほど、あなたでしたか」と、一気に合点がいった。初来館ではないが、場所が思い出せず、十条駅からタクシーに乗ったというである。おいしいコーヒーがあったので届けてくださった。

遠くからせっかくお出でくださったのだ。お酒を飲んでいたが、道場で勤行をした。聖典を見ながら、「漢字は難しいですね」と仰る。それから、しばらく談笑。12月の東海支部法座での法話について質問された。「あの時されていた、頭に「こ」のつく話が聞きたい」と。いーや、これは困った。まったくわからない。いろいろと尋ねるが、要領を得ない。「ああ、もしかして五劫のことかな」というと、「私は囲碁をやっているが、劫というのがある」という話題に変わって、もう法話のことはなくなって四方山話が続く。たまにチラチラと本音に近い言葉も出るがすぐにまた流れていくが、けっこう面白い話が多くて、興味深く聞かせていただいた。

最後は、「私も忙しいので失礼します」と。近くのスーバーに寄ってから、三重まで帰るといわれた。お酒の話題がでたので、「次回は、おいしいお酒をもってきます」と約束してくださって、お別れした。気をつけてお帰りください。

|
|

華光誌新年号の発送

 華光誌を発送した。助っ人としてAさんとMさんが加わってくださり、ぼくと連れ合いと、Tさんの5名での作業した。終了後、お茶を飲みながらの懇談が楽しみなのだが、今日は、夕方に歯医者の予約があって、そちらは不参加となった。

 皆様のお手許に年内には届くだろうが、年末の宅配便はたいへん混雑している。もしも未着の時は、ご遠慮なくお知らせください。

 表紙は紫色。新年号なので、来年度の年間行事表と、同人の方には年賀交換が付録している。

 体験記は1編だけだが、随想が面白いものがある。誌上法話は、ちょっと難しいだろうが、熟読いただけると期待している。

 どうぞ、新年のお楽しみに。

|
|

華光誌作業完了

いろいろとたいへんだったが、「華光誌」と「年賀交歓」が完成し、夕方に印刷所に渡る。予定どおりだ。新年号の華光誌は記事が多くて、48頁建て。随想もあって、体験記はひとつだけとなった。残り、次号に回る。読み応えがあると号なので、お楽しみに。「年賀交歓」も例年の頁数。ただ「年間行事表」だけは、月曜日渡しとなった。まだ確認とれていない箇所があるからだ。

引き続いて、毎月の会計士のY先生との月次の報告。毎年、毎月、ボチポチというのが華光の会計である。ただ、ボチボチでも、上向きのボチボチと、下向きのボチボチがあるが、最近は下向きの時が多くなった。

その後は、「本典」の勉強会に移った。まったく準備は出来ていないが、学生時代の書き込みが、まだ生きているのが確認できて面白い。行巻は、普賢先生の研究室で読んでいたが、その時は、まったく不勉強、無知を恥じるばかりである。その意味ではいまもまだ何も分かっていないのだが、ただ学習意欲だけは高い。しっかりと読んでいきたい。

|
|

焼き過ぎ芋

華光誌の印刷所への渡しが明日に迫り、作業大詰めを迎えている。朝、いつものようにTさんが出勤。その30分後、Rちゃんも定刻に出勤した。

その時、一歩足を踏み入れた途端、香ばしい匂いに気がついて、1階の台所でパンでも焦がしているのかと問われた。実は、その少し前、夫婦の間でも同じ会話をしていたのた。事務所に向かうために1階廊下に出て、ぼくも驚いた。廊下が、何かが燃えた匂いが充満し、うっすら煙っているからだ。みんなで火元を探すべく、2階、3階を回った。ぼくは消火器を手にしていた。ぼくは念のため、慌てて3階をあがる。ところが、ここはまったく何もない。2階の道場はすでに煙が充満している。排煙用の窓を空けつつ、火元を探すが分からない。仏壇にはロウソクも線香もつけてはいない。いくらを探しても火元が見つからないのに、相変わらずに煙が満ちている。Tさんが消防に連絡しようと思った矢先に、彼女が叫んだ。

「あああ、犯人は私でした」。

え、2階の炊事場の声のところにみんな集まる、地べたに置かれたi電子レンジから煙がでているではないか。自宅で焼き上げた焼き芋を温めるために、朝いちばんに電子レンジに入れて10分加熱したものの、そのまま忘れていたという。それが発火しレンジの中で真っ赤に燃えているのだ。しかも熱の勢いでレンジの蓋が勝手に開いて、そこからモクモクと煙が出て、道場に充満していたのである。慌てて、サイマイモの火を消すと、イモは完全に炭化し真っ黒になっていた。いや、見事な焼き具合である。

それにしても、久しぶりにドキドキとした。そのあとで、おかしくなって、みんなで大笑い。笑い話になったからよかったがほんとうのことだったら、今頃真っ青である。こうして、突然、災害や火事に遭うということが、よくよく分かった。いやいやドキドキと興奮しました。

そして、Tさんは芋断ちを誓うのであった。

|
|

大詰め

 高山支部法座のあとも、6日が「仏書を読む会」、9日が「聖典講座」で阿弥陀経の最終回、さらに10日がお寺を会所にした「東海支部法座」と法座か続いてる。

 しかし、プログはお休みになっている。

 華光誌の編集作業があったのだ。

 例年のことだが、新年号の発行は通常号の2倍以上の手間がかかる。11月下旬から始めているが、年内発行のために〆切日が厳守であること。華光誌本体に加えて、「年賀交歓」の作製作業があること。さらに、「年間行事表」の作製もあるが、こちらは、華光大会以降に本部と支部の行事のすり合わせが必要になるなど、かなり頑張らないといけない。

 華光誌は校正や編集作業が中心で、作製はRちゃんの仕事になるが、「年賀交歓」と「年間行事表」は、版下作製もぼくの仕事で、古いPCで作業をしなくはならない。年内発行のためのタイムリミットもあるので、かなり効率的に集中して作業する必要がある。申し訳ないが、ブログまでは手が回らず、ちょっと休止状態たった。

 若い時のように徹夜の作業は出来なくなった。夜更かしの作業はしても、完徹はなくなった。多少年齢と共に無理が利かなくなっている。でも、その分、経験で補っている部分もあるようだ。

 おかげて、華光誌は15日中に。年賀交換も16日に、印刷所に渡せるメドがたってきた。だだ「年間行事表」は完成しても、各支部との確認のすり合わせが必要なので、18日の月曜日の午前中まで、待ってもらうことにした。年内発行のタイムリミットになるが、メドは立っている。

もう一息である。

 

|
|

南無阿弥陀仏

Img_4876_2_2 先日、旦那様を亡くされたOさんが、悟朗先生のお名号を抱えておいでになった。

 もともと先生がき日に、義母親さまに依頼で、揮毫されたものだ。それが表装もしないで飾ってあったのを、これを機会に、会館経由で表装の依頼されたものが、完成してきたのだ。

 だいたい父の名号は、かっちりした楷書が大半で、少し隷書体のものある。それだけのこの書は、珍しい。母は、この手の書を観るのは初めてだといっている。ぼくは、日高にあるものと、100歳で亡くなった京都の古い同行のお宅で拝ませてもらっている。それでも、2、3あるなかでもかわってものなので、なかなか貴重ではある。

 若い日のものだけに、勢いも感じさせる書体である。 

|
|

突然の来客

 朝から自力整体、昼は華光誌輪読法座、夕方は本典学習会といろいろあったが、ぼくの中では今日のメーンは別のところからやってきた。学習会の途中で、急な来客があったのだ。大学の名誉教授で、医者でもあり、仏教カウンセラーでもあるN先生だ。本山のビハーラや龍谷大学のカウンセリング課程などでも教えておられたが、なぜかこれまでご縁がなかった。それが5月から仏教大学のビハーラ学習会サークルにお邪魔するようになり、真宗カウンセリング研究会の案内や華光誌を送らせてもらうようになった。すると、今週の例会に顔を出しくださるという丁寧なお手紙を頂いたのだ。楽しみに待っていたが残念ながら欠席となったのだ。それで、すぐに「そのお詫びかねて、ごあいさつに窺いました」とお出でくださったのである。

 もう八十歳をすきた高齢であるのに、わざわざごあいさつにお出でくださったのでだ。それひとつでも、律儀で誠実なお人柄が窺える。

 勤行の後、少しお話させてもらう。いきなり「いまのままでは既成の仏教教団は危機的です」と。そして真摯に(援助的な)「カウンセリング」を学び、真に開かれた寺院・教団をめざすことの念願を、静かだが、強い口調でお話くださった。浄土宗なので立場は異なるが、まるで西光先生のお話を窺っているかのようで、その他にも共鳴する話題が多く興奮させられた。ぼくも、華光の活動や真宗カウンセリングについて語ったが、若輩者の声にも、しっかりと耳を傾けて聞いてくたさった。学習会の合間の時間だっだが、有意義な時間を過ごすことができた。来月の集まりが楽しみである。
 

|
|

いよいよ華光大会

Img_3863  華光大会に向けての準備がつづく。

 おみがきや、そうじも、京都の同人の方がお手伝いくださり、連れ合いやTさんと進めてくれいる。連れ合いは、障子の張り替えをしていた。

 ただ、ぼくの心の中には、法座よりも、華光の運営面、経済面の問題のほうが、多くを占めている。一年を締めくくるの総会や会議もあるのImg_3862で、資料作りや会議の準備がある。加えて、今年は問題も山積で、気合をいれて、同人一同がこころを一つにして臨まないといけないようだ。大会前日に、責任役員会を開いて、打ち合わせをすることにもした。

 もちろん、法座や法要の準備もある。Rさんの尽力で、伊藤先生五十回忌のパネルが完成してきた。いい出来だ。法要での「表白」や「法要次Img_3870第」も準備した。献花の供花も決めたし、法要の準備も着々と進んでいる。

 合わせて、小冊子(法話集)も完成してきた。予想以上に、渋い赤色の表紙で、いい感じだ。掲載の写真も、うまく編集してくださった。もちろん、内容も、いまの華光同人の方に、ぜひお読みいただきたいものだ。校正を手伝ってくれたTさんも、「これは皆さんに頑張っImg_3869て勧めたい内容ですね」と張り切ってくれている。伊藤先生、悟朗先生、小生の3編の法話を掲載するもので、タイトルは「非僧非俗のこころ」~華光を貫く精神~とした。

  華光大会は、華光同人のお祭りだ。真の仏法讃嘆の場に、参加できない方は、ほんとうにお気の毒である。その意味でも、参加の同人一同で盛り上げていこう!
 

|
|

より以前の記事一覧