カテゴリー「今日の華光会館」の528件の記事

今年もピアノの調律に

  今年もピアノの調律のためだけに、兵庫県からWさんがおいでくださった。

 毎年、欠かさずの恒例行事であるが、交通費も含めて、すべてボランティアである。
 
    お母様が強信な念仏者だった。華光でも、1、2を争うほどの強く機を勧められる名物同人でもあった。ご本人も、華光会館に下宿し、子供大会や仏青で聴聞されている。子供会から60年以上もご縁の続くが、今は、聞法聴聞としては、疎遠になっておられる。しかし、大きなご恩徳を受けたからと、華光会館にあるピアノを寄贈してくださり、毎年、毎年、欠かさずにおいでくださるのである。

 例年は5月だが、内装工事を考量して、時期をづらしてくださった。今年は、大きくは移動はしなかったが。工事で研修場内で、ピアノを動かしている。そのためか、例年以上に狂いがあったというのだ。表には見えないし、素人が聞いても分からないが、プロはさすがである。

 このような、外護の善知識のおかげで、私たちの念仏道場は護られている。南無阿弥陀仏

 

 

 

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華光誌78-3号の発送

 華光誌78-3号の発送しました。

 今回は、初めての助っ人が登場。これまで愛知県在住であったのが、家族で京都の宇治に引っ越してこれらました。京都を選んだ理由は、聞法ができる環境という点もあったようです。会館の内装工事の引っ越しでは、旦那様にずいぶん助けてもらいました。今日は、奥様がお手伝い。今日の、華光誌のお手伝いは、二人とも宇治の方でした。ありがとうございました。

 なお、8月の仏の子供大会
 9月の聞法旅行(四国の法然上人の流罪と、庄松同行)
 来年1月の「インド仏跡巡拝」の案内状が、同封されています。奮って、ご参加ください。

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訃報

東京の法座に出かける直前、電話が鳴る。豊岡の同行さんのご往生を知られる訃報だった。

親の代からの古い同人だ。日高法座の時には、欠かさず月忌参りをさせてもらうのだが、今年の3月には、お参りにおいでになれず、月忌参りもなかった。かなり悪いという話を聞いた。

衰えた姿を見られたくなかったのか、皆さんには会うのは躊躇されたが、ぼくには会いたいということだ。帰宅直前に、お見舞いを兼ねてご自宅へ。お顔が2倍以上に浮腫む、腫れ上がっていた。体のつらいを訴えられながら、これも受けていかねばならない業だ、と言われた。仏間まで出て来られず、聞こえるよう声を張って、ひとりでお勤めさせてもらった。素人目にも、かなり悪い状況だといことはすぐ分かった。これが、今生でのお別れになるだろうという予感があった。それでも、勤めて明るく別れた。お別れは寂しいが、念仏を喜んでおられた方とのお別れは悲しいだけではない。「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と、お念仏で見送らせてもらえるからだ。

願わくば、子息にもこのお念仏が届けどばと思う。それが故人の願いでもあった。
東京から帰宅したら、11月の日高法座の一座を、このお宅で持たせてもらいたいというメールが届く。さっそく還相回向で働いてくださっているのであろう。
   南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

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阿弥陀如来の御修理

   高山から一位一刀彫の名工、Hさんがおいでくださった。

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  3階研修場にある仏壇と、阿弥陀様の修繕である。

   先の改修工事で、仏壇が少し前にせりだしていることが分かり、修繕をお願いしていた。しかし、木のそのものが反ってきただけで、緊急性はないらしく、しばらく様子見ということになった。修復するとなると、せっかくの神代杉(水中や土中にうずもれて長い年月を経過した杉材。過去に火山灰の中に埋もれたものという。青黒く、木目が細かく美しいという)の材質が損なわれかねないというのである。扉ひとつにも、最高の材質を使ってくださっているのだ。

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   阿弥陀様は、仏壇のおそうじをしてくださった時に、御光の一部と、左手が外れたのだ。修復機材も持参されていたが、結局、高山の工房で修繕されることになった。

   この阿弥陀様も、Hさんの作品だ。しかし、一刀彫ではなくて、寄木造なので、いくつかに解体することができる。修復箇所だけを丁寧に包んで、高山に持ちかえってくださった。

  3階の阿弥陀様は、華座と光背だけが残った。『観経』の第七華座観や第八像観ではないが、こうして部分部分を拝ませていただこくは滅多にない。でも、お留守の間、前に「南無阿弥陀仏」のお名号を安置することにした。

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下水溝の詰まり

 「通路の下水溝の点検にきましたす」と、水道局業者と一緒に来館される。下水の詰まりを見つけた町内会の方が、下水道局に連絡をしてくださっていたのだ。

 2年前に、下水溝が詰まり排水ができなくなて、洗濯機が水浸しになったばかりだ。ちょうどアメリカ布教の準備で忙しくしていた時で、焦ったことを覚えている。その時は、長年の生活排水の汚れだといわれた。20年間の垢や油脂分が、徐々に詰まっていたという。
http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-aa8b.html

 今回も、同じ箇所だ。「20年間の汚れ」は納得したが、今回はまだ2年である。応急処置で「大丈夫ですよ」と言われた。しかし、こんなに短期間で詰まるといのうは、もっと根本的なところで問題があるんじゃなかいとも思った。しかし、如何せん、素人の目にはなにもわからない。目に見えないところにあるのが、下水道なのである。表面に顕れた時だけ問題にするが、見えない部分で、何が起こっているのか。もしそこに問題があるとしたら、また近々同じことが繰り返されるだろう。

 人間の業も同じではないか。ぼくたちは、縁によって表面に現われた部分でしか内省ができない。目に見えないところで蓄積されている業を如何に知るのか。それは凡夫の目ではわからない。だからこそ、仏智に照らされて、聞かせていただしかないのである。そして、応急処置や対症療法ではなく、根本的な解決をさせていただくのである。残念ながら、その場の苦しさをしのぐ対症療法で癒されている(誤魔化していく?)のが、大半ではあろうが、、。

 

 

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華光誌編集作業

 5月末から華光誌の編集作業が続いていた。今回は、かなり効率よく作業が進み、また編集作業のIさんの頑張りもあって、いつもより数日早く、印刷所に渡すことができる。

 誌上法話は、先の750回大遠忌での企画のひとつ、「これからの浄土真宗の求道と伝道を考える」の続編で、真宗大谷派の孤杉師の誌上交流会。前半が、本願寺派の松岡師で、上下2回で終わる予定だったが、その後の質疑や補足も面白かったので3回連載に変更して、次に質疑応答部分が続く。

 信仰体験記も、ちょうど今回で二人が終わって、次回からは、新たなお二人を連載の予定である。

 今回の随想で面白いのは、最近、末期のガンと告知された京都の同人の病床記。自由闊達に筆が進んでいる。別に難しいことや深刻なことではなく、身近な話題を材料に、深い味わいを述べておられる。特に、厚化粧のところが面白い。法座や座談会で、厚化粧では面白くないと、、。ごもっとも。
 
 他に、
 8月の仏の子供大会
 9月の聞法旅行(四国の法然上人の流罪と、庄松同行)
 来年1月の「インド仏跡巡拝」の案内状が同封されている。

 発送は、7月2日(火)の予定である。お楽しみに。

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明日から永代経法要

 ちょうど第一期の修繕工事(内装)が終わたばかりだか、皆様をお迎えすることができる。

 お当番は地元の京都の皆様で、前準備にも関わってくださる。そこに、10月からの新制の運営委員会の皆様が絡んでくださった。

 他の行事と違って、ぼくも事前に用意せねばならないことがある。永代経法名軸に記載する作業である。だいだい例年並だったが、合せていつも以上に「法名」の依頼も受けた。記載は、苦手な気持ちがあって、グズグズした作業になってしまう。年に1度のことで、うまく書けずにことに落ち込むこともある。それでも、毎年のことなので、少しずつでもうまくはなってきていると思っている。これも(いい意味で)慣れが必要なようだ。

 法名を考えることにも、時間をかけた。その人の人柄や性格を考え、また俗名を考え、そして出拠を考える。なかなか思い浮かばないこともあるが、何日も、あれこれはからい、考えてるうちに、自然にふっと浮かみ上がってくる瞬間がある。そんなときは、お相手の方やご遺族がとても喜んでくださるものとなるようだ。

 他にも、お配りする粗供養の念珠を購入し、和蝋燭などの準備を行う。また、会議などの案内や配りものもち作る。

 だいたい前日から、当日始まってからもバタバタするのだが、今年は、直前の寺院布教がなかったので、前々日までにだいたいのやっかいな作業が終わったので、少し余裕もって法座に臨むことができそうである。3日間、楽しみである。

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老兵は消え去るのみ

 館内引っ越しを繰り返して、いろいろなものを捨てた。

 これは何かわかりますか?

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 空けてみたのがこれです。

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 平成の生れの方には分からないかもしれませんね。

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 正解は、豆炭「あんか」でした。

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 初代華光会館で、報恩講の時に、皆さんの足を温めきた「あんか」。報恩講の名物は、夜座の「ぜんざい」だった。夜座の間に、1階の台所で、「ぜんざい」のために餅を焼き、そして宿泊する人たちのために「あんか」の豆炭を焼くのが、婦人会の当番のたいせつな仕事でした。

 またひとり、老兵が静かに消え去っていきました。

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転倒の姿

 工事中、お休みしていたピアノ教室が再開された。小学生の生徒さんが玄関に入った途端、「わー、きれいになったなー」と声あげた。「(ピアノ教室のある)3階の研修室も床の色が変わったよ」というと、「何色に成ったのかな? 青色がいいなー」といいながら、階段を駆け上がっていった。

 新しくなって、古い机や家具が置くのがためらわれる。会館中が、傷つけないようにと慎重に慎重に、作業を進めている。なかなか時計も、カレンダーもかけられないでいるほどだ。

Img_2153  工事の中、廊下や階段のタイルカーペットを交換する作業の時、新旧のタイルカーペットの写真を取った。色だけではない、古いものは表面もツルツルでカチカチにImg_2155 なっている。だから古くなって捨てられていくのだが、それは、23年間、一時も休まず私たちを支えてくれたいのちである。ほんとうは、捨てられていくものを拝まなければならないのだが、新しくなったものを喜び、きれいだという理由で拝んで、大切にしている。

 そんなにきれいに使いたいのなら、何も置かずに、私が住まなかったらいいのである。人が入らないときれいなままだ。案の定、聖典講座で使用したら、さっそく畳が傷つき、道場のドアも「ギリギリ」と傷ついていしまった。いわば、新車に乗った時のような気分だ。でも、そのうちに、汚れ、傷ついいくと、なんとも思わなくなって、粗末していくのである。

 人間関係でも同じことがいえる。若い者、きれいなの、新しいものを新鮮に想い大切にするが、年老いたのも、見慣れたもの、いつもある のは何とも思わなくなる。Img_2158 Img_2157
 それが轉倒し、迷っているということであろう。
    左が新・右が旧

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内装工事終わる!

Img_2103    約2ケ月に渡る内装工事が、やっと終わった。

 今日は、細かな調整と、広島から建築士のM先生が来館されて、館内を細かく見て回られる。内装工事の最終点検であImg_2106 る。

 全館のクロス、床のタイルカーペット、畳の表替え、襖や障子、教室などの一部の天井、桟やドアの塗り直し、トイレの蛇口と床、それに設備として給湯器の交と、9割方の電灯がLEDに変Img_1389 わった。

 ずいぶん明るく、きれいになった。おかげて、永代経法要を迎えることができそうだ。ただ館内を引越した時の荷物は、まだ戻ってはいない。こちらも、連日、京都や大阪支部の皆様が助っ人にきてくださり、少しずつ片づき始めている。2階道場、3階研修場、講師室は、いつでも使用できる状態に戻った。

Img_1446  問題は、1階の庫裏のダンボールだ。永代経までは片づかないだろうが、分級座談会や就寝には使ったいただける。片づけは、永代経のちの連休中、ボチボチと行う予定ではいる。

 一部、計画になかった、道場のじゅらくの壁の交換も行うことになったが、これは連休明けということになる。

 これで工事は半分がすんだ。まだ秋の外装工事に向けて準備が必要で゛いろいろと難問ある。しかし、一応の完成にホッと一息である。工事関係者が、連日、朝8時過ぎから人の出入りが続いていたので、これだけでも気が楽になる。

 皆さま、ありがとうございました。

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