カテゴリー「今日の華光会館」の581件の記事

華光誌印刷所へ

 華光誌の発送作業が大詰めを向えた。

 通常は、月の半ば過ぎ、16~17日に印刷所に渡すのだが、永代経法要の9月延期を受けて、1週間、早めて作業を終えることにした。8月下旬は慌ただしくなったが、9月の始めにはメドがつき、後半は少し余裕をもって編集作業に臨めた。

 誌上法話は、今年の報恩講の時の「弥陀回向の御名」と題して。この時には、まだコロナの話題さえ出でいないな。我ながら、同じようなテーマで話しているなーと苦笑。でも、要点、一つなのだから、そこを外したお話できない。最後の『仏敵』の黒田青年(トランプの王様)の「六字が物足りのうて、その六字で堪能するまでに半年かかった」といわれる。不足、不満足だらけの私が、この六字を前に何も足すことも、引くこともない。たった六字で満たされていく不思議に遇うのである。

  信仰体験記は新規の方が2名始まる。また、前回から始まった誌上感話も濃厚な味わいで、ぜひお読みいただきたい。他に故伊藤氏の追悼記事や同人会MLでの聖典講座と日曜礼拝の感想集もながなかのら力作。つながりが面白いです。

 少し早目に完成するが、発送は10月1日の予定。お楽しみに!

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残念

 毎年、聞法旅行で世話になっている旅行会社の担当者が来館された。9月に予定していた旅行は、永代経が延期となって、6月の時点で中止となっていた。また来年のこともまだメドが立たない。それでもお出でになるといことは、電話の様子で何となく察しがついた。今年は、新型コロナの影響でお寺の団体旅行がすべてなくなり、今後の回復のメドも望めないので、10月一杯で会社を休業(実質的な廃業)が決まったと言う報告だった。

 残年だ!

 旅行社とも、彼とも22年前からのおつきあいになる。最初は、関東の親鸞聖人の御旧跡巡拝だった。台風の大雨の中で、迷いに迷いながら、決行された。今なら間違いなく中止になっているだろう。その当時はまたいわれなかったが、いわゆる「線上降水帯」が発生して那珂川が氾濫寸前だったのだ。参加者の中にはキャンセルをされた方もあったが、それでも50名近い参加者があり、大雨のなかで御旧跡巡拝をした。稲田の草庵で、ぼくの法話中にかなり大きな地震があったことも、鮮明に覚えている。
 その時は、彼はまだ入社直後だったのか、社長さんも一緒に添乗された。そして、法話だけでなく分級座談会があったり、単なるカラオケ大会ではない宴会の楽しさなど、華光の聞法旅行のあり方にたいへん感心されて、「いろいろお寺の添乗をしていますが、これかほんとうの聞法旅行だと思います」と話してくださったことをよく覚えいてる。
 それまではお願いしていた個人の旅行社が病気で倒れられ、いろいろな会社を模索している中で、試しにお願いすることなったのだ。そして、誠実な対応に、それ以降も長いおつきあいか続いた。国内の御旧跡が専門なので、海外は別の会社(ここももっとたいへんだろう)にお願いしている。関東以降、越後、北陸、三河、山陰、京都や奈良、滋賀などの親鸞聖人や蓮如上人の御旧跡に加えて、各地の法然聖人や妙好人のみ跡を慕った。また鹿児島の隠れ念仏や、華光の先生方のお寺や各支部(広島、高山、北陸)との交流法座も行った。他にも、和歌山と四国聖跡巡拝など、残念ながら中止となったプランもある。人数不足で北四国の旅行が中止になったので、一昨年の『仏敵』の旅が最後となってしまった。
 
 華光会の聞法旅行もこれが転機になるだろう。コロナで来年も団体旅行は難しいだけでなく、大型バスで、相部屋での旅行の形式自体が、人集めに苦労しているのが現状なのである。

 長い間のご尽力に御礼申すと共に、この時期の再出発はほんとうにたいへんでしょうが、今後のますます健闘を願っております。

 

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歩みは続く

 同人会ニュースを発行する。

 これまで同人会ニュースは、伊藤康善先生の華光誌の記事を誌上法話として掲載してきた。創刊号を含む一桁号(1~9号)は、華光誌の40号前後の「月報」時代に、瑞光集として掲載済で、それ以降のものを掲載してきた。いずれも短文でちょうどいい長さであった。しかし、これも原稿が尽きた。改めて「瑞光集」の再掲載(これすら既に40年経過。そう、華光誌は来年80周年の記念なのだ)も考えている。

 その前、何か面白い記事はないか、古い華光誌を探していたら、面白いものを見つけた。母が、中央仏教学院の時の記事だ。母の記事は他にまだ15歳の時の前々号の記事が面白かったが、掲載には長すぎた。それで、「聖徳太子の夢」というタイトルだけでは内容が読めない、本記事を載せたのである。

 事前に母には伝えていたが、同人会ニュースの巻頭を飾るとは思っていなかったらしく、一番驚いたのは母だった。文章は大幅に父が手直ししたのではないか。随分、大人びたものではある。が、本人曰く、「でも、内容は幼いナー」と。中央仏教学院の2年目、16歳の時だという。「聖徳太子の夢」、いまなら「福沢諭吉の夢」ということになる。

 和歌山の田舎のごく普通の門徒の家に生まれた母が、姉の導き、善知識との出会いによって、小学6年生の時に真実に目覚めをしたのである。そして、中学の卒業と共に伝道の道を歩むことになるのだがら、何とも尊いことだ。仏法との出会いが単なる内面の喜びに留まらず、凡夫を奮い立たせ、歩ませる力があるということだろう。それから70年以上、その歩みはいまも続いている。南無阿弥陀仏

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ご縁がない

 高山支部法座が、前日の夜になって、急きょ中止になった。準備万端だったので拍子抜けだ。高山はこれで3回連続で中止、今年はつくづくご縁がない。

 ただ、今回はコロナではなく、同人のFさんのご往生の訃報である。会所の向えのお家、ご親戚である。通夜や葬儀が、まるまる支部法座と重なってしまった。
 92歳でご往生されたFさんは、最後の最後まで、華光のビデオ係として大活躍してくださった。悟朗先生から頂かれた仕事だと、老骨に鞭打って頑張ってくださったのだ。そのご苦労に厚く御礼申し上げたい。ありがとうございました。南無阿弥陀仏

 コロナの影響で、3月の高山支部から中止が始まった。その前日の大阪支部が開かれたが、高山支部以降は中止の流れが出来たようだ。そして、緊急事態宣言解除直後で、5月の高山支部も中止。こちらも、その日に華光会館では、京都支部法座が開かれていたが、高山でのご縁はんくなった。

 他に支部法座が再開できないのは、東京支部法座もある。でも東京はZOOM法座を行い、zoom懇親会(飲み会)までやっている。リモートでも、それなりに盛会である。8月の支部法座では、各家庭のzoom法座以外に、ZOOMが出来ない人を会場に集って座談会をするグループも作ることになった。ほくは京都から法話し、会館でも座談会。つまり京都、東京、そしてZOOM組の三元での法座である。

 残念ながら、同一地域におられる高山の皆さんにそんな動きはない。リモートができる人はいても、まだその機運がないので、このあたりはぜひ働きかけてみたい。今回は中止になったが、別日程での開催をお願いしたら、こちらは実現しそうで楽しみだ。南無阿弥陀仏。

 

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異例のお盆参りも…。

     今日も朝から暑い。鴨川を遡って市原に向う。緑豊かな場所だが、今年はさすがに暑かった。鴨川の親水公園では、水遊びをしている家族連れが多かった。たぶん、お盆の帰省や遠出を自粛されている方が多いのだろう。

 1年に一度が、ここの家族にお会いするのが楽しみである。大きな声で勤行され、お念仏もされる。法話の後も、いろいろと近況が出る中で、先輩(50代)の相次ぐ死を通して、祖父母や両親とはまた違って、自己の死も意識するようになったという話題が出る。なんとか仏法に結びつけていきたいが、もう一歩というところが、難しい。これが課題でもある。

 夕方は、華光会館というか、わが家のお盆参り。珍しく連れ合いがいる。例年は、北海道に帰省中だか、今年はお盆をずらしての帰省となった。長女は冬(ブラジルでは、冬が日本の夏休みにあたる)にしか帰ってこなかったので、お盆は6年ぶりになる。

 明日は京都家庭法座があるが、コロナ禍でのマスク越しの勤行に、猛暑(これはいつもと同じだが)、さらにZoom配信と、例年にないお盆参りだったが、どうやら無事に終了しそうだ。

  

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zoom配信でお盆参り

    お盆には、宿泊での寺院布教があったが、コロナ感染拡大で出講は、残念ながら中止になる。おかげで同人のお話をじっくりお聞きするご縁ができた。出会いの不思議さをしみじみと感じさせられる。

 お盆参りはだいたい例年どおりだか、東京からの帰省を自粛された方からリモート配信を希望されたので、zoom配信で勤めた。法話の配信はあっても、勤行の配信は初めて。ただうまく合せて勤行するのは難しいようだった。終わってから、阿弥陀経のお心を少しご法話をする。

 今は、コロナの感染拡大で致し方なしだが、一旦、楽をしだすと、流されていくのが凡夫だ。暑い中、出張しなくていいのは楽ではあるが、これに味をしめて、懈怠に留まっては意味がない。お互い、ここはご用心、こ用心。

 

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GO TO トラベル

 予定なら東京オリンピックの閉会式があり、前倒しされた祝日。オリンピックは無くなったが、山の日は前倒しのままだった。

 午前、午後に1軒ずつと、ゆったりしたお盆参り。その分、時間をかけて法話や交流の時間をもたせてもらう。同人宅なので気分は楽である。

  夜は、世話人間で打ち合わせを重ねて、広島での真宗カウンセリングWSの開催を決めた。開催まで1週間、ギリギリのタイミングである。

 ただし例年の2泊3日の合宿形式は無理だと判断し、2日間、朝・昼(4セッシッン)での通いの集いとなる。呼びかけも原則、広島の方を優先。人数も、上限10名として、広い会場に、間隔を1.5Mにあけて、マスク着用で、飲食はなし、30分おきに換気に、消毒作業などの確認をする。もちろん、夜のセッションもなく懇親会もないが、それでも感染リスクが0とはならないのが、心配のところではある。

 本来はいかに緊密に距離感を縮められるのかという、出会いのWSでせあるのだが、反対に距離を保つことを勧めなくてはならなくなった。もちろん、物理的な距離があっても心理的距離が近い場合もあるだろうが、普通なら、心理的距離が近づくと、物理的にも緊密になるものだ。それが新型コロナの元では、心理的に接近しても、ソーシャール・ディスタンスの確保を忘れてはならない。さちにマスク越しで声だけでなく、表情が隠れるのも気にかかる。気持ちが開放されても態度の距離は保つという、これまで経験したことのない難しいワークとなりそうだが、最低人数が揃い、開催を決めのだ。

 合宿会場がキャンセルになり、新たにホテルを予約。新幹線とセットになっているパックを申し込む。お盆明けで安めの設定に加えて、GO TO トラベルでさらにお得になった。手続きは、ホテルだけなら簡単なのだが、列車がパックのものは、事前の手続きが必要で、申込みも少しだけ複雑。それでも、7000円引き(税金だが)になって、ホテル代含めた料金が新幹線代よりもぐーんと安い。今回は、採算ギリギリの開催だったので、大いに助かった。

 結局、「強盗キャンペーン」とか「GO TO トラブル」と批判していても、安くなるのなら喜んで恩恵を受けるのでした。 

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異例のお盆参り

 お盆参りが始まる。暑い夏、身についた年間行事になっている。 

 例によって、初日は、宇治方面を回る。だいたいルートも同じなのだが、今年は少し違った。コロナの影響で、親戚が集わずお盆参りを自粛されたり、東京から戻れずzoom法要になったりと、異例の盆参りとなった。もちろんマスク着用である。

 その代わり、昨年、愛知県から宇治に転居された同人宅にお参りする。Nさんの住所を聞けば、どうもその近くを通っているのである。今回、驚いたのは、近くどころではない。A家からB家に向う途中、さらにD家のお参り終わって帰宅する時と、2度もNさんの家の前を通過していた。つまり、昨年は家の前を2度通りながら、素通りしていたのであった。家の前を通って先にB家に向った。そこから1キロほどのところにNさんのお宅。立派な仏壇に、親鸞聖人の「南無阿弥陀仏」のお名号の前で、『阿弥陀経』のお勤め。一度、訪問したいと願っていたので、こんな形で実現できてよかった。

 帰路は、六地蔵の京都アニメーションの第一スタジオ前を通った。昨年は、猛火で黒く煤けた姿が生々しかったが、解体されてビルは無くなっていた。南無阿弥陀仏

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父の命日

 5年前のその日も、暑い夏だった。父は、夜中に倒れ、17時間ほど意識不明のまま、夕方17時すぎに静かに息を引き取った。

 来年が7回忌の年忌法要だから、今年は六回忌(五周忌)ということになる。亡くなった時間ごろに合せて、夕方、家族だけでお正信偈をあげさせてもらった。長女が帰って来ているが、彼女たちがブラジルに渡ったのが、父がなくなる1ケ月前だったので、まるまる5年ぶりに戻ってきた(一時帰国は2回あったが)ことになる。

 ご因縁があって、この世では父であり、また仏法の上では善知識となってくださった。ぼくにとっては唯一無二の大きな存在。そのご恩徳は謝しても謝し尽くせない。南無阿弥陀仏

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79-3号の華光誌発送

7月1日、令和2年も、早くも半分過ぎた。2月からのコロナ禍の中で、例年とは異なる半年だった。

79-3号の華光誌発送を発送。今年はあと1冊になった(実質、新年号は12月末だけれども)。

今号は、誌上法話は木村先生の、特集は水谷さんの追悼号。他にも先輩同人のご往生が相次いだ。

また5月から9月に延期された「永代経法要」の案内も同封。こららも初めての延期、そして分散開催となった。4日間を、前期(1泊2日)後期(1泊2日)の日程で、定員を絞り、宿泊や食事、懇親会を中止して行う。ご熟読の上、お申込みください。

 

 

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