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華光誌編集作業

 無事に華光誌が印刷所に渡って、ホッとしいる。

 2週続けての宿泊法座で準備もたいへんななか、華光誌の作業にも追われた。

 3号ぶりに、事務所で華光誌の版下作製だ。慣れない作業であったろうが、新人のIさんが頑張ってくれて、大いに助けられた。最初から外注だと、今の作業の3倍の手間と、時間と、そのうえ費用もかかるのだ。部分部分の作業にならずに、完全版の全体なってから、3~4回のやりとりをせねばならない。しかも細かな指示もいちいち文字にする必要がある。それでいて、カットひとつ、文字サイズや字体、レイアウトの位置など、細かな点ほどうまく伝わらない。

 Iさんは、今回が初の編集作業だ。早めから開始し、頁も少し薄目にした。うまい具合に夏休み中で、作業は順調すすみ、予定どおり印刷所に渡すことができたのである。

 誌上講話は、悟朗先生の正信偈講義の第6回目。体験記は、3名だが、新連載の方は自らのイラトス入りで面白い。その彼女が、華光誌の他のイラスト(カット)も書いてくれた。ありがとう。記事は全体には小粒だが、パンチの効いたものもあるかと思う。
 小生の巻頭言は、浄土三部経の役割と、法座の構造を組み合わせてものである。その一部を、このプログにも載せている。

 まだ残暑が厳しい8月末からの作業だったが、もう新年号の年賀交換の案内も同封されている。

 順調なれぱ、9月28日(金)には発送の予定である。乞ご期待。

 

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部屋の隅々まで

 台風で延期になった修繕業者の説明会がある。

 ご多忙の中、広島から設計士のM先生が来館。午前と午後に、別々の業者が、華光会館を見て回られた。屋上は屋上で、建具は建具という具合に、それぞれ3、4名の専門家を連れて回られる。

 ここに住んでいる身としては、少しでも片づいたきれいなところを見てもらいたいのだが、そうはいかない。むしろ、汚いところや壊れているところを念入れ写真に収めれる。押し入れの中も容赦なしだ。いつものように連れ合いは、散らかったものを押し入れに収めたり、隠したり、何かを被せて、急場をしのごうとしたが、逆にそこが先方のみたいところでもある。別に部屋の片づけ具合を調べにこられのではないのだが、やはり散らかっていると恥ずかしいものである。

 M先生が、詳しい説明し、丁寧に質問に応えてくださった。専門家同志でないと、素人はわらかないところも多い。結局、お昼を食べてもらう時間もなく、夕方までかかった。まだ少し細か所は別日程で、確認にこられる。

 罪業と同じで、隠しきれないということだ。いや、そこがお目当てなのだ。

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聞法旅行の準備

  明日から、大雨で延期になった聞法旅行である。

 台風の心配はないが、北陸や山陰は大雨である。交通を心配されている方もあった。京都や奈良も雨になるだろう。問題は、どの程度かだ。墓参がある當専寺や、お庭を歩く智積院は、雨だと不自由だ。

 だいだい事前準備は済んでいたが、ぎりぎりまで最後の準備がある。体調のことで、参加を迷う人が出たり。中止の方もあった。連絡で、あちこち電話やメールも入れた。

 寺院3ケ所のお供えと、懇親会の簡単なお酒やつまみを買いに行く。他に簡単な資料作りをする。『仏敵』の構造は、昔、仏青メーリングリストに書いたものを、まとめた。これが分かるととても読みやすくなると思う。改めて読んで、驚くことばかりである。このブログにもボチボチ書いていこう。また龍谷大学(講堂)の資料もコピーした。火曜日にはここで講義を聞いて、写真もとった。龍谷大学と交渉したが、土曜日ということで、内部には入れてもらえない。その代わり、昼食を食べる智積院の拝観することにした。ここは下見済みである。
 名簿は造ったが配布はしない。その代わり、班わけや部屋割りを造ったので、夜遅くまで、折り込みなどをした。

 遠方の方が、すでに来館されている。一人は飲みに出られて、1時を過ぎてもまだ帰ってこられない。ぼくはブログ中である。これで、仕事は一段落。

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8月24日(金)

  ブログが停滞している。

 その間、お盆参り、真カ研の会食会、高山支部法座、輪読法座に、同人の来客など、法座関係でもかなり書きたいことがあった。その他にも、勉強会や映画もかなり面白かった。とにかくネタがたくさんあったが、なかなか書きすすめることが8できず、苦痛だった。

 夏バテでもあるまいに、スランプである。何か1行でも書いておかないと、2週間も停滞するので、思い切って、24日の今日までワープした。

Img_7758 今朝はお盆参りだ。宇治の炭山は遠い。山の中は、昨夜の台風の影響があって、木が倒れたり、枝が道路を塞いだりしていた。もろちんお盆は終わっているが、日頃は東京におられた方が、ご実家に帰省されるのに合せた。まだお盆の代わりに彼岸のお参りを1軒残すのだか、これで、一応、お盆参りは終了した。

 帰宅して、会計のスカイプ会議に、運営委員長との華光大会などの会議、そして新潟・北陸支部問題で、Tさんともかなり意見交換をした。他にも、華光誌の編集が前倒しで進み、聞法旅行の準備も佳境である。

 いろいろと味わうことが多い1日。ある意味、しんどいが充実している。明日からは東京支部。さて、どんな出会があるのか。楽しみである。

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お盆参り

 分散したお盆参りだが、今日は少しまとまってお参り。

 午前中は、堀川通りを北進して、加茂街道(鴨川)を遡って、鞍馬街道に進み市原まで。堀川通には、西本願寺、二条城、清明神社などの前を通り、賀茂川神社の横を通って行くのだがら、標識には、金閣寺や銀閣寺、大徳寺などのお寺も出てくる。

午後からは、京都南部で、伏見や宇治方面。御香宮から伏見桃山の明治天皇陵(乃木神社もある)を抜けて、日野の里(親鸞聖人の故郷)に近いお宅を回って、そこから、三室戸寺、宇治橋を渡って、平等院をかすめ通るルートだ。

別にどこにも寄らないが、有名な社寺仏閣や京都の地名を見聞きするだけでも、いつも観光気分になる。

 共に阿弥陀経を勤行し、御文章を拝読して、短い法話を聞いていただく。その後は、雑談をするのだが、今年は、どのお宅も「異常気象ですね」とか「いつまでも暑いですね」という天候の話をされたが、お盆になってもまだ暑い。仏間にクーラーのないお宅もあって、汗だくになった。でも、これもまたぼくにとっては、夏の風物詩である。

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三周忌

    3年前の8月7日も、今年のように暑かった。やはり仏の子供大会が終わった後だった。父が亡くなって丸三年。三回忌は昨夏に済んでいる。今年は、三周忌ということになるのか。家族3名だけで、お正信偈様をお勤めした。

 勤行しながら、断片的に父のことを思い出していた。御文章の拝読は、子供のころに父から指導を受けたものだ。記憶では、勤行は重誓偈や讃仏偈の偈文が中心、お盆用の阿弥陀経、そして御文章(聖人一流章と末代無智章)は教えてもらったが、なぜか正信偈や和讃を教わった思いがないのが不思議だった。

 最後に『末代無智章』を拝読した。

 その『末代無智章』は、「寝ても覚めてもいのちのあらん限り、称名念仏すべきものなり」と結ばれる。信心を喜ぶものは、ご恩報謝のお念仏を日夜怠ることなく、しかも生命尽きとる瞬間まで一生相続せよというお示しである。

 ところが、幼いのぼくは「寝ても覚めてもいのちのあらん限り」を、「寝ていても、起きているときも、いつ死ぬかわらない」という意味で誤解していたのだ。末代無智章があがるたびに、ドキドキした。起きている時はまだいい。問題は寝ている間も、いのちがあるとは限らないというところだ。寝てまま死んでしまって、このまま目が覚めないのじゃなかいと思ったのだ。だから寝る時が恐かったりもした。特に、夏休みはその思いが強くなる。学校がなく、夏休みは取り立てた予定がない日も多いからだ。そして、仏の子供大会(特に地獄のスライド)があると、なお一層、その思いを強くした。特に小4年の時の記憶は鮮明だ。不安になると、母に「明日の予定は?」と尋ねた。「明日は歯医者さんや」などと教えてもらうと、明日は予定があるのだがら、きっと明日はあると思い込むようにしていた。

 神経質な子どもだった。しかしそのことが、仏法に出会い、大きな幸せを身となる機縁となるのだから、まったく有り難い。それもまた子供大会が終わった後のお盆の頃だった。

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逆走台風

   福岡の法座は、台風の影響にやきもきした。土曜日は大丈夫だが、問題は帰路の日曜日。近畿に上陸後、東から西に向かう異例のコースを通るが、大阪から山陽新幹線のコースを福岡に向かう公算が高かったからだ。

 今年の夏は異常気象が続くが、東から西へ向かう台風など聞いたことはない。福岡での連泊、新幹線に閉じ込められた場合も考えて準備をした。コースは予報通りだったが、勢力が大きく弱まり、福岡への影響は少なく、新幹線も通常通りに動いていた。

 夜、帰宅すると、家の回りでは、いろいろなものが飛ばされていたが、いちばん驚いたのが、隣の印刷所の鉄の門扉が倒れていたことだ。飛ばされてきた空き缶入れが下敷きになっている。もし人が歩いていたら大ケガをしていたかもしれない。大きな台風ではなかったが、老朽化した建物や施設が凶器になるという一例。
 会社は気付いていないので、本社に電話。すぐに復旧されたが、根本解決は??
 皆さん、この門扉には近づかないでください。
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修繕工事の下見

 役員のKさんの紹介で、修繕工事の請負業者が下見にくる。請負業者は3社ほどの入札で決めるので、現地説明を9月下旬に開く段取りだ。その前に、この仕事を受けていただけるのかどうかの下見である。
 見取図を示しながら、会館を見て回る。きれいに見えていても、その目で細かく見ていくと、修理の必要な箇所ばかりである。これにいちばん驚かれたのが、いつも会館に出入りされているKさんである。

 ひび割れの箇所、剥がれているところ、染みになっているところ、割れているガラスに、壊れた給湯器、屋上もコンクリートが剥がれ、玄関もガタガタだ。
 まるで私の罪悪と同じである。凡夫のわが身可愛いやの眼でみれば、きれいな、よいところばかりだが、如来の仏智眼に映るのは、見すぼらしい姿である。もし自分で気付かなかったことに気づき、そんな目で見出すと、哀れでしかないわが姿から目をそらすことができなくなる。一端、見え出すとそうとしか見えないのである。

 もし建物や物なら、修繕したり、きれいにすることができる。それでも修繕も補修もできなかったらどうするのか。取り壊してしまうしかない。
 
 では、我が身の場合はどうするのか。仏さまは、善行を勧められた。身、口、意の三業に渡る清浄の業を成すのである。しかし、それすらできない、やらないものはどうなるのか。ほんとうは潔く取り壊していくしかないのだが、これがなかなか難しい。なんとかなるとうぬぼれてく。そんなボロに執着し、その修復に汲々していくのだ。捨てることほど難しいことはない。

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加藤剛氏の訃報

名優の加藤剛氏の訃報が発表された。

大岡越前役で有名だが、ぼくの中では、「関が原」の石田光成役、大河ドラマの「獅子の時代」では菅原文太のライバルとして、映画は「砂の器」のピアニスト役が印象的。でも、若い人たちは知らないようだ。

もちろん、ぼくも直接,お会いしたことはない。俳優座が協力という縁で、4月の希望舞台の築地公演には、病を押して観劇に来てくださている。マスコミの写真はNGて、かなり弱っておられたというのが、連れ合いの印象である。

発表ご、舞台で連れ合いと夫婦役を演じているご子息の加藤頼氏が、ワイドショーやニュースでインタビューを受けていた。役者は親の死に目にも会えない仕事だといわれるが、逝去は6月18日。連れ合いとの舞台は、6月17日に終わっていたので、最期に立ち会えたのか。

不思議な縁で、時代劇でも見かける加藤頼氏が、気にかかる。
このブログを開始した時、こんな記事を書くことになるとは、夢にも思っていなかった。これもまた無常、、である。

http://www.news24.jp/articles/2018/07/09/08398177.html

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華光誌発送

 聞法旅行を中止するかどうか。午前中は、ほんとうに気持ちが急いた。

 でも中止と決まると、なんとなかく気が抜ける。やきもきはなくなったが、今度は予定外の仕事が必要になる。

 午後から、予定通り、華光誌の発送である。聞法旅行までに発送したかった。参加者には手渡す予定だったので、発送作業が一手間増えた。

 今号には折り込みはない。それで作業、かなり早く終わった。

 誌上法話「待つは他力のこころ」は、かなり難しい。しかし、大切なところに触れていると思うので、特に、ご法を勧めたいと思う人は、ぜひ、味読いただきたいと思っている。そして不審があれば、遠慮なく尋ねていただきたいのだ。

 ※8月の仏の子供大会の案内は、先月に必要者に送信済。華光会HPからもダウンロードできるし、ご請求くださればお送りします。
 

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