カテゴリー「今日の華光会館」の608件の記事

甘茶

 明日からの福岡での前に、花祭りの準備である。

 仏具屋に「甘茶」買いにいく。甘茶は、紫陽花科の植物だと聞いたことある。甘露ともいう。

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本山前にある昔から利用しているお店だ。毎年、花祭りのボスターや花祭りグッズ(記念品やボストカードなど)を買っていた。会館の2代目の誕生仏や花御堂も、ここで購入した。ちなみに初代のものは、日髙支部の日曜学校で活躍していた。日髙支部ではその後も、花祭りグッズを買え揃えて行かれることになるが、残念ながら今は倉庫に収まったままで、日の目をみない。
 
 日曜日の花祭りの法話は、娘が担当する。福岡での法座があるので聞けないのが残念だが、今年も花祭り迎えることが出来た。

 

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お別れ~ありがとうございました

 さて、昨日の華光誌発送がIさんの最後の仕事となった。4年間、学生時代からHPや法座案内、CD作製に、音声編集、そして華光誌の版下作りに、さまざまな事務の雑用をお願いし、この2年間は、ZOOMの仕事が加わるなど、事務所にはなくてはならない存在であった。
 がしかし、残念ながら、ご家庭の事情もあって、これで一旦、事務所の仕事を終えることとなり、3月中頃からは、引き継ぎのために娘をと指導して頂いきたのである。

 お別れといっても、明後日の日髙支部法座もご一緒するし、これからも日礼も仏青もまだまだ頑張ってはもらう。それでも、これが会館でのが最後の仕事だと思うと感慨深く、お別れの時にはとても切ない気分になった。ほんとうに別れとは、不思議なものであるなー。

 長い間、ありがとうございました。さらなる飛躍を楽しみにしています。
 そして、これらかの仏青や日曜礼拝も、どうぞよろしくお願いします。

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華光誌発送

 華光誌の発送をする。誌上法話や体験記のみならず、未信者の方の文章が面白かった。今、ところを隠さずに伝えてくださると、その心境がよく分かる。同時に、ご本人は分かっておられなくても、どこでつまずき、引っかかっておられるのかも分かるような気がする。ただ、一方的に正しく指摘しても、なかなかあいての聞く耳に届かない。結局、自分自身の気づきが起こらなければ、所詮、理屈で終わったり、スローガン的な理解で留まってしまうようだ。その意味では、正しい指摘よりも、相手の引っ掛かり、こだわりを、こちらがより正確に理解する方が早道のように思うのだが、座談会になると、このアプローチを行うのがなかなか難しい。いまだに、その時、その時の対応しかできない。まだまだ道半ば

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80-2号の編集作業

 華光誌の編集を急ピッチでおこなった。Iさんも編集作業に慣れて、仕事がスムーズに進む。おかげでいつもより1週間は早く9日には完成。印刷所の都合などもあって、華光誌データ渡しが11日になったが、それも十分、3月中には発送できる。
 誌上法話(講話)は「正信偈の大意」で、信心の五徳の3回目。信仰体験記は新しくなって、「信心獲得病にかかった求道者アルアル」の描写には、大きく頷くと共に、クスッと笑ってしまう。本人は至って大真面目なのだが、冷静に見てみると、とても滑稽な求め方をしている。それが自力の正体なのだが、なかなかそこを手放すことがてきない。他にもいま熱心に求めておられる方々の率直な告白が、それぞれに味があっていい。その気持ちに頷きつつも、そこを翻っていかねばこの難関はと超えられない一大事。そんなこんなで、いろいろと読み応えのある号となったと思う。

 最後になったが、編集作業してくれていたIさんが、今月一杯で退職されるので、これが最後の編集作業。お疲れさまでした。 

 

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恭賀新年

 恭賀新年

 昨年はたいへんお世話になりました。
 
 昨年もブログの更新は遅れ気味で、特に後半は休み休みで、11月~12月中旬は全休したりもした。本当は、短くても、小まめに早めに更新すればいいのだが、性格上、書くならば詳しくてってしまって、逆に、あれここれもと考える内に筆が停まり、次ぎの行事がやってくるという感じである。

 今年は、もう少し効率よく行きたいと思っている。これは毎年思っていることだが、そうなった試しはないのではあるが、今年、どうぞ皆様、よろしくお願いいたします。合掌

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一筆添える

 新年号の華光誌を発送する。助っ人2人を交えて、5名で作業。夕方には、集配が済んだので、年賀交換も合せて、年内には届くだろう。

 合せて、1月の法座案内を年賀状にして、全員に一筆添える。今年は、20日から開始している。例年より、1~2日間ほど早く作業を開始したので、華光誌発送に合せて投函できそうである。一筆の文章は、その人を思いだしながら、お味わいを添える。今年は、5つのパターンをアレンジしてい添えた。あの顔、この顔、それそれの思いが甦る。スッと書ける人、なかなか書きづらい人。なんとなく後回しになっていく人。関係が近しい人やなんとなくいま気になっている人の方が、筆が停まる。逆に、疎遠の方は、あいさつ程度で書くことが決まっているのであっさりと済む。

 ああ、最後はこの方々が残ったか。最近、法座でちょっと気になるやりとりをして、その後お顔を合せていない人だった。こんな一言を添える些細な作業でも、心に、ちょっとした揺れが起こるのが面白い。

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華光誌データ渡し

 例年、この時期の日程が一番厳しい。華光誌の編集に、年賀広告が加わる。年内発行のための印刷所への〆切日が決まっている。そこへ3日間の寺院布教。曜日に関わらず「13日、14日、15日」と日程が決まっていて、〆切日と重なるってしまう。しかもその前後の週末は支部法座が続くかちだ。今年も、岐阜の寺院会所にした東海法座と宍粟市山崎町での3日間の報恩講と続いたので、その出発の朝に華光誌の渡して、すぐ宍粟市山崎町に出発した。

 おかけで、華光誌は24日に完成することになった。すぐに発送したら、年内にはお手許に届くだろう。お楽しみに。

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F家の年忌法要

 毎年四月に法供養として法要をもってくださるF家だが、親族の皆様の法要も欠かさずに営んでくださる。施主の義姉の方の年忌法要。勤行の後、正信偈の冒頭の「帰命無量寿如来、南無不可思議光」についていただく。なぜ、無量寿、無量光の如来様になってくださったのか。そして、「帰命無量寿如来」と「南無不可思議光如来」とは、きいかなるお働きの如来様であるのかを、なるべく分かりやすい言葉でお伝えさせていただいた。
 短時間ではあったが、お世話になりありがとうございました。

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ZOOM会議

 予定なら、週末は新潟の布教だった。新型コロナの影響で、2年続けての延期となった。この2年間、福井、富山、新潟と北陸方面の布教は軒並み中止となり、また北陸や新潟の同人方方の参詣もないので、交流が途絶えているのは、ご縁ごととはいえ寂しいことだ。

 代わりに、拡大運営委員会を開く。運営委員と支部長、事務局が揃う会議だ。華光大会で全員が集う会合がもてなくなっり、リモートでの開催となる。その分、日程さえ合えば、遠近各地からの参加が可能になる。また何かあるとすぐに会議が開けるのも、コロナ禍のおかげでのメリットである。いつのまにか、各支部、運営委員、全員が参加できるようになっている。

 華光大会での総会に向けての事業報告と計画や決算報告と予算案などを審議して、承認されたものを同人に事前配布するのだ。来年の新型コロナの影響は未確定で、決定的な計画や予算は建てづらいのだが、今年度に習った計画や予算を計上した。合せて、運営委員の交代などの報告を行う。また法座や座談会、同人の減少や法座参加者の固定化、地域性の偏りなど問題点をあげて説明をした。

これからも御同行・御同朋が集い、それぞれが真摯に法を求め、法を喜ぶ聞法集団であり、また華光が真の聴聞の場として輝くためにも、地道な活動が大切になるのてある。詳しくは、華光大会の総会の場で。

 

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決算と予算~釈尊のご恩徳~

 華光会は9月が年度末になる。11月の華光大会では総会を開いて、決算報告と予算書(案)を審議することになっている。

 福岡からY先生が来館される。毎月、定期的に月次の説明を受けているので、決算については把握できている。やはりコロナ禍で、一部の寺院布教が中止になったり、行事の人数制限がある中でも、伝道(公益)事業では、同人に皆様に支えられて久々の黒字となった。故人の意志を尊重してご喜捨をくださる方が複数あったからだ。おかげで、来年度の予算も編成しやすかった。同人の高齢化は進み、コロナ禍で新しい方の定着は難しく、また法座の参加者の固定化などの問題もあるし、今後も課題も大きい。危機感もあるが、一方で何があってもこころは落ちている。

 『往生要集』を拝読していると、たとえ無戒のかたちだけの僧であっても、衣をまとった者には、そのものが衣食住の最低限の生活に窮することなく仏道修行を励めるようにと、お釈迦様がご自分の功徳を投げ出してくださったというのだ。ご自身の成仏のために1/3、正法時代の修行者のために1/3、そして像法の形だけの仏法者のためにも1/3の功徳を廻向くださっている。末法になっても、その広大な陰徳がこぼれおちていると味わっている。同じことの繰り返しであっても、いのちのあらん限り、愚直に法を喜び、お伝えしていくしかないのである。そのことを皆様のおかげで喜ばせてらもっているのだ。南無阿弥陀仏

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