カテゴリー「今日の華光会館」の604件の記事

恭賀新年

 恭賀新年

 昨年はたいへんお世話になりました。
 
 昨年もブログの更新は遅れ気味で、特に後半は休み休みで、11月~12月中旬は全休したりもした。本当は、短くても、小まめに早めに更新すればいいのだが、性格上、書くならば詳しくてってしまって、逆に、あれここれもと考える内に筆が停まり、次ぎの行事がやってくるという感じである。

 今年は、もう少し効率よく行きたいと思っている。これは毎年思っていることだが、そうなった試しはないのではあるが、今年、どうぞ皆様、よろしくお願いいたします。合掌

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一筆添える

 新年号の華光誌を発送する。助っ人2人を交えて、5名で作業。夕方には、集配が済んだので、年賀交換も合せて、年内には届くだろう。

 合せて、1月の法座案内を年賀状にして、全員に一筆添える。今年は、20日から開始している。例年より、1~2日間ほど早く作業を開始したので、華光誌発送に合せて投函できそうである。一筆の文章は、その人を思いだしながら、お味わいを添える。今年は、5つのパターンをアレンジしてい添えた。あの顔、この顔、それそれの思いが甦る。スッと書ける人、なかなか書きづらい人。なんとなく後回しになっていく人。関係が近しい人やなんとなくいま気になっている人の方が、筆が停まる。逆に、疎遠の方は、あいさつ程度で書くことが決まっているのであっさりと済む。

 ああ、最後はこの方々が残ったか。最近、法座でちょっと気になるやりとりをして、その後お顔を合せていない人だった。こんな一言を添える些細な作業でも、心に、ちょっとした揺れが起こるのが面白い。

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華光誌データ渡し

 例年、この時期の日程が一番厳しい。華光誌の編集に、年賀広告が加わる。年内発行のための印刷所への〆切日が決まっている。そこへ3日間の寺院布教。曜日に関わらず「13日、14日、15日」と日程が決まっていて、〆切日と重なるってしまう。しかもその前後の週末は支部法座が続くかちだ。今年も、岐阜の寺院会所にした東海法座と宍粟市山崎町での3日間の報恩講と続いたので、その出発の朝に華光誌の渡して、すぐ宍粟市山崎町に出発した。

 おかけで、華光誌は24日に完成することになった。すぐに発送したら、年内にはお手許に届くだろう。お楽しみに。

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F家の年忌法要

 毎年四月に法供養として法要をもってくださるF家だが、親族の皆様の法要も欠かさずに営んでくださる。施主の義姉の方の年忌法要。勤行の後、正信偈の冒頭の「帰命無量寿如来、南無不可思議光」についていただく。なぜ、無量寿、無量光の如来様になってくださったのか。そして、「帰命無量寿如来」と「南無不可思議光如来」とは、きいかなるお働きの如来様であるのかを、なるべく分かりやすい言葉でお伝えさせていただいた。
 短時間ではあったが、お世話になりありがとうございました。

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ZOOM会議

 予定なら、週末は新潟の布教だった。新型コロナの影響で、2年続けての延期となった。この2年間、福井、富山、新潟と北陸方面の布教は軒並み中止となり、また北陸や新潟の同人方方の参詣もないので、交流が途絶えているのは、ご縁ごととはいえ寂しいことだ。

 代わりに、拡大運営委員会を開く。運営委員と支部長、事務局が揃う会議だ。華光大会で全員が集う会合がもてなくなっり、リモートでの開催となる。その分、日程さえ合えば、遠近各地からの参加が可能になる。また何かあるとすぐに会議が開けるのも、コロナ禍のおかげでのメリットである。いつのまにか、各支部、運営委員、全員が参加できるようになっている。

 華光大会での総会に向けての事業報告と計画や決算報告と予算案などを審議して、承認されたものを同人に事前配布するのだ。来年の新型コロナの影響は未確定で、決定的な計画や予算は建てづらいのだが、今年度に習った計画や予算を計上した。合せて、運営委員の交代などの報告を行う。また法座や座談会、同人の減少や法座参加者の固定化、地域性の偏りなど問題点をあげて説明をした。

これからも御同行・御同朋が集い、それぞれが真摯に法を求め、法を喜ぶ聞法集団であり、また華光が真の聴聞の場として輝くためにも、地道な活動が大切になるのてある。詳しくは、華光大会の総会の場で。

 

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決算と予算~釈尊のご恩徳~

 華光会は9月が年度末になる。11月の華光大会では総会を開いて、決算報告と予算書(案)を審議することになっている。

 福岡からY先生が来館される。毎月、定期的に月次の説明を受けているので、決算については把握できている。やはりコロナ禍で、一部の寺院布教が中止になったり、行事の人数制限がある中でも、伝道(公益)事業では、同人に皆様に支えられて久々の黒字となった。故人の意志を尊重してご喜捨をくださる方が複数あったからだ。おかげで、来年度の予算も編成しやすかった。同人の高齢化は進み、コロナ禍で新しい方の定着は難しく、また法座の参加者の固定化などの問題もあるし、今後も課題も大きい。危機感もあるが、一方で何があってもこころは落ちている。

 『往生要集』を拝読していると、たとえ無戒のかたちだけの僧であっても、衣をまとった者には、そのものが衣食住の最低限の生活に窮することなく仏道修行を励めるようにと、お釈迦様がご自分の功徳を投げ出してくださったというのだ。ご自身の成仏のために1/3、正法時代の修行者のために1/3、そして像法の形だけの仏法者のためにも1/3の功徳を廻向くださっている。末法になっても、その広大な陰徳がこぼれおちていると味わっている。同じことの繰り返しであっても、いのちのあらん限り、愚直に法を喜び、お伝えしていくしかないのである。そのことを皆様のおかげで喜ばせてらもっているのだ。南無阿弥陀仏

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華光誌作業終わる

  法座が続く中で、華光誌の編集作業が進行していた。

 今月中の完成には、今日が印刷所に渡すタイムリミット。一応、昨日中に、作業は終わっていたので、今日は余裕があった。最後にザーと眺める。少し距離をとるようにボーと眺めることも、案外、有効なのだ。最後の最後に誤字発見。「コロナ禍」とするところが、「コロナ渦」になっていた。しかもタイトルである。同じく目次も間違っていたまま印刷されるところだった。

 今回は孤杉先生の誌上法話に感銘を受けた。今年の永代経で2座続けてお取次ぎいただいたのだが、その時も、まるで増井悟朗先生のお説教を聴いているかのようであった。しっかり要をご相続いただいていることもうれしかった。『疫勵の章』は別名「勅命の章』ともいわれる。前席では、私の悪業煩悩のお話であったが、紙面の都合でここはカット。後席は、同じ業でも阿弥陀様の方。阿弥陀様の大願業力のお働きについてである。ぜひ、ご一読いただきたい。

 また誌上感話も、新しいシリーズが始まった。巻頭言は「食法餓鬼」、聖教のこころは「いろは歌」の元になった無常偈を通した源信僧都のお言葉だ。いま、この二つをさまざまざな角度から法話で味わっているところ。

 発送は、9月28日を予定しているので、今月中にお手許に届くだろう

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お盆参り最終日

   今日も、早朝から土砂降り。車での移動とはいえ、法衣での移動は不自由だ。
 午前中は宇治方面を回る。濡れる覚悟はしていたが、宇治にはいると止み間もあって助かった。

 1年に1度だけお会いする人達と共に勤行し、短い法話をして、近況をお尋ねしたり、雑談をする。
 今年は、同人宅で初盆があったので法要形式で勤め、『阿弥陀経』おこころをご法話。

 午後からは、会館でのお参りが2軒。コロナの関連で広い会館に集ってこられた。お子さん方は、何十年も前に子供大会に参加されて、「地獄」の掛け軸に、「今年は、どんなスライドがあるのか怖かった」と。奥様は、ぼくがだんだん父に似てきていると言われる。ぼく自身は、まったく思っていないのだが、この位の距離の方からの方が、よく見えるのかもしれない。母子共に仏縁があったのだが、いまのところ、これ以上のご縁は結べていない。

 続いて、ZOOM配信でお盆参り。昨年に続いて、2回目。感染拡大を心配されて、東京からの帰省を自粛された。あわせるために、ゆっくりと大きな声で勤行するが、なんとなくズレていくので、難しい。ただ法話は対面よりも、突っ込んで話せた。質問が出たり、後から感想も頂いた。以前の勤務の関係もあって、浄土真宗の教えに関心を寄せてくださり、華光のHPもご覧くださっている。次は、実際に法座に足を運んで頂きいが、もう一息というところである。

 今年は、集中してお盆参りはこれで終わった。でももう一仕事あって、来週末の東京支部のZOOMの会議。関東での感染の急拡大で、ZOOM法座に切り換えることになったが、どんな形式で行うのがいいのか。ZOOM法座では、法話の形式や座談会も持ち方の違いうので、よりよい法座にするめに打ち合わせを重ねている。今年の6月は、1年半ぶりのリアル東京法座だったが、残念ながら逆戻り。今回は無理はできなかった。

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お盆参り初日

 盛り上がった東京オリンピックも終わり、お盆に入ったら、新型コロナ感染の急拡大と梅雨末期のような大雨が続いている。コロナの拡大は、予想されていたが収束のメドがたたないことが悩ましい。そしてこの長雨。この時期に、こんな大雨・長雨は記憶にない。ただ、連日の猛暑日で、38度を超える日もあった猛暑は、一息ついた。からだは楽だが、西日本豪雨のような災害にならないか心配だ。

 今年のお盆は、先週の京都家庭法座を別に、2日間だけの短期集中型だ。

 鴨川を遡って鞍馬街道を北に、市原へ。年に一度、京都市内を北上する。有り難いことに、山沿いの道なのに、小雨になった。

 お子さんも含めて、家族でお参りくださる。大きな声で、称名念仏、そして勤行される。法話は、『阿弥陀経』に沿って、舎利弗尊者と『阿弥陀経』について。今回のお盆は、だいだいこのテーマでとおした。一旦、帰宅し、午後は、ご近所のお参りで、出たり入ったり。同人宅では、餓鬼、中でも食法餓鬼の味わいを聞いてもらった。

 

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一対一

 今年にはいって、月に1~2度のペースで、法座とは別に、一対一で向き合って触れ合う機会が増えている。内容は、ご示談だったり、相談やカウンセリングだったりするのだか、じっくり話を聞かせていただけるので、ぼくにとっても有り難い機会である。どうしても、法座の座談会の中では時間の制約もあるし、大勢の中では収まらない話題もあるのは当然だ。

 コロナの影響で、華光会館の行事では懇親会もずっと中止にしている。気さくに声をかけたり、気になった人に触れ合うという意味で懇親会の役割は大きい。少し話を聞いてもらいたいとか、質問や心境について尋ねてと思っている人も多いのかもしれない。

 ぼくも、話しの内容を通して、その方を聞かせていただくことに焦点をあてて臨ませてもらっている。そのために聞き方も試行錯誤し、工夫しなから進めているのである。

 今日、相談にお出でなった方は、前日に、予定が決まった、予想もしなかった方だった。内容も、ある支部で起こった7~8年前の出来事での心境が中心。ある意味で驚きでもあり、同時に、よくぞお話くださったなーと思った。やっと言葉にして伝えるられるまでに、それだけの年数が必要だったけ重い内容でもあった。これをきっかけに、新たな歩みが始まるのことを願っている。

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