カテゴリー「今日の華光会館」の490件の記事

加藤剛氏の訃報

名優の加藤剛氏の訃報が発表された。

大岡越前役で有名だが、ぼくの中では、「関が原」の石田光成役、大河ドラマの「獅子の時代」では菅原文太のライバルとして、映画は「砂の器」のピアニスト役が印象的。でも、若い人たちは知らないようだ。

もちろん、ぼくも直接,お会いしたことはない。俳優座が協力という縁で、4月の希望舞台の築地公演には、病を押して観劇に来てくださている。マスコミの写真はNGて、かなり弱っておられたというのが、連れ合いの印象である。

発表ご、舞台で連れ合いと夫婦役を演じているご子息の加藤頼氏が、ワイドショーやニュースでインタビューを受けていた。役者は親の死に目にも会えない仕事だといわれるが、逝去は6月18日。連れ合いとの舞台は、6月17日に終わっていたので、最期に立ち会えたのか。

不思議な縁で、時代劇でも見かける加藤頼氏が、気にかかる。
このブログを開始した時、こんな記事を書くことになるとは、夢にも思っていなかった。これもまた無常、、である。

http://www.news24.jp/articles/2018/07/09/08398177.html

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華光誌発送

 聞法旅行を中止するかどうか。午前中は、ほんとうに気持ちが急いた。

 でも中止と決まると、なんとなかく気が抜ける。やきもきはなくなったが、今度は予定外の仕事が必要になる。

 午後から、予定通り、華光誌の発送である。聞法旅行までに発送したかった。参加者には手渡す予定だったので、発送作業が一手間増えた。

 今号には折り込みはない。それで作業、かなり早く終わった。

 誌上法話「待つは他力のこころ」は、かなり難しい。しかし、大切なところに触れていると思うので、特に、ご法を勧めたいと思う人は、ぜひ、味読いただきたいと思っている。そして不審があれば、遠慮なく尋ねていただきたいのだ。

 ※8月の仏の子供大会の案内は、先月に必要者に送信済。華光会HPからもダウンロードできるし、ご請求くださればお送りします。
 

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悩む~聞法旅行は延期~

 週末の聞法旅行を開催するかどうかがで、悩んでいる。

 ここ数日、テレビやネット、新聞のニュースや天気予報に釘付けだ。長期の大雨は予断を許さない状況になっている。今回の雨、近畿では京都や兵庫が中心だが、今後は北部は影響がでる。しかし、奈良方面は問題はなく、日曜日には晴れ間も出る模様。回復傾向で開催は大丈夫だろうが、JRや高速は一部で通行止めが続き、やきもきしていた。もし動いても大幅な遅れが出るかもしれない。北海道や関東、東海方面は問題ないが、九州、四国、広島などの西日本の方はどうか。京都まで来れないとか、途中で足止めをくらう可能性も大である。

 皆さん、とても楽しみにされている。準備もしてきた。なんとか開催したい。木曜日の夕方、添乗員のNさんが来館し、打ち合わせ時には、中止の件はでなかった。

 ところが、翌朝(開催前日)8時にNさんから電話。交通機関の乱れが続いていること、今なら、自然災害でバスもホテルもキャンセル料は発生せずに、取り消せるが、当日(明日)のキャンセルは無理だということ。先手、先手で動いて下さり、その報告である。ニュアンスから、今回は無理だという感じたが、最終的に、開催や中止を判断するのは、主催のこちら側にある。

 開催は難しいという思いも強くなったが、即答は避けて、最終決定は午前中、待ってもらうことにした。その間、相談したり、情報収集を行う。高山の皆さんや四国の方から、「JRも高速バスも動かず、参加できません」との連絡が入る。広島にも被害が広がっている。こちらは開催はできるだろうが、参加できない方が多くなるかもしれない。迷いに迷ったが、結局、中止を決定した。

 そうなると、慌てて連絡しなければならない。前日泊で、いまから京都に出発される方があるからだ。北海道の方はこちらに来ることになった。埼玉の方は、東京駅で新幹線を待っておられた。高速バスに乗車直前という広島の方もあった。皆さん、とても残念そうだ。「ほんとうですか」という方もある。関東では、雨の気配はなく、こちらの様子が想像できないようだ。何とか、午後までに全員に連絡がついた。

 でも、その後の天気をみるたびに、この判断でよかったのか、まだ自問した。京都にも特別警報も発令され、各地で甚大な被害が出ている現状では、やむなしという気持ちも強かった。残念だが、混乱せずにはすんだのだ。

 なんとか近いうちに延期したい。9月開催ではどうか。さまざまところへの調整に入っている。

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地震(2)~ただ念仏のみまこと~

  ここ数日間、どこに行っても、誰に会っても、まずは地震の話題から始まる。今生の集いでも、仏法の座でも、同じことである。みんなが体験したことは同じで、「恐かった」という気持ちだ。からだで感じたことなので、言葉に勢いがある。

  それは、仕事で会う人や近所の方、カウンセリング仲間、または自力整体の教室、また法座の席でも、同じことだ。

 ところが、最後のところは少し違う。念仏者といえでも、恐かったり、逃れたかったりするのだが、それでいながら、「業は避けられないのに、(轉倒している私は)分かってないね」とか、「無常は逃れられないのに、死にたくないしかないなー」と言った内省となり、仏法の味わいとなるのだ。結局、火宅無常の世界に生きる、煩悩具足の私には、末と通った真実がないというこ。ただ念仏のみまことである。

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地震(1)~阿弥陀さまが飛び込む~

  朝、突然、大きな揺れがやってきた。

 すぐ机の下に潜った。時間にすると、20秒ほどか。案外、落ちついておれたのは、揺れが短かったからだ。長かったら、もっと恐かったかもしれない。

 すぐ母のところに行って、安否確認。事務所や廊下には、本や書類が落ちていた。2階では掛け時計が落ち、その下にあったがボットがひっくり返っていた。が、お湯は入っていなくて助かった。2階のお仏壇は大丈夫。阪神淡路大震災の時には、教室の阿弥陀さまの小指が折れた。

 直後、「聞法旅行は中止になりますか」といった気の早い方からお電話。まあ、先はわからないだが、この程度なら中止にはならない。埼玉にいた連れ合いからも電話。その後、いろいろな方からお見舞いの電話をいただく。
 全般に被害は大きくなさそうだが、震源地が高槻と聞いて、心配になる。Rちゃんのところには、生まれたばかりの赤ちゃんがいる。最初、電話は通じず、ラインなどで無事は確認できた。その後、電話もつながり、元気な声が聞けて、安堵した。とても怖く、不安だったことだろう。

 3階のお仏壇を見にいった母から、「如来さまがたいへんになっている」との連絡。急いで駆けつけると、蓮台はそのままに、、阿弥陀さまだけが、前に頭からダイビングされているではないか。扉で止まっておられたがゆっくり開扉したので、下には落ちてこられなかったのだ。幸い、傷もなく、ぼくでも復元できて、一安心。

 いつも法話では聞いていたが、ほんとうに阿弥陀さまは、からだこと飛び込んでくださっているんだなと。火宅無常の味わいのほかにも、目にもの見せて頂いた。南無阿弥陀仏

 

 

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華光誌に苦戦も、懐かしい

久しぶりに華光誌編集作業に大苦戦だ。

 急な来客、お悔やみ、そして葬儀依頼などなど、華光誌編集作業中の予定変更が続いた。しかも外注なので、2度、3度手間の編集作業にも時間を費やすことも一因で、
予定より1週間以上遅れた。。

 印刷所への原稿渡しに向けて編集作業が、朝方4時に終了。一昔前までは、徹夜での作業も珍しくなかったが、最近ではまったくなくなった。今回も、徹夜とはならなかったが、かなり焦った。深夜、ひとりで作業。うまくいかいなとイライラも募る。おかげで、父と二人、朝方まで作業を続けていた昔も思い出させてくれた。ここ10年以上は、手順にもなれ、要領よく進むようになったし、データ作製を事務員さんにお願いできるようになってからは、さらに楽になっていたからだ。おかげで、「仕事してます」感があって、朝に、印刷所に渡し終わったあとの安堵感も、久々に甦ってきた。

 ただこの後も、表紙関係(巻頭言や後記)に、折込案内、そして3度の校正が続くが、まくいくと、聞法旅行までには発送はできそうである。

 お楽しみに!

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支部長研修会~呼吸しているなー

各支部の問題点や課題を討議しあう。もちろん、事務的な相談や伝達事項もある。決定事項も重要だ。しかし、何かを決定するためるはプロセスに手間を惜しまず、大切にしてきたのが、華光の集いである。総会にしても、支部長研修会にしても、いかに意見や思いを率直に出し合える雰囲気を造るのか。その要は、よく聞くことができるのかである。その意味では、法座の座談会とまったく同じである。もちろん、効率よく進めていくことが必要な時も、決められてことに従っていく時もあるのは当然だ。しかし、時間をかけて、手間をかけ、「ああでもない」「こうでもない」と喧々諤々、話し合っていくことにも、意味はある。非効率的な話し合いの果てに、不思議なことに一筋の光明が見えてきたりするものだ。

 法座のお世話はたいへんなことだ。仕事や家庭をもちながら、献身的にお世話くださる。もちろんうれしいこともあるだろうが、しかし、うまくいくことばかりではない。困ること、腹が立つこと、うんざりする、傷つくことも多々ある。でも、単なる人集めや金儲けではない。仏さまのお仕事の万分の一からのお手伝いをさせていただいていることを、忘れてはならない。それは、私に仏法が届くまでの先達の歩みをたどられていただくことでもある。
 
 いろいろと問題点や不満が出された今回の集い。決して解決したわけでもない。それでも、ある方の発言が耳に残っている。

「華光は、生きた集いだなー。呼吸しているなー」と。

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外護の善知識

今年もピアノの調律に、日高からのWさんがおいでくださった。

お母様が強信な念仏者であった。ご本人も、華光会館に下宿し、子供大会や仏青で聴聞されていた。聞法聴聞としては、疎遠になっておられるが、ご喜捨くださったピアノの調律に、毎年、毎年、欠かさずに、この5月になるとおいでくださる。

あわせて会館修繕のご喜捨もしてくださった。今回の修繕募金には、いま、疎遠となっていたり、高齢や病気などでお参りが適わなくなった旧同人からも、篤い思いを届けてくださっている。

いま熱心に華光でご聴聞されている方にお伝えしたい。無数の外護の善知識のおかげて、私が、ここで仏法聴聞ができるのことを。

ところが、私はただ自分の信心が欲しい、ハッキリしたい、喜びたいと、必死に自分で求めている思っている。しかしなかなか聞けないと、辛くなって、八つ当たりしてふくれている。要は、信心も自分の思い通りにしたいだけで、この世のことであっても、どれだけのご苦労があるかなどには眼中にないのである。ましてや、如来さまのご苦労があったことなどまったく知ることもできない。狂った、無明の身そのものである。

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永代経法要の打合せ

永代経法要の準備のため、Rさんが来館。今月だけで3度目だ。
講師の手配、分級座談会の講師や司会の顔ぶり、信仰体験発表などが決まってきた。当番は、日高支部なので、単独では難しいが、中心になって動ける方が数名あるので、そこは頼もしい。

後は拡大運営委員会の議題である。なんといっても、修繕の問題が大きい。とても幸先よくスタートしたが、皆さんにお願いしていくのはこれらかの話である。
宿泊や食事は締め切っているが、参加はまだまだ大丈夫だ。どうぞ、奮ってご参加ください。

永代経の準備と並行しながら、聞法旅行の準備も進めている。こちらは、野口道場や當専寺(伊藤先生のお寺や墓所)は、旅行社ではなく、直接、拝観の交渉をしている。古ぼけた野口道場が取り壊されていないかかを一番、心配していたが、これはまだ残っていたのが、いちばん安心したことだ。當専寺は、20年前の電話番号が変更(お寺で変更になるのは珍しい)になっていて、なかなか連絡がつかずに困ったが、本山興正寺を通じて連絡先を教えていただいた。快くお迎えいただけるのがうれしい。永代経法要の直前に旅行社にあい、打つ合わせを進めていく予定。もう少しまとまったらまたお知らせします。

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華光誌の発送

 春の子供大会終わって、華光誌の発送準備に追われていた。

 本体は、久しぶりの外注で少したいへんな思いをしたが、今号は同封物も多い。その作業も、打ち合わせやなどが必要だったので、時間がかかった。

 まずは、4月末の永代経法要のお誘いと法要軸のお誘いだ。

 そして7月の聞法旅行のご案内。今年50回忌をお勤めした、伊藤康善先生のご自坊(當専寺)と墓所、さらには「仏敵」の舞台の野口道場を訪ねる旅である。加えて、大和の御旧跡を訪ねるが、『歎異抄』の著者唯円房の墓所「立興寺」、存覚上人御開基の「願行寺」、さらに蓮如上人との糸車でのやりとりでも有名な大和の了妙尼師の「金台寺」など、なかなか個人ではお参りしないところに行きたいと思っている。

 最後は、建設依頼22年経過した華光会館の大規模修繕募金のお願いである。これは華光誌本体にも役員の記事が掲載されている。いろいろと考慮しながら文章を作ったが、ぜひ、ご一読をいただいた上で、ご協力をお願いする次第です。

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