カテゴリー「法座と聞法」の995件の記事

広島法供養法座

 やはりGO TO キャンペーンの恩恵を受けて、前夜から広島に入った。ホテルの朝食は、久ぶりにバイキング。入り口で、マスク着用、消毒、使い捨て手袋をして入場した。煩わしいというより、風変わりでと楽しむことにする。

 午前中からの広島支部法座へ。法話の声もあったが、最初から信仰座談会に入る。少人数だったからだ。座談会の雰囲気や勧め方、態度についての話題が主なテーマに。ぽくも法座に臨む態度、姿勢、そしてその前提としての、その場に断った自分自身の内部で起こっていることに、どれだけ率直に、飾らずにありのまま(都合よいことも、悪いこともごまかさず)に気づき、また必要ならばそれを表明することも含めて、ここに臨んでいる姿勢についてお伝えした。当然のことながら、場(つまり参加している皆さん)を信じ、法に委ねて立っているのであるが、このあたりはこれまでのカウンセリング等での経験が生きていると思える。

 皆さんでの昼食の後、午後からの法座に備えて会場を移動。

 Hさんのお兄さんの三回忌法要を兼ねた法供養法座。Hさんの希望で、参加できない広島のゆかりの方に向けてZOOM配信を行う。そのために、wi-fi設備が整っている公共の会場に移動。以前は、よく法座会場になっていたので懐かしい。ネット配信もうまくできた。これもHさんの執念でもあるが、同時に亡くなった故人のお働きでもある。単なる法事毎や義理ではない、まさに法供養の法座であったことが、いちばん有り難い。

 法話は、あらためて子どもの聖典の「内省の世界」(「私-ご恩-仏さま(地獄)」)三角錐の図をもとに。後半はかなり力が入ったが、長くなってしまったのは反省。 

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台風の中の大分法座

 秋の大分法座は、鬼門(注意=方位など問題にしない非真宗的表現をお詫びいたします。鬼は自分自身なのだけど、でもね、この表現が使いたいときある)だ。
 前回は、台風の真っ最中で、列車が止まって別府にもう1泊。その前には、熊本地震で一旦は開催を決めながら、2度目の大地震。さらに大分へも広がって列車が止まり、当日の早朝に中止となる。他にも、開催中に御嶽山が爆発してたくさんの犠牲者が出た。数少ない大分での開催なのに、地震、台風、そして噴火と重なってきたのだ。

 そして今回もまた台風だ。しかも、 記録的な大型で非常に強い台風が九州に接近中で、ニュースでは最大級の警告を煽っている。九州全土が暴風圏に覆われる大きさだという。当初の予報よりスビートが遅く、日曜日の夜から月曜日に九州最接近に予報が変更される。車中で、7日(月)終日、山陽新幹線の博多~広島間の計画運休が決定したとのアナウンス。つまり、日曜日に戻らないと火曜日まで足止めになる。しかも、福岡小倉から大分のソニック号(特急)の運転計画は、前夜、もしくは当日の朝にならないと分からないという。

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 コロナで少ないところに、台風でキャンセルする人もでる。それでも、法座を中止なる気配はまったくない。開催する方も開催する方なら、京都から行く者も行く者だ。GO TO トラベルの恩恵を受けて、JR代往復とホテル代も含めても、正規の交通費よりも1万円以上の割安となったのは、有り難い。まあ、行きよいよい、帰りはこわいであるが、この世ことはなんとかなるだろう。

 熊本、大分とキャセル者が出て、結局、大分組2名、福岡組4名の計6名が集った。これで充分である。若い求道者に焦点を当てた座談会が進む。

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 結局、日曜日は午後からの在来線の運休が決まって、法座も午前中で打ち切ることにした。1座少なくなったのだか、その分、小人数で、濃厚な法座になったのと思う。帰路も、求道者と隣合せて話を聞くことができた。初日の夜は懇親会。コロナと台風の中で、広いお店に客は他になく貸し切り。4月以降、法座の後に懇親会があるのは、九州法座だけ。法座に対する姿勢も含めていろいろと考えせられた。

 確かにリモートは便利だ。遠方者とも予期せぬ出会いもある。そのメリットは大いに活かしたい。
 しかしである。困難な中でも、覚悟を決めて脚を運び、顔を合せ、同じ空気の中で聞法する。それがマスク越しであっても、二次元のリモートでは絶対に得られない、覚悟と聴聞する喜びが、どこかから滲み出る気がするのだ。今は、事故がおこった時の責任問題で、非難や批判を畏れて、すべてが慎重に安全運転で進むことを善しとする風潮がある。確かに無謀なことは止めるべきだが、いつも石橋を叩いて渡るだけでは、大事をし損ずる気がしてならない。そんな晴れ晴れ心境にならせてもらった法座だった。

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『善き知識を求めて』輪読始まる!

『仏敵』が終わり、『善き知識を求めて』を、順番に音読しみんなで味わう。今回も、車座になると道場にいっぱいになるほど、盛況。これは『仏敵』の続編というよりも姉妹編の性格があって、『仏敵』と合せて読んでこそ意味が深まる一冊。

 今は、皆さんがもっておられる『善き知識を求めて』は、昭和の終わりに再版されたもの。今年、ご往生された運営委員のIさんのご尽力である。ただ古い本の写真製版で専門業者ではなかったこともあって、印刷が悪い。また字が小さくて読みづらいのが欠点。これは拡大コピーで対応していきたい。新版『仏敵』に合せて、ある先生が現代仮名遣い版を作ってくださっているが、こちらに力なくして発行に至らずにいる。残念であるが、これもぜひ実現したい課題である。

 さて今回の内容である。

 今回は、伊藤先生の幼少期の宗教的な記憶から、大学林(現龍谷大学)に入学した頃の話題である。これを読む限り、幼少期の伊藤先生は罪悪観よりも無常観の人であることは分かる。4-5歳ころに縁台から墜ちたこと、徳ちゃんという友達の突然の死、そして10歳頃にお父様が事故にあい、同時に先生も腎盂炎で命が危なかったこと。その時、痛み苦しむ子どもを前にしたお母さんの言葉が尊い。

 朝にはお父さんの病院に連れて行くといった後、「もしそこまでに死んだら、お念仏ひとつで仏様に救って頂くのです。さあ、わしと一緒にお念仏しましょう」と、母親がお念仏称えたので、先生も苦しい息のなかで絶間絶間に念仏されるのだが、薄暗いところへ沈んでいきそうだったというのである。10歳の時のことである。瀕死の子ども前に、「もしそこままで死んだら」と言った母親を尊く思う。その後、もしあの時死んでいらたの不安と、黒い死の影が先生をつきまとう。

 そして、大学に入学後の夏休み、病気で倒れた故郷の親友を見舞うのだか、想像以上に重体で、その彼から仏法の救いを求められるも、その友はまもなく死ぬ。仏法を語れぬ、もしくは自信のない手ぬるい言葉を並べざるを終えない、自身を深く恥じられる章も、グッとせまるものがあった。

 先生は、他に自らの落第ぶり、懈怠ぶりも合せて記され、それとは対照的に、宗教的天才である栂尾の明恵上人の幼少期のエピソードを挙げて絶讃される。自らの下根ぶりを卑下されているが、幼少期より尊い仏縁に会っておられることが、有り難かった。

 次回は、本格的な大学時代のエピソード。ここは『仏敵』にも重なるものがあります。楽しみです。

 ◎日時=10月7日(水)か、14日(水)夜18時50分~21時
 (高山法座との調整中です。決定しだいおしらせします)

 ◎『善き知識を求めて』の19頁(信仰書の乱読)~33頁(友の言葉に刺激されて)

 

 

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8月の法話会と東京支部法座~誰かひとりでもいい~

 今回の東京支部法座も、1日だけのzoom配信での法座となった。

 華光会館で法話会を開いて、それを東京支部の方にzoomで配信。京都組は20名、zoom組も20名、そこにzoomでも林野会館組10名の、合計50名が集結。今回の一番の工夫は、zoomに不慣れな方、もしくは会場の近くの方を東京の会場に集めた法座が持てたことだ。法話は一斉に聞いてもらうが、小グルーブの方が分級座談会が活発になる。
 京都組は10名ずつの2グループ、zoom組も10名ずつを2グループに分け、そこに、東京の会場に集まったグルーブと、5つでの分級座談会を行うことができた。多少は感染ピークを過ぎたといえ、まだまだ東京を中心に新型コロナの感染は拡大しており、そんな中でどうように法座を進行していくのかを、支部長を中心に相談されながら進めておれた成果である。これがひとつのモデルケースになるのではないだろうか。

 これまでzoom法話は同人が中心だったが、東京からの初参加が3名、京都も何十年ぶりの方が加わって、新鮮な顔ぶれ。初参加者の華光との出会いは、同じような経過をたどっておられる。発言内容を聞く限り、ぜひ、ご聴聞の焦点が定まって聞いていただけたいなーといのが率直な感想。

 結局、私は自分のことを客観的に位置づけ、みることはできない。それで、真面目に仏法に向き合っているつもりで、また本人としては、精一杯、自分事として質問されているのだが、如来様の生きた働きも、ご信心も、自分が抜けた外郭しか問題になっていない。だから方法論や「どうしたら」の質問ばかりが続く。「阿弥陀様からのお働きならば、それに出会えるように宿善を厚くするのですか」とか「どうしたら飛び込めますか」とか、「〇〇〇となったのが信心ですか」などなどである。もちろん、これもある意味では通らねばならないプロセスなのではあろうが、不毛な問いに囚われないで、自分自身に向き合ってもらいたいものである。とはいっても、結局、この問いにおつきあいしないかぎり、「どうすれば自分の問題になってむきえますか」という問いを発せられるのが、オチだ。
 
 結局、そこを破っていくのが同行、知識との出会いである。聞きっぱなしの法話では、結局、自分の都合でしか聞かないのである。確かに、それは自分が傷つくことはないし、イヤな思いもしなくてもいい。方法論を超えるのも、そこを破っていくのかどうかにかかっている。結局、座談会があっても、ただ正解を言うことに腐心をしているようなら意味がない。聞法とは、聞き間違いを糺してもらうことにこそ意味があるのだか、まず率直な表明が第一である。そのためには、玉砕覚悟でぶつかったいかねばならない。ある意味では、根気も、勇気も、気力もいることではあるが、そこをショートカットしてスマートに聞き、自分の心境の変化を後生大事に守っていこうとされる方が増えている。面白いぐらい、その方々の心境もよく似ている。もしこれかこれからの時代だとするなら、何となく恐ろしい。
 
 だれかひとりでいい。そこを突破して大信海に躍り出る者がでらば、大津波が引き起こされるのではないか。

 

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M家のお盆法要~私・ご恩・仏さま~

  M家のお盆法要を兼ねた京都支部法座。8月と12月の年二回、M家を会所に法座を開いてくださっていた。昨年2月に奥様(N子さん)が入院されてからは、会場が華光会館に移ったが、そのN子さんは今年2月にご往生され、初盆の法要とも重なった。

 コロナ緊急事態宣言以降、華光会館の法座のお参りは増えている。今日も30名以上のお参りがあり、加えてzoomを開放したこともあって、アメリカからご縁が数名も加わり50名以上の参詣者となった。zoomのおかげで遠近各地からのお参りがある。勤行、法話、そして座談会の後、N子さんの作詞、Mさん作曲のなま歌の披露も、最後にあった。『仏説阿弥陀経』の勤行。「其仏本願力 聞名欲往生 皆悉到彼国 自致不退転」の、いわゆる破地獄の文を回向句も最後に頂いた。

 法話は、『子供の聖典』の二つの図表をもとに、父が得意だったもくしはオリジナルの教材を使った。伏線がある。よく聞法されている方が、この表を「知らない」と仰ったからだ。確かに、どんなに熱心でも、父の法話をライブで聞いた方は7年以上前からお参りされている方に限られる。同じようで、実は顔ぶれも少しずつ変化しているということである。ベテランの方は何度も聞いたことのあるお話だが、晩年にはこの話をありまりしていない(特に心の四つの窓)ので、10数年ぶりになるのじゃないかなー。

 一つは、『子供の聖典』57頁の「心の四つの窓」、こちらは心理学ではジョハリの窓といわれる有名な話。オープンな、明るい窓を広げるためは、自己開示をして秘密の窓を広げ、また他人の言葉に耳を傾けてフィードバックして他人の窓(気づかない窓)を広げていけばいいのである。しかし、それでも自分にも他人にも、つまり人間には分からない暗黒の窓が残る。心理学的には、ここが小さければ、小さいほどオーブンな明るい人ということになるのだが、仏法の上からいうなら、この窓こそ人の知恵では絶対に分からない、仏様に照らされてこそ明らかになる迷いの窓といってもいい。結局、聞法することは、ここを知らされることなのだが、自分の力では決して知れないことに気づかねば、分からない世界である。つまりそれが、60頁の「内省の世界」~私・ご恩・仏さま~の三角形の図である。今生事での反省ではなく、仏様に照らされた内省の世界である。

 仏の子供大会での定番のネタであるが、久しぶりに華光誌を読み返し、単なる2次元の三角形ではなく、円錐形の立体であったことを、すっかり忘れていた。私は上へ上へと他の命を犠牲しても上がりたい。しかし、上に上がれば上がるほど孤独で、不安定で不安が尽きない。自分一人で生きたきたと、ご恩を忘れているからだ。そのご恩を教えられ、目が内に向きだす。上ばかり見ていたものが、足元をみるのである。すると、その歩みにはさまざまな命のお蔭があった。お蔭やご恩といえば聞こえがいいが、裏返せばすべて罪業である。どこに私の為に食べられてもいい、喜んで死のという命があるのか。命の犠牲の上にといえばきれいだが、ほんとうは絶対に死にたくない命を奪い、殺生して、命を長らえているだけのことである。それが外ならぬ私が私の地獄を造っている姿だ。死んでから先に地獄が誕生するのではない。毎日、毎日の日暮らしの中で地獄を造っているのである。そしてその三角の底辺、踏みつけられた地獄の世界に落ちてくださっているのが、仏様なのである。にもかかわらず、私は、上に上に、極楽に仏様を探し、有り難くなった時だけ心境の変化とか、仏法が聞けたと錯覚をしているのである。まったく方角違いである。

 実は、阿弥陀様は高いところで待ってはおられない。お浄土でじっとしておられなかった阿弥陀様は、私の苦毒の中に、阿鼻の苦の中に、無間地獄の中に飛び込み、いつ浮かびあがるかもわからない世界に落ちても、決して後悔はしないと、私を待ち呼びつづけてくださっているのである。地獄の私を見つけてくださり、そこに先手で飛び込んでくださっているのだ。
 ならば、私の仕事はただひとつ。自らの業のまま、諸手を挙げて落ちていけばいいのである。

 「たとえ身は、苦難の毒に沈むとも、願い果たさん、その日まで、しのび励みて悔いざらん」 南無阿弥陀仏

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四十九日(満中陰)法要

 お盆週間の初日。東京オリンピックの閉会式に合せて、3連休。
 6月の葬儀を勤めた日高(豊岡市)の同人宅へ。四十九日(満中陰)法要である。朝からの法要なので、久しぶりに列車にした。山陰本線、二条から花園、太秦、嵐山、そして保津峡、亀岡のサンガスタジアム(今春、こけら落とししたサッカースタジアム)、明智光秀の福知山城と、車窓の風景も楽しめた。サンガスタジアムに、麒麟が来ると、観光で盛り上がるはずだった丹波地方だか、あては大きく外れた。列車もびっくりするほど空いている。城崎温泉行の観光列車だが、ぼくが乗った車両は始発の京都駅で3名のみ。二条駅で数名乗り込んだが、みんな福知山までに降りて、その先に進んだのはぼく一人。前後の車両もそんな感じで、お盆のコロナ自粛の影響を実感。

 仏間にはけっこう人が集って密状態だ。勤行のあと、30、40分の法話。
 
 深いご因縁がある。30名近い参詣者の6割は、父のことも覚えていおられる。故人のお子さんたち、従姉妹たちも、みな仏の子供大会に参加されている。それぞれのエピソードも思い出せるが、そのお子さん(つまり故人から孫)になると、日高の日曜学校での思い出はあるが、子供大会には参加されていない。そこまで力が及ばなかったのは残念だ。法話は、故人のこと、故人のお父様のこと、そして昨日が命日だったわが父のこと。そして神鍋高原での仏の子供大会のこと。すべて仏法聞いてくれよとの仏様からの働きかけだったと、しみじみ。

 法事が終わり、神鍋高原にあるホテルへ移動。途中にあった民宿は、この会場の時に溺死者に遭遇した。会食は、ゆったりとした間隔で着座。隣のMさんは1学年下だが、彼女も9年間、仏の子供大会に参加した幼なじみだ。いまは、子供たちが上も下も同級生で、大学生。それでもまだ子育ての難しさに共鳴。子供大会のこと、父とのこと、少しずづでも仏法のことが話題にのぼるように,,。

 いろいろと経緯があった葬儀の依頼たったが、改めて仏縁の深さを感じさせられた。合せて華光会の財政面での貢献くださったことも、感謝。

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『仏敵』終わる!

「仏書に親しむ会」も『仏敵』の最終回だ。最近はお参りの方増えている。もともと10名程度で推移していたが、今は20名前後の集まりがある。有り難いことだ。

 最後の章の残ったところを、一つ前の段落からいただく。『仏敵』は1年2ケ月で読む終えた。

とにかく 面白かった。声に出して読む。もちろん読むだけではなく、味わいや気づきも話し合うが、まずはその文章をいただくことが大切だ。その中で、新たな発見があった。何度も何度も読んでいるのに、気づかなかった一文に出会う。今だに理解できない部分もあるが、「分からない」ということが分かっただけでも、大収穫。そこをまた繰り返し味わっていけばいいのである。

 今回も短いの文章に中にも、味わうべき言葉が散りばめられていて、みなが口々にそこを味わっていった。

 最後に、一昨年まで熱心に参加されながら、いろいろな経過で少し距離が出来ていた20代の女性が、勇気をもって、自分の心境のありのままを、声に出してくださったのが、とても有り難かった。

 だれもが傷つきたくない。認めてもらいたい。同時に、後生の大事は、決して誤魔化して通るところではない。結局のところ、いろいろな人の働きかけがあったとはいえ、自分の後生の問題は、自分が向き合っていくかしないと、一歩、踏み出す覚悟を涙ながらに語ってくれた。自分の力で破るのではない。先生や同行に出会い、向き合っていくからこそ、開けてくる世界があるのた。その態度こそ『仏敵』で伊藤先生が出会った、野口道場の念仏者との出会いではなかったか。。

 大正時代の『仏敵』の世界。昭和、平成、令和と100年の時代を経たが、まったく同じ法の躍動が、ここにも生きている。若い彼女の口を通して、それが実証されていく。最後の最後の尊い声を聞かせていただいた。南無阿弥陀仏

 次回から、この続編ともいうべき、『善き知識を求めて』を読んでいく。
 9月2日(水)18時50分~21時。奮ってご参加ください。

 追加=以前から、『仏敵』を最初から最後まで、声に出し通読するという、フラフラになりそうな企画を温めています。コロナがある程度収まることが前提ですが、2日間はかかると思いますが、本気でやりたい方を募ってやりたいと思っています。お楽しみに!

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『観無量寿経』終わる!

 先月で『観無量寿経』の講話は終わった。24回(2年6ケ月)かけて、読み終えた。浄土三部経に入ってから、7年間、61回の講義であった。ブリントを読み直してみると、最初のころりよも、後半になるほど詳しくなっている。
 
 今回は総まとめだ。最後に、親鸞様がどのように『観経』を御覧になっていたのか、総序や化巻の文、そして観経讃を頂く予定であった。

 ただメーンは、頭から通読、音読しようと考えていた。試しに、10ページ分をひとりで音読したら、15分はかかる。みんなで声を揃えるとなるとさらに時間がかかるだろう。65ページあるから、100分から120分も読みつづけることになる。これはなかなかたいへんな作業で、一気にいくのは無理、段落を説明して、ポイントや名所では、少しだけ立ち止まっていくことにした。

  それにしても声に出して読むのはとても疲れる。読むので精一杯で、内容が頭に入ってこないときもあっただろう。しかし、ただ受け身で、安楽に聞くだけではなく、こちらから身をかけて聞くところに意味がある。もし、「後で、一人で読んでください」と課題をだされても、ほとんどの人は実行しないだろう。その意味では、2時間45分と予想以上に時間(少し解説も詳しくなった)がかかったが、現代語訳でも通読してみることで、見えてくることも多かった。序分(発起序)のところに、流通分までつながる伏線があることも分かってきて、文句なく面白かった。

 結局、今回の講義で一番、得をしたのは、ぼく自身だった。終わるのが名残惜しく、もう一度、『無量寿経』に戻って浄土三部経を読み直したい気分だが、9月から違う課題に進むことにする。

 次回=9月13日(日)13時30分 「御伝鈔」(絵伝の解説も含めて)を読み進める予定です。

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仏の子供大会~蘇る原点~

 というわけで、宿泊は無理でも、せめて1日だけでも仏の子供大会を企画した。先生役はIさんに、長女も手伝うので、ブラジルの生活のことを話すことになった。昼食は何にするか、連れ合いと娘がいろいろと検討してくれて、家族で試食もしてみた。ところが、近頃のコロナ感染の拡大である。京都でも、近くの小・中学校でコロナ感染が広がっている。大阪、奈良の方からキャンセルの連絡で、子供の数が激減。結局は、会食は止めて、普段どおり昼からの日曜礼拝(土曜日なので、土曜礼拝だが)となった。

 それでも、セミの声を聞き、往生要集の掛け軸を背に、子供を前に法話をする。少しだけは夏の子供大会のモードになってきた。参加できない方のために、ZOOM法話を開放したら、30名以上の参加がある。幼児の方やあったが、大半は大人の方。会館にも20名近く参加があって、50名以上の方が拝聴くださる。

 これまで何十回、この話をしてきたことだろうか。しかし、またせずにはおれない。それがこの夏の子供大会に向けたぼくの業である。

 ぼくが小学校の時、子供大会での海水浴の時に、二人の溺死者を目の当たりにしたことで、後生の一大事か自分の事になったこと。そのあとの地獄のスライド、「寝てもさめてもの」末代無知章に、地獄に落ちる夢、お盆の時に、ひとり泣いていたぼくに、声をかけてくれた父のご示談。グズグズ聞けないぼくに、お盆の約束を破ってまで留まって、「いま、ここで、命をかけて聞くか!」と、向き合ってくれた善知識。それに対して、間髪いれずに、「ハイ」と返事をさせてもらったこと。その時の言葉は、たった一言だった。「南無阿弥陀仏に飛び込め!」。もうその一言を聞くことで、ここでのすべては終わった。何も挟む心も、あれこれ言葉をはからうこともなかった。ただその言葉に従うだけだった。

 もちろん、これはまだまだ縁他力だったのが、結局のところ、ぼくの聞法の原点はここにある。それほどぼくにとっては衝撃だったと共に、法を伝える真摯な態度、面と向ってくださった善知識の覚悟を通じて、後生の一大事のなんたるかを、そして阿弥陀様の命懸けの呼びかけに触れさせてもらったのである。

 すべてこちらか仕掛けたわけでも、求めたわけでもない。気がつくと、すべて向こうからやってき、与えられたものであったのだ。そのこともまた尊く味わわせていただくのである。南無阿弥陀仏

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南無阿弥陀仏の響き~東海支部法座~

 愛知県、特に名古屋市でのコロナ感染者か、連日、最多を更新している。そんな中で、予定どおり開催していいのか。最後の最後まで、主催者は悩んでおられた。ぼくも、当日の朝まで両睨みで臨んでいた。リモート開催の声、中止の声、予定どおり開催の声がきれいに分かれ、最後は支部長の決断で開催が決まったそうだ。密にならないように定員を厳守し、事前申込みの皆さんは予定どおり参加くださった。

 出来る限りのコロナ感染防止の対策をとって、東海支部法座は開かれた。入り口での検温、手の消毒、マスク着用、ぼくは初めてフェイス・シールドを着用。間隔をあけて座り、こまめに換気、そしてお茶やお菓子もださすに、終了後は即解散。東海支部例会といえば、終了後の飲み会が楽しみではある。金山駅の周辺には居酒屋や飲み屋も多いが、今回はは指をくわえて素通りし解散。寂しいが、今は致し方なし。

 平日の法座。昼から仕事を早引きされた方、赤ちゃんを抱えたお母さん。誰もがコロナの不安の中で、ご法を求めてきてくださったのだ。ならば、いい加減なお話できない。

 火宅無常、虚仮不実の世間にあって、人間生活でも連日、連夜「空言、戯言、まことのない言葉」しか発せず、真実のカケラのない私に、唯一届く真実の声、南無阿弥陀仏の呼び声を聞いていただくことである。末通ることのない人生に、その不実の私をありありと照らし、そのままで輝かせて、我と同じ仏にして見せようという願いに裏打ちされ、成就された南無阿弥陀仏の御名は、阿弥陀様がすべてのお徳を、そして阿弥陀様自身を名に封じ込めて、私のこの煩悩逆巻く、地獄の業の中に、なんの躊躇も、畏れることもなく(無畏)、この私が仏になることを微塵の疑いも持たずに信じ切って、待ちわびておられる姿なのである。ならば、この私も、南無阿弥陀仏さまが飛び込んできてくださった罪業のまま、腹を見せて救われていくしかないのである。ウソだらけの世、偽りだらけの私にも届く真実がここにある。南無阿弥陀仏 

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