カテゴリー「法座と聞法」の896件の記事

東京支部法座

   最近の東京支部は賑やかである。宿泊者数も復活し、新人も増えている。今回も、参加一年目の方が、法座の世話役を引き受けくださった。

   東京支部は、隔月に、1泊2日(2日間)で4座の法座を持っている。今回は、4座とも、それぞれに初参加の方がおられた。しかも、ここに至るまでの経過も異なている。母親に連れられた娘さん、家族でおいでくださった方、一人、緊張しながら参加された青年は、某会の出身者だった。また、これまで浄土真宗とは無縁ながら精神世界に興味をもった方が、ただHPだけでご縁を結んでくださったりもした。懇親会では、出会いの経緯や心境、そして質疑にもこたえることができた。

 すべてご因縁事とはいえ、不思議としかいいようがない出会いもある。ほんとうに「ようこそ」である。これからも仏縁がつながっていきそうで、それもまたうれしかった。

 ご法話は、身近な話題の分かり易いものもあれば、教義的に難しい話もした。また、グループに分かれての話し合い中心の法座も持った。ベテランの方も、初心の方も、また初めての方も、取り残されることがないようなイキイキして法座を目指していきたい。もちろん、道半ばではあるが、ぜひ皆さんと力を合せていきたいのである。

 

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バズ・セッション

   今年の支部長研修会の講義。 一方的な講義をするつもりはなかった。単なる話し合いではなく、ブレーンストーミングの手法での「バズ・セッション」を行う。

 バズとは、ハチがブンブンという音のこと、セッションとは、会議のことだ。6名のグループを作り、その中でルールを設けて活発に話し合う手法だ。

 これは、全体のメンバーが多くても(30~50名)でも、6名ずつのグループを作れば、誰もが平等に発言できる。その様子が、まるで、ハチの巣を突っついたときのように、ブンブン、ガヤガヤと、にぎやかなのが、「BUZZ」という名前の由来だと聞いたことがある。 多くの人数でも、平等に、自由に活発な討議ができるというメリットがあるのだ。しかも、一つのテーマを 「6人で6分ずつ」(6×6)をひとつの標準にしている。

 華光では、もう40年以上前から導入されている手法だ。

 これは、ブレーン・ストーミングの一種である。ブレーン・ストーミングとは、文字通り、頭脳を出し合い、協力して、アイデアを出しあう発想法で、テーマに対し、参加者が自由に意見を述べることで、多彩なアイデアを得るための会議法。後は、ぼくが独自に考えて、事前に皆さんにお話するルールである。

1)誰もが協力的に、積極的に参加する。
2)頭から相手の主張を否定しない。
3)そのためにも、私(I)メッセージを遣う。
4)そして、最後まで聞く。
5)ただし、限られた時間なので、特定者だけの発言では終わらない。(1の協力的に関連)
6)時間と交通整理のための、司会役を置く。
7)後で発表するので、意見を書記役をもうける。ただし、無理に意見をまとめなくも、出たままの発表でもよい。

 ここで大切なことは、誰もが勇気をもってメンバーとして参加し、積極的に発言することだ。こんな考えは笑われるだろうなとか、これは正解ではないなーでは、新しい発想も生まれないし、気づきも起こらない。それを否定的しないで、積極的に傾聴する。誰もが平等に尊重されると、何よりもイキイキとした雰囲気になるのがいい。安心感が育成されていくのだろうと思う。

 今回は、「浄土真宗の魅力は何ですか」とか、「華光のよいところは何ですか」などというボジティブなテーマから始めて、いま抱えている課題について深めてもらった。この雰囲気を信仰座談会にいかしたいという声もあった。次回の法座ではぜひにという支部も。 

 面白かったです。

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『仏敵』を読む(1)

 今月の「仏書に親しむ会」から、求道物語『仏敵』を輪読する。『仏敵』の初回ということで、輪読初参加の方もあり、久々に二桁の参加者。

 初回なので、悟朗先生の「あとがき」から読む。その後『仏敵』の構造、時間軸を基にして流れを説明した。

 〈大学生の体験と筆〉
 伊藤先生は、この時、大学2回生の春休み(3回生になる)ということである。
 しかも、野口道場での聴聞は、5日足らず。全体としても(4章の回想部分を除く)、その春休みの出来事を綴った書物で、その回想部分を遡っても、2月下旬から4月にかけて、極めて短い間の出来事を綴った、求道物語だ。。
 そしてその1年後は、「仏敵」の原型が出来たという。つまり、伊藤先生は、大学生で、これは青年(学生)の体験であり、大半は、学生時代の筆によるのだからら、また驚きである。

 〈伊藤青年は「善き知識」を求めていた〉
 第4章に、野口道場での衝撃を癒すために、夜に外出される場面で、この2月下旬からの回想部分がでてくる。ここに、伊藤青年が、なぜ春休みの帰省(休暇)を伸ばして「善き知識」を求めていたのか。ここを合わせて読まないと、伊藤青年の悩みは理解できない。その悩みの解決のために、第1章で、京都で「念仏庵」を尋ねたり、他に日課数万遍の念仏を試みたり、参禅を考えたりしたのも、後生の指南となる「善き知識」を探しておられたということになる。
 しかも、求めてたいのは、学識のある先生ではなくて、一文不知の尼入道のように無碍に法を慶んでいる善き知識でした。そんな人に、本当に頭が下がるのかという疑問を持ちながらも…。それが、第2章で、野口道場に足が向く、つまり、およしさんに会ってみたいという伏線の役割をしているのである。
(各章の構造の表は、また次の機会に載せます)。

 7月は、第一章から読むので、この機会に、ぜひご参加を!

 ▶7月の『仏書に親しむ会』
 7月3日(水)夜6時50分~9時

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空閑処での聞法

 お経に、「空閑処」という言葉がある。心静かに、仏道修行に励む場という意味である。その言葉がぴったりな緑豊かな地で、ご聴聞の機会をいただく。 

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 高速道路網が拡がり、時間は短くなった。幹線道路から離れると、一気に山の中に入っていく。対向車もほとんどない。村落に入ると、細い山道の向こうに本堂の屋根が見えている。今は檀家数も減った山寺だが、鄙びた山里にこんな立派なお寺が建っていることに、信仰の篤さが窺える。しかも、ただ建物があるだけではない。過疎が続くといえ、お念仏の相続がある。

 あいにくの天気だったが、逆に、雨に緑が映え、霞がかかり、また別の風情がある。
  「すばらしい場所ですね」とか「こんなところに住むのは贅沢ですね」などという。といっても、所詮、たまに旅行や観光で訪れて「いい」と言うのであって、やはり都会の便利さは捨て難いのである。いい加減なものである。

 それにしても、長年に渡ってお世話になってきた。ご迷惑をおかけすることもあったが、前住様からたいへん可愛がっていただいた。善き知識として、その受けた影響は、はかりしれないものがある。もちろん、現住職さまとも、妹さんとも、若い時からの聞法の友である。

 ただ、聞法旅行に参詣させて頂いた以来、久しぶりである。何度かお声をかけてもらったが、なかなかご因縁が整わなかった。13年前は、父も一緒だったが、ぼくがご法話をさせていだたいだ。義敞先生のご往生の2年後のことである。

 今日は、華光からも大勢お参りくださり、町に出ている門徒さん、昔、仏の子供大会に参加した方がお子さん連れでお参りくださるなど、見知った顔もボチボチあって、うれしかった。

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 何よりも、お念仏の声が絶えないのが尊い。当たり前のように大声で勤行され、当たり前のようにお念仏される。たとえ、真宗の教義に精通していたとしても、その方からお念仏の声がでないとしたなら、こんな空しいこたとはない。逆に、このお念仏されるのも、先代、先々代、その前からの、たゆまないご教化の賜物である。荒れ地を開き、石や木を除き、日当たりをよくし、水はけをよくして地を耕していく。そのように、お念仏の土徳を整えてくださった上にあるのだ。しかし、それが荒れ地に戻るのもまた一瞬である。法の相続ほど、難しいことはない。それを思うとき、当たり前のことなは何一つなく、たいへんな尊いお育て、照育の光明の働きがあってのことだ。

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 しかし、当たり前すぎると、私たちはそれを粗末にする。いや、そこにご恩徳のあることなど忘れている。それを毎日、毎日、毎日見ている硬貨や、簡単な図形の伝達ワークで、身で確かめてもらった。 

 皆さん、一応に驚かれた。見ているのに、見ていないのですね。聞いているのに、聞いていない。触れているのに、触れてないない。結局、無明とはそういうことかと。そこを智慧の光明で破ってくださるのが、阿弥陀さまの照破の光明のお働きなのであろう。智慧の光明なので、無明の愚痴の目が覚めるのである。

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ご示談

 先週の真宗法座の集いでも、未消化のまま終わったのだろ。

 ただ聞くこと一つ。こんな易しい御法はない。しかし、そのたった一つが、難中の難である。

 対峙する二人が、共に苦しい時を過ごした。

 「ごちゃごちゃ言わずに、ただ称えさせてもらいましょう」

 「機を詮索は無用。ただ、法の手強さを仰ぐ一つ。凡夫は、なんのわずらいもなく、ただただおまかせしていきましょう」

 「求道などないのです。ただ仏さまの願いを聞くだけです」

 これまでぼくか、法座や真宗者の方から、どこかで聞いたことがあるフレーズだ。

 しかし、それらは、ぼくがこれまでお聞かせに預かってきた浄土真宗の肝要ではない。いや、似て非なるものだといってもいい。たとえつらい道ののりでも、たったひとりでも、この一大事を突破させてもらう。納得するのでも、言い聞かせるのでも、心の安らぎでも、念仏や体験を握ることでもない。誤魔化さず、真摯にまことを求める人と、ぶれることなく、愚直に、共に歩んでいこう。南無阿弥陀仏
 

 

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高山法座は篤かったか?

  暑かった高山法座。ぼくが初めてこの地で法座をもたせてもらった20数年前、各家庭にクーラーなどなくても、夏でもしのぎやすかった。それが、F家でも、1階にも、2階にも、クーラーが設置されていた。

 5月というのに、この異常高温である。この地でも、週末は、両日、33度くらいまで気温が上がり、暑かった。しかし。最低気温は7度しかなく、寒くて暖房を入れたという。朝は暖房、日中は冷房、寒暖の差が激しい週末だった。

 では、気温に負けず、座の内容は篤かったか。新潟や富山の皆さんのおかげで、なんとか暑い法座となった。しかし、高山だけなら、、。現状に満足せずに、ぼくはこれらかも、いろいろな分野で学び続けたいと思っている。どうか、皆さんも、まだ老け込まずに、ついてきてください。この地にもそれだけの先達の尊いお働きがあったことは、ご承知のとおり。

 ならば、仏法を大事と思うのなら、どうか自らをひき破り、鼓舞して、いまのお寒い現状を打破したいと願っております。

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第17回「真宗法座の集い」

 定員20名に19名が集い、世話人を含めると21名の皆さんが、車座に座った。ここでは、誰も尊重され、平等であることを確認されて、始まった。具体的なことは述べられない。この安心が担保されているのが、この集いのよさである。

 それにしてなんとも不思議な集りだ。顔ぶれによって集いの雰囲気は変わる。たったひとりの言動でも、場が動く。そこが面白くもあるし、また怖くもある。

 グループ分けひとつでも、なかなか決まらない。作業だけみれば、非効率で、邪魔臭いことである。関西弁なら、「しんきくさい」時間がすぎる。普段なら、そんなことはどうでもいい。さっさと決めて、もしくは誰かに決められても誰も文句はない。確かに、誰かに依存したり、流れにまかせているのが楽な時もある。しかしである。もし、そう選択をするにしても、よく我が胸で何が起こっているのかをよく点検して、つまり自分に向き合って決めていくこと。発言がなくても、誰もが胸のなかでワークをしていく。そんな時間と空間が大切にされている場である。

 どう進むのかも、自由である。しかしそれには、それだけに責任が伴う。そのことをよく自覚した上で行動しないと、この場では、逆にしっぺ返しにあう。いわゆる世間の常識、生半可な親切は通用しないのだ。しかしそれも他人のせいではない。全部、自分の問題なのである。

 結局、二つのグループに分かれたが、この時点で、自分が何がしたいかが、自分で点検され、確認されていると思う。

 また、ぼくのグループでは、「聞く」ということがテーマになっていた。私が感じることと、あなたが感じることは、それぞれ違う。あなたのことを、自分の体験や枠で図っても聞いたことにはならない。その意味では、自分の思いや感じを感じつつ、それはそのまま置いておいて、相手のままを聞かせてもちう。聞いたところを、そのままフィードバックさせてもらう。そして確認をとることが、聞くということなのだろう。そんなことを、実践の場面で、確認しなから進んでいた。ほんとうに聞くことの難しさ、伝えることの難しさを感じさせられた2日間だった。

 とにかくまだ参加されたことのない方は、ぜひ、ご参加してみてください。

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十連休中の広島法座

 10連休も、残り2日間。

 初日~3日目が「永代経法要」、9日目が「広島支部法座」、10日目が「聖典講座」。半分が法座で、中の5日間がOFF。しかし、事務所の皆さんはお休み、連れ合いも永代経の直後から東京の劇団事務所での舞台稽古に缶詰状態で不在ということもあって、ぼくも、映画館に行く以外は、会館で留守番が中心である。

 5日は、広島の法座が、連休中の初遠征。ちょどう上りの移動がピーク日にあたる。1ケ月前の4月5日に新幹線指定券を押さえたが、その時点で、すでに夕方の新幹線の上りは、どの時間帯も満席状態に近かった。ところが、行き(下り)は、拍子抜けするほどガラガラだった。帰路は、カープとジャイアンツのデーゲームが終わったことろで、広島駅も一段と混んでいた。

  広島支部法座は、案の定、人数が少なかった。今回は、広島から永代経からの参加者が多かったが、引き続く人もあれば、都合の悪い人も多かった。人数が少ないぶん、あえて、分かち合いの時間を多く取った。法話は1時間ほど、光明に二つの働きについてお取り次ぎして、あとの時間は、少人数での座談会である。

 別に劇的なことが起こったわけでも、特別深い話題が話題がでたわけでもないが、参加者が、リラックスしながら自分を開いて話してくれた。もちろん、黙っていたい人は黙ってもいた。人数が少ない時は、少ないなりの深め方があるということだ。

 

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永代経法要の3日間~法に剥がされる~

 永代経法要の三日間が終わった。

  地元の方を中心に後片付けを行い、当番の京都支部と運営委員会の皆さんで反省会を行った。京都の皆さんは、オープニングソングまで作詞作曲し、また何度も相談を重ね、支部長さんを中心に力を合せて頑張ってくださった。ほんとうにお疲れさまでした。

 皆さんをお見送りし、事務所に戻るとまだ待っておられた方がある。彼女は、特に相談があるわけではないが、法話でひっかかった言葉(今日は「サザエ」)を尋ね、それから自分のことを脈絡なく一方的に話していかれた。これもまたいつも通りである。

 法衣を着替え、3階の母のところに顔を出したら、まだTさんが母と話していた。何気なく座ったら、そこから3人で永代経のふり返りが続いた。夕食前だったので、あまりにも遅いので、連れ合いも様子を見に来たが、そこからまだ話が弾んだ。当番の方が帰られてから、すでに3時間は経過していた。みな法に会って、昂揚しているのである。話は尽きなかったが切り上げて、遅い夕食になる。ここでも、いろいろと話が出た。なぜか、ぼくの近年のターニングポイントとなった2、3の出来事を話していた。

 結局、重荷を背負って生きている。さらに批判や突っ込まれないように、いろいろなもので防衛し、護っているのである。しかし、たった3日間でも、たっぷりと法に会うと、人生で身につけてきた鎧が、ひとつずつ剥がされていくのである。何故、こんな厚着をしていたのかと思わされる。
 今回は、珍しく2日間とも懇親会の終了の時間を守った。おかげで疲労度はましだったが、永代経は3日間に3度の法要があり、今回は2席の法話、信仰体験発表の司会役、分級座談会、さらに夕方には会議と、夜には分級反省会と、休みまもなく行事が続いて、さすがに疲れた。

 それでも、こころは温かい法に触れて満たされている。冷たい心に、固い心に、ご法の温かさが届いてくる。厚着を脱ぎ捨て、心が開いてくると、不思議と受容的な態度で接することができる。これも長年、学ばせてもらっていることではある。南無阿弥陀仏

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福岡での九州支部法座

 今週末は、福岡での九州支部法座。昨年に続き、A家が会場となる。12階の自社ビルの最上階が会場である。まだ新築なのできれいで、眺望も素敵だ。ここにお念仏の声がこだまする。そのことが一番すばらしい。

 初めて参加される若い方があった。たぶんこれきりにならず、ご縁が深まることだと思っている。20年ぶりに参加の古い同人(伊藤康善先生にあっている)もあったし、1年ぶりに参加された学生さんもある。人数は多くはないが、聞法の長短、参加の思いはそれぞれ違う。焦点をどこにあてるのかで、法話難しかった。

 ただ、すべての方が、「仏の力で参りきて、喜び、敬い奉る」法の仲間である。皆さん、それぞれの仏縁が熟して、ここに足を向けられたのである。

 娑婆往来八千遍。釈尊の身命が捨てられた場であるからこそ、ここで法座がたつのである。考えれば不思議なことだ。お寺でもなければ、法事でもない。それがマンションの12階で、ご信心について真剣に問い語り合う。そしてお念仏かこだまする。現実には、「念仏がこたまする」とは、少し誇張気味ではあったが、なかなか稀なことであるのには違いない。
 
 さて、今後、ここはお念仏が染みわたる家となるのか、それとも愚痴だけがこだまする家で終わるのか?
 南無阿弥陀仏

 

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