カテゴリー「音楽」の34件の記事

聖典講座『阿弥陀経』~特色~

 前回で、『無量寿経』が終わり、今月から『阿弥陀経』に入る。それでもう一度、第一回目の浄土三部経の概観から窺うことにした。あれから3年が経過し、顔ぶれも変化している。

 浄土三部経のそれぞれの特徴や内容の概説を行い、親鸞聖人がご覧になった浄土三部経の「顕説」の面と「隠彰」の面を概観した。

 加えて、『阿弥陀経』の特色なども窺った。

  『阿弥陀経』の特徴の第一番目は、「無問自説」経と言われることだ。問いを待たずに、釈尊が一方的に、いきなり舎利弗尊者にお説きになるのだ。しかも、「舎利弗、於汝意云何」と、「舎利弗よ、お前どう思うか」と質問をされながら、間髪を入れずに、ご自分で阿弥陀さまやその浄土の世界をお答えになっていかれるのである。
 それで、数あるお経の中でも、(2)「一代結経」の釈尊一代の結びの経だと言われ、以上から、(3)釈尊の出世本懐経であるとも親鸞さまはみておられるのは、以下のご文に示されている。

「この『経』は大乗修多羅のなかの無問自説経なり。しかれば如来、世に興出したまうゆゑは、恒沙の諸仏の証護の正意、ただこれにあるなり。」(化身土巻・398頁)

「この『経』は無問自説経と申す。この『経』を説きたまひしに、如来に問ひたてまつる人もなし。これすなはち釈尊出世の本懐をあらはさんとおばしめすゑに、無問自説と申すなり。」(一多証文・686頁)

 さて、その内容を簡潔に概観するならば、まず(1)極楽と阿弥陀さまの様子と、(2)その極楽に往生する方法とが説かれ、(3)さらにその説法の真実性を、恒沙の諸仏方が証明し、これを信受する者の守護が説かれていくのである。

 しかも、正依の『仏説阿弥陀経』である鳩摩羅什(402年頃)訳は、その文体は簡潔で、直截的。比較的少量なので、書写や読誦が容易とあって、東アジアで廣く伝播することになる。(先日紹介した少康法師の『瑞応伝』にくよると、善導大師は生涯をかけて、これを書写することが十万巻とも言われている。また教化を受けた士女が、十万~三十万遍も読誦したというのである。法然聖人もまた、「呉音」「漢音」「唐音」とそれそれの読み方で、毎日三度、読誦されたというのである。

 ところで、他に、異訳として、玄奘三蔵訳の『称讃浄土佛摂受経』(650年頃)があり、もうすでに失われているが、『仏説小無量壽経』 求奈跋陀羅訳(5世紀中頃)があったと言われている。そして、それ以外に、『石刻阿弥陀経』(湖北省襄陽の龍興寺)は有名で、親鸞聖人もご本典に2度も引用されている。『阿弥陀経』にはない、21文字が挿入さていて、それを親鸞さまが引用されているのてある。ところで、この複製が、鎌倉時代の始め(1198年)に、日本も将来され、現在も福岡県の宗像神社にあるというのである。また、梵本(サンスクリット語)もあるが、これも比叡山の円仁師などによって、「悉曇本」が日本将来さ、古くから知られいいることなど、日本にもとても馴染みのあるお経であることだ。もちろん、他にも西蔵本(チベット語)などがある。
 今回は、版木で開版された「悉曇本」や、宗像神社の『石刻阿弥陀経』の写真をご覧いただいたが、僕自身も、何か遠くインドの祇園精舎で説かれ、クチャ出身の鳩摩羅什さまに訳されたものが、とても身近に覚えたのであった。

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『ソング・オブ・ラホール』

   やはり映画と音楽ほど相性のいいものはない。

 『ソング・オブ・ラホール』は、危機的状況にあるパキスタンの伝統音楽の継承者たちが、起死回生の秘訣としてジャズ演奏に挑戦するというもの。これがなかなかの佳作で、実際のNYでのライブ映像は、感動的であった。

161203 豊かな歴史と伝統を持つパキスタンの都市、ラホール。インド同様、この地も映画産業が盛んだ。アメリカがハリウッド、インドがボリウッドならば、パキスタンは「ロリウッド」と呼ばれ、伝統的な音楽とも結びついて発展していた。

 ところが、70年代後半に政権を握った軍事政権はイスラム化を推進。世俗化の代表である歌舞音曲の類は軒並み衰退し、さらには、90年代から台頭したタリバンによって徹底的に弾圧をされていく。伝統音楽の名手たちも、つぎつぎと転職し、衰退の一途をたどっていた。

 このままなら親から子に、師匠から弟子に、世襲されてきた音楽は消えていく。そこで、彼らがとったのは、伝統楽器によるジャズの演奏である。

「なぜ、ジャズなのか?」。そして、「テイク・ファイヴ」なのか。これにもちゃんと背景があって、なるほど思った。

1956年、アメリカ国務省の親善大使として中東に、トランペッターのディジー・ガレスピーを初めて派遣している。その後も、大物が親善大使として、世界各地を訪問ているが、有名なところでは、デューク・エリントン楽団が1963年にインドなどを訪問した印象と、訪日の体験から『極東組曲』というアルバムをだしている。そして同じように、パキスタンのラホールを訪れたのが、デイヴ・ブルーベックで、この仕掛け人がその音楽に生で触れたというのである。
 もしかしたら、変拍子というのも相性がよかったのかもしれない。

 そして、その50数年後。彼らが招かれたのがNYのリンカーン・センター。ジャズの殿堂と言っていい聖地で、世界一と称されるジャズビックバンドのリーダーで、世界的ジャズ・トランペッターのウィントン・マルサリスと競演するという因縁が、なんとも面白いではないか。

ぼくには、、世界的ジャズ・トランペッターのウィントン・マルサリスが、丸くふくよかな姿も衝撃的だった。デビューアルバム以来、ずいぶん彼のレコード(いまはCD)を聞いてきた。デビューから「天才」と絶讃されていたのである。が、その音楽に心引かれることはないのが不思議で、『自由への闘い』というアルバムを最後に、いまはもう聞くことはない。破天荒さや猥雑さというか、何かプラスαを感じられなかった。要は、ぼくには面白くなかったのだ。ジャズのルーツを探るまでもなく、40年代、50年代でも、虐げられ、抑圧され、もしくは反骨精神が、音楽になんらかの形で影響を与えてきたことは、間違いないからだ。

 その意味では、ジャンルは違っても、パキスタンの音楽家たちは、下層グループに属し、パキスタンでは少数派のシーア派であり、しかも現状は厳しい。一方、ウィントンは、虐げられた黒人の音楽をルーツに持ちながら、いまや指導者としても一流、その地位も名声も十分に得ているのである。

 かなり穿った見方だけでも、そんな背景を見ても二つに異質の出会いは、ほんとうに面白かった。同じ即興性といっても、リハーサルでの戸惑いにはハラハラした。シタール奏者のように実力が伴わないものは脱落し、またアプローチの相違もあって、なかなか息が合わないまま、失敗に終わるのではないかという危機感の中で、本番では、世界最高峰のジャズミュージシャンと伍しても、互角以上の存在感を発揮したタブラ(打楽器)や、特にバーンスリー(横笛)の演奏のすばらしさは、鳥肌ものだった。

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『ミスター・ダイナマイト』~ファンクの帝王ジェームス・ブラウン

 芸術家を材料にした映画は多い。たとえば、有名な画家や写真家の生涯だったり、小説家や哲学者をとりあげたりもよくされる。そんな中でも、一番、映画との親和性、相性がいいのは、断然、音楽家である。音楽家といっても、有名無名を問わず、ジャンルも、クラシックから、ボップス、ロック、ジャズと実にさまざまだ。演奏家もあれば、作曲家もいる、ミュージシャンやパフォーマー、ロッカーといったほうが相応しい人もいる。いまだ現役もあれば、すでにレジェッドとなった人やまったく無名な人もいる。人物というより、音楽を中心にした映画にいたっては数多い。

 映画を見たあとで、その音楽に触れたくなって、CDが欲しくなるのも音楽映画の面白いところだ。普段、聞かないジャンルだったり、知らないミュージシャンに出会ったりできるのも、楽しみだ。

 というわけで、ここ数カ月、音楽映画を結構見てきた。というわけで、そのいくつかに触れていこう。

 まずは、ミック・ジャガーがプロディスしている、ジェームス・ブラウンの映画が2本。

 昨年観た『ジェームス・ブラウン』~最高の魂(ソウル)を持つ男~は、彼の生涯を描いた伝記風のドラマだ。全盛期が終わり、人気にも才能にも陰りができて、奇行に走ったり犯罪を犯したりするシーンにも、かなり時間を割いている。

 一方、落ち目の終盤を大幅にカットして、勢いのある部分を中心に見せているのが、ドキュメンタリー映画の『ミスター・ダイナマイト』~ファンクの帝王ジェームス・ブラウン~だ。だから、文句なくてかっこいい。音楽も、ダンスも、パフォーマンスが、すべてエキサイティング。画面を観ているだけで、こちらも気持ちよくなるから不思議だった。

Mr_dynamite もちろん、独断的で、わがままで、強欲で、黒人運動に関わっても限界を乗り越えられない、欠点の多数ある人物としても描かれているが、善悪二つを呑み込んだところが、彼の光る個性なのであろう。つまりは、強烈なハイになる薬でもあるが、とんでもない毒も含んでいるということ。

 ちなみに、ミック・ジャガーが、同じ番組に出演した時、ジェームス・ブラウンの強烈なジェームス・ブラウンのパフォーマンスに圧倒されて、ビビったといわれているのだが、しっかり、「そんなことはないぞー」と自ら否定するシーンが、どこか子供じみて面白かった。

 いずれにせよ、ミック・ジャガーが嫉妬するほど、ジェームス・ブラウンが、かっこいいということ。

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「わたしの7+7」

   最後に御参りしたお宅は、ご夫婦揃って音楽好きだ。しかも僕と、共通でて知り合いのミュージシャンがいる。福島の子供たらの支援のために、毎夏、京都にフクシマの子供たちを招く活動もされている。その集いに、ベートルズこと、渡辺智江(ベ-)ちゃんにも歌ってもらっているというのだ。ぼくも、華光会館の日曜礼拝で、二度、彼女の歌声を聴いている。

 「このCD聴かれましたか。いいですよ。」と出されたのは、ベーちゃんの14年ぶりの新譜である。「差し上げます」と言ってくださったが、少しでも売り上げに貢献したいので、購入することにした。新譜CDは、14年ぶりということで、「わたしの7+7」というタイトルになっている。彼女の人柄が滲み出るような、素朴な中にも、暖かい歌声である。

 誰もが知る童謡も入っているが、半分以上は、彼女のオリジナルだ。、「オオヤコーヒー」という歌がある。ぼくが、彼女と知り合ったカフェで、いつもおいしいコーヒーを淹れてくれていた。コーヒー豆の焙煎家のことを歌っているのが、ちょっと嬉しかった。ラストは、ボーナトッラクで、彼女の大ヒット曲、「愛のうた」のブライベート・バージョン。14年前のことで、音程が大きく外れることがなんともご愛嬌で面白かった。

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清志郎ばかり聞いていた夏

今年の夏は、暑かった。
それでいて雨もよく降った。

惜別の情を禁じ得なかった夏だった。

7月には、子供たちがブラジルに渡り、8月には、父が逝去し、家族が半数になった。

この夏、忌野清志郎(RCサクセション)を、よく聞いた。

ひとつは、園子温監督の映画『ラブ・アンド・ピース』のラストに、主題歌「スローバラード」がぴったりあっていたから。

もうひとつは、鈴木君代さんのライブで聞いた「ラブ・ミー・テンダー」。
生うたはもちろんよかったけれど、やはりここは本家を聞かないなと、RCサクセションの名盤『カバーズ』を、繰り返し、繰り返し聞いた。泉谷しげるや三浦友和がバックコーラスをつとめる「サマー・タイム・ブルース」は、大事故の予言であり、今日の警告そのものだな。

東京オリンピックのゴタゴタのかげで、いつの間にか原発の再稼働し、安全保障法案の審議で揺れる夏だった。

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ご縁~鈴木君代ライブ~

  連れ合いがお世話になっている広島の真宗学寮のO先生とお会いする。

Img_8470  さまざまな縁を結んでおられる多忙な方で、今日もスケジュールがあって、西木屋町のライブハウス「わからんや」で待ち合わせ。 鈴木君代さんのライブをご一緒することになった。

  今日は、先生を紹介してもらうのが目的なので、ライブの方は予備知識のないまま出かけた。着物姿の女性がステージ顕れて「恩徳讃」で、ライブがImg_8475始まった。大谷祖廟(東本願寺)にお勤めの大谷派の僧侶。ピアノも岡崎の大派のお坊さん。連れ合いは、彼女とも顔見知りで懐かしがっていた。

 反原発や反戦のストレートなメッセージを込めた歌が続き、合間に、ぼくの好きな、ハナレグミと忌野清志郎の「サヨナラcolor」とか、新婚?のぼくたら夫婦のために、中島みゆきの「誕生」などのカバーも交えて、たっぷり2時間も熱唱。そのせいでO先生とはお話できなかったので、場所を代えて、少しだけ華光の紹介をさせてもらった。

おかげで日頃出会わない人と、ご縁を結ばせていただいた1日。

ちょうど1年前の同じ場所でのライブが、youtubeにあったので、ご紹介。

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『トーキョー・ドリフター』

Img_6947  松江哲明監督と、前野健太(マエケン)が組んだ第2弾の映画。『トーキョー ドリフター』の初日。二人の舞台あいさつがある。

 前回が2年前の10年2月。『ライブ・テープ』は、面白い音楽映画で、いまでもCDをよく聞いている。

http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-a6ff.html

 この2年の間に、世界も、また個人的な身にも、いろいろと変化があった。うーん、そう考えると感慨深いなー。Img_6946

 前回の舞台あいさつは、ほぼ満席だった。寒い中、外に並ぶのは嫌なので、昼の買い物についでに、みなみ会館で整理券をもらいにいく。

 整理番号は、3番。おー、前回も3番だったし、友川かずきの時も3番目だった。偶然とはいえ、3回連続で3番だ。

 時間にみなみ会館へ。

 ところが、これが拍子抜け。誰も並んでいないのだ。どうしたー。この2年で、マエケンもメジャーになってきたと思ってのに、土曜日の初日にしては、中の入りというところだ。

 映画は、2011年5月の夜から日の出まで、東日本大震災後に、ネオンの消えた東京の街を、ギター1本でさすらって、歌い、叫ぶというもの。前回と違うのは、バイクで移動したり、別のカットが挿入されたりしている。

 震災から2ケ月。東京は、節電で暗く、まるで斜陽の地方町のようだ。関西にいるものと、大地震、大津波、そして原発事故の影響を直接受ける東京との温度差はかなりある。見えない放射能の恐怖にしても、節電にしても、先の不透明感、不安感に覆われているのがわかる。

 その中で、声高に叫んだり、正義感をかざしたり、大多数の主張が、どこか安心して聞こえてきたりする。そんな強力なリーダーも求めていくだろう。しかし、そのために抜け落ちることも多くある。

 その夜は、雨が、アスファルトを叩いている。

 その冷たそうな雨の中を、ギター抱えた前野が歌いつづける。

 ドリフターとは、放浪者という意味である。まさに、当てもなく、金もなく、さすらう。3、11以降の日本そのものでもある。そして、その放浪者は、大声でなく、たとえ小さな声でも、自分の声で歌っている。

 たとえ明るくなくても、暗いのも悪くはない。必ず日は登り、朝を迎えるのだと、放浪者の姿と重なり合う…。

 舞台あいさつは30分と短く、饒舌な監督は不満そうだ。前回のようなミニライブはなかった。それでも、小さなロビーが幸いして、二人に声がかけらたてよかった。

 

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『年忘れ、紅白ダンス歌合戦』

 今年も、あとほんの少しだ。実に、いろいろなことがあった。世間同様、個人的にも、大激震の一年だった。振動で、少しは目が覚めたかと思いたいが、けっこうご主人様はしぶとい。まだまだ微妙な胎動は感じているが、まだ形にはならない。さて、これからどう動くのかは、まったくの未知数。そこが、楽しみでもあり、不安でもある。

Img_6752_2 というわけで(どういうわけ?)、今夜は、『年忘れ、紅白ダンス歌合戦』に行った。三条木屋町にあるUrBANGUILDというライブハウス。ぼくも、ここは1年ぶり。昨年の12月にキセルとべーちゃんを、ここで聴いて以来。

 ぼくがこれを知ったのは、偶然。なんなとくちょっとした知人繫がりだ。こんなのが絶対に好きだと思ったO夫妻を誘ったら、こちらは知人が出演者だったり、友達にも出会って、一緒に飲んだりして、大いに盛り上がった。Img_6739_2

 ただし、年忘れというのなら、せいぜいおバカなほうがいい。しかし、おバカ度は、いま一つの感があった。きっと、MCがうまくなかったせいもあろう。その点、ぼくには年忘れというには、少しインパクトにかけたかなー。

 でも、うたい文句だった、「金粉ダンス、バーレスクダンスに、コンテンポラリーダンス、そしてファイヤーダンスと、様々なスタイルのダンサーが演歌に歌謡曲、ロック、K-POPまで色んなメッセージや情景の詰まった音楽で踊る身体の祭典。ライブ感溢れる年末のエンターテイメント」は、3時間堪能することができた。もっとも紅白とは、ステージが紅白の幕というだけで、別に紅白歌合戦とは、まったく無関係。

Img_6743_2 相手はプロなので、肖像写真をブログにはあげないのがマナーなので、ライブハウスの雰囲気だけでも、少しどうぞ。

 最後は、大震災を追悼して、ステージもフロアも、スタッフも全員が、ひとつの輪になって、波動を伝播した。これも、絆。確かに繫がり感は、力(エネルギー)になる。孤立ほど空しいものはない。一瞬でも、一体感がうまれたのかもしれない。それはそれですばらしいことだ。しかし、そこを押さえた上で、最近の何を見ても、聴いても、「ひとりではない。家族や仲間の絆」。それこそが善、正義だといわんばかりに強調されてくると、どうも引いてしまう。この脅迫的な同調圧力のほうが、脅威ではないのかな。

 独りの何が悪いの? 所詮、人生は孤独だ。ひとり、ひとりなのである。独り生まれて、独り死ぬ。その事実を、しっかり押さえないと、ほんとうの個と個の繫がりも生まれないのではないか。この「独り」にこそ、真の強さがある。同時に、絶対的に無力で脆弱なのだ。

 だからこそ、阿弥陀様の本願も、大宇宙の孤児であるこの私の孤独な業魂にかかっているのだ。

 まあ、別にそんなことを考えながら、飲んでたわけじゃないけどね。

 午前様になって、寒い中、自転車を漕いでたら、頭麻痺したのかもね。

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『友川カズキ~花々の過失~』

 今夜の京都は寒い。

Img_3911 夕食後、京都みなみ会館へ、レイトショーで映画を1本。 『友川カズキ~花々の過失~』を観る。

 出演者、友川カズキの舞台あいさつがあるのだ。それでも、こんな寒い中で、外から並ぶのはゴメンなので、自力整体の前に整理券をもらいに寄ったら、なんと、3番。昨年の2月の前野健太のミニ・ライブ付の映画も、やはり3番だったなー。
http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-a6ff.html

101127hanabana 前野は若造だったが、友川はすでに還暦を迎えた親爺。シンガーというより、詩人であり、画家であり、俳優であり、酔どれの哲学者であり、アーティスであり、今日の日本では数少ない虚構の世界に生きる真の表現者といっていい。中原中也の「骨」に衝撃を受けて、上京後に詩人となり、ボブ・ディランなどのフォークの影響でシンガーとなった。スマートで、クール、おしゃれな今日の世の中にあっては、東北なまりの影響もあろだろうが、鉈のような鈍器の切れ味、重厚さは、時代の空気とは対極だ。だから、なかなか一般には受容されずらいものがあるだろうが、逆に、コアなファンも多くて、中年の男性が多かった。

 映画は、フランス人のヴィンセント・ムーンが、2週間の密着の旅で、切り取った彼の世界観を映像にしている。監督は、すこぶる謙虚で、植物のようなインテリでありながら、たいへんな頑固な人だったという。友川本人も言っていたが、映像はジム・ジャームッシュぽくもある。友川の叫びのような、荒いモノクロのザラザラとして手触り感のある映像が画面を引き締めるが、けっして冷たくはなくて、一肌のもつ温かを伝える映像だった。そこには、監督と被写体との絶妙な距離感があったという。

 舞台あいさつも、質疑を含めて30分以上あった。初めてみた本人は、シャイな人なのだろう。でも、アルコールのせいか、すごく饒舌で、ジョークを交えながら会話が続いた。ちょうど、異色の経歴で芥川賞授賞とり時の人となった西村賢太を絶讃する話が出ていた。以前から、彼の批評や本の後記の解説文を書いているそうだが、「今後、天から金が降ってきたので、きっと高級な風俗にも行くようになる。これからの作品はダメになるでしょう」ななどいう冗談も、けっこう面白かった。なかなか魅力的な親爺だ。
  終了後、ロビーでCDや詩集の購入者へのサイン会。金のため、競輪のテラ銭のためだと本人は言っていたが、人を殴こるとなく、無頼詩人が社交的にサインに応じていた。ほんとうはすごい常識人なのだろう。たぶん、世の中に、建前や格好ばかりのニセの常識人が多いということか。

こんな時代が大嫌いなんだ。
私は永遠に唾をはく。
自分にかかってもいいんだよ。  友川カヅキ

 

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キセル×ベートルズのライブ

201012182

 今夜は、キセル × ベートルズこと、ベーちゃんのライブに、アバンギルドというライブハウスへ。子供は、3階に預けて、連れ合いと二人で出かけるのは、ほんとうに久しぶりだ。二人だけで、夜のライブやコンサートに行くのは(それぞれ単独ではあるが)、子供が生まれ前のことなので、たぶん、11、12年ぶりじゃないかな。年末の三条や木屋町は、忘年会やクリスマスも近いこともあって、かなりのにぎわいだった。

 三条木屋町のここは初めて入る。キセルは人気があって、すでにソールド・アウト。1時間前OPENだったので、Img_3440その時間に着いていたが、すでに3階から1階の出口まで列が出来ていた。並んでいる間に顔見知り人も発見。べーちゃんにチケットを取ってもらったので、かなり安く入れたし、狭いスペースでも座ることができた。:けっこう、フードもおいしかった。客層は、ほとんど若い人で女性が多い。明らかにキセルのファン。たまに、中年の人が混じっているが、ぼくたちも含めImg_3438て、ベーちゃんの知り合いという感じだ。

 宇治出身の兄弟ユニットのキセルのことは、コーダルオンで教えてもらって、CDを聴いていた。ここでもライブがあった。でも、ぼくの周りで、彼らのことを知っている人にはあまりいない。まあ、ぼくImg_3439だって同じようなものだけれど、きっと若い人の方が知っているのだろう。

 混雑していたが、始まる前には、べーちゃんにもあいさつできた。ステージにあがると、彼女は、また違った雰囲気。いいなー。1時間タップリ歌って、そのあとは、キセル。ライブハウスのハコで聴くのは、CDとはまた一味違って、ライブ感を十分楽しめた。

 アンコールでは、ジョイントもあった。

 ライブで聴くべーちゃん。存在感のある雰囲気を醸しだしていた。

 演奏中は撮影NGなので、ほかのライブの映像を。

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