カテゴリー「書籍・雑誌」の51件の記事

『いしぶみ』

Img_5452  平和公園にいった目的の一つは、本川沿いに建つ「いしぶみ」にお参りしたかったからである。

 先日、『いしぶみ』という映画をみた。是枝裕和監督の作品で、女優の綾瀬はるかが主演して、演劇的なセットの中で、「いしぶみ」を朗読Img_5464するのがメーンで、その合間に、登場人物の家族や遺族を、池上彰が訪問してインタビューするというシンプルな構成だ。

Img_5463_2  空襲に備えた建物疎開で、空き地を後片付けの作業のために、集合していた、広島二中の321名の生徒と4名の教師たちの頭上で、原子爆弾が炸裂する。即死者やImg_5461不明者も多数いるが、重体の体で自力で自宅戻ったり、子供を探す父母たちと再会した者たちの最期の姿が、それまで日記や遺族の証言などでに克明に描いている。

 Img_5448_272年たってなお、戦争や原爆の悲惨さと、親子(家族)の絆の深さが、リアルに伝わってきて、何度か目頭を押さえた。平和記念館に展示されていた原爆でボロボロになっている「制服」の、その持ち主であった中学生の弟(の遺体)を発見するまでのことを、その遺族(兄さん)が語っているシーンと、その実際の制服を前に胸が痛んだ。

Img_5523  10万人以上の名もなき犠牲があるのではない。その一人一人に名があり、それまでの人生があり、そして家族があったことを改めて教えられた。

  映画は、リメーク放送である。もともとは、女優の杉村春子が朗読して、1969年に広島テレビで放送され、それが、翌年、ポプラ社から出版されている。それらを参考にしながら、今回、新たに映像化されたのである。

 いまだに、ぼくの本棚にも「いしぶみ」がある。発刊当時のものだ。小学校の高学年だったぼくに、I先生がくださったもので、いまでも大事にしている。

 映画をきっかけに何十年ぶりかに読み直した。子供の時とは違って、いまは完全に親の目線で読むことになって涙を禁じえない。

 

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親鸞『西方指南抄』現代語訳

相愛大学名誉教授の新井俊一先生の 親鸞聖人の『西方指南抄』の講義。発行されたばかりの親鸞『西方指南抄』現代語訳が、テキストである。

51gtrxxnzyl__sx338_bo1204203200_『西方指南抄』は、法然聖人の法語や消息(手紙)、行状記を、親鸞聖人が集録した書で、三重の専修寺に伝わるものが、聖人の八十四歳の直筆として国宝に指定れている。このブログでも触れたが、法然聖人は、その華々しい活躍や著述に比べて、直筆が極めて少ない御方である。

http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-6dc3.html

   お弟子による法然聖人の言行録は、たとえば『漢語燈録』や『和語燈録』など多数があるが、本書は現存するものとしては、そのどれよりも古く、またこの書にのみ集録されものもあって、きわめて貴重なものである。

 しかし、親鸞聖人の直筆があるのに、「真宗聖教全書」第二巻・宗祖部(親鸞聖人の著述)からも外れ、本願寺の「浄土真宗聖典」にも集録されておらず、『漢語燈録』や『和語燈録』と同じ扱いで、「真宗聖教全書」第四巻(拾遺部)に収録されている。つまり、真宗の立場からみると、親鸞聖人の著述というより、法然聖人の言行録として傍流の聖教という立場におかれている。ならば、浄土宗からは高い評価があるか。というと、あくまでも、親鸞が浄土真宗の立場で集めたものとして、端に追いやられているというのが、現状だそうだ。

 また、この書は、三巻(それぞれ上下があるので、六巻とも見える)あるが、各巻の奥書の乱れなどから、親鸞聖人が直接、編集したものではなく、もともとあった別の本を底本として転写したのではないかという説が有力であったりもした。今日では、その矛盾を説明する説も出され、親鸞編集説が有力になっている。確かな意図をもっとて聖人が編纂されたのは確実ではないだろうか。
 
 平安浄土教から鎌倉時代の親鸞聖人の浄土真宗に至るまで、その継承され展開された歩みを考えるとき、平安末期の法然聖人の果たされた役割は計れ知れないほど重大である。法然さまと親鸞さまの教えでは、一見、異なるような思想(臨終来迎と平生業成とか、一願建立と五願開示とか)もあるが、実は、すでに法然聖人の中にその萌芽がみることができるのであって、その点を味わう上でも、本書の役割は大きいというのである。第一、聖人自身は、法然聖人のみ教えをそのまま継承されていると味わっておられるのであって、その広大な祖師のご恩徳に報いるためにこの書を編纂されたのであろうから、それも当然であろう。

 じっくり読ませていただこう。
 皆様にもお勧めします。

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『カール・ロジャーズ』

 3年間かけて、ブライアント・ソーン著の『カール・ロジャーズ』を味読してきた。監訳者の諸富先生によると、本著は、世界でもっともよく読まれているカール・ロジャーズのそしてクライエント中心療法に関する入門書であり、本書によって、ロジャーズのエッセンスが正しく理解されることを願って刊行されたという。幸い、研究会には、本著の翻訳者の皆さんと一緒に、イギリスでブライアント・ソーン氏のワークショップに参加された方も参加いただけた。

が、入門書というものの、けっしてやさしいものではない。翻訳のせいなのか、かなりわかりづらい表現も多いので、読みこなすのに苦労した。また、ロジャーズの言葉と、著者の見解が入り交じっているので、ロジャーズが言っているか、ソーン氏が言っているのかが、わかりずらい個所が多かった。それに、1冊の中に、ロジャーズの個人史、理論の概観、実績と、その影響、そして批判に、その批判に対する反論が収めているので(これだけ多岐にわたると仕方ないことだが)、総花的になって、読む側にすると説明不足でよく分からないという思いが強く残ってしまった。特に、本書を選んだのは、晩年のスピリチュアルな側面にこそ、ロジャーズの理論や実践の核心があるという視点に、興味をもったが、正直、そこが一番わかりずらかった。

 その中で、個人的には、第1章のロジャーズの生涯を追うことで、ロジャーズ自身が、真に自己自身になっていくプロセスは、一緒に彼と人生を旅をしているかのようで、ある種、感動的でもあった。

 5月からは、西光先生の本を予定している。

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『阿闍世のすべて』~悪人成仏の思想史~

 本の贈呈を受ける。

『阿闍世のすべて』~悪人成仏の思想史~

http://www.hozokan.co.jp/cgi-bin/hzblog/sfs6_diary/1699_1.jpg

http://www.bukkyosho.gr.jp/main.aspx

  大学時代の友人が、法蔵館から出版した。卒業から30年。住職や布教で活躍しながら、毎年、数回にわたって学会で研究発表をし、このような成果があらわれたことに、敬服し、刺激も受けている。

 オビは、やはり同級生のS氏が書いている。法蔵館の編集担当は、華光でもお世話になり、同じように真宗カウンセリングを学んだW氏。

 大乗経典だけでなく、原始経典の『沙門果経』や、律蔵の各種経典に説かれた阿闍世の物語を変遷について触れられた専門的な書籍ではあるが、関心のある方にお勧めです。

 

 

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生きるとは出会いである

 『カール・ロジャーズ』の月例輪読会。今月は、『我と汝』で有名な、哲学者マルティン・ブーバーなどの、カール・ロジャーズへの臨床実践に対する批判部分を読む。

 ブーバーは、「生きるとは出会いであり、救済は、個を讃えることの中にあるのでもなければ、集団を讃えることの中にあるのでもない。それは関係性という開かれた対話の中にある」という命題を提示しているという。

 ロジャーズにとっては、もっとも親近感のある格好の相手のように思える。ところが、ロジャーズが、カウンセリングの最中に、「我と汝の出会い」が可能になる瞬間があるんだというのに対して、ブーバーは、カウンセラーとクライエントという役割がある以上、両者の対等ではありえないのだという治療関係のところでの指摘で批判していて、せっかくの対話がかみ合わなかったという。

 つまり、ブーバーは、一つは、「治療的な関係における力関係の土台」について疑問なをなげかけ、さらに、「真の相互性」にしっかりと根づいていない個人の生成の過程について深刻な疑念を表明していると指摘される。そして、ロジャーズへの臨床実践への批判の多くは、どちからの原因にあると、その具体例が挙げられていく。

 ぼくには、それらの批判は、案外、的を得たものにも思えた。それだからこそ、逆に、ロジャーズの治療の核心が、批判を通して明かになるようにも思えて、面白かった。

 おかげで、久しぶりに、「我と汝の出会い」という言葉を噛みしめている。特に、「生きるとは出会い」というのところ、しびれるな~。
  で、ほんとうにぼくは、人間として出会っているのだろうか。いろいろな場面を振り返りながら、さまざまな味わいをさせてもらった。同時に、阿弥陀様とはどこで、どう出会わせてもらったのかも、深く味わわせていただいている。法話が一つ出来上がったな。

 ところで、今では、マルティン・ブーバーとカール・ロジャーズとの対談は、『ブーバー-ロジャーズ-対話』として、詳細な註釈と解説が入った新版が日本語訳として出ている。「真のコミニケーションとは何か」とオビのキャッチにある。普通、この手の対談は読み物として編集がほどこされるが、これはミニカンの逐語録のように、「あー」「えー、えー」(沈黙10秒)などと、うなづきや言いよどみ、相槌や沈黙も含めた完全な逐語録で、下段には、不明な訳語にも詳細な註釈がつき、これまでの版の違いまで詳細に示されていて、本文よりも下段の註釈の方が詳しくて、かつ勉強になる。お互いの出会いから対談の中での、変化やプロセスを知るという点で、これだけの詳細さも意味はあって、興味を引かれる。
 ただし、正直、専門的すぎるというか、あまりにも細かすぎ、繁雑すぎて、読む気になれないという難点がある。個人的にば実際に手にとって、読む気になるようなら、購入されればと思いますね。
        

 

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体験的一歩

 今年のお正月は、いつものように映画に加えて、最近では珍しく読書にも時間を費やした。

 新しい本ではなく、昨年読んだり、これまで読みかけていた本のページをパラパラめくっては、アイダーラインや付箋がついてある場所、気になった箇所を読み返したりをした。まあ、ザーと眺めるだけなのだが、これがけっこう面白かった。以前、途中で挫折してた袴田憲昭著『本覚思想批判』、セイモン・イングス著『見る』~眼の誕生はわたしたちをどう変えたのか~(著者の好奇心のすごさ、博覧強記ぶりには脱帽)、そして、野口晴哉著『風邪の効用』と三枝誠著『整体的生活術』(本音のみで書かれた、歯切れのよさは最高。善男善女の恐ろしさと、悪人のすすめが面白い)と、興味深く読んで印象深かった、池見陽著『僕のフォーカシング=カウンセリング』だ。

 特に、最後の池見先生のものは、いまの僕自身の関心事もっともフィットするもので、いわば、痒いところにビッタリ届くような画期的な書物だ。その文体といい、着眼点といい、カウンセリングのライブ感(アドリブ感)というか、もっとも言葉にしずらい、「その人なり」の直感的ものも含めたパーソナリティーの部分を惜しげもなく表明された、実践的な書物だ。

 あちこちにアンダーラインや付箋を張り付けているのだが、それでも、読み落としている箇所に、ハッとした。

 人は自分が感じていることの中で、今まではっきりわらかなかっこと--これをインプリシットな側面という--がわかってくるとき、〈ああ、わかった!〉といった興奮を体験する。この体験は理論用語で〈体験的一歩〉と呼ばれ、フォーカシングの実践用語では、〈フェルトシフト〉と呼ばれている。

 こうして、フォカサーの中で、「新しい体験の側面が動きはじめている。それは、新しい気持ち、というばかりでなく、新しい生き方、あり方にも関係している」

 明白なものの周辺にはグジャグジャ、モゾモゾと流れ、すでにカラダでは感じられてはいるけれども、まだ意識として明確になっていない感じに焦点があたり、意識化され、名付けがなされて、体験と、意識と、言葉がピッタリとした、「あ、わかった!」という気付き体験、つまり「フェルトシフト」を指しているのだろうけど、このような気付きが、理論用語で、「体験的一歩」と名付けされていることを、すっかり読み逃していたことである。

 「一歩出る」-仏法では、常々お聞かせに預かる言葉であるが、これは単なる一歩ではなく、身も心もかかった「体験的一歩」であり、単なる気持ちの持ち方といった慰めではなく、新しい生き方、在り方の動きの始まりとなるものだ。いくら、正しい言葉を並べ、口では納得しても、この「体験的一歩」の踏み出したがないと、前には進んでいかないのである。

 「体験的一歩」。こんなぴったりした用語があったんだなー。

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ワークで気づき、想ったこと

 今回の仏青研修会。全体の自己紹介のあと、メンバーのひとりが、からだを使った「抵抗」というワークを教えてくれた。アレクサンダー・テクニークをヒントにしたものだ。

 簡単に示すと、4人組で、ひとりがインストラクター役(D)で、真ん中の人(A)がメーン。そのAを中心に、左右に配された人(BとC)が、Aがいま抱えている二つの問題である。3名が、横並びに距離を置いて、等間隔で立っている。

  まず、Aは自分が抱えている問題をイメージして、BとCに配当する。そして、Dの指示のもとに、徐々に、BとCは真ん中のAに近づいていく。徐々に近づく度に、DからAへ、からだの変化に対する気づきへの問いかけがある。そのあと、問題は両方が押し寄せてきて、触れるか触れないかあたりまでくる。そのあと、問題がAに触れて押していく。その力はだんだんと大きくなり、Aもその問題に負けずに押し返し、その力が最大になった時に、Dの合図で、Aは思い切って脱力してみるのである。

  実際に見てみないと伝わりづらいだろうが、Aを体験してこんなことを感じた。いま、自分が抱えている問題との距離が遠く(2Mぐらい)離れているときは、なんとも思わない。ところが、距離がある内はなんともなかった問題が、徐々に近づき1Mを切り、50㎝ぐらいになると、手のあたりが重くなったり、肩に力が入ってくのがよく分かった。気分も悪くなる。問題の気配に圧倒され、こころはわざわざして、負けずにこちらも力が入ってくるのである。特に、問題が触れるか触れないかあたりで止まったときの圧迫感で、不安は最高潮に達した。まだ問題に触れていないのに、圧倒されそうな緊張感である。

 ところがである。今度は、問題が身に押しつけられてくると、むしろ接しているという安心感みたいものが生まれてきた。ワークなので、相手は人。服越しでもその人のぬくもりや柔らかさみたいなものが、同時に感じられたからである。ちょっとした押し蔵まんじゅうのようになると、圧迫感より、今度は心地よさを感じるようになったことが、なんとも不思議だった。実際の圧迫のほうが、精神的な圧迫よりも楽ということがあるのかもしれない。そして、最後に脱力し、無駄な抵抗をやめておまかせしてみる感じも味わってみたりもした。これも、なかなか心地よい。

 しかも、それはぼくだけの感じというより、異口同音に同じような感想が多かった。もともとは、無意識に身体が、長年のクセとして身につけている緊張や力みに対して気づき、その無駄な力を抜いて、もともとの自然体で立ってみるということを促すものであろう。無意識におこなっているからだのクセが、こころのクセとなり、人生のあらゆる場面でも同じようなクセになって現れていくのだろう。

 それが、いま臨床哲学の鷲田清一氏と河合隼雄氏の対談集(『臨床とことば』)を読んでいたのだが、そこに、鷲田氏が、いま心をヒリヒリさせている人、あるいは不安神経症の人とのリハビリなどで、「触れるか触れないかぐらいで、他人にふっと体を触れるのがいちばんこわい」んだという指摘を読んで、なるほどと納得させられた。

 これは問題だけでなく、人間関係やあらゆる場面でもそうだ。完全に距離があれば問題ないし(というより問題にならない)、逆にしっかりと触れて密着している関係も(それはそれで別の問題は生まれるが、安心感はある)だろうが、中途半端で、いま関わりがあるのかないのか、繋がっているのか繋がっていないのかが、分からない時に、いちばん不安や脅威を感じるようである。

 たとえば列車やお店の座席で、まったく見も知らない他人が座っている時(完全なアカの他人)、真横に家族や親友が座っている時(身内)、それらと比べて中途半端に知人(いわゆる世間やな)と一緒に座った時はどうか。それぞれの関係によって心境は異なるだろうが、知人を横にした時ほど、妙に気疲れするなと思ったりもした。

 いまの私達が、人間関係の距離感、孤独や不安で悩まされているが、ひとりになることの恐怖で誰か常に触れ繋がっていたいと(意識的にも、無意識にでも)願っているが、それでいてしっかりと飛び込んで触れ合うのも、また怖かったり、煩わしかったりしている。それで、どんな人とも、またはどんな問題とも、常に触れるか触れないかあたりで留まってしまって、結局、宙ぶらりん状態でいる。それは居心地がよさそうで、実はますます見えない不安を募らせているのかもしれない。

 もともとのワークの意図とは異なるかもしれないが、からだを使っていろいろと味わわせてもらった。

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『たましいのケア』~病む人のかたわらに~

 東京への車中、『たましいのケア』~病む人のかたわらに~を読む。藤井理恵、藤井美和氏の共著なのだか、二人は双子の姉妹。おひとりは、キリスト教病院のチャプレン(病院牧師)、もうおひとりは、「死生学」を教える大学教授、共に敬虔なクリスチャンで、キリスト教の精神に基づくたましいのケアの実践家である。
 たまたま、今月の初めに新聞のインタピュー記事を読んで感銘を受けたからだ。

0955 大きく2部構成で、前半は、病院牧師としての実践の立場から、病む人、死に行く人のかたわらにいるとはどういうことかが、具体例に即しながら語られていく。後半は、若い学生たちに「死生学」を教える立場からの、たましいのケアについてである。後半の著者である藤井美和氏は、好調な人生を歩みながら、突然、28歳で原因不明の難病に倒れ、生死を境の中で、「何のために自分は生きてきたのか。何か人のため、家族のためになしたのか。何も出来ていない」という思いが湧き、もしそのまま死んでいたなら、ただ「”人は究極の状況で、自分の生き方を問われるのだ。後悔しても遅いのだ”というとこだけを学んで死んだ」との思いから、「あんなに自分の人生に満足していたと思っていたのに、実は自分のことは自分かいちばんわかっていると思っていたのに、本当はちっとも分かっていなかった」という驚きを契機にして、その後、長い苦しいリハビリの末に、奇跡的な回復を遂げて、日本ではまだ草分け的な分野の「死生学」を若い人達に教授されている。

 この場合の「たましい」とは、霊性(スピリチュアル)ということ。つまり、人間を、身体的、精神的、社会的、霊的な存在として捉えて、これらが統合されて全人格となるという意味での「たましい」を指している。このわたくしの存在の根底にかかわる問いが立ち上がる時、つまり、死や病、老などの苦に直面した時に、これまでの人生で築き上げてきた身体的、精神的、社会的な拠り所のすべてがはぎ取られ、崩れさっていくときにこそ、ますます顕現されてくるのである。しかも、そうなれば、無防備で、無力で、繊細で、傷つきやすい「たましい」が、いわば裸のままに剥き出しになってくる。誰もが、裸で生まれてきた。しかし、この人生において、いろいろな服や鎧を身につける(それが生きがいだったり、意味だったり、崩れない幸せだと思っていたりするのだが)、結局、死に至る時には、この世で身につけたものすべてが、剥ぎ取られていくのである。

 (大経の三毒段ではないが)まさに地位の高いものも、低いものも、富めるのものも、貧しきものも、知識の有る、無し、家族の有る、無しにかかわらず、すべて独り生まれて、独り死んでいかねばならないのである。

 そんな死を前にしたり、根源的な痛み(スピリチュアル・ペイン)を抱える人を目前に、何をなす事ができるのだろうか。

 ここでは、テクニック(技術)や方法ではなく、晩年に顕著になるロジャーズのカウンセリングアプローチに類似している。クライエントと共に「いること」(プレセンス)そのものの質が問われてくるのであろう。結局、自己自身のスピリチュアルが、相手へと到達し触れていくのである。

 それは、わたくし自身の霊性(スピリチュアル)が問われると共に、わたくしが何に支えられているのかが、問われてくる。この世で身につけてきたものを手放していくとき、目に見えない、形にあわられないものこそが、実は大切になってくる。それを、いかに自分が大切にしてきたか。また自分を支えてくれていたかに気付かせてもらうのである。それには、家族や周囲の人達がかけがえのない存在として肯定されるも意味も大きいが、それだけでは不十分で、そこには人間を超えた、超越的な存在との出会いの重要性が強調されている。

 すべての人に平等に、100%訪れる死であるのに、そのことを意識しながら生きている人は極めて稀である。むしろ先送りしたり、今はなかったことにして生を謳歌しているが、しかし実のところ、死ぬことが意識にあがって、初めてどう生きるのかにほんとうに向き合わざるおえなくなる。「死に方」とは、「生き方」なのであり、生きることを、死ぬことを切り離して考えることはできない。しかもそれは、知識として「わかっている」第三人称の死から、家族や近親者の死である第二人称の死、そして、このわたし自身の死が問題となる第一人称の死と向き合うことでもある。分かっている知識や理屈から、共有し、体験する。

 日常で意識していなくても、死や病、老などの苦に迫られる時、改めてわたし自身が問われてくるのである。

 「何のために生きているのか」という意味が問われ、

 「誰からも愛されていない」という関係が問われ、

 「ここにいることが肯定できない」という存在が問われる。

 このような根源的な苦しさ、つらさに、痛みこそが、わたしの命の質に直結する問題で、そこにどう関わっていくのかを、謙虚で、誠実な語りでありながら、同時に、深い愛に貫かれた強さも感じさせられた。

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慰労会と、『生と死の接点』

 年に1度、お盆にある真宗カウンセリングの世話会。

 世話人会があったり、発送作業をしたりした後で、慰労会を兼ねた会食をしている。年に1度だけ、お会いする人もある。

 今年は、会報の発送作業が間に合わず、食事会だけになった。いImg_2286つもぼくが幹事を務めているが、低予算の、会場を探してくる。だいたいよく利用するお店にするのだが、今年は、イタリアンにした。自力整体の後ではちょくちょく利用し、ランチのパスタはまあまあおいしいが、夜のコースは初めてなので、ちょっと心配だった。
平日なのに、お店は満席で流行っている。予約していたが、2階の掘ゴタツ席は一杯で、1階のテーブル席。アッサジーニ(小皿料理)で、料理の味は悪くなかったし、洒落てはいたが、ちょっと平凡かなーという印象がした。

  ところで、同じ世代、よく似た立場のメンバーのひとりが、最近、住職を継承された。そこで、父親の老の現実、病の現実から起こる家族の抱えている話を聞かせてもらった。ウーン、状況は違うが、人ごとと思えなかった。たまたま、父を歯医者に連れていって、そこで河合隼雄の『生と死の接点』を読んでいて、ちょっと触発されていた。

 成長し、青年期、壮年期に完成されていくであろう発達心理学的視点では、上り坂の人生の前半の頂点に達するまでの上り坂のライフサイクルが中心である。当然、自我形成の上でも、成熟した壮年男子をモデルにした上り坂型の視点のみが是とされる現代社会では、非効率的、非生産的、無駄の代表である老(または老人)は、痴呆や介護など厄介な代物としての地位しか得られていない。そんな傾向は、新しい変化の烈しい、近代社会では、ますます顕著になっている。もちろん、輝かしい「生」にしても、死、もしくは非科学的である死後の世界も排除され、極力避けられて語られるのだが、実は、その死や死後の世界からの視点を欠くかぎり、「生」の真の意味の豊かさや、本来の意義を見いだすことはできないはずである。

 その意味で、人生のライフサイクルにしても、壮年以降の下り坂の、後半ライフサイクルでの、老や、老いた夫婦の有りさま、さらに死(さらには死後の世界も視野にいれた)にどう意味を見いだし、物語っていくのかが、その哲学こそがいま重要になってきている。しかし、近代化の過程で、自然科学の発達した、自我形成に重きを置くことで発達してきた社会では、聖なるものが失われ、全体から繋がりを失した個々が、荒廃として原野にひとり放り出されていている状況で、なかなか家族や夫婦、老いたもの同士の関係に、新たな視点からの意義を見いだすことは、ますます難しくなっている。

 たぶん、老いた両親をどう接するのかは、実は単なる介護という福祉の問題だけでなく、自己自身の生・老・病・死をどう受け入れ、人生の後半をどう位置づけていくのかにかかわる問題だろう。「老」苦もわかっている、「病」苦もわかっている、「死」苦もわかっていると、分かった気になっているのも、常に第三人称のそれであっても、両親という身近な第二人称にしても、ましてや、自分自身の第一人称の老・病・死は、何もわかっていないのだ。

 まさに、ぼく自身がいま直面していること、そのものだった。

  50を前に、後半の人生という視点からみると、いままさに、青年期(思春期)以上の転機、変わり目を向えていると実感するからだ。同時に、これが難しいのは、柔軟に変化が受け入れられなかったり、急激な変化が危機的な状況(本人は無自覚の場合もあろうが)に追い込まれているケースにも、よく接するからだ。

  上り坂の視点からではなく、下り坂の視点から、老・病・死を改めて眺めてみたらどうなるか。いまの私達の社会は、それを構築できないままでいるのだろう。

 まあ、そんな小難しい話はサラッとしただけで、あとはワイワイ楽しんだ。

Img_2290 人数が半分になったが、もう少し、系列店の静かなバーに移って飲み直した。珍しくバーボンで、ワイルド・ターキー。なぜかスコッチよりも相性がいい。
 ここでの話題は、現実的な夫婦の問題へと展開。子育てが終わり、子どもが自立して後での、夫婦二人の世界をプチ疑似体験されたメンバーの体験談。これが、とても面白く聴かせてもらったが、ある意味恐ろしく身につまされた。夫が「もたれこむ」のでもなく、妻が「抱え込み」のでもなく、夫婦は一心同体という共同幻想から覚めしてしまった二人が、どう向き合っていくのか。これも、人生後半の大きなテーマだなー。

 夫婦というものは協力し合うことはできても、理解し合うことは難しいのかもしれない。二人で協力して生きている時、生きることの目標や自分の側の努力などは意識されるとしても、本当は相手がどのように感じ、どのように考えているかを意識していないのかもしれない。安易な一心同体的な了解によって、自分の苦しいときは相手も苦しく、自分の楽しいときは相手も楽しいだろうと思ってしまって、相手の感じている苦楽の質、および、自分との間の質的な差などに思い及びことはまずないのではなかろうか。  『生と死の接点』より

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最近、読んだり、読もうとしている本

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 最近、こんな本を読んでいたり、読み終えたり、読もおとしている。ちょっと簡単に紹介。

1)『「食」は病んでいるのか』~揺らぐ生存の条件~(鷲田清一編著)

 ぼくの子供のときには「食育」という言葉はなかった。どうも馴染み難いこの用語が、いまやすっかり人口に膾炙され、用語として成り立っつまでになった。いまほど、食に対する関心が高く、多様化されていた時代はなかっただろう。しかも、その多くが、危機感である。しかも、それは単なる食の問題ではなく、おおげさにいうならば、人類の滅亡や人間存在にかかわる危機として語られている。それにしても、毎日、毎日、3度、3度(2度の人もあれば、4、5度の人もあろうが)、食という行為ほど不思議なものはない。口から他者(生命)を取り入れ、拒絶反応を起こすことなく、必要な栄養を奪い取り、不要なものを排泄していく。飽きることなく、毎日、毎日、延々と延々と、この生がある限り続く行為である。
 「生きるとは食べること」という鷲田の論考で始まる本書は、食という素材だけななく、食べるという行為そのもの不思議を通して、人間生存のそのものをあぶりだそうとする試みだ。ちょっとそこまで書くとおおげさかも。まあまあでした…。

2)『それでも、日本人は戦争を選んだ』 (加藤陽子著)

 はらほろひれはれさんのブログで見つけたもの。上級(?)の高校生相手にした、加藤陽子先生の講義本。日本が歩んだ近代化の過程での国家間の戦争について、体系的に記述されている。歴史軸が、日本だけでなく、アジアの視点、欧米列強の視点、もちろん、国際情勢の視点を、総合的にたどることで、結局、近代の戦争が何をもたらし、今日の国際社会へと連綿とつながる基本的な原理、原則は何かなど明らかになる。歴史事実の積み重ねだけでなく、その背景にある生身の日本人が受けた傷や衝撃といった、心情や意識にも言及しながらのお話は、なかなか興味津々でありました。

3)『共感覚者の驚くべき日常』~形を味わう人、色を聴く人~
  
(リチャード・E・シトーウィック)

 小さな書評が目に留まり、ネットで中古本を購入。
「共感覚者」とは、「共感」覚者ではなく、「共感覚」者である。共感覚とは、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人にみられる特殊な知覚現象をいう。 例えば、「ものを食べると指先に形を感じる。音を聴くと色が見える」というような、五感が入り混じった人たちである。本書の要約から抜粋すると、「10万人に1人というこの共感覚をもつ人たちは、まったく正常に暮らしており、本人が告白しない限り共感覚者かどうか見分ける方法はない。それどころか、共感覚者は特異な記憶能力を発揮することさえある。また、カンディンスキーやナボコフなど、共感覚のある芸術家も多く、その作品に影響をおよぼしているという。共感覚者の脳のなかでは、いったい何が起きているのだろうか。本書は、共感覚者の脳を研究しはじめた神経科学者が、やがて脳科学最大の謎である「意識」の正体へと迫っていく、たぐいまれな探究の書である」とあった。類まれかどうかは、ぼくには判断出来ないけれど、共感覚者との偶然の出会いから研究が始まり、脳のしくみや感覚認知などについて、ミステリー仕立てに描いこうとされたものであることは確かだ。でも、別に「共感覚」者だといっても、超能力者というわけでないのが、また面白い。話は変わるけどれ、観音菩薩が、なぜ「音を観る」のか。もちろん、これは、「観世音菩薩」のことであり、翻訳の問題もある。仏・菩薩は、悟った共感覚者そのものかもしれないなーー。

4)『ハチはなぜ大量死したのか』(ローワン・ジャイコブセン)

5)『見る』~眼の誕生はわたしたちをどう変えたのか~(サイモン・イングス)

の2冊はこれからの楽しみ。前者は、昨年話題になったもの。後者は、視覚優位の現代社会における、眼と、「見ること」の不思議を探るもので、興味がある。

6)『傾聴術』~ひとりで磨ける「聴く」技術(古宮 昇著)

 悩みの例話に対して、さまざまな私達が行ないそうな応答が示されて、それに対するコメントが出されていく。もし、それだけなら、手にとっただけですぐに棚に戻しただろうが、そこで示されていたケース例が、船岡三郎先生のものだったので心惹かれた。なるほど、傾聴がめざすものが何か、共感的態度とはいかなるなにかが、具体的に示されている。特に、傷つきやすさ、閉じていくものへの寄り添っていくことが、いかにデリケットな問題であるかがわかる。なぜ傾聴することが大切なのか。これについては、先日の研究会でも話した。長くなるのでまた項を改めるが、普段、華光の座談会でおこなわれる質問の類が、いかに「侵入的」な強引なもので、しばしば話し手の心を硬くして、心を閉ざしていくのかがよく分かる。これだけでも、収穫大。

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