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スコール?

 ここ数日、大気が不安定な日が続く。近畿地方は、連日、激しい雷雨に見舞われている。雨は一時だけで、しかも局地的、それでも降れば激しい。

 夕方、散歩に出かける。東寺まで歩いて、蓮を愛でた。

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  妄念のうちより申しいだしける念仏は、濁りに染まぬ蓮のごとくにて、決定往生疑いあるべからず  横川法語

 帰路、もう家まで5、6分のところで雷が鳴りだす。急ぎ足で進むも、大粒の雨が降りだし、突然、雨足が強くなってきた。激しい雷雨。怖くなって軒下で雨宿りするが、横からも雨が入っきて、ずぶ濡れになる。しばらく待っていたが止みそうもない。道路が川のようだ。すでにずぶ濡れなので雨の中を強行突破することにした。傘も役立たない。結局、帰宅して30分ほどで雨は止んだが、まるで南国のスコールのようだった。これも気象変動の一貫なのだろう。

 もうしばらくこの状態が続きそうで、梅雨明けは週明けにあるのだろうか。

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誕生日

 7月4日、アメリカの独立記念日が連れ合いのうん十歳の誕生日だ。
一緒にお祝いをするようになって、7回目。まだ7回目なのか、もう7回目なのかという感じはする。

 カリフォルニアに住むK夫妻から、お祝いメールをいただく。やはり7月4日に絡んで覚えてくださっていたようだ。実家が果樹園という共通のルーツをもっておられて、聞法旅行の時には、北海道の実家に寄ってもらったこともある。

 法座で留守をしていたので、翌日、子供がケーキを造ってくれて、みんなでお祝いをした。

 おめでとう。

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リモート同窓会、いや同僧会か

 2年に一度、大学の同窓会がある。同期入学の真宗学専攻の人達で、完全に同僧会である。今年は、還暦祝いを予ていたが、コロナ感染拡大で、早めに中止が決まった。もし開催されていても、緊急事態が発令中の京都ではアルコールは飲めなかった。

 その代わりに、リモート(zoom)同窓会が開かれることになった。この年代は、ネットに強いものいれば、苦手という方もあるが、20名ほどが集った。ぼくはリモート飲み会は久しぶりだ。昨年の今頃は、珍しさもあって何度か開いていたが、物足りなさもあってほぼやらなくなっていた。

 今回面白かったのは飲む人が多かったことだ。おかげで、酔っぱらいが出てきたら、よく分からない話を聞かされたり、話者が固定してしまったが、リモート飲み会でも、本気で飲まないと面白くない。司会者もなく、また同窓生でも、「初めまして」という方もある。リモートでは話し出すタイミングが難しかった。ブレークタイムなどを使ったりするのも手だなと思いながら、それでも3時間近く付き合ってお開きになった。だいだいはたわいない話だが、中には刺激を受ける話も出たりしていた。

 同じ時間帯、隣室では、連れ合いも先日の劇団公演の打ち上げでをしていてリモート(zoom)飲み会中。例によって、彼女はしっかり酔ってましたが、これが飲み会の正しい姿。

 来年は、ぜひ、リアルで集まりたいものだ。 

 

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長谷寺での衝撃

 朝は土砂降りの雨。五月晴れの季節のはずだが、今年はすでに梅雨入れをしている。史上もっとも早く、平年よりも3週間も早まっている。温暖化の影響なのか、桜といい、梅雨といい、異常気象が常態化しているようだ。

 雨は昼前にはあがった。ここまできたので、近くの室生寺に足を延ばすことにした。が、連れ合いは喪服で、足元が悪い。昼食を食べる場所も閉まっていたので、女高野といわれる室生寺を散策するには条件が悪すぎて、別の機会に譲るとした。道の駅で昼食を済ませて、長谷寺を目指すことにした。

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  観音様の霊場として、また「花の御寺」と呼ばれて、中でも牡丹や石楠花で有名だ。
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  ぼくはこのお寺で忘れならないことがある。
 昭和40年代、まだ小学校にあがるかどうかころだと思うのだが、家族でお参りにきたことがある。その時、門前に、白裝束の数名の男たちがいた。手や足がなかったり、黒眼鏡をかけてアコーディオンやハーモニカの演奏をしながら、物乞いをしていたのである。異様な雰囲気が漂っていた。戦争で負傷した傷痍軍人だというのである。もう50年以上前のことなのに、その異様な光景を覚えている。幼心に何か見てはいけないものに触れた気がしたのだ。同時に哀れに思ったことを父に話すと、父の一言に、さらに衝撃を受けることになるのだ。

 長谷寺のことは覚えていないが、ここで傷痍軍人の物乞いを見たことがこのお寺を印象つけたのである。

 それ以来に訪問なので、50年以上ぶりだ。

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 天武天皇の勅願によるお寺なので、歴史ある古刹である。しかし建物の多くは、近代(明治以降)のものも多く戦後の造営(五重塔)のものもある。

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 仁王門を抜けて↓

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 登廊(のぼりろう)を進んで、本堂へ。この登廊が優雅いい。↓

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 本堂は江戸期に再建されたものだが、14、5年前に国宝に指定された。長谷の舞台として有名で、中には内舞台もある。「大悲閣」とある。↓

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 そのご本尊が有名な、十一面観音菩薩立像で、10メートル以上の迫力がある。↓ 脇士は、難陀龍王と雨宝童子。

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 本長谷寺や五重塔を経由するコースをゆっりく歩いて巡った。↓

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 今回は、なにも衝撃をうけませんでした。

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21歳

 画面越しではなく、リアルに子供のお誕生日をお祝いできたのは6年ぶりになる。

 自分の時とダブらせるが、春には大学の四回生になるころだ。覚えている記憶もチラホラあるが、ほとんど覚えていない。それよりも、その頃の父と同じ年代になったことが感慨深い。そう考えるとずいぶんまだまだ未熟だなーと思えた。

 本人は、ケーキ作りが趣味なので、誕生日ケーキを自分で造ってくれた。逆に、みんながお相伴に預かる。

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 ただロウソクを立てられなかったので、夕御飯の時に、から揚げの上にロウソク立て、もう一度お祝い。

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 翌日は、入学祝いも兼ねて、木屋町沿いのお店で外食した。ここでは、ロウソクではなく花火で、その火を消した。

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 早くも満開を過ぎた桜たったが、まだ十分見頃。夜桜がきれいだった。 

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着付け教室の成果
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お彼岸の夕陽

お彼岸の西に沈む夕陽をカメラに治める。20日のお中日は残念ながら雨だった。真西ではないが、ほぼ真西に近いところに沈む。

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特別な場所ではなく、会館の前の道路に沈む太陽と、近くの公園に沈む太陽。

善導大師は罪を懺悔しながらの日想観を実践されている。最晩年の父も、西に沈む太陽に手を合わせていた。西方は、三光(太陽、月、星)が集所なのである。

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ところで、お彼岸だというのに、もう染井吉野の開花が始まった。京都は、観測史上もっとも早い開花宣言で、今週末には満開になる予定。季節を1ケ月ほど先取った気温が続く予報。西日に桜が輝く。

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今年は、なんかと今月中にお花見を楽しみたい。
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新月断食の日に

 新月の前日、いろいろなことがあった。

 午前中は自力整体教室。月4回から3回になったが、18年間も続く習慣である。

 午後には消防署の査察をがある。念のため事前に会館内の点検し、消防署の職員から指導を受ける。会館の防火責任者でもあるのだ。先日、防火器具の点検での不具合は、来週に交換することになっている。消防署に書類報告も、毎回提出しているここともあって、特に指導もなく無事に終了。

 終わってすぐに佛教大学の講義。10月から再開されているが、対面はなくズームのみ。これも3月で一旦すべて終了する。仏教関係と心理学関係の講義に登録したが、例年以上に多く参加できたのは、リモートのおかげ。今日は、仏教以前のウパニッシャッドでの出家ということについて。最後は、最近のインド事情を現わす、数本のインド映画の紹介。

 その空き時間で、華光誌の最終チェックをする。大半は、昨日済んでいて細かな点を修正する。今週は予期せぬ出来事があったが、夕方には予定通りに印刷所に渡った。封筒も在庫が無くなったのでこちらもデザインを一新し、発注した。ぜひお楽しみに。

 データを渡し終え、夜の映画を観るために京都シネマへ。雨が降っていたので散歩を兼ねて徒歩で。四条烏丸までは45分強かかるが、インタバール走法で強弱をつけながら歩く。ロシア・ウクライナ映画の『DAU. ナターシャ』 を観る。
 ソ連の秘密研究所のレストランのウェイトレスが主人公。延々と続くたわいものない会話。研究所で働くフランス人科学者との生々しいSEX。そして秘密警察による尋問(拷問)によって、密告者に仕立てあげられていくのだが、バイオレレンスと、エロティックな描写、そして、2年間にも渡るセット(ソ連時代の秘密研究所を精密に再現)での生活と撮影という手法も合せて、評価と物議を醸しだした問題作だった。

 新月には1日早いが、明日は法座があるので前倒して、断食をする。昼食も夕食も食べない時間を、アクティブに動くことができた。コロナ禍の中で始まった新しい習慣も、ちょうど1年。月1回で、回数はたった12回だか、自分なりには「よく頑張りました」という感じがする。今日は、次々と用事が続いたので空腹も苦にならなかった。

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顛倒

 昨年は、たいへんご縁の深かった同人のご往生が相次いだ。今年に入っても、先輩同人の厳しい無常のご催促が続いている。

 死苦だけではない。ポリープ除去のために入院するとか、ガンの闘病に入るとか、とにかく病苦の報告も多い。それも近しい同輩となると人事のようには思えないのだ。病苦や老苦がヒシヒシと身近に迫ってきているのである。

 中でも、週始め知らせには驚いた。お世話になってる同人が、脳出血で緊急搬送されたという。しかも、意識不明の危篤状態で、今夜が峠という連絡。1週間前には、会館で、講習会や修繕募金の記念品ことなどの相談したばかりで、その後もメールや電話でやりとりをしていたのだ。

 幸い危機は脱して、今は落ち着いた状態になったと聞いて、安堵はした。今後の回復や容態が気がかりで、元気なお姿でお会いしたいと思っている。

 それにして、「無常、無常」と聞いていても、実際は何も分かってはいない。身近の方の突然の病や死を前にすると、「うかうかできない」と一瞬は思う。しかし、それは、「もう若くないなー。無理せず健康に留意しなければ…」と、自身の健康や今生事に収まり、決して、仏法聴聞、後生の一大事への驚きではない。無常を無常と聞いても、「常」であろうとする。ほんとうに顛倒しているのである。南無阿弥陀仏

 

 

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着物

 連れ合いと娘が、2月から着物の着付け教室に一緒に通いだした。連れ合いは初心者。娘は、自己流では着ることが出来るが、本格的に学びたいという。

 そんな時、ある同人から、長女が着物をいただくことになった。しかも桐タンスごと運搬してくださるという、たいへん有り難いお話である。

 法話会に合せて、第一陣がやってきた。恐縮するしかないが、女性陣は大喜びだ。娘がお正月に着、報恩講での書籍受付でも着たことが因縁となって、とんとんと話が決まったのだ。

 頂く当方は、待ちの姿勢であるが、贈ってくださる側はたいへんだっただろう。品物を一つ一つ点検し、考え、選び、クリニーグに出し、さらに運版の方法を考えてとご苦労がある。きっと処分するほうがもっと楽だったろう。ただせっかくの想いがこもった品をそう簡単には処分できない。それよりも喜んで活用される方があるならば有り難いと、お話をいただいた。

 贈る側がいろいろと考え、考えて、届けてくださったのである。今生事で、また人間の行いなので、簡単には比べられないか、まるで南無阿弥陀仏が、一方的に届けられるようなものである。送れ手の想いや苦労などは、お聞きしないとなかなか分からないのである。

 ありがとうございました。

 

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59歳

 今年もおかげさまで誕生日を迎えることでできた。
 昨年は、じわじわ新型コロナの影が迫ってきていたが、まだそこまでの影響はなかったが、漠とした不安が拡大していたころだ。今年は、緊急事態宣言下であるが、不思議となんと不安感は薄らいでいる。

 5年ぶりに娘がお祝いしてくれた。フラジルにいた時は、帰国にしていも新学期が始まる2月には戻っていたからだ。

 ワインを開けて手巻き寿司を食べた後で、前日から仕込んだショートケーキでお祝いしてくれた。例によって力作である。ありがとう。

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 59歳のローソクを前に、来年は還暦だがまったく信じられない。もうそんな歳になってしまった。現実には老いは迫ってきている。髪の毛、目、歯、泌尿器、そして体力と、からだの衰えや不調からは、年を実感ぜずにはおれなくなっている。まさに「老いるショック」である。

 ではでは、それに見合うような仕事をしているか。と問われるとまだまだ未熟、まったくお恥ずかしい限りである。

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