カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の619件の記事

笹の墓標展示館 全国巡回展の法要

 朝から雨が降っている。着付教室に出かけていた連れ合いを京都駅前で拾って、そのまま二人で本願寺聞法会館に出向いた。

 「北海道・笹の墓標展示館」の全国巡回展の京都会場(本願寺聞法会館)の初日に合せて、追悼法要が営まれる。ぼくも法中として法要に参列。導師が、昔からよく知る信楽ゼミの大先輩である。他に、浄土宗西山派の僧侶がお二人、浄土真宗は本願寺派と大谷派の僧侶が各一名。宗派は違うが共通の経典がある。『阿弥陀経』という話もでたが、呉音と漢音(かんのん)違いがあるので、『重誓偈』(浄土宗は『四誓偈』、大谷派『三誓偈』)が勤まる。表白から始まり粛々と進む。

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 法要の後、しばらく毛利悠先生と歓談。その後、連れ合いがお世話になってきた宗平協(宗教者平和協議会)の方に引き合わせてもらう。聖護院門跡の宮城泰年先生も、今週はここに助っ人にお出でなるのだが、残念ながら今日はお会い。

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 これまで体験することのなかったこと、会うことのない方々の出会いもあって、不思議な気分で帰宅する。

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 夕方、突然の訪問者がある。これまで2度(その方のお父さん(ぼくには父親と同世代の遭った事のない従兄弟)のご往生の時にお世話するご縁)で会ったきりの親戚が訪ねてくる。「ああ、こんな頼みごともあるのね」とまたまた驚いたが、これもなにかのご因縁なのだろうからと引き受ける事にしたが、ほんとうに大丈夫かは不安。まったく予想外のことでかなり驚いた。
 
 そんな気持ちのまま、次女の誕生日に祝いを兼ねて家族で会食する。場所は、親鸞聖人の霊夢の地、六角堂のビルで、エレベーターから六角堂を眺められる。ライトアッされた六角堂を、不思議な気分で眺める。

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 なんか朝から晩まで不思議な1日が終わった。

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姫路での披露宴

 久方ぶりに夫婦で結婚式(披露宴)にお招き頂いた。しかも200名を超える大きな式である。コロナ禍で、披露宴が中止や延期となったニュースをよく聞いたが、今はコロナ対応をしながら大規模な式も行なわれるようになっていた。

 新郎・新婦とも20代前半。新婦は大学卒業を待っての式なので、参列者の大半が20代の若者。新郎側はお寺関係の方が多く、地元のお寺さんや役員さんで顔見知り方ばかりで、懐かしい方との再開もあった。

 連れ合いは、2年間通い続けている着物(着付)教室の成果を発揮して、着付けをして列席することになった。いわば公式戦初デビューだ。でも、それを決定するまでは紆余曲折。決まってからも特訓、特訓の日々で、結構大変だった。稽古も大切だが、実践、本番の席を経験しないと力は付かない。経験こそが自信につながることを、身をもって教えてくれた。

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 ぼくはぼくで、仲人のお隣の主賓席で、両家に向けてのあいさつだと会場で頼まれた。スピーチ依頼はあったけれど、よもやの大役である。新婦は初対面だし、新郎とは、何度か酒を酌み交わすしてはいるが、それほど親しくしている気持ちがない。ほとんどがお父様とのご縁である。とはいっても、その父親のことはよく知っているのかといえば、知っているようで知っていない。そう問うていくと、隣に座っている連れ合いのことが分かっているのか。結局、どれだけ、どけで出会っているのか。表面的なことは言えても芯のところでの出会いである。そして、ご法の上での出会いとなると、新郎との出会いはまだこれからだ。ということで、率直にその思いを述べた。新郎は新郎なりのご法の喜びをもっているし、自分を開きうち出せる力ももった希有な人である。だから、檀家さんたちはその姿を喜び、涙する。が、そご縁を離れた、真の仏法の喜びとなるとどうか。そこのところで出会えたとは思えないので、祝福の席だからこそ率直にそう述べさせてもらった。ぜひ、伴侶を得た節目に、真摯な仏道を歩んでほしい。それ以外に、ぼくが彼に贈る祝福の言葉はなかった。南無阿弥陀仏

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<ホテルから姫路城を臨む>

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あわただしい日々

 あっちこっちと飛び回っていた4日間が過ぎたが、華光誌発送の準備がある。月末に発行を控えているからだ。朝、ご示談の申し入れがある。自分が安心したいだけじゃないのかと思ったが、「それだけではない。今度は仏様から押し出されている」とのこと。午後一番で、納車の約束があったので、夕方から受けることにした。こちらにお出でになると思っていたら、ZOOMがいいという。まあ、この時点でこちらの意欲は少し萎えてきた。でも、ご示談の内容は有り難かった。詳細は述べないが、こうして自分の心に捕らわれて迷っていくのだなー。仰せや教えを、都合よく持ちかえ、解釈していく迷いの恐ろしい姿を、これでもか、これでもかというほど見せていただいた。ほんとうにお芝居をして、自力の執心の根強さを、私にご教示くださっているかのようだ。
 9月は慌ただしく過ぎていた。高山法座の後も、新車の納入にご示談、そして、水曜日の「華光誌輪読法座」、木曜日の「80-4号の華光誌」の発送作業、そして金曜日は年度末(9月末)の〆日と行事や事務作業が続いた。

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再開します(たぶん)

 8月はブログを全休した。

 9月に入っても休み癖が治らず、もう月末だ。7月下旬からなので、2ケ月も休んでことになる。

とにかくいろいろとあった。
 8月は、通常の法座に加えて、仏の子供大会と、お盆参り、広島での真宗カウンセリグWSと、いつもとは違う行事もある。子供大会は1日だけになったのは残念だった。また、2泊3日の真宗カウンセリグWSも2日間、通いのWSで短縮開催となった。一方で、父の七周忌があったり、北陸での寺院布教があったりもした。聖典講座も夏休みをしなかった。

 7月下旬、劇団の仕事から戻ってきた連れ合いが、新型コロナに感染した。発熱外来を探すのも、保健所に連絡するのも大変だったようだ。何より4日間はかなり苦しんでいたが、5日目に入ると、霧が晴れたように回復はした。それでも規定どうり11日の隔離というか、自宅療養は続けた。接触をさけ、動線も分けたりと、日ごろとは違う場所での食事や生活で、こちらも結構、煩わしかった。それが終わって日常が回復したと思ったら、大学のサークル合宿から戻ってきた娘も感染、次の自宅療養が始まった。ただ今度は、前の経験が生きて、生活はある程度、変わらず過ごせた。ただ後半は食事や洗濯などの世話があって、身動きがとりずらかった。幸いなことに二人とも後遺症もなく、すぐに元気に過ごしている。

 そんな話題も随分過去のことになった。

 9月も、福岡での九州支部法座、コロナの影響を受けた大阪法座、広島支部法座とあって、特別講演会、奈良の寺院布教、高山法座と続いた。何よりも特別講演会は事前の準備も大変だったが、その分、内容も濃厚な集いとなった。9月は華光誌もあってが、これも無事に乗り越えた。

 ということで、ぼちぼちでも再開して行こうと思います。

 

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「笹の墓標展示館」全国巡回展・準備会合

  会合(会議)に出席のために本願寺聞法会館へ。夫婦連名で案内が届いたが、連れ合いには外せない用事があり、ぼく一人で出席。北海道深川市の殿平先生から「これが最後の仕事になります」とのコメントが添えてある。高校時代からお世話になり続けている連れ合いが黙っているわけはない。ぼくは、その後、真宗カウンセリング研究会の月例会の担当があったので、それまでの時間参加することにした。

~強制労働犠牲者の史実を伝える~
「北海道・笹の墓標展示館」全国巡回展(大阪・京都)

の京都会場の最初の会議である。午前中は大阪の津村別院で、午後からは本願寺の聞法会館へ移動しての会議だったらしい。会場では、殿平先生を囲んで、若い皆さんが具体的な展示の相談中。どうやら全国巡回展の中心メンバーらしい。まったく何のことか分からないまま、場違いな場にいる居心地の悪さもあった。会議室に移動すると、信楽ゼミの先輩の顔があって安心。この巡回展の経緯と、実行委員の自己紹介などを通して、この集いの意図も具体的に理解できた。

日頃お会いすることの無いような多種多様な方々が集まっておられる。出版社に、宗教新聞の関係者、大学の先生方に、各種協議会の役員、そして実行委員として実働されるのは、主に在日韓国・朝鮮人で、笹の墓標展示館でのWS経験者や、そして市民活動家の皆さんなどで、濃淡はあっても、笹の墓標展示館や殿平先生とつながりのある方だった。
北海道朱鞠内湖の湖畔に立つ「笹の墓標展示館」(旧光顕寺)は、大雪の重りで破損し、また出火によって全焼してしまった。その再建のために募金活動が始まったが、そのPRの一貫で、すでに全国巡回展が始まっていて、9月に大阪、10月に京都である会合の準備、実行委員に手を挙げて方が集っておられたのだ。残念ながら、その後の懇親会は、月例会のために欠席。逆に、会議は欠席した連れ合いは、入れ代わって懇親会から出席することになった。
 
ところで、2017年の聞法旅行では、「笹の墓標展示館」も含めて、現地でのWSを行なっているのは、以下のブログに書いているので、ぜひご参照ください。you tubuの映像の解説がよくわかります。

北海道聞法旅行(5)~笹の墓標~: かりもんの実践的!真宗法座論 (cocolog-nifty.com)

北海道聞法旅行(6)~白骨ならぬ黒骨~: かりもんの実践的!真宗法座論 (cocolog-nifty.com)

日頃のぼくにはない集まりで、これもご縁があってのこと、できることがあればお手伝いさせてもらいたい。いろいろな意味で刺激を受けました。

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突破口

 とにかくブログが滞っている。

 昔のように小まめにかけていない。一カ月に31日連続ということもあったのが、ウソのようだ。せめて法座くらいはきっちり報告したい思っているのに、なかなか進まない。 いい加減なことは書けないし、あれもこれも書きたいと思うばかりで、結局、遅れに遅れて、7月に入りやっと6月のことを書くという有様。その6月分も中途半端のうちに、7月も27日になっている。

 最近は、こんな繰り返しが続いて、頭では分かっていても、なかなか進まないのである。結局、何も間に合わないまま人生を終えていくのだろう。でも、何か間に合わせたり、意味を見いださなくてよくなった分、それはそれで気楽で、有り難いこと。それを突き詰めてると、キッパリと止めてしまってもいいのだろうが、煮え切らない。ここにまだ執着があるのだろう。わかちゃいるけど、やめらない。

 こんな愚痴を書くと、不思議と前に進むのも同じパターン。

 

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今月2度目の新月断食

 新月断食を初めて2年以上が経過したが、初めて一ケ月に、新月が2度ある月となった。永代経法要の前日の5月1日と、真宗法座の集いの翌日の5月30日だ。月の満ち欠けは28日周期なので、そんな月もあるのは当然なのだか、1月の2度目の断食となった。カレンダーを調べてみると、今年は1年で13回の新月がある年だった。明治時代、これまでの太陰暦から太陽暦に変わったのは、1年が13ケ月あって月給を13回支支払わねばならない前に、太陽暦の毎年12回に切り替わったという説をどこで聞いたことがある。真偽を確かめたことはないが、もし太陰暦なら、今年は13ケ月(閏月)の年ということになる。

 さて新月断食の方は、法座の翌日ということで疲れていて、いい休養になった。華光会館でも久しぶりに懇親会をもったこともあって、結構、飲みすぎた。おかげで、あまり苦にならない断食日でした。

 

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春を感じる

 散歩。鴨川沿い歩くと、すっかりサクラは散っていて、菜の花が咲き誇っていた。川面に光が輝き、初夏を思わされる陽気。

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送別会&歓迎会

 自分は元気であっても、身近に「まさか」ということが起こると、いろいろとたいへんになる。華光誌が発送され、新年度の4月が始まった。Iさんも退職されたタイミングで、事務所にトラベルが起こったのだ。お別れから、3日も立たないのに、無理を言って、Iさんに助っ人を頼むことになった。こんなに早く、手伝ってもらわねばならない事態になるとは、予想外だ。やりくりをしてTさん復帰まで、何度か顔をだしてくださり、大いに助かった。

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 今日は、コロナで延期になっていた日曜礼拝の先生方の歓迎会と送別会を一緒に開くことになっていた。送別があったばかりなのに、3日後に手伝ったもらうことになるとは思わなかったが、、、。

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 寺町二条にあるプションは、20年数年からよく使うビストロだが、リーズナブルなお店で人気があり、予約が取りづらい。今夜も満席で、予約のない常連客が断れていた。


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 帰路、二条から下って木屋町通を歩く。もう染井吉野は川面で華筏になっていた。

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 このあたりは、幕末の歴史の舞台でもある。木屋町の付近は風情がある。
 人出はもどりつつあるが、まだ以前のようなにぎやかさはなかった。

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町内会一斉清掃が法話のネタ

 朝から、町内会一斉清掃である。年4度ある南区全体の清掃日であるが、この町内では、ほぼほぼ役員や世話役(組長・班長)しか出席しない。朝から法座があったが、京都に居たので参加出来た。10時までには終わるので、行事には差し支えなかった。

 いかに世間のつきあいというのが、うわべの世間体であるのかがよく分かる。同時にわが心も、善いことをしても、善い心でやっていない。むしろいろいろ煩悩が起こってくることをイヤというほど知らされる。

 いろいろと味わうことが多かったので、すぐその後のミニ子供会の法話のネタに使わせてもらった。今年の子供大会のテーマは「善い心、悪い心」。善い行ないであっても、腹底には、悪い心がうごめくのが、凡夫の私の正体なのである。人間の私には、善し悪しは分からず、阿弥陀様(如来様)だけが、よくそれをご存じなのである。結局、人間の相対的な善し悪しでは計れないのが、善悪を超えた阿弥陀様の真実があることを、なるべく平易にお伝えした。

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