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今月2度目の新月断食

 新月断食を初めて2年以上が経過したが、初めて一ケ月に、新月が2度ある月となった。永代経法要の前日の5月1日と、真宗法座の集いの翌日の5月30日だ。月の満ち欠けは28日周期なので、そんな月もあるのは当然なのだか、1月の2度目の断食となった。カレンダーを調べてみると、今年は1年で13回の新月がある年だった。明治時代、これまでの太陰暦から太陽暦に変わったのは、1年が13ケ月あって月給を13回支支払わねばならない前に、太陽暦の毎年12回に切り替わったという説をどこで聞いたことがある。真偽を確かめたことはないが、もし太陰暦なら、今年は13ケ月(閏月)の年ということになる。

 さて新月断食の方は、法座の翌日ということで疲れていて、いい休養になった。華光会館でも久しぶりに懇親会をもったこともあって、結構、飲みすぎた。おかげで、あまり苦にならない断食日でした。

 

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春を感じる

 散歩。鴨川沿い歩くと、すっかりサクラは散っていて、菜の花が咲き誇っていた。川面に光が輝き、初夏を思わされる陽気。

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送別会&歓迎会

 自分は元気であっても、身近に「まさか」ということが起こると、いろいろとたいへんになる。華光誌が発送され、新年度の4月が始まった。Iさんも退職されたタイミングで、事務所にトラベルが起こったのだ。お別れから、3日も立たないのに、無理を言って、Iさんに助っ人を頼むことになった。こんなに早く、手伝ってもらわねばならない事態になるとは、予想外だ。やりくりをしてTさん復帰まで、何度か顔をだしてくださり、大いに助かった。

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 今日は、コロナで延期になっていた日曜礼拝の先生方の歓迎会と送別会を一緒に開くことになっていた。送別があったばかりなのに、3日後に手伝ったもらうことになるとは思わなかったが、、、。

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 寺町二条にあるプションは、20年数年からよく使うビストロだが、リーズナブルなお店で人気があり、予約が取りづらい。今夜も満席で、予約のない常連客が断れていた。


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 帰路、二条から下って木屋町通を歩く。もう染井吉野は川面で華筏になっていた。

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 このあたりは、幕末の歴史の舞台でもある。木屋町の付近は風情がある。
 人出はもどりつつあるが、まだ以前のようなにぎやかさはなかった。

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町内会一斉清掃が法話のネタ

 朝から、町内会一斉清掃である。年4度ある南区全体の清掃日であるが、この町内では、ほぼほぼ役員や世話役(組長・班長)しか出席しない。朝から法座があったが、京都に居たので参加出来た。10時までには終わるので、行事には差し支えなかった。

 いかに世間のつきあいというのが、うわべの世間体であるのかがよく分かる。同時にわが心も、善いことをしても、善い心でやっていない。むしろいろいろ煩悩が起こってくることをイヤというほど知らされる。

 いろいろと味わうことが多かったので、すぐその後のミニ子供会の法話のネタに使わせてもらった。今年の子供大会のテーマは「善い心、悪い心」。善い行ないであっても、腹底には、悪い心がうごめくのが、凡夫の私の正体なのである。人間の私には、善し悪しは分からず、阿弥陀様(如来様)だけが、よくそれをご存じなのである。結局、人間の相対的な善し悪しでは計れないのが、善悪を超えた阿弥陀様の真実があることを、なるべく平易にお伝えした。

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聞ちゃんとのお別れ

 もともとは2週間の予定だった。そうはいってもまだ借り住まいの内は難しいとは思っていたが、何時の間にか2ケ月になっていた。ということで、おイヌさま、聞ちゃんとのお別れとなって、新居に移っていくことになった。サヨナラである。

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 寂しいような、ホッとしたような、とにかくもういいなーという感じは強い。というのも、人間の都合で生かされていく畜生の哀れをイヤというほど見せられたからだ。たった1段だけなのに哀れなものだが、悟られた如来様からみれば生死の苦海を彷徨っている点では、私も同じ哀れな衆生になんら変わりない。せっかく人間に生まれても、真実を聞かぬままに終わったなら、これまた虚しいことである。南無阿弥陀仏

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白梅・紅梅

 今年の冬は、いつまでも寒かった。日本海側の大雪も記録的。でも、3月を迎えると、寒暖の差は激しくても日中は温かくなって、ホッとする日が続いている。

 今日は3月の新月断食である。一昨年の4月から始まったのでちょどう丸2年、24回目の断食日にあたる。

 朝、散髪に出かける。例によって、新型コロナやワクチン摂取の話題に華を咲かせた。店主は、相変わらずマスクもしていない。

 帰りに散歩を兼ねて梅小路公園を歩く。

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  今年も梅園の梅が咲いている。早咲き、遅咲きと種類が豊富だが、今は、早咲きが満開近くなっている。
 よくみる紅白の梅が交互に植えられるが、紅にもいろいろ、また白にもいろいろ、その中間のピンクにもあって、美しい。桜まで、当分は楽しめそうである。

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<冬至↑>
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<白加賀↑>
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<月影↑ 薄緑がかかり美しい>
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<新平家↑ 淡いピンク>
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<枝垂れ梅↑>
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<大盃↑>
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<八重梅↑>
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<緋の司↑>
 きれいでした。


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還暦

 還暦、60歳の誕生日である。自分でもこの響きに驚いている。両親が還暦の時は何とも思わなかったが、姉の還暦祝いをしたときには不思議な感覚があったし、また初めて身近に感じることがあった。

 徐々に身にかけて老いを実感してる。からだは正直だ。でも、若いときに味わえなかった、この年まで来なければ味わえないことや感じることができないことが増えてきた。何歳になっても、己の詰まらない自性は変わらないが、見えてくる風景、味わいが豊かになってきた感じがするのだ。その意味では、老いを迎えるこれからの人生、何が経験できるのか楽しみである。

 同人の皆様から、メールや電話で祝福を頂いたり、またプレゼントをくださる方もある。正直、どれもサプライズであって驚いたが、損直にうれしかった。ありがとうございます。お祝いというとこでお酒を頂戴した。赤、白、ロゼ、泡のワインに、日頃見たこともないような日本酒も頂いた。ぼくは、呑んベエーとしてはかわいい部類だが、それでも好きなのは間違いない。連れ合いの好物でもあるので楽しみながら頂きたい。

 夜には、家族からもお祝いをしてもらった。こんな時なので外食はやめて、みんなで賑やかに食卓を囲んだ。二人の子供たちが揃った誕生日は6年ぶにある。しかも今は、5名プラス1匹にお祝いしてもらった。長女がバースディーケーキケーキを焼いてくれる。また、メッセージを添えた誕生日プレゼントも用意してくれていた。

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 多くの方から祝福を頂いたのも、すべて仏法のおかげだ。ほんとうにありがとうございました。

 

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赤いチャンチャンコと頭巾で、、。

 10日の誕生日を前に、一足早く暦のお祝いをしていただく。福岡(大分や岐阜の方もいたが)の皆さんでお祝いしてくださるとは聞いていたが、「赤いチャンチャンコと頭巾」までお店が用意されているとは思わなかった。
 壬寅(みずのえ とら)の年。十二支と十干の組み合わせが60年で一回りして、生まれたときと同じ暦が回ってくる。それで古来から、赤ちゃんに帰るということで、赤いものを身につけるようである。頂いた写真を母に見せると、「やっぱりお父さんに似てきたな~」と。そんな歳になりましたか。

 福岡もまん延防止の措置が出ていてアルコールはなし。それでもずいぶん楽しい席になり、最後はご法の話題に華が咲いた。ありがとうございました。

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 翌日のお昼は、箱崎宮の門前のお店で博多ラーメンを頂く。御存じない方もあって目の前の箱崎宮も見学。ああ、還暦も中厄なんですね、まったく関係ないけれども。

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 厄は外からくるものではなく、この罪業の私の身から出ているものなので払ってなくならない。凡夫の身は、雑行を捨て弥陀の本願に帰し、仏と成る以外に、迷いから離れることはできないのだ。ここは蒙古襲来の時の亀山天皇の「敵国降伏」の有名な扁額がある。厄と同じく、敵とは外(外敵)ばかり思っているけれど、ほんとうに手強い敵は自らの中にあった。それに騙されて迷い続けているのである。今、本願に降参させられた身の幸せを思う。南無阿弥陀仏。
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賑やか

 東京から戻ってきたら、自主隔離を終えた次女が帰っていた。ぼくが新幹線で東京に向っていた時、下りの新幹線に乗っていたのだ。

 リモートでは見ていても、3年ぶりの再開である。中学3年生が終わる直前だったが、今はブラジルの高校を卒業したばかりで、この3年間の変更は大きい。見た目でも、髪を染め、化粧やオシャレに夢中で、すっかりお年頃の娘になっている。4月から法改正で、日本でも成人年齢に達することになる。

 一匹と1人が増えて、急に家庭が華やいだ。姉妹も、二人揃うといままではまた違って、賑やかだ。同時に、二人が揃うことで、姉妹でも性格や業も違うことが、よくよく見えてくるから面白い。

 一時、預かりではあるが、いろいろと味あわせて頂けそうで、楽しみだな。

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おイヌさま

  報恩講の朝、長女が東京の羽田空港に出かけていた。どこかに出かけるのではない。空港で、イヌを預かるためだ。

 ブラジルから一家が帰国したが、次女が飼っているワンちゃんも一緒にきたのだ。今はコロナ、特にオミクロン対策で、海外からの帰国後の行動制限がされている。帰国後にすぐにPCR検査後、国の用意した宿泊施設に入り、3日間そこで過ごす。陰性でも、一緒に帰国した家族、夫婦でも親子でも、一切の接触も外出も禁止されて、それぞれ個室で過ごす。食事は、放送があって、誰とも接しないで食事だけを受け取り、また所定の場所に置くというのである。娘曰く「まるで監獄みたいや」と。

 3日後には、再度PCR検査があり、もし陽性ならその施設に留まることになる。陰性でも、公共交通機関は仕えず、10日間の自主隔離生活を送ることになっている。15日に帰国したので、29日までは東京に留まることになっている。

 問題は、一緒に帰ってきたワンちゃん(聞ちゃん)である。どの施設でもペット同伴は認められないので、この間だけ、一時預かりとなった。

 ワンちゃんにしてもたいへんだ。長時間の移動を強いられている。飛行機だけでも、ドイツで乗り換えがあって、正味の飛行時間だけでも24時間はかかる長旅を、小さなゲージ中で過ごす。今度は新幹線に乗って見知らぬところ地までやってきた。もともと寒い地域(ボーランドやドイツ北部)の産であるが、ブラジルの中でも暑い地域の生まれで、経験したことのない寒さや雪にも驚いている。

 娘からは、詳細な伝言があり、「聞ちゃん、取り扱い説明書(トリセツ)」としてまとめると、A4用紙3枚分もあった。これがすこぶる面白く、法話のネタになりだろう。うまくトイレができれば褒めちぎり、無闇に名前を呼ばず、叱るときも「聞ちゃん、ダメ」と言うと、名前を入れると自分が否定されているようなので、上から、低い声「ダメ」と言う、名前は本当に用事のある時だけ。食事の時間、量も10グラム単位で、、、と続いていく。

 いやいや、もう「お犬さま」です。

 

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