カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の527件の記事

第三室戸台風?

 台風21号は、各地に大きな被害をもたらしたが、皆さん、大丈夫でしたか。大阪や和歌山の同人の中には、被害(大半が建物や車で人的被害ではなった)の様子を窺った。また停電(4日間も停電と断水が続いた同人もあった)で不自由された方も多かったようだ。

 台風がやってくると、父のことを思い出す。ぼくの中で台風での被害の記憶はない。ただ、ラジオやテレビで情報を集め、汗だくになりながら会館中の雨戸を打ちつけていた姿が印象的だ。昔は、役員さんも心配で駆けつけてくださり、一緒に作業された。その後、全館がサッシとなった。格段に安全性が高まったが、それでも防風用のシャッターがすべて降ろされた。昼間でも会館全体が真っ暗になった。

 でもそこまで用心するには、それなりの理由があった。若い時から重なる台風の被害を受けて来たからだ。中でも、初代華光会館が完成した数年後、第二室戸台風では大きな被害があった。ぼくが生まれる前年のことだ。強風で道場の南東の角の土壁が飛ばされて、暴風雨が会館の中を吹きつけたのだ。当然、道場のタタミがだめになるだけでなく、大屋根が持ち上がって飛ばされる直前までなったという。当日は、下宿や間借りの家族がたくさんおられた時代。総出でタタミを上げ、抜きた場所を大至急タタミで覆って、なんとかしのいだそうだ。当時、会館付近に高い建物はなく、強風が直撃したのであろう。建設資金の返済は続いていたが、すぐに風水害募金が始まった。それで、翌春に予定されいてた親鸞聖人の700回大遠忌も延期された。そのおかげで昭和39年に開催された700回大遠忌には、ぼくもお稚児さんで出席することができたのだ。まだ2歳で記憶にはない。頭を大やけどして、グルグル巻の包帯姿の写真が残っている。

 特に、今回のような室戸岬を通るコース台風に敏感だった。「室戸岬から四国をかすめ、大阪湾に上陸すると、台風の東側になるので(大阪や京都は)大きな被害になるんや」というのが、台風のニュースを見る時の口癖だった。余程、懲りたのであろう。

 今回の台風がまさにそのコースだった。風速や潮位(高潮)は、室戸台風や第二室戸に匹敵したり、それ以上に史上1位を記録した地域もたくさんあった。京都でも、室戸台風以来、戦後は最大の瞬間最大風速を記録した。

Img_8073 会館にもいろいろなものが飛ばされきたが、隣りビルのアンテナが一斉にこちらに折れ曲がり、飛んでこないかと心配にはなった。翌日、みんなで駐車場や屋上の掃除や片づけをした。この一角は停電もせず、点検する限り建物に被害はなかった。たいへんな暴風で、歴史的な建物は大きな被害を受けたが、大半は無事に済んでいる。昔に比べれば、それだけ建物が丈夫になっているということだろう。ただ温暖化に伴い、もっと強烈な台風に襲われたり、これが毎年の恒例になるのでは?という予感も強くさせられた

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お久しぶりです

9月入ってもブログが停滞している。その間、
 1日・2日の聞法旅行
 8日・9日には、聖典講座スクリーング
と準備や資料を作製しなければならない宿泊行事が、2週続いた。もともと年間計画ではなかった行事だ。7月の大雨で延期となり、中止になった壮年の集いの代わりに開いたものだ。しかもこの時期は、華光誌の編集に追われる。これは14日に印刷所を渡すことで作業中である。巻頭言を残すのみで、後の作業は順調に進んでいるようだ。

 それにしても、先週は、近畿直撃の台風、北海道の地震と、天変地異が続いた1週間となった。

 せっかくの『仏敵』の聞法旅行だったので、ボチボチでも遡って書いていきたい。

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信楽峻麿先生生誕92年記念会

 信楽先生の92歳を記念した集いである。

Img_7782 ゼミ生の同窓会かというと、それだけでもなく、ゆかりの皆さんが40~50名も集われた。大半が先輩にあたる方だ。ほぼ同世代はそれなりにあるが、後輩は2~3名だけである。大学では、ぼくたちが最後の教え子ということになる。

 大宮学舍の本館が会場だ。講義は、いつも広島カウンセリングでご一緒するI先生だ。今回の大雨で被災地となった呉から。まだ電車が不通で、船でこられたという。経歴では、広島での真宗カウンセリングのことにも触れ、ぼくとの出会もレジュメにはあった。

 内容は、いま取り組んでおられる、Img_7790呉の公立中学校での教科書採用を巡る訴訟についてだ。共同代表を勤めておられるのだ。刺激的な話題提供で面白かったが、講義の後、質疑や分かち合いもなく、あっという間に終わったのが、ちょっと残念だ。

 京都駅前のリーガロイヤルに移っての懇親会。半数ぐらいは面識のない方だが、出会ったことのある方には積極的に話しかけていった。また、新しく知り合った方もあった。皆さんからも刺激をもらったが、ぼくがやりたいこととは、また違った世界に生きておられる方も多いようだ。信楽ゼミのOB、なかなかユニークである。

 二次会は、Iさんと二人だけで、静かなバーでゆっくりと呑ませてもらった。いろいろと考えることの多い1日だった。

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甲子園100回、100勝

高校野球、地元、京都のチームが出ると応援してしまう。その中でも、平安高が出場する年は別格だ。母校ではないが、浄土真宗の宗門校であり、今は「龍谷大」と冠されるのでなおらだ。ほかの地方(北海道や広島、北陸などか)でも、宗門校が出ると応援する。新興宗教系の高校が強いのだが、やはり負けるなという気持ちになる。

  その名門平安高校も80年代はかなり低迷していた。京都でも勝てず、たまに甲子園に出ても一回戦負けということが続いた。ところが、ここ数年は最近はかなり復調している。今年の京都予選は、コールド勝ばかりの圧勝だったが、今日は接戦でサヨナラ勝ち。第100回の夏の記念大会で、甲子園通算(春夏含めて)100勝目を手にしたのは、歴史を感じさせられる。

 母方のおばあちゃんは、大高校野球好きだった。でもプロ野球には関心がなかった。息子(ぼくの叔父さん)が、甲子園を目指し、和歌山予選の決勝で敗れ、その後ノンプロ(今では社会人野球)に進んで活躍されていた。その影響か、母も、プロ野球観ないが、高校野球は好きだ。ご自分はスポーツオンチを自負しているが、大相撲と高校野球好きで、熱中して応援している。スポーツの中で、母と話題が合うのはこの二つである。

 

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お衣の価値

  子供大会が終わって、先生方、スタッフとの慰労会の途中から、具合が悪くなって、一足早く帰宅した。

 頭痛と吐き気、そして冷や汗がでるのに、寒気はするし、唾は出て、とにかく苦しかった。夜中何度か、吐いたり、下痢したりして、何とか眠れて、翌日には収まっていた。

 朝は、たった10軒しかないお盆参りのスタート。お盆に2~3日ですませたいところだか、なかなか先方との日程が合わない。8月下旬や9月にずれ込むお宅もある。逆に早くきてほしい家もある。遠方に住む息子夫婦の出産がお盆にかかって留守になることを心配して、早めに頼んでこられた。

 駐車場がないので、連れ合いに送迎を頼む。歩道で車を待っていたら、バイクの郵便配達員が、ぼくの姿を見て、深々と頭をさげていかれた。もし俗服だったら何もなかっただろう。まったく見ず知らずのすれ違った人が頭を下げるだけの値打ちが、法衣にあるということだ。南無阿弥陀仏

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日想観?

 連日暑い。京都は14日から連続の猛暑日が2週間も続いた。それも37、38、39度の体温超えの日ばかりである。まだ8月になっていない。暑さには強いが、さすがにこうも続くと、早くも夏バテ気味だ。

 ここ数日、夕焼けがきれいだ。連日、日没からしばらくすると西の空が紫に染まる。今日は、まるでちかくで火事があったのか想うほど、地上も赤く染まっていた。ちょうど、3年前に父が亡くなった時の紫雲の雲を思い出した。
 ちょうどいま聖典講座は『観経』の定善に入るところ。定善は、西方に沈む太陽を観て、一心に集中して浄土に心をはせる日想観から始まるのだが、そんなことは心の端にも登らなかった。

 お天気といえば、明日からの福岡での家庭法座のことを心配中。台風が接近しているのだが、通常のコースではなく、東から西へと進む逆走台風で、東海、近畿に上陸して、中国地方を進み、北九州へと向かう異例の台風だ。予想がつかない事態もありうると連日伝えられている。このまま進むと日曜日の帰路が危ない。山陽新幹線がまともに影響を受けだろう。もう1泊することになったり、新幹線に閉じ込められる場合もありうることを想定して準備は整えた。

 それにしても、今年の7月ほど異常気象が話題になった月はない。でも、これが異常でなくなる日も近いのかもしれない。
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《前日の西の空↑》
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《今日は、南東の空も紫雲↑》
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《すべて会館の屋上から、夜7時20分ごろ》

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酷暑

それにしても暑い。

京都も酷暑が続く。14日に以来7日連続(つまり1週間)で、体温の平熱を超えた38度以上の猛暑が続く。これまでの記録は3年前の8月。その時は5日間連続だったが、今回はその記録も超えた。3年前の夏のこともよく覚えている。父が亡くなった日の前後だったからだ。
これまでも暑い夏のことはよく覚えている。しかし、今年はそれとは違う。猛暑が7月、しかも祇園祭(前祭)の前から始まったのだ。冬も、春も、季節が1~2週間、前倒しで始まったが、夏の訪れも早く、猛烈だ。

Img_6981事実、ぼくは寒さは苦手だが、暑いのは好きだ。暑いというより日差しが痛い。日差しの中で自転車で走り回っている。最高気温が、39、8度になった時も、自転車に乗っていた。街中の気温は41度に達していた。いくら暑いのが好きだといっても、これだけ連続した猛暑は初体験。しかも、この先もまだまだ続くという。冷房の中に入っているのも、あまり好きではないので、バテ気味の日々だ。

せめて季節が前倒しになっているなら、願わくば、早く秋が訪れてほしい。それとも、いよいよ地獄行きが近いのかもしれないなー。

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華光会館修繕工事に向けて

 広島法座の帰路、設計士のM先生と広島駅で待ち合わせて事務所へ。華光会館の修繕工事の打ち合わせだ。大規模修繕工事は2度目で、12年前に防水と外壁、そして7年前に空調機の入替えた。今回は、屋上と外壁に加えて、内装工事が入る。どこまでやるのか。どこをやるのか。優先順位は? そして予算の制限もあって、なかなか難しい。また外壁と違い、会館が使用できない時もある。事務所も、短期間でも引っ越しが必要になる。計画では今年の秋の予定だったが、来年の3月~4月の2ケ月間となった。4月末の永代経法要までに完成される予定だ。これから何かと準備でたいへんになりそうである。

 Img_6977また、2年ぶりにお母様のMさんにもお会いし、一緒に勤行させてもらう。これまでの華光とのご因縁の拡がりという意味では、もっとも深い方のお一人である。いま、華光同人の中でも、いちばんの長老になられている。高齢で、ご不自由になっておられるが、それでもまだ一人暮らしをされている。もちろん、お子さま方が交代でお出でになって看ておられるからだ。帰りには、エレベーターまでわざわざお見送りにきてくださった。たいしたものである。こういう先達のおかげで、華光会館があり、真実のみ法りが相続されてきたのである。
南無阿弥陀仏

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残念!~広島真宗カウンセリングWScも中止

 聞法旅行の中止後も、水害のニュースが気になる。真宗カウンセリングWSが、11日~13日の日程で、広島県廿日市市の山沿いの温泉施設であるからだ。

 タッグを組む世話人は被災地の呉の方。電車も車も通行が不通で、海上からの移動手段しかないという。刻々と広島の被害が深刻で、広範囲になっている。会場は、方角が異なるが、山の中で、臨時休業中で連絡がつかない。

 大阪、京都、三重、福岡の参加者はあるが、半数は広島の方だ。呉の皆さんは不参加である。広島は各地で、交通が遮断、断水、物資不足や、中心部でも車の大渋滞と、。中止やむなしの状況だ。最終判断は地元の方におまかせした。

 結果、中止となった。

 この3年間の流れから、何か新しいものが生まれそうな予感があったので、残念でならない。個人的にも、先日の「仏教カウンセリングを求めて」での気付きの成果をを活かす絶好のチャンスだったが…。しかし、中止も何か意味があるのだろう。

 月曜日にカウンセリングの方と打ち合わせた時、「今は休めというサインなのでしょうね」といわれた。確かに、この二週間、ハードな日程を覚悟していた。
 6日(金)に華光誌発送し、7日(土)~8日(日)が聞法旅行。8日夜には、町内会の会議。
 それから、11日(水)~13日(金)がが2泊3日間の真宗カウンセリングWSで、14日(土)仏青例会、15日(日)安芸高田市での広島支部法座、16日(月)大阪支部法座(セイセイビル)と、6日間連続で宿泊や法座の予定だったからだ。

 5日間も連続で出張法座がなくなったのは、初めて。ただ、中止や延期に伴う事務作業は予想外。多少は溜まっていた事務作業はおこうなうことができた。

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蟻の道 雲の峰よりつづきけん

 「仏書に親しむ会」の夜座を終えて、シャワーを浴びた。浴室が出て、ふと、目の前の柱にアリが登っているが目に入る。何か甘いものでもこぼれ落ちたか。下をみると、一筋の蟻の道。たくさんのアリたちが列をなしているではないないか。

 新会館の中で、こんな光景は初めてである。アリの列を追いかけると、倉庫から浴室の前を通って、台所の入り口前まで続いている。まだ台所には到達していない。

 かわいそうだが、通り道に殺虫剤を撒いて、あとは、掃除機でアリを吸う。啼いたり、悶絶しないから、心の痛みがないのが、恐ろしい。先程までの法悦も、すぐに鬼に早変わりである。連れ合いには、「地獄に落ちても、『アリ』の糸は垂らしてもらえないなー」とからかわれた。

 夜10時を過ぎた遅い夕食。母に、アリの駆除の顛末を話す。すると、連れ合いがポツリと言った。
 「大地震の予兆ではないか」。
 サッーと、空気が固まった。先日の地震から日が浅い。その後、次の大地震のデマが出回っている。しかも、こんなことはこれまで一度もなかったのだ。なんとなく、みんな嫌な感じになった。家具から離れて寝ようか、という話にもなった。

 夜は何度か目が覚めた。夜が深くなり、雨が強く降り続く。雨音で目が覚めるのだ。

 そして早朝、連れ合いのスマホから、緊急速報の発信音が鳴り響く。「地震!」の声に、おもわず机にもぐり込む。

 が、違った。大雨の警戒情報だった。確かに聞き慣れると、緊急地震速報とは違う。2日間は、警報音はなり放しで、その度にドキッとさせられ続けた。近くの町で、避難勧告やら指示が続き、この町にも「避難勧告」が出されたのだ。近鉄の線路を隔てた西側では「避難指示」である。

 アリの迷走は、豪雨のせいだったのだろうか?

  「蟻の道 雲の峰より  つづきけん」

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