カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の519件の記事

残念!~広島真宗カウンセリングWScも中止

 聞法旅行の中止後も、水害のニュースが気になる。真宗カウンセリングWSが、11日~13日の日程で、広島県廿日市市の山沿いの温泉施設であるからだ。

 タッグを組む世話人は被災地の呉の方。電車も車も通行が不通で、海上からの移動手段しかないという。刻々と広島の被害が深刻で、広範囲になっている。会場は、方角が異なるが、山の中で、臨時休業中で連絡がつかない。

 大阪、京都、三重、福岡の参加者はあるが、半数は広島の方だ。呉の皆さんは不参加である。広島は各地で、交通が遮断、断水、物資不足や、中心部でも車の大渋滞と、。中止やむなしの状況だ。最終判断は地元の方におまかせした。

 結果、中止となった。

 この3年間の流れから、何か新しいものが生まれそうな予感があったので、残念でならない。個人的にも、先日の「仏教カウンセリングを求めて」での気付きの成果をを活かす絶好のチャンスだったが…。しかし、中止も何か意味があるのだろう。

 月曜日にカウンセリングの方と打ち合わせた時、「今は休めというサインなのでしょうね」といわれた。確かに、この二週間、ハードな日程を覚悟していた。
 6日(金)に華光誌発送し、7日(土)~8日(日)が聞法旅行。8日夜には、町内会の会議。
 それから、11日(水)~13日(金)がが2泊3日間の真宗カウンセリングWSで、14日(土)仏青例会、15日(日)安芸高田市での広島支部法座、16日(月)大阪支部法座(セイセイビル)と、6日間連続で宿泊や法座の予定だったからだ。

 5日間も連続で出張法座がなくなったのは、初めて。ただ、中止や延期に伴う事務作業は予想外。多少は溜まっていた事務作業はおこうなうことができた。

|
|

蟻の道 雲の峰よりつづきけん

 「仏書に親しむ会」の夜座を終えて、シャワーを浴びた。浴室が出て、ふと、目の前の柱にアリが登っているが目に入る。何か甘いものでもこぼれ落ちたか。下をみると、一筋の蟻の道。たくさんのアリたちが列をなしているではないないか。

 新会館の中で、こんな光景は初めてである。アリの列を追いかけると、倉庫から浴室の前を通って、台所の入り口前まで続いている。まだ台所には到達していない。

 かわいそうだが、通り道に殺虫剤を撒いて、あとは、掃除機でアリを吸う。啼いたり、悶絶しないから、心の痛みがないのが、恐ろしい。先程までの法悦も、すぐに鬼に早変わりである。連れ合いには、「地獄に落ちても、『アリ』の糸は垂らしてもらえないなー」とからかわれた。

 夜10時を過ぎた遅い夕食。母に、アリの駆除の顛末を話す。すると、連れ合いがポツリと言った。
 「大地震の予兆ではないか」。
 サッーと、空気が固まった。先日の地震から日が浅い。その後、次の大地震のデマが出回っている。しかも、こんなことはこれまで一度もなかったのだ。なんとなく、みんな嫌な感じになった。家具から離れて寝ようか、という話にもなった。

 夜は何度か目が覚めた。夜が深くなり、雨が強く降り続く。雨音で目が覚めるのだ。

 そして早朝、連れ合いのスマホから、緊急速報の発信音が鳴り響く。「地震!」の声に、おもわず机にもぐり込む。

 が、違った。大雨の警戒情報だった。確かに聞き慣れると、緊急地震速報とは違う。2日間は、警報音はなり放しで、その度にドキッとさせられ続けた。近くの町で、避難勧告やら指示が続き、この町にも「避難勧告」が出されたのだ。近鉄の線路を隔てた西側では「避難指示」である。

 アリの迷走は、豪雨のせいだったのだろうか?

  「蟻の道 雲の峰より  つづきけん」

|
|

僧・俗一丸~ 通夜にて(2)

 お通夜はとても温かいものだった。僧侶だけでも、50~60名の参列があった。音楽や文化などの芸術を愛した前住職のお人柄か、勤行も、「いまささぐ」仏教讃歌から始まり、「み仏に抱かれて」で終わった。

 ご法話は、北九州市の外松太恵子先生だったのには、驚いた。偶然、昼間に開催された兵庫教区の会合のご講師としてこの地におられて、夜には先生を囲む会が予定されていた。ただひとり喪服ではない、華やかなスーツであったことからも、ほんとうに急な法話依頼だったようだ。この後、ご住職のすばらしいご挨拶があって、すべてもっていかれた感はあったが、たくさんの僧侶が参列する中で、在家の先生のご法話(感話)を拝聴するのだから、ユニークな通夜である。

 しかしそれもいい。浄土真宗は、僧俗の別のない聞法集団であり、伝道集団である。僧侶だけで、真実を知っているのでも、伝えるのでもない。僧・俗一丸となって、まことを喜ぶものが伝えていけばいいのである。

Img_6856 おかげで、通夜が終わってから、親睦会にもでることができた。「外松先生を囲む会」がこんな形となった。先生とは、西光寺の七五〇回忌法要でのシンポジウム以来である。多忙な中、喪主のご住職も駆けつけて下さる。
 皆さん、忌憚なく話されている。明日は、火葬場で「燃えろよ~ 燃えろよ~ 炎をよ燃えろ~ 火の粉をまきあげ、天までこがせ~」と唄えばいいと、軽口まででる。父が亡くなってときの通夜振る舞いの雰囲気と同じである。こんな形で、故人を偲び、それぞれのありようでお見送りをされているのだろう。南無阿弥陀仏

|
|

燃えろよ~ 燃えろよ~ 通夜にて(1)

 「燃えろよ~ 燃えろよ~ 炎をよ燃えろ~
  火の粉をまきあげ、天までこがせ~」

Img_6845 喪主のご住職のご挨拶は、この歌から始まった。とぎれとぎれに声を詰まらせ、涙ぐまれる。仲間の皆さんも泣いておられる。これまで聞いた葬儀のご挨拶の中でも、印象深いものの一つであった。

Img_6849 仏青研修会が終わって、すぐにお悔やみに向かった。毎年、講師でお邪魔している山崎町のお寺である。連れ合いも長年、お世話になっている。前住職さんがご往生された。晩年のことしかしらない。それでも、毎日、講師部屋にこられて、日曜学校活動や趣味のカメラのことをお話くださった。父と大学で同級生(面識がなかった)であったこともあって、その時代の話をすると、うれしそうにいろいろと教えてくださった。ハーモニカーやオImg_6853ルガンを披露してくださったこともある。なんでも、華光でも行っている、追跡ハイキイグの礎をこのグループの皆さんが造られたと聞いている。初期段階のボーイスカウトの研修にでた父が、そこで習得したものである。それが、息子さん世代にも受け継がれ、また発展しているのである。この唄は、何度もキャンプファイヤーで歌われてきたのだろう。

 ご住職の心温まるご挨拶は、お父様を通して触れられた、南無阿弥陀仏のお心についてお取り次ぎくださったご法話となっていた。感動的だった。

 

|
|

母の日

母の日の京都支部法座。

Img_6729ぼくも、母に花を贈った。ここ数年間は、鉢植えの花を贈っている。ちょっと芸がないのだが、無難なところである。昨年贈ったものも、一昨年のものも、今年もきれいに咲き出した。だいたいこの時期に花をつけるのである。

Img_6794法話の後、信仰座談会の前の何気ない雑談だったと思うが、だいだい同世代のお母さんたちが、母の日のプレゼントの話になった。息子をもっておられる方ばかりである。うちのように花を贈られたという人もあれば、昨年は何で、今年は何と、何にか贈り物をもらわれる人もいる。または息子さんから外食に誘われたという人もいる。口では、邪魔くさいといいながらも、どこかうれしそうでもある。Img_6783一方、「毎年、何ももらいません」という方もあった。それはそれお家の習慣ではあろうが、こんな時はどことなく寂しそうではある。

だだ花や物だげでなく、それに添えて、感謝ややさしい言葉の一つもかけたいものだ。ほんとうは、常日頃から、親に対してそんな態度や言葉を口にすればいいのだが、これが分かっていながら、なかなか難しい。難きがなかにもなお難しか。

|
|

誕生

5月5日の朝、姪っ子のRちゃんに待望の男の子が生まれた。母には初の曾孫である。母には孫が4名いるが、すべて女の子なのだか、最初の曾孫は男の子となった。

高槻の産婦人科病院に、母を連れてお祝いにかけつけた。

この娑婆に生を受けて丸3日間が過ぎたところでの初々しいいのちを抱かせてもらった。体重は3100g。こんなに小さかったかなというのが、率直な感想だ。でも、小さないのちも、ずっしりと重いいのちには代わりはない。永い永い迷いの打ち止めのためにこのいのちを頂いたのである。仏の子になるように育ってもらいたいなー。

 

|
|

事故

深夜、緊急車両が次々と通る。すぐ近くに、警察署と消防署があるので、深夜に緊急車両が通ることは珍しくない。

 ところが、今夜は違った。熟睡していたが目が覚めた。パトカーや救急車の他に、消防車もImg_6554走っている、すぐ近くで止まっているように聞こえるのだ。連れ合いも窓から覗いている。いちばん気になったのは消防車が何台も来たことだ。

 連れ合いがパジャマ姿まま外に出る。ぼくも出かけたが、寒くて少Img_6558し着込む。リカマンが赤く染まっている。後で、消防車の赤色灯だと分かったが、そのときは少し不安になった。火事が心配たった。今夜は、風がかなり強かった。

 十条通には、消防車、救急車、パトカーなど10台以上が集結してImg_6556いたが、火事ではかった。乗用車が横転していたのだ。右折時のスピードを出しすぎか、それもと対向車を避けようとしたのか分からないが、とにかくに横転した車に消防車からのホースが向けられていに。車からの出火を心配していたようだ。火事の心配がなくなったら、あとは野次馬根性が出てくる。どうやら救出作業が進んでいるようなので、しばらく作業を見ていた。がなかなか進展しない。風が強く寒くなってきて、戻ることにした。野次馬根性も、寒さにはかないませんでした。

|
|

飛翔

Img_5919新年度が始まった。

今日は、京都市内の多くで、新一年生の入学式がある。何組かの親子連れを見かけた。

東寺のお掘りから飛んできたのだろう。

Img_5922町中の取引銀行の駐車場から飛び立っていいた。

ぼくにとっても、飛躍の新年度にしたい。 

Img_5920

|
|

1ヶ月遅れの、、。

なぜか、おやつにケーキを食べるという。

Img_5400思い当たることはなかったが、おもむろに「56」のローソクが立つ。誕生日なんか、すでに1ケ月以上も前なのに、なぜに今ごろなのか?

ローソクに火を着けたときに、来客がある。

遥かブラジルから、子供たちからの誕生日のプレゼントも持ってきてImg_5401くれた。

といっても、彼女の来館はメーンはぼくではない。以前から母との晩餐の約束なので、着物姿だ。連れ合いとの顔合わせも、4度目となる。

気を取り直してお祝い。ローソクの「5」も「6」も、これからしばらく使えるだろう。もちろんいのちがあればの話。

|
|

遅延

 それほど、今日は天気も、気温も、一足早い春のように心地よかった。

 広島駅の改札口では通常だったが、ホームに立ったら少しだけ様子がおかしい。発車時刻になっても、隣のホームの列車が発車しないのだ。やっと拡声器をもった駅員が、静岡で停電が発生して、出発時刻が未定だという説明が入った。その間、一度のアナウンスもなし。

Img_5380 ぼくが乗車予定の新幹線は、まだやってこない。4分前に出発予定の、前の列車の自由席に座ることにした。東京駅を含めて、各駅で団子状に列車が連なっていて前が開かないことには、次も動かないというのである。

 30分ほど遅れて出発したと思ったら、岡山駅までにも3度ほど、徐Img_5382行と停止を繰り返している。妙なところで止まるので、最初は珍しかったが、新大阪駅を前にかなりの時間を待たされた。

 雨や雪などでの遅れは、何度か経験している。一度、「不発弾の処理」(事前予告あり)で、遅れたこともあった。しかしこんな好天なImg_5377_2では、予想外である。幸い、行きではなくて帰路だったので助かったが、今夜は、明日までに締切りの巻頭言(こちら9割方完成)や校正作業があったので、気は急いた。でも乗ってしまった以上は、おまかせである。

 結局、100分ほど遅れて京都駅着。倍以上、時間がかかった。じっと座っているだけだが、疲労も倍以上。

  遅い夕食の後で、原稿をまとめた。名古屋~広島~華光誌と、今週末も頑張りました。

|
|

より以前の記事一覧