カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の177件の記事

2009年10月17日 (土)

三度目の運動会

  わが家には、毎年、3度運動会がある。
 そのうち、今年は、2度の欠席。
 ナナホが涙の超特訓の鼓笛隊の披露した、保育園の運動会は、九州法座。
 10月初めの元学区(京都独自の小学校運営を一部を担う地域単位で、その下に各町内会がある)の町内会対抗の運動会も、東京講演会で欠席となった。でも、このときは、ぼくが休んだのがさいわいしたのか、戦後57年間の歴史で、初めて我が町内会が゛(誰も予想していない)よもやの優勝という快挙のおまけつき。ゆうこも対抗リレーで大活躍。

Img_7432  今日は、カンロの小学校の運動会。最初は、泉佐野の寺院布教の予定があったのが、日曜日、月曜日と変更になって、今年、3度目で、やっと出席できた。

 最初は、好天で暑いぐらいだったのに、途中で雨がふり、また持ち直しすという目まぐるしい天候。ぼくも、途中で家に帰って作業したり、昼はカフェでくつろいだり、少し一緒に参加したりという感じで過ごした。

 ぼくが子どもころと比べると、雰囲気が様変わりしている。人数も、ぼくたちの頃の1/4程度になり、各学年単級で、全体でも180名にも満たない。でも、校舎や校庭はそのままの広さなので、ずいぶん寂しい感じがした。それに、子どもたちに規律がない子が多いのが気になった。応援中も自由に動き回ったり、演舞の前の整列でも、みんなガサガサと落ち着きがなく、先生の号令にあまり従わずに好きにしている。何度か「ルールを守ってください」というアナウンスまであるありさまだったが、保護者と一緒に行なった玉入れでも、終了の合図がなっても誰も止めず、また玉を数えている声に合わせて、先生に玉をぶつける高学年の子も、いくら注意されてもやめない。その雰囲気に、せっかく参加していても、あまりいい気がせず、ぼくもとうとう叱りにいく寸前で、どうにか終わった。当然、全体の進行もモタモタ感がつよくて、周りの保護者からも不満の声が漏れていた。

 これなら保育園の演技の方が、ずっと統率がとれて気持ちいい。確かに、周りを見ても、いろいろな国籍の人がおり文化的な背景も違う。またそれぞれの家庭事情があるし、子どもたちもいろいろな障がいや問題を抱えているので、簡単ではない。当然、昔のように学校・教師側が強く言えないことも十分にわかるし、過度には期待することはできない。それでも、せめて最低限のマナーというか、ルールの線はどこにあるのかが、不明な点が気になった。ぼく個人としては、あまりに威圧的な強権には強く反発を覚えるのだが、あまりに兄弟のような友達先生や事勿れの姿勢も、ちょっと行き過ぎると心配に思えて来る。

 わが子の成長や活躍に触れる点では楽しい行事だったが、時代の流れなのか、なんとなく寂しい気にもなった一日。

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2009年10月16日 (金)

お誕生日

 今年の子ども大会の感想集の「はすち」が完成してきた。華光大会「総会」の案内(委任状)と合わせての発送作業が始めた。案内状もいくつか作ったので、もう少し作業はかかるので、発送は月曜日になるかもしれない。

Img_7420  夜は、マチャプチャレで、ななほの6歳の誕生日のお祝いをした。

 6歳ということは、4月から小学校入学である。

 早いなーと感じる時と、まだそんなものかとの思いとが交差する。 

 今年も、彼女の誕生日は仏青大会の最中だったが、生まれた時もそうで、仏青大会初日の朝に、助産院に向かった。わりと順調な出産で、夕方から仏青に参加して、翌朝の法話では撮影した出産ビデオを見てもらった。当時のことを、仏青の皆さんもたいへんよく覚えていて、いろいろと話題がでた。途中で逃げ出した(?)人、法座で初めて号泣した人などと、初めて見たリアルな出産シーンに驚いたり、感銘しりと反応は大きかった。

 そして、6年という月日に、みな一様に驚いた。いまではご縁が遠のいた懐かしい名前が出てきたり、また、当日、学生だったものも、社会人となり、結婚し、そろそろ出産を控える人も出て来るような年齢になっているのである。それでも、みんなの実感として、まだ3~4年程度という感じるようだ。確かに、子どもの急激な成長に比べると、学生から社会人へ成長する青年期でも、そのスピードはまだゆるやかだ。ましてやぼくのような中年の身では、そのスピードはますます遅く、ほとんどこの6年を無為に過ごし、老い以外、成長の歩みはほとんど感じることは難しい。下手をすると、ひたすImg_7423 ら老いを重ね、頑になってしまいそうな身には、猛スピードで駆け上がる、子ども成長はまぶしく、その反射された光のおかげで、こちらがほぐされ、温められて育ててもらっているのかもしれない。

 彼女も、なかなか個性的でおモロイやつなので、これからもよろしくということである。

 うまい具合に、ゆうこの絵の前での撮影になった。

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2009年9月23日 (水)

砂遊び療法?

 今日は、仏青の例会。担当者の発案で映画を見るという。

Img_7273  ぼくは、子供たちのお守り。3日間留守にしたので、せめて今日ぐらいは遊ぶことにしていた。お昼を食べてから、少し離れた静かな公園へ。ほんの3時間ほどだが、たっぷり遊んだら、気分も少しかわった。たまたま同じ園の(クラスが違う)子供もいて、楽しそうに遊んでいた。ちょうど、あまりにもショックで、動きづらい感覚に襲われたので、ちょうど箱庭療法ならぬ砂遊び療法になったんじゃないかなーと。こんなことでも、けっこういいですね。

 いま、まったく、まったく突然思いだしたことがある。幼いころ、よく箱庭をつくって遊んだことだ。内向的な性格で、ひとりで作業するのは苦ではなかった。幼稚園にうまく馴染めなかったこともあって、ひとり遊びをしていたのだ。もちろん、本格的なものではなく、ままごとのような砂場遊びだか、それでも勝手口を出たところで、夢中に遊んでいた映像が、ありありと浮かんだできた。うーん、不思議な感覚。

 まあ、それはともかく、これをどう解釈するかではなく、どう感じるかを尋ねてみても面白いかもしれない。内にだけ籠もらずに、何かを表現するというのは、それなりにリフレッシュにはなる。それでけでも、収穫か?

 加えて、早期ケアーのために、先生の真宗カウンセリングも受けることにした。うまい具合に、少し時間をとってくださった。まったくもって感謝だ。話すうちに、涙が溢れ、何かが動きだす実感があった。結局、人ではない。円座禅で動き出したぼく自身のテーマが、またここでも立ち上がってきたのだ。 

 それは、たまたま九州法座で、父と新幹線で旅をした時に感じた寂しさにも起因している。父の老いと、ぼくが新しい刺激を受けた話題が続かないところからおこる、過去にも遡り、未来にもつながるさまざまな思いだった。それは、いわば独立していく、分離していかねばならないひとりという寂しさでもあった。同時に、たとえひとりでも、変化を恐れないで、進んでいこうとする自分もいた。

 人は関係性の中でしか、つまり人「間」とは、その人と人の「間」のところでしか、自分を知ることはできないといってもいい。相手が変われば(たとえば老もそうだろうし、子供の成長もそうだ)、自然とその関係も変わってくのは当たり前なのだが、どこかでその変化を恐れ、否定する面もある。また、いくら関係性のところだけを求めていっても、相手に何らかを投影したり、依存したりするばかりでは、ほんとうの自分のところでは立つことはできないという相反する面もあるのかもしれない。

 畢竟、わが身ひとりで立っていくしかない自分というのもいるはずだ。だから、どこまでも孤独(というより孤高の存在)、寂しいかぎりだが、どこまでもひとりでしかない。でも、同時に、家族や仲間にも支えられ、関係性の中にいる身であってこそ、その「ひとり」のところに帰っていくことができるといっていい。ぼくも、今回のWSで、勇気をだして、そこに帰っていいことを味わえた。どこまでも「ひとり」なのだか、そう帰らせてくれるのは、周りで支えてくれている人達のおかげなだという、なんとも不思議な話だ。その意味では孤立していない、開いている「ひとり」といっていいのかもしれないなー。

 ほんとうに難しいことだが、留まらず、変化を恐れないで、そんなひとりの身でありたいという願いに生きていきたい。

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2009年9月 4日 (金)

個人情報といっても…

 昼過ぎ、小学校から電話。

 娘が、給食でチーズを食べたあと、気分が悪いともどして、いまも保健室で寝ているという。午後からはまだ2時間あったが、念のため迎えにきてください、というものだった。

 夏休みあけで、まだ万全ではないようで、微熱があったり、休養のために学校を休んだりしていたので、すぐに迎えに行った。いまは熱はないが、気分が悪いのと、筋肉痛(卓球のしすぎだと本人はいう)だという程度。まあ、顔色は普通で、そう心配はなさそうだ。

 ただ、気がかりなことがひとつ。

 インフルエンザの流行である。

 実は、夏休みの後半、ずっとうちに遊びにきいてたご近所の同教生が、インフルエンザで欠席したのだ。直接、お母さんが「気をつけてください」と言ってくださった。なんでも、もうひとり欠席して、さらにひとりは様子を見ているらしい。

 保健室をでたところで、担任の先生にあった。他には誰もない。「大丈夫のようですが、念のため病院に行ったほうがいいでしょうかね。(一緒に遊んだいた)「○○君もインフルエンザで休んでいるそうですし、クラスでも流行っているのですか」と尋ねたら、すごく慌てて感じて、「個人情報なので…」と、すぐに言葉を被せられた。その慌てぶりに、ええ、どういうこと? そんなにおかしな質問したのかなーと思ったが、否定をしないということは、クラスではそういう人がいるのだが答えられないといっていることになる。もしほんとうにそうなら、具体的に正しい情報を伝えてもらったほうがいい。それなりに対処の仕方も変わってくるもの。

 正直、釈然としない気持ちだったが、何もないのなら、まったく病院に連れて行く気はなかったので、「え、個人情報ですか」と返した以外は、重ねて何も突っ込まなかった。

 いま、学校も、個人情報や守秘義務で難しい問題を抱え、先生もたいへんなのはよくわかる。しかし、子供の安全にかかわる問題には、もう少し融通の効いた対応があるのではと思った次第で…。興味本位ではなく、現に、目の前にその可能性がある子供がいるので、尋ねているわけなんですからね。

 まあ、ひとつ勉強になったことは、子供が通う学校やクラスで、インフルエンザが流行っていても、こちらから尋ねることは、個人情報で教えてもらえないということです。

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2009年9月 2日 (水)

修士論文の中間発表会

 連れ合いの呼びかけ、ゼミを横断して、修士論文の自主的な中間発表があった。さすがに、学生から、「ゆうこさん、いい感じの若作りすネ」と、素直には喜んべないビミョウな褒められ方をする女子大生だ。これだけ人が集まるのも彼女の特質なんだろう。

 ぼくは大学院を修了してから、もう20年以上経過した。当時に比べて修士論文なのに、教授の指導が行き届きびっくりした。ぼくの時は、完全に放任されて、当時は、事務員としても華光の仕事が多忙だったこともあって、ぼくはあまり優秀な学生ではなかった。2年で論文を提出するところを、最大の4年もかかって、やっと修了した。その間に、論文の中間発表をしたのは、最後の年の初めて参加したゼミ合宿だった気がする。そのときも、特に指導も受けた覚えないなー。いまは、(研究の)先攻論文(うーん、こんな表現もなかった)の提示から、いろいろと指導があるようだ。

Img_7182  いまでも年に1,2度は、学会での発表を聞くことはあるが、学生諸氏の中間の報告を聴くのは久しぶりだ。残念ながら、おもわぬ来客はあるわ、子供が気分が悪くなって小学校からの呼び出しがあるわ、華光誌の編集もあるわで、結局、連れ合いのものしか聞けなかった。西山上人証空と親鸞聖人の獲信の構造と、その表現というのがテーマだった。どうしても、扱う主が証空と親鸞の二人がいて、しかも構造と、門弟への教示という二つのテーマがあるので、いろいろと拡がったり、疎かなになったする中で、どうその共通点を探っていくのか。

 残り4ケ月。正念場はこれから。まあ、頑張ってください。

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2009年8月31日 (月)

輪読法座が終わって…

 日曜日は、輪読法座。

 法座が終わったあとで、一階で作業中の、仏青大会の案内状の確認して、選挙へ。

 うーん、自民党に入れたくないけれど、民主党も(事前予想の)大勝するほどの魅力を感じられず、むしろ、郵政の時といい、今回といい、マスコミにも煽られ、一斉に右に習えになる体質が怖い感じがするし、泡沫の政党は宗教色一色だし…。「絶対幸福党」なら、洒落で入れてもいいけれどなどと、バカなことを考えながら、たまたまこの選挙区はもうひとつだけ選択肢がある。どうせ、反映されることはないだろうが…。もう一票の比例は、もっと迷う。初めて「白票」で出そうかとも考えたけれど、こちらは、少数意見が少しでも反映されるように、九条改憲派が2/3以上を占める事態を憂いて、護憲の勢力になる思われるところに一票。
 あと、いつも迷わないのが、最高裁判所裁判官の国民審査。暇人と思われるが、配布される選挙管理委員会の「公報」をしっかり目を通す。経歴や関与した主な判例、心構えなどがでる中で、たまに座右の銘や趣味を書いている人もあって、そんな時は少し面白い。ここはずっと毎回、同じスタンスで望んでいる。
 別に支持政党はないが、一応、権力に対しては警戒しようという姿勢の投票行動が多いかなー。虚弱体質気味の反骨ということで…。

 その足で、以前からの約束がのびのびになって、進路のお祝い(?)をかねて、某同人と飲むために、駅前の大型ブックセンターで待ち合わせ。投票が早くすんで、20分ほど時間があったので、新書などを購入して待つ。
 岩波文庫から出た『高僧伝(1)』の現代語訳。
 立場は違うけれど、河合隼雄著『カウンセリングの実際』。
 『がんばれ仏教』で評価されていた神宮寺の『寺よ、変われ』と、
 福岡伸一著の『世界は分けてもわからない』。
 そして、野中広務と辛淑珠の対談で『差別と日本人』の5冊を買ったが、手元にも、4~5冊、ハードカバーが積まれているので、しばらくは楽しみが続く。

 あとは、二人で、「ああじゃ、こうじゃ」と、楽しく酒を飲む。「先生は、華光をどうして行きたいですか」なんて聞かれたりもしていたなー。まあ、酔っぱらっていたが…。いろいろあったけれど、真宗は、他の人の信心がどうこうではなくて、やっぱり自分の信心がどうかという話という感じになった気がするけどね。人のことは、「ほっときなはれ」(by伊藤康善先生)である。

 帰宅したら、選挙の開票速報中。もう大勢は決まっていたが、こんな時は、テレビのはしごで遅くなりがち。宗教団体の組織票に守られた与党政党の幹部が、「信心が足りなくて」次々落選したのが、正直、なんとなく気分いいのは何でだろうねー。まだまだぼくも心が狭いー。でもなんかね…。ダラダラ視聴が続くので、適当にテレビを止めた。でも、今度は、買った本をバラバラ読みだした。酔った頭には、『差別と日本人』が、すこぶる面白くて、結局、最後まで読んでしまって、すっかり遅くなった。選挙の流れにも絡んでいるし…。

 おかげで、今日一日寝不足気味ダナー。

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2009年8月29日 (土)

画家ゆうこ

  今日は、画家ゆうこの紹介。

 京藝大時代は、陶芸を専攻し、結婚後もしばらくは、某高校で、陶芸を含む工芸科の担当だったのだが、いまは、もっばら水彩タッチの絵を描いている。

Img_7170 依頼をうけてお店に飾るもので、彼女にしては、かなり大きな作品だ。

 今日は、寝室が臨時の仕事場替わり。小さな作品の時は、台所の隅でも描いているが、時には、立ったままでも、ちょこちょこ描いている。

 「弘法筆を選ばず」にならうなら、「ゆうこ場所を選ばず」だなー。

 少々(?)散らかった部屋でも、なんのその。集中力はすごい。

Img_71722

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2009年8月26日 (水)

恒例行事

  今年もやってきました!!

  わが家の恒例行事、小バエの発生である。

   毎年、お盆前後に、台所に発生する彼らは、毎年この時期に現れては、連れ合いに、「そろそろ食べ残しを整理せよ」と、忠告する有り難い使者である。

   ゴキブリよりも、小バエがきらいな彼女は、「火の粉を払ってもだめ。火の元を消さないと」を合言葉に、納戸や冷蔵庫の整理を始める。すると、奥から食べ残しだったり、何年も前のそうめんだったりが出てきて、発生源が特定され、冷蔵庫も少しきれいになるのだ。

 案の定、今年も、「見つたわ。これで、数日したら減るよ」とのことだった。

 ところが、今年は、数日しても減らない。それどころか、ドンドン数が増えて来る感じがする。おかしい。もしかすると、火の元ではなかったか。さらに、懸命の捜索の結果、おもわぬことろで発見された。資源ゴミの分別が始まってプラステックやビニールに食べ滓がついていたのを洗わず、そのまま捨てていたのが、原因だったようだ。ゴミ袋有料化で、勿体ないので(資源ゴミは)満杯にして捨てている。それが、底にたまっていたのだ。生ゴミはともかく、まさか資源ゴミとはなー。

  しかしである。それでもまだ減らない。うーん、今年の自力の執心はあまりにも強い。

  そしてとうとうみつけたのは、ミリンが少し残ったまま、蓋もせずおき放しになっていたビンだった。

   やれやれであるが、結局、放置期間が長くて、いつものようなハエじゃない。 たまらず、翌日には、ネットで効果があるという、「激トリ」という小バエ専用取りを設置することにした。用事で外にでてきたぼくが購入して、「ジャ、ジャーン」と自慢げにみせたら、なんと、午前中に、すでに彼女も購入済みだった。わが夫婦は、息がImg_7148 びったりあっているのか、不協和音なのかが微妙だ。

   「まだ設置して1時間だけれども、ビックリするよ」との言葉。言葉どおり、ほんとうにビックリした。集まってくるわ、くるわである。20~30匹なんなものじゃないぞ。結局、事務所も含めて3ケ所に設置したが、2日ほどで三桁は確実にとれていている。(さすがにその写真はアップしなかった)

 気持ち悪いのだが、どこかで集まってくるのが見たいという、そんな複雑な心境になる。体感的に見た目には、5~6匹程度だったのに、結局、何匹おったんやと思うと、ゾーッとした。結局、元も絶っているので、ここ数日で、完全に姿を消した。

 ちなみにぼくは、小バエよりも、ゴキブリが大の苦手。でも、連夜、遭遇し、仕留めたり、逃したりを繰り返している。

 今夜は、初めて夫婦でゴキブリを1匹叩き殺した。ぼくが追い詰めて、出てきたところを彼女が雑誌を丸めて、見事に仕留めた。絶えて久しくなかった息の合った夫婦の共同作業だったが、こんな協調なんかは、ぜんぜんうれしくないはずなのに、彼女が仕留めたとき、「ヤッター!」との気持ちがおこる。

 まったく無慈悲そのもの。
 コバエに対する態度といい、まったく悲しい。殺生をして、喜ぶ。これが、地獄行きの業といわずになんとをやである。

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2009年8月23日 (日)

洗濯王子

  2月のインド旅行。講習会で注文いただいた、インド写真の仕事がをやっと終えた。仕事がいろいろあって、のびのびにしていた作業を、東京法座の前に、注文をチェックし、プリントアウトし、個別にも種わけした。その人が写っている写真だけをプリントするのなら楽だが、ひろく注文を受け付けたので、風景やヒマラヤの写真など、人によっては、100枚、150枚と注文された方が複数あって、えいやーと、都合2日、作業に集中した。なかには、旅行してない人からの、注文も混じっていた。また、不思議な注文をされる方も多くて、それぞれに特色がある。なにも自分が写っていても、それがほしいというわけではなさそうだ。やはり、女性は写りが大切かなもなー。それなりに、ありのままに写っているのになーと。それに加えて、ぼくだって、改めて、他人の写真を見直して、「これもいいな。これも上手いな」と、別口で注文するありさまで、焼増しだけで、1000枚近い枚数になった。

 6ケ月も前のことだけれでも、撮影した1200枚近くある写真を、丁寧に見直して、「いい旅行だったなー」としみじみと感じた。その上、その写真を、東京にもっていたものだから、参加者と再度、旅行談義に花が咲いた。インドの旅行って、いつまでも話題はつきないなー。

 その中で、同室の男性の存在が、いろいろな意味でたいへんカツ楽しかった。

 添乗員もびっくりの太い太い洗濯ロープを2本も持参して、移動、移動の旅行の中で、せっせせっせとお洗濯。それは、インドに入っていない、初日のバンコクから始まったのだけれども、夜10時すぎに部屋に入って、翌日は5時起床して、次ぎの仏跡に移動という強行スケジュールの中では、洗濯物はなかなか乾かず、キャリー、キャリーで、生乾きの洗濯物が連日、部屋を彩るありさまになった。

 結局、彼に「洗濯王子」という名誉ある称号を与えたのだった。

 もっとも、彼は、この旅行中に、「山羊男」という別の尊称も生まれるわけだが、これはこれでなかなか奥が深い…。

 まあ、そんなことを、酒席でワイワイ話題にしながら、東京から帰宅。そして、パソコンを開いてびっくり。

 以下のように、最新ココログニュースの記事が配信されていたからだ。

 「洗濯王子」が人気上昇中!

 知らなかったな…。

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2009年8月19日 (水)

琵琶湖

 先日の日曜日、久しぶりに子供連れて、琵琶湖の近江舞子に泳ぎに行った。

 お盆の最終日。車の混雑を避けて、湖西線での移動。

Img_7072  このところ海ばかりで、琵琶湖では泳いでいない。でも、もし琵琶湖で泳ぐとしても、足を延ばして、湖北のマキノのサニービーチに行く。それというのも、ぼくが子供のころは、京都人の水泳場の定番といえば、琵琶湖の近江舞子だったからだ。いまのように交通が整備されていない時には、近くで便利だったのだろう。でも、ぼくは小学生の時以来行っていない。それは、混雑している、水もきたないんじゃなかいというイメージが先攻して、ずっと避けてきたからだ。といって、マキノまで車で行くと、帰りは渋滞に巻き込まれてけっこう疲れる。それで、最初ちょっと渋ったが、快速なら、京Img_7092 都から29分と近いので、電車で行くことに決まった。荷物を軽くして、遅めの列車に乗る。車内は若者で混んでいたが、まあしばらく辛抱したら、駅からは3分ほどで浜につく。空いている北の浜にした。

 えー、こんなさびれていたっけというほど、設備がない。1軒だけ民宿のガレージを使った、とてもしけたお店があるだけで、公共のシャワーも、脱衣も、トイレもなにもない。水泳客も、テントももたずに、シートだけの軽装で来ている人が多い。逆にいうと、交通費以外に、お金を使わなくてもいいわけだ。中の浜には駐車場もあって、そのあたりには、設備もあるそうだが、かなり離れている。全長4㎞も浜が続くのだから、ちょっと無理。簡易テントをセットして、またまた手作り弁当を食べた。今日は、手作りハンバーグ。ナナがタマネギを切ったそうだ。

Img_7078  浜の端だったので、白砂の浜から、ちょっと小石になっている。でも、そのほうが砂にまとわりつかれずにいい。お盆最後の日曜日なのに、案外空いていた。そして、水は、おもわぬほどきれいで、魚もたくさん泳いでいる。けっこう大きい(20㎝くらい)ものも、まとまって泳いでいる。子供でも、それがよく見えるので、びっくりしていた。普通の網ですくって捕まえている人もいるほどだ。

 以前、仏の子供大会で、琵琶湖で泳ぐといったら、東京からの参加者が、不思議な感じがするといっていた。静かな海のように小さな波もあるのに、まったく真水なので、ベタベタせずにさっぱりしている。しかも、生活用水、飲み水として、京都、大阪などでは、多大な恩恵を受けている。ちなみに、琵琶湖って、滋賀県内からはほとんどが流れ込む川ばかりで、大小何百もあるのに、出口になる川は1本しかないと、聞いたことがある。それが瀬田川で、琵琶湖疎水を経て、京都の生活用水になっている。

 当然、流れこむ川が汚染されると、琵琶湖もきたなくなる。そのImg_7081_3 ために、滋賀県では、いろいろと川を護るたその規制や、生活上で努力がなされている。そのおかげで、下流域では、生活用水に困ることはないのである。ところが、(たぶん、京都や大阪からの)水泳客は、自分たちが楽しむだけで、平気で、浜にタバコの吸殻や空き缶などなどのゴミを捨てて帰っていく。そして、「京都の水道水は不味いな」と、文句ばかり言っているのであるから、ほんとうにおかげを知らないというのは、こんなことだろうなと少し思わされた。当たり前のことって、ほんいうはなにもないのにね。

(ちなみに、3枚の湖(うみ)の写真とも、ちーいさく、少し泳げるようになった子供が写ってるよ。)

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2009年8月16日 (日)

手作り醸造所の地ビール

Img_7127  博多の同人から、福岡市にある手作り醸造所のビールをいただいた。地元で飲食業をされているので、おいしいもの、おいしいお酒を、よくご存じなのだ。

 いわゆる、地ビールだが、なかなかコクがあるのに、飲み易くて、うまい。夏は、やっぱりビールがうまいなー。

 「『ブルーマスター』という社名の銘柄と、有機コーヒー豆を使用した、コーヒーポーターという黒ビールで、ほのかに苦みもあるが、これも美味だった。御馳走さまです。

 夏場は、けっこうインやビール、時に、珍しい焼酎や泡盛などもいただく機会が多い。まあ、それほどの呑兵衛じゃないけれど、アルコールが好きなのを、みなさんよくご存じと見えて、これは大いにうれしい。ほんと、結構なことです。ところが、父は、主に日本酒が好きなのも、みなさん、よく心得ておられる。しかも、冷やで飲むような「大吟醸」云々よりも、昔ながらの癇ができる日本酒が、昔から好きなのだ。30代ぐらいまでは、ぼくもそうだったが、いまは、焼酎の後味の方が、ずっと好きだ。
 親子でも、酒の趣味は違っている。

 夕食の途中で、五山の送り火が始まる。

 会館の屋上からは、最初は、4つ見えていたが、いまは隣にビルがたって、いままで一番よく見えた船形が見えなくなった。いまは、左大文字と、かすかに鳥居形だけが見える。しばらく、地元のテレビの中継の方が、はっきりくっきり見えた。

Img_7129  ムラ君が、華光会HPの「今日の華光会館」にアップしていた。よりよいHPを目指して、彼はほんとうに張り切っている。

 彼の写真の方がよくわかるが、ぼくのもかすかに映っている。

 如意ヶ岳の大文字ではなく、いわゆる左大文字だ。

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2009年8月15日 (土)

盆参りと盆踊りと…

 今日は朝から夕方まで、最後のお盆参り。といっても4軒+会館でのお参りだけ。それでも、京都を南や北へと、広範囲に拡がっているので、移動時間が多くて1日仕事になった。

 まずは、宇治の平等院に向かう。そこから、1㎞強入ったところ。都心は、車が空いていたが、高速出入り口は避けて通った。観光地や墓所や霊園はそれなりに渋滞している。
 1年に1度だけお会いする方ばかり。完成直後の華光会館のご近所に住んでおられた方で、なかなか聞法までは至らないが、歓迎してくださって、短いご法話も聞いてくださる。最後は、家族総出で、車まで見送ってくださった。

 そこから、日野の方に回る。途中、三室戸寺の近所や、黄檗山万福寺を通った。初めて通る道だったが、宇治の観光名所ばかりだ。向かう先は、日野の法界寺や誕生院の近くのお家だ。ここでは、「お盆のいわれ」の質問がでた。なんでも、アフリカから来た留学生に尋ねられたそうだが、「古くからの習慣」程度にしかわからないという。世間の皆さんもだいたいそうだろうなー。詳しく説明すると、びっくりされていた。この話は、けっして初めてじゃないだけれど…。

 お昼を済ませて、今度は、京都市北部の岩倉へと向かう。宇治からは30㎞は離れていて、1時間はかかる。それでも、車中から、京都の名所旧跡や風光明媚なところが訪ねられので、かなり新鮮。市内を抜けて、明日、送り火の「妙法」の「妙」の真横の道を宝が池から国際会議場を通り、さらに北へ。引っ越されたばかりで、目の前にきて迷った。細い道で離合が難しく困って、モタモタ。さいわい、家内から携帯を借りていたので、助かった。一度、家が見えていたのに、その先が行き止まりだったので、地図を見損なって、早く右折して、迷ったようだ。結局、80分もかかった。
 若夫婦。ぼくの真横で、ぼくより大きな声で読経される。調子が外れたり、間違ったりされるがお構いなしだ。ご法話も熱心に聞いてくださって、感想も出る。いつも、ここは、もう一歩と願っているところだが、この一歩だが、万里の道のようでもある。でも、若いのに、とても丁寧にお祀りされるので、お参りも張りがある。

Img_7027_2  帰路は、白川通りを通って、スペインのバル風カフェ「Gades」を覗いたら、マスターが退屈そうにしていたので、法衣姿のままひと休み。おいしいジンジャエールを飲みながら、昨晩見てきた映画のことなどを話した。

 一端、家に戻って、今度は自転車で出勤。曇って暑さはましだが、小雨になっている。今年の夏は、ずっとこの調子だ。ここは初めて、ご主人や娘さんに出会った。聖典も配ったが、まだ聞いておられるだけ。『子供の聖典』を開いて、平易な表現でご法話した。聞くふり?はしてImg_7028 くださったが、特に感想や質問もなく、反応は?だ。会館に戻ると、会館の盆法要の最中。子供大会にも参加した双子の兄弟もお参りされていた。

 着替えて、自転車で東寺である「盆踊り大会」へ。子供たちが楽しみにしている。初めて行くんかもしれんなー。でも、盆踊りではなく、夜店がお目当てだ。小さな規模で出ているが、下の子は、目をキラキラと輝かせて、「あれImg_7031 も」「これも」とねだる。200~300円のものばかりだが、1,300円もするおもちゃを欲しがった。周りはけっこうもっていて、暗がりにキラキラしてきれいなのだ。予定外の高額商品。紆余曲折の押し問答があって、「これか最後」という念を入れた条件提示をして、とうとう購入。でも、そこからが、まだまだ我が儘が続いてしまって、最後はとうとう叱られ、大泣きして終Img_7041了。あんな楽しい思い出が、度を過ぎてはしゃぎすぎで、一転、悲しい、 辛い思い出になる。まさに子供の典型だったなー。

Img_7045  ←このお店が、元凶。下のチョウチョウの音と、無粋なディスコサウンドがなる一品。

 1日、疲れました。

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2009年7月15日 (水)

丸まる3年

 昨日でブログ開始から丸3年が経過して、4年目に入った。

 これはこれで、ちょびり感慨深いものがある

 最初は1年を目標に始めた。次は10万アクセス。そして、ここまでやったら、3年は続けようと思っていたので、一応の目的達成したのかなと。当然、3年間分あるので、記事も1000件は超えている。 

 京都にいるときは、ほぼ毎日の更新している。われながらよく続いてるなーと感心だ。きっちりした性格が、ここにも現れてる。でも、これが継続している強みでもあり、また弱みでもあるわけ。なかなか適当に要領よく書けない。この性格は、いまやかなり中和されたとはいえ、どこかで強迫観念的な完璧主義傾向も残っている。それで、逆説的な話だけれども、法座でも、すべて感想は書けないわけだし、映画なら、5~6本に1本のペース、本は、30冊に1冊も書いていない。音楽に至っては、もっと触れてないだろう。それのどこが完璧主義なの?  実は、触れなかったことでも、かなり書きかけで途中で止めているものが、残っているのだ。ここが適当にできない所以なわけで、中途半端な 感想はエントリーできないでいる。よく考えると、ある種の自己撞着なんだよね。
 
映画や読書、講演や会合と、Outputよりも、Inputされる刺激のほうが、断然多いのだけれど、なかなか要領(つまりは自分の思い通り)にはいかないのだけれど、一方で、どこかで大目にみながらやってきたので、こうして続いているのかなーと。

 このあたりは、いまだに試行錯誤中。ここがもっとスッーとはじけると、また楽で、ライト感のある違った展開もあったんだろうけどなー。

  まあ、こんな感じの奴ですが、これからもおつきあいよろしくお願いします。

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2009年7月 6日 (月)

ディープな世界へようこそ

 親子3名で、伏見にある堀田医院へ。もともと、七を出産したあゆみ助産院の紹介で教えていただいた。

 長らくご無沙汰だったが、何年ぶりかに、七を連れて出かけた。このところ、足の後ろや腕ののアトピーがひどくて、寝る前や寝起きにひどく掻いているのだ。そのついでに、ぼくも、長年治らない首の後ろの湿疹をみてもらうことにした。

 でも、この先生、そんじょそこらの内科医じゃないことは分かっていた。それは以前からだったが、それがさらに進化しつづけている感じで、異様な迫力がある。

 現代医学の難病やガンの治療のために、わざわざこの小さな医院を訪ねる方も多いそうだ。でも、もし知らない人が行くと、さまざま妖しげなグッズや、飾ってある曼陀羅などに、ある種のいかがわしさを感じるかもしれない。もともとは、京都府大の大学病院で免疫学の先生だったようだが、西洋医学だけでの限界に触れて、東洋医学を始めとして、さまざな取り組みを始めれたようだ。たとえば、この先生の「ガン」への取り組みは、以下のHPで読むことができる。http://www.gan-jiten.com/store/06/post_13.html

 今日も、オーリングもあれば、ダ゙ウジング(かな? ぼくは門外漢なので間違っているかれしれないけど、水晶のようなストーンを振り子にしながら、いろいろと言葉に出して、波動を調べてられる)もある。連れ合いがはまっているホメオパシーとか、コウケントーなんかもOKなので、カーボン番号まで、「3001、3001、4008、4008…」なんかいいながら、振り子の乱れで、「5000番と3002番ですね」と言われた。最近は、パワーストーンというのか、宝石光線療法なるもにも力をいれておられる様子だ。

 ぼくの症状の原因を、食べ物や、洗剤、せっけん、シャンプーなどいろいろと調べられたが、やっぱり、食べ物だそうだ。特に、マーガリンなどの植物性の油は、先進国では禁止されているところもあるのでNG、あとは甘いものや乳製品、加工されたハムやウィンナー、油であげたものも合わないようだ。漢方薬の飲み薬と塗り薬がでて、あとは、オーガニックの亜麻仁油を勧められたので、購入した。

 圧倒されるほど、妖しい魅力満載。いわゆる、補完代替医療と呼ばれる分野なのでしょうが、西洋医で、ここまで真剣に治めておられる方は、まだまた少ないようです。あんまり、そんなことをも知らずに来ましたが…。世間には、それもご近所に、まだまだディープな濃い濃い世界が拡がっているんですね。

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2009年6月30日 (火)

トラブル

  終日、ココログで障害が発生し、どこも閲覧も出来ない状態が続いていた。午前中に、メンテナンスがあるとの告知があったが、それは予定を少しオーバして、午後1時に終了したとの記述が出ている。でも、ぼくのところは、閲覧も、書き込みもまだ出来ない状態が続いていて、「メンテナンス中」との表記。

 ご承知のとおり、先日、華光会Hpからの閲覧する時にトラブルが発生したところだったので、ちょっと心配したが、これは完全にブロバイザーの問題だ。3年前にココログを始めた頃も、ここはよくトラブッていたが、いまもトラブルがたまに起こる。どうにか、閲覧の方は夜には解消したようたが、管理ページへのアクセスは無理で、書き込みが出来ない状態。もう今日は諦めようと思ったが、コメントは入りだして、夜10時前にはほぼ回復した模様。でも、携帯からは今もまだアクセスできないようだ。やれやれ。

 ほんとうは、1972年10月の南米ウルグアイの航空機(正確には軍用機仕様)が、アンデス山脈で墜落事故が発生。捜索が打ち切られ、食料もない厳冬の山岳地で、72日間(2ケ月半だ!)も、生き延びた驚異のサバイバル生活と、その裏 にあった現代人(特にキリスト教圏内)の最大のタブー(アンデスの正餐)を、生き残った16名の男達の35年ぶりの証言をつなぎあわせたドキュメンタり、『アライブ』~生還者~に触れる予定だった。とにかく、壮絶。かつ考えさせられるが、これはまた後日。

 ほんとうは、たいへんなトラブルが2件あったが、まあそれは機会があれば……。

 そうそう、もう630日。2009年もちょうど半分! それにしても、蒸し暑いなー。Img_6179和菓子屋さんに水無月が並んでいた。なんとも涼しげ。6月の和菓子の代表だ。といっても、今日のおやつ違った。かわりに、結婚式の引き出物でいたいだ、レモンケーキを食べた。別に涼しげではないが悪しからず。

 華光誌か完成してきた。発送は7月2日。お楽しみに。

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2009年6月27日 (土)

チャペルでの挙式

Img_6104 博多での同人の結婚式に出席して、さっき帰ってきた。

 子供大会出身者の九州縁者4名と、ご一緒した。

 長いお付き合いの中で、気が置けない仲間だ。顔みるなり、「また会ったなー」と、お互い笑った。確かにー。熊本、京都、広島、そして福岡と、4週続けて顔を合わせている。

 生まれて初めて、キリスト教式の挙式に出る。

 これまでの結婚式は仏式ばかり。もちろん、神前式をあげImg_6117_2 た方の披露宴から出席したことはあるのだが、挙式はない。かなり世間とは逆だろう。

 もちろん、法衣、念珠で、ホテルのチャペルにはいった。今回は、新婦側の主賓でお招きいただいているからだ。

 また若い、日本人の神父さん。長髪で、なかなか男前。自然な笑顔でフランク、しかも堂々と、わかり易く説明をされた。やんわりと禁止事項(携帯や私語、そしてすべての撮影)も話される。皆さんが、新郎新婦と心をあわせて、厳粛なムードを作っていくのである。ホテルの中とはいえ、神聖な場所だ。ぼくとしとは滅多にないことで残念だっだのだが、撮影禁止をうまく言われたところは、なかなかきっちりされていた。

 一言でいうとすごく慣れておられる。たぶん、ルーチンの繰り返しなんだろといったら身も蓋もないが、聖書の言葉も、吉野弘の「祝婚歌」を引かれた短い説教(ぼくは真宗の方の説教でも、この詩を聞いたことがある)も、言葉ではなく黙祷を進められたりするのもわかり易くて、かなり好感をもった。その態度がさわやかだ。

 勉強になった。ぼくも、見習って長髪にしよう!(いまさら無理か)。

 となりで、S子が大声で「賛美歌」を歌っている。知ってるのかと思ったら、まったくムードであわせているだけで、コーラス隊と合わずに、はずれまくっている。その隣が法衣姿のぼくだ。まったく、変な組み合わせ。そのS子も、さすがに「アーメン」とは言わなかった。

Img_6126 ぼくの式でのあいさつは、羽栗先生の、ぼくたちを生を、ご恩のあとを振り返ることなく、だだ前を向いて走る列車にたとえた話。前ばかり見て進んでい るが、でも、その行き先はしらない。いま、まったく違う路線を入っていた二人の線路が交差したわけだが、結局、「死ぬ」ことに向かって、いまがよければよいと生きていても空しい。その行き先を定めさてもらわImg_6124ないなとー、といった内容かなー。

 留め袖姿の新婦の母親のジャズピアノの生演奏 での新郎新婦の入場。最後の新婦のあいさつも感動的。いろいろな経験を経てImg_6141 聞かせてもらう、親のご恩徳。 

 今夜は京都で途中下車の身。

 明日は蒲郡での東海支部法座にImg_6176 出かける。

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2009年6月22日 (月)

父の日

 父の日。

 広島からもどり、十条駅から歩いていると、会館から子供たちが走って迎えにくるのが見えた。

 「お父さん、いつもありがとう」。二人は小さなプレゼントを抱えていた。

Img_6058  保育園で、父の日用に作ったもので、彼女の手作りの部分もかなりある。

 あとは、普段、ペットボトル製品は買わなようにしているので、家から子供が使わなくなった「ペコちゃん」のかなり可愛いタンプラーを持参している。そこで、上の子が選んでマイ・ボトルのプレゼント。お小遣いで買ってくれたようだ。さっそく映画観賞に持参した。

 「うれしいよ。ありがとうね」。

 ぼくの方は、自分では安めの洋酒しか買わない父に、高価ぽい(ぼいだけか)ブランデーを贈った。だいたいスコッチ派のようだが、たまにはコニャックでもいいだろう。ぼくは、洋酒はダメで、焼酎や泡盛が好きだ。でも、父は焼酎はまったく飲まず、日本酒派で、しかも温燗が好きて、そこに加えて少しウィスキーも飲むようだ。お酒の趣味は違うが、嗜む程度の可愛いものだが、酒好きなのは共通している。もちろん、駅横の例の酒屋で購入。ちょうど6月が誕生日なので、そのお祝いを明日することになっていたので、こちらは軽めである。支部長研修会の時の7日に誕生日を迎え、84歳になった。でも、まだ現役で、活躍中なのだから、脱帽である。

 その夜(京都支部の終わった夜ですね)、突然、「ランニングするわ」と、スニーカーを出して走り出した。あまりにいきなりではちょっと危なっかしい。月2~3回の自力整体以外は、運動という運動はまったくしていない。まあ、最初は、ゆっくりウォーキングするところからでどうかということになったが…。

 

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2009年6月16日 (火)

おさなごのつどい

 問題です。
 下記の○○さまは、どなたのお名前がはいりますか?

 「○○さまが、その一生をかけて説きあかされたました、仏さまの道は、日本国中はいうまでもなく、外国にまでひろがり、かぞえきれないほどたくさんな人たちの心に灯(ともしび)として消えることのない光りとなっています。

 さいわいにもわたしたちは、そのご縁に逢い慈しみにつつまれる身にさせていただいたということは、考えてみればみるほど、たぐいなき喜びだといわねばなりません。夢おろそかに思ってはならない尊いおめぐみです。いや、わたしひとりをお救いくださるために○○さまはこの世にお生まれくださり、永いご苦労をされたのであります。そう受けとらせていただいたとき、深いご恩が身にしみて感じとれます。

 今日は、その○○さまがお生れになったよき日です。

 「讃えまつれ今日のよき日、祝いまつれ今日のよき日を」

 わたしたちは、仏さまの前で両手を合わせ、心から○○さまのご誕生をお祝いし、お徳をたたえ、深いご恩をよろこばせていただきしましょう。」

 七が、突然、「浅き夢見じ 酔ひもせず」口ずさんだ。びっくりして聞いたら、「いろはうた」(曲つき)を園で練習しているらいし。

  6月15日、保育園から、東寺の弘法大師の降誕会(ご誕生会)で、「おさなごの集い」にお参りしてきてもらってきた、東寺のパンフレットから、転記した。昨年から、保育園が、園名どおりに東寺の傘下に入って、その行事にも参加するようになったのだ。

「いろはにほへと ちりぬるを
 わかよたれそ  つねならむ
 うゐのおくやま けふこえて
 あさきゆめみし ゑひもせすん」

「色は匂へど 散りぬるを (諸行無常)  
 我が世誰そ 常ならむ    (是正滅法)
 有為の奥山 今日越えて (生滅滅己)
 浅き夢見じ 酔ひもせず」 (寂滅為楽)

 そうやね、明日でも、明後日でもない。「今日」、つまりは「今」、有為の迷いの根切れをさせてもらって、二度と迷わない身にさせてもらうんですよね。

 もういうまでもないですが、○○さまの正解は、空海さま。

 前半部分の業績をカットしているですが、これだけなら、親鸞さまでも、法然さまで不思議じゃない内容。
 祖師讃仰のひな型でもあるのかなー。

 でも、聖道自力の道で不思議に思うのは、出家発心した修行僧はともかく、一般の在俗の信者の救済を、普通はどのように説いておられるのでしょうかね。

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2009年6月15日 (月)

日曜参観

 華光誌の編集作業があるので、日曜日を空けていたら、ちょうど日曜参観と重なった。午前中なら、どの時間でもよく、最後は親子で大掃除をして解散となる。

 4年生になって初めて参観に出かけた。

 これまで、歩き回ったり、騒がしい授業風景に驚くことが多かった。

 1ケ月ほど前も、教室でわが子の顔に飛んできたスリッパあたって、ちょっとだけ青アザになって、学校からすぐにお詫びの電話がかかってきたばかりだ。授業と授業の合間、自分の席で次ぎの準備をしてたところだったらしいが、結局、誰の仕業かもわからないままに終わった。たまたま目の上の額だったのでよかったが、もう少し下だったら、抗議にも行かねばならないところだ。

 聴覚障がい者が3名加わるので、先生は二人。共に3~4年目の20代後半の若い女性の先生だ。2007年問題があって、団塊世代のベテランが大挙退職した後、中間どころが空洞化して、20代の若い先生の採用が増えていく。だから、いま若い教員が多くなった。よく補助教員として、ベテランの退職した先生がつくようだが、わが子のクラスは二人とも若い。単級は、子供も6年間逃げ場がないが、先生にしても、大変だ。基本的に、その学年のことは一人でこなさねばならないからだ。

 一時間目の途中から覗く。まだ、始まったところで集中力があったからか、ずいぶん、みんな成長していて、イスに座って授業を聞いている。当たり前のことなのだが、ちょっと驚いた。

 2時間目は、算数。30名強の単級に、算数は、それを3クラスに分けて、10名ほどでの授業になる。そこに補助が随時、見て回るのだから、30数名を4名でみるとは、かなり手厚い体制だ。それだけ理解度や進捗度が異なり、厄介なのだろう。たぶん、この学年あたりが、次ぎへの大事なステップ、分岐点になるのかもしれない。バソコンやプロジェクターを使って授業が進んでいた。人数が少なくなった分、騒がしい子も目立つが授業の進行には差し障りはない。

 わが子は、3年生まで基礎体力もなく、気分的に塞いで、欠席がちだった、少し心配した時期もあったが、3年生の冬から、休まずに学校に行くようになった。何事も積極的にこなすようもなり、クラスの代表委員にも立候補した。部活は、卓球、クラブは、読書、あと月1回の課外で茶道もやっている。まあ、このあたりは、小学校なので、授業の延長。あとは、華光文化教室で、水曜日にピアノと、木曜日に書道を習い、土曜日はバレエに出かけている。バレエを始めてから、少しずつ体力がつきだした。いろいろと日常が忙しくなっているが、その分、自信をもって取り組めるようになったのだろう。

Img_6036 途中で抜けて、気分転換に一人ランチ。メーンは魚をチョイスしたので、甘鯛の香草パン粉焼き。ビネガーをまじえた山芋ソースとの相性もよかった。ここはひとりでも、ゆったり落ち着けるし、長時間でもOKなので、華光誌の原稿書きや校正の作業にも利用する。家でやるより、ずっーとはかどる。

 作業は、大詰め。水曜日には完了して渡したい。

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2009年6月14日 (日)

びっくりしすぎて(2)

http://www.geocities.jp/mwer8896/rupo/gosiki/index.html

 先程のエントリーの続き。あまりにびっくりして興味津々で調査。

 やはりありました。マニアはいるのもです。↑上をクリックされると、親鸞様のご生涯や法然さま、真宗の名場面集が立体的に味わえますぞ。

 まったく関係ない雑行雑種も、少しは混じっておりますが…。

 どの場面が皆さんのお気に入りですか?

 ぼくは、吉崎の肉食の面の「指バラバラ」の凝った演出、五劫思惟仏や聖徳太子も、なかなかのものでした。

 普段は、無料で入れるらしい。

 まじで行ってみたいかも…。

  ちなみに、信行両座で楽邦さんが演じたい、遅参する熊谷直実さんです。

Shin1

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2009年5月18日 (月)

マスク 

 今日、シトロン・サレというフランス風のカフェでランチをしていたら、隣の男性が急に断りの電話を始めた。「ほんとうは参加したかったのですが、いま倒れるわけにいきませんので、今夜の会合は欠席させてもらいます」。どうやら大阪での集まりだったらしい。そこまで心配する必要あるのかなーとも思うけれど、なんとなく不安なのは分からないでもない。

 ブタインフルエンザが大阪でも発生したという日に、大阪の茨木市から日曜礼拝の参加者があった。電車の中はマスクだらけだったという彼女も、マスクをしていた。神戸-大阪-京都はJRや私鉄で緊密に結ばれている。実際、ぼくたち家族にしても、北米から帰国した人や神戸の人にも会っている。いまの時代、人の流れを完全に遮断するのは無理な話だ。

 映画館に入っても、いつより客が少なめの気がする。それに、高齢の人にマスク姿が多いのと、みんなわりと離れて座っている。近くで咳でもされると、大丈夫とは分かっていも、ちょっと気持ち悪い。そういえは、永代経のあとから連れ合いも、事務所のTさんも、ブタではなく、風邪なのだろうが、コンコンとやっている。連れ合いは、いつもの風邪と違う症状で少し寝込んだ。たったいまも、食事を作りながら無神経(エチケットのないという意味)で、コンコンとおかしな咳をしている。この時期、へんな咳やくしゃみをしようものなら、すぐに「ブタか?」とからかわれる。「トリ」ならまだしも、よりによって「ブタ」ですか。「ブタ?」と聞かれて、表現で傷つく体型の人もきっといるな(大きなお世話や)ー。

 もちろん、商売を企む人もいる。「緊急案内」として「新型インフルエンザの広報、音声情報案内」を勧めるFAXが届く。ちょっと前には、『感染列島』というつならなさそうなパニック映画のチラシと共に、危機管理の提案というセールスがあった。マスクや簡易トイレ、避難用テントなどの売り込みだ。でも、全体からみると、経済効果はかなりのマイナスになるだろう。

 ぼくは、いまのところマスクは不着用。でも、カバンの中には、その時の見本用のマスクをしのばせて、映画館に通っている。きっと、電車に乗るときは、着用するだろう。これだけ騒がれると不安な気は確かにするからだ。

 でも、一方で、その過剰な反応ぶりが異常な気がしてならないのだ。誰かが、不安を煽っているということはないと思いたいが、抗菌や除菌だらけの超清潔大国のぼくたちのこと。これで、もし死亡者でも出たら、間違いなく責任者は追求され、風聞被害などのパニック状態にもなりかねない勢いだものなー。ブタより、そのほうが怖いなー。

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2009年4月30日 (木)

お引っ越し

Img_5435   3月一杯で、七の保育園が仮校舎に引っ越した。ちょうど1ケ月になる。

 東寺の境内地にあって、なかなかImg_5638 味のある木造の建物だが、安全性の老朽化には勝てない。来年 の3月まで、まる1年かけて新築校舎になる。結局、うちの子は 卒園なので、たぶん、卒園式につかう程度で、その恩恵はうけられないようだ。(左が取り壊しての校舎、右が仮住まいの校舎)

 その間、まっすぐに東に一㎞ほどいった西山(せいざん)派の元Img_5425 幼稚園の校舎での保育に移動する。ちょっと家から遠くなった。ちょうど羅城門跡をへて、西寺跡の近くになる。いまは東寺は現存するが、羅城門も、西寺Img_5428_2 も、ただ石碑があるだけだ。東寺から、西寺への引っ越しである。以前のところより狭いが、こんな近くで手頃を校舎が見つかったのは、僥倖だといっていい。手間な工事なんかやめて、「もうここでもいいんじゃないの」と思った。

Img_5431  もちろん、取り壊しや新築工事もたいへんだが、時間がかかりそうな厄介な問題がひとつある。地下に眠る埋蔵文化財である。歴史の宝庫といっていい東寺の境内地にあるのだ。何も出ないわけがなく、すでに試掘段階でも、文化財が発掘さ れたそうである。妙なことだが、Img_5422歴史的な発見がないことを祈ろう。

 3月の学期末、古い校舎を取り壊すにあたり、子供たちがお別れに、ペンキで校舎に思い切り絵を描いた。誰もがImg_5420_3 子供の時に、壁やタンスに絵を描いて叱れた経験があるだろう。それが、使っている建物の壁や床に、しかもペンキで絵が描けるのである。なかなか出来ない、楽しい貴重な経験をさせてもらったようだ。年少の子は年少なりに仕上がり、また年長になるとかなりく描いていて感心させられた。

 数々の思い出と共に、校舎はもう取り壊されている。

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2009年4月24日 (金)

連れ合いの誕生日

Img_5669   連れ合いの誕生日。もう○○歳か。

 小さな花束を贈って、プレゼントは伊勢丹に一緒に買いに行くことになった。節目の記念なので、奮発すImg_5654 ることにしたが、かなり予算内で納まった。

 夜、家族と共に、マチャプチャレで簡単なお祝い。偶然、居合わせた、隣席のボストンから遊びに来ていた夫妻も、一緒に祝福してくれた。美山町へ友人の結婚式で、京都観光しているらしい。

Img_5642  連れ合いの絵の下で、おいしいおばんざいを食べたあと、ネパールの話題に。昨年の11月から3月の間、ネパールでの2店目の日本料理を出すために、ボカラに滞在していたのだという。現地のこImg_5653ともいろいろと教えてもらったが、次回は、雪山(ヒマラヤの麓)の ボカラへもどうぞと勧めてもらった。訪れたいところが増えて困ったもんだ。

Img_5667 

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2009年4月21日 (火)

「イカのおすし」が身を守る?

 小学校から、「不審者情報」についての緊急のお知らせが届いた。

 昨日、下校時に、「どこか連れていってあげようか」とか、「写真撮られて」と、声をかけられる事案が、2件あったというのだ。

 たびたび、ここでも指摘しているように、いま、子どもたちを守るのはなかなかたいへんなのだ。安全、安心の街づくりは、保護者だけでなく、地域や学校、警察が一体となって取り組まねばならない。とはいうものの、以前ここにエントリーした、アメリカでの過去の性犯罪遍歴者に対する過剰反応の悲劇が描かれた『リトル・チルドレン』という映画ではないが、時に、不審者に過敏すぎたり、過剰反応ではないかという面も無きにしも非ずだ。対処の遅れが、警察や学校の責任問題にも発展しかねない一面もあるからだ。まあ、そんな穿った見方はともかく、重大な問題が起こってからでは手遅れなのだがら、冷静に、用心するには越したことはない。

 というわけで、子どもたちへの注意事項が並べてあるのだが、そのなかに、
 子どもたちの安全を守るために、「NO」「GO」「TELL」や「イカのおすし」の確認を、おうちでもご指導ください、とのこと。

 さて、「NO」はキッパリ断る、「GO」はさっさと行く、「TELL」は、助けを求めることだろとだいたい想像がつくが、この「イカのおすし」というのがサッパリ意味不明。いや、意味は分かる。「イカのおすし」なんでしょう。でも、ここで、ホンモノのイカのおすしのわけがない。不審者が来たら、常備している「イカのおすし」を握って、思わず相手が食べる間に逃げる゛なんという話ではなさそうである(当たり前だ)。とすると、なにかの暗号か、頭文字かということになるが、それがよく分からないのに、指導するもないものだ。

 「なに、この『イカのおすし』って?」と、子どもに尋ねて、指導してもらうことにした。けっこう有名で、なんでも、「イカのおすし」ポスターも、「イカのおすし」CDも、振り付けもあるらしい。

 そうなると、ますます知りたいくなる。

 すると、もう一枚のチラシ。
 そこに、「おぼえよう、イカのおすし」~こわいめにあわないために~という府警のチラシ。なーるほど、いまの子どもたちには、「イカのおすし」とおぼえさせているんですか。

 皆さん、知ってました? ぼくは、まったく知らなかったなー。

 最初の「イカ」が、「行かない」だとわかると、あとは、一文字ずつで、だいたいわかりますよね。

 でも、この最初の「知らない人に、ついてイカない」という、この「知らない」とが、ちょっと曲者。見かけたことのある人だったり、少し顔見知りだったりして、けっこうそんなのが今日のこわいところなんですが…。

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2009年4月17日 (金)

現金な現金の話

  わが家にも定額給付金の申請書が届いた。

 地方自治体によって、時期はバラツキがあるようだが、申請手続きで窓口が混乱しているというニュースを目にした。

 給付額もそうだが、そのために割かれる労力や経費もバカにはならない。そこまでして集めた税金を使い、選挙前に、一律に金をバラまく。なんのためかと勘繰りたくもなる。それも、「黒字なので配布します」なんて景気のよい話でも、「無駄な国会議員の歳費や手当て、政党助成金を削り、還元します」というまっとうな話でもない。結局、借金を増加させ、まったく景気対策にも福祉の充実にならず、ただ次の世代につけを回わすだけなのだ。いや次世代どころか、まもなく増税というしっぺ返しがやってくる。なんというバカな政策なのだろう。

 相互扶助組織ともいうべき、都会の中・下層者を支持基盤とする宗教団体に支えらた与党が、考えそうな政策である。

 ならば、お前は申請を断るのかというと、しっかり申請を出した。いただきますよ。もとは納税した税金だもの。しかも確実に増税がある以上、次ぎに備えないといけないなー。

 実は、わが家には、定額給付金以外にも、もうひとつ「子育て応援特別手当」の申請書が、ほぼ同時期に届いた。支給世帯は、「3歳以上18歳以下の子供が2人以上いて、かつ小学校就学前3学年の子供」が対象というもの。つまり、乳児以上の子供が2人以上いて、そのうち1人が、3歳、4歳、5歳児の子供の場合というのである。多子世帯支援をうたっているのに、たとえ、4人、5人いようが、もしそれが6歳児の年令以上なら、対象外という不思議な制度だ。しかも、1回限りの、36,000円。1年あたり、12,000円で、3年分。つまり、「3、4、5歳の時に、毎月千円ずつ補助しましょう」ということになるのだ。

 ちなみに、わが家は(正式には上と下では別世帯になっているが)、子供2人と、老人2名、それ以外2名で、合計6名家族。給付額は、18歳未満と、70歳以上が一人2万円。それ以外は、一律12,000円。そこに、子育て応援手当の36,000円も加わるから…。ジャラジャラジャラ…。アハハハ、かなりけっこうな額になるー。

 これは、これは。

 現金を前にすると、みんなが現金になる、バラダイスみたいなすばらしい政策じゃないですか。なんとおそろしーい。

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2009年4月14日 (火)

歩く

 雨。

 このところ季節が、1ケ月以上は早く進んだような陽気だが、今日は雨で少し一服。
 朝、自力整体の教室へ。少し雨が強かったので、自転車は無理。近鉄も考えたけれど、七条西洞院まで歩くことにした。25分ほどかかった。

Img_5621_1  レッスンをすませて、そのまま四条烏丸の京都シネマまで向かう。地下鉄があるが、京都駅まで戻Img_5621るのが面倒だ。やはり歩くことにした。昨日も自転車で走った道だが、その速度でも見逃しているものがある。自転車だとキョロキョ ロは走れないもの。都心の小さな神社に、三宝柑が実をつけていた。路地の合間に、小さなお店も発見。このあたりが京都の面白いところだ。だいたい20分ほどで到着。

Laboheme_01  映画は、ブッチーニの『ラ・ボエーム』というオペラ映画。ブッチーニといれば、日本では、『トゥーランドット』(オリンピックの影響で「誰も寢てはならぬが」が流行ったとか)、ある晴れた日の『蝶々夫人』や『トスカ』などが有名で、人気も高い。生誕150年を記念して、全編オペラで貫かれている。バリの寒いクリスマスが舞台だが、歌詞はイタリア語、演奏はドイツの、オーストリア=ドイツ映画。ほんのすこーし(あいさつと単語2つぐらいだが)イタリア語の言葉が分かると、妙にうれしかった。声と、映像は別録りだが、いま世界で注目されている人達の共演。すごい声。でもね、正直に告白すると、ぼくには、ちょっと退屈な芸術作品だった。

 今日は帰路も歩くことにした。途中、細い路地の途中にあるマノアマノというカフェに寄って、休憩。「雨の日は珍しいじゃないですか」と言われたが、確かにそうだ。京都シネマは地下鉄直結のビルにあるので、雨の日は、すぐ電車に乗るので寄り道は少ない。お茶しながら1時間ほど読書。『白川静』~漢字の世界観~を読む。反骨、孤高の天才だ。文字の本源を神話の世界まで辿る壮大さは、圧巻だ。手軽な入門書だが、とにかく刺激的で面白い。店を出ると、すぐに烏丸通の「漢検」本部ビルがある。騒動のあと警備員が立っている。こちらは同じ漢字でも、それを商売にした才能ある人。今は渦中にある。

 帰宅すると、法蔵館から増補新版『念仏の雄叫び』が届いていた。タンボールで17箱、1,060冊。温かい色になった。見開きなどは『後生の一大事』と同じ色合いになったが、『後生~』も品切れになっている。

Img_5625_3  夜には、伝道研究会があるのだけれど、完成祝いに蓮華さんからいただいた「蒲郡みかんスパークリング」をあけた。きれいな色合い。本よりも少し淡い色合いだが、同系色。ほんとうにみかんの甘酸っぱい香りがする珍しいワインだ。映画のあとはすぐに影響を受ける。先日も、トム・クルーズ主演の『ワルキューレ』を観たあとで、ワグナーの「ワルキューレ」を聞いた。ところが、『ラ・ボエム』は持っていない。ブッチーニのオムニバス物しかないので、それで我慢することにした。

 よく考えると、1、2年前までは、毎朝は、呼吸法か自力整体を20~30分、夕方には20~30分は散歩していた。それが今は、週一の自力整体教室だけで、朝も夕方もさぼっている。

 久しぶりに歩くと、時間がゆったりした気がした一日になった。

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2009年4月 4日 (土)

柳原銀行記念資料館

 4月1日、「ハンセン病問題基本法」が施行された。

Img_5506_2  基本法施行を受けて「ハンセン病問題の現在(いま)~隔離から解放へ~」と、啓発的な企画展が開かれていた。京都市やNPO法人が主催だが、真宗大谷派が後援している。初めて『柳原銀行記念資料館』を覗いてきた。

 展示の前に、会場の紹介。京都駅とImg_5526京阪七条駅に共に近い交通至便の地でありながら、京都観光のガイドブックにも、この文化財に登録されている建物の経緯や資料館にはあまり触れら れていない。たぶん、京都人にしても知らない人が大半だろう。なぜなら、このあたりが、封建時代からつづく被差別部落だからだ。資料館のHPから一部を転用して紹介すると、

 崇仁(すうじん)地区は、京都市では最大、全国でも最大規模の同和地区(被差別部落)です。
JR京都駅の東側に隣接し、京阪七条駅からも至近距離に位置しており、地区内を河原町通りと塩小路通りが東西南北に走っており、交通の便利が大変良い地域です。
 地区内の中心部には高瀬川が流れ、東側には鴨川が流れており、落ち着いた雰囲気を出しているが、地区内をJR東海道線、奈良線、新幹線が横断しているため、駅周辺の町らしい騒々しさもあわせ持っています。

 崇仁地区の歴史(明治以前のところだけ)

16世紀前半(室町時代)六条河原が処刑場となり、河原者が刑務を行っていた。その数、数百~千人。
16世紀後半(桃山時代)六条郷、六条河原から移転。六条郷の成立時期は不明。
1591年(桃山時代)豊臣秀吉、御土居の築造開始。
1663年(江戸時代)六条郷、松原稲荷町から六条河原役田地へ移転。六条村の成立。

1700年(元禄13)銭座村で寛永通宝の鋳造開始。
1713年(正徳3)六条村へ柳原庄の土地を渡す。皮張場含めて3000坪。「水車裏」に非人が移転。

Img_5525  この地に、柳原町(現崇仁地区)の町長だった明石民蔵ら地元有志によって、明治32年(1899年)に同和地区内に認可、設立された唯一の銀行が創建された。
 ところで、江戸時代までには、彼らが、斃牛馬の処理と獣皮の加工、また革製品の製造販売などの皮革関係の仕事、刑吏や捕吏などの下級警察官的仕事、各種芸能ものの支配などの職業を家業として独占していた。
 それで、このあたりにも、皮革関係を生業とする店が多いが、差別のために資金が得られず、貧困に苦しむ地元産業の振興や教育のImg_5519向上に多大な貢献をしたのである。1階には、皮革仕事に関する当時の道具などが展示されていた。その後、金融恐慌の影響を受け昭和2年に閉店。建物は、商店や借家として、塩小路と河原町の交差点に(たしか、茶色のかなり古ぼけた建物だった記憶があるが)、平成6年まで使用されていたのだそうだ。それが、少しだけ場所を移動して、文化財として保存されているのだ。

 柳が風にそよぎ、窓からの枝垂れ桜がきれいだった。(写真では光りで飛んだー)

 なぜ、この地で展示が開かれているのか。障がい者や、ハンセン病(癩病者として)者も、地元を追われ、集団で隔離され、同様に被差別身分としの扱いを受けてきたからである。 

 ところで、「広義の非人とは、犬神人(いぬじにん)・墓守・河原者・放免(ほうめん)・乞胸(ごうむね)・猿飼等々の総称である」と、『ウィキペディア(Wikipedia)』の非人の項目にあるが、この犬神人と親鸞聖人との関係に触れている展示もあった。

Img_5510_2

 『親鸞聖人伝絵』のうち、「洛陽遷化」(下段の方)で、聖人のご遺骸を延仁寺で荼毘している情景が描かれなかに、犬神人(赤↓印)も登場している。解説では、葬儀の仕事としてではなく、聖人との関係があった説が紹介されていた。犬神人は、「いぬじにん」と読み、牛頭天王を祭る京都の「感神院祇園社」、平安期のむかしから「観慶寺(祇園寺)」と呼ばれた天台宗の末寺で、現在は「八坂神社」(祇園さん)に属し、葬儀や死体に関わっていたというのである。ただし、聖人や真宗(本願寺)との関係は、いまだに推測の域を出ないものである。

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2009年4月 1日 (水)

ひとり旅

 3月29日、長女のお誕生日。やっと9歳になった。

Img_5481_2  誕生日祝いは、本人の希望で、手塚治虫の『ブッダ』を全巻贈った。
 別に勧めたわけではないのに、たまたま図書館で借りてきて愛読中だったが、図書館には全巻なかImg_5482 ったのだ。それがインド旅行の前のことだったので、本人はインドの写真に興味津々。鹿野苑(サルナート)やカピラヴァストウ、祇園精舎の巻もあれば、象頭山(ガヤーシーサー)の巻もある。スジャータやアジャセと題する巻もある。だから、地名や登場人物にもそれなりに詳しくなっていた。

 もっとも、これは創価学会の雑誌に連載されたもので、この出版社もやはりその系列だし、作者のかなり自由な創作の産物ではあるが、まあ、こんなところからでも自発的に関心をもってくれているので、よしとしょう。

 彼女は、体格の成長のわりに、大人ぼいところがあって、かなり5~6年生向きの本を読んだしている。マンガにしても、『ハチクロ』とか『ブッダ』が好きで、普通、8歳の子供が愛読するようなマンガではないものなー。ぼくも読んだことはないので、これを機会に読んでみよう。

 その彼女が、夕方、元気にひとり旅から帰って来た。ひとりで新幹線に乗って、名古屋の姉のところにお泊まりしてきたのだ。京都でも、名古屋でも新幹線ホームまで出迎えが出ているので、ただ名古屋で間違わずに降りるだけなのだが、大人なら普通のことでも、小さな子供が、ひとりで、しかも初めてとなると、かなりドキドキする体験だ。周りの大人も(特に預かる先方にすれば)、号車を確認し、寢ないように、忘れ物しないように注意して、かなり心配しながら送り出した。名古屋では、一家をあげて大歓迎を受けて、ご御馳になり、遊びに連れて行ってもらったようで、ほんとうに幸せそうに、「お姉ちゃんがいるとこんな感じなんだろうなー」と、大喜びしていた。

 一歩、一歩、成長していくのを実感させられるなー。

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2009年3月29日 (日)

定点観察

 これから広島での真宗カウンセリングワークショップの集い。

Img_5487 M先生と新幹線の車中。

 車中から、ずっと定点観察(?)で撮影しImg_5488 ていた広島新球場が、とうとう完成した。

 新幹線を意識して、バックスクリーン裏に「ようこそ ときめく広島へ」という歓迎の文字かありますね。

 送迎バスで、廿日市の温泉施設まで。50~60分程度かな。

 では行っています。

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2009年3月27日 (金)

白木蓮

 本願寺の門前町にあるお寺に、見事に白木蓮が咲いていた。青空じゃないのが残念。
 向いは、広瀬精一氏の寄進された親鸞聖人像、斜向いに羽栗行道先生のお寺がImg_5455ある。

 いまから、日高支部法座に出かける。金曜、土曜と変則になったのは、日曜日からの3日間、広島で真宗カウンセリングWSがあるためだ。

 ちょうど、土曜日から高速料金が、1000円均一(もっとも京都は除外)の初日にあたる。帰路は高速は避けたほうがいいかもしれないなー。

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2009年3月24日 (火)

WBCと『悲夢』と~日韓激突~

 OFF。午前中は自力整体で、どこかでゆっくりランチをしてから、みなみ会館で『愛のむきだし』という、4時間もある長編の日本映画を見に行く予定にしていたが、WBCの決勝がある。今日は勝つ予感がありあり。とりあえず録画もしてレッスンに出かけた。ここは、ぼくより年上の女性が大半なので、野球にあまり関心なさそうな様子。ランチはパスして、急いで戻って自宅観戦と決めた。昼休みの時間帯で、ワンセグを観ながら歩いているサラリーマンがやたらに多い。みんな気になるんだなー。うまい具合に、旅行社、出版社、空調と各業者のアポは、明日になっている。

 5回表。まだ12時を少しすぎたところ。2時30分の映画までは2時間以上ある。でも、ちょうど三振、盗塁失敗のダブルプレーのシーンからで、1点リードしていたが、イヤな予感。チャンスはあるのに、決定力が不足している。案の定、同点になったが、ファインプレーが出たりで、日本に流れがまだあるような感じ。もうここからテレビ前に釘付け。ときおり、電話がかかってくるのが煩わしい。突き放し、追いつかれてと、特に後半の3回は、喜んだり、ドキドキ心配したりが交互にやってくる。ところが、緊迫した場面で、横のゆうこが「あのヘルメットにの『世界をつかもう』ってなんなん」(日本のスポンサーで、でもイチローはマクドが嫌いなんだ)と、最初は答えていが、「ダルビッシュって何人なん?」「紗栄子って誰なん?」(いまはいいじゃん、奥さんのことは)。とうとう「なんで陣内は浮気したんやろなー」(もっと関係ねえー)など、矢継ぎ早のボケた質問や雑音は、早々に無視した。とうとう9回裏も2アウト。このまま終われば、ちょうど映画にも行けるなーと思っていたが、どうも雲行きがあやしい。やっぱり、「ああーああー」。こうなれゃー、最後まで見るしかない。追いつかれたものの、一度もリードーされていないので、なんとなくまた分がある気もするが、追いついたほうにも勢いがある気もせんでもないと、ハラハラしていたが、不振だったイチローがかっこよく決めて、最後もしっかり納まった。ヤッタHimu_01ーね!

 おかげで『愛のむきだし』は無理だったけれど、機嫌よくナナを迎えに行ってから、別の劇場で別の映画に出かけた。京都シネマのキム・キドクの『悲夢』。韓国の鬼才監督と、オダギリー・ジョーの、こちらも偶然、日韓激突だった。いつもながらキム・キドクってすごいやー。きれいごとじゃない、むきだしの愛の本質を追求しようとする映像作家だ。勝負事とは違うところで、ドキドキさせられる。満足。

 もちろん、こんな夜は、スポーツ(今回は一般の)ニュースをはしごして、今日をしめくくるのでした。

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2009年3月23日 (月)

人間模様

 講習会が終わってから、仏跡巡拜のメンバーと交歓会。

 さすがに、アメリカ、九州と参加者が各地に散らばっているで、全員が揃うのは無理だが、半数の12名が集い、旅の思い出を語り合いながら、楽しく会食した。これまで、アメリカ同行の地への訪米団、中国の祖師巡拜なども各2度を開催しているが、その後も集まるのは仏跡の旅だけだ。前回も、インド料理のアショカという店に集った。今回は、ネバール料理のお店を予定していたが、ママのネバール行きと重なり、残念。

 写真の交換会を兼ねて、プリントも観てもらった。便利な世の中になって、デジカメになり、その膨大なデータを、ネット上で共有できるシステムも利用できるようになった。それでも、半数以上の方はネットとは無縁なのて、プリントしたものを選んでもらった。結局、スライド用、プリント用、ネット用と、3回の手間があって、便利になったことに振り回せれるようになったのである。なかには、さらに良いものをと考えてトリミングもする方もあったが、さすがにぼくはそこまでは手が回らなかったなー。

 だいたい1500枚と、かなり写真を撮ったと思っていたが、上には上がいて、2000枚以上は撮っている人もいた。上手に、しかも細かなところまで、まめに撮影されていて、感心した。ぼくは、他にデジカメで動画も撮った。

 27年前のインドの写真も見たいという話になって、第2回の写真も見てもらった。皆さん、熱心に見ておられる。たぶん、旅行前なら感心も薄かっただろうが、自分たちが訪れた場所が、どんな変化がしていたのか、その違いに驚いたり、もしかすると、お釈迦さま当時からも、あまり変化していないのではないかという悠久の流れも感じて、それなりに面白かった。

 でも、「ずいぶん、ブッタガヤは騒がしくなったなー」とか「ルンビニーはまったく違うね」と違いを発見しながらも、いやいや、一番、変化したのは、ぼく自身だということに気付いたのだ。「えー、これが…。わかりませんでした」と、皆さんからいわれること多数。歳月とは恐ろしいものだが、なかには「いまの方が若くみえますね」なんて、いわれてうれしいような、ショックなような、複雑。

 たった11日間だったが、ずいぶん皆さんと仲良くなり、一体感が生まれた感じがする。それに、いろいろな楽しい思い出を分かち合って笑うと、さらに高揚感に拍車がかかる気がした。

 もっとも、24名も集い、またそれぞれに家族や関わりがあるのだから、何もいいことづくめのはずはない。まさに凡夫の人間模様を感じることも、チラホラとね。

 でも、それも当たり前の話で、織り込み済み。

 だって、ぼくの中にもいろいろな心がある。108どころか、貪欲、愼恚、愚痴、そした等分と、84,000もの煩悩があるのだもの。それが縁によってさまざまな形で現れて来る。愼恚にも、忿があれば、恨もあり、害もある。それを覆とごまかしたり、悩となやみ苦しんだりする。貪欲だって、妬みすれば、ものおしみでけちる(慳)。そのために騙したり、諂ったりで、ときにのぼせあがり(悼挙)、ときに落ち込み(惛沈)、それでいて無慚無愧、ただしいことを知らない…。まだまだ続くがきりがない。要は、その煩悩(身を煩わし、心を悩ます)元が、死ぬまで絶えないのが私だ。そんな正真正銘の凡夫同士が寄り合って、お互い「我」をぶつけっあって、さまざまな社会や組織を造っているのだものなー。

 縁に触れ、折に触れ、さまざな人間関係に触れて、いろいろな煩悩が見事に(毒花を)開花していくのである。百花繚乱だ。

 でも、アジャセさんも言っている。
Img_5503  「『世尊、臭い、臭い、わが伊蘭のタネから、清浄な香ばしい栴檀樹が生じたのを、初めて目の当たりにしました。仏法を聞く心のない私に咲いた他力回向の無根の信だ」と。まさに、それは泥の中に咲く清浄の蓮ですね。

 でも、まあいくら分かっていても、確かにイヤなものはイヤだし、面白くないものは面白くないだろうなー。
 でも、それだけでは終わらないところが、なんとも勿体ないにね。 

 写真は、お釈迦さまの故郷、カピラバストゥー(カビラ城)跡。(これはスイレン?) ここに、冬も、雨季も、夏も楽しい三時宮殿があったのでしょうね。

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2009年3月19日 (木)

暖かな一日、グルジア映画『懺悔』を見る

 暖かい。春の彼岸というのに、春を越えて初夏がやっImg_5436てきたようだ。

 仕事も一段落したのだが、今月はこのあとも法座 や行事が立て混んでいる。いまの内に、散髪しておうこと、ダージリン紅茶を土産にカットに出かけた。お昼は、マノアマノというカフェでランチ「ピクミン愛のうた」を歌ってくれたベイちゃんが、久しぶりにカウンターにいた。ここでもインドの話をあれこれ聞いてもらう。

 その足で京都シネマへ。旧ソ連、いまのグルジア映画で『懺悔』を見る。まだ冷戦時代のソ連末期(1984年)に、スターリン時代に起きた大粛清をテーマにした映画だ。上映が見送られ、なにかと物議を醸した作品。

 冒頭のさわりを紹介すると、

Zange_01  グルジアのとある町。あるケーキ職人の女性のもとで、一人の男が新聞の訃報記事に絶叫する。長年、敬愛されてきた市長が死んだのだ。町の精神的な支えだった市長の死に、市民は大きな悲しみを受け、盛大な葬儀が行なわれた。しかし、その翌朝、彼の豪邸の庭に、彼の遺体が立っている。2度、3度と遺体は掘り返されて庭先に戻ってくる。誰かが、墓を暴き、庭先に置いていくのだ。警察や家族が墓で待ち伏せする中で、犯人が現れる。怒りに燃えた市長の孫が、銃を放って逮捕する。意外にも、その町に住むケーキ職人の中年女性だった。やがて彼女の裁判が始まる。彼女は、幼少期の彼女とその家族が、市長の強権発動による弾圧の苦悩を語り始めた。「これは復讐ではない。復讐では私は満足を得られません。彼は私にとって忘れ得ぬ不幸と苦悩の源泉なのです」と…。彼女の回顧と、それを聞いた、市長の遺族たちの葛藤、怒り、苦悩と続いていく…。

 ただしフィルムが古くさく、内容も風変わりな寓話的な映画だった。少し退屈に感じたのは、かなり残虐な現実を、抽象的なメタファー(隠喩的表現ですね)を織りまぜられて奇妙な演出がなされているので、なーんとなく違和感を感じたからだ。それでもこれゃー深いんじゃないのーというテーマも隠されている。一度見ただけでは簡単に理解できそうにないが、じゃ、二度見たいかというと、ちょっとすぐにはその気になれない、ぼくにはそんな類の芸術映画だ。(本作はともかく、タイトルをクリックして、ちょっと公式HPをのぞいてやってください)

 歴史的な時代背景(時代を先取りしていた)強烈にもった作品なのだか、同時に普遍化されたテーマが読み取れる。間違いなく、ぼくの足元にも、遠からずおきた父や祖父世代の過去の狂信的な過ちや暗黒の時代から続いているという事実だ。それは、過去の世代の遠い昔の、今とは無関係のことなのか。もしそう受け取るなら、その過ちは、形を代えて繰り返されていくだろう。そのとき、忘却することでもなく、「あの時代は難しい時代だった」と正当化するのでもなく、また絶望するのでもない。ただ懺悔があるのみだ。

 では許しを請うのは、神仏なのか? その神はどこへ行ったのか? とラストは終わったような気がした。

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2009年3月18日 (水)

温かで、やわらかな気分

 華光誌の仕事が終わって、データを印刷所に渡した。あとは、完成を待つだけだ。華光誌が終わると、一息つく。発送作業は、4月3日の予定している。

 法蔵館から刊行される『念仏の雄叫び』も、すでにぼくの手元を離れている。華光誌と同じ印刷所が引き受けていることが、わかった。以前の版に、新しい章を加えて、増補新刊という形で刊行するのだが、こちらも、4月上旬が発行予定。増頁になるが、なんと価格は据え置くことになった。ただし、消費税分が上乗せされるので、1,260円が定価になる。表紙は、以前のイメージを踏襲するが少しだけ変わる。お楽しみに、そしてぜひとも「よろしく」です。

 年度末で、なにかとバタバタしている。法座や出版以外にも、華光会館の維持や管理の仕事もいろいろあるからだ。ただし、10月が決算期なので、その点ではまだましだ。

 夕方は、真宗カウンセリング研究会へ。こちらも、4月からのプログラム(パンフレット)が完成してきた。巻頭言を書いた「会報」と合わせて、月例会の前に発送作業を行なうことにした。一式、重たい荷物をもって大学に急ぐ。休み期間中なので、構内は静か。鍵を取りにいくも、春休みでいつもの入口が閉まっていて、あっちこっち走る。なんとか、ぎりぎり約束の時間に間に合ったのだが、誰も来ていない。あんなに急いだのになーと思いつつ、一人で作業を始めた。その内、代表のM先生もかけつけ、助っ人を名乗り出てくれた会員さんも(ありがとう)加わって、3名になると作業も一気にはかどった。

 今年度の最終回。一年かけて読んだ論文(『対人関係・ガイダンスの核心』)を、頭から通読して、まとめにするとにした。

 私とあなたとの「出会いの質」こそが、援助的な人間関係なのかで、テクニック・技術や知識、専門的訓練にましても、いちばん重要なのだという言葉が、今日は届いてきた気がした。出会いの質か…。

 そして、よく感じることなのだが、ロジャーズの論文にしても、また西光先生の文章にしてもそうなのだが、いま流行りのマニュアルやHou to物、テクニックやスキルの開発といったお役立ちブックにはない、深みを感じずにはおれない。といって、決して難解な表現や特別なことが述べられているわけではない。むしろ、表現も、内容もわかりやすい(もっとも実行は堅いが)もので、サラッっといきそうになるが、しかしその態度の背後にある人間尊重の深い理念や、自己への内省力、そして人間性の暖かさ、さらにそこひとつを伝えたいという熱情のようなものが、言葉を超えた文体や行間から滲み出てくる気がするからだ。読んでいて、ジッーンとしたり、ワクワクうれしくなってしてくる。しかも、それを同じ志の皆さんと輪読することで、新たに気付かせてもらうことも多い。当然、ぼく自身も、その温かさに包まれて、晴れやかな高揚感で帰路につかせてもらうのである。

 これもまた、この場の持つ力のおかげだと、感謝している。

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2009年3月17日 (火)

デジャヴ?

 長女の学校で、インフルエンザが大流行。クラスでも、31名のうち、16名も欠席している。でも、学期末なので、学級閉鎖にはならないようだ。

 長女も、熱が出てきて、月曜日から欠席した。彼女は、昨秋から、原因不明の微熱が続いて、日赤などで検査してもらっているが、最初は鼻炎の影響を疑われたが、結局、よくわからずじまいで、一応の終結。まあ、なんとなく納まっていたのが、高熱は久しぶり。でも、至って元気で普通に暮らしている。どうも、熱には慣れているらしいと、苦笑。

 そういえば、3年前の3月、彼女がインフルエンザで寝込み、次女にうつり、女房が寝込んだ。それが、いまと同じようにWBCの開催中で、準決勝の韓国戦の時に、高熱の家族を看病しながら、横目でテレビ観戦をしていたのを、よく覚えている。結局、そのときは、幼稚園の卒園式まで欠席した。そして、みんなが治った後で、最後にぼくにもうつった。最後のものは、全員のものを引き受けるのか、その後でひどく寝込むことになった。もっとも、医者にいかず、クスリも飲まなかったので、その後も、しばらく微熱が下らなかったことを覚えている。また、悩んだけれど、初めて法座もキャンセルしてしまった。3月の日高支部だったので、日曜学校の子供たちや高齢者に迷惑をかける可能性もあったからだ。いまのところ、そんなことはその時が最初で最後だ。

 長女がインフルエンザになり、事務所のスタッフが調子を崩し、WBCがあり(しかも明日は韓国戦)、法座や華光誌で多忙で、月末には日高支部がある。なんか、3年前と同じ状況なのだ。

 でも、どこかで、あの時に、しっかり自己治癒力で引き受けたので、免疫力がUPしていて、今回は大丈夫な気がしている。それとも、楽天的な思い過ごしか…。

  まあ、それはこれからのお楽しみということで。

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2009年3月13日 (金)

ピアノのおさらい会

 輪読法座終わって、間をあけずに、華光文化教室のピアノのおさらい会があった。

 発表会は、年に一度、合同でホールであるのだが、3月の学期最後に、おさらい会として、保護者の前で日頃の成果を披露してくれる。今回は、輪読法座の参加者も、顔をだしてくれた。

 長女が、昨年の6月ごろからピアノを習い始めた。まだまだ1年にも満たないが、短い「こぎつね」を弾いてくれた。彼女にとっては簡単なものだが、大勢の他人の前で弾くのは始めてだったが、うまくできたようだ。短期間で、ずいぶんうまくなったものだ。そして、少ない人数だが、こうして順番に弾いていくと、上達ぶりがよくわかる。最後の子などは、もう立派なピアノ曲になっていた。
 最後には先生も一曲弾いてくださる。今年は、ショパンのワルツで、OP69-2だった(たぶん)が、きれいな楽曲で、目の前での生演奏に感銘を受けた。

 締めくくり、先生から生徒へ一言もあった。

 別に特別の才能はなくても、少々遅いスタートでもいいのだそうだが、毎日30分、練習し続けるならば、誰でも上達するとのことだった。最初は、みんな喜んで練習をする。でも、だんだん難しくなって、嫌になってくる。ても、そこが上達のポイントで、そこでもただひたすら、繰り返し練習するだけだという。逆にいうと、その根気とか、モチベーションの維持ということが、ある種の才能なのだろうと思って聞いていた。そして、学年が上がるに連れて、忙しくなってくる。でも振り返ると、その時、その時は「忙しい、忙しい」と思っていても、実はかなり時間があるものだ。低学年から高学年になったら忙しくなったように思い、中学へ、高校へ、大学へと、それぞれたいへんになったように思ってきた。でも社会人になると、学生時代の忙しさは遊びのようなものだったと思えるほど多忙になる。でも、それで留まらず、さらに家庭をもち、子育てや介護が加わるのだから、常に「忙しい」「たいへん」は留まることをしらないのだ。でも、常に、その限られた範囲の中で、どれだけうまく時間を利用できるかどうか。受験などのときにこそ、ピアノを継続することができれば、実は勉強もうまくいくとの話だった。要は、両立する能力こそが、才能だというのであろう。子供向けの教訓だったが、いまのぼくにもピッタリの気がした。

 というのも、法座が続いたり、華光誌があったりするが、おかげさまで、以前のような「忙しい」を感じることは少なくなった。さすがに、〆切間際とか、大会の前などはそうでもないが、普段はこころに余裕がある。ただし、これは、なにもぼく自身の成長ではなく、事務を助けてくださる人達が増えたおかげなのだ。当然、仕事の質も変わってきて、打合わせや訪問などで、外部の人と会うことが多くなってきている。第一、家庭での役割も変わってきているが、以前より、自分の時間を大切にできるようになったのが、いちばん有り難いところだ。惜しむらくは、もう少しお聖教に親しむなどの専門(真宗方面ですね)の勉強をしたほうがいいとは思うが、これはこのところズッーと触れている課題だなー。

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2009年3月11日 (水)

香木

  先日、インド旅行の参加者のおひとりから、土産物を拝ませてもらった。

 たぶん、今回の旅行で、一番、積極的に旅を楽しまれたお一人で、拝観にしても、買い物にしても、初めからしっかりした目的をもっておられた。

 そのひとつが、彫刻用にするための香木(こうぼく)を入手することであった。

 香木とは、自然に芳香を放つ木材のことで、皆さんがよく聞くのは、沈香(ぢんこう)とか、白檀(びゃくだん)、そして最高級の伽羅(きゃら)などが有名だ。薄片に削ったものを加熱して芳香を楽しむのに用いたり、仏像などの彫刻、扇子や数珠などの材料として用いられる。ただし、白檀と称して、後で香りをつけたバッタものや粗悪品が多いのも現状で、ホンモノは高価だ。

 日本で一番有名な香木は、東大寺正倉院の宝物にある、巨大な「蘭奢待(らんじゃたい=各文字それぞれ「東」「大」「寺」が隠れている)だろう。正倉院には、1メートルを超す巨大な香木が、他にも収納れているのだが、いずれも1200年の時をこえて、類まれな芳香を放っているそうだ。特に、150センチをこえる巨木の「蘭奢待」は、『伊藤先生の言葉』にも触れられているように、各時代の権力者が力の保持の象徴とし切り取っている。室町幕府8代将軍・足利義政、織田信長、そして明治天皇の3人については、付箋でその切り取り跡が明示されている。

Img_5390_2 いまでも、伽羅は、1グラムで金1グラムの価格に相当するといわれる。残念ながら、伽羅ではないが、今回のツアーでも、旅行会社のプランとして、小さな小さな破片を集めたお香用の沈香を、21,000円也で勧められたが、手が出なかった。たぶん、日本での価格より、お安いのだろう。(ちなみに、華光会館では、焼香用に使われるのも沈香で、1両目(15gぐらいか)で、8,000円程度の、極上のタニ沈香という上質のものを買っています)

 しかも、写真のようなまとまったものを、いまの日本ではなかなか入手が困難だ。ネットで検索しても、手を引いている業者もあるほどで、すべて要見積り、時価で販売されるほどの貴重品。一瞥すれば、そこらに落ちている木切れとなんら代わりがない代物にみえるが、さてさて、お値段は?

 詳しく聞いたが秘密…。インド旅行代金が安く思える程度だったとは、お伝えしておこう。それでも、国内の時価の1/4、1/5以下だそうだ。値打ちを充分にわかり、目が利く人だからできる買い物である。

 ところで、この名人は、以前、ウン百万円(こちらもビックリ)もする香木を材料に、不動明王の彫刻の依頼を受けたそうである。誰もビビッて(失敗したら、同じ材料は手に入らない)辞退されたそうだ。なんでも、20㎝ほどのものが、完成後、立派な厨子に入り、東京のデパートに並ぶと、二倍以上の価格がついて(ハイクラスのベンツが買える)売りだされたら、即完売したというのである。バブル全盛期のころのお話。けっして、彫刻家の本人の懐に入るわけではないが、庶民の感覚ではわからない。

 さて、この香木で根付などの作品を造られるそうだが、当然、削りカス(カスでも、クズでもないが)が出る。大事に集められるそうなので、それImg_5389 をお香用にいただけるそうである。まあ、この程度が、スモールシンにはピッタリかもしれないなー。

 さて、写真の仏像もたいしたもの。わざと古くした新しい3つはともかく、右下の涅槃像はかなりの年代物と見た。重量感もタップリあり、異様に重い。別ルートでの買い物で、これひとつでぼくの総土産代金に匹敵するようだ。

 なんともかんとも、何事もお金に換算しないと、値打ちがわからないというのも、悲しい話ですが……。

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2009年3月 4日 (水)

今日は楽しいひな祭り~華光寿司?~

 伝道研究会があったので、一日遅れで「ひな祭り」。

Img_5366  娘が二人なので、ひな祭りだけは、一家で食事をすることにしている。子どもたちが手伝って、チラシ寿司と、手作りのデザートつくり、甘酒も飲んだ。「今日は楽しいひなまつり」と、今年も照れくさそうに歌ってくれた。チラシ寿司は、一応、似顔絵で子どもがつくったもものだ。

  母が嫁入り道具のおひなImg_5384 さま。先代からのもので、かなりの年季もの。母は紀州(和歌山)のなので、もしかすると豪華なのかもしれないが、ほんとうは御殿つきで、 内裏様とお姫さまが二組あるタイプだ。七段かざりに、もう1段、Img_5383胡蝶の舞までがついてる。しかし、毛氈をひいて台を組み立てて、飾ることはなくなった。場所をとるからである。こうして道場の前に並列でならんでいる。たぶん、週末の日曜礼拝まで。

Img_5382  玄関にあるのは、 長女が生まれた時に、広島の義母が手作り(そういうキットですが)で組み立てて、心がこもったものだ。

 特別なことはなにもしないけれど、家族がそろって笑顔で食事するだけでも、小さな娘たちには、楽しいひとときのようだ。突然、こんなことを、下の娘が言い出した。

「なあ、お父ちゃんは、将来何になりたい?」

「え? ナナちゃんは、何屋さんがいいの?」(下の子から、「将来」という言葉が出てきて、ちょっとびっくりした)

「そうやな。私はカフェ屋さんになりたいなー」

「そうか。お店をだしたら、毎日、お父ちゃんは通うわ。ほんじゃ、ナナちゃんは、お父ちゃんが何にやったらいいと思う」。

「そうやな。やっぱりお寿司屋さんやなー」。

 エーッ! 意外な答え。ぼくの人生で一度も寿司屋どころか、飲食店なんか考えたことがないー。

「じゃ、おじいちゃんは将来、何屋さんがいい?」と尋ねると、しげしげ、おじいちゃんの顔をみて一言。
「そうやなー。お寿司屋さんの顔や。お父ちゃんとしたらいいわー」。

 これまた以外な答え。そうですか。親子ともども寿司屋の顔してますか? まあ将来があるのや、ないのやらわかりませんが、そんな転職は考えたこともなかったなー。華光寿司ですか。万が一、転職することがあっても、ちょっと寿司屋は考えておりませんが…。

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2009年2月27日 (金)

マサラチャイ

Img_5363  昨夜のお客さんから、黄金に輝くプリンをいたいだ。「SHIN」ですか、ぼくにピッタリのネーミングだ。

 インドで買ったマ サラティーで、チャイ(マサラチャイ)を淹れた。作り方は至って簡単。茶葉をティースプーンに軽く一杯。それを水から煮て、数分間沸騰させたところで、少Img_5361 し多めの砂糖を加える。砂糖が溶けたら、ミルクを加えて中火にして再沸騰させる。火を止めたあと少々蒸らしてから、茶漉しを通して器に注ぐのだ。今日は、水1対しミルク2ぐらいにした。安めの茶葉に、マサラという香辛料-ショウガやカルダモン、シナモン、コショウ、胡椒、クローブなどがまぜてあるもの。30年前には、インド料理店などでしか飲めなかったのが、いまでは普通にカフェのメニューにもならでんいる。昔から、少し甘めにして飲むのが好きで、いまでは、お気に入りのチャイを出すお店があるほどだ。

Img_5122  紅茶大好きの連れ合いのために、現地価格で、100グラムで、25ドル(だいだい2400円)する有機栽培のダージリン(セカンドフラッシュ(夏摘み)のマスカテルフレーバー)を買ったが、かなりストロングな香りと味わいがして、とてもおいしい。もちろん、100グラムで50ドル(4800円)、100ドル(9600円)以上するダージリンも紹介されたが、ちょっと手が出なかImg_5124_2 った。もちろん、高級茶葉には、きりがない。どんな香りや味がするのだろう。

 その点は、マサラティーは煮出すので安めの茶葉のほうがいいらしい。これも6ドルと手頃だった。もう少し多めに買ってもよかったなと思うが、3ドルでマサラのパウダーも買ったので、工夫できるかもしれない。

Img_54022 何度か、外でチャイを飲んだが、外では素焼きに淹れて、使用は1度かぎりで、飲み終えたらそれを割ってしまう。ぼくはひとつもって帰った。

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2009年2月20日 (金)

またまた誕生日祝い

 午後から夫婦で、誕生日ランチ。

 わが家には、結婚記念日を祝う習慣はない。「もしかして、もう過ぎたんじゃないの」と、ほくが話題にする年はましな方。すると彼女は、「そうかいねェ?11月だった、10月だっかなー」などと、月日もあやふやな様子だ。年が明けてすぐに、阪神大震災があったので、だいだいの年数は記憶している。でも、二人とも固執していないので、一度も夫婦で問題になったことはない。もし、これがどちらか一方が覚えていて(だいたい奥さんだろうが)、片方が無頓着なら、格好の夫婦ゲンカの材料になるのだろう。

 そのかわり、互いの誕生日は、二人でランチにでかけることにしている。Img_5333 いつも顔を合わせているわりに調整が難しくて、2月と4月合同ということもあるのだが、今年は、早めに実現した。久しぶりにフレンチを希望して、Cache-Cache(カシュ・カシュ)という店で待ち合わせ。四条木屋町をほんの少し上ったところにある小さな店だ。ぼくは、キッシュと、定番の牛ほほ肉の赤ワイン煮を選んだ。値段も安めの割に、質も悪くなくて、これなら満足。夫婦とも食が細いので、今日は、昼一食でも過ごせそうな気分だ。平日のお昼から少しワインも呑むと、かなり贅沢な気分になる。ゆうこはImg_5336 、インド土産の緑色のネックレスをつけている。ぼくは、観てきたばかりの『ベンジャミンバトン』や、昨夜のレイトで観た『40歳問題』という音楽映画を肴にあれこれ話した。
 このところ、別行動が続くので、たわいもないことだけれども、こんなことの積み重ねこそが実は夫婦に大事だと思う、今日この頃だ。

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2009年2月19日 (木)

縮小する失業者対策

 真宗カウンセリング研究会の月例会。
 参加者の中に、ハローワークの窓口で働く方がおられる。
 メンバーのチャックイン(一口紹介)の時、「もう来るところまできてしまいました。ほんとうに限界です」と、不況が深刻化し、失業者が長蛇の列をなしているにも関わらず、対応する職員が不足して、援助的な面談というより、機械的にどんどんとさばいていかなければならない現状を、リアルに語られた。超多忙な現実に反して、その方自身も派遣された職員で、身分は安定していないという。

 実は、数日前に、新聞の読書の投稿欄に、ハローワーク勤務の公務員が、「ハローワークは不要?」と題して、投稿されていた。自分が不利になる可能性もあるのに、実名で批判の記事を寄せていたのである。要約すると、昨夜の話と符合する内容だ。

 昨秋に比べても、今年に入ってからの状況は悲惨で、開庁から閉庁時間まで、長蛇の列で、3~4時間待ちは当たり前、人数なら50人は待たねばならず、それでも対処しきれずに、帰っていく人も多数あるのが現状だという。しかも、この社会状況である。改善されるどころか、ますます深刻になっていくのは目に見えている。にもかかわらず、国の「公務員5%純減」(5年間で、自衛官を除く、約3万3千人近い国家公務員を削減する方針)に伴って、対応する職員数は減らされている。しかも、効率化の名のもとで、統合・閉鎖、あるいは出張所への格下げという形で、ピーク時には700ヶ所あった施設が、2007年末には576ヶ所まで減少しているのだ。

 失業者は増加する一方、ますます一カ所で対応する人数が増加し、しかも職員が減少する以上(きっと派遣やパートでまかなっているのだろうが)、職員ひとりあたりが対応する人数が増加するのは当たり前の話で、これで満足する対応をせよというのも無理な話だ。

 確かに、リストラや倒産の危機にある民間に比べて、裏金問題や待遇面で安閑とした公務員への風当たりは全般的に厳しい。もちろん、無駄や不正は糺していく必要はある。でも結局のところ、正当なサービスを受けるべき納税者自身に、そのつけが回って来るのでは、どこかやりきれない思いがする。中高年のリストラや失業問題、派遣切りや内定取消しなどの若者の雇用不安、難題が山積しているにもかかわらず、実は、身近な窓口が縮小されている対応一つとっても、雇用政策の貧弱ぶりが窺えるのだ。昔はある程度機能していた社会のセーフティーネットも、「自己責任」の名のもとで綻ぶ続けている。先日取り上げた、『この自由な世界で』の映画ではないが、誰もが、明日の我が身となる可能性を秘めながら、社会的弱者がますます弱い立場へと追い込まれていく社会状況は、今後ますます深刻化していくのだろう。

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2009年2月13日 (金)

3度の誕生日祝い

 今年は、3度も誕生日の祝いをしてもらうことになった。しかも、インドと、ネパートと、日本の3ケ国と、かなり贅沢な話。

 その日は、早朝5時起きして、ガンガーの沐浴風景を見学。美しい日の出を拝したあと、初転法輪のサールナートをゆっくりと参拝。猿回しをみたり、土産物も楽しんだあと、午後からお涅槃の地、クシナガラへと向かった。高速道路といっても、トラクターも、牛車も、人も歩けば、脇道からの割り込みも平気、それどころか大型トラックがドンドン逆走してつっこんで来る危険きわまりない一本道。ただ二車線あることを称して高速道路といっているにすぎない。もちろん、仏跡地では、一つの信号機も見なかった。停電になったり、誰も守らないのだ。揺れに揺れたバスは、到着時間を3時間ほどすぎた午後10時すぎ、ようやく目的地のクシナガラに到着した。横揺れ、縦揺れのバスでの8時間近い長旅。到着すると、部屋に入らずそのまま遅い夕食に向かった。早朝からの日程にみんなクタクタ。早く食べて、明朝の出発に備えないといけない。食事の言葉をすませて、さあというときに、「ちょっと待ってください」との声。

 「今日は、還暦のお祝いを迎える方がおられます」と、アメリカから参加のKさんが、紹介される。さらに「今回の2月1日からの仏跡巡拜中に、なんと4名方のお誕生日があります」と、広島からの2名の女性に加えて、ぼくも紹介された。サプライズだ。ケーキが運ばれ、シャッパンでお祝い。サライさんからプレゼントまでもらった。みんな疲労困憊の中で、こころよく祝福をしてくれた。ありがとう。でも、ゆっくり呑みましょうというには、あまりにハードな1日だった。

 そして、2月10日の誕生日は、ネパールの首都、カトマンズで迎えた。カトマンズでのお別れパーティー。ここでは、特別な祝福はなかったが、わざわさプレセント持参くださった方もあって、こころのこもったカードも3組の方からいただいた。部屋に戻ってからも、有志が集いお別れの宴もって、最後は、かなり呑んだ。

Img_5278  そして自宅に帰ると、お土産を渡す前に、いきなり子供たちが手作りのプレゼントをもらった。「お父さん、お誕生日おめでとう。48歳?」、ほんとはう47歳なんですが、まImg_5280あ、いいでしょう。手作りの箱をあけると、絵と、手作りカレンダーに、貯金箱に、そしてお小遣いで買ってくれたスリッパと白いハンカチ。ゆうこは、お洒落なパックをくれた。夜には、子供たちが作ったケーキと、自作自演のダンスを披露。二人で何度も練習した3幕からなるバレエ風のもので、なんか感激。疲れが一度に和らいだ気がした。

Img_5281_2  それにしても、3度もお祝いしてもらって、3つ早く年をとるかもしれませんが、なんとも素敵な誕生日祝いでした。

 5歳の次女。字も少しずつ書けるようになってます。

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2009年1月30日 (金)

一時は、このまま涅槃かと……

 1月末は、重要な提出書類期限もあるのだが、特に今年はいろいろあった。それで、元気に仏跡巡拜に出発するのが一番だと、最初は作成するつもりだった、旅行のガイドを早急に残念した。その代わり、『ブッタの旅』という岩波新書のカラー版を購入してもらうことにした。http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_071e.html
 
確かに、何もかもおまかせで連れていってもらえるのだが、一生に一度の方も多かろう。それなら、何冊か本を読んで、勉強していったほうが感慨も深い。

 第2回は、27年前だか、その時は、引率のI先生が、とても立派なガイドブックの資料を作ってくださっていた。いま、読んでも感激するほどの出来ばえだ。連れ合いが、「せめて、必要な仏跡案内のところだけでも、それを入力したらどうだか」と提案してくれたので、5日前になって、ムラ君にタイピングを依頼した。さすがに、コースも違うし、事情も変わっていて、手直しや追加が必要だったので、それなら、やっぱり作ろうかと決めたのが、水曜日の夜。

 せっかく入力してくれたムラ君にも報いたいし、前回の先生のご苦労も、少しは引き継ぎたい。ならば、少し頑張ってと、本格的に始めたのはいいが、これが時間がかかる、かかる。初日、2日目は、関空とバンコクなのですぐできた。でも、そこからが、メーンイベントの、ラージギル(王舎城と霊鷲山)と、成道の聖地、ブッダガヤ。もうここだけで、ほとんど朝から夕方まで費やしてしまった。もう、時間がないので焦る、焦る。こんなに必死に頑張ったのは、〆切に追われた修士論文以来かもしれんなーという勢いで、最後は、並べるだけでもいいとか、荷物もあるし、もう止めようという悪魔のささやきに負けそうになりながら、なんとか、ベナレスと初転法輪のサルナートをすませ、深夜にやっとクシナガラに達した。荷物もまだ手つかずだし、法蔵館の原稿もある。悪魔の誘惑は続いて、何度、ここまでにして、このまま涅槃に入ろうかと思ったことか。しかし、釈尊のご加護か、勇猛果敢にして、降魔の相を示し、もうひと頑張りすることにした。カットの入れ方や統一の仕方などの要領もえてきたので、ここからは案外早かった。

 おかげで、サラバスティー、カピラ城、ルンビニーを経て、どうにかこうにか、今日の昼すぎにはカトマンズまで到着! もっとも、仏跡地ではない、カトマンズの2日間は、イラストの地図をのせただけのだが、最後の関空での解散までたどりつくと、ほんとうに旅行から帰ってきたぐらいの気持ちになった。いやいや机上の旅とはいえ、「お疲れさま、ご苦労さまでした」。

Img_4710  それにしても、勉強すると、あらためて「ヘエー」と思うことが多かった。まだまだ触れたいところもあるし、後半はかなり荒くなってしまった。校正も一度もしていないのでミスも多い。それでも、連れ合いが表紙を書いてくれて、ムラ君がコピーして、セッセセッセと製本。夜になってやっと完成した。ジャージャー! 40頁の超大作。表紙がつくと、我ながら立派なものになったと、眺めては、感心、感心。これで、次回(第4回)は、かなりいいものが出来ることは間違いない!

 でも、つぎに、「この25部は、誰が持参するのか」と思うと、ガビ~ン。今回は、前日から泉佐野に一泊するで、京都、大阪、ナンバと、大きなターミナルを4回も乗り継いでいかねばならない。いや、これはまいったー。

 ところで、前回は、まだワープロなども普及しておらず、書の達人の先生のすばらしい手書きだった。
 そういれば、持ち物も随分かわったなー。PCはさすがにもっていかないが、デジカメに、電子辞書に、ICレコーダーに、デジタルオーディオプレヤーなど、電子機器だらけ。荷物は増える、増える。皆さんは、ケイタイも持参されることだろう。
 やっとだいたいの荷物は揃ったので、明日の朝には、一仕事をすませた後で、パッキングしよう。

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2009年1月21日 (水)

オチない三題噺

003  朝、子供を保育園へ。今日は21日。東寺の縁日、1月は初弘法。全国から何万人も観光客が押しかける。園の前にも、骨董、古着、ガラクタ、瀬戸物、古本、実にいろいろな店が軒を並べるので、自転車をいつもより離れたところに止めて、お客を押し分けて進む。お参りでも、観光でも、買い物でも、冷やかしでもない訪問者だ。年々、人出は増えているようで、外人もたいへん多い。子供をやっと保育園に預け、人込みを抜ける。 

 東寺を出て、しばらく進んで大きな交差点で信号待ち。二人の若い男性が、チラシをもってみんなに話しかけている。なんの勧誘? ああ、イヤだなー、ぼくにも近づいてきた。一応、知らんふり。それでも勧誘される。「あの、中国からの留学生です。手作りの水餃子を販売しています」。「はあ?」と、まったく予想外で反応ができなかった。それにしても、なんかタイミングが悪くないか。中国、餃子とくれば、いまだ「毒入れ」と連想する。昨年の毒入り餃子事件が未解決のままだ。しかも、むさい男が、急に近づいてきて「手作りです」と言われてもな……。他に売るものなかったの?  セールスできそうな女のコがおらんかったんかなーとも同情する。急激の円高で、留学生もたいへんなんでしょうね。

 午後、「同人会ニュース」の仕上げ。修正液かダメになったので、近くの100円シュップへ。店に入るなり、大声が聞こえていくる。中年の客が、若い店員に大声で絡んでいる。いや、まずい雰囲気。ドキドギしちゃう。「上のものでも、どこになにかわららんのか! 常連の客だけを大切のするのか、ここは! ちゃっと把握できんのなら、こんな店やめろ!!」 という調子で、怒鳴っている。ひたすらか細い声で謝る店員。どうせ、バイトなんだろう。ほかに客は1、2名だけ。お目当ての棚は、男の横だ。仕方ない。男の前を横切る。ますますエキサイトし、「酔っぱらいだと思ってバカになるなよ」と怒鳴っている。ああ、クレーマーというより、昼間から呑んでいる、単なる酔っぱらい。店員の対応が気に入らなかったのだろう。「こんないいかげん商売してどうするんだ。ええか、Yes we canや、チェンジなんや。変わらんといかん。こんな店なくなぞー」。チェンジのタイミングのよさに、ブーッと声にだして笑ってしまった。きっと、深夜の就任式を見たのだろうか。あとは、「チェンジ、チェンジ」を織りまぜながら、説教はつづくよどこまでも…。

 オバマさんの就任式。悪いがいまは関心はない。でも、和平にしても、環境問題しにても、経済にしても、ブッシュさんよりましになるんじゃないかと、ぼくも期待している。米国初の黒人大統領、若くて、新鮮、カリスマ性も十分だ。それに現状の厳しさに、変化への期待値も大だ。はるか遠いこの地でも、酔っぱらいのクレーマーをも魅了するって、すごいなーと。でも、でもね。なぜ、名前がにているだけで、また雰囲気がカッコというけで、日本で、花火をあげたり、和太鼓で祝福したり、お祝いで浮かれるっておかしいんじゃないの。むしろ、この雰囲気がイヤな予感。これって、コイズミさん出てきた時と同じ。「自民党をブッ潰す!」と、みんな何かを変えてくれると期待して、雰囲気に酔って、批判した少数は疎外。それが今ではどうか。ただ酔っていただけだなのに、いまだに人気もある。オバマさんも、いまはまったくの未知数。日本にとって手ごわい相手になる可能性も大だ。ほんとうの手腕を発揮すのるはこれからなんですからね。政策も知らず、ほんとうの人柄も知らず、イメージだけでエライ人に、自分の利益になる変化を期待したり、自分の何かを投影するような支持の仕方はやめてはどうかなー。
   まず、チェンジは自分自身のそんな姿勢からだよね。

 夜、真宗カウンセリング研究会へ。21年度のパンフレットの相談。最初は、それほどでもなかったけれど、話を聞いているうちに、いろいろと構想が浮かんできた。歎異抄の輪読、若手や新しい方の聞法の集い-若手を育てたり、間口を広げていくこともぼくの仕事になりつつある。そして、初の「こころの天気」のワークショップの取り組み、さらには、2011年のカウンセリング50周年に向けての構想…。けっこう、いろいろと可能性があるんだ。何かを実現したいという刺激になった。問題は、すでに週末の予定が詰まっているので、時間がとれるかどうかだ。でも、ここは鉄は熱い内…で、、明日からいろいろと電話して、実現できるような方向で模索していこう。

「手作り餃子、オバマ(またはチェンジ)、50周年」

 3つのお題がでましたが、なにかオモロイ小咄出来んかなー。

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2009年1月16日 (金)

最終講義

005 真宗学教授の退官最終講義を聴講に出かける。少し遅れていく と、満堂の人々々。立ち見になった。「自然法爾の道理について」と題して、親鸞浄土教における自然法爾思想の形成過程から、その現代的な意義、さらには発展的な解釈論など、ご自身の深い思索を講述された。

  終了後、控室にごあいさつにむかう。実は、長年、大学に籍を置いていながら、残念ながらこの教授とはすれ違いで、講演を聞いたことがある程度で、授業も受けたことがなかった。それが連れ合いの関係で、最後に花束を携えてごあいさつをさせてもらえた。ほかにも、久しぶりの先生方に会ったり、なんちゃて女子大生の友人たちを紹介してもらったりと、彼女がキャンパスライフを堪能している様子がよくわかった。

 夕方、久しぶりに大学院時の恩師に電話する。
 お元気そうなお声だ。この世を生きていくことは、いろいろな厄介な制約がある。ほんとうに骨のある先生で、たとえ体制であろうが、権力であろうが、自信のところを歪めず主張し続けておられる歴史がある。簡単に解決する方法などないが、おかげて少し元気をもらった。
不利益を蒙るかもしれないが、もっと大きなスケールで考えたいなー。そんな励ましもいただく。これもまた自然の動きなのだろう。ただし、制限時間一杯まで、ウーンと悩み、考えることにはしょう。

 「蛸壷や はかなき夢を 夏の月」

 伊藤康善先生が愛された芭蕉の句である。

 なーるほどね。これや我が身の姿やなー。所詮は、小さな小さな蛸壷しかしらずに、そこで淡い夢を見ているだけなんだなー。明日には、蛸壷ごと、無常の漁師に釣り上げられるとも知らずにね。

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2009年1月 5日 (月)

タンス株

 1月5日、今日から、株券電子化が始まった。

 実は、わが家にも、父の名義で、少しタンス株があった。もう40年近く前に、アメリカの同行から、東京電力の株をわけてもらって、増資をする程度で、一度も売買することがなかったので、証券会社ともまったくご縁がないまま、ずっーとタンスならぬ金庫に眠っていた。いまでこそ、トラブル続きで株価は下がり気味だが、昔は代表的な優良株。でも、投機目的ではないので、40年近く眠ったままだった。

 それが、3年ほど前から、株券電子化の告知があって、早めに証券会社に口座を開設しないと紙切れになる恐れがありますよと脅されていた。ギリギリでは混雑もするので、早めに手続きに行こうとと思ったのが、1年前。でも、何分慣れないことだし、自分名義でもないので、腰が重い。まあ夏にはと思っていたのが、ズルズルと秋になり、12月になっていた。まあいいや。1月5日までなので、華光誌がすんだら、今度こそ、いちばんに問い合わせをしようと決めていた。それが、ある日、なにげにニュースを見ていたら、電子化は1月5日からだが、証券会社の受付は、12月18日の午前で締め切られますと言っている。エー、1月5日までじゃないのと驚いて、カレンダーをみたのが、12日の金曜日の夜。しかも土曜日、日曜日を挟むので、あと2日と半日しかない。あわててネットで調べたが、もう12日で締め切っている証券会社が大方だ。やっと大手の証券会社を見つけて、問い合わせをする。混雑しているので、確実に入庫するのには、17日中に来いとのこと。父の名義だが、「高齢なので、息子が委任状をもって手続きに行ってもいいか」と尋ねたら、寝たっきりになっていたり、重篤で字が書けないなどの医者の診断書がない限り無理だといわれた。ますます困った。だって、午前中は、寝たっきりなのだから…。しかも16日までは、布教にでている。つまりチャンスは、17日の午後いちばんしかない。暇の時、暇の時と避けていたら、いちばん忙しい時にかち合ってしまった。ほんと、なにやってるのやら…。まるで、凡夫が真剣にやっているつもりの求道のようだ。

 なんとか父を説得して、早めに起きてもらって、午前の最終には証券会社に入れた。混雑はしていたが、特設の会場もあって、効率よく次々窓口を回って、無事終了の運び。名義人本人は、なんのことかさっぱりわからず、「ここに書いて、ここにサインして」と、細々指示しながら、どうやら無事に入庫がすみそうだった。かなり時間もかかった。

 ところが、最後にかなり待たされた。実は、株券が古くて、取得価格が特定できないという。問い合わせているが、混雑していていまは無理だとか。特定口座の対象とするためには、別の会社から株式異動証明書なるものを取得して、再度、父を連れて手続きにいかなければならなくなった。今度は、5月までだ。邪魔臭ーい。また、これも、報恩講がすぎて、インドがすぎて、華光誌がすぎたらと、いつか、いつかで日がすぎるていくのだろうなー。ゲッソリ。

 後で調べたら、1月5日をすぎても、別に紙切れになるわけではなく、何かと売買等に制約される程度で、権利を失うわけではないようだ。まあ、命をとられるわけでも、全財産を失うわけでもないのに、少しでも損をするかと思うと、必死になってやるものだと思った。それにしても、サッパリぼくにもわからないが、これはこれで、はまったらきっとのめりこむ世界やなー。まめに経済や株価をチャックしたり、本気で投機を目的にするのならともかく、その気がないのなら、早めに撤退したほうが楽でよさそうだ。

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2008年12月26日 (金)

一喜一憂の果てに…

Img_4484_2   セルフでガソリンを入れて、支払の段階になって、「あれ、間違って、軽油(ディーゼル)を給油したんじゃないか」と思うほど、ガソリンの価格が急激に安くなった。これは、京都市中心部(烏丸高辻角)のスタンド。(シンのエネルギーなんだから、これはいいネイミングやね)。とうとう、100円切って99円! 思わずシャッターを押した。最高値の半値近くに戻っている。まあ、ここはかなり安くて、わりと近くの本願寺横のスタンドは115円だったが、それでも、あの暫定税率騷動は、なんだったの?という急激な変動だ。もちろん、安いのに越したことはないので、大歓迎。高値の時は、満タンにするのも躊躇し、安いスタンドを探し回った。法座でも、日高町の方が安い(確かに)と聞いたので、京都で給油せずに、帰路に入れたlと、自己防衛していた。それが、短期間にこのありさま。ただし、その分、世界の景気は一気に減速して、日本の経済も危機的な状況になってしまった。株価にしても、為替にしても、あまりにも急激な変化や乱高下に、ほんとうに戸惑うことの多い1年だった。当然、さまざまなものに直接、間接の影響を与えて、昨秋から続く、「値上げ」ラッシュの余波が続いた。中には、値段は据え置きで、内容量や個数を減らした、いわゆる「見えない値上げ」派も多かった。たとえ10円でも、値段に転嫁(←これもすごい熟語やね)されるとすぐわかるが、パッケージが変わり小さくなったり、少なくなったという実質値上げは、なんとなくごまかされたことも多い。直接的でない分、心理的な影響も少なくて、最近は多用されている。だって、ティシュペーパー250枚が200枚になっても、一枚一枚、数えるわけじゃないものね。こうして、なんとなく誤魔化されてきた。

 ところで、今日、インド旅行の代金の請求書が届いた。ただただ楽しみではあるけれど、ここだけはいちばんの苦しみ。これがないのなら、毎年でも行きたいものだが、そんな虫のいい話はないよなー。ちなみにこれは4月に作成されたものが基準となって適応されている。その後、原油の値下がり、ドルの暴落などを考えると、ちょっと今分が悪いのだろうが、これだけは致し方なしだー。

 さて、来年はどうなりますやら。先のことはわからないないが、激動の波瀾の年が続くことだけは、想像に難くない。 

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2008年12月25日 (木)

お前の一日はロクな日じゃねえーらしいですが…

 インド仏跡巡拜の旅のMLを開設したので、登録手続きに関するメールが頻繁(ひんぱん)にはいてくる。同時に、事務局からもCMのメールが届く。その冒頭…。

「おはようございます!freeml運営事務局です。

かりもん さんの今日の運勢は…
【水瓶座:56点】十二星座中、12位(つまり最下位!)

周囲の理解が得られずブルーな一日になりそうですが…

金運は、大きな下降ライン。ストレスがたまっている人は、衝動買いで金銭感覚が大幅に乱れてしまいそう。恋愛運は、友人から厄介事を押し付けられそう…。仕事運は、ちょっと手を抜くと、運悪く先輩の目に留まりそう…。」

 生年月日を登録したので、この手のメールが来たのだが、まあ、お前の今日の一日はロクな日じゃねえぞ、わざわざご親切にもお知らせしてくださったわけ。

 それにしても、運勢や占いといった、仏教(浄土真宗)からみると、因果の道理を無視した迷信の類が、ますます持て囃されている。やらせや虚偽報道に敏感なマスコミも、まったく無批判。それどころか、視聴率さえとれれば、大々的に放送している。そのほとんどが、軽い遊び感覚なのだろうけれど、一方で、みんなの心の中に、現実の圧迫感や閉塞感と、まったく展望の開けない将来の不安などのネガティブ度はますます増加し、この手のご託宣を強く求めているのも一因にあるだろう。もちろん、正しい信仰、仏教の因果の道理に昬い(くらい)というのが、最大の原因ではある。それに、現実的にみても、呪いや占いをキッパリと否定している仏教は、やはり浄土真宗を置いてしかない。ただし、今日の状況で、頭から否定するだけでなく、そのおこころも正しくお伝えするという意味では、ぼくたちももっともっと工夫や努力が必要になっている。
 それにしても、まったく方向や日にちや、占いなどに惑わされることがない身というのは、幸せですね。やはり、他力回向の信は、「決定」(けっじょう)するわけですからね。定まる世界があれば、もうフラフラとする必要がなくなる。いくら払っても払っても、そこに立たせてもらわない限りは、いつまでも不安は絶えないわけですね。

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2008年12月11日 (木)

今夜はお休み…

Img_4039 華光誌、どこをどう間違えたのか、後がなくなって必死です。年内発行の期限が迫っている。この1週間は、映画もお預け。

 華光誌本体の方は、少しはいけそうな気がします。でも、年賀交換の作業はこれから。

 「聖教のこころ」を考えるついでに、素案を記事にするつもりだったけれど、3つ前の『如来の直説法』のエントリーに、質問のコメントがついてました。真面目に求めておられる方のようですね。どこまで伝わるかわからないけれど、一応の返答していますので、本体は半分お休み。求めている方向が違うことに気付いてもらえると、早いんですがね。言葉は正しいだけに、メールだけで伝えるのは、ややこしいところですね。 

 それにしても、ぼくも、丁寧、親切、仕事が早くなったもんやね。

 「先生、昔は、よく切れる剣のようでしたが、いまは、コンニャクですね」と、某東京同人からメールをもらったことがあります。それを、ある人に話したら、「ああ、いい感じになってきたんじゃないー」と、妙におほめいただきました。
 まあ、何がいいのやら、悪いのやら、もう分かりませんわ。

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2008年12月10日 (水)

奥が深いぞ

 高山法座の懇親会で、ある方が連れ合いを絶讃してくれた。彼女は、初めての華光会館で、その自由な雰囲気に、押さえていて自分を開放(解放)されつつあるようだが、その雰囲気の象徴として、連れ合いを観ているようである。ぼくのプログで、「何か月ぶりで掃除機を握っている妻を見た」とか、「今年も台所から小バエ発生の季節が来た」という記事を読み返しては、大笑いしているという。まあ、こんなマニアの皆様のおかげで、長続きさせてもらっている。うれしいかぎり。

 で、その彼女が、華光大会の分級座談のおりに、1階の台所で、「干からびた生姜」が、テーブルの上に鎮座しいるのを目撃したそうだ。何日も、冷蔵庫に入れないまま、干からびながらも使われつづける生姜。このおおらかさ、自由さは、なんとすばらしいことなのか! となったようである。
 ほんと、世の中って、何に感心されるのか、ビックリである。 ただし! こんな程度で驚かれているようでは、まだまだゆうこ道のほんの序の口だ。

 日常生活は、まさに凡人には、ワンダーランドのるつぼである。先日も、面白いものを発見した。

 たまたま、昼食のあと洗い物をしていたら、お茶碗やらカップやらが、いくつも流しの窓際に放置されていた。そこに長らく置かれていたのは知っていたが、ついでに洗っておこうと、手にとった。やりだしたら、徹底的にきれいにしないといけない性分だ。茶碗は、何も入っていなかったが、その底には、緑色の丸い模様が2つある。こんな模様の茶碗ではなかった。汚れかなと思って、流しにいれて水を張った。そして次ぎの瞬間。なんと、その模様が立体となって、ユラユラと浮かび上がってくるではないか。ついに、見事なキュウリとなって復活したのだった。
 太陽が温める窓際で、食べ残したのキュウリが水分を失い、腐らずにみごとにドライフラワー化して干からび、模様のように茶碗の底に定着していたのた。それが、再び、水分をえて、もとの姿に戻ったのである。

 もう、カップラメーンの具(フリーズドライなので低温だけど)じゃないっちゅうの。ほんとに恐るべしだなー。

 Hさん、喜んでいただけましたか?

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2008年12月 9日 (火)

「奥さんもS(エス)?」

 高山法座が終わり、K、T兄弟と夕食へ。同じ列車になったO君も同席。Kさんの職場の前のイタリアンのお店で、ご馳走になる。
 遠近各地に顔を出しているO君。もともとの参加のきっかけは奥さんが見つけてきた、華光会のHPだという。

T:「ということは、もしかして、奥さんも、S(エス)なの?」
O:「ハイ、そうなんです」
T:「じゃ、夫婦でSやったんか」
 としばし、S談義へとうつる。
S:「まあ、S、Sって、隣の人がへんな顔しているで」
  「それに、O君、ちょっと真面目すぎや。『ぼくは、Sなんですが、妻は、Mなんです』ぐらいはボケんとなー。なんて、イニシャル、SMのぼくが言うのもなんやけど…。」

 確かに、このところ、どの支部法座でも、Sの方が急増中だ。
 でも、広島支部だけは、Hからの人も多くなっている。さすが安芸門徒の土地柄。

 Sの人ほど派手ではないが、Hの人、しかも若手のHのプロの方へも、静かに浸透しているのが、うれしいですね。

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2008年11月27日 (木)

対岸の火事?

 タイ、バンコクの国際空港が占拠されて、完全に閉鎖されている。とうとう非常事態宣が出されたが、事実上の戒厳令なのだろう。いつもなら、遠くにながめる事態も、今回は特別の思いでニュースを観ていた。まだ2ケ月先のことだが、今回は、バンコク経由のタイ航空で、しかも、バンコクで宿泊する予定があるからだ。だいたい、この旅は、ネパールの政情がある程度安定するのを待って、カトマンズやヒマラヤ遊覧を加える計画にしたのだ。

 それが、翌日には、インド、ムンパイ(旧ボンベイ)での大規模なテロ爆撃事件が起きて、さらに驚いた。バンコクの空港の閉鎖は、何ケ月も長期化はないだろうが、こちらは、日本人も含めた外国の人達にも死傷者が多数出ている。前回の仏跡旅行では、アジャンター、エローラの石窟寺院も訪れたので、ムンパイにも立ち寄ったが、今回は空港も含めて、ニュー・デリー、コルカタ(旧カルカッタ)などの大都市には、まったく立ち寄らない。大都市に比べると、今回の訪問先は田舎で、この手の大規模なテロは考えにくいのだが、しかし実際のところは、報復行動も含めて、この先、どのような事態になるのかが、予断を許さないようだ。ただなんとか安定してほしいと願うばかり。

 近辺で治安が少しずつ悪化し、ますます体感不安度が増しているこのごろだが、他のアジア諸国のニュースに接すると、やはり日本は、世界でも有数の民主的で、安定した、安全な国だといえる。とはいっても、この先、将来の展望がハッキリしないところに、不安があるのは事実なんだけどなー。

 聴聞と同じで、遠い国のニュースも、自分がかかって来ると、対岸の火事ではなくなるものだと、改めて実感する次第。

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2008年11月25日 (火)

披露宴

Index_img02 築地本願寺での挙式が済んで、フォーシーズンホテル椿山荘に会場を移しての、豪華な披露宴。都心にある、緑豊かな由緒ある庭園だ。このロケーシImg_4339_2ョンだけでも、すばらしい。それにしても、何事につけ ても、やっぱり東京。人も、モノも、カネも地方に比べてヒトケタ違うイメージ。そして、ここにきて、仏青メンバー、また同じ僧侶といっても、かなり「格差」社会は進行していてる。いつか、下流からの反乱が起こるんじゃないかなー。

Img_43412  さて、本題。小学校2、3年生から中学生、(高校生の間は抜けて)大学生、大学院、そして社会人まで、ずっと仏法を中心にしてお付き合いをさせてもらいるお二人の結婚式。生れた地域も、環境も、大学も、そこで専攻したことも、また職場も、まったく異なる二人。唯一の共通点、接点が、両方の祖母(このふたりのご法のイメージも、一方は厳しく、一方は暖かくというふうに違うから面白い)からの、深い、深い仏縁により、導かれるように仏の子供大会で、二人も、またお念仏にも出会ったことが、すべてのは始まり。そして、大学生になり、今度はお手伝い、先生役として、同じ場所で再会して、その後、仏法を聞く仲間として励まし合いながら、ご法を求めて、聞いてきたお二人が、遠距 離恋愛の末、結婚するのだから、ほんとうにみ仏のお導きとしかいいようがない。両家のご両親、ご兄弟とも、ご法の上で、深いご因縁がある。また、二人の幼き日から、まさに再会のその場面にも同席していたのご縁もあって、ぼくも感無量だ。Img_43162

 それにしても、とにかく豪華な式だった。興が乗った本派某布教師 など僧侶3名が、”羞恥心”ならぬ、『異安心』なるユニットで、大ブレイク。まあ洒落にならない面白さで、ごく一部では大ウケ。実は、ぼくも「スーパーシン」での登場の打診があったのだが、今回は、大役があったのでご辞退した。
 二次会も、フォーシーズンホテルでの、さらに大勢の列席者が集う華やかなパーティだった。

 どうぞ、お幸せにネ。合い共にお念仏をご相続ください。

Img_42252 左(連れ合いの描いたウェルカム・ボードの絵の前で)

右(ブレイジャー師も来Img_43522 賓として列席)

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2008年11月20日 (木)

この嫌な感じはなんだろう

 長女が、集団一斉下校してきた。京都府内の学校に「子どもと教職員に危害を加える」という脅迫文が送られきたことによる処置だという。今日は、子どもだけの外出も控えるようにとの学校からの緊急連絡も入ってきた。

 東京では、なんとも物騒で、嫌な事件が続いている。元厚生事務次官や家族への連続殺傷事件は、官僚トップを狙った連続テロの可能性が示唆されるが、真相はいまだ謎だ。しかしそれ以上に不快なのは、事件に便乗し、厚労省に「年金問題の報いだ」とか「お前も同じ目に遭わせてやる」と言った、嫌がらせの電話や中傷メールが、何百件も相次いでいるとの記事を読んだことだ。いつの時代も、大きな事件の後は、類似した事件や模倣犯は現れるものだし、中傷や脅迫の大半は、たぶん重大事件へと直結するものではなく、単純な愉快犯の輩もいるだろう。しかし、現実に、尊いいのちが踏みにじられたというのに、その傷みや悲しみへの共感や想像力が著しく欠如していることが、なんとも恐ろしい。平気で、犯人を称讃したり、逆に被害者側を中傷したりする感覚や空気が、いま、まぎれもなく、ぼくたちが生きているこの社会を覆っているのだとすると、胸が痛くなる。

  確かにその背景に、格差社会が急速に進み、効率や利潤を最優先して、個々の人間性を疎外したこの社会にも問題があるのだろう。多くの人たちが、傷つき、不満や怒りを高めているのは事実である。しかしながら、それが、共に力を携えて社会を変革しようという社会運動や政治運動に向く気配はまったくなく、絶望感や無力感、時に自己や他者(特に弱者)への残虐なまでの攻撃性などにエネルギーが転嫁されているのが、いまの日本の最大の悲劇ではないか。

 そうすると、まったくそこで異なった視点も必要になる。実は、それを提示できるのは、生きとし生きる、すべてのいのちあるものを救い取りたいという、法蔵菩薩の人間の叡知を超えた深い深い理念と、その大悲のお心に摂取された、ぼくたち念仏者ではないか。その本質は、今生事ではなく、後生の一大事の解決にあるのだが、その上にたって、ちっぽけな人間のエゴは捨てて、改めて念仏者が力を合わせ、この社会に働きかけるすべはないのだろうかと思う、今日このごろ。確かに、難しい問題ではあるけどなー。

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2008年11月12日 (水)

パスボート

 来年2月のインド仏跡旅行。計画段階での、皆さんの反響はすごくて、瞬く間に定員になる勢い。「定員オーバーしたらどうしょう」とか、「数年以内に、第2弾を速攻、計画せんといかんな」などと話していたが、どうやら捕らぬタヌキのなんとやら。いざ、申込みが始まると、なかなか人が集まらず、ヤキモキ。説明会の直前に、やっと最低施行人数の15名になって、ホッとするありさま。
   ところが、華光大会でのこの説明会がよかったのか、ここに来て申込者が急増して、最終〆切の今月末を待たず、定員25名に達した。参加したくても、涙を呑んだ方も多いのだが、逆に、計画段階では、お互いにまったく知らなかった方も含まれているのだから、縁とは不思議なものである。
   ほんとうは定員は、何名でもOKなのだが、長距離移動のバスが疲れるので、ゆったり座席を確保したいことと、バス2台になると一体感が薄れることを心配して、この人数にした。単なる観光旅行ではない。それに、仏跡だけが尊いのではなく、バスの中やホテルでの会話や出会いも含めて、一緒に巡拜に出かけることに大きな意義があると思っているので、大人数にはしたくないのだ。前回の第2回の時は11名で、添乗員もなく、いろいろなトラブル続きだったが、そのことが余計に印象深い旅になった。

 ぼくも旅行の手続きに入る。まず、パスポートの有効期限が切れているので、手続きに行く。以前、取得してから、10年経っていた。京都の窓口が、四条烏丸から、京都駅の伊勢丹デパートの駅ビルに移っていた。すべて書類が揃っていたので、あっさりOK。ただ、写真の裏に描いた氏名が、ちょうど目の位置で、ちょっと強すぎたようで、そこを確認された。ずいぶん、確認事項で細かな点がうるさくなっていた。それと、いろいろ賛否両論ある住基ネットを初めて利用した。そこでびっくりすることが分かった。ぼくの名前「信」は、SHINと読んできたが、そこでは、makotoと読まれて登録されているのだという。これまで、3度パスポートを取得したが、いつもSHINだった。そうか、46年間、ずっーとSHINと名乗ってきたが、住基ネットでは、makotoになっていようとはなー。ちょっとびっくり。いまの出生届には、「よみかた」の項目もあるのに、昔はなかったのか。それとも、事務手続き上で発生したことのだろうか。ちょっと謎。
  あとは、以前のパスポートの写真が別人のようだっということ。子供たちも、「わあ、すごい」(なにがすごいんだか、よくわからんのだが)。連れ合いには、「『整形したのですか』と疑われないか。それにしても、なんでこんな髪型してたの?どんな意味あったん?」と言われる始末。でも、そんな人と結婚された彼女も、どういう気持ちだったのかね。まあ、10年経って若返ったのだから、よしではあるが。

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2008年11月 7日 (金)

ほんまいろいろありますわー

 朝、小学校の学芸会へ。劇の出番は、昼前だが、トップバッターで、手話を交えた「開会の言葉」の担当になったので、1分ほどのために、一番から出かけた。緊張がアリアリだったけれど、無事にこなして、親もホッとした。その足で、下の子を保育園に送り、明日の法座の準備にかかる。お参りしてくれた子供へのちょっとした買い物をしたり、紙芝居を借りたりして、学校に戻って、劇の鑑賞。本番は、子ども忍者の役。小さいながらも、からだ一杯、頑張っていた。

 帰館すると、留守の間の電話の説明。その中に、フジテレビで放映される島田紳助の番組で、京都のお坊さんへのアンケートを撮影に行きたいという打診があった。その質問というのは、1)あなたにとって、今年、特筆することは何か?2)すべてを捨てでも一緒になりたい女優さんは誰か? という二つで、面白いものが採用されるのだそうだ。またまた、「なんで? ほんとかな?」、新手の詐欺の類?という感じの電話だったが、テレビと聞いただけで、T事務員は思わず前乗り。ただし見たこともないバラエティー番組で、まったく布教活動とは関係ない。別に、華光やぼくを特定したものではなく、寺院名簿か何かで、ランダムに探しているようだ。これで、何か発展があるかなーとも思わなくはなかったが、僧侶にこの質問をするのに、どんな意味があるのかがまったく理解できない。第一、最近、いろいろと微妙な問題も起こっているし、質問も質問なので、そちらに悪影響にもなりかねない。意味のある問いかけなら、ともかくね。当然、止めておくのが無難そうだと、結局、華光や伝道活動と無関係なので、お断りすることにした。

 別に僧侶とは無関係の問い掛けなので、皆さんにも…。皆さんなら、1)今年の特筆すべきことは? 2)すべてを捨ててでも一緒になりたい女優さん(もしくは男優さん)って誰かいるかな? 

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2008年10月22日 (水)

華光大会の締め切り

 子供を保育園に送った帰り、京都駅前を通ったら長蛇の観光バス。昨日は、弘法さんで賑やかだったが、今日は、時代祭と、夜には鞍馬の火祭りがある。午後から、京都市立美術館に行く予定にしていたが、その時間帯は岡崎周辺はかなり混雑しているだろうから、取りやめにした。そのかわり、久しぶりに寢室(もっともぼくはそこで寢ないが)の整理をした。掃除機をかけて雑巾がけもする。ここまではよかったが、昼すぎから雨になったのに、しばらく気付かなかった。早朝は天気がよかったので、これも久しぶりに子供たちの布団も干していたのだ。ちょっと曇り空になってあやしい雰囲気がしので、昼食を食べてからと思っていた。声をかけてもらえたので、どうにかびしょ濡れは免れたけれど、せっかく干したのに、余計、湿っぽい布団になってしまったようだ。珍しいことはするもんじゃないのかなー。

 ところで、今日は、華光大会の宿食の締切り日。大会は、11月1日(土)~3日(祝)の3日間だが、1週間前から申込みが多数あって、特に宿泊をお断りするほどの盛況ぶり。それでも、今日締切りの定例総会の出欠表(委任状)での同人の申込みがあるかもしれないので、ちょっとヒヤヒヤした。安く泊まれる宿を教えてもらい、いくつかあたってもらったが、連休中で、どこも満員の様子。これでも、京都、大阪の同人は原則、通いってもらい、一部、近くの同人宅にもお宿をお願いをせねばならない。皆さんには、3日間、狭いところでご不便をおかけするが、ご容赦いただきたい。

 もちろん、通いとか宿をご自分で探してくださるのなら、参加はOKです。どうか、奮って、ご参加いただきたい。食事の申込みはまだ可能だけれど、こちらもお早めにどうぞ。楽しみですね。

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2008年10月20日 (月)

『こころの天気を感じてごらん』

092b  東京法座の前日、連れ合いが、表紙の絵と、四コママンガを書いた書籍=土江正司著 『こころの天気を感じてごらん』~子供と親と先生に贈る、フォーカシングと「甘え」の本~(コスモス・ライブラリー刊/1800円+税)が送られてきた。表紙は、何度かやりとりがあって、いくつかのパターンを描いたようだが、なかなか彼女らしい雰囲気のする、かわいくも温かい表紙だ。中には、四コママンガだけでも、約40個も収録されているが、ゆうこの掲示板にあるように、学業と育児の合間に、短期間で頑張ったようだ。

 東京への車中で読み出したが、行きは教案を考え、帰路は体調不良もあって、読む切ることはできなかった。それでも、未知の分野ではないので、一部の「心の天気」と、「甘え論」までは興味深く読み進んだ。著者の意気込みが感じられる力作だ。著者の土江正司さんは、島根在住のスクールカウンセラー。でも、その肩書では収まらないような方で、インドでヨーガの修行をし、また在家でありながら浄土宗の僧籍をもち、在野にあるフォーカシング研究、実践家、フォーカシング指導者として、特に、スクールカウンセリングや、子供相手のフォーカシング、グループフォーカシングの分野では、日本の最先端を走っておられるとのもっぱらの評判。残念ながら、すれ違いで、ぼくはお会いしたことはない。でも、来年度の真宗カウンセリング研究会の1日WSの講師として、「こころの天気」の実践をお願いしてはといま相談中なので、ぜひ、実現できればと念願している。その「こころの天気」については、ご本人が関係に紹介されているサイトがわかり易いかな?→http://www.focusing.org/jp/newsletter/jp_sif_2003-1_1.html

 ただ、これだけ四コママンガがあると、本文よりも、先にマンガを読んでしまう。ぼくなど、「このキャラクターは誰がモデル?」なんて考えると、クスクス笑えて仕方がない。それと、相変わらずの彼女の趣のある「字」がおもしろい。誤字ギリギリという反則もあるけれど、これを活字にしなかった編集の方も、なかなか洒落のわかる味のある方だね。

 これから、ネットでも、一般書店でも入手できますが、華光会館でもおわけできるので、関心のある方はぜひお読みください。 なお、ゆうこの絵ブログhttp://bonbon18.at.webry.info/にも、土江さんのHPがリンクされてます。

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2008年10月16日 (木)

宝塚歌劇のご招待

 整髪剤や育毛剤の大手メーカーから、ぼく宛にダイレクトメール(DM)が届いた。努めてアンケートや応募などはしないようにしているし、基本的にクレジットカードも使わない、携帯も持たないという生活なので、仏教や心理学の学会関係から来る以外は、案外、個人宛のDMは少ない方だ。それも封を切らないで、そのままゴミ箱に直行することが多いのだが、今回は仏青大会の直前だったので、未整理の箱に入ったままになっていた。何気なく封を切って、驚いた。

 『宝塚歌劇ご招待会 ご当選のお知らせ』とあって、「いつも弊社の製品をご愛用くださりありがとうごさいます。このたび実施いたしました宝塚歌劇観劇のご招待企画にも、さっそくご応募いただきありがとうごいます。たくさんのご応募の中から抽選の結果、あなた様がご当選になりました。」と、ペアの招待券(S席)が入っている。

 まったく身に覚えはない。連れ合いも知らないと言っている。もっとも、このメーカは知っている。でも愛用したことはない。ましてや、応募などしていない。新手の振り込め詐欺か? 当選商法か? でも、誰もが知っている大手企業だ。改めて、宛て名を見直す。確かにぼくの名前と住所。誤配ではない。もしや、どこかから、あいつ髪が薄くなってますぜという情報でも漏れたか? しかし、お知らせ文をいくら眺めても、怪しいところはない。その回の公演自体が貸し切りで、スポンサーになっている正真正銘の招待券だ。ならば、やはりぼくが以前になにか送ったことがあったのか。かなり昔のことから考えてみたが、やっぱり思いあたるものはない。なら、どうする? 返送するか、電話で問い合わせるか。大手企業の名前を語った詐欺とも思えないが(調べたらちゃんとHPでも告知していた)、電話は止めておいたほうがいいかもしれんなー、などどいろいろと悩んだ。まあ、とりあえずは、無視することにしたが、かなり気持ち悪い。

 でも、真相は思わんところから解明した。
  その夜の食事のこと。父が、同じ封筒を持っている。
「あんたら、これ行くか。私ら行かんし…」。
「エッー! ぼくにも来たけど、もしかして…」。
「ああ、そうやったなー。応募券が何枚かあったんで、あんた名義でも送ったかもしれんなー。言うの忘れてたわ」。
 
ヤレヤレ、まったく想像してないところに、真相がありました。おかげで、モヤモヤは一気に晴れた。でもね、いまのご時世、いくら親子とはいえ、勝手に個人情報を持ち出されたら、ちょっと困りますよ。ましてや、自分たちが行くつもりもないものに、応募するかなー。

 ちなみに、父の当選分は、2階のA席のペアだった。
 9月から、パレエを始めたばかりの長女が興味津々で、連れ合いと出かけることに話はまとまり、一応、めでたし、めでたしか。

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2008年10月 9日 (木)

吉祥果

Img_3861  ひさしぶりに、石榴(ザクロ)を食べた。珍しいので、子供が欲しがったのだが、1個400円もしたが、なかなか見事なものだ。あまり食べることはないので、欲しがったわりに、中を見せると、「わー、キショ~」と、逆に気持ち悪がっている。それでも、食べだすと、二人とも喜んでいた。

 ザクロといえば、お約束だが、鬼子母神の逸話を思い出す。元は鬼神・般闍迦(はんじゃか)の妻で、500人もの子の母でありながら、毎日1人ずつ、他人の子を捕えては食べるという、極悪非道の鬼神だった。それが、釈尊によって、彼女が最も愛していた末子を隠され、たとえ何百人いようとも、たったひとりの子供の行方不明のために、狂ったようになり歎き苦しむ。ついに、子を失う母親の苦しみを知らされ、懺悔して、仏法に帰依したという。その後、仏法を守護し、安産や子供の守る善神として、広く信仰されるようになった。そのとき、子供が食べたくなったら、その代わりに、石榴の実を食べることを教えられたのだそうだが、吉祥果ともいわれ、もともと実に種が多いことから、多産や豊穣の象徴でもあるそうVw_15_3だ。 

 華光誌の表紙の写真(この写真はちょっと拝借したもの)にしたこともあるが、ジャワ島のチャ ンディ・ムンドゥという仏教遺跡で、鬼子母神の見事なリリーフを見たことがある。なんとも、豊潤で、温かな母親像である。そこでは、父親としての毘沙門天と対称的に奉られていたが、いまや、仏教のカケラもないこの地で、なんとも懐かしい不思議な気がしたものだ。

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2008年10月 5日 (日)

広島新球場

 広島支部法座へ。毎月、広島法座あるが、9月は、支部大会が開かれるので、ぼくはお休みだが、今年は、9月の聞法旅行でも立ち寄ったので、毎月1度は訪問している。

Img_3857  新幹線から、いつも新しい広島球場の様子を見る。月1度だと、どんどん球場の形になっていくのが、なかなか面白い。更地から、急に球場の形になっていた時には、ちょっと驚いた。実は、この球場に、まさに隣接する場所Img_3858 に同人がおられて、家庭法座を開いてもらっていたので、その意味でも、工事の進捗具合が気になるのところだ。

 広島出身の連れ合いは、市民球場に年間指定席を購入するほどのファンたったので、市民球場がなくなるのことに、惜別の情がひとしおというところだ。

Img_0115 もっとも、ぼくにはまったく感慨はない。でも、たまたま2月に沖縄に行った時、近くでキャンプをしてImg_0118 いていたので、ちょっとのぞいてきたことがある。それでも、別にファンになったわけではない。その時だけ、ちょっとは親しみが沸いた程度かなー

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2008年9月27日 (土)

『アメリ』を観ることになった1日

 今日は、長女の運動会。下の子の運動会は、聞法旅行とかち合って、涙の欠席。すごーく、練習に練習さかねて鼓笛隊(小太鼓)や、リレーバトン、器械体操に挑戦するのに、残念ながらビデオ観戦となった。上の子からのこれまでの6年間、土・日曜日が法座のわりに、学芸会も含めてうまく参加できていたのに、初の黒星となった。

 だから、今日の運動会は楽しみにしていた。でも、植物園の帰りから雲行きが怪しくなって、1週間みごとに学校を欠席した。悲しいかな、小さなときのぼくと同じ体質を引いて、季節の変り目には疲れから風邪になり、その後、ひどく咳き込む。特に夜がかわいそうなほど、咳をする。先生とも相談して無理はさせられなかった。結局、2年続けて運動会を欠席。駆けっこも早い方だし、体力はないが、運動神経は人並み程度なのだが、本人はあまりこの手の行事に興味が薄いのか、休んでもサバサバしている。親も、残念なようであり、楽できてうれしいような、複雑な心境だ。

 おもわぬ時間が出来て、事務仕事を少した後、カットに行き、その足で、京都駅ビルシネマのフランス映画祭へ。まだ未見だった、フランス映画『アメリ』を観る。補助席がでるほどの盛況。最後の方で、なんとか座れた。甘いだけの恋愛映画かと思っていたら、どうして、なかなか面白かった。神経質な母親と、冷淡で愛情をうまく表現できない父親の間に育ち、学校にも行かずに、周りとコミニケーションがうまくとれないまま、空想の世界に生きていた女性が、ある事件をけっかけに、周りを温かく、幸せにしながらも、自身も不器用ながらも成長していく、ラブストーリー。一筋縄でいかない映像と、色彩トーン、ディテールへのこだわりも、なかなか魅力的だった。なによりも、アメリを含めて、みな一癖も、二癖もある個性豊かな人物描写で、夢想と現実の織り込み方がうまくて楽しめた。

Img_3835_2  満足して京都駅の劇場をを出ると、6時前なのに、もう日が落ちている。すっかり秋なのだ。あまりにも見慣れた京都タワーも、今夜はきれいに見えた。
 そのまま東
Img_3837 寺保育園へ子供のお迎え。やはり、ライトアップした東寺もカメラに收めた。長袖1枚では、ちょっと肌寒い。まだ半袖のまま、自転車の補助イスのナナが、「寒いなー。帰って、おフロであったまって、長袖きて、布団にはいりたい」と言っている。
 知らぬ前に夏、終わっていた。

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2008年9月19日 (金)

家電量販店のオープン

 近所に、家電量販店が開店。1日早く会員向けにオープンした。世間の家電やパソコン好きの男性に比べると、ぼくはかなり淡白な方。それでも、まったく無関心な連れ合いに比べると、買い物時には、何店舗かの広告の比較ぐらいはする。今日も、近々、購入予定のものがあったので、これ幸いと子供を保育園に送った後で出かけた。少し出遅れたが、すごい人出だ。お目当てのものは、台数制限もあって、アッという間に売り切れていた。まあ、それでもいろいろ探し回るのも邪魔臭いので、次ぎの選択肢で購入した。

 ところで、京都の電器街といえば、四条寺町通がその代表だったが、それが、1号線を中心に郊外型の家電量販店が増えて、地元資本店が次々と大手に吸収されて、随分、様変わりした。

 それが、このところ、京都駅周辺(半径500メートル以内)に、次々と大型店の出店ラッシュが続き、競争が激化している。まず、昨年の夏にJR京都駅30番ホームと直結する形でオープンした「ビックカメラ JR京都駅店」。それに対抗するように、京都駅北側(京都タワーの並びですね)の近鉄百貨店を買収した「ヨドバシカメラ」。ここは、京都では老舗の元丸物があったところで、いまは見事に更地になっている。こうしてみると、かなり広くてびっくり。それにしても、流通業界、小売業の栄枯盛衰。百貨店が、家電量販店に買われる時代になるなんて……その昔には、想像も出来なかたものなー。当然、近鉄百貨店に入っていた「ソフマップ」は売り場を失い、京都駅八条口の東側のアバンティに移転。そこから少し南へ、地下鉄烏丸線・九条駅の側に、「上新電機」が、今日オープンした。さらに加えて、八条口の西側にも、京都最大級のシュッピングセンターが建設中だ。長女の小学校の横なので、その大きさがよーくわかる。ただ、ここにきてかなり計画がスローダウンしている模様。もちろん、それ以外の大手も黙っちゃいない。今日の新聞チラシは、「徹底対抗!」「他店オープンチラシをご持参ください」なんて、「ケーズデンキ」や「ヤマダ」などの広告の山。それに、わざわざ足を運ばずとも、ネットで安く手に入るご時世だ。もう生き残りは熾烈そのものだ。

 確かに、消費者にとっては、競争原理が作用すると、いい商品が安く手に入り、そしてサービスの向上と、利便性も加わり、有り難いかぎり。まったくいいことづくめじゃないのか。でもね、なんかぼくとしては、この猛烈なスピードに、腑に落ちなさを感じなくもない。結局、競争の果てにあるものはなんなのか。そのしわ寄せはどこに来るの。そして、「安い、安い」と、結局は、踊らされてるんじゃないのかー。大量生産、消費消費、そして大量廃棄。拡大し続けねば生き残れない時代って、強迫症的というか、恐怖や不安に支配される時代じゃなかったか。そんな反省のもとに、新しい社会を、ポスト消費社会をめざしているのだけれど、その指針はまだ不確定だ。
 なーんてね。ほーんの一瞬だけはそんなことを考えているけれど、結局は、「安かったなー。便利になったわー」と、ただただ能天気に喜びながら商品を広げて、「賢い買い物をしたわい」と、ご機嫌になるのでした。

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2008年9月 8日 (月)

歯切れの悪い話

Img_3476  今日は、寝起きからなんともしんどい1日。

 映画もやめて、午前中から華光誌の作業。これはわりと順調。調子が出てきたところだけれども、午後からは大事な相談。せっかくなので、気分転換で、外で食事をとりながらImg_3475_2…。いつもの東本願寺前ではなく、西本願寺前の「むとう」というフレンチのお店。ぼくは、初めて。残念ながら、時間があまりなかったので、ゆ っくりとはいかなかったけれど、雰囲気も、料金のわりに料理もよかったです。その点は満足。

Img_3478_3  その後、車を御所(京都御苑)の駐車場へ。「大文字」、ここからは、こんなハッキリ見えるんですね。ちょっと写真の位置では木が邪魔してるかー。ロケーションもいい、天気もよかったんですが…。この近くで、プライベートの用件を済ませて、ほどなく帰宅という感じかなー。

 疲れましたね。肉体的というより、精神的なものかな…。もう傷つきたくないし、また傷つけたくもない自分がいるのにね。娑婆の凡夫は、なんとも悲しいものです。

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2008年9月 5日 (金)

『天井桟敷の人々』を観に行って、「ドッコイショ」ババァに会う

Img_3470  昨年九月にイタリア映画祭(http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_5c96.html)があった京都駅ビルシネマで、今年も九月の1ケ月、今度は、フランス映画祭で、新旧あわせて36本の映画か上映される。先攻ロードショーやアニメを除くと、最近の映画はほとんど、名作もけっこう劇場で見ている。でも、未見のものも、7~8本はある。今日は、その中でも、名作中の名作の誉れ高い、『天井桟敷の人々』。いまや、当DImg_3469 VDは500円で手に入る時代だ。有り難ことなんだけれども、名作自体がディスカウントされるような気もして、どこか複雑な値段。でも、劇場で見れば、今回は会員割引もあるが、それでも800円也。臨時の劇場でいい環境とはいえないけれど、それでもスクリーンで見ておきたい1本だった。内容は、なかなか満足のいくものだったし、これが、第二次大戦間のドイツ占領下のフランスで撮影されたと聞くだけで、いろいろと感じるところもあった。それはまたの機会として、その間の出来事をひとつ。

 2部構成の約190分と長い映画。1部が終わり、10分間のイッターミッションを挟んで、すこし休憩。その間、テレビのカメラが入ってきた。誰も、何も言わなかったが、トイレが戻ってきたオバさんが、大声でカメラマンに話かけている。

 「アー、テレビ?テレビ? ヘーエ、どこの局?」
(場内を気にした小声で)「京都放送です」
 「エ?」
(まだ小声で)「京都放送です」
 「エ?」
(少し大きく)「京都放送です」
 「エ?」
(さらに大きく)「京都放送です」
 「エ?」
(きっぱりと)「京都放送です!」
 「ハハハハ、わたし耳と遠いから」と、明るく笑ってながら座席へ。そして「ドッコイショ」と、腰をかけた。

 もう、その間が絶妙なのだ。場内のみんなも小声で苦笑するかしない。

 でも、このオバちゃんとの縁は終わりじゃなかった。映画も感動的に終わって、帰りのエレベーターを、3人ほどで待っていると、横のトイレから現れた。いきなり、隣の女性に 「ねえ、ここのトイレ狭いわね。これじゃ車イスの人は使えんと思わへん。それより、○○のトレイの方が……」とトイレ談義を始めたと思ったら、「ねえ、今日は、テレビで大雨と言ってから傘持ってきたけれと、降ってないなー。あんた、傘もってきた…」と、しゃべりつづける。最初、知り合い?と思ったけれど、困惑している女性をみると、まったく接点がないようだ。でも、そんなことにお構いない。やっとエレベーターが到着する。「ヤレヤレ、ドッコイショ」。座るんでも、登るんでないし、ただ1、2歩歩くだけなのに、なんでこの掛け声なの?と、突っ込みたくなる。

 それが、ぼくの横にいる。なんかいやな予感は当たる。やはり、横から、親しげに話しかけてきた。(同じサイズのTシャツを重ね着し、薄いマフラーを巻いていた)ぼくのファッションが気になったらしい。「ねえねえ、お兄ちゃん。なんで、首に巻いてるの。寒かったん? 若い女人はよくそんな垂らしたはるわー。あんたシャツも2着てるやん。 寒かったん? ああ、風邪引いてんの? 若い人はいいけれど、わたしも年でこのことろな…。でも、なんか今日は、冷房効いてなくて暑かったなー」。その間、ただ「ハァ」とか「エエ」とか、困惑して空返事をするしかない。妙に長くかかったエレベーターが1階へ。ドアが開いて降りるときも、やっぱり、「ドッコイショ」。そして、降りるなり、そこにいた別の人に、「ああ、あんたなー」と、長年の友人のように、話しかけたいたことはいうまでもない。

 話かけられている間、ぼくの中で、「今日のネタは決まったなー」と笑うしかなかった。まあ、明るい話し方で、別段迷惑をかけるわけではないですがね。でも、「ドッコイショ」ババァとして、あるところでは有名なんではないかなー。ちなみに、「ドッコイショ」は、霊山に登るときの、「六根清浄」から来た仏教用語という説もあるんですが…。次に出会うことがあったら、カメラに收めたいものです。

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2008年8月25日 (月)

新幹線にて。禁煙席とケイタイと

 東京法座のあと、最寄りの地下鉄駅ビルの居酒屋で、有志による恒例の懇親会。初参加も交えて楽しい一時を過ごした。早めに失礼して東京駅へ向かったが、新幹線前コンコースは、お盆中かと思うほどのたいへな混雑ぶり。あちらこちで、地ベタにも人が座っている。いくら、夏休み中の日曜日とはいえ、様子がおかしいと思ったら、熱海付近の大雨で、新幹線が大幅な遅れて、運休も出ている。梅雨どきや雪での遅延はしばしばあるので覚悟はしているが、東京は小雨だったので、ダイヤが乱れているとは思ってもみなかった。20時の新幹線の予定だったが、まだ17時台の列車がホームに停まっている。とにかく、座れないのも覚悟して、早く動きそうな列車の自由席に飛び乗った。まあ混雑は思ったほどではなく、列車自体も、定刻より2時間30分は遅れていたが、ぼくは予定より20分程度の遅れで済んだ。

 その列車は全席禁煙のN700系だった。春から、このタイプの車両に乗ることが、ずいぶん増えた。ほんの昔は、分煙なんて発想もなかったのに、だんだん禁煙派(嫌煙派?)の声が強くなって、徐々に禁煙車両が増えていき、いまでは、喫煙席の方が少数となり、)全車両禁煙の列車の割合も増えている。公共の場での喫煙への目も一層厳しくなっているので、近いうちにすべての新幹線が禁煙になる日がくるかもしれない。小さなときから、ノドが弱い上に、どうも目が痛くなるので、たばこの烟が苦手なぼくには有り難いことだが、大幅なタバコの増税の意見が出るなど、愛煙家は迷惑な少数派になって、ますます肩身が狭くなっているようだ。

 車中で、タバコを吸う人は見かけなくなったかわりに、このごろは車中でケイタイをしている人はやたらみかける。といっても、通話する人は少ない。今回のように列車が遅れた時などは、たいへん便利だ。どの人もこの人も、席に着いたら、まずメールのチェックをしている。京都駅から、近鉄に乗っても事情は同じ。前席に座って並んでいた6名全員、ケイタイを出して操作中。その行動に妙に感心して、なにげなく車中を見回すと、8割以上の人が、そうしている。どうやら、電車に座ったら、みんなメールチェックが、習慣になっているようだ。「いまから帰る」なんてメールを送ったりするのだろうか。ケイタイを持たないので、ぼくはこれは完全に少数派。それで、5分程度の列車でも、本を読むことが多い。でも、在来線で読書をする人は、かなり減っている印象もある。ケイタイがあれば、メールだけでなく、ネットもできれば、スケジュール管理も、小説もTVも見れるし、写真も見れるのだから、確かに便利すぎる。

 以前、2泊3日の法座で、「ケイタイを自宅に忘れて不安でしかたがない」という青年がいたが、いまやケイタイは身体の一部になっているようだ。これだけ依存的になると、きっと棺桶にも入れてもらわないと、不安で死に切れないかもしれない。もしかすると、もうすでにそうなっているのかもなー。だって、一緒に燃やしてしまわないと、あとでまずいことが発覚する人も多いんじゃないかな。皆さんは大丈夫? まあ、死んだ時に、誰と交信できるのかは知りませんがね。

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2008年8月22日 (金)

『ジャージの二人』~映画の最中に。

 京都シネマで、映画2本。正確にいうと『白い馬』『赤い風船』という、ファンタステックなフランス映画、中編の名作2本と、『ジャージの二人』という日本映画を続けてみたのだがら、3本になる。

  この劇場は、3スクーリンだけれども、けっして大きくないアート系の劇場で、完全入れ替え制。新しくて清潔な感じがする。やや前の真ん中あたりに座る。満席ではないけれど、左右ともに人が座っていて、8割ぐらいの入り。 『ジャージの二人』、映画自体は、脱力系のまあまあながら、いい雰囲気で映画が終わり、エンディングロールが流れ出したところ。前列の座席で、「ガチャン」となにかが落ちる音と、「この人、チカン」との女性の声。「エッ」と、声の方をみると、男性が脱兎のごとく逃げていく。あわわて出口を間違えそうになるが、その間、ほんの十秒足らずのこと。みんな、一瞬のことで、何が起こり、どうすればいいのかが理解できないまま、ただ眺めていた。すると、しばらして、声を出された女性も、立ち上がって追いかけられたが、誰も声を出さない。 

 結局、何事もなかったように映画は終了したが、周りの人達も、「何があったのか? ひったくり?」「いや、痴漢らしいよ」と会話されている。せっかく勇気をだして声をだされたのに、何十名もいる客が、誰も何も答えず、行動にも移せなかったのだから、被害の女性にすれば、見て見ぬふりをされたということにな.る。「出口付近の客が、男を止めてくれなかった」と、受付で話されていた。 

 痴漢といえば、電車と思っていた。それで思い出すのは、その昔、日高法座の帰りの山陰線の急行列車でのこと。4人がけのシートにぼくがひとり。通路を隔てた座席に、若い女性がひとり。空いているのに、酔っぱらいのジイさんが彼女の横にすわり、嫌がっているのに絡みだして、「手相をみよう」と手をとったりしている。彼女は声を出せなかったが、「大丈夫ですか。彼女、嫌がってますよ」と、声をかけた。その時は、痴漢というより、酔っぱらいの迷惑な客で、しばらくぼくにも話しかけてきたが、だんだんと客が乗り合わせて混んできたこともあって、何事もなくすんだ。結局、通りがかった乗務員に通報すると、切符も持っておられず、次ぎの停車駅で降ろされていたという経験がある。

 ただ、映画館は、スクリーンに集中しているし、映画が見易いように、前後の座席の人が見えないような構造になっている。ましてや暗闇だ。逃げる男性の顔もわからず、ただ唖然と見送ってしまうしかない。その意味では、列車の中よりも、劇場の痴漢や置き引きの被害が多いのかもしれない。
  状況が見えない中で、一声聞いた瞬時の判断だけで、離れたところから、「大丈夫ですか」と声をかけたり、出て行く男に、「そこの人、待ってー!」と叫びのは、かなり至難の技だということが、よく分かった。たとえ、出口付近に座っていたとしても、その男性を止めたり、係員に通報できなかっただろう。想定外のことに、瞬時に転機を効かして対応するのは難しいけれど、やっぱり勇気のある一声は必要だ。今後の教訓にはなった。それにしても、被害の女性は当然のことたが、同席しているものにも、不愉快きわまりない事件だ。

 停電になったり、痴漢騷動があったり、今夏の京都シネマはいろいろと起こります。

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2008年8月12日 (火)

女房は女子大生(3)

  連れ合いが大学院生活を順調に送っている。あの好奇心旺盛、物おじしない性格である。特別に心理臨床のゼミや仏典翻訳など本業以外の研究の仲間にも加えてもらうなど張り切っている。久しぶりにあった人からは、「なんか、ゆうこさん、若返ったんじゃないの? 若いエキスを吸ってるんでしょう」などと言われて、「そうじゃろう、そうじゃろう」と、悦に入っている。確かに、男女問わず学生にも、またおじ様の教授陣にも、なかなか評判がよいようで、充実したキャンパスライフを送っているようだ。そこに加えて、英会話や絵画もあるし、自力整体に通っている。オフの時間もほしい。というわけで、もう毎日、席の暖まる間もなく、飛び回っているのである。

 まあ、それはそれで結構なことだが、教授や学生とはランチの時間があっても、夫婦で、ゆっくりと話し合う時間がなくなってきたのは、ちょっと寂しい。せめて食事だけでも一緒にと思うが、夕食は家族6名で過ごすので、話題は限られる。ちょっと、このままでは、なんかすれ違う気がしてきたので、週1回ぐらいは昼食を一緒に食べる提案をした。月曜日は彼女も休み。ぼくも仕事をオフにして、映画を2~3本は観に行くので、その合間で、外でランチをする約束となった。

 でも、まあ、ここが夫婦の難しさ。どうしてもね。他人の約束や予定が優先されて、「まあ、また今度」「いまは忙しいので」と、なかなか時間が合わずに、せっかくの提案も流れ流れて、一度も実現しないまま、とうとう夏休みになってしまった。もちろん、彼女も学校は休みなのだが、子供も休みなので、ますます難しい。

Img_3423  それが、ちょっとうまい具合に、二人の時間が取れた。その気になって、意識して、時間を取ろうと思えば取れたわけ。ほくは、『俺たちダンクシューター』という超おバカ映画を観た後で、ちょっとリラックスして、三条冨小路のカフェ・コチ(CAFE KOCSI)で待ち合わせ。ゆるやかな時間が流れている。

 夫婦関係にしても、親子関係にしてもそうだが、近しい人間関係ほど、他人でないのだから、簡単に分かり合っていると錯覚するけれど、実は、これほどデリケートで、難しい関係はない。近くて、気軽な分、関係を甘くみるのか、お互い甘えは出て、「それを言っちゃお終いだよ」という言葉も出る。他人なら、簡単にケンカ別れする内容も、夫婦や親子は、ますます泥沼に入って恨みあったり、お互い、もう諦めて鉄板になったり、世間体だけを整える仮面夫婦や家族ごっこの体面家庭も、結構多いじゃないかなー。安らぎでもあるけれど、同時に悩みのタネだものね。

 今回は、ぼくから、率直に、今、感じている不満を話してみた。別に、彼女を責める問題ではない。彼女も、その内容を充分に理解していたが、なかなか頭と行動が一致しずらい話題だ。それは、ぼくも承知している。でも、無理に我慢して、そのために不満でイライラしたり、何かに八つ当たりするより、ちょっと勇気をだして、心配な点を伝えることにした。今日のところは、悩みを聞いてもらえただけでも、まずはよかった。やっぱり、親しい関係であればあるほど、話し合ったり、聞き合ったり、コミニケーションって大切だな。基本中の基本だけれども、これが難しいー。

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2008年7月25日 (金)

バトン

 わが家の女子大生は、今夜も大学の飲み会である。新入生やゼミや研究会やと、学期末ということもあって、なんやかんやとよくある。ぼくは、子供を連れて、お気に入りのお店で、ゆっくりと外食することにした。3人で食事しながら、子供の話をゆっくり聞いた。

 いま、下の子(4歳)が、生まれて初めてといっていいほどの悩みに直面している。「もう保育園に行きたくない」というのである。悩みのタネは、バトンである。バトン? バトントワリングのバトンではなく、運動会リレーのバトンの方である。バトンは受け取る時、手を逆手にして受け取り、そのまま順手で、逆手の相手に渡す。小さいので、右手で受けて、右手で渡すだけである。ところで、彼女は、受ける時は、うまく逆手に出来るが、いざ渡す時に、思わず相手と同じ逆手にして渡そうとする。でも、それでは、バトンの長い方が逆になって、うまくバトンタッチができないのだ。それが、クラスで彼女たったひとり、何度やってもうまくいかないのもだから、先生から、直々に注意をされたというのである。なんでも、「横にでなさい」と、ひとりだけ、列から出ての指導が続いたようで、どうも、このことが、小さな胸にショックだったようだ、

Img_2995  もう寢ても覚めても、「バトン、バトン」で、小さな頭は一杯である。「じゃ、練習しょう」ということになると、ニコニコはじめるが、最初はやはり間違った。ところが、そのうち、うまくできるようになるので、「そう、それでいいんやで。うまいやん」というのだけれImg_2994ど、すぐに、「でも、レナちゃんの時はうまくいかない~」と泣きだのだ。もう、毎日、1時間ごとに、「バトン」「バトン」と、歎いたり、ためいきついたりする。「先生がこわい」ということが、根にあるらしい。「だってな、私、いままでおこらるようなことなんにもしてないもん」。どうやら、指導されたことが、悪いことを叱れているような気持ちになって、「また失敗したら叱られる」という恐怖になっているらしい。そして、「保育園に行きたくない」といったり、「運動会(9月中旬)も欠席する」ということになる。まあ、たまたま週末だったので、「いいよ。じゃ、明日も、明後日も休んだら。でも、いまは、ご飯食べよう」というようなことである。それで、まあ、一応、事実だけを母親から、先生に伝えることになったが、わが子のあまりのしつこさに、家中、ちょっとおもしろいやら、かなりあきれるやらである。というわけで、連れ合いが、ナナの「脳内メーカー」を書いた。(先生の名前は伏せておこうかなー)。それをみて、喜んだ長女も、うまくいった絵を描いて、なかなかの新境地の画風を披露した。うまいネ。

 今日も、歯医者のあと、かなり遅れて保育園に連れて行ったら、園長先生に会った。「エライね、歯医者さんに嫌がらんいったんやね」といわれたので、「実は先生、バトン(おこられるの)が嫌で、喜んで『歯医者に行く』と言うです」と告げると、報告を受けておられた園長も、おもわず苦笑い。そうか。バトンの方が、歯医者さんよりも嫌だとわね。でも、嫌がっているという事実だけを告げるだけで、先生がソフト指導に切り換えてくださり、ここ数日続いたバトンの悩みはひとまず解消した。とうとう、「うまくできるようになった」と、ほめられるようになって、一件落着。自信をもってやると、うまくできることも、萎縮すると、バニックになるようだ。

 大人からみれば、小さな悩みのようで、彼女には、悩みで頭一杯。それは、中身は多少は違っても、悩む構造自体は、大人もまったく同じだよね。第一、このしつこさ、クヨクヨ具合は、どうやら、ぼく譲りなのかもしれんなー。 

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2008年7月17日 (木)

Img_2955  夕方、外に出て、ふと空を見たら、虹がかかっていた。このあたりは雨は降っていない。東の空では局地的な雨が降ったのかな?

 あわてて、デジカメを取りに戻って、子供と二人、屋上に上がった。虹が消えるまで、しばし眺めていました。ほんの5、6分の出来事。

 大好きな、虹の彼方に(Over The Rainbow) の歌詞のとおりにいきましょう。

 クッキリ見えていたけどれ、カメラには、きれいに写ってないのが残念。分かるかなー?

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2008年7月16日 (水)

3年目に突入

 気がつくと、一昨日、ブログ開始から、丸2年目立っていました。

 真宗カウンセリングワークショッブがあって、忘れていました。よく2年間もおつきあいくださいましたね。ぼくも、京都にいるときは、ほぼ毎日の更新と、よく続いています。自分でも、なかなか不思議ですが、やりだしたら、ある程度極めるまでは徹底せずにおれない、自分自身の性格がここにもよく現れてます。

 昨日から、3年目に突入。これからもおつきあいよろしくお願いします。

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2008年7月 8日 (火)

愚痴

  今夜は、「それゃ、ちょっと勝手すぎんかー」という、小さなストレスが2件続いて、かなりカッカしたー。それゃ、本人にしたら、その方が都合がよいだろう。けれど、事前の約束は約束で、いわば契約してのだから、自分の都合だけを通されたら、ちょっと虫よすぎませんかとなる。いくら日本語が上手くても、やはり相手はアーリア民族。民族性の違いもあるのかなー。
 もうひとつは、精神的にちょっと混乱されているのだろうから、なんとなく分かる気もせんでもない話だが、ぼくとしては、これも腑に落ちん、かなり彼女のひとり相撲のお話。

 いやいや、具体的に書かないと、まったく伝わらん話だけれども、馬鹿らしくて書く気にもなれん。それに、どこかで、こんなことでカッカくる自分を、自分で責める気持ちになるから、これもかなわんなー。
 といわうけで、同じ気持ちだった連れ合いからも、的確なアドバイスもらい、ちょっと熟慮の結果、「今夜は伝えない」という選択を、自分がした。それで、今夜はここまでにして、すべて流してしまいましょう。
 ぼくの性分は、いつまでも引きずるグズグズ性。他を非難し、同時にその自分を責めるパターンは、精神衛生上よくないどころか、まったく建設的じゃない。分かっているのに、直らないのだ。
 直らないなら、せめて、せっかくの自分で選んだことは、尊重することにした。

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2008年7月 7日 (月)

一円引きか、五円加算か?

  このところ、靴を脱ぐ法座会場は要注意だ。靴下に穴が空いている確立が高いのだ。銭湯の二階の法座会場に向かう、学生時代のT先生のクツ下に穴が空いていたおかげで、華光会館が建設されるきっかけになるKさんご夫妻とのご縁が深まったのは、華光では有名なエピソード。でも、さすがに時代は違う。ものは大切にするのだが、さすがにちょっと、哀れやねということで、たまらず近所のディスカウント店で、靴下を購入した。
 で、このJ店は、「レジ袋がいりません」と言えば、1円値引きしてもらえる。

 駅を挟んでお隣の量販店の酒屋がセールをしていたので、1ケース(24本)買っても、2,360円(つまり1本100円より安い)第三種ビールを購入した。
 こちらは、「袋入りません」と言わないと、一枚、五円で買わされる(ポンイトから引かれる)仕組みだ。前からの導入されているシステムだけれども、前に並んでいて数名は、平気でレジ袋に詰めてもらっているので、驚いた。バックをもっている、ぼくの方が少数派なのはちょっと悲しい。

 さて、一円引きと、五円支払いどちらが効果があるのでしょうか。
 もちろん5円の方が大きいから、後者だろう。
 では、もし金額が同じで、5円引きと、5円を支払うのでは、心理的な効果に違いはあるのだろかー。5円ぐらいならあんまり効果がないかもしれないが、ぼくは、余計に5円かかる方に、反応するけどなー。第一、この方が、店側のサイフも痛まなくすむ。要は、褒美か、罰金かの違い。
 さて皆さんなら、どうですか?

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2008年7月 5日 (土)

暑い一日、ネパールのカレーを食べる

 今日は、暑かったねsun 入道雲も立ち上がり、急に真夏になった。汗かきながら、家族で自転車を走らせ、保育園の七夕音楽会へ。

Img_2847  毎年のことながら、わが子の成長ぶりにビックリ。ゼロ歳児から始まり、一歳児、二歳児、三歳児と進み、四歳児の年中のわが子たちの歌声。しっかり、元気よく三曲Img_2854_2 を披露。今年は、浴衣姿で登場しましたが、年々、目に見えて、その姿勢や態度がしっかりしてきます。体も、心も、知能も、いちばん、成長や変化が著しい年齢ですね。絵にしても、文字にしても、歌にしても、ビックリさせられることばかりです。

 終わってから、連れ合いの絵を展示中の、京阪七条近くのマチャプチャレという自然食カフェへ。20点近く飾ってあったけれど、お店の雰囲気とピッタリ。近々、この絵とのコラボレーションで、音楽ライブもありますから、お店の様子はまた報告しましょう。

 ここのママは、ボランティ活動で、毎年ネパールの支援をしている人で、ネパール人がImg_2869_2 料理を作られます。今度、インド・ネパールに旅することを告げると、カトマンズでも日本食のお店を支援されているらしく紹介されました。へえー。そうですか。桃太郎といImg_2855う名前ですか。カトマンズの中心街にある、けっこう有名なお店らしくて、ぜひ、お邪魔したいですね。
   ここはエコなお店なので、冷房はなし。でも、打ち水をして、自然の風をいれた店内で、ダルバートというネパールのカレーセット(ダル(daal=豆スープ)とバート(bhaat=米飯)の合成語で、カレー味の野菜などのおかず(タルカリ)、漬物(アツァール)の2つを加えた4つがセットになった食事だそうな)と、チャイ(これもすごくおいしい!)をいただいて、英気を養いました。

 その後、切符を取りに行ったり、教案の用意をしたり、そして、カウンセリング(こちらが気付くことあったな)があったりと、暑い一日は慌ただしく過ぎていきました。 

 明日は、広島支部法座ですが、いつもの広島市内と違って、安芸高田市まで遠出なので、2時間以上早めの出発になりますね。よろしく。

 華光会館は、1時30分から「聖典講座」です。

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2008年6月18日 (水)

閉塞感

  役所の保険年金課から書類が届く。国保の保険料の納入額の通知だ。おそる、おそる封を切る。

 「エェー。なんかの間違いじゃないの!!!」

 そういえば、去年も唸ってしまったが、今年も、何度も、通知表を見直すはめに…。この年収でこの金額か?ほんとうに? 数年前の2、5倍だ。一気に上った年を覚えいているが、それまで、毎年、家族で沖縄にノンビリ旅行にも行っていたが、その旅行代金分以上に、負担額が増加した。つまりは、昨年同様、今年も、沖縄旅行は見送りになりそうだナ(まあ、これはインド旅行が控えてもいるからだが…)。年収が変わらんのに、市民税の負担も増したし、どうなってんのかね?

 内訳をみると、医療分が、約7割弱だが、悪評の後期高齢者支援分として約20%、そして、ぼくの介護分で約15%が加算されている。明細や計算や、取り立てだけはしっかりしているのだが、この内容の実体まではよく理解できない。ほんとうに大丈夫なのか。ほんとうに無駄はないのか。これだけ政治が混乱し、年金を始め社会保障のさまざまな綻びが露呈し、不正やムダ、役人の無能ぶりばかりが目立つ中での、負担の増加や不公平感に、将来の不安は増すばかりだ。

 物価も高騰しとるし、庶民レベルでは、納税や社会保障の負担や痛みが増すばかり。このままだと、消費意欲も、労働意欲も減退の一途じゃかいのかなー。たとえ、負担が大きくとも、痛みがあろうとも、それに見合うだけの公平な社会や、高齢者も安心できる社会が実現出来るのなら、誰も文句はないでしょう。それが、みんな、展望のない将来に、とても不安を感じている。過労死寸前で黙々と働いていた中高年男性の自殺者も増加するばかりだ。
 なんか愚痴ぽくなって、ほんま、ぽーぽぽぽぽぽってな感じやね。

 でも、これだけ多くの人の不満や怒りが高まりながら、力を合わせて社会を変革しようという社会運動や政治運動に向く気配はなく、絶望感や無力感、時に自己や他者への残虐な攻撃性などにエネルギーが転嫁されているのが、いまの日本の最大の悲劇かもしれないなー 
 まずは、念仏者が力を合わせて働きかけることから、始めますか?

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2008年6月16日 (月)

父の日

 広島の仏青から帰宅すると、愛娘、二人が、「お父ちゃん、おかえり!」と、飛びついてきて、お出迎え。もうしばらくの楽しみでしょうね。今、せいぜい喜んでおきましょう。

 「お父ちゃんにプレゼントがあるねん」と、うれしそうに差し出してくれたのは…、絵のプレゼントですか。 
Img_2802  4歳の下の子は、「お父ちゃん、いつもお仕事ありがとう」の暖かいお言葉を添えて、くだものの絵らしい。なかなか大胆なタッチですね。

 小三の上の子は、コラージュじゃないですかー。なんでも、完成マジかなものを、ナナに邪魔されて、真ん中あたりが思い通りならなかったらしい。それで、大泣きして、もう一つを作ったそうなー。Img_2803親がいうのもなんですが、なんか、すごくセンスよくないかー。 このあたりは、ゆうこ譲りなのかなー。
 「おつかれですので、カフェへどうぞ」。そうですか。 Img_2802_1
 このカフェでゆっくり癒されました。

 今夜は、ちょっとゆるめのなごむ話題で…。

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2008年6月 6日 (金)

心配性(?)

  原因は思い当たるのだが、数週間前からブログのアクセス数が増えている。でも、ここ数日はいつもどおりに落ち着いてきて、実はひと安心(?)していた。それが、伝道研究会が終わり、ブログをチェックして、ちょっと驚いた。1日だけで、2000近いアクセスがあって、いつもの10倍近い数だ。

  一つはこれ。NHKの番組で、少しだけ「国嶋療法」を実践していた100歳の方(http://www.nhk.or.jp/100banzai/file/2008/0315/index.html)のご縁を通じて、国嶋療法の情報を提供させてもらった。その再放送があったようで、その線で検索された方があったようだ。(このHpには国嶋療法の文字ないが)、その経緯は以下にある。↓
http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_67cc_1.html

 でも、その数は少数。大半は、東京で、かなり大量にご覧いただいた方があったようだ。まあ、楽天的にとらえて、御礼申し上げておきましょう。「ようこそ」。
 でも、原因がややこしいので、「大丈夫かな」と、考えなくもないんですがね。
 要は、貧乏性で、心配性で、根っからの小心者ということでね。

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2008年5月29日 (木)

貧乏性?

 貧乏性 
 「①貧乏でもないのに、ゆとりのある気分になれず、けちけちして暮らす(くよくよする)性質
 「②どうしても貧乏になる性質」(新明解国語辞典)

Img_2775  『牡牛座』が終了して、パンフレットを見たら1,200円もした。高い!珍しくパスした。
 ところが、その横に、厚さ4cmはあろう、400頁以上のA4版、「ソクーロフ」という研究書のような中型本があった。「20世紀末を生きる命のエレジー。『悲しみが大きいほど、感情は奥深く秘められている』。決定版、ソクーロフの本!」とオビにある。定価、8,400円也。それが、新品なのに、なんと1,000円!で売っている。なんでも、廃棄処分になる前だという。確かに、コアなファンしか買わない代物だ。ところが、いま見た『牡牛座』や最近のものは収録されず、初期の作品の批評(というより論文だなー)が収められている。
 迷った。「おい、ほんとうに必要か」。いや、かなりマニアックで必要はない。「でも、8,400円が1,000円なんだぜー」。「それに廃棄処分になると手に入らんしなー」……。これが、2,000円、いや1,500円でも、ぼくは一瞥もしなかっただろう。
逆に、500円だったら、迷わず購入していた。ただただ、8,400円(確かにそれだけのボリュウムもある、モノクロの写真の一枚一枚も美しい)が、限定で1,000円になっているという理由で、迷う。見本で内容を確認しながら、止めようの方向が、6対4から、8対2で強くなった時に、悲劇が起こる。横にいた人が、安くなった理由を聞いて、喜んで買っていた。残部がなくなってきた。すると、また心の中は逆転現象で、再び葛藤状態に。「おまえ、ほんとうに読むんか?」「いらんなー。でもー、8,400円が、たった1,000円なんて、惜しないかー。クーソう、美本が90%OFFかー」…。8,400円が1,000円になったために、見本を手に、逡巡、悶絶するのだった…。

 そして、とうとう。「エーイ」と、1,000円也を取り出し、泣く泣く購入するのでありました。
 まあ、ブログのネタになったことだし、元はとれたかなー。

 でも、これって、やっぱり貧乏性だよね?

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2008年5月23日 (金)

My Wifeの動画を追加じゃ

 ちょっと調べたら、まだ彼女の動画がありました。これけっこう面白いかも…。なかなかの熱演。タイトルは、「後生」ということでしょうか。英語のときは、広島弁じゃないのね。

Best of Kyoto: The Next Life ↓
http://jp.youtube.com/watch?v=h-38MSjeUKU&feature=user

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2008年5月21日 (水)

Best of Kyotoの動画

  ゆうこが、元NOVAの英語講師と、こんなものを作っています。 
  ご覧いたいだ方もあるでしょうが、You Tubuで動画が見れます。
 もう「どうにも、止まらない」ですわー。

Yuko, a Pure Land Buddhist #1↓
http://jp.youtube.com/watch?v=UJ--Hi-3AuY&feature=related

Yuko, a Pure Land Buddhist #2↓
http://jp.youtube.com/watch?v=Vse1vcr1d84

 他にも、こんなの動画がありました。
http://jp.youtube.com/watch?v=wlO33K9Mn4g&feature=related

http://jp.youtube.com/watch?v=TpQ8RAU_7xk&feature=related

 もし、英語や彼女にご関心のあるは、ご覧ください。

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2008年5月20日 (火)

譲る心

 今夜は、わが家の女子大生は、新入生歓迎コンパでお留守。子供も寝かせた。彼女は、ちょっと遅いようだ。

 で、夕食。デザートは、子供にだけイチゴが残っていた。しかし、5粒しかない。子供は二人。割り算を習いだした上の子が、考えた結果は…。これは、まだ難しい。実物がないと出来ないが、ひとつ余る。二人で仲良くわけるには、かなり小粒。

 ぼく 「そうか。お父ちゃんが食べようか」
 二人(即座に)「いやや!」
 ぼく 「じゃ、ジャンケンするか」
 二人 「うん」
 カン 「やるで。ジャンケンや。最初はグー」

 ところが、下の子がなかなかジャンケンしない。
 カン 「はよう、ジャンケイしようや」
 ナナ 「やっぱり、いいわ。お姉ちゃん、食べて」
 ぼく 「ヘエー、えらいなー。ナナちゃん」
 ナナ 「だって、『ゆずる心』やもん!」

 回りの大人は大爆笑。4歳児に教えられるよなー。

 たかがイチゴ。なんていうのは、大人の分別。子供には、イチゴひとつでも、ケンカになるほどの一大事なのにね。その大人のぼくたちのほうが、「たかが○○」が譲れなくて、腹立てたり、すねたり、ケンカしたりと、かなり恥ずかしなー。

 今春から、東寺のほんとうの傘下になった保育園での、先生も含めた朝礼の影響だろう。だって、最近のナナは、その様子を物真似できる。

「ひとつ、保育者である前に一社会人として」。
「ひとつ、言われたことは即実行」。
 どうやら、園長の言葉に、先生方が復唱するらしい。完全に、門前の小僧になったようである。 
 「お父ちゃん、そくじっこうってなに? しゃかいじんって?」。こちらは、まったく意味がわからないようである。

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2008年5月19日 (月)

誕生日祝い

Img_2745  昨日は、1ケ月以上遅れての花祭り。お釈迦様のお誕生日をお祝いしました。

 で、今日は、ぼくの誕生日の祝い。夫婦でランチしました。3ケ月以上遅れている。遅いにもほどがあるぞー。連れ合いは、自分のことに興味がある、強い個性の持ち主。Img_2746 なかなか約束が実現せずにおりました。もう、4月の彼女の誕生日も、大学院合格祝いも、なんもかんもひっくるめてお祝いしましょう。
 京都のへそ、ど真ん中といわれる六角堂から100M足らず。いかにも京料理という雰囲気Img_2742のお店。坪庭なんかもあって、いかにも高級そうでしょうー。
 もっとも、お昼の膳なので、かなりリーズナブルなものだったけれど、雰囲気だけでも、堪能しました。

 御馳走さまでした。

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2008年5月10日 (土)

酔うより覚める

 ミーティングをすませて、みなみ会館へ。朝イチで、一本。『≒草間彌生 わたし大好き』  いや、これはすごいわ。留まることのなく、汲めども尽きぬクリエイティブな創造と、圧倒的なパァフォーマンス、その存在感。「天才は見飽きない」のキャッチコピーどおりだった。また詳しくね。

Kidspool   昼からは、子供たちを、近所の公共プールに連れて行った。歩いて10分弱の距離のところに2カ所、西に行けば京都市の、東に行けば京都府の、同じような運動施設がある。女の子ばかり4名。みな、息継ぎが出来なくて、顔をつけたままのバタアシで進んでいく。子供用はいいのだが、水深110㎝の普通プールは、まだ足が付かないようだ。小4になるまでは、保護者同伴。とにかく楽しそうにはしゃいでいた。ぼくも、ジャグジーやサウナもあったので、気分転換になった。いまの、仕事が一段落したら、週1回、1時間ほどの水泳教室に通ってもいいなーと思った。泳ぐのは好きだが、習ったことのない自己流なので、ちょっと楽しいかもしれない。

 帰ってきて、カウンセリング面談を一件。ゆったりした気分で聞かせてもらった。

 明日は、会館では、「聖典講座」。ぼくは、広島支部法座。いまは、広島法座の準備をしている。永代経法座を挟んで、連続になる。「総序」の後半を部分を予定している。大きな法座のあとは、いろいろと話題が豊富だし、気分も高揚しているので、お伝えしたいことが多い。つまり、法悦に浸っているのはぼくの方で、いまなら、少しは篤い話もできるでしょう。
 もし、商売として考えるなら、人は酔わせたほうがいい。聞き手も、酔いたい方のほうが多い。だって、いい気持ちだもの。でも、こうなると、宗教家も、詐欺師も紙一重のところにある。ほんらい、仏教の究極は、個の目覚めにあるわけでしょう。酔うこととは正反対で、覚めるわけ。自己に目覚める、法に目覚める。覚めた話を聞かせていただくのだからね。酔わすのではなく、目覚めさせる。ここは聞き手も、お伝え側も、忘れてはならない一点だ。

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2008年5月 1日 (木)

家庭訪問

 家庭訪問があった。

 連れ合いが、掃除機をかけている!

 ぼくが参戦すると、一気に居間を片づけた。

 夕食に降りてきた父と母が言った。
 「あれ、今日は足の踏み場があるなー」。

 永代経を前に、一瞬、きれいになる。でも、瞬く間に散らかった。襖を閉めて対応した部屋は明日の仕事だ。

 先生は、やはり、「油断をしたら、ひとり二人の力で、一気に流れていくからたいへんだ」と言っておられた。でも、言葉とは反対に、どこか余裕というか、自信ありげにも見えた。児童のことを、よく見ておられるのがわかる。「ひとり、ひとりはいい子なんですがね。それに、それぞれに家庭や環境の事情がありますから」と、ポツリ。みんな、小さなこころに、いろいろなことを背負わねばならない、辛さがある。こんな豊かな国なのに、なんでこんなに悲しいのだろう。これも、誰もが通う義務教育の公立校ならではだろう。世の中同様、いろいろな親がおり、いろいろな子供がいる。当然、学校の中でも、いろいろある。でも、ぼくは、その方がいいと思っている。その意味で、高校生までは、出来れば普通の公立に行かせたいとは思っている。

 授業のこと、教室や学校の中での姿。地域での子どもたちの関係。そして、家庭のこと。いろいろとお話をさせてもらってよかった。授業や学級経営だけでなく、実にさまざまなところに目配せする必要があるんだ。ほんとうに、いまの小学校の先生って、たいへんだよなー。

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2008年4月25日 (金)

二宮尊徳翁なら

 いま、長女の学級は、学級崩壊寸前のプチ手前。保護者会も、深刻なのものだ。単級なのでクラス替えがない。2、3人の児童なのだが、そのために全体が引きずられている。2年生で、 少し休まないといけない子供も出ている。先生も、しんどくなられて交代されている。それが、6年間続くとなると、厳しいなー。ほかにも、荒れている学年が1つあるそうだか、高学年になって難しいという。その意味で、今年が重要な年である。

 で、今日は、授業参観に出かけた。下の子は、昨晩から少し微熱。用心して今日は休ませたて、一緒に出かけた。子供たちは、まあまあ静か。でも、ちょっと集中がきれると、歩き回ったり、しゃべったりと、1年生Img_2575 の時から相変わらずの雰囲気。参観日で、これなら、日頃はどうなのかなー。昨年最後には、厳しい男の先生を求める声が多かったが、結局、中堅クラスが女の先生が担任されていた。このところ、学校の先生のカウンセリングや相談を受けることが多いので、ご苦労が偲ばれます。

 ↑この人、まだ学校におられんるですなー。ぼくの子供の時は、もっと重々しく、正面の高いところに鎮座していたような記憶が…。いまは、木に隠れて、随分、色白で、軽くなられた気がしますが。なんとかしてくれんのでしょうかね。

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2008年4月24日 (木)

心の傷のお医者さん

Img_2572  母親の誕生日。 3年生になった長女が、お祝いをするという。なにげない会話のなかで、台所に時計(掛け時計)があったら便利だといっていたのを覚えていて、お年玉の中から買ってプレゼントするという。コッソリと二人で買い物にでかけた。シンプルな一番安いも のを勧めたけれど、子供は、これがカッコいいという。特別、高くもなかったので、子供の気持ちを優先して、これにImg_2573決めた。手紙を添えて、プレゼントしたが、送り手自身が嬉々として、楽しいそうである。その意味で、心のこもったプレゼントはうれしい。ぼくは、とりあえず、今日のところは、お花を送ることにした。

 花の上にある標語。わかりますか。長女が二年の時、学校で書いた、自分のキャッチフレーズ。
(クリックして写真を大きくすればわかるか)

「わたしはね、心のきずの、おいしゃさん」。

 そうかー! ぜひ、父ちゃんも治療してもらいたいもんだなー。

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女房は女子大生(2)

  大学院生活が始まって、3週目に入った。10日、17日、24日と、なぜか木曜日は雨が降る。1コマ目からあるので、保育園の送迎に合わせて、連れ合いも学校に送る。保育園から大学院までである。

 今日は、彼女の○○回目の誕生日である。今年はまだ大台前だ。(ウーン、これでわかっちゃうって? でも、彼女、このブログほとんど見ないようですから)

 大学で大阪に出てきている、彼女の甥っ子が、食事に来た。なにかと、食欲旺盛の年齢。学生生活は貧乏で、満足に食べられないようだ。彼女が、親子ほど年の離れたその彼に、キャンパス・ライフを嬉々として語っている。どうも、大学院の男子学生に、かなり若く見られているようだ。「『26歳くらいかな。でも妖艶なので28歳くらいかなと話してたんですよー』と言うんじゃ。正直ものじゃ。ハハッハッハッハッ」と高笑いしている。きっと、22、3歳の男子学生には、母親と比較する以外は、30歳もかなり過ぎた女性の年齢は、未知との遭遇なのじゃないのかーな。みんな、もっと人生経験積みなさい。

 若く見られること、すぐに広島出身と見破られること、そして華光の関係者であること。この三つだけでも、ネタに困らないようだ。若い学生よりも、先生方や社会人の人達と、アッチコッチで、さまざま人間関係を広げている。これも、彼女の特質なんだろう。

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2008年4月16日 (水)

出版

 法話集『後生の一大事』に引き続いて、『念仏の雄叫び』も品切れとなった。第3集の『後生の一大事』は、ぼくが版下をつくり、父が題字を書き、連れ合いが表紙をデザインした、家内制手工業の作品。でも、法話集第2集にあたる『念仏の雄叫び』と、体験記『廻心の体験』は、著作料までいただくとても有り難い条件で、法蔵館から出版してもらえた。しかも、本書を通じてご縁のできた方もあるし、NHKのこころの時代の放映のあとで、この本を調べて、増井悟朗や華光会と連絡を取ってくださった方も多い。
 それで、先日、連れ合いたちが法蔵館に再版のお願いに窺った。ただし、商売としては、売れ行きは必ずしもうまくはいかなかったようで、その後、話を持ち込んでも、いい条件の提示はいただけない。それでも、カタログに出ていることは大事だ。今回は、増補で1~2つ、新しい法話を加えて、再版してはどうかという話を持ちかけ、華光会でも引き受けることを提案している。丁寧に対応していただいた。
 また、その際、他の出版計画にもアドバイスをいただいた。やはり、プロの眼はシビア。それに手厳しい。なにより、商売とし成り立つ(売れる)かどうかが肝要なのだから…。そのために、誰を対象にしているのか。誰れに読ませたいのかがハッキリしないという指摘をいただく。ただやわらかいムードとか、子供向けだけではダメなのである。特に、一般の方は、簡単な仏教用語ひとつがつまずきのもとになりかねない。それに薄い本も(背が目立たない)もダメだという。

 そして、昨日、「仏の子供大会法話集」の出版について、ご相談をした。こちらは法蔵館ではなく、華光向けの自主出版を考えていたが、ある方の話から、華光同人がお勤めの出版社からの発行の線が話題になった。
 同人としではなく、出版者の眼で、いろいろとアドバイスいただいた。中身が違う本だが、まったく法蔵館の指摘と同じで内容だった。「誰に読ませたいのか」、本の統一感がないこと、そして装丁や字体などのコマゴマしたところまでご指摘いただいた。やはり、見た目の冴えない小冊子は難しいという。なるほど、ひとつひとつが納得のいくものだ。

 従来どおり、華光会で自主出版の形で発行するのは楽であるが、そこに何かを加えていきたいのである。その意味では、ほんとうに貴重な提案であった。華光会の登記項目に収益事業を行なうことがあり、その中に出版業も入っている。いまは、同人や誌友以外の方が、華光会HPから本の注文が多い。その意味では、もっと工夫をすることができそうだ。それに、華光誌という宝があり、これまでの出版の実績もある。そこにはさまざまなコンテンツ、ソースがそろっている。それを定期的にまとめるだけでも、かなりのものになる。その意味で、仕事を抜きに、図書コード、JANコード、そして正規の流通に乗る形の手段も、具体的に提案をくださった。いまの華光会では、そう無理な話でもないだろう。もう少し勉強し、ぜひ前向きに検討したい内容だった。

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2008年4月12日 (土)

女房は女子大生(1)

 木曜日から、連れ合いの大学院生活が始まった。

 珍しくかなり緊張気味。何度も、細かな確認してくる。教室も不確定なので、1校時目の30分前には登校するという。それゃなんぼなんでも、誰もいないよと言っていたが、いきなりの雨になった。ナナの保育園(すぐ近く)と合わせて、車で送迎することにした。初日から役員待遇。でも、久しぶりにこんな時間に大学に行くのはかなり新鮮。大宮なので3回生以上なのに、みんな1時間目から遅刻せず、ゾクゾク来ていたのが、かなり意外な感じがした。ぼくなど2時限目でも、必死だったのになー。

 ところが、すぐに彼女から電話がある。なんでも、サイフを女子トイレの個室に置き忘れて、すぐに(その間、3分足らず)取りに戻ったのに、もうなくなったという。まだ1時間目が終わったばかり。この時間、この校舎の女子トイレなんて、かなり限定された利用者しかいなのになー。早くも学生証を紛失。運転免許証やキャッシュカードも盗まれたようだ。教科書購入用に、彼女にしては珍しく大金入りだった模様。なんかこんな時って、ぼくの方が落ち込みますわー。郵便局や学生課と走り回って、夕方には、警察にも届けた。3日たったけれど、なにも出て来ないので、週明けにはいろいろと再発行の手続きが待ってる。

 夕方、ナナを迎えに保育園に行く。知り合いのママさんから、「奥さんが女子大生になった感想はどう?」と、尋ねられた。一瞬、「エ?」と思ったね。知らん人が聞いたら誤解を招く表現だわ。ほんとうに「若い女子大生が女房になった」というのなら鼻の下ものびましょうが、残念ながら、「古い女房はそのまんまなんでねー、どうもこうもありませんわ」と。苦笑い。副園長は、「よく保育園にサイフ忘れてるけれど、ぜんぜんその教訓いきていなー」と、本人を前に笑われた。何度か園から、「サイフ預かってます」と、電話があるのだ。でも極めつけは、送りに行った子供を、そのまま連れて帰ろうとして、「ちょっと、ちょっと、お母さん。子供さん、子供さん」と、先生に呼び止めれたことかなー。サザエさん以上にサザエさんである。

 でも、どの講義は楽しくてしかたないという。夕食には、大学のことを次々興奮気味に話していた。真宗学を中心に、心理療法、英語の関係のものを受講するようだ。ただ選択したゼミが、彼女一人だったという。しかも新設の先生なので、先輩もいない模様。日系の先生なので、英会話も必要な授業なので、真宗学の学生は敬遠するわなー。ちょっといいのか、悪いのか分からないけれど、マンツーマンで学べるなんて、かなりの贅沢には違いない。これも彼女らしく面白い。

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2008年4月 1日 (火)

入学式

 4月1日 エープリル・フール。

 朝、ナナを保育園に送った足で、カンロを連れて、カットに行く。彼女も、髪を整えてもらった。ぼくも、妙な寝癖がついていたので、その分短くしてもらう。

 お店のパソコンで、龍谷大学の入学式のネットで実況生中継を流してもらいながら、髪を切ってもらう。なんと、便利な世の中になったものか。マンモス大学なので、今日が午前と午後、明日も瀬田で3度、入学式がある。学部も大学院も式だけは同じなので、午前だけでも、2000名はいるようだ。

 4月から、連れ合いが、龍谷大学大学院 文学研究会の真宗学に進学することになったのだ。しかも社会人枠ではなく、一般の枠で合格した。英語が得意とはいえ、頑張ったのだろう。お聖教の分からないところを聞かれたら、指導はした。これで大丈夫?かなーとも思ったが、それだけこちらが学んできたということ。大学院時代、あまりお聖教の勉強してこなっかたが、大学院の入試問題程度なら、けっこう出来ることがわかって、安心した。学部の新入生のお母さんだっておかしくない年代である。ぼくは、正直、今後に不安がないわけではないが、合格して入学した以上は、しっかり学んでもらいたい。それが長い目でみれば、かならずプラスに作用すると、ぼくも信じることにしよう。

 午後から華光誌の発送。京都支部のお手伝い3名が加わり6名で作業。ぼくは、そのあとで、真宗カウンセリング研究会のプログラムと会費請求の発送もやった。こちらは、メール便の手続きが、若干ややこしかった。

 時折、雨が降っているが、自転車でナナのお迎えに行く。車がなかったのでレイコートを着た。4月にしては肌寒い。風も強いが、それでも、あっちこち花ざかりだ。明日が入園式の保育園の園長先生と立ち話。「連れ合いは、今日が入学式なんです」と話す。大学院進学のことは知ってられたので、「そうか。いろいろと活動的ですばらしいなー。でも、家族の理解や協力がないと出来ない話やね」と言ってもらった。

 連れ合いは、手続きが長引いていた。風呂を洗っていると、排水口を詰まりが気になる。ここを本格的に掃除をするのは、年末の大掃除以来かなー。スッキリした風呂で、子供たちと入浴。夕食のあと、1時間ほどかけて、今、ナナを寝かせた。今年からのぼくの日課である。

 ブログも、「サクラと月」の淡い、シンプルなタッチに変えた。春は、始まったばかり。しばらくはこのスタイルで行こう。

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2008年3月30日 (日)

バースディー・ケーキ

Img_2430_2  カンロのお誕生日会。ささやかですが、お祝いしました。手作りのケーキを造り、子供たちが飾りつけしました。3段重ねで、なかなか豪華ですね。マシュマロでも飾りつけ。8歳になりました。「エイト」のロウソク。

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2008年3月26日 (水)

同窓会でした

  今日は、信楽ゼミの同窓会ありました。

 毎年ではなく、2年に1度。前回は、先生の80歳と、「教行証文類講義」の全9巻、完成記念を兼ねたパーティーだったので、140、50名ほどの参加がありましたが、今回は、普通のゼミの同窓会。あわせて著作集(全10巻)のうち、「歎異抄」刊行記念。上下2冊で、18,000円也の代物。

Img_2371  大宮学舎の講堂で、「現代真宗倫理私解」と題する、記念講義を拝聴。つい先日、挙式があった会場です。昨年、本願寺教団は宗制を変更し、伝統的な真俗二諦論を否定したけれども、その根拠になっている覚如、存如、蓮如教学は温存している。また、伝統的倫理規範が、ことごとく崩Img_2373壊し、価値観の多様化、複雑化が進む中で、歴史や思想的流れを踏まえることなくして、新しい真宗の生活規範を確立することはできない。そんな状況で、教団、教学としてどんな責任があるのか、また現代の念仏者はどう信心に生きるのか。

 親鸞さまは、一切の原理倫理、規範を語ってはおられない。ただ、「信心のしるし(徴)」に生きることと、「世のいのり」に生きることの二点がある。

 信心のしるしとは、1)まず世を厭う「しるし」があり、それは念仏、信心に基づいた世俗的価値の相対化であり、2)次ぎに往生を願う「しるし」があり、それは念仏に基づく生活、神祇や呪術、世俗的信仰の否定をして、成仏を目標とした生き方をめざすことだと。

 さらに、世のいのりとは、阿弥陀仏の誓願を自分のいのりとして生きること-つまりは、願作仏心で、自己成就(自利)として、仏になるべき身となることと、度衆生心で、他者作仏(利他)で、浄土が映現する社会の実現をめざしていく。

 親鸞さまの思想の深さは、歴史的に相対化されるようなものではない。ただ歴史的制約がないが、具体的に語らない分、個々の念仏者が、自立(自利)と、連帯(利他)に生きることが求められていく。その念仏者の理想は高く、ひとりひとりが、自ら立ち、自らの信心の「しるし」を現す形で、「世の中安穏あれ、仏法ひろまれ」と、身を粉にし、骨を砕いてもご恩報謝する生き方をめざすべきだというようなお話だったような気がします。(たぶん、だいだい)

 あとは、ホテルに移って、パーティーがありました。まったく油断して飲んでいたら、急に、華光会、増井悟朗云々との紹介で指名されました。しかたないので華光会のことコマーシャルしておきました。たぶん2ちゃんねるだったと思うけれど、「S会は蓮如右派。華光会は蓮如左派」ということで、そう紹介しておきました。わかったような、わからんような…。酔っていたので何を話したやら…。

 こういう場に出席すると、本願寺教団のなかでは、完全にぼくは部外者ですね。このゼミの人達は、教団の中では反骨精神のある方が多い(そう親鸞左派やね)、いつのまにか大学教授になり、宗会議員になり、教団の要職につき、そして大寺院の住職に収まっておられて、それなに、教団内で地位を確立されていますね。その意味では、完全にぼくはここでも異端やなー。

 でも、その方が断然面白い。やりたいことありますから、まあこれから面白くなりますよ。

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2008年3月20日 (木)

もう竹の子ですか

Img_2341 朝、ちょっと町に出た。今日は少し肌寒い。八百屋(有名)の一角に、「竹の子」が売られていた。季節を先取りしているのだろうが、もうこんな季節になったということか。高級料亭用なのだろう。かなりの値がするものばかりだ。

 今日は、講習会の準備のために、京都支部の有志のそうじ。京都近郊の仏青会員が減って、このところ人数も少なめ。ご苦労さまでした。

 そうじが終わったころに、高山から珍しい方が急にお参りくださった。1月に父親を事故で失くされた娘さん。といっても、もうお子供さんもおられる。3月はじめ、お悔やみにお参りさせてもらったばかりで、その御礼も兼ねてのことだった。初めての華光会館だそうで、一緒に勤行し、少しの間でも、お話を窺えてよかった。それにしても、この世の中では、いくつになっても、「親」の存在は大きいと改めて思わされる。それでいて、元気な時はそれがわからない。いくらそう聞かされて、大恩があると言われても、別の感情が動く。それが、別れてから、親不孝の自分に気がつくのだ。どうも、これが悲しい人間の姿のようだなー。

 さて、土曜日からは講習会。ボチボチ増えたけれど少なめ。講義だけなら、飛び込みでもいいので、皆さんも、ぜひどうぞ。

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2008年3月14日 (金)

 昨日から、小さな骨で、我が家は大騒ぎである。

 昼過ぎ、小学校の教頭先生から電話が掛かってきた。「給食のウナギ(小学校の給食が鰻丼かよ!)の骨がノドに刺さったようだが、保健室でも対応できなくて、号泣されてます。これから耳鼻咽喉科(ここはどうかなーという医者だけど、小学校の指定医)に連れて行きます」とのことだった。

 さっそく、連れ合いが、支払いを兼ねて病院に出かけてみると、骨がハッキリ取れたかどうかはわからないが、処置されて、すっかり元気になっていた。費用も、3000円近く掛かった。「たかが骨で大騒ぎして高くつくなー。ゴハンの丸飲みしたらとれるでしょう」との思いである。

 ところが、取れた「はず」が、遊んでいる時は平気なので、時々シクシク泣いて痛がる。取る時に少し傷ができたのかもなーと言っていたが、結局、おやつも夕食も食べない。まあ、明日になればケロッとしていると思っていたが、その原因が寝る前に分かった。病院では、大人が2人ではがいじめに押さえ、無理やりにノドに器具を差し込まれてようで、あまりの怖さと、痛さに、1回目だけで、「取れた。大丈夫」と言ったらしいのだ。でも、それを知られたら、叱られると思って黙っていたらしい。

 結局、今朝、母親が連れ添って3度目の病院に行った。子供にはかなりつらい処置で、大人にはがい締めにされて(これだけでも怖い)、器具を入れられるので、何度も吐いたりしたという。それを何度も繰り返されたが、それでもほんとうに取れたかどうかはわらない。これから先は、全身麻酔での処置になって、この病院では無理だという。ネットでサッーと調べてだけでも、だいたいそのうようだ。またウナギの細い骨が刺さることは珍しくないようで、ゴハンの丸飲みもよくないことがあるらしい。

 はっきりしないまま、憔悴しきった真っ赤な目をしたわが子は、結局、学校を休んだ。「死ぬかと思ったよー」としょんぼりしている。「もう2度とあの病院にいかない」「もう魚は食べない」と、かなり応えたようだ。それでも少し遊んでやると、午後には元気になっていた。いろいろと処置をしてもらったおかげか、それとも吐いたおかげか、どうやら小骨は取れたらしい。時間と共に、明るい普通の彼女に戻った。今度は、ほんとうのようだ。

 やれやれ、お疲れさまでした。

 そして夜。風呂に入ってたら、「お父ちゃん、どうしよう。 魚焼いてる匂いと違うか?」

 そのとおり。我が家では、めったに肉はない。今夜も、案の定、焼カレイだったのだ……。

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2008年3月 9日 (日)

華燭の典

 今日は、華光仏青のメンバーの結婚式でした。

 夫婦でお招きいただきました。仏青の方や、華光の方もかなり列席されていました。

Img_2216  龍谷大学大宮学舎の本館仏前での結婚式。M先生が司婚をされ、「後生の一大事を心にかけて、本願名号を聞信せよ」という内容の尊い表白と、誓いの言葉、そImg_2198して、しっかりご法話(テーマは親ごころ)もいただきました。

 この建物は、洋風に見えて、明治初期の疑似洋風建築の代表的もので、実は木造の2階建て。正面に車寄せを配して、オーダの付いた柱やアーチなど古典主義風の様式モチーフと、伝統的な仏教様式を融和された重文の建物です。なかなか風格というか、趣があります。

 そのあと、披露宴は、東山の高台寺の境内に移りました。背景に、Img_2271 八坂の塔を仰ぎみる、いかにも”きょうとー”という歴史的風致地区なのか、まわりもステキなロケーションでの披露宴でした。しかも、1グループが、ひとつの独立した1つの建Img_2241 物という環境で、とても人気がある会場のようですね。

 どうぞ、これからもお念仏相続麗しく、お幸せに。

 感じたこともありましたが、まあおめでたいことですので、今日は味わいも、ひっかけも、辛口も、なにもなしです。

 (フラッシュを使わず逆光でとった写真。ウェデングケーキ入刀のシーンです)

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2008年3月 3日 (月)

お雛祭り

お雛祭り。

 「桃の節句」という言葉の響きだけでも、どこかウキウキしてきますね。

 夕食のときに、チラシ寿司と、子供たちが手伝った手作りのデザートを食べて、「今日は楽しい雛祭り」と、娘たちは照れくさそうに一番だけ歌いました。

Img_2188_2   母が嫁入り道具のお雛さま。その前からなのでかなり年季もの。御殿つきで、内裏様とお姫さまが二組あるタイプです。七段かざりですが、もう毛氈をひいて飾ることはなくなって、こうして道場の前に並列にならんでいます。

 一階には、Img_2187 長女が生まれた時に、義母が手作り(そういうキットですが)で組み立ててもらったもの。なかなか心がこもったものです。

 特別なことはなにもないけれど、母から絵本ももらえたし、小さな娘たちは、とても楽しそうでした。