カテゴリー「旅行・地域」の245件の記事

お寺と神社の紅葉

Img_4811 お寺の近くに有名な紅葉の名所があるという。

 しかし、このお寺も、また隣接する神社も、なかなか紅葉が美しImg_4823かった。

 神社には、寒桜がまだだ咲いていた。4月(春)と10月(秋)の年に二度も咲く品種Img_4832らしく、十月桜という。

2日間とも好天Img_4842だ。青空の中で、一層、淡いピンクが映えている。

Img_4719 例年、報恩講に参詣させてもらうと、まだ紅葉が楽しめる。日程の都合で、1週間間の12月のImg_4799永代経法要になると、散っていることが多い。

 今年は、紅葉はまだまだ楽しめるようでよかった。

  ちなみにちょっと面白いものも発見。
Img_4804_2 奇妙な果実ですね。

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国東半島の神や仏たち(8)~両子寺~

Img_3667_2  ここまで国東半島の七ケ寺の寺院を巡ったが、いずれも豊後高田市の地名である。これから訪れる両子(ふたご)寺は国東市になる。地図でImg_3670みると、両子(ふたご)寺のある両子山が、ちょうど国東半島の真ん中あたりになっていて、その周りに六郷満山の寺社がひしめき合っているが、ぼくたちが訪れたのは、西南の方面で、Img_3679北や東の方には足を延ばすことはできなかった。

 ここは少し距離はImg_3677あったが、いちばん観光客が多かった。定期観光パスもきていた。といっても10数名ほどである。平日、雨天ということを差し引いても、やはり静かではあImg_3681る。

 まずは不動明王がまつられた本堂の護摩堂に参詣。天候は悪いが濡れた緑のもみじが美しい。風情のあるお寺だ。

Img_3687 両子山を寺境に奥で広がっているが、雨が強くなってきて、さすがに奥の院までは無理だ。大講堂にはお参りする。鎌倉からImg_3688南北朝の作と言われる阿弥陀三尊や壁画がおまつりされているのだ。いまの大講堂は新しい建物で、明治期に廃仏毀釈の法Img_3669難で喪失して、平成になって再建されたものだという。ところが門が堅く閉められている。どこにも入り口がない。雨の中でせっかく足を延ばしたのに残念である。受付で尋ねると、雨天のために開門Img_3695しないと言われた。それならそうと、先に言ってよ~という気分である。開門がないので拝観料を徴集しなかった富貴寺の対応とは異なる。

 でも、もうひとつ観ておきたいものがある。仁王さImg_3709まで有名のだ。国東半島で古さ、大きさともに一、二を争うものだそうだ。雨が靜寂な雰囲気が一層引き立てる。この前にかかる赤橋が無明橋という。無明の橋Img_3698_2を渡り、仁王門越えて、山門に近づく仕組みであるが、今回は逆のコースでお参りして、受付で場所を訪ねて最後にお参りした。神仏習合で、山門にはしめ縄が貼ってある。ちなみにここだけなら拝観料はいらない。
 
 近くには拝観したいお寺はまだまだあるが、別府から半日で、これだけ効率よく回れて大満足だ。このあたりで別府温泉に戻り無着成恭先生を尋ねることにした。

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   長々のお付き合いありがとうございました。

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国東半島の神や仏たち(7)~天念寺と川中不動~

 Img_3598少し間かあいたが、大分国東半島の寺院を後2ケ寺を紹介する。

 長安寺から遠くない場所に天念寺と川中不動があった。川沿いの道を進むと、川の中に巨石が鎮座している。対岸には、岩壁に密着Img_3594して、茅葺きのお堂と神社が見えている。ともにとても美しい風景。ここは無人で拝観Img_3615料は不要(お賽銭)。テープによる解説もある。駐車場も無料だ。

 川中不動は、天念寺の前を流れる長岩屋Img_3613_2川(天念寺川)にあるが、もともとは氾濫する川を鎮めるために建立されたという。中央Img_3660が不動明王で、両脇にコンカラ、セイタカ童子が刻まれている。不動明王は3.2mもあるという。童子のお顔がユーモラスであImg_3662る。川沿いには曼珠沙華が咲いて、花添えている。

 それより、今回いちばんすばらいしと思ったのが、天念寺である。別名「天念寺耶Img_3664馬」と称されているが、奇岩を背に、本堂、Img_3655庫裏、そして六所権現社という神社を中に挟んで講堂が続く、神仏習合を示す建物である。残念ながら、本堂は工事中で、ブールシートに覆われていたImg_3656が(それでも拝観ができた)木造の釈迦如来が安置されている。川の氾濫で流れた旧国Img_3646宝堂をはさみ、六所権現社という神社が続く。社が裏手の奇岩に食い込みように立てられていた。

Img_3643 そしてそのとなりの茅葺きのお堂が講堂。薬師如来が安置されている。ここでは毎年旧暦の正月7日に、修正鬼会(しゅじょうおにえ)が厳修されるという。その時Img_3635に使用され松明が飾られていた。なんでも、鬼を追い出すのではなく、鬼を歓迎するという全国的には珍しいものだという。国Img_3637東の社寺は、六郷満山といわわれるが、これは「神と仏と鬼の郷」とも言われている。神仏だけではなく、「鬼」が入るところに、豊かさや重みを感じさせられる。建物の風格といい、寺と神社の神仏習の姿といい、たいへん感銘を受けたのであった。
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広島県立歴史博物館にて

Img_3773 福山駅の目の前に福山城がある。お城を中心に美術館や博物館などの文化施設がたくさん集中している。なかなか福山を訪ねるご縁もない。もしかすると、今年が最後かもしれない。というわけで、在Img_3733来線の乗継ぎを利用して、お城に隣接した広島県立歴史博物館を訪ねた。http://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/rekishih/

 メーンは、草戸千軒遺跡の復元や出土品Img_3767の展示が中心で、別名「ふくやま草戸千軒ミュージアム」といわれてImg_3736いる。草戸千軒とは、福山湾岸で南北朝に栄えた港町でその後衰Img_3744退し、それが川の氾濫で水没したのだが、ものが、中世の街並みの遺跡の出土品や、原寸で復元されたと街並みが再現されている。出土したものは、料理や生活に使Img_3746われる日常品が中心だ。鍋や釜、食器、包丁(重文の包丁)や、まじないや占い(やはり(重文の陽物)に使われたものもある。当日の人々の等身大の生活を知る上で貴重なものだが、陶Img_3747_2器は大陸との交流も窺えるものだ。

  ところで、第1室は瀬戸内の歴史を、古代から近代までを体系的に展示されている。ここでいちばん驚いたことは、展示物はの大半が複製品であることだ。ぼくもこれでまで各地の美術館Img_3741や博物館を訪れたが、国宝級のお宝でもないのに、これだけあれこImg_3739もこれも複製というのは、かなりがっかりさせられた。劣化が進むものは展示が難しいだろうし、複製の方がもともとの状態をよくImg_3761顕していることもある。

  しかしこれだけ(複製品)の標示が多いと、Img_3757_3ほんとうに公立の博物館として、展示する意味があるのか。複製技術を堪能できるという意味では、広島県立複製博物館と命名したほうがすっきりする。しかも写真撮影は禁止。複製品なのにだ。意味が分からない。まったく混雑はしてはいない。ほんものではないので劣化することや著作権があるわけでもImg_3787ないのだ。でも第2展示だけは撮影OK。しかし、同じ出土品でも、第3室はまた撮影禁止となる。
 ちなみに、東京国立博物館は、(フラッシュや三脚は禁止だが)複製ではないほんもの国宝でも、自由に撮影できた。ここは特別だけど。

 

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国東半島の神仏たち(6)~長安寺~

Img_3579  中世の六郷満山で最大の寺勢を誇っていたとされる長安寺へ。

   別名、“花の寺”と呼ばれている。いまは芙蓉が花盛り。しかし、雨である。参拝客は誰ひとりなくひっそりとしていた。収納庫も閉まってImg_3582いて呼び出しである。本堂でお参りしていると、お寺の方から「朱印帳ですか」と尋ねられたので、拝観をお願いする。お寺の組合?で決まっているのか、やはり拝観料はImg_3435300円也。

 収蔵庫に収められているのは、国の重要文化財でもある木造「太郎天」と二童子像Img_3584_2である。なんとも不思議な像だ。仏像? それとも神像? 解説によると、もともと修験道の守り本尊である“天狗神”を表しており、不動明王が修験の極致にある者の前に顕れる時に太郎天Img_3592の姿をしていると考えられていたという。ふ~ん、よくわからない。とにかく太郎天像は童子の姿をし、単純に神像とも、仏像とも言えない、不思議な像ではあるが、あんまり感激はない。

 あと、やはり重要文化財の銅板の法華経が保管されていた。本物は読みずらいが、複製のもので補完した。

 まあ、なんとなくこんなものかな~という保管庫だった。 写真は以下のブログで、、。

 http://www.city.bungotakada.oita.jp/page/page_03462.html

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国東半島の神仏たち(5)~富貴寺~

Img_3515_2 ここまで道路もよく整備され、お寺の間の間隔も思った以上に近くて順調に進んで、いよいよ富貴寺である。

定期観光バスが留まっていたが乗客は数名とまばら。清閑という言葉が相応しい、参道の細い階段を上っていくと仁王門があり、右Img_3574手の本堂をすぎると、お目当ての阿弥陀堂である。富貴寺大堂といわれているが、三Img_3526間四間なのでけっして大きなお堂ではない。それでも、九州では唯一の国宝の阿弥陀堂で、しかも現存する最古の木造の建築は平Img_3530安時代の後期のものだという。どっしりした安定感のあるたたずまいで、風格もある。銀杏が落ちて、あたりに匂いがただよっていImg_3570た。

 やはり雨のため、その門は堅く閉ざされ、重文(旧国宝)の阿弥陀如来坐像や浄土図の壁画は見ることができなかった。ただ拝観料Img_3551300円を徴集されないのは、かなり良心的である。内部はみられなくても、国宝のお堂をゆっりく拝ませてもらえたのはよかった。やはり境内には石塔や板碑がたくさん建立されていた。本Img_3537堂に、阿弥陀坐像のお写真があったのでカメラに収めた。

 お昼をすぎ門前の食堂は近所のおばちゃんたちが食べていたが、名物の椎茸飯と田舎汁を食した。

 素朴な味だがおいしい。お店のおばちゃんに、雨で拝観できなかったことを残念がっていると、「どうImg_3553せ横から眺めるだけで、よくは見えませんよ」と笑って、「それよりこれがよく分かるから」と親切Img_3572にパンフレットをくださった。ありがとう。

 内部は観れなくても、静かなたたずまいに満足し、次に向かった。
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≪↑実物は見られなかったが、本堂の写真で拝観≫

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国東半島の神仏たち(4)~元宮磨崖仏

  真木大堂を後に、今回のメーン富貴寺に向かう。Img_3498_2
 道中、右手に神社をすぎると、すぐ磨崖仏を見つけた。すぐに車を戻す。手元のガイドブックには出ていなかったので、もし道に面していなかったら、通り過ぎていただろう。大きな岩肌に、不動明王を中心とした5体の像が彫刻されている。
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 なかなか立派なものだが、ここまで拝観してきた仏さまは、平安時代(藤原時代)の作なので、室町時代となると時代は下がるが、それでも国の指定史跡である。写真は、不動明王。
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 最近(21世紀になって)磨崖仏を覆う堂が設置され、まだ真新しい。
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田染八幡神社の北側の岩壁に抉られた龕(がん=仏像をおさめる厨子)に、不動明王を中心とした5体の像が彫刻。不動明王の左側にはかって制咤迦童子があったと言われるが、現存していない。地蔵菩薩(声聞像)は他の像に比べて小さく、後世に付け加えられたものであるとされる。

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 せっかくなので隣の神社にも立ち寄る。田染元宮八幡社(たしぶもとみやはちまんしゃ).というそうだ。当然、八幡神社である。このあたりの古刹や神社は、宇佐八幡宮がもとになっているのだ。仏教の宗派では天台宗が大半。
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やはり神社でも仁王さまがおまつりされていたのが、特色的。

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国東半島の神仏たち(3)~真木大堂~

Img_3434   国東半島といっても、いつくかの市町村に分かれているが、このあたりは豊後高田市である。

  それにしても、のどかな田園風景。半日、国東半島の山間部をImg_3431回ったが、結局、一軒のコンビニも見かけなかった。自販機もそうそうない。日本の原風景でようだ。農業遺産の棚田もあるが、Img_3438稲刈りはこれからのところも。観光客も疎らで、誰とも会わないお寺も何カ所かあった。Img_3448真木大堂もそのひとつ。帰りに老夫婦に出会ったImg_3450だけだ。

 真木大堂は、六郷満山65ケ寺のうち最大の寺院であったいわれるが、今は衰退し、幻といわれる伝乗寺を継承しているといImg_3472う。しかし伽藍に往時の面影はないが、収納庫には立派な仏像群が安置されていた。御本尊の阿弥陀如来像は丈六の寄せ木造りの坐像Img_3481で、四天王が守護し(この組み合わせはなかなか面白い)、右手に不動明王と二童子(ただし福岡に出張布教中?)、左手に大威徳明王像。六面(お顔6つ)六臂(6本の手)六足という異形の明王で、水牛にまただっておられる。いずもに旧国宝(戦前)で、今は重Img_3478文だが、威風堂々とした、表情豊かなお姿は、文化力の高さを感じさせられのには充分である(ただし写真撮影は禁止。ガラス越しの拝観だった)。

 ひっそとしたかわいいお堂がImg_3487旧本堂だが、菊花の紋章がついていることからも、寺格の高さがしのばれる。

Img_3484_2 また国東半島の六郷満山仏教文化の特色として、多くの石仏、五輪塔、宝塔などの石j造の文化財を散見することができる。このお寺のお庭にも、(けっして古いものではないが)さまざまな仏塔類が安置されていた。ひとつひとつ見て回るだけでも、面白かった。ほんの少しだけご紹介。詳しくは左の写真の案内板で、、。

http://www.makiodo.jp/

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≪↑大威徳明王像。ポスターを撮影したもの≫

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国東半島の神仏たち(2)~熊野磨崖仏~

Img_3387_3 しめ縄のはった鳥居がある。み仏に会いに行くのだが、ここは熊野神社である。神仏習合だ。https://www.showanomachi.com/spots/detail/136

Img_3389 目の前に、石積の坂道が前に広がっている。なんでも、鬼が一晩で作り上げたらしいが、不規則に石が並ぶ。滑る石面を、傘を差しながら歩くのは注意が必要だ。途中から勾配がきつくなる。若い10名ほImg_3413どの団体とすれ違ったが、みなレインコートを来て手ぶらだ。かなり足元が危ない。

 まだ先まで石積みが続いている。どこまであるのImg_3411心配していたら、途中の左にお目当ての熊野磨仏が姿を顕した。

 国の指定史跡で、しかも重文である。なかなか立派なお不動さまと如来像である。45年も前に臼杵の大日如来の頭部を見た時は、予想外の小ささに拍子抜けしたが、こちらはなかなか立派な磨崖仏だ。不動明王Img_3404はユーモラなお顔。一方、大日如来は穏やかななかにも厳しいお顔に見える。大日如来の頭上には、種子(しゅうじ)曼陀羅(まんだら)の彫刻があるが、雨と紅葉でうまく映っていない。(詳しくは右の案内板で)

Img_3416 雨が強くなって、休む場所もない。まだ奥の院はあるが、連れ合いは脇目も降らずに降りだしImg_3418_2た。晴れていれば問題はなさそうだが、帰りはかなり危険。ぼくも右手に傘、左手に杖と両手がふさがっているで、手すりもつかめずに滑らないように注意して下りた。法座の帰路なので革靴だったので、こちらもたいへんだった。

 もし訪れる方は雨の日は注意のこと。レイコートや運動靴、スニーカー類がお勧めです。

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≪↑鬼が一晩で築いたと言われている乱積の石段≫
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≪↑不動明王像は、高さ約8メートル≫
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≪↑大日如来像は、高さ約6、8メートル≫

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国東半島の神仏たち(1)~胎蔵寺~

 無着先生のお住まいをあとに、国東半島に向かう。

Img_3429 国東半島の山間部には、独自に発達した神・仏習の仏教文化が花開いた。六郷満山といわれるのだが、幸い、明治期の廃仏毀釋で、仏像や寺院が破壊されることも少なかっのか、いまだに独自の神仏習合の文化や遺産が、素朴なまま残っている。これまでの何度も大分の観光地を観てきたが、地の利が悪い(車がないと難しい)こImg_3373ともあって、ここだけはご縁がなかった。

 地の利に加えて、もう一つ心配だったのImg_3372が天気だ。いちばんのお目当てのお寺は雨が降るとお堂の拝観ができない。ところが、残念ながら予報適中で、雨だ。しかもかなり強く降っている。がっかりしたが、下調べもしたので、時間内には出来る限り多Img_3374のお寺を見て回ることにした。

 道中、あちこちにお寺や神社があった。中でもImg_3380願成就寺の山門はなかなか立派だったが、ここはパスして最初に熊野磨崖仏に向かうことにした。急な石段があると聞いていたので、元気なうちにと考えた。

 細い山道を通って駐車場へ。熊野磨崖仏に向かう入り口の右手に、まずお寺があった。そこには「ここは別の宗教法人です。拝観料はいりません」と書かImg_3427れている。

 やはり六郷満山の五番札所で「胎蔵寺」。この先、神社でもお寺でも見ることになる、仁王立像がお出迎え。お庭の石仏たちには金箔が貼られている。東南アジアの仏教徒の作法のようである。やたら現世利益の案内がある。
http://taizouji.info/

  簡単にお参りをすませて、山道を登る。雨は降っているが、さほどキツイみちではない。ただやたらカニが道を歩いている。このあと、どのお寺でもカニと遭遇することになるが、ここではカマキリを運んでいた。ここまでは楽勝かなと思っていた。(つづく)

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