カテゴリー「旅行・地域」の251件の記事

陶器市

 Img_6522聖典講座から寺院布教、永代経と、GM前半戦は多忙だったが、どうにか乗り越えられた。後半は少し間があいて、最後に5月の聖典講座、広島支部と続いてく。その間に、後片付けや次の聖典講座Img_6545の準備もあるが、事務所の皆さん長期休暇に入った。遠出は無理だったが、半日だけ、連れ合いが一人で出かける予定の陶器市に一緒にImg_6513行くことになった。

 GM中、高速道路は混んでいた。倍近い時間がかかる。陶器の有名な信楽の町中も混んでいた。でも信楽は素通りして、お目当てはお隣の伊賀焼の長谷園である。Img_6519ぼくは、数年前まで、身近に陶芸家の知り合いがImg_6536多かったのだが、あまり興味がなかったので、伊賀焼も初めて知った。山間の小さな集落だが大きな規模Img_6515で開催されていて、次々と車が入ってくる。一昨年も来ている連れ合いの話では、小さな陶器市のように聞いていたが、すごく盛況である。

https://www.igamono.co.jp/kamadashi/index.html

Img_6527Img_6530 窯出しなので、市価の半額で売られている。

器の買い物だけなく、登り窯を観たり、美術館を観る感覚で陶器を観たりした。ぼくImg_6539は買う気はない。が、連れい合いは、いろいろと目星をつけて真剣に見ている。掘り出し物のなかでも、毎日の生活の中で使えるものを探している。実用的だが、大量生産品にない何かを求めているのだ。その意味では、賢い買い物をしてるようだ。

 どやから満足いく成果があったようで、さっそく今夜から食卓を飾ることになった。器が変わると、いつものおかでも、ごちそうに見えるのだから、大した物である。
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築地本願寺

Img_6261久しぶりに築地本願寺にお参りした。たぶん10年前の結婚式以来じゃないのかなー。

佃島の門徒が中心となって、海を埋め立て地を築いたので、「築地Img_6266御坊」と称されるようになったという。大阪(大坂)の語源も、蓮如上人が最初に使われたが、Img_6265それだけ影響力があったということだろう。

関東の方以外は、初めてお参りされる方もImg_6271Img_6270けっこうあったが、皆さん、その規模や様式に驚いておられた。

ぼくは外国からの観光客が急増していたことに、驚いた。お参りの大半がそうであるようにも見えた。東京駅や銀座からのアクセスもいいし、築地市場を見学する観光客も多いと聞いImg_6273ている。

西本願寺の門前町にある伝道院のモスク風の建物と同じく、伊東忠太氏の設計である。こちらはインド仏教風の建物で、仏塔(ストゥーパー)のようなものが左右にある。最近、国の重要文化財に指定されたそうだ。
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石川県立歴史博物館~兼六園

Img_6149春先、服装に迷うことがある。 先週の福岡は春のコートを着ていったが、半袖でもいいほどの温かさ。今週の金沢は寒の戻りだそうだが、迷った末、荷物になるコートはやめた。覚悟はしていたが、想像以上にImg_6167寒かった。北陸の天気はころころ変わる。タクシー運転手さん曰く、「弁当忘れても、傘を忘れるな」の典型的な北陸の天気です」と。雨かと思えば日差しがでて、それがすぐ曇って冷たい雨になる。雷にImg_6194なったと思ったら、土曜の夜と日曜の朝、2度も雹にって激しく窓ガラスを叩いた。

先々週の福井はまだ梅だったのに、もうすでにサImg_6173ラの見ごろが済んでいる。一気に咲いて、この天散ってしまうということ。会場からのサクラもいま一つ。

Img_6177法座が終わって、列車までの時間、金沢散策。寒さと雨をさせて、Img_6199支部長さんお勧めの「石川県立歴史博物館」へ。

http://ishikawa-rekihaku.jp/

赤レンガの風情のある建物が3棟。もともImg_6204とは陸軍の兵器跡だったのが、文化施設に生まれ変わっている。お勧めは、一向一揆の資料があること。加賀の一向一揆は、日本史唯一、「百姓が持ちたる国」を生んだ。そのImg_6208関連品や詳細なビデオ上映があった。蓮如上人や顕如上人のことも分かって、15分ほどだが、見応えはあった。

今も道場形式の趣ある寺院が残っているようだ。この地には、蓮如さま以降、真宗の歴史Img_6216が息づいていることがよく分かる。他にも、能登を中心にした民衆の信仰や生活に根ざした「祭り」シアターも見応えがあって、公共なので安価でありながら見応えはあった。また、加賀本多博物館も並館しているImg_6218のだが、加賀といえば「前田家100万石」なのに、なぜ「本多家」?と不思議に思うなのなら、ぜひに。

Img_6232せっかくここまできたで、兼六園も少し散策する。一昨年は、満開サクラ、昨年は、まだ早かったが、今年はかなり散りかけている。同じ時期でも、毎年変わる。入場料が無料だったのImg_6221は、前回も同じ。でも、天候のこともあり人手は少なめだった。とにかく寒い。晴れていたのか雨になったかと思うと、白いものも交じっている。みぞれである。傘を持つ手も冷たい。足早に駅に戻った。

今日は、ストーカー聞法中のSさんと一緒。写真撮影にも協力してもらった。ありがとう。
 彼女Img_6219とは新しいご縁だが、京都はいうまでもなく、先月から、東海、日高、そして北陸とご一緒している。彼女曰く「私はスタンプラリー聞法です」と。なるほど、各支部を順番に回っているわけですね。ストーカーよりもこのネーミングのほうがぴったりくるようだ。毎年一人ぐらい、こんな人が出るのだが、やはり若い人は感性が柔らかい。でも、聞法は、スタンプが全部たまったからといって完了とはいかないので、ご用心。
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バー「別府橋」 & 牧のうどん

Img_6001九州支部法座の楽しみのひとつは、夜座が宴会になることだ。福岡での法座では、「博多しゃぶしゃぶ・あり田」で御馳走になる。

今夜はおいしいワインをいただいた。二次会は、あり田に隣接した奥にあるバー「別府橋」で。ここもずいぶん顔ぶれが違って、新鮮。

Img_6002翌日の昼食はうどんを食べた。福岡といえば長浜ラーメンが有名だが、うどんもうまい。福岡名物の「ごぼ天うどん」を食べる機会が多い。

今回は、「びっくりするうどんにしましょう」とAさんの提案。「なにがびっりくなのかは食べてからImg_6004のお楽しみ」ということで、釜あげうどんの「牧」(まき)というお店に。福岡中心のローカルなチャーン店だが、中心部よりも郊外に展開しているようだ。駐車場は車で溢れ、広い店内は客で賑わって行列ができていた。

店内は写真禁止なので、肝心のうどんの写真も撮れなかったが、麺は、平べったい。「硬い」「普通」「やわらかい」を選ぶのだが、特に柔らかい麺はこしがなく、早く食べないとどんどん麺がだしを吸って、量が膨らんでいく。そこにだし(スープ)を足して食べていくのだ。最初は、別に普通の量だと思ったが、食べても食べても減らないので、「「びっくりする」ということか。同席した3名の方は、完食できず残されていた。それでいて安い。ごぼ天は400円ほどだったと思う。そちらも、人気なのか。

法座の報告よりも、おいしいものを食べたことのほうが、スラスラと書ける。まさに凡夫である。

 

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福井プチ散策~大仏観音と橋本左内

Img_5467  この1週間 雨やぐずついた天気が多かったが、やっと青空となる。
 ところが、サンダーバーで福井駅に降り立つと、小雨である。しかも寒い。今冬の福井の大雪は記録的だったが、さすがに街中の雪Img_5473_2は消えている。でも、各地で桜の開花宣言が続く中で、こちらはまだ梅が花盛りである。別院の紅白の梅がきれいである。

Img_5481 午前の法座を終え、昼休みに付近を散策。

 福井東別院のお隣は西山派のお寺で、越前福井大仏観音が安置されていた。真新しいものでImg_5478あったが、周りの地名は「大仏○○」というものばかり。古来、大仏が安置されていていたようで、その名残なのだろう。古い石仏のお顔の一部だけがおまつりされていた。

Img_5493 少し歩いたことろに橋本左内生家跡があった。
Img_5490 安政の大獄に連座し獄中死をするので、明治の世を見ずに亡くなったひとりである。享年25歳! というImg_5487若さだ。いま大河ドラマ「西郷どん」ではキーパーソンとなる謎の蘭Img_5489学医として活躍中だ。主君の松平春獄像も少し歩いたところにあるようだか、雨が降り出してきたので、そちらは諦めた。

 ブラブラして午後からの法座に臨む。
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高山」法座の会場周辺

Img_5324 法座の昼休み、家庭法座の会場を周辺を散策する。

 100メートルのところ寺院と、そして神社の鳥居が見えている。このあたりは、いわゆる高山の古い街並みで、メーン観光地である。

Img_5326 ブラブラと散策するにとてもいい場所。

Img_5332こちらのお寺は、華光会館を建替え時に、「壮年の集い」の会場とImg_5337なって勝久寺だ。

22年ぶりに訪れた。中には、山本Img_5340仏骨先生の書で、H名人が彫った「香光荘厳」の扁額があることを思い出した。でも、今日は会合中で参詣は出来ず、残念。こんなに近いのなら、次の機会にはぜひ訪れたい。

Img_5348  そのときもいった屋台会館(中には入らず)や、古い街並みをブラブラと散策。
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お寺と神社の紅葉

Img_4811 お寺の近くに有名な紅葉の名所があるという。

 しかし、このお寺も、また隣接する神社も、なかなか紅葉が美しImg_4823かった。

 神社には、寒桜がまだだ咲いていた。4月(春)と10月(秋)の年に二度も咲く品種Img_4832らしく、十月桜という。

2日間とも好天Img_4842だ。青空の中で、一層、淡いピンクが映えている。

Img_4719 例年、報恩講に参詣させてもらうと、まだ紅葉が楽しめる。日程の都合で、1週間間の12月のImg_4799永代経法要になると、散っていることが多い。

 今年は、紅葉はまだまだ楽しめるようでよかった。

  ちなみにちょっと面白いものも発見。
Img_4804_2 奇妙な果実ですね。

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国東半島の神や仏たち(8)~両子寺~

Img_3667_2  ここまで国東半島の七ケ寺の寺院を巡ったが、いずれも豊後高田市の地名である。これから訪れる両子(ふたご)寺は国東市になる。地図でImg_3670みると、両子(ふたご)寺のある両子山が、ちょうど国東半島の真ん中あたりになっていて、その周りに六郷満山の寺社がひしめき合っているが、ぼくたちが訪れたのは、西南の方面で、Img_3679北や東の方には足を延ばすことはできなかった。

 ここは少し距離はImg_3677あったが、いちばん観光客が多かった。定期観光パスもきていた。といっても10数名ほどである。平日、雨天ということを差し引いても、やはり静かではあImg_3681る。

 まずは不動明王がまつられた本堂の護摩堂に参詣。天候は悪いが濡れた緑のもみじが美しい。風情のあるお寺だ。

Img_3687 両子山を寺境に奥で広がっているが、雨が強くなってきて、さすがに奥の院までは無理だ。大講堂にはお参りする。鎌倉からImg_3688南北朝の作と言われる阿弥陀三尊や壁画がおまつりされているのだ。いまの大講堂は新しい建物で、明治期に廃仏毀釈の法Img_3669難で喪失して、平成になって再建されたものだという。ところが門が堅く閉められている。どこにも入り口がない。雨の中でせっかく足を延ばしたのに残念である。受付で尋ねると、雨天のために開門Img_3695しないと言われた。それならそうと、先に言ってよ~という気分である。開門がないので拝観料を徴集しなかった富貴寺の対応とは異なる。

 でも、もうひとつ観ておきたいものがある。仁王さImg_3709まで有名のだ。国東半島で古さ、大きさともに一、二を争うものだそうだ。雨が靜寂な雰囲気が一層引き立てる。この前にかかる赤橋が無明橋という。無明の橋Img_3698_2を渡り、仁王門越えて、山門に近づく仕組みであるが、今回は逆のコースでお参りして、受付で場所を訪ねて最後にお参りした。神仏習合で、山門にはしめ縄が貼ってある。ちなみにここだけなら拝観料はいらない。
 
 近くには拝観したいお寺はまだまだあるが、別府から半日で、これだけ効率よく回れて大満足だ。このあたりで別府温泉に戻り無着成恭先生を尋ねることにした。

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   長々のお付き合いありがとうございました。

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国東半島の神や仏たち(7)~天念寺と川中不動~

 Img_3598少し間かあいたが、大分国東半島の寺院を後2ケ寺を紹介する。

 長安寺から遠くない場所に天念寺と川中不動があった。川沿いの道を進むと、川の中に巨石が鎮座している。対岸には、岩壁に密着Img_3594して、茅葺きのお堂と神社が見えている。ともにとても美しい風景。ここは無人で拝観Img_3615料は不要(お賽銭)。テープによる解説もある。駐車場も無料だ。

 川中不動は、天念寺の前を流れる長岩屋Img_3613_2川(天念寺川)にあるが、もともとは氾濫する川を鎮めるために建立されたという。中央Img_3660が不動明王で、両脇にコンカラ、セイタカ童子が刻まれている。不動明王は3.2mもあるという。童子のお顔がユーモラスであImg_3662る。川沿いには曼珠沙華が咲いて、花添えている。

 それより、今回いちばんすばらいしと思ったのが、天念寺である。別名「天念寺耶Img_3664馬」と称されているが、奇岩を背に、本堂、Img_3655庫裏、そして六所権現社という神社を中に挟んで講堂が続く、神仏習合を示す建物である。残念ながら、本堂は工事中で、ブールシートに覆われていたImg_3656が(それでも拝観ができた)木造の釈迦如来が安置されている。川の氾濫で流れた旧国Img_3646宝堂をはさみ、六所権現社という神社が続く。社が裏手の奇岩に食い込みように立てられていた。

Img_3643 そしてそのとなりの茅葺きのお堂が講堂。薬師如来が安置されている。ここでは毎年旧暦の正月7日に、修正鬼会(しゅじょうおにえ)が厳修されるという。その時Img_3635に使用され松明が飾られていた。なんでも、鬼を追い出すのではなく、鬼を歓迎するという全国的には珍しいものだという。国Img_3637東の社寺は、六郷満山といわわれるが、これは「神と仏と鬼の郷」とも言われている。神仏だけではなく、「鬼」が入るところに、豊かさや重みを感じさせられる。建物の風格といい、寺と神社の神仏習の姿といい、たいへん感銘を受けたのであった。
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広島県立歴史博物館にて

Img_3773 福山駅の目の前に福山城がある。お城を中心に美術館や博物館などの文化施設がたくさん集中している。なかなか福山を訪ねるご縁もない。もしかすると、今年が最後かもしれない。というわけで、在Img_3733来線の乗継ぎを利用して、お城に隣接した広島県立歴史博物館を訪ねた。http://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/rekishih/

 メーンは、草戸千軒遺跡の復元や出土品Img_3767の展示が中心で、別名「ふくやま草戸千軒ミュージアム」といわれてImg_3736いる。草戸千軒とは、福山湾岸で南北朝に栄えた港町でその後衰Img_3744退し、それが川の氾濫で水没したのだが、ものが、中世の街並みの遺跡の出土品や、原寸で復元されたと街並みが再現されている。出土したものは、料理や生活に使Img_3746われる日常品が中心だ。鍋や釜、食器、包丁(重文の包丁)や、まじないや占い(やはり(重文の陽物)に使われたものもある。当日の人々の等身大の生活を知る上で貴重なものだが、陶Img_3747_2器は大陸との交流も窺えるものだ。

  ところで、第1室は瀬戸内の歴史を、古代から近代までを体系的に展示されている。ここでいちばん驚いたことは、展示物はの大半が複製品であることだ。ぼくもこれでまで各地の美術館Img_3741や博物館を訪れたが、国宝級のお宝でもないのに、これだけあれこImg_3739もこれも複製というのは、かなりがっかりさせられた。劣化が進むものは展示が難しいだろうし、複製の方がもともとの状態をよくImg_3761顕していることもある。

  しかしこれだけ(複製品)の標示が多いと、Img_3757_3ほんとうに公立の博物館として、展示する意味があるのか。複製技術を堪能できるという意味では、広島県立複製博物館と命名したほうがすっきりする。しかも写真撮影は禁止。複製品なのにだ。意味が分からない。まったく混雑はしてはいない。ほんものではないので劣化することや著作権があるわけでもImg_3787ないのだ。でも第2展示だけは撮影OK。しかし、同じ出土品でも、第3室はまた撮影禁止となる。
 ちなみに、東京国立博物館は、(フラッシュや三脚は禁止だが)複製ではないほんもの国宝でも、自由に撮影できた。ここは特別だけど。

 

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