カテゴリー「旅行・地域」の273件の記事

冬の北海道(1)~洞爺湖~

 2年ぶりに冬の北海道へ。

Img_3508 正月の帰省ラッシュのピークと大雪が重なり、新千歳空港は混雑していた。迎えにくる予定の連れ合いも、大雪で高速道路が通行止めとなって、約束の時間に遅れてきた。それでも、まだ北海道に向かう便には影響が少なく、遅れはしても無事に到着するこImg_3517とができた。

 直接、連れ合いの実家の深川に向かImg_0043わず、前半は、新千歳から南下して洞爺湖や登別を巡るコースを計画した。

 ぼくは、洞爺湖や登別は2度目になる。

Img_0056 2000年のミレニアムの年の「壮年~聞法旅行」が、初めての北海道旅行だった。その旅は充実し、かつ楽しかった。参加者の中には、「これまでさまざまな旅行に参加したが、今回が生涯で一番楽しい旅行でした」といわれた方まであった。

Img_0050 1泊2日の函館でO家の家庭法座を開いた後で、有志による観光。湯ノ川温泉に泊まり、函館観光。その後、有珠山や昭和新山を巡って、登Img_0083別温泉に入った。ちょうどちょうImg_0084ど洞爺湖付近で爆発があり立入禁止だったでの、代わりに支笏湖を巡るコースになった。いま写真を見てもみんなニコニコしている。そしてみんな若い。同時に、父を始めて往生されたたり、高齢でお会いできい方、いまやご縁が途絶えた方もおられる。どんな楽しい一時も、ご因縁次第で変わっていく、諸行無常の事実に感慨深い。

Img_0123 その2000年は上の子が生まれた年だ。今度は、子供たちとの旅である。

 空港付近は雪だったが、南に向かう高速道Img_0163路には雪はなく、順調に車は進む。京都を朝7時に出発し、直接、洞爺湖に向かったが、到着した時には、あたりはもう暗い。

Img_0173 寒いので、みんなはホテルで休んでいたが、一人でライトアップを見に行く。このあたりは日本人によりも、中国や台湾、そしてタイの観光客でImg_0232賑わっていた。

 翌朝も雪が降って、視界が開けない。せっかく、湖側の最上階に宿をとったのに残念だ。ただ湖からアホウドリ(だと思っていた)が飛んできて、ベランダに留まるのが珍しかった。 Img_0229洞爺湖はカルデラ湖としては日本有数の湖である。遊覧に出かけると、たくさんの水鳥がついて来る。海ではないので、アホウドリのような海鳥ではないらしい。でも風景よりも、みんな水鳥に夢中になる。餌付けをすると追いかけてくるのだ。

 それでも、遊覧しているうちに天気が回復してきて、美しい風景も楽しめた。昭和新山や有珠山も見えている。ちょうど部分日食の時間だか、そこまでは肉眼ではわからなかったが、気分だけでも、、。
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≪↑明け方の洞爺湖畔≫
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 ≪↑昭和新山と有珠山、部分日食のころ≫Img_0256
 ≪↑洞爺湖の中島≫

 

 

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暖冬の高山に雪

Img_9813 高山支部法座。
 ここにきて、暖冬は一服だ。それでも、通年のこの季節に比べると、まだ暖かいのかもしれない。しかし、これまで暖冬たった分、寒さが身にこたえる。からだかついていかないのだ。
 
 Img_9815今回の会場は、いつも家庭法座ではなく近くの公民館である。きれいで、便利だった。お宿も歩いていける民宿を予約くださる。レトロの趣Img_9817_2のある小さな宿だ。トイレや洗面は共同だが、小さくても温泉があったのはうれしい。

 朝、氷点下まで気温が下る。外は銀世界であImg_9832_2る。しかしまだ積もる雪ではなく昼には融けいた。本格的な冬はこれからだろうが、どうも暖冬傾向ではないだろうか。

Img_9820 開始時間まで、少し会場近くを散策する。

 宮川には、真鴨のたくさん飛来している。

Img_9821 前回も訪れた勝久寺へ。高山の真宗はお東が大半だが、ここはお西の寺院である。山号「雪峰山」に相応しい景色には、もう少し雪が欲しいか。

 Img_9826本堂にお参りする。

 この扁額の揮毫は、山本仏骨先生。彫刻が、例の高山のH名人である。唐獅子、牡Img_9828丹の襖絵も、名人の作かとは思ったら、ここは違うそうである。ここは違うとは、襖絵に関しては、高山の別のお寺に描いているImg_9819そうである。

 高山駅の駅舎を飾っているの名人の作であるが、高山各地の寺院には、彼の作品が多い。今年は、東本願寺本山に新築された「和敬堂」の扁額も彫刻されている。そちらの揮毫は三島多聞師だということだ。まだ未見なので、一度、拝見に窺いたい。こちらにその時の記事が、、。

http://www.higashihonganji.or.jp/photo/19997/

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宍粟の紅葉

Img_9749 今年の宍粟宇市の寺院布教は、華光大会の関係で、12月の永代経になった。

Img_9741_3 師走に入ったのに、随分、温かい。各地で、12月としての最高気温を更新している。何十年ぶりということが、毎年のように起こっている。今年ほど異常気象という言Img_9746葉が聞いたことはなかったが、すでに「異常」が「通常」になるほど、当たり前になった気候や天候の年であった。

Img_9744 しかし温かさのおかげで、いつもは紅葉には遅いのに、今年はまだ見頃で、境内の池に紅葉が映えている。

 そのうえ、裏山の神社咲いている十月桜も、いつもはに散っているのに、まだ花をつけていていた。11月の時にはよくあることだが、12月では初めてである。
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豊岡市立歴史博物館-但馬国府・国分寺館-

Img_8974さて、当地のご主人は、華光以上に、近くにある但馬国分寺(浄土宗で、国分寺なので東大寺も関わっている)の復興のために長年、尽力されたようで、いろいろて表彰や高僧の扁額か満ち満ちている。若き日の悟朗先生の御名号と、国分寺の文字が、並んでいた。

残念ながら、但馬の国分寺は無住で予約なしでは拝観できないのだが、薬師堂の扁額は、悟朗先生の「南無薬師佛」の書があるはずなので、いつかそれを拝ませていただきたいと思っている。

Img_9000帰路、その国分寺とは直接の関係はないが、旧国分寺跡に立つ博物館-豊岡市立歴史博物館に立ち寄った。たまたまた博物館の日か何かの記念日で、入場無料だったので、喜んで入らせてもらった。

Img_8998天平年間(いまから1250年前・奈良時代)、聖武天皇は、各国に1ケ寺ずつ、国分寺と、国分尼寺の建立の詔を出す。但馬国は、この日高の地に国府Img_8994(今の県庁)が置かれて、政治、経済の中心であった。その国府に隣接する地に、巨大な国分寺が建立されのである。その国府や国分寺の跡地に、この博物館が立っていた。別名-但馬国府・国分寺館-という別名が示すとおりである。それで、この地で発掘された遺品が展示されていた。他にも、何千年前の考古学の遺跡もあった。

長年、訪れてきた日高の地だったが、初めてこんな歴史があることを教えてもらったのである。

http://www3.city.toyooka.lg.jp/kokubunjikan/

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三条別院

 Img_8910新潟3日目。京都に帰宅するだけだが、新幹線の時間までお東の三条別院を案内してもらうことになった。

Img_8909 別に大きな行事や法座がないのに、駐車場にたくさんの車が止まっていた。

 ここでも、「ちょっと紹介したい人もあります」とのことだったが、残念ながら、今日はImg_8914無理だった。11月の初めてにあるお取り越しの報恩講の準備で、職員も、お手伝いの方、数十人が掃除やお磨きに勤しんでおられたのだ。駐車場の謎もこれで説けた。Img_8916_2http://sanjobetsuin.or.jp/hoonko/

 本堂の仏壇も、旧の仮本堂の仏壇も、磨きのために、仏具も、輪燈などのお荘厳がすべて外されていた。殺風景だが、逆に、回りが飾られない阿弥陀様と対峙することが出来た。逆に、これは珍しい光景だったImg_8918ので、本堂の阿弥陀様も、旧本堂の阿弥陀様も、撮影させていただきました。南無阿弥陀仏

Img_8920 お許しを頂いて、お磨きの皆さまのご様子も一枚。ご苦労さまです。
 
Img_8934 三条市のB級グルメの「カレーラーメン」を頂いて、帰宅の途に。

 京都→新潟(越後)は、親鸞様が何日もかけて歩かれところである。流罪の許された後、越後から関東へ入られるのだが、京都に戻られるまでは20数年もかかっている。それをわずか4時30分ほどで駆け抜けていった。

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山室温泉

Img_8872  越後の国、新潟は、これまで何度も訪れたことがある。親鸞聖人のご流罪の地でるからだ。観光もあれば、お悔やみもある。ご法座もあった。聞法旅行でも4度訪れ、そのうち1度は佐渡ヶ島に行った。そして、今回、初めての新潟市内での寺院布教だ。

Img_8875 そしてもう一つ初めてだったが、東京経由で上越新幹線を利用したことだ。これまでは日本海側を通ってきた。金沢で特急でImg_8882乗り換えたり、パスや乗用車のこともあった。正味、4時30分で到着した。初めての上越新幹線なので、通過する駅も見慣れないところばかりだった。新潟駅ではなく、燕三条駅に降り立つ。初めて降りる駅だImg_8879が、駅に来るの2回目だ。
「初めてなのに、2回目とはこれ如何に?」
 謎かけのようだが、答えは簡単だ。越後Img_8906七不思議の聞法旅行の帰路、東京支部や地元の皆さんをこの駅までお送りしたことがあっただ。つまり、一度はバスで来たというだけのこと。これでは、残念ながら越後八不思議には加えてもらえない。

Img_8884 今回のお宿は、温泉宿を用意してくださっていた。山室温泉は初めて聞く温泉Img_8881だったが、硫黄の匂いも強く、しかもナトリウム泉で、しょぱい。露天風呂は源泉だったので、さらに温泉に入っている感じを強くした。以前泊まった月岡温泉といい、新潟にはよい温泉がある。特にこの宿は、温泉街のはずれで、回りには稲刈りが終わった田んぼばかりでなにもなかった。

 夜は、両日とも遅くなったが、朝は、温泉でのんびり過ごせて、初めての法座だったが、かなりリラックスして臨むことができた。ありがとうございました。

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沖縄の旅(6)~美ら海水族館~

Img_8538  昨日の好天が一変して、冷たい雨になった。沖縄観光の定番の、美ら海水族館しい
実は、ぼくはここが初めてだ。いろいろと水族館はあるが、ここは世界最大の水Img_8544族館だった。海洋博の遺産てある。国営公園だけに、」駐車場は無料、イルカショーも無料。国営の記念公園には、外にも無料の施設がたくさんあっImg_8540て、有料でも料金は安い。とても、2~3時間で回れるImg_8515規模ではなかった。

イルカショーを見る。よく訓練されImg_8570ていたし、イルカよりもクジラに近い(大型と小型の違いだそうだが)ものもいて、大人気だった。

ただ、イルカショーを純粋に楽しめなくなってImg_8688いる。今年見た『おクジラさま』~ふたつの正義の物語~を見て以来、一気に、ぼくの持っていたクジラやイルカ漁の価値観が崩壊したからだ。子供のImg_8633頃、動物園でもチンパンジーやゾウのショーがあった。まさに見世物だったが、いまでは公立の動物園でのショーは無い。将来、それを専門にする以外は、水族館(園)でのショーは無くなっているのだろう。日本Img_8793のイルカ漁に対する欧米の風当たりはとても強く、外圧で、園で繁殖した以外の調達が難しくなっているのである。

Img_8800この後、連れ合いさんは、初めてみたマナティーの水槽から離れない。2本足で歩きながら進む姿が珍しかったようだ。いろいろと無料のところ見て回って、巨大水槽のエリアへ。2匹のジンバエザメや、巨大マンタが泳ぐ水槽は、いろいろと見せ方も工夫されていた。巨大水槽の前は、平日なのに混雑している。週末や繁忙Img_8669期にはどうなるのだろう。インバウンド恐るべしである。

   大型の水槽は、いくら見ていても飽きない。ほかの小さな水槽もかなり丁寧に見ていたら、それだけで半日すぎてしまった。そして、写真も撮りまくったが、いまはほんの一部だけ。 
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沖縄の旅(5)~残波岬、万座毛~

Img_8247 今回は3泊4日の旅。しかし、初日と4日目は移動のみで、正味2日間の沖縄である。おそろしい(いい意味で)ほどに安いツアーチケットを手に入れた。JALの伊丹と那覇間の往復運賃、リゾートホテImg_8250_2ルの3泊と朝食、夕食1回、4日間のレンタカー代がすべて込みで、京都から大分を往復交通費とほぼ同じ料金だった。新潟の往復新幹線代にもなならい。10月の中旬から閑散期になるのだが、観光地もホテルImg_8249も混雑していた。インパウンドの恩恵を受けているのでだが、アジア系の観光客が多かった。今回は、大浦湾にも行きたかったし、うるま市Img_8251の華光同人や知人の真宗寺院にもお参りしたかったが、このあたりは丁寧に回りたいと思ったので、次回の旅に持ち越すことにした。

  ホテルは読谷村の残波岬にあった。先の強烈な台風で被害があって、残波岬の灯台は修理中で登れなかったが、青空に紺碧な海は美しImg_8477い。岬に、偉人の像が立Img_8491ってた。「ここはどこでしょう」と、クイズを出すと、すぐに分かってしまった。この方、有名なようです。

  翌日は、沖縄の西Img_8492_2海岸を進むと、万座毛がある。ここも観光客で混雑していた。今日も、からだがもっていかれるほど強風だったが、台風の凄まじさはおそろしいものだろ。昨日は、まだ泳ぐ人も多く暑かったが、一日で天気は急変。今日は、冷たい風が吹きつけている。
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 ≪残波岬から紺碧の海≫
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  ≪万座毛≫
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 ≪アダンの実≫

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広島法座in福山~夕映えの福山城

Img_8212今年も、福山市での広島支部法座があった。

家人が亡くなられて3年目になるのに、また法座の会場として提供くださる。
福山ならばこそお参りくださった方もあった。お初めての方もあった。お身Img_8217内にお声をかけられたのである。内容は、「苦悩を有情」救いであるが、苦悩の実相、その中味をいろいろと味わっていった。

帰路、新幹線の時間まで、夕陽に映える福山城に寄った。もしかすると、来年はこの会場はなくなるかもしれないが、とにかく福山で法座が持たれてよかった。Img_8211
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沖縄の旅(4)~夜の首里城~

Img_8416_2 閉館時間まで平和祈念資料館にいたが、もう一か所、行きたい場所があった。映画で有名になった浦添市の前田高地、アメリカではハクソー・リッジと呼ばれているところだ。

 残波岬にあるホテルに戻る帰り道だが、渋滞もあって、あたりは暗くImg_8418_4なってしまった。暗くなって見に行くところではないので、今回は、あきらめることにした。

 それが首里城の掲示をみて、急きょ、行き先を変更した。連れ合いは、劇団の仕事で読谷村Img_8421_2に数か月住んでいたが、首里城はImg_8423_2行ったこたがないというのだ。

 ガイドブックでは19時まで空いている。大急ぎで向かうも、まだImg_8426_2閉館時間ではないが、既に駐車場は終了していた。やっと近くのコインパーキングを見つけて、入場する。「急いでください。まだ行けます」との催促をうけて、最後の入館者となった。おかげで駆け足でも、内部もImg_8428_2拝観するこたができた。忙しなかったが、他に1組しかなく、静かに回ることができたよかった。この辺りは明らかに、日本の城ではく、中国の様式である。夫婦では待っている韓流に時代劇ドラマの風情だが、日本風でもあり、まさに独自の琉球文化でImg_8433_3ある。

 これで3度目だが、ライトアップされた夜の首里城は初めてで、観光客もまばらで、趣があって、結果として儲けものをした。

≪有名な守礼門も、無料区間にあった。夜でも見られます≫ 
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  2000札は、どこに行ったのでしょうか?
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