カテゴリー「文化・芸術」の80件の記事

「国宝一遍聖絵と時宗の名宝」

「踊り念仏」で有名な時宗の一遍上人の展覧会である。一遍上人は、別名「捨聖」とも呼ばれた。特定の寺院に止まらず、もちろん宗派を開かず、財産もお聖教も捨て、ひたすら全国行脚(遊行)して、身分の隔てなく念仏札を配り(賦算・人々の念仏を結び、極楽往生できるという証)、踊り念仏を勧めるご生涯だった。

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 あまり時宗には詳しくないが、このブログでは、ウド鈴木が演じた映画『一遍』のことや、別府地獄を鎮めたいわれで時宗のお寺におまいりしたとき、踊り念仏をご縁にあったことなどが、直接関係する話題。

http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-676e.html

 さて今回の見どころは、国宝の「一遍聖絵」。法然展など、何度か観たことはあるが、前後期を合せて「一遍聖絵」が全巻展示される。たいへん詳細を描写で、当日の風物や時代が偲ばれる逸品だった。

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 個人的には、西山派の影響が色濃い(證空上人の孫弟子、法然様からは曾孫弟子になる)ので、浄土宗との関係の展示が面白かった。また、阿弥陀様の立像が尊く思えた。殊に知恩院にある法然様の臨終仏のおいわれも尊く、その着衣も独特で心引かれた。二河譬や当麻曼陀羅など、時宗以前のもの方が、ぼくには馴染みがある。

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 今回は、たまたま説明をくださった方があった。その話で面白かったところ。

 ある時、一遍が出会った僧に、念仏札を渡そうとするが、「信心がない」という理由で拒否される。押し問答の上、無理に渡すが、その対応に悩んで、熊野に参拝する。すると、夢告で、山伏姿の熊野権現が現れ、
「なぜ、間違った念仏を勧めているのか。あなたの勧めによって、初めて人は往生できるのではない。すべての人々の往生は、十劫というはるか昔に、法蔵菩薩が覚りを得て阿弥陀仏に成った時、南無阿弥陀仏と称えることにより往生できるのである」と語ったられた。この時をもって、時宗では立教開宗としているそうだ。
 ちなみに、熊野権現の本地は阿弥陀様で、浄土真宗でも「平太郎の熊野詣」が有名である。

 「法然や親鸞よりもさらに進化して、信心も念仏すらいらない。身分の分け隔てなく救われる教えが、後発でありながら、たいへん民衆に師事されたという」言われた。うーん。ぼくには「?」。確かにすべてを捨て去る潔さ、踊躍歓喜の身のあり方、心ひかれる点はあるが、それは発展というより逸脱ではないのかなーと。

 ただし、信心など難しいことはいらない。すでに阿弥陀様が十劫の時に成仏された時に、衆生の往生も決定しているのだという「心情」(十劫安心)は、表現に注意されながらも、今も真宗者にも色濃いかもしれませんね。

 そんなことも考えさせられた展示だった。南無阿弥陀仏

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東本願寺で「釈迦内棺唄」を観る(2)

 京都在住の連れ合いが、今回の責任者である関係で、準備段階から動き回っていた。チケットの売れ行きをすごく心配していた。各種新聞に取材をうけて、写真入りで掲載されたら、その日は、効果があったが、全体像はなかなか見えてこなかった。

 ぼくも微力ながらお手伝いした。ボスターを張りやチラシをお店においてもらった。仏書店、念珠屋、行きつけのカフェ、オガニックカフェ、イタリアンリストランテ、自力整体教室、美容室に、歯医者、同朋観光さんに、佛教大学の四条センター、京都シネマなどなど。結局、それが、ぽくの京都での行動範囲ということになる。快く引き受けてくださっても、ボスターを張ってもらうだけでは、チケット販売には結びつかない。やはりチケットは、個別に、直接、売り込みが一番だ。

 これもまた自分の行動範囲の皆さんにお願いした。一番は、近郊の華光同人の方。近郊といっても、京都、大阪、滋賀だけでなく、三重、愛知、そして広島や福岡からもお出でくださった。ありがとう。町内会や文化教室の方は、不発だったが、自力整体の教室方は、10年以上のおつきあい方の反応がよかった。真カ研の会員も同じで、長年の知人が来てくださった。他にも、お寺関係の方、小中学校の同教生、思わぬところで思わぬ方がお出でくださった。夫婦連れ、お子さん連れ、懐かしい顔もあって、ぼくの関係だけで50名以上の方がお出でくださったが、大半が土曜日である

 それだけに入りが心配だったが、土曜日は満席で、急きょ、席を作った。金曜日でも、9割近くは埋まった。

 自力整体の先生の横に、華光の同人の方が座り、その後ろにはカウンセリングの知人が座り、ぼくは小中の同級生と座り、大学の同級生がいる、別々の場所、空間で出会う人が、一同で空間に座り、芝居を見ていることが不思議だった。

 初日は、お世話頂いた同級生と、広島のM君というまったく想像外の顔ぶれで飲んだ。
 2日目の打ち上げは、劇団の皆さんと、しんらん交流館のスタッフ(大谷派の職員)、お手伝い華光の皆さんとご一緒した。
 ある意味、に異文化コミニケーションのようで、いずれも楽しかった。

 妙心寺派の花園大学の学生さんが撤収作業を、テキパキと手伝ってくれていたのが、印象的。
 このトラックを、連れ合いが運転して、次の公演先の厚木市に向かった。

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東本願寺で「釈迦内棺唄」を観る(1)

   東本願寺の「しんらん交流館」で、2日間に渡っての劇団希望舞台「釈迦内柩唄」の公演が始まる。昨春の東京築地本願寺での公演を見て以来、ちょうど1年ぶりである。
 これまでこの演目は、5年間で4度観だが、演出がそれぞれ違うので、雰囲気は違った。最初は、米倉斉加年氏の演出。前回は、劇団代表の由井数氏で、今回は、加藤頼氏が演出補である。 何度も観ても、新鮮なのは驚いた。それぞれの感想は以下で、、。

 築地公演

 和歌山公演

 大阪公演

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  (劇団希望舞台提供・顔ぶれから昨年の舞台から)

 しかも、同じ芝居を、2日間続けて観れたのは、貴重な体験だった。映画好きのぼくは、2度、3度と気に入った映画をみることはある。それは期間を空けてのことで、連続で観たことはない。観るこちら側の状態が変わっただけ、印象は異なるのだ。しかし、映画そのもの内容については、演技を含めてまったく変わらない。当たり前である。
   ところがである。演劇は違う。今回、それがよく分かった。セリフが同じでも、その間、トーン、雰囲気が異なる。それは舞台上の役者だけではない。観客の雰囲気が、舞台に影響するように思えた。いや、役者の演技が観客に影響しているのかもしれない。とにかく、エンカンターグループや華光の法座と同じである。話す者と聴く者との相互のコミニケーションであるように、舞台も生きたコミニケーションの場であった。

 両日とも、2列目のほぼ同じ場所で鑑賞したが、断然、2日目の方がよかった。連れ合いの演技も白熱していたように思う。

 初日は、舞台上もなんとなく緊張感があった。1列目には、大谷派や東本願寺のおエライ方(鍵役様ご夫妻、宗務総長を初めとする役員)方が座っておられたが、固い感じがした。静かだったので、咳が止まらない方がいて(またいいシーンほどうるさい)、気にもあった。一方、2日目は満席で、追加でイスが設けれた。観客の反応も、劇場の雰囲気も違った。おかしなシーンでは笑い声も断えず、また「リエちゃん~」と声がかかり、最後の拍手も鳴り響いた。

 同時に、お誘いした皆さんの反応も気になったが、皆さん、異口同音に喜んでくださった。「感動した」「迫力があった」とか、「奥さま、プロの役者さんだったのですね。驚きました」とかの声を頂いた。ある方の御礼メールで締めます。

   本当に素晴らしいお芝居に出会えて、今もその余韻に心が震えています。「差別」と「人間の尊厳」について深く考えさせられました。時代はあれから、人権の尊重や平和主義へと進んできたはずなのに、ますますこの舞台が求められる厳しい現実に直面していますね・・・。
   渡辺淳さんの絵に初めて出会えたことも幸せなひと時でした。何と優しく温かい絵の世界でしょう!
   有馬理恵さん始め、希望舞台のゆかりさんの奥深い演技に、自分も釈迦内の地のふじ子たち家族と一緒にその場に居させてもらってる感覚を覚えました!
   本当にありがとうございました。

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「水上勉と釈迦内柩唄展」

 東本願寺の「しんらん交流館」の1階では、作家の水上勉生誕100年周年を記念した「水上勉と釈迦内柩唄展」が開催されていた。水上勉と釈迦内棺唄展

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 劇団公演に先立って、ギャラリートークに参加。水上氏の故郷である、若狭(福井県おおい町)にある「若州一滴文庫」の学芸員が、パネルや著作を基に、水上勉の生涯について語ってくれた。

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 今回の公演を、20~30代の若い方にお勧めしたら、「水上勉って誰ですか」という声を多く聞いて、驚いた。でも、案外、年輩の方でも、名前は知っていても、作品は読んだことがないという方もある。数々の有名な賞を受賞し、映画やテレビ化された作品も多い有名作家でも、死後15年にもなると、忘れられていくのだ。最後に、学芸員の話が、「どんな有名作家でも、時代が過ぎ去るに連れて、どんどんと忘れさられていくのだ」という話が、とても印象的だった。(もし水上作品の中で、忘れられずに残るものかあるとするなら、そのひとつが、戯曲『ブンナよ、木から降りてこい』だと本人が語ってという)。

 ぼくは、大学生になった5月(たぶん降誕会の記念公演か)で、水上氏の講演を聞いた。40年も前のことだが、水上氏が60歳のときである。テーマは、「わが六道の闇夜」だったと思う。何よりもタイトルに引かれた。自身の若き日の歩みを、かなり赤裸々に話されたのが、感銘深く、その足で購買部に行って、自叙伝でもある『わが六道の闇夜』と『一休』を購入した。その後、しばらくは水上作品を読み漁った。、中学生のころから文学少年で、高校、大学生のときは、文庫本の小説ばかり読んでいた。いまでは考えられないことである。

 もうひとつ、日曜学校で、花祭りの高学年の出し物で、影絵劇をやったことがある。セットも、照明もある、本格的なもの(いまは保存されてる)で、そのときに、水上作品の『ブンナよ、木から降りてこい』を行った。ぼくが脚本を書き、先生方で、影絵を造って、子供たちと何度も、何度も練習して、本番の臨んだ。これもいまでは、考えられないが、ぼくが学生時代の日曜学校では、花祭り、成道会には、先生方だけでなく、子供たちにも(低学年、中学年、高学年)に別れて、人形劇や影絵劇、または演劇(舞台も造った)などを、かなり練習して取り組んでいたのだ。こちらも、いまでは考えられないことである。

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 その後、縁あって水上作品である「釈迦内柩唄」を公演する劇団所属の連れ合いと一緒になった。連れ合いは、昔、原作とは異なる秋田の木挽き唄を唄って、「なぜ、その唄を歌のですか。原作通りにしてください」と、直接、水上氏からご指導(お叱り)を受けたこともあるという。1000回公演を目指して、全国を旅しているが、もう折り返しての500回を超えている。これから公演がはじまる。

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県立広島美術館~サヴィニャック展~

Img_1356 午前中、県立広島美術館まで歩く。広島駅からなら1キロほどだが、ホテルからだともう少しある。ひろしま美術館には行くことがあるが、こImg_1314こは縮景園に行った時に通っただけで,初めてだ。
http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-4de3.html

 今日まで、サヴィニャック~パリにかけたポスターの魔法展を開催していた。
  http://www.hpam.jp/special/index.php?mode=detail&id=194

Img_1324 サヴィニャックという名前を、ぼくは知らなかった。が、その作品には、これまで何度も目にしImg_1322たものがあって、驚いた。知らぬ間に、彼の作品が身近にあったらだ。「パリにかけたポスターの魔法」という副題があるようImg_1345に、フランスで、広告ポスターを一新させた人物。ダンロップ、ミシュラン、シトロサンのImg_1323ような世界的有名企業に、タバコ、アルコールに、数々の食品、石けんや毛糸などのさまざまな雑貨、日本の企業でも、森永製菓や「としまえん」などのポスターがあった。誰もが馴染みになっているビックボールペンのキャラクターも彼の作品。鮮やかImg_1347な色彩、ユーモアに満ちたみ表現に、なによりも抜群にセンスがいい作品ばかりで、Img_1348楽しかった。巡回箇所は5~6箇所と少なめだが、全国巡回展なので、充分見応えもあった。

 常設展もなかなか充実していた。小さな特集として、写真家マン・レイの世界観と、Img_1329菅井汲の展示。やはりぼくは知らない人。菅井汲の作品には、心ひかれるものがあった。

 後、広島出身やゆかりの画家などの作品も多かった。
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≪写真OKの作品。文殊菩薩との問答で有名な「維摩経」の維摩居士。ただし中国の道教風≫
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≪隣の縮景苑は、梅が咲きかけ。美術館からの眺めも美したかった≫

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龍谷大学ミュージアム「仏教美術のいきものがかり」

Img_1200 招待券が4枚あったので、家族で龍谷大学ミュージアムへ。

 常設展だったので、これまでも見慣れた展示が大半たっだが、アImg_1202ジア仏教の展示は、釈尊の生涯やインドや東南アジアの初期仏教の姿が、視覚的に展示されているので、仏教理解の上でもなかなか面白い。それに日本の寺院で拝観する如来像とは違って、ガンダーラやシルクロードなどの、とImg_1210ても凛々しいお姿に触れること触れることもできる。
ただそれに比べると、日本仏教の展示はかなり寂しい気がする。

 今回は、特別展示で、「仏教美術のいきものがかり」と称して、涅槃図や仏教説話などだけImg_1217でなく動物の姿や神仏に寄り添う動物たちの像や絵画が集めてあった。
 もう一つは、仏教伝道協会の沼田先生の依頼による野生司香雪画伯の「釈尊伝」が展示されていた。インド政府から招かれて、サルナートの寺院の壁面一杯に釈尊伝を描かれているのを拝見しているが、それに比べると小振りだが、未完のまま遺作となったものだ。

 小さなことが、展示の説明のところの誤植が多くて、お母様の「摩耶夫人」を「摩耶無人」としている。たぶん「ふじん」というなのら「夫人」に変換できるのだが、「ぶにん」と読みならわすので、そのまま入力して「無人」となってしまったのだろ。

 本山にお参りして、ここで子供に念珠を買った。前は子供用だったが、もう大人のものである。
 
 マノアマノで遅いランチをした。子供たちが帰ってきている間にと思っていたのでよかった。二人を連れてきたのは2年ぶりなので、お店の方は二人の成長に驚いておられた。奥の蔵だったのがまるで自宅のようにに寛いだ。
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≪向かいの伝道院の阿吽像も、いきものがかり≫

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釈迦内柩唄を観る

Img_62825年ぶりに連れ合いが舞台に復帰する。結婚後も、劇団の制作には関わってきたが、舞台に上がることはなかったが、本人にとってもライフワークだといってもいい水上勉作の『釈迦内柩唄』の公演が始まったことも大きい。
http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-f3c7.html

Img_6277たまたま東京法座と公演が重なった。というわけで今回は昼座の代わりに、希望者が観劇することになった。東京支部の方だけでなく、東海支部や大阪、福岡からも集まってくださった。3日間の公演で、20数名も華光から観劇に参加してくださった。ありがとう。主演ではないのに、彼Img_6278女宛に大きなお花まで贈ってくださっていた。たいへん恐縮している。こちらも「ありかとうごさいました」

3週間前から、舞台稽古のために東京に入っていた連れ合いも、久しぶりの舞台にちょっと緊張気味の様子。ぼくも、皆さんにお声をかけてチケット販売をした手前、責任を感じていて、こちらも少し緊張していた。

Img_6259会場は築地本願寺のブティストホール。200名も入ると一杯になる小さめの会場だ。これまで5~600名ほどの大ホールで公演を見てきたので、舞台もずいぶん狭く感じた。しかしその分、観客との距離は小さくて、とても迫力があった。後で分かち合いをしたときに、迫力があったこと、プロ役者さんが上手いこと、そしてテーマに感銘を受けたというのが、異口同音聞かれたことだ。しかも、早めに並んで整理券をもらったので、華光の皆さんは3番からのたいへん早い番号。おかげて前列3番目の中央という絶好の場所に、皆さんが座ることができた。

今回は、俳優座の協力で行われているので、連れ合いのお相手は加藤頼氏。公演前には、加藤剛氏も観劇されたとのことだが、若い時の剛氏を彷彿とさせる、いい男である。連れ合いは、若い男前の旦那だと喜んでいた。主演の有馬さんも半分以上は一人芝居なのだか、ここまで魅せるのはさすがにブロである。

Img_6280二人に比べると連れ合いの演技は、グッと抑えた気味だったのが好印象だ。家族にはやさしい笑顔の素敵な、控えめな母親役なのだが、あるところで、毅然とした態度で死体焼き場で対峙するシーンは、前の米斉加年氏の演出よりもずっとよかった。短いシーだが、彼女の演技と生のチェロ演奏で迫ってくるのもがあった。

感動を受けたとか、人間の悲しい業を感じたとか、昨年の北海道聞法旅行で学んだ朝鮮半島からの強制労働者の遺骨収拾のテーマと被ったとか、いろいろとあって、中には「法話の方が感激します」という方まであったが、まあそれは致し方ないことだ。概ね、皆さんから高評価をいただいて、ほっとしたというのが、正直なところ。

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龍谷大学ミュージム-マンダラのほとけと神ー

Img_5453 招待券があったので、母も一緒に、龍谷大学ミュージアムへ。

http://museum.ryukoku.ac.jp/exhibition/reg201801.html

「特別展示-マンダラのほとけと神」と題されていた。密教関係はあまり好きではないし、招待券がなければパスしただろう。でも、「仏教の思想と文化-インドから日本へ~」というこれまでのシリーズものImg_5455の一環で、密教やマンダラだけに特化した特別展ではなかった。

第一室は、アジア仏教と題して、ガンダーラやマトゥラー出土の仏像や仏伝の浮彫、経典などが、かなり体系的に展示してあった。これまで見たことのあるものも多かったが、ガンダーラの仏や菩薩たちは精悍で、かつ美しい。インド、西域、そして中国の展示で、まったく密教関係はなかった。

次の第二室は、日本仏教の展示である。やはり密教関係や国家仏教に関する仏像やマンダラもあったが、半分は、浄土教や浄土真宗のものであった。その意味では、馴染みのあるものも多くて、とても興味深いみせてもらった。

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奈良と京都での『地獄・極楽』展

Img_3199 細見美術館の「末法展」のことを書いたら、かなり古いが夏に見た奈良博で源信展と、秋に見た龍谷ミュジーアムでの『地獄絵ワンImg_3192ダーランド』展にも触れて起きたくなった。昨年は源信(恵信)僧都の千回忌で、今年は、各地で源信僧都ゆかりの展覧会が開かれていた。そのうち、二つの展覧会を鑑賞したのだ。

Img_3203 夏には、奈良国立博物館で『源信展』~地獄極楽へのいざない~の開催されていた。

これはとても見事なもImg_3240で、感動した。単なる、地獄極楽の図だけでなく、源信僧都の思想に迫る内容。その著作もたくさんImg_3228展示されていたし、その思想の背景にあるもの、また同時代の学僧たちの書籍の展示など、体系的な展示がとてもよくて、久しぶりに興奮というか、感動した展覧会だった。

 ただ売店で売っていた地獄Tシャツの購入を迷ったが、やっぱりやめた。

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Img_3796 秋は、京都の龍谷ミュジーアムで『地獄絵ワンダーランド』展が開催された。

 招待券もあり、連れ合いと母と一緒に出かけた。この地獄絵展は、東京でも行われているが、地獄のかなり人気のテーマのようImg_3790で、平日でも盛況だ。どこかで恐いもの見たさの気持ちがあるのだろう。ただ国立博物館と比較しては申し訳ないが、源信展に比べると、量、質ともにかなり落ちる。国宝や重文などの一級品の展示さ比べると、如何せん二軍(いや三軍か)の試合である。もちろん、国宝の一級品ばかりで世の中は出来ていない。美術品として二流、三流であったとしても、どこか味があっりり、面白かったり、キッImg_3794チュさが愛らしかったりする。庶民に生きた地獄・極楽の世界を味わうという意味では面白かった。

 ビデオ上映もあって、女流講談師による地獄めぐりが語られていた。これがなかなか面白い作りで、飽きずに見ることができた。これを最後にどのようにまとめるのかと興味津々でいたら、「地獄も極楽も、いまの心の問題だ」というオチで終わり、監修は龍谷ミュジーアムだとクレジットさImg_3797れた。あれれ、いまの己の心に、地獄、極楽があるのだとなると、下手すれば唯心の浄土になっちゃうよ。要は、地獄なんか心の問題だと言いたいのだとすると、極楽だって同じことになる。せっかくの私を指し示してくださった仏説まことが死んでしまう。
 結局、展示の意図も含めて、この企画を浄土真宗系の龍谷大学のミュジーアムで行う明確な意味が感じられなかったのが、もっとも残念なところ。
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細見美術館~末法展~

Img_4931_2 ずっと気にはなっていたが、初めて岡崎になる細見美術館に行く。このあたりは、京都の文化ゾーンでホールや会館、そして大小さまざまな美術館が点在している。大きなところでは、国立近代美術館。その対面に、京都市美術館がある。その周りには、野村美術館や泉屋博古館、そしてこの細見美術館と、小振りだが、センスのいい私立美術館があるのも魅力的だ。特に今年は、四条大橋にある南座が耐震工事中で、美術館のお隣のロームシアターで顔見世興行が行われているので、一層賑やかImg_4941だった。

 細見美術館のテーマは「末法展」だった。テーマに魅力を感じていた。が、美術館としても強い意図もった企画で、今日(端的にいうならば、国宝展のような大企画、国宝○○点とか、新発見といったセンセンショナルなマスコミや美術館が造った)の美術展示のあり方に、小さなImg_4938抵抗をおこなう企画で、あくまでも一人称で語られる、小さな美術館だから出来る企画だった。

 ただし、テーマはかならずしも仏教的な意味での末法ということだけに特化されたわけではないが、今日の美術界の有り様が「末法的である」という拡大解釈で行われていた。展示所も小さく展示品も60点ほど。しかし、しいと思える作品がたくさんあったのがよかった。美Img_4946術館も、そして展示物も、品があるのだ。中でも、興福寺伝来で明治の元勲、井上馨が所蔵していたという「弥勒如来立像」は、気品もあり、とても美しかった。また末法とは関係ないが、長谷川等伯の屏風絵、与謝野蕪村、円山応挙が、小さなImg_4947作品だが一室になった。応挙の「驟雨江村図」にこころ引かれた。

 ただ、三階(実際は地上1階で地下におりるのだが)二階、一階へと階段を歩くのが母には難しく、特別にエレベーターを使わせてもらった。普段は職務用なので、職員がいちいち付いてご案内してくださった。その親切な対応も有り難かった。

 詳しくは、こちらで。(寺の写真は、向かいにある日蓮宗の寺院)

http://www.emuseum.or.jp/exhibition/ex056/index.html

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