カテゴリー「聖典講座」の67件の記事

四十八願のこころ(13)第二十二願

「たとひわれ仏を得たらんに、他方仏土の諸菩薩衆、わが国に来生して、究竟してかならず一生補処に至らん。その本願の自在の所化、衆生のためのゆゑに、弘誓の鎧を被て、徳本を積累し、一切を度脱し、諸仏の国に遊んで、菩薩の行を修し、十方の諸仏如来を供養し、恒沙無量の衆生を開化して無上正真の道を立せしめんをば除く。常倫に超出し、諸地の行現前し、普賢の徳を修習せん。もししからずは、正覚を取らじ。」(第二十二願・還相回向の願)

 二十一願からは、浄土に生まれ仏にとなった者に対するお誓いとなります。浄土でいただく勝れたご利益といってもいいですね。

 中でもこの二十二願は、その中心となる、とても大切な願です。随分、難しい言葉が並んでいます。親鸞さまのお示しを頂かないと、私達では、阿弥陀さまのお心を窺い知ることはできません。

 まず、最初に、浄土に往生したものは、その一生を終えた次生には必ず仏の位を補う、つまり必ず仏に成ると誓われています。それで、「一生(いっしょう)補処(ふしょ)」の願、「必至(ひっし)補処(ふしょ)」の願とも呼ばれます。

 ところが、親鸞さまは、その後の「その本願~除く」の文から、還相回向の願でもあると頂かれました。一生補処の次ぎに仏に成る菩薩でも、その自らの願いに応じて、浄土より穢土に戻って、苦悩の人々を救済するために、普賢の行-利他の慈悲行-を成そうというものは、その限りではありませんと、但し書きがあるからです。

  浄土に生まれる相(すがた)を往相回向、その浄土から穢土に還り、衆生済度する相を還相回向といいます。この往相・還相の二種の回向こそ、浄土真宗の一番の根本なのです。
 浄土に生まれたら、自分の楽や欲望(為楽願生)が叶うように想像してしまいますが、実は還相の菩薩として働かせて頂くのです。でも、自分中心の私には、衆生済度のような利他の心は微塵もありませんね。だから、往相だけでなく還相もまた、すべて阿弥陀さまの他力によるものなのだと、親鸞さまは教えて下さっています。

 「浄土に生まるる因も果も
  往(ゆ)くも還(かえ)るも他力ぞと
  ただ信心をすすめけり」(「正信偈」曇鸞讃の意訳)

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阿弥陀経(2)十六羅漢

  今月から本文で、まず「序分」に入る。序分とは、お経の序たる部分で、一般の序章にあたる部分だ。ここは阿難尊者のお言葉である。
詳しくは、証信序(通序)といわれ、全てのお経にほぼ共通した部分。この説法が信ずるに値する証拠を挙げられるが、それが六事成就である。(なお、阿弥陀経には、発起序がないことは、前回解説した)。
 六事とは、
一、信成就=「如是」 かくのごとく
二、聞成就=「我聞」 われ聞きたてまつり
三、時成就=「一時」 ひととき
四、主成就=「仏」  仏
五、処成就=「在舎衛国祇樹給孤独園」 舎衛国の祇樹給孤独園に在しまして
 舎衛国とは、コーサラ国の首都。マガダ国(王舎城)と並び当時の二大強国で、波斯匿王が治めていた。
その中に「祇樹給孤独園」-舎衛国の祇陀(ジェータ)王子、大富豪の給孤独園(スダッタ)長者の黄金を敷きつめる逸話から起ったので、「祇園精舎」と呼ばれている。
の5つと、衆成就、すわなち聴衆のことである。

 さらっといってもよかったが、今回は、阿弥陀経の会座に集う人達を、じっりく窺っていた。
 大別すると、次ぎ3種の人々になる。

六、衆成就=千二百五十の仏弟子(十六阿羅漢他)と、菩薩(四菩薩他)・帝釈天等の天と大衆

(1)「大比丘衆千二百五十人倶」-大比丘の衆、千二百五十人と倶なりき。

十六羅漢=(1)*舎利弗(智慧第一)・(2)*摩訶目ケン連(目連・神通第一)・(3)*摩訶迦葉(頭陀第一)・(4)*摩訶迦旃延(論議第一)・(5)摩訶倶チ羅(大住・得解第一)・(6)離婆多(舎利弗の末弟)・(7)周利槃陀伽(周利槃特)・(8)難陀(釈尊の異母弟・調伏諸根第一)・(9)*阿難陀(阿難・釈尊の従弟・多聞第一)・(10)*羅ゴ羅(釈尊の実子・密行第一)・(11)キョ梵波提(牛王・解律第一)・(12)賓頭盧頗羅堕(獅子吼第一)・(13)迦留陀夷・ (14)摩訶劫賓那(比丘教誡第一)・(15)薄拘羅(長寿第一)・(16)*阿ヌ楼駄(阿那律・天眼第一)=*十大弟子(7名)
                            
(2)「諸菩薩摩訶薩」もろもろの菩薩・摩訶薩
(1)文殊師利法王子・(2)阿逸多菩薩(弥勒)・(3)乾陀訶提菩薩・(4)常精進菩薩

(3)「釈提桓因等・無量諸天・大衆倶」
帝釈天等の無量の諸天(流通分から、阿修羅も含むと思われる)
大衆(一般市民)と倶なりき

となる。

 主に十六羅漢といわれる釈尊の高弟たちについてだ。

 大乗経典では、声聞方は一段低く扱わるが、本来は、釈尊の右腕、左腕となり、異教徒の殺害されるのも畏れず、仏法を弘通された先達たちである。また釈尊亡き後も、その衣鉢をつぎ、教団を維持し発展させた、仏法の大恩人の方々だといってもいい。それぞれに物語があるので、主な方だけでも山辺習学先生の『仏弟子論』を参照しながら頂いた。尊かったです。

 

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『浄土法門源流章』を読む

  浄土宗教学院の提携講座を受講する。
 昨年は、法然聖人の『漢語燈録』に収録されている『類聚浄土五祖伝』で、3番目の善導法師、4番目の懐感禅師、そして5番目の少康法師まで読み終えた。

 今年は何が始まるのかと思っていたら、『浄土法門源流章』だという。

 まったく予想していなかった。浄土真宗では聞き慣れないお聖教だ。しかし『浄土宗全書』には収録されている。それにしても一般の講座向けとしては、かなりマニアックな選択だ。もっとも著者は、高名な凝念大徳である。ぼくもこのブログで、いま『八宗綱要』を読んでいると書いたことがある。『八宗綱要』がすごいのは、もう七百年前の著述であるにもかかわらず、いまでも仏教各派の入門書として読み継がれていることだ。手元にある講談社学術文庫のサブタイルは、「仏教を真によく知るための本」と書かれている。しかもそれがわずか29歳の時の著述というのだから、驚きである。まさに八宗兼学の天才であったのだ。

 凝念大徳は、『八宗綱要』の著述を皮切りに、実に百二十五部、千二百巻にも及び著作があるというのである。しかもそれは、華厳、律、真言、聖徳太子の三経義疏に、浄土の教えと多岐に渡っている。もちろん仏教通史ともいうべき概説論なども顕しておられるのである。

 その彼の最晩年、七十二歳で顕したのが『浄土法門源流章』である。彼は二十二歳の時、法然門下の覚明房長西より善導大師の『観経疏』を学んでいるのだ。大徳は鎌倉中期、法然聖人没約30年に生まれ、親鸞聖人とは同じ時代を生きておられる。といっても、聖人が亡くなった前後に浄土教を学んでおられることになる。

 彼は東大寺戒壇院の中興第二世として活躍される。律宗には、法然教団を批判された解脱房貞慶上人(興福寺)や、やはり華厳や律宗で活躍され、猛烈に法然さまを批判された明恵上人などが、一世代前の先輩におられる。解脱上人も明恵上人も、南都仏教を復興され、特に戒律復興を遂げられた方々である。その後継者の立場におられる方が、法然門下に弟子入れされ念仏の教えを学び、その歴史や教義をしっかりとまとめておられるのだ。だからますます、当時の日本の浄土教の立場、法然門下の情勢を伝える書としても貴重なものだといえよう。

 今日は、最初の浄土三部経を原文で購読したが、ものすごく久しぶりに「勉強しました」という充実感を味わった。学生時代よりも、ずっと(100倍以上)面白いです。

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伝道研究会~即得往生~

安心論も、最後の得益論にはいって、まず現益(この世で受ける御利益)から窺っている。

今月は、「即得往生」について。

これは、第十八願の成就文に「即得往生 住不退転」とあるところだ。
当面は、当来生であり、往生は、浄土往生のことを意味するので、即は、異時即。十八願の念仏行者が、命終して、浄土往生して(彼の地で)不退転に住するという意味であった。
しかし聖人は、この「即得往生」を、この世で受けるご利益と理解されたというのが、大きな特色である。つまり、死後の浄土往生ではなく、現生正定聚のことであり、信の一念の端的に、往生決定のご利益を得る(信益同時)という真宗教義の特色を明示されたものである。それで、もし十八願の念仏者が浄土に往生する「難思議往生」と同一視するならば、一益法門(この世で成仏を受けるとの邪義)理解に陥る恐れがあるので、よく心得る必要があるということになる。

それついて聖人は、『一念多念』には、

「即得往生といふは、即はすなはちといふ、ときをへず、日をもへだてぬなり。また即はつくといふ、その位に定まりつくといふことばなり。得はうべきことをえたりといふ。(略)すなはち、とき・日をもへだてず、正定聚の位につき定まるを往生を得とはのたまへるなり。」

とか、『唯信鈔文意』でも、

「『大経』(下)には、「願生彼国 即得往生 住不退転」とのたまへり。(略)「即得往生」は、信心をうればすなはち往生すといふ、すなはち往生すといふは不退転に住するをいふ、不退転に住すといふはすなはち正定聚の位に定まるとのたまふ御のりなり、これを「即得往生」とは申すなり。即はすなはちといふ、すなはちといふはときをへず日をへだてぬをいふなり。」

と頂かれている。つまり、「即」の字には、(1)即には、「すなわち、ときをへず、日をもへだてぬ」-つまり時間的な同時即の意味と、2)即位というように、その位に「つく」という意味がある。また「得」の字を「うべきことをえたりといふ」と味わっておられる。つまり、得べきこととは、未来世の往生、えたりとは、現生即得を言う。つまり、即得往生とは、聞信の一念に同日に往生すべきに確定し得るという意となる。

詳細では、
(1)「即得(つきさまだる)往生(現生正定聚)」=現世
(2)「即得」(浄土往生の真因決定し満足する・六字釈の解釈)・「往生」=当来世
という理解もある。

いずによせ、現得往生は、ご信心の利益として、現生において受けるもので、それは信の一念の同時に、現生正定聚の位に住することであって、決して、命終わった後の往生即成仏という意味での「往生ではない」というのが、浄土真宗の基本となっている。

「本願を信受するは、前念命終なり。「すなはち正定聚の数に入る」(論註・上意)と。
 即得往生は、後念即生なり。「即のとき必定に入る」(易行品)と。また「必定の菩薩と名づくるなり」(地相品・意)と。『愚禿鈔』

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『阿弥陀経』(1)総説より

今回から『阿弥陀経』に入ったが、前回は、浄土三部経の全般のおさらいを中心に、『阿弥陀経』を窺ったので、今回と重複することも多いが、その組織・概観を中心に、『阿弥陀経』のDVDを観たりした。
 さて、通常、経典は、次ぎのように三分割される。
1)序分=お経の序たる部分で、一般の序章に当たる。
2)正宗分=お経の本論。
3)流通分(るずうぶん)=お経の結言に当たる。

 これを『阿弥陀経』で窺うと、次のようになる。

1)序 分=阿難尊者の記述
2)正宗分=釈尊の言葉のみ
3)流通分=阿難尊者の記述

通常、1)の序分は、まず、証信序(通序)と言われる、六事(信・聞・時・主・処・衆)が成就したことが示し、これが仏説であり、信じるに足るものであるということを証して始まる。つまり「「如是我聞」とか、「我聞如是」で始まる部分である。ある意味、定型的な記述になっていて、形は多少の違いはあるが、すべてのお経にほぼ共通するものである。その後、発起序(別序)と言われる、そのお経自体が説かれたおいわれ、事情が述べられ、正宗分というお経の本論に入っていくのである。

 ところが、『阿弥陀経』には、証信序(通序)のみで、発起序(別序)がなく、いきなり釈尊の説教がはじまるのである。つまり、聴衆の問いを待たずに、また合間にも、質疑や応答がなく、一方的に釈尊が説法し続ける。それもいきなり始まるのが、阿弥陀さまとその浄土についてのお姿である。だから、『阿弥陀経』は、「無問自説経」であり、ほんとうにお説きになりたかったことを説かれる「釈尊の出世本懐経」だと、親鸞聖人はいただかれたのである。

▼「この『経』は大乗修多羅のなかの無問自説経なり。しかれば如来、世に興出した まうゆゑは、恒沙の諸仏の証護の正意、ただこれにあるなり」(化土巻・398頁)

▼「この『経』は無問自説経と申す。この『経』を説きたまひしに、如来に問ひたて まつる人もなし。これすなはち釈尊出世の本懐をあらはさんとおばしめすゑに、無 問自説と申すなり」                  (一多証文・686頁)

 通常あるものがないということで、逆に深い意義が強調され、雄弁に語られるということがあるということだ。

 4月からは、内容に入っていくが、序分の中で、聴衆について、特に十六名の羅漢(釈尊の直接のお弟子、声聞方)についてのお話を中心に味わっていきたいと思う。教義的な問題ではなく、そのエピソードを中心に頂きたいと思うので、どうぞご参加ください。

 日時=4月16日(日)昼1時30分~5時

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聖典講座『阿弥陀経』(1)~特色~

 前回で、『無量寿経』が終わり、今月から『阿弥陀経』に入る。それでもう一度、第一回目の浄土三部経の概観から窺うことにした。あれから3年が経過し、顔ぶれも変化している。

 浄土三部経のそれぞれの特徴や内容の概説を行い、親鸞聖人がご覧になった浄土三部経の「顕説」の面と「隠彰」の面を概観した。

 加えて、『阿弥陀経』の特色なども窺った。

  『阿弥陀経』の特徴の第一番目は、「無問自説」経と言われることだ。問いを待たずに、釈尊が一方的に、いきなり舎利弗尊者にお説きになるのだ。しかも、「舎利弗、於汝意云何」と、「舎利弗よ、お前どう思うか」と質問をされながら、間髪を入れずに、ご自分で阿弥陀さまやその浄土の世界をお答えになっていかれるのである。
 それで、数あるお経の中でも、(2)「一代結経」の釈尊一代の結びの経だと言われ、以上から、(3)釈尊の出世本懐経であるとも親鸞さまはみておられるのは、以下のご文に示されている。

「この『経』は大乗修多羅のなかの無問自説経なり。しかれば如来、世に興出したまうゆゑは、恒沙の諸仏の証護の正意、ただこれにあるなり。」(化身土巻・398頁)

「この『経』は無問自説経と申す。この『経』を説きたまひしに、如来に問ひたてまつる人もなし。これすなはち釈尊出世の本懐をあらはさんとおばしめすゑに、無問自説と申すなり。」(一多証文・686頁)

 さて、その内容を簡潔に概観するならば、まず(1)極楽と阿弥陀さまの様子と、(2)その極楽に往生する方法とが説かれ、(3)さらにその説法の真実性を、恒沙の諸仏方が証明し、これを信受する者の守護が説かれていくのである。

 しかも、正依の『仏説阿弥陀経』である鳩摩羅什(402年頃)訳は、その文体は簡潔で、直截的。比較的少量なので、書写や読誦が容易とあって、東アジアで廣く伝播することになる。(先日紹介した少康法師の『瑞応伝』にくよると、善導大師は生涯をかけて、これを書写することが十万巻とも言われている。また教化を受けた士女が、十万~三十万遍も読誦したというのである。法然聖人もまた、「呉音」「漢音」「唐音」とそれそれの読み方で、毎日三度、読誦されたというのだ。

 ところで、他に、異訳として、玄奘三蔵訳の『称讃浄土佛摂受経』(650年頃)があり、もうすでに失われているが、『仏説小無量壽経』 求奈跋陀羅訳(5世紀中頃)があったと言われている。そして、それ以外に、『石刻阿弥陀経』(湖北省襄陽の龍興寺)は有名で、親鸞聖人もご本典に2度も引用されている。『阿弥陀経』にはない、21文字が挿入さていて、それを親鸞さまが引用されている。ところで、この複製が、鎌倉時代の始め(1198年)に、日本も将来され、現在も福岡県の宗像神社にあるというのだ。また、梵本(サンスクリット語)もあるが、これも比叡山の円仁師などによって、「悉曇本」が日本将来さ、古くから知られていることなど、日本でもとても馴染みのあるお経なのだ。他にも西蔵本(チベット語)などがある。

 今回、開版された「悉曇本」や、宗像神社の『石刻阿弥陀経』の写真をご覧いただいたが、僕自身も、何か遠くインドの祇園精舎で説かれ、クチャ出身の鳩摩羅什さまに訳されたものだが、とても身近に覚えたのであった。

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『浄土五祖伝』~少康法師~

 法然さまが、中国における浄土念仏の先達として、曇鸞さま、道綽さま、善導さま、懐感さま、そして少康さまの五名の祖師を挙げ、顕彰のための各師の伝記をまとめてられたのが、『浄土五祖伝』である。この五名を中国の浄土五祖と選定されるのは、法然さまのオリジナルであるという。そのうち、曇鸞さま、道綽さま、善導さまの三名に関しては、業績、著述ともに申し分なく、浄土教の歴史においても大きな発揮をされている。異論はないだろう。しかし問題は、懐感さまと少康さまである。別にお二人に浄土願生や業績、著作などに問題があるのではなく、他にも資格者がおられる中で、なぜこのお二人なのかである。

 その中でも、以前から不思議に思っていたのは、同じ「後善導」で、著述など影響という意味では、さらに功績ある法照さまが漏れていることだ。

 親鸞さまの高僧和讃にも、
「世世に善導いでたまひ
 法照・少康としめしつつ…」

とあるように、お二人を善導さまの再来といただいておられる。ところが、著述に関すると、実践家であった少康法師には、最晩年に共著で、往生伝の『瑞応伝』があるだけだ。一方で、先輩の法照禅師の『五会念仏法事讃』は、親鸞聖人もたびたび引用されている。「念仏成仏是真宗」という文言も有名。後世の影響や著述、業績という意味では、むしろ法照禅師が五祖に加えられたほうが自然な気もするが、実際は違う。それはなぜなのだろうか。

 実のところ、はっきりしたことは分かっていない。

 が推測されるのは、まず法照禅師は、善導さまの生れ変わりとして、同一とみなされているからではないかというのが、ひとつである。

 一方で、その後に出られた少康法師も「後善導」ではあるが、少し事情が異なっている。

 少康さまの当時は、「阿弥陀仏の化身」だという善導さまの神格化ならむ仏格化が進んでいる。実際、少康さまの伝記が収められた「宋高僧伝」は、善導さまの真像が、仏身となったとsいうエピソードがある。そして、その「阿弥陀仏の化身」である善導さまから、時空を超えて直接教示を受けられたのである。この時代になると、善導流の法脈(法灯)、つまり直弟子-孫弟子と流れきた系譜が乱れて、不明となる時期に差しかかっていたいう。そんな中で、少康さまは、阿弥陀仏である善導さまに、直接対面して
「汝、わが施設(=儀礼)に依って、衆生を利楽(=利益)して、同じく安養(=浄土)に生れよ」
と教示されたエピソーが加えられている。そして、その後、上流知識人ではなくて、一般庶民に向けて念仏の実践、教化活動に専念された少康さまを、法然さまは重視されたのではないだろうか。

 法然さまもまた、時空超えて金色の善導さまにお出遇され、ご指南を受けられて、専修念仏弘通に邁進されることになり、自ら「偏依善導一師」と宣言されることと、どこかで重ねておられるのではないかというのは、ぼくの推測である。

 来月で最終回だが、もう少し少康さまを勉強させて頂きます。

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2月の伝道研究会

 2月の伝道研究会は、「真宗の基礎」安心篇に入って、最後の得益論に入っている。
 安心の価値、ご安心の利益について。浄土真宗は、現当二世のご利益の教えである。つまり、現世(この世)で受ける御利益と、当来世(後生)で受ける御利益である。そのうち、現世利益として、十種の御利益を親鸞さまは説かれたが、すべて十番目の「入正定聚」の益に収まるのである。つまり、この世の中で、信心獲得と同時に、必ず仏となることに正しく定まった聚(なかま)入りをさせていただき、もう二度と退転することのない位である。
                      
 しかも、この位は、
(1)菩薩の十地のうち、初地(歓喜地)に至る意味とみるだけでなく、
(2)八地の無生法忍(喜・悟・信の三忍)の菩薩と同じ(「韋提と等しく三忍を獲」)とみられている。八地とは、七地におこる菩薩の死といっていい、七地沈空の難を超えた菩薩とみられるので、その意義は大きい。
(3)さらに一歩進めて 等覚の弥勒菩薩、すなわち次生には成仏するに決定している菩薩の最高位である等覚と、まったく同じ(一生補処=一生を過ごせば、すなわちこの命が終わったならば、次生には即に成仏する、如来に等しいさとりである等覚の位)にあるともいわれ、「便同弥勒」とまで踏み込んで仰っている。しかしながら、それは衆生の側の価値によるのではなく、どこまでも他力回向の信心の徳からでるものである。当然、「如来と等しい」とまで踏み込まれても、けっして、仏と同じとは仰っていない。仏果を得るのは、あくまで当来世のご利益であることは、十分に注意が必要だ。

▼『大経』=「次如弥勒」

▼親鸞聖人=「まことに知んぬ、弥勒大士は等覚の金剛心を窮むるがゆゑに、竜華三会の暁、まさに無上覚位を極むべし。念仏の衆生は横超の金剛心を窮むるがゆゑに、臨終一念の夕べ、大般涅槃を超証す。ゆゑに便同といふなり。しかのみならず金剛心を獲るものは、すなはち韋提と等しく、すなはち喜・悟・信の忍を獲得すべし。これすなはち往相回向の真心徹到するがゆゑに、不可思議の本誓によるがゆゑなり」『信巻』

▼同=「如来の誓願を信ずる心の定まるときと申すは、摂取不捨の利益にあづかるゆゑに不退の位に定まると御こころえ候ふべし。真実信心の定まると申すも、金剛信心の定まると申すも、摂取不捨のゆゑに申すなり。さればこそ、無上覚にいたるべき心のおこると申すなり。これを不退の位とも正定聚の位に入るとも申し、等正覚にいたるとも申すなり。このこころの定まるを、十方諸仏のよろこびて、諸仏の御こころにひとしとほめたまふなり。このゆゑに、まことの信心の人をば、諸仏とひとしと申すなり。また補処の弥勒とおなじとも申すなり」『御消息集』二十通

 主に講義的な話が中心だったが、最後は、皆さんがいろいろと味わわれたことをお聞かせに預かった

 なお次回は、「如来にひとし」から始まります。
 3月1日(水)ですが、 時間が変更になります。
 夜18時50分(勤行)スタートで、21時までと、少し早く終わります。同人会員限定ですが、どうぞ奮ってご参加ください。

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「浄土五祖伝」~懐感法師~

 法然さまの『浄土五祖伝』も、曇鸞、道綽、善導のビック3が終わって、もっともマイナーな懐感大師である。真宗では、懐感禅師と呼ばれているが、源信僧都とセット(『往生要集』の引文を重視される)で現れる方だが、ほとんど知られてはいない。それでも、ビッグ3の後、「後善導」の「法照・少康」でなく、「懐感・少康」という流れを、法然さまはとられている。
 
 浄土宗の正統性を示すめたにも、聖道門のそれぞれ(たとえば、天台宗や真言宗、法相宗にしてもそうだ)に、次第相承がある。それは、浄土宗においても、血脈があるというのである。この場合の血脈は、浄土真宗でいうほんとうの親子関係ではなく、法脈が正しく継承されていることを、親の血が子に受け継がれるという意味で、使われている。法然さまは、中国の浄土念仏の流れを「慧遠法師」「慈愍三蔵」「道綽-善導」の三流ととられおられるが、もちろん、法然さまが流れは「道綽-善導」流である。
 その中にも師資相承に2系統があり、いずれにも菩提流支三蔵から始まっているが、法然さまは、(菩提流支三蔵→)「曇鸞→道綽→善導→懐感→少康」の浄土五祖とされたのである。

 さて、懐感法師である。ほぼ同世代の少康の『瑞応伝』と、その200年後頃に書かれた『宋高僧伝』が収録されている。
 
 細かな点は異なるが(当然のごとく後のものが詳しい)、ほぼ同じ内容である。
だいたいをまとめると

1)出生地、正確な出生年、俗称などは不明。

2)長安、千福寺に属し、法相唯識を学びも、念仏は信せず。

3)善導大師に出会い、疑問を問いて氷解し、帰浄する。(善導さまの直弟子)

4)三七日(21日間)、道場で念仏修行するも霊瑞を感得できず、自らの罪深きことを歎いて断食し自死しようとするが、善導大師に誡められて奮起。

5)3年間、念仏三昧を修し、ついに三昧発得の境地に至る。

6)その後『釋浄土群疑論』七巻を顕す。(死後、弟弟子の懐惲(えうん)が完成させる)

7)臨終に来迎があり、西に向い合掌しご往生。

といったものである。

 加えるならば、則天武后の時代で、王朝の内部にも近く、則天武后の命で始まった経典の目録編纂をする「校経目僧」として活躍している。

 『群疑論』では、当時、浄土念仏と大衆教化で競合して、盛んだった「三階教」を強く批判し、後に三階教の経典は禁書扱いとなる。
 一方で、玄奘三蔵によって法相唯識が全盛期だったこともあり、当初は法相唯識を学んだこともあって、その教えを演繹して、浄土念仏の正当性を述べているという。というのも、いまでこそ、善導さまは正統であったように思われるが、当時は、他の浄土教に比してもまだまだ新興の傍流で、他の批判も多くあり、その正当性を述べたかったのだというのである。

 ほぼほお名前しか知らないお方だったので、ひとつひとつが勉強になりました。

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12月の聖典講座~『大経』まとめ

 先月で、2年10ヶ月かけて『無量寿経』を読み終えた。
 
 今回は、総まとめ。本願寺出版のDVDを観た後、急ぎ足で、全体の構造、組み立てを復習した。

 その後、発起序でもテーマにしたが、なぜ『大無量寿経』が真実の教えなのか、全体を読み終えたところで、総括とした。

 その要点だけをおさらいすると、

 一、この経の要は、本願を説くことにある。その本願の精神(いつでも、どこでも、だれでも を救いたい)から推測される。すれば、
 二、釈尊の自らが出世本懐の教えであると述べられるが、
 その心身も光顔巍々とした喜びが、五徳瑞現として現れ、それが、(凡夫の代表である)阿難尊者に伝わって、『大経』の説法が始まっていること。そのことは、親鸞さまが、『教巻』で、『大経』や意訳を引用して、根拠とされている。
 そして、最後の流通分でも、特留此経の教示で、法滅の「経道滅尽」し、釈尊の教えが龍宮入りした後も、この経のみを留めることを、未来仏である弥勒菩薩にお約束されている。これもまた、本願の精神から窺うならば、当然のことなのである。

 それを釈尊(『大経』)のお言葉から押さえると、

▽「如来、無蓋の大悲をもつて三界を矜哀したまふ。世に出興するゆゑは、道教を光闡して群朋を拯ひ、恵むに真実の利をもつてせんと欲してなり。」(『大経』発起序)

▽「仏、弥勒に語りたまはく、「それかの仏の名号を聞くことを得て、歓喜踊躍して 乃至一念せんことあらん。まさに知るべし、この人は大利を得とす。すなはちこれ 無上の功徳を具足するなりと。」(『大経』流通分)

▽「当来の世に経道滅尽せんに、われ慈悲をもつて哀愍して、特にこの経を留めて止住すること百歳せん。」(『大経』流通分)

となる。

  それを受けて親鸞様は、、

まず、『和讃』には、

▽「如来の光瑞希有にして  阿難はなはだこころよく
 如是之義ととへりしに  出世の本意あらはせり」(浄土和讃・大経讃五二首) 
「如来興世の本意には   本願真実ひらきてぞ
 難値難見とときたまひ  猶霊瑞華としめしける」(浄土和讃・大経讃五四首)  

と本願が真実であるお心を示しておられる。
つまり、阿難尊者のお働きが大きい。すなわち、日頃接しているお釈迦さまが、常日頃の従う釈尊が、阿弥陀さまそのものに見えたのである。だからこそ、ここに出世の本懐のお説教がはじまるのである。だから、親鸞さまは、

▽「大無量寿経 真実の教 浄土真宗」(『教巻』)  

と示され、

▽「それ真実の教を顕さば、すなはち『大無量寿経』これなり。

と言われた。「これなり」と断言されるところが、親鸞さまである。「ではなかろうか」といった誤魔化しや、逃げ道はないのである。続いて

「この経の大意は、弥陀、誓を超発して、広く法蔵を開きて、凡小を哀れんで選んで 功徳の宝を施することを致す。釈迦、世に出興して、道教を光闡して、群萌を拯ひ、恵むに真実の利をもつてせんと欲すなり。ここをもつて如来の本願を説きて経の宗 致とす、すなはち仏の名号をもつて経の体とするなり。
 なにをもつてか出世の大事なりと知ることを得るとならば、」(『教巻』)

と示されている。

 それを詳しく、『一念多念証文』では解説されている。

▽「しかれば『大経』には、「如来所以 興出於世 欲拯群萌 恵以真実之利」との たまへり。この文のこころは、「如来」と申すは、諸仏を申すなり。「所以」は、ゆゑといふことばなり。「興出於世」といふは、仏の世に出でたまふと申すなり。「欲」は、おぼしめすと申すなり。「拯」は、すくふといふ。「群萌」は、よろづの衆生といふ。「恵」は、めぐむと申す。「真実之利」と申すは、弥陀の誓願を申 すなり。しかれば諸仏の世々に出でたまふゆゑは、弥陀の願力を説きて、よろづの衆生を恵み拯はんと欲しめすを、本懐とせんとしたまふがゆゑに、真実之利とは申 すなり。しかればこれを諸仏出世の直説と申すなり。」(『一念多念』)

▽「如来、世に興出したまふゆえは、ただ弥陀の本願海を説かんとなり。
  五濁悪世の群生海、如来如実の言を信ずべし。」 (『行巻』正信偈)

真実であるがゆえに、弥陀の本願を説かずにおれない。それが、また釈尊を始め、諸仏方の出世の本懐であるのだ。

▽「『門余』といふは、『門』はすなはち八万四千の仮門なり、『余』はすなはち本願一乗海なり。」(『化身土巻』)

だから、さまざまな教えを説いておられるが、そのすべては、弥陀の本願に誘引するための仮門である。弥陀の本頑こそは、唯一絶対で、海のような広大なので、本願一乗海だと言い切られているのである。

 1月はお休みで、2月から、『阿弥陀経』の概観をいただくことにしている。お楽しみに。

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