カテゴリー「聖典講座」の62件の記事

聖典講座『阿弥陀経』(1)~特色~

 前回で、『無量寿経』が終わり、今月から『阿弥陀経』に入る。それでもう一度、第一回目の浄土三部経の概観から窺うことにした。あれから3年が経過し、顔ぶれも変化している。

 浄土三部経のそれぞれの特徴や内容の概説を行い、親鸞聖人がご覧になった浄土三部経の「顕説」の面と「隠彰」の面を概観した。

 加えて、『阿弥陀経』の特色なども窺った。

  『阿弥陀経』の特徴の第一番目は、「無問自説」経と言われることだ。問いを待たずに、釈尊が一方的に、いきなり舎利弗尊者にお説きになるのだ。しかも、「舎利弗、於汝意云何」と、「舎利弗よ、お前どう思うか」と質問をされながら、間髪を入れずに、ご自分で阿弥陀さまやその浄土の世界をお答えになっていかれるのである。
 それで、数あるお経の中でも、(2)「一代結経」の釈尊一代の結びの経だと言われ、以上から、(3)釈尊の出世本懐経であるとも親鸞さまはみておられるのは、以下のご文に示されている。

「この『経』は大乗修多羅のなかの無問自説経なり。しかれば如来、世に興出したまうゆゑは、恒沙の諸仏の証護の正意、ただこれにあるなり。」(化身土巻・398頁)

「この『経』は無問自説経と申す。この『経』を説きたまひしに、如来に問ひたてまつる人もなし。これすなはち釈尊出世の本懐をあらはさんとおばしめすゑに、無問自説と申すなり。」(一多証文・686頁)

 さて、その内容を簡潔に概観するならば、まず(1)極楽と阿弥陀さまの様子と、(2)その極楽に往生する方法とが説かれ、(3)さらにその説法の真実性を、恒沙の諸仏方が証明し、これを信受する者の守護が説かれていくのである。

 しかも、正依の『仏説阿弥陀経』である鳩摩羅什(402年頃)訳は、その文体は簡潔で、直截的。比較的少量なので、書写や読誦が容易とあって、東アジアで廣く伝播することになる。(先日紹介した少康法師の『瑞応伝』にくよると、善導大師は生涯をかけて、これを書写することが十万巻とも言われている。また教化を受けた士女が、十万~三十万遍も読誦したというのである。法然聖人もまた、「呉音」「漢音」「唐音」とそれそれの読み方で、毎日三度、読誦されたというのだ。

 ところで、他に、異訳として、玄奘三蔵訳の『称讃浄土佛摂受経』(650年頃)があり、もうすでに失われているが、『仏説小無量壽経』 求奈跋陀羅訳(5世紀中頃)があったと言われている。そして、それ以外に、『石刻阿弥陀経』(湖北省襄陽の龍興寺)は有名で、親鸞聖人もご本典に2度も引用されている。『阿弥陀経』にはない、21文字が挿入さていて、それを親鸞さまが引用されている。ところで、この複製が、鎌倉時代の始め(1198年)に、日本も将来され、現在も福岡県の宗像神社にあるというのだ。また、梵本(サンスクリット語)もあるが、これも比叡山の円仁師などによって、「悉曇本」が日本将来さ、古くから知られていることなど、日本でもとても馴染みのあるお経なのだ。他にも西蔵本(チベット語)などがある。

 今回、開版された「悉曇本」や、宗像神社の『石刻阿弥陀経』の写真をご覧いただいたが、僕自身も、何か遠くインドの祇園精舎で説かれ、クチャ出身の鳩摩羅什さまに訳されたものだが、とても身近に覚えたのであった。

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『浄土五祖伝』~少康法師~

 法然さまが、中国における浄土念仏の先達として、曇鸞さま、道綽さま、善導さま、懐感さま、そして少康さまの五名の祖師を挙げ、顕彰のための各師の伝記をまとめてられたのが、『浄土五祖伝』である。この五名を中国の浄土五祖と選定されるのは、法然さまのオリジナルであるという。そのうち、曇鸞さま、道綽さま、善導さまの三名に関しては、業績、著述ともに申し分なく、浄土教の歴史においても大きな発揮をされている。異論はないだろう。しかし問題は、懐感さまと少康さまである。別にお二人に浄土願生や業績、著作などに問題があるのではなく、他にも資格者がおられる中で、なぜこのお二人なのかである。

 その中でも、以前から不思議に思っていたのは、同じ「後善導」で、著述など影響という意味では、さらに功績ある法照さまが漏れていることだ。

 親鸞さまの高僧和讃にも、
「世世に善導いでたまひ
 法照・少康としめしつつ…」

とあるように、お二人を善導さまの再来といただいておられる。ところが、著述に関すると、実践家であった少康法師には、最晩年に共著で、往生伝の『瑞応伝』があるだけだ。一方で、先輩の法照禅師の『五会念仏法事讃』は、親鸞聖人もたびたび引用されている。「念仏成仏是真宗」という文言も有名。後世の影響や著述、業績という意味では、むしろ法照禅師が五祖に加えられたほうが自然な気もするが、実際は違う。それはなぜなのだろうか。

 実のところ、はっきりしたことは分かっていない。

 が推測されるのは、まず法照禅師は、善導さまの生れ変わりとして、同一とみなされているからではないかというのが、ひとつである。

 一方で、その後に出られた少康法師も「後善導」ではあるが、少し事情が異なっている。

 少康さまの当時は、「阿弥陀仏の化身」だという善導さまの神格化ならむ仏格化が進んでいる。実際、少康さまの伝記が収められた「宋高僧伝」は、善導さまの真像が、仏身となったとsいうエピソードがある。そして、その「阿弥陀仏の化身」である善導さまから、時空を超えて直接教示を受けられたのである。この時代になると、善導流の法脈(法灯)、つまり直弟子-孫弟子と流れきた系譜が乱れて、不明となる時期に差しかかっていたいう。そんな中で、少康さまは、阿弥陀仏である善導さまに、直接対面して
「汝、わが施設(=儀礼)に依って、衆生を利楽(=利益)して、同じく安養(=浄土)に生れよ」
と教示されたエピソーが加えられている。そして、その後、上流知識人ではなくて、一般庶民に向けて念仏の実践、教化活動に専念された少康さまを、法然さまは重視されたのではないだろうか。

 法然さまもまた、時空超えて金色の善導さまにお出遇され、ご指南を受けられて、専修念仏弘通に邁進されることになり、自ら「偏依善導一師」と宣言されることと、どこかで重ねておられるのではないかというのは、ぼくの推測である。

 来月で最終回だが、もう少し少康さまを勉強させて頂きます。

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2月の伝道研究会

 2月の伝道研究会は、「真宗の基礎」安心篇に入って、最後の得益論に入っている。
 安心の価値、ご安心の利益について。浄土真宗は、現当二世のご利益の教えである。つまり、現世(この世)で受ける御利益と、当来世(後生)で受ける御利益である。そのうち、現世利益として、十種の御利益を親鸞さまは説かれたが、すべて十番目の「入正定聚」の益に収まるのである。つまり、この世の中で、信心獲得と同時に、必ず仏となることに正しく定まった聚(なかま)入りをさせていただき、もう二度と退転することのない位である。
                      
 しかも、この位は、
(1)菩薩の十地のうち、初地(歓喜地)に至る意味とみるだけでなく、
(2)八地の無生法忍(喜・悟・信の三忍)の菩薩と同じ(「韋提と等しく三忍を獲」)とみられている。八地とは、七地におこる菩薩の死といっていい、七地沈空の難を超えた菩薩とみられるので、その意義は大きい。
(3)さらに一歩進めて 等覚の弥勒菩薩、すなわち次生には成仏するに決定している菩薩の最高位である等覚と、まったく同じ(一生補処=一生を過ごせば、すなわちこの命が終わったならば、次生には即に成仏する、如来に等しいさとりである等覚の位)にあるともいわれ、「便同弥勒」とまで踏み込んで仰っている。しかしながら、それは衆生の側の価値によるのではなく、どこまでも他力回向の信心の徳からでるものである。当然、「如来と等しい」とまで踏み込まれても、けっして、仏と同じとは仰っていない。仏果を得るのは、あくまで当来世のご利益であることは、十分に注意が必要だ。

▼『大経』=「次如弥勒」

▼親鸞聖人=「まことに知んぬ、弥勒大士は等覚の金剛心を窮むるがゆゑに、竜華三会の暁、まさに無上覚位を極むべし。念仏の衆生は横超の金剛心を窮むるがゆゑに、臨終一念の夕べ、大般涅槃を超証す。ゆゑに便同といふなり。しかのみならず金剛心を獲るものは、すなはち韋提と等しく、すなはち喜・悟・信の忍を獲得すべし。これすなはち往相回向の真心徹到するがゆゑに、不可思議の本誓によるがゆゑなり」『信巻』

▼同=「如来の誓願を信ずる心の定まるときと申すは、摂取不捨の利益にあづかるゆゑに不退の位に定まると御こころえ候ふべし。真実信心の定まると申すも、金剛信心の定まると申すも、摂取不捨のゆゑに申すなり。さればこそ、無上覚にいたるべき心のおこると申すなり。これを不退の位とも正定聚の位に入るとも申し、等正覚にいたるとも申すなり。このこころの定まるを、十方諸仏のよろこびて、諸仏の御こころにひとしとほめたまふなり。このゆゑに、まことの信心の人をば、諸仏とひとしと申すなり。また補処の弥勒とおなじとも申すなり」『御消息集』二十通

 主に講義的な話が中心だったが、最後は、皆さんがいろいろと味わわれたことをお聞かせに預かった

 なお次回は、「如来にひとし」から始まります。
 3月1日(水)ですが、 時間が変更になります。
 夜18時50分(勤行)スタートで、21時までと、少し早く終わります。同人会員限定ですが、どうぞ奮ってご参加ください。

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「浄土五祖伝」~懐感法師~

 法然さまの『浄土五祖伝』も、曇鸞、道綽、善導のビック3が終わって、もっともマイナーな懐感大師である。真宗では、懐感禅師と呼ばれているが、源信僧都とセット(『往生要集』の引文を重視される)で現れる方だが、ほとんど知られてはいない。それでも、ビッグ3の後、「後善導」の「法照・少康」でなく、「懐感・少康」という流れを、法然さまはとられている。
 
 浄土宗の正統性を示すめたにも、聖道門のそれぞれ(たとえば、天台宗や真言宗、法相宗にしてもそうだ)に、次第相承がある。それは、浄土宗においても、血脈があるというのである。この場合の血脈は、浄土真宗でいうほんとうの親子関係ではなく、法脈が正しく継承されていることを、親の血が子に受け継がれるという意味で、使われている。法然さまは、中国の浄土念仏の流れを「慧遠法師」「慈愍三蔵」「道綽-善導」の三流ととられおられるが、もちろん、法然さまが流れは「道綽-善導」流である。
 その中にも師資相承に2系統があり、いずれにも菩提流支三蔵から始まっているが、法然さまは、(菩提流支三蔵→)「曇鸞→道綽→善導→懐感→少康」の浄土五祖とされたのである。

 さて、懐感法師である。ほぼ同世代の少康の『瑞応伝』と、その200年後頃に書かれた『宋高僧伝』が収録されている。
 
 細かな点は異なるが(当然のごとく後のものが詳しい)、ほぼ同じ内容である。
だいたいをまとめると

1)出生地、正確な出生年、俗称などは不明。

2)長安、千福寺に属し、法相唯識を学びも、念仏は信せず。

3)善導大師に出会い、疑問を問いて氷解し、帰浄する。(善導さまの直弟子)

4)三七日(21日間)、道場で念仏修行するも霊瑞を感得できず、自らの罪深きことを歎いて断食し自死しようとするが、善導大師に誡められて奮起。

5)3年間、念仏三昧を修し、ついに三昧発得の境地に至る。

6)その後『釋浄土群疑論』七巻を顕す。(死後、弟弟子の懐惲(えうん)が完成させる)

7)臨終に来迎があり、西に向い合掌しご往生。

といったものである。

 加えるならば、則天武后の時代で、王朝の内部にも近く、則天武后の命で始まった経典の目録編纂をする「校経目僧」として活躍している。

 『群疑論』では、当時、浄土念仏と大衆教化で競合して、盛んだった「三階教」を強く批判し、後に三階教の経典は禁書扱いとなる。
 一方で、玄奘三蔵によって法相唯識が全盛期だったこともあり、当初は法相唯識を学んだこともあって、その教えを演繹して、浄土念仏の正当性を述べているという。というのも、いまでこそ、善導さまは正統であったように思われるが、当時は、他の浄土教に比してもまだまだ新興の傍流で、他の批判も多くあり、その正当性を述べたかったのだというのである。

 ほぼほお名前しか知らないお方だったので、ひとつひとつが勉強になりました。

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12月の聖典講座~『大経』まとめ

 先月で、2年10ヶ月かけて『無量寿経』を読み終えた。
 
 今回は、総まとめ。本願寺出版のDVDを観た後、急ぎ足で、全体の構造、組み立てを復習した。

 その後、発起序でもテーマにしたが、なぜ『大無量寿経』が真実の教えなのか、全体を読み終えたところで、総括とした。

 その要点だけをおさらいすると、

 一、この経の要は、本願を説くことにある。その本願の精神(いつでも、どこでも、だれでも を救いたい)から推測される。すれば、
 二、釈尊の自らが出世本懐の教えであると述べられるが、
 その心身も光顔巍々とした喜びが、五徳瑞現として現れ、それが、(凡夫の代表である)阿難尊者に伝わって、『大経』の説法が始まっていること。そのことは、親鸞さまが、『教巻』で、『大経』や意訳を引用して、根拠とされている。
 そして、最後の流通分でも、特留此経の教示で、法滅の「経道滅尽」し、釈尊の教えが龍宮入りした後も、この経のみを留めることを、未来仏である弥勒菩薩にお約束されている。これもまた、本願の精神から窺うならば、当然のことなのである。

 それを釈尊(『大経』)のお言葉から押さえると、

▽「如来、無蓋の大悲をもつて三界を矜哀したまふ。世に出興するゆゑは、道教を光闡して群朋を拯ひ、恵むに真実の利をもつてせんと欲してなり。」(『大経』発起序)

▽「仏、弥勒に語りたまはく、「それかの仏の名号を聞くことを得て、歓喜踊躍して 乃至一念せんことあらん。まさに知るべし、この人は大利を得とす。すなはちこれ 無上の功徳を具足するなりと。」(『大経』流通分)

▽「当来の世に経道滅尽せんに、われ慈悲をもつて哀愍して、特にこの経を留めて止住すること百歳せん。」(『大経』流通分)

となる。

  それを受けて親鸞様は、、

まず、『和讃』には、

▽「如来の光瑞希有にして  阿難はなはだこころよく
 如是之義ととへりしに  出世の本意あらはせり」(浄土和讃・大経讃五二首) 
「如来興世の本意には   本願真実ひらきてぞ
 難値難見とときたまひ  猶霊瑞華としめしける」(浄土和讃・大経讃五四首)  

と本願が真実であるお心を示しておられる。
つまり、阿難尊者のお働きが大きい。すなわち、日頃接しているお釈迦さまが、常日頃の従う釈尊が、阿弥陀さまそのものに見えたのである。だからこそ、ここに出世の本懐のお説教がはじまるのである。だから、親鸞さまは、

▽「大無量寿経 真実の教 浄土真宗」(『教巻』)  

と示され、

▽「それ真実の教を顕さば、すなはち『大無量寿経』これなり。

と言われた。「これなり」と断言されるところが、親鸞さまである。「ではなかろうか」といった誤魔化しや、逃げ道はないのである。続いて

「この経の大意は、弥陀、誓を超発して、広く法蔵を開きて、凡小を哀れんで選んで 功徳の宝を施することを致す。釈迦、世に出興して、道教を光闡して、群萌を拯ひ、恵むに真実の利をもつてせんと欲すなり。ここをもつて如来の本願を説きて経の宗 致とす、すなはち仏の名号をもつて経の体とするなり。
 なにをもつてか出世の大事なりと知ることを得るとならば、」(『教巻』)

と示されている。

 それを詳しく、『一念多念証文』では解説されている。

▽「しかれば『大経』には、「如来所以 興出於世 欲拯群萌 恵以真実之利」との たまへり。この文のこころは、「如来」と申すは、諸仏を申すなり。「所以」は、ゆゑといふことばなり。「興出於世」といふは、仏の世に出でたまふと申すなり。「欲」は、おぼしめすと申すなり。「拯」は、すくふといふ。「群萌」は、よろづの衆生といふ。「恵」は、めぐむと申す。「真実之利」と申すは、弥陀の誓願を申 すなり。しかれば諸仏の世々に出でたまふゆゑは、弥陀の願力を説きて、よろづの衆生を恵み拯はんと欲しめすを、本懐とせんとしたまふがゆゑに、真実之利とは申 すなり。しかればこれを諸仏出世の直説と申すなり。」(『一念多念』)

▽「如来、世に興出したまふゆえは、ただ弥陀の本願海を説かんとなり。
  五濁悪世の群生海、如来如実の言を信ずべし。」 (『行巻』正信偈)

真実であるがゆえに、弥陀の本願を説かずにおれない。それが、また釈尊を始め、諸仏方の出世の本懐であるのだ。

▽「『門余』といふは、『門』はすなはち八万四千の仮門なり、『余』はすなはち本願一乗海なり。」(『化身土巻』)

だから、さまざまな教えを説いておられるが、そのすべては、弥陀の本願に誘引するための仮門である。弥陀の本頑こそは、唯一絶対で、海のような広大なので、本願一乗海だと言い切られているのである。

 1月はお休みで、2月から、『阿弥陀経』の概観をいただくことにしている。お楽しみに。

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12月の伝道研究会~煩悩成就の凡夫が~

 いま、今日の私たちは、浄土往生する=成仏する(つまり涅槃を証する)を、同じ内容として理解しているようだ。死んだ人は仏さまであり、浄土に還っていくというような法話も、葬儀の場では行われることもある。

 しかし、「浄土往生」=「成仏」ではないし、本来的には、時間的にも「即」で結ばれるものではなかった。

 例えば、十八願にしても、浄土往生についての正しい因について説かれるものであって、「念仏往生」の願とも呼ばれている。「若不生者」は、「もし浄土に往生できないのなら」というのてあって、直接、「仏に成る」とはお誓いになっておられない。それは、「十方衆生」に呼びかけれらた、十八願、十九願、二十願の三願を生因三願と呼ばれるようが、いずも「わが国」すなはち浄土に生まれさせたいという願いから起こっているのもである。

 では、成仏のお約束がなされるのはどの願かといえば、第十一願の「必至滅度の願」である。浄土に往生したものは、仏となる仲間入れ(正定聚)し、決して退くことのない(不退転)位なので、必ずや滅度(仏果、涅槃)に至る、つまり仏に成るというのてある。

 ただ、その時はいつなのか。これまで浄土の教えでは、此土(この世)では仏に成ることは難しいが、浄土に往生したなら、そこで、正定聚の位に住し、阿弥陀さまの元、最高の環境で、仏果に向かって邁進することが、けっして退くことがないというのである。つまり、浄土は、仏の修行のための最高の場ということである。

 では、その浄土往生は、いつ約束されるのか。臨終の時にである。正念で来迎に預かるというが、浄土往生の可否の分かれ目となってくる。

  ところが、親鸞さまは、平生業成で、「臨終待つことなし、来迎たのむことなし」である。そして、信心獲得の一念に、この世で、正定聚不退の位に住し、臨終の時に、浄土往生即成仏し、還相回向に預かると教示くださったのである。

 では、その御利益をいただくのは誰なのか。『証巻』の冒頭で、

つつしんで真実の証を顕さば、
すなはちこれ利他円満の妙位、無上涅槃の極果なり。
すなはちこれ必至滅度の願(第十一願)より出でたり。
また証大涅槃の願と名づくるなり。

しかるに煩悩成就の凡夫、生死罪濁の群萌、
往相回向の心行を獲れば、
即のときに大乗正定聚の数に入るなり。
正定聚に住するがゆゑに、かならず滅度に至る。

と示されている。つまり「煩悩成就の凡夫、生死罪濁の群萌」のこの私が、「往相回向の心行」すなわち、如来さまの他力回向の信心と称名によって、「即」のときに、「大乗正定聚の数に入る」のであると。そして、「正定聚に住するがゆゑに、かならず滅度に至る。」というのである。

泥凡夫が、他力回向の信心を獲るひとつで、即に、正定聚の仲間入れをさせていただきくというのであるから、ただただ驚くしかない話である。

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四十八願のこころ(12)第二十一願~仏の三十二相~

「たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、ことごとく三十二大人相(だいにんそう)を成満(じょうまん)せずは、正覚を取らじ。」(第二十一願・具足諸相〈ぐそくしょそう〉の願)

「わたし法蔵が仏になるとき、わが国の人々が、仏の身に備わる三十二種類のすばらしい特徴を満たすことがないのなら、わたしは決してさとりを開きません。」
 
 四十八願を順序から三つに分けて頂くと、まず、一~十一願で、浄土の人々への誓いが建てられ、次の十二~二十願で、私たちを浄土に迎えるための準備が誓われます。三番目は二十一~四十八願で、主に浄土に往生した人々かいただく果報についてのお誓いです。今回から三番目の入り、第二十一願からうかがっていきます。

 さて、本来、仏になるには、三阿僧祇劫(あそうぎこう)という想像を絶する修行期間が必要です。最初の一阿僧祇劫で情の煩悩を断じ、次ぎの一阿僧祇劫で知の煩悩を断じます。すべての煩悩を断じながらも、最後の一阿僧祇劫の時間をかけて、その余臭(煩悩臭さ)までも完全に断ちきって、最後に、百大劫(ひゃくだいこう)もの長い修行で、人間や天、菩薩にもない、仏(如来)にのみに備わるすばらしい容姿を荘厳(しょうごん)していくのです。

 ところが、阿弥陀さまは、お浄土に生まれた人々を阿弥陀さまと寸分違わぬ仏にしてみせると誓われています。その浄土往生への三種類の道(十八、十九、二十願)を説き終えられた後に、その身体・容姿も完璧な仏にしてみせると誓われているのです。それは、三阿僧祇劫・百大劫をかけた自力修行ではなく、浄土往生した私が、本願力のお働きによって、即、仏の素晴らしい容姿となるのです。

 三十二相の一々には触れられませんが、頭の頂上の肉髻相(にっけいそう・頭の頂骨が高く膨れ、自然に髪を束ねたようにみえる)から足裏の千輻輪相(せんぷくりん・足の裏に千輻輪という紋様がある)に至るまで、身体に顕れる仏の三十二種類の大きな特色です。これらをもとに仏像も作られています。今度は、そのあたりにも心に入れて、仏さまを拝見してみてください。

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阿弥陀如来の化身

   法然聖人の『漢語燈録』に収録される「類聚浄土五祖伝」。第3番目の善導大師に入って、5回目だ。善導さまは、6種類の年代の異なる高僧伝に収録されているが、今回は、8世紀末~9世紀頃(9世紀末説もある)、つまり善導さま没後100年頃に著わされた、(善道)・道鏡著の『念仏鏡』と、1162年(善導さま没後、約500年後)に著された王日休の『龍舒浄土文』を読んだ。

 これまでにない伝記やエピソードが面白かった。

 『念仏鏡』は、善導さまが、金剛法師(宗派不明)という方と法論され、念仏が優れていることを顕されたエピソードのみである。
  善導さまは、お念仏すれば、必ず往生すると主張されるのである。その証明として、高座の上から、もし念仏往生が真実なら、このお堂の仏像から光を放たたしめよ。もし念仏往生が虚妄で、浄土に往生できず、衆生を誑かすものなら、今すぐこの高座の上から、私を大地獄に墮とさせよ。永年に渡り苦を受け二度と浮かび上がることはないだろうと、願かけをされるのである。そして、如意杖でお堂の仏像を指すと、そのすべてが光を放ったというのである。

 そして、王日休の『龍舒浄土文』は、これまでの高僧伝・往生伝を伝承する形で、新しい事実はすくない。それでも、2、3面白い記述が含まれている。

 まず、善導さまの「勧化徑路修行頌」という42文字の偈文というか、頌は尊い。老の現実と、たとえ家にお金が満ちても病からも逃れられず、どんな快楽もついには無常(死)が到りくる。だから、徑路(狭い道)の修行、ただ「阿弥陀仏」を念じる(称え)よ、というのである。

 また捨身往生は継承しながらも、「この身し厭ふべし、吾、まさに西に帰らんとす」と、遺言されたというのである。「西に帰る」、つまり阿弥陀さまが帰っていかれるのである。

 そして最後に、宋の天台宗の僧、遵式の『西方略伝』を引用されている。そこには、善導さまは「阿弥陀仏の化身」だと明記されているのだ。

 これらが史実かどうかというより、善導さまの神格化ならぬ、仏格化が進む中で、はっきりと、阿弥陀さまの生れ変わりだと示されていることに、意味がある。なぜなら、法然聖人は、「偏依善導一師」として、『浄土三部経』のご解釈も、善導さまによっておられるのだが、それは、善導さまが阿弥陀さまの生れ変わりだからなのである。そのように、法然さまも、親鸞さまも、善導さまを仰がれ、頂かれているのである。そして、そのことを、後世の後輩たちにもお伝えしたかったのである。 南無阿弥陀仏

 

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11月の聖典講座~『大経』の流通分(2)~

二、そして、いかなる困難も超えて聞くことを勧められる段が続く。
 すなわち、それほどの大功徳の教えなので、たとえ大千世界を焼きすつく猛火のような困 難を乗り越えてでも、この教えを聞くよう諭される。ここも、

*「たとひ大千世界に  みてらん火をもすぎゆきて
 仏の御名をきくひとは ながく不退にかなふなり」               (『浄土和讃』五六一頁)

と有名なご和讃で示しておられる。

三、さらに、特にこの経を末法の後までも留めると示す(特留此経)段である。
 まず、教えを聞き求めることを勧め、疑うことを誡めされた後に、慈悲心をもって、経道滅尽の後も、百年間(人間の寿命であり、満数で、永遠と頂く)、特に此の経=弥陀の本願を説いた『大経』は留めおくことを示される。聖人はたびたび引用されるが、和讃のみをあげていく。

正像末の三時
 正法-五百年- 教・行・証
 像法-千年-- 教・行・×
 末法-一万年- 教・×・×
 法滅-経道滅尽×・×・×『大経』以外の釈尊の教えは龍宮へ

*「末法五濁の有情の  行証かなはぬときなれば
 釈迦の遺法ことごとく  龍宮にいりたまひにき」
*「正像末の三時には   弥陀の本願ひろまれり
 像季・末法のこの世には 諸善龍宮にいりたまふ」
*「像末五濁の世となりて 釈迦の遺教かくれしむ
 弥陀の悲願ひろまりて  念仏往生さかりなり」
 (『正像末和讃』六〇三頁)

四、最後に、四難をあげ信心を勧める段で締めくくられる。
 この経を聞き信じることが極めて難しく、「難中之難・無過此難」だと強調し、重ねて教えを信じる(他力によって)ことを勧めて、『大経』の釈尊のご説法は終わるのが、象徴的である。

(1)如来の興世に値ひがたく、見たてまつること難し。
                                                       --(値仏の難)仏
(2)(a)諸仏の経道も得がたく聞きがたく  --(聞法の難)法
  (b)菩薩の勝法・諸波羅蜜、聞くことを得ることまた難し
(3)善知識に遇ひ、法を聞き、よく行ずること、これまた難しとす。
                         (遇善知識の難)僧
(4)もしこの経を聞きて信楽受持することは、難のなかの難、これに過ぎたる難はなけん。           (信楽の難)

 そのおこころを聖人は、次ぎのように『浄土和讃』に示されている。

*「如来の興世にあひがたく  諸仏の経道ききがたし
 菩薩の勝法きくことも   無量劫にもまれらなり」
*「善知識にあふことも    をしふることもまたかたし
 よくきくこともかたければ 信ずることもなほかたし」
*「一代諸教の信よりも    弘願の信楽なほかたし
 難中之難とときたまひ   無過此難とのべたまふ」
     (『浄土和讃』大経讃・ 五六八頁)

*「弥陀仏本願念仏 邪見驕慢悪衆生 
 信楽受持甚以難 難中之難無過此」
     (『行巻・正信念仏偈)

 以上で釈尊のご説法は終わる。短いが、聖人の和讃や引文をみても、たいへん重要な段であることがわかる。
 最後はお経の結びで、形式的な形をとるが、一応二段に分けてみると、
(2)聞経得益【四八】の前半
(3)現瑞衆喜【四八】の後半

となり、(2)まず教説を聞いた者のご利益をあげられ、
(3)最後に、天地が四種の奇瑞を現して、この経典の真実であることを証明し、大衆が歓喜したことが述べられて、『無量寿経』は結ばれているのである。

 一応、これで『大無量寿経』は終わったが、12月は、もう一度、全体を振り返り、いくつかの問題点を取り上げてみようと思う。

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11月の聖典講座~『大経』の流通分(1)~

 聖典講座の『大無量寿経』も26回目。2年半進めてきて、いよいよ最終回である。

 ところで、経典は、序論にあたる「序分」、本論にあたる「正宗分」、そして結語にあたる「流通分」の三段で構成されている。前回で、お経の本論、要の部分である正宗分が終わり、今回はお経の締めくくりである流通分を窺うのである。
 流通分とは、この経を流通させたいという結びだ。すなわち、『大経』の説法こそが真実の教えだから、後の世に末永く伝え弘通してほしい、という釈尊の願いが、弥勒菩薩に委嘱(弥勒付属)されて、『大経』の説法が終わるのである。この「流通分」を、(1)弥勒付属(付属流通)・(2)聞経得益・(3)現瑞衆喜の三段(現代語訳本では二段)に分科して窺った。

 その中心は、(1)弥勒付属(付属流通)【四七】だ。『大経』の最後に、釈尊が弥勒菩薩に『大経』(つまり弥陀の本願)を委嘱される説法とあって、親鸞聖人がさまざまに引用されて重視されていることが窺える。

 ところで、「弥勒への付属」だが、弥勒菩薩は、五十六億七千万年後に、釈尊の後に現れて三会の説法(龍華三会)で衆生済度される未来仏である。その弥勒菩薩に、この『大経』を付属(委嘱)されて、後世にも流通(流布)されることが説かれている。正依(魏訳)には、わざわざその文言はないが、他の後期無量寿経には、以下のように示されているのである。

*「今、この法門を汝に付嘱す。まさに愛楽修習すべし」(『如来会』大経異訳)
*「また、実にアジタ(弥勒)よ、わたしはこの法門が滅亡しないように、大いなる付嘱(委嘱)をするのだ」(『サンスクリット本の大経』岩波文庫)    

たいせつな段なので、四段に細分化して窺っていくと、

一、まず「六字名号のご利益を示す段」がある。
 釈尊が、弥勒菩薩に対して、阿弥陀如来の名号、すなはわ南無阿弥陀仏のおいわれを聞信し、そして一声でも称名念仏するものは、この上ない功徳が得られることが、短いに説法の中で最後に説かれている。

 ところで、この「乃至一念」については、親鸞聖人は、「遍数の一念」(ひとこえの念仏)、つまり行の一念としてとらえらおられる。一方で、成就文の「乃至一念」は、信の一念である。それを簡潔に図式すれば次ぎのようになる。
 信の一念-時剋の一念(信心開発の窮まり・ひとおもいの信心)               成就文一念
      -信相の一念(二心(疑心)なき信心)
 行の一念-遍数の一念(ひとこえの念仏              流通分一念
     -行相の一念(ただ念仏ひとつ・他の行を並べて修さない)

 「遍数の一念」については、

*「行の一念といふは、いはく、称名の遍数について選択易行の至極を顕開す。」(『行巻』一八七頁)
*「いま弥勒付嘱の「一念」はすなはちこれ一声なり。一声はすなはちこれ一念なり。一念はすなはちこれ一行なり。一行はすなはちこれ正行なり。正行はすなはちこれ正業なり。正業はすなはちこれ正念なり。正念はすなはちこれ念仏なり。すなはちこれ南無阿弥陀仏なり。」(『行巻』一八九頁)
*「「歓喜踊躍・乃至一念」といふは、(中略)「乃至」は、称名の遍数の定まりなきことをあらはす。「一念」は功徳のきはまり、一念に万徳ことごとくそなはる、よろづの善みなをさまるなり」(『一念多念証文』六八五頁)

などと示して下さっているのである。(つづく)

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