カテゴリー「聖典講座」の92件の記事

『観経』「散善顕行縁」(2)~去此不遠~

 ところで、ずっと沈黙して、愚痴を受け止めて、光明で済度されていた釋尊が、開かれた第一声が、「阿弥陀仏、此を去ること遠からず。」というのは有り難い。

 古来より、「去此不遠」は、『大経』や『小経』との違いが問題にされている。すなわち、『観経』が「此を去ること遠からず」に対して、

 「法蔵菩薩、いますでに成仏して、現に西方にまします。ここを去ること十万億刹なり。」(『無量寿経』)
 「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて世界あり、名付けて極楽といふ。その土に仏まします。阿弥陀と号す。」(『阿弥陀経』)

と『大経』や『小経』では、「十万億刹」も離れている表現されているのをどう会通するのか。この点に関しても、善導様は『序分義』で、三義を建ててご説明下さっている。すなわち

一、分斉不遠の義-分斉を「程度」とすれば、二十万億刹や三十万億刹等の諸仏の国に比べれば、遠くないといわれる。また分斉は「境界」ともとれる。

二、往生不遠の義-浄土への道のりは遠く説かれていても、往生する時は一瞬なので(一念即到)、遠くはない。

三、観見不遠の義-観念の行が成就すれば,浄土も如来も心眼に映り、常に眼前だ。

ということになる。

聞法の上でも、最初は、浄土も阿弥陀さまを遥かに遠い。ともすれば、私の方で遠い存在にしてしまっている。しかし、阿弥陀様の側から見ればどうだろうか。西方極楽浄土を離れたまわぬ阿弥陀仏ではあるが、同時に、大悲の働きからみれば、形に影が離れないように、常にこの我が身に寄り添い、護ってくださっているということになる。
ならば、遠いところに追いやって、人事として聞法していては、余りにも勿体ないではないだろうか。(続く)
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  ↑若き日の悟朗先生の書(二階の階段に掲示)

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『観経』「散善顕行縁」(1)~概観~

『観経』の発起序に入って、今回は「散善顕行縁」(発起序七縁の六番目)の後半。

 ここまで、一言も発せず、韋提希の愚痴を受け止め、光(智慧)によって恵みを与えておられた釋尊が、その機縁が熟したことを見抜き、言葉を発して、韋提希のためのご説法を始められ、散善の概説が説かれる段である。

(1)まず、「阿弥陀仏、此を去ること遠からず」であることを示され、韋提希の要請を受けて、観仏の行を説くと述べる。それは、西方極楽浄土にうまれる行をおさめようとする未来世のすべての者のためでもあると述べられる(為凡の教)。

(2)そのために三福の善行が説かれる。

(3)続けて韋提希に、この三福の行は、過去・現在・未来のすべての諸仏方がなされた清らかな行であり、諸仏の浄土を建立された正因であることが述べられる。

 この段を、善導様は「散善顕行縁」と名付けられた。散善とは、日常の取り乱した心のままで、悪を廃して善を修めていく行である。詳細は、後の九品段で述べられるのだが、それに先立って、散善が往生の行であることを予め顕す縁という意である。また、善導様は、釋尊が自ら散善を開かれたと見られている。
 ちなみに親鸞様は、「散善顕行縁」を「自力の散善は、他力念仏を顕す縁」と転意をされて味わっておられる(『化土巻』388頁)。(続く)

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5月の聖典講座~愚痴の凡夫~

『観経』の序分、中でも発起序は『観経』の性格を示す重要な箇所で、善導様は『観経』が説かれる縁を七節(「発起序七縁」)に分けられた。「王舎城の悲劇」が韋提希夫人の救済を中心に述べられているのだが、今回は、そのうち「厭苦縁」「欣浄縁」と「散善顕行縁」の一部を窺った。いよいよ愚痴の凡夫の代表、韋提希夫人の苦悩を機縁にして、弥陀の本願が、誰をお目当てに建てられたのかが明らかになってくるのである。

 厭苦縁【四】とは、韋提希夫人が、苦しみ、悲しみの穢土を厭(いう)う段である。
 幽閉され、愁憂憔悴(しょううしょうすい)した韋提希夫人が、涙ながらに(悲泣雨涙)仏弟子を遣わすことを遥か耆闍崛山を望んで要請される。そのやるさない思いを知った釋尊は、目連・阿難の二尊者を遣わすだけでなく、自らも「耆闍崛山より没して王宮に出でたもう」のである。韋提希が頭を上げるいなや、神々しい釋尊のお姿をあったのだ。その釋尊のお姿に接した韋提希は、「自ら瓔珞を断ち、身を挙げて地を投げ号泣し」して、愚痴のありったけを述べるのであった。

 続く、欣浄縁【五】は、韋提希夫人が、苦の世界、穢土を厭うた後に、浄土を欣(ねが)う段だ。
 釋尊に愚痴をぶつけた韋提希は、「わがために広く憂悩なき処を説きたまえ、われまさに往生すべし」と述べ、さらに娑婆の厭うべき姿を語り、「清浄の業処」に生まれることを願った。その願いを聞き終えて釋尊は、眉間の白毫より金色の光を放たれ、数限りない諸仏方の浄土を示される(光台現国)。数々の仏国土の中から、韋提希は、阿弥陀様の極楽浄土に生まれることを願われたのである。

 散善顕行縁の前半【六】だけを頂いたが、韋提希の別選により釋尊の説法が始まるのであるが、それに先立って頻婆娑羅王を光明で救う段である。
 韋提希が弥陀の極楽浄土を願われたことで、釋尊は「即便微笑」されて、御口より五色の光を出すと、その光が頻婆娑羅王を照らした。すると、王は、なんの煩いもなく釋尊を拝することができ、自然に阿那含(小乗の在家者の悟りの境地)に至ったのである。

 ここに至って、それまで沈黙され、ただ光明で応じられていた釋尊が口を開いてのご説法が始まるのである。
 しかも、その第一声が「阿弥陀仏、此を去ること遠からず」というものであった。

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4月の聖典講座~権化の仁~

  聖典講座も、『観無量寿経』に入って、3回目。ここまでは、浄土三部経の復習や『観経』全体を概観するものが中心で、今回から本文に入っていく。しかし、前回は本願寺発行のDVDを観たが、内容的にはいま一つだったので、今回は、昔からあるスライド(幻燈!)を観ることにした。面白いのは分かっているのだが、昼間の明るいところでは、画面がボーとしているのがちょっと残念。

 それでも、父と息子、母と息子、さらに悪友の抜き差しならぬ過去からの因縁が織りなす人間ドラマは、身につまされる。その姿は、いまの私達の家庭生活で繰り広げられる、家族間の恩愛となんら代わりはない。ただ違うのが、国王という絶大な権力や地位、財産があることだ。つまり、スケールが違う。ちっぽけな家や雀の涙の財産なので、親殺しまでには至らないだけのことである。財産や権力が大きくなればなるほど、肉親であっても、いや肉親であればこそ骨肉の争いが起るのである。

 しかし、これもすべて「権化の仁」であり、「世雄の悲」から起った、すべて末法の泥凡夫をお目当てにした大芝居なのである

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四十八願のこころ(16)第三十一願~三十二願

「たとひわれ仏を得たらんに、国土清浄にして、みなことごとく十方一切の無量無数不可思議の諸仏世界を照見すること、なほ明鏡にその面像を覩るがごとくならん。もししからずは、正覚を取らじ。」(第三十一願・国土清浄の願)

「たとひわれ仏を得たらんに、地より以上、虚空に至るまで、宮殿・楼観(ろうかん)・池流(ちる)・華樹・国中のあらゆる一切万物、みな無量の雑宝、百千種の香をもつてともに合成(ごうじょう)し、厳飾(ごんじき)奇妙にしてもろもろの人・天に超えん。その香あまねく十方世界に熏(くん)じて、菩薩聞かんもの、みな仏行を修せん。もしかくのごとくならずは、正覚を取らじ。」(第三十二願・妙香合成(みょうこうごうじょう)の願)   

             
 第二十一願以降は、第二十二願(還相廻向の願)から展開して「浄土に生まれて仏となった人々」への願いが中心となります。そして、その浄土がいかなる国土であるかを明らかに誓われたのが、第三十一・三十二願です。お浄土という国土を建立する願いです。
 まず第三十一願は、国土清浄の願といわれています。お浄土は、この上なく清浄であって光輝き、それはまるで澄みきった鏡のようで、すべての諸仏方の世界を映し出してみせようという願いです。
 お浄土に対して私達の国土は穢土で、濁っているから真実が映し出されないのです。一方、磨かれた鏡がすべてを映し出すように、お浄土は清らかに澄みきり、すべてが明らかになるのです。
 次の第三十二願は、妙香合成の願と呼ばれています。お浄土にあるすべてのものが妙なる香りに溢れて、それが十方世界に薫ってよい影響を与えるというものです。
 それに対して私達の穢土には、さまざまな悪臭が満ちています。この身からも口臭や体臭が匂います。そのために芳香剤を使ったりしますが、所詮はごまかしているのにすぎません。でも、お浄土の芳香は、阿弥陀様の清浄な願い、すなわち本願から起こって薫じられた真実、清浄の香りです。それで、十方世界に満ち満ちたその香りを聞いた菩薩は、ますます仏道修行に奮い立つというわけです。「香りを聞く」という表現が面白いですね。

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『淨土法門源流章』一念義 幸西大徳

 昨年4月から凝然大徳の『淨土法門源流章』の講読を受講している。

 凝然大徳は東大寺の学僧であるが、 現在でも十分通用する、三国にわたる全仏教(ただし浄土宗や禅宗はおまけ程度)を網羅する仏教概説書である『八宗綱要』の著者としても有名だ。『淨土法門源流章』は凝然大徳のもっとも晩年の書である。

 冒頭はインド、中国、日本に渡る三国伝来の浄土の法流を、かなり総花的に概論している。法然聖人すら教義に関しての記述はない。ところが、法然門下にとのような門流があるのかから、急に詳しく述べておられる。

 まず法然聖人の弟子の一番手として、幸西大徳(1240-1321)があげられている。ここを3回に渡って読ませてもらった。親鸞聖人の十歳上の先輩で、『歎異抄』の流罪記録に「幸西成覚房」と記されている(證空上人と同じく、この時は預かりとなって流罪は免れるが、後に流罪となる)人物である。

 ところが、一念義と称される彼の教義の詳細をあまり知る機会はない。その理由とてしは、まず著書が多数あったが、ほんどが失われてしまったこと。『玄義分抄』(『観経疏』「玄義分」の注釈書)は現存するが、近代(大正年間)まで発掘されず、それ以前には研究の対象になることが少なかったのだ。
 さらに、『浄土法門源流章』では、京都や阿波で教線を紹介されているが、室町期までにその流派がほぼ消減してしまい残っていない。
 三番目は、同じ法然門下(特に鎮西派)では一念義が嫌われ、幸西も、法然聖人から破門された異端者だという伝記まで捏造(たぶん)されていくこと(捏造といえば、親鸞聖人までも幸西の弟子であったという記述まで含まれている。こちらも根拠はない)。

 そのような理由が重なり、一般に教義に関してはあまり知られていないなかで、本書は、幸西大徳について、客観的な立場から、当時現存していた著述を繙き、記述されている貴重なものである。

 その凝然大徳は、華厳宗、南都の学僧であり、浄土宗批判をした明恵上人の後輩にあたるから面白い。今日とは異なり、一宗派に固執するよりも、幅広くさまざまな教えを兼学することが高く評価されていた時代であった。彼は、若き日に、法然門下の長西より善導の『観経四帖疏』を学んでいるのだ。

 その意味でも、客観的に法然門下の法流について述べるに相応しい御方であった。ちなみに、この著述には、まだ親鸞聖人の「し」の字も登場してこない(当然、他の浄土宗の祖師方の文献も同様の扱い)。法然没後100年たった時点で、親鸞門流は弱小グループだったのか、その存在感がなかったのである。しかし、ここで一番に取り上げられた幸西の一念義が、この後ほどなく消滅するのに対して、親鸞聖人御一流が、今日まではもっとも興隆することになるとは、当時は想像もされなかったことだろう。その考えると、後々の相続というのもがいかに肝要かが分かる。

 ところで、幸西大徳の一念義は、法然門下でもかなり先鋭的である。一念を「一声」ではなく、仏智の一念ととられている。また、現生不退を説いたり、経に隠顕をみたり、(法然聖人と同じく)菩提心に関してもかなり大胆に捨てものとして述べている。教判も善導の二蔵二教判を受け継ぎ、菩薩蔵頓教の立場で、聖頓・凡頓として、凡頓の立場をとってとられる。

 それらから、かなり親鸞聖人に近いもの(講義では酷似と表現)だと言える。が、個人的には、似かよってはいるが、同一視することはできない部分も多いように思った。
 それにしても法然門下におていても、「ただ念仏申す」という称名(行)一色ではなく、信を強調する立場も強かったことが、これからも窺えた。たとえば『大経』の一念に関して、法然様は善導様に従って、すべて「一念=一声」と解釈されているのだが、幸西大徳は違う。親鸞聖人にしても、信の一念(成就文)と解釈されたり、行の一念(附属の一念)と別けておられるのだ。

 すでに論文等もあるが、実際、親鸞聖人がどれほど幸西大徳の影響を受けられたのかは、興味深いところであった。
 

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『観無量寿経』(2)組織

『観無量寿経』に入って、第2回目。

 まだ本文には立ち入らず、組織・組立(分科)で概観した。

 お経は、伝統的に「序分・正宗分・流通分」三分類されるが、善導様は、『観無量寿経』を五分類して頂かれている。簡単に述べるが、命名も善導さまのご指南によるものである。

 一、序分は、(1)証信序(通序=全てのお経に共通し、六事=信・聞・時・主・処・衆成就を示す)と
(2)発起序(別序=各経の特殊な事情を述べる)に、だいたい二分類される。
 善導様も、その2分類されているが、ただ(1)証信序を「信・聞」のみ(つまり「如是我聞」)として、
 従来は証信序とみられる「時・主・処・衆」を「1、化前序」とし(2)発起序に収められた。ここは、「王舎城の悲劇」が韋提希夫人を中心に述べられる段である。そして、聖道門の諸師が正宗分とされた「5、欣浄縁」「6、散善顕行縁」「7、定善示観縁」-韋提希夫人の要請で、本論に入る前に、散善・定善の概要が説かれている-を、発起序に収められている。つまり『観経』が説かれる縁を、「1、化前序」~「7、定善示観縁」の七節に分けて、発起序七縁とされている。

 二、正宗分(本論)に入ると、韋提希夫人の要請に応じ、浄土往生の方法が段階的に説かれている。(1)定善十三観、(2)散善三観(三福九品)に二分科で収まるのである。
(1)定善十三観とは、息慮凝心-精神統一をして、淨土や阿弥陀仏などを観想 する十三の観法。中心は、第九観の真身観(阿弥陀仏の相好を感ずる)。
(2)続いて、散善三観とは、精神統一が出来ない者の行で、廃悪修善(悪を廃し、善を修める)が説かれる。『大経』の三輩(上・中・下)段に対応し、さらにそれぞれを、上生・中生・下生の九品に分類する。三福(世・戒・行)九品ともいうが、最後の下品では、悪人のために念仏が説かれる。
 
 そして、三、得益分を分けられた。この経を聞いた人々が大きな利益を得たことを示す段であるが、聖道門の諸師はここまでを正宗分とされていた。

 四、流通分は、経典の結言に当たり、正宗分で説かれた教えを要約し、後世にその教えを伝承するように仏弟子に委嘱される段である。
 ここでは、阿難尊者の経名と受持を問い答えた釋尊が、観仏三昧の利益、聞名の利益と比較し、念仏三昧の勝った功徳をあげて、他力念仏(親鸞さまのお心)を阿難尊者に附属される。
      
 五、耆闍分は、王舎城でのご説法(王宮会)が終わり、再び耆闍崛山(霊鷲山)に戻られた後、耆闍崛山で、阿難尊者が王舎城での様子を再説される。化前序に対応している。それで、本経は「両処二会の説」「一経二会」とも言われてる。

 この後、、題号の『仏説観無量寿経』と、訳者の「宋元嘉中?量耶舎訳」を文字ごとに頂いた。今は省略するが、ここでも、「仏説」の「仏」とは? 「説」とは?というのも、善導さまの詳細なご指南によった。

 古今楷定の師であり、親鸞さまは「善導獨明仏正意」と譬えられているが、1300年の時を超えて、そのすごさの一端を知らされた気がした。これからその始まりである。 

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『選擇本願念仏集』~四修篇~

 『選擇本願念仏集』の講読。

 今回は、四修、つまり安心・起行・作業(さごう)の「作業」にあたる。平たくいうと、どんな態度で念仏を申すか、念仏の称え方である。

 法然さまは、善導さまの『往生礼讃』と、慈恩大師窺基の著と言われてきた『西方要決』を引文されている。

 ともに四つの態度・姿勢があると明示されるのだが、善導さまは、3つしか示されていない。

(1)恭敬修-阿弥陀仏と聖衆を敬虔に敬い礼拝する。
(2)無余修-他のことを一切に交えないで、阿弥陀仏の名をひたすらおもい、称えていく。
(3)無間修-(a)間をあけず、相続して恭敬礼拝をしていく。
        (b)貪愼などの煩悩を間えず、実践していく。
そのすべてを、畢命(命が終わるまで一生涯)誓って中止しないということが、その3つに通じての実践態度なので、それを
(4)長時修として、合わせて4つとあると示されている。

 法然さまは、長時修は、六波羅蜜の中の「精進」-怠けず努力すること-が後の5つの波羅蜜すべてに通じるのと同じだと説明されている。

 と同時に、「恭敬修」のことを「殷重修」と表現されている。意味をまったく同じであるが、何事も丁寧に、心込めて懇ろに行えということである。

効率や形式ばかりを追いかけて、目新しい刺激ばかりを求めている日常生活。そん中で、お念仏や勤行、聞法にしても、仏事全般を、軽んじ、なおざりにしている姿を恥じるばかりである。

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『観無量寿経』始まります

 昔(聖典講座が婦人講座と呼ばれいていた40年以上前)から、1月と8月は聖典講座はお休みだ。でも、今年は1月に聖典講座を開催した。報恩講前で、お世話役の方も初参加くださり、いつもとは違う顔ぶれが集まってくださった。

 区切りよく今日から『観無量寿経』へ。おさらいの意味で浄土三部経の概観から入った。これが三度目なので、今回は『観経』を中心にした構成にして、最後に本山から発行されている『観経』王舎城の悲劇のDVDを見てもらった。

 浄土真宗では、親鸞聖人の影響で、『観経』といえば序文の「王舎城の悲劇」を中心に味わっているが、正宗分の中心となる「定善・散善」は、十八願の他力念仏へ誘引するための方便、流通分の他力念仏の付属こそが真実であるという立場があって、どうも三部経の中でも、一番馴染みのない一段低いお経と理解されがちだ。さらに、善導様によって決定版が出されたことで、その見方が固定化されてしまっているという問題点もある。

 そんなこともあってか、今回の質疑でも、どんな態度(姿勢)で、これから講義に臨めばよいか?とか、DVDを見ても韋提希夫人には共感できでずに、ただ眺めて終わってしまったが、どうすればよいのかというような声がでた。

 それを聞きながら、別に無理に共感する必要もなければ、受験勉強ではないのだから、こう理解しなければならないという囚われは、むしろ邪魔になるかもしれない。しかも、皆さん、初めて読ませてもらうのだろうから、別に構えることなく、虚心坦懐、己を空しくして読ませてもらえばいいのである。そして、善導様や親鸞様のご指南を仰いでいけばいいのである。最初から、こう感じなければならないとか、こう思わなければならないというのは、あまりにも不自由だ。むしろ、初めて読む世界を、わくわくと楽しんだり、知らないことには、素直に「ヘエー」と驚いていけばいいのではないだろうか。

 ※次回は、2月4日(日)昼1時30分~5時

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『選擇本願念仏集』~三心篇~

 仏教大学の四条センターは一般向けの講座だが、聖教の講読もある。
 今年は、凝念大徳の『淨土法門源流章』を原文に当たっているが、専門的な内容もあって楽しみに参加している。

 もう一つが『選擇本願念仏集』の講読だ。これは途中からの参加となったのは残念だ。じっくりというより、かなり早足なのでもう少し掘り下げて聞きたいが、致し方はない。10、11、12月の三回で、三心篇を拝読した。「至誠心」「深心」「回向発願心」をそれぞれ3回で読む。かなりの分量があり、また二種深信や二河譬などの重要な箇所もあって、三回で読むにはあまりにも勿体ないが、それでも基礎的な押さえはできた。

 この三心は、『観経』に「浄土往生を願うものは、三種の心を発したならば即便ち往生する。この三心を具すれば必ず往生する」と述べられている。がしかし、ただ「至誠心」「深心」「回向発願心」と三心を列挙されるだけで、具体的にどんな心なのか、それをどう発こすのかは、まったく触れておられない。にもかかわらず、さすがは善導さまだ。字訓などからそれぞれのお心深く、また詳細に教えてくださったのである。

 それを法然さまはどう受け取られたのか。そのいちいちにはいまは触れられないが、法然さまは、大半を『観経四帖疏』と『往生礼讃』からの引文されている。ただ親鸞聖人のような独自の読み替えはほとんどない。それでも法然さまが引用される箇所、省かれた箇所、別にところで取り上げておられる箇所など微妙な違いがあって面白かった。

 最後に、私釋段で、三心は「もし一心をも少(か)けぬればすなわち生じることを得ず」との「礼讃」を『選擇集』ではそのまま受けておられる。が、他のところでは、一心に信じ念仏申したならば、三心は自然に具足するというようにも述べておられるのも、法然さまの展開といっていいのだろう。ご文を引いておこう。お味わいください。

 南無阿弥陀仏について、「阿弥陀ほとけ、われを助けたまへということばと心得て、心にはあみだほとけたすけたまへとおもひて、口には南無阿弥陀仏と唱うるを、三心具足の名号と申すなり」 (つねに仰せられける御詞)

「三心・四修と申すことの候は、みな決定して、南無阿弥陀仏にて往生するぞとおもううちにこもり候なり」 (一枚起請文)

「一向念仏して、うたがうおもひなく往生せんとおもうふは行具の三心也。五念・四修も一向に信ずるものは、自然に具する也」 (東大寺十問答)

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