カテゴリー「映画(アジア・日本)」の139件の記事

今年みなみ会館で見た28本(前編)1~14

 3月一杯で終了する京都みなみ会館で、今年1年、どんな映画を観たかをリストアップしてみた。(*)はドキュメンタリー映画。

1『将軍様、あなたのために映画を撮ります』(*)は、北朝鮮が舞台に、亡命した韓国籍の映画監督と女優の物語。監督の弁明が保身的で、そのままは聞けなかった。

2『人魚姫』は、B級映画の典型でそこが面白い。中国・香港映画で摩訶不思議なフアンタジー。

3『クワイ河に虹をかけた男』(*) 「戦場に架ける橋」で名高いビルマを舞台にし、戦争責任を担った一人の日本人の真摯な生き方を追いかけている。

4『太陽の下で』~真実の北朝鮮~(*) 映像を通して、真実の北朝鮮(平壤)を舞台にしたドキュメンタリーで話題に。そのまま撮ることで、造られた不自然さが浮き彫りになる、ある意味で、映像の持つ力、恐ろしさがわかる。さ。

5『ブラインド・マッセージ』。中国・香港映画。タイトルどおり、盲目のマッサージ師たちの愛憎渦巻く人間ドラマ。よくありがちな、お涙頂戴の障がい者のものとは一線を隠していた。

6『ニュートン・ナイト』は、マシュー・マコノヒー主演(メジャーな旬の役者)のアメリカ映画だが、中味は渋い。

7『バンコクナイト』は、タイ・ラオスが舞台の日本映画。あるところでは評判にもなったのだが、正直、ぼくには退屈な一本だった。

8『kapiw(カピウ)とapappo(アパッボ)』(*)は、現代のアイヌの姉妹の音楽活動を追いかけたドキュメンタリー。現在の日本でのアイヌのアイディティテーとは何かが、シビアに映し出されている。

9『おとなの事情』は、イタリアで大ヒット。友人たち(夫婦連れ)の会食場面での、ちょっとしたお遊び-連れ合いのスマホを信頼し見るかどうか-から興る、夫婦間の秘密暴露へと展開して、かなりの苦々しさと、面白みが混じる秀作。

10『幸福は日々の中に』(*)鹿児島の知的障がい者施設でのアート活動を紹介したもので、面白かった。

11『娘よ』は、日本初公開のパキスタン映画。パキスタンの荒々しい大自然と、古い因習の残る部族社会での女性差別の現実を扱った実話。

12『スペシャリスト』~自覚的なき殺戮者~(*)は、イスラエルなど製作のナチスのアイヒルマン裁判を描いた傑作。この関連は、ここ数年造られたいる。

13『世界でいちばん美しい村』(*)は、ネパール大地震の後の寒村の様子を描いた日本製のドキュメンタリー。

14『世界にひとつの金メダル』は、フランス映画で馬術の障害競技で、オリンピックを目指した父と子の愛憎を描く実話。これはまあまあといところ。日本人には馬術競技はなじみがないという点もるあが、もう一押し足らない感じがした。

(続く)

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映画『幻を見る人』と詩人吉増剛造

 知の巨人吉本隆明は、「今、日本でブロフェショナルの詩人とは、谷川俊太郎、田村隆一、そして吉増剛造の3名だけだ」と言ったという。ところが、そんな吉増剛造のことを、ぼくはまったく知らなかった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%A2%97%E5%89%9B%E9%80%A0

 川端康成が『古都』を執筆した京都で、その吉増を捉えたドキュメタンリー映画を見る。今回が初上映。被写体の吉増も初めて観たといった。会場は、同志社の寒梅館のホール。先月、中村敦夫氏の朗読劇を観たことをきっかけに、今夜も参加した。大学での上映、しかも無料なのに、年輩の方ばかりが集まっている。不思議に感じたのは、ぼくだけでなく、終了後「なぜ学生さんは来ないのか?」と受付係に質問していた人もいた。結局、今の若者の関心事ではないということだろう。

 映画は、東日本大震災の大津波の映像からはじまった。おそろいしほどの自然の脅威だ。日本を代表する詩人でも、この東日本大震災の惨状を前に言葉を失ったというのである。そして、京都の美しい四季が描かれれていく。こちらは、息をのむほどの美しさだ。特に、光の鮮やかさが印象的。映像美でもある。
 春の醍醐寺の桜、夏の貴船神社の緑、秋の岡崎の流響院の紅葉、そして冬の妙心寺と雪景色。そして、川端康成が『古都』の部隊である京都北部の中川地区。北山杉の里だ。余談だが、学生時代、Aさん兄弟と一緒に、冬の中川で写真撮影に出かけたことがある。その後、自分でフィルムを現像しプリントもした。懐かしい思い出だ。そして、神秘的な池は沢池だろう。中学時代、ここでキャンプして泊まったこともある場所。ラストは、妙心寺の狩野派の筆で,法堂一面に描かれる龍である。

 大震災と京都の四季は、一見、無関係なようで、水をテーマに、また古代から日本人に流れる自然(水)への畏怖と報謝が、神と祀られたり、龍となっていることを示しているようだ。京都盆地には、琵琶湖の水量に匹敵するほどの地下水が貯蔵されているそうだ。それが伏水となって、名水を生み出している。伏見が酒作りで有名なのもこれに関係し、各地の神社には湧き水の名所も多い。日頃は隠れているが、そこかしこに痕跡があるのだ。

 しかも単なる自然を映し出す美しい映画ではなく、主役は、その場所で言葉を紡ぐ詩人、吉増剛造。その創作活動の一端をおいかけることだ。鬼才のパフォーマンスは、凡人の理解を遥かにしのぐ、身を削っての創作活動の一部をかいま見る。

 映画がおわり、吉増剛造氏が舞台上でパフォーマンスと、対談。終了後、その場で参加者とのちょっとした交流会。なぜか、鬼才の詩人が、連れ合いの目をじっと見つめて創作のたいへんさを語っているのが面白かった。何か響くものがあったのかわからないが、彼女は、「こわいよー」と小声で。ある程度、養生してあった舞台だっだが、そこかしこに墨汁が飛び散っている。詩人の靴も、服も墨だらけだ。

 創作過程のほんの一部、言葉を紡ぎだす苦悩のほんの一旦にも触れられて、いろいろと刺激も受けた集いだった。
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『カレーライスを一から作る』~最近見たドキュメンタリー映画(1)~

  最近、面白いドキュメンタリー映画を立て続けに観た。すべては無理でも、少し紹介していきたい。

 『カレーライスを一から作る』といっても、別にカレーライスの作り方を教えるわけではない。ほんとうにすべてを一から、自家製で作っていこうという武蔵美(美術系の大学)のゼミを9ケ月間、追いかけたドキュメヘンタリー。ユニークな先生は、医者であり、探検家でもあるでもある関野吉晴氏。これまでさまざまな身をかけた体験をされている。

171004 一から作るというのは、コメや野菜だけでない。スパイスや塩、もちろん肉に、食べるお皿やスプーン(ここは芸大なので専門か)まで、一から作るというのである。
いちばん時間がかかったのが、スパイス類。案外、時間がかからなかったのが、塩だった。野菜やコメだって、思い通りには進まない。それでもいちばんたいへんだったのは、やはり肉だ。四つ足(ブタやウシなど)の動物は、日本では勝手に屠畜できない法律があるので、二本足(つまり鳥類)を育てるということになった。でも、これだけは卵からというわけにもいかないので、ヒナから育てることになった。選ばれたのは、ダチョウである。ダチョウの肉には馴染みないのだが、昔、若狭で子ども大会を開催したとき、会場が農園ということで、宿泊した農機小屋の二階の隣の広場で、ダチョウが飼育されていたことを思いだした。
 
 ダチョウは、とても神経質で、怖がりなので、育てるのが難しいという。ちょっとした物音に驚きパニックになり、走り回って壁に激突して死ぬそうだ。ある程度、事情の分かるところで飼ってもらうが、やはりすべて死んでしまう。ついて、ホロホロドリと烏骨鶏を飼育することになった。ペットと家畜は違う。がどこかペット化すると、やはり最後に卵を埋めるようになった鳥を、「殺す」「殺さない」の話になった。でも、自分達の手でシメテ、捌くことになる。この捌くシーンがひとつのメーンであろうか。
 そして試食。食べるということは、他の命を奪うということ、私が生きるというとは、その連続でしかないということ。それにしても、もともと単純だったものが、さまざまなプロセスをへ、専門化され、複雑になりすぎて、逆に生きものの命を奪っているといういちばん肝心な点が見えなくなっている。そうすると、生きることが命を奪って食べることだという事実が分からなくなると、そのいのちの犠牲の上にある私の命までも希薄となり、結局、生きる意味もきれいごとになるのではないかと思った。

 ちなみに映画が、単行本にもなってます。

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中村敦夫朗読劇『線量計が鳴る』~元・原発技師のモノローグ~

Img_3815Img_3816 Rさんに校正を渡しぎりぎりまで仕事をして、急いで今出川の同志社大学に向かう。構内の寒梅館のホールで、中村敦夫の朗読劇を観る。
 整理番号は300番だったが、中央の2列目にの空きがありラッキーだ。休憩を挟んで2時間近く、一人での朗読劇。それでも、飽きさせることなく聞かせるのは、やはりプロ。
Img_3812    啓蒙演劇というジャンルで、情感に訴えて感情を揺さぶるのではなく、問題を指摘し観客を覚醒させ、新しい視野を提供する」というものだ。フクシマを通して、日本の原発にまつわるさまざまな嘘やごまかし、詭弁、さらにチャルノブイリでいま起こっている現実も踏まえImg_3807て、原発の本質を見極めて、ひとりひとりがわかこととして考えるきっかけになればという願いで始まっている。

 オリジナルの朗読だけてなく、プロジェクターを使った講義風で、啓発的な内容で、触発をうけた。もし近くで公演があるようなら、ぜひ足をの運びください。

http://www.monjiro.org/%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B/

 おまけですが、今回の朗読劇とは別だが、弁護士である河合弘之が撮った映画『日本と原発』(合わせて同じ著者の新書『原発訴訟が社会を変える』)だ。多岐にわたる原発問題の問題点が浮き彫りになってくるので、こちらも面白くて、お勧め。

 最後に、まったく関係ないことだが、主演の中村敦夫氏についての余談をひとつ。

 感想を会館の事務所で話ていたときの会話。。

T「中村敦夫といえば、「シトシトピッチャン、シトピッチン」ですね。
S「いや、それは子連れ狼でしょう。」
T「ああ、子連れ狼は、カツシンか」
S「いや、カツシンは座頭市でしょう。」
と、若いRちゃんには「?」の珍問答が続いていた。

   ちなみに、子連れ狼は若山富三郎(もしくは萬屋錦之介)で、中村敦夫は木枯らし紋次郎である。でもしかーしである。ぼくにとっては、「水滸伝」の林冲(りんちゅう)なのである。日テレが総力を結集した放映記念の大活劇で、中学時代のテレビ番組だった。ぼくが、いちばん影響を受けた番組かもしれない。おかげで、何十年たっても、いまだに水滸伝フリークである。その後、ほんもの水滸伝を読んで時、林冲が主役でないことに驚くことになり、北方水滸伝で、また衝撃をうけることになる。

 まったく原発問題とは別次元の話でした。

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『ユリゴコロ』と『ドリーム』の2本

 寺院法座は、日曜と月曜と続くが、月曜日は朝座がなく、2時までフリー。チェックアウト後の待ち時間で、映画館に行く。りんくうタウンにある泉南イオンである。イオンの映画館は、55歳以上は1100円・6本見たら1本無料、さらに駐車場が無料というので、よく利用する。昨年は、ここで『君の名は。』を見た。

 今年は、夜と朝に映画を2本効率よく観れた。『ユリゴコロ』『ドリーム』である。

 まずは、日本映画の『ユリゴコロ』は、ダークなサスペンス。ある意味で不思議な映画だった。当初、死にとりつかれて、殺人鬼となっていく主人公の女性の心理に共感しずらくしんどかった。特に「血」がでるシーンは苦手だ。
 人との共感する力がなく、「ユリゴゴロ」-どうやら「よりどころ」のことを-もたないまま、冷たく他人の死に出会う時にだけ落ち着ける女性の一生を、まったくそんな母親とは知らずに育てられた息子が、その手記を読むことで、事実に向き合っていくという物語。若き日の両親との出会い、恋人との出会い、母親との再会など、物語の核になる人間関係の偶然の出会い方都合がよすぎるのが難点だが、最後の方は、馴染めずにいた物語にだんだとと入り込んでいく気がした。心に残ったといえばかなり残るし、苦手いえば苦手で、ぼくとしては評価は難しい。

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 一方、アメリカ映画『ドリーム』は、50年代後半、NASAに勤務する黒人の女性たちの物語だ。なかなか面白かった。でも、邦題(日本語タイトル)がいけない。「ドリーム」だけでは、まるでアメリカンドリームを想像させ、努力したものが報われていくかのような錯覚をうむ。実際は、二重の差別(黒人であること、そして女性であること)の中で、その地位を向上させるために先駆となる女性の物語だ。単なる努力だけでは如何ともしがたい差別との戦いの一コマを、宇宙開発やコンピューターという新分野での成功と重ねて描かれている。ほんとうのタイトルは、「Hidden Figures」(隠れされた人たち)というのだ。

 また、日本人には理解しがたい、時代背景の理解があると、より愉しめる。ソ連との冷戦時代、宇宙開発(軍需開発そのもの)競争が激化。ソ連に先を越される「スプートニク・ショック」で、水をあけられたアメリカは焦っていた。宇宙開発では、ソ連がリードしてきたということがある。もうひとつが、この時代は、南部では黒人差別が公然とおこなれわていたこと。バスの座席も、トイレも、職場のボットにも、白人は、有色人種を差別してきた。NASAは、南部のテキサス州ヒューストンにあるのだ。そして、黒人社会においても、女性のエリートは男性によって差別されていた。つまり、黒人であること、女性であること。この二重差別によって、どんな能力があろうとも、職業や結婚など社会の中で虐げられていく存在であるということだ。
 上司にあたる白人女性が、部下の-能力があり、管理職の仕事をさせられながらも、ヒラにとどまる-黒人女性に、「私は差別主義者ではない」といい訳シーンがあるが、そこにも差別の実態が垣間見えてくる。ほかにも、今日のネット社会の先駆けとなるIBMの導入など、今日にもつながる社会の予感が窺える。

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『標的の島~風(かじ)かたか』

  以前、お東の九条の会で講演を聞いた三上知恵監督作品。『標的の島~風かたか~』は、高い評価を獲ている『標的の村』(キネマ旬報ベストテン文化映画第1位)『戦場ぬ止め』(キネマ旬報ベストテン文化映画第2位)に続く第三弾だ。

http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-c015.html

http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-0014.html

 170615鑑賞中も、鑑賞後も、なんとも言えぬやり場のない感情が沸き上がってくる。悲しみのようでもあり、怒りのようでもあり、絶望的な無力感でもあるのだか、そのものではなく、なんとも形容し難い痛みに襲われる。
 あまりにも理不尽なのである。でも、その一端を造っているのは、まぎれなくいまの私達であることも事実だ。民主主義とは何か。正義とは何か。そして、ほんとうの軍隊は誰が、誰を護るのか。標的の島とは、沖縄のことかと思っていたら、そうではない事実に驚愕するしかない。

 『ハクソーリッジ』が72年前の沖縄での日米戦争であったなら、それは今もまた形を変え日米の正義の名のもとでの理不尽が沖縄の人達を苦しめているという「事実」に目を背向けてはならない。

 詳細のストーリーは、なんらかの機会でぜひご覧いただきたいのでここでは触れない。ただ声だかな反戦映画ではなく、沖縄の豊かな文化や風習も随所に現れ、どこか未来への希望もある映画だった。最後に、このタイトルの~風(かじ)かたか~ということについてだけ監督の言葉から触れておこう。

 2016年6月19日、過去最も悲しい県民大会が那覇で開かれた。炎天下の競技場を覆い尽くした6万5千人は、悔しさと自責の念で内面からも自分を焼くような痛みに耐えていた。二十歳の女性がジョギング中に元海兵隊の男に後ろから殴られ、暴行の末、棄てられた。数えきれない米兵の凶悪犯罪。こんな惨事は最後にしたいと1995年、少女暴行事件で沖縄県民は立ち上がったはずだった。あれから21年。そのころ生れた子を私たちは守ってやれなかった。

  大会冒頭に古謝美佐子さがの「童神」が歌われる。(略) 被害者の出身地の市長である稲嶺進さんが歌の後にこう語った。「今の歌に『風(かじ)かたか』という言葉がありました。私たちはまた一つ命を守る風除け-『風(かじ)かたか』になれなかった」。とう言って泣いた。会場の女性たちも号泣した。

 できることなら、世間の強い雨風から我が子を守ってもりたいというのが親心。でも、どうやったら日米両政府が沖縄に課す残酷な暴風雨の防波堤になれるというのか。勝算はなくても、沖縄県民は辺野古・高江で基地建設を勧めるトラックの前に立ちはだかる。沖縄の人々は、未来の子供たちの防波堤になろうとする。

 一方で日本という国も今また、沖縄を防波堤にして安心を得ようとしている。中国の脅威を喧伝しなが自衛隊のミサイル部隊を石垣・宮古、沖縄本島、奄美に配備し、南西諸島を軍事要塞化する計画だ。その目的は南西諸島の海峡封鎖だ。だが、実はそれはアメリカの極東戦略の一貫であり、日本の国土もアメリカにとっては中国の拡大を封じ込める防波堤とみなされている。

 この映画はそれら三つの「風かたか」=防波堤を巡る物語である。

 (公式パンフレットの「ディレクター・ノート」より)

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『人生フルーツ』

170414 『人生フルーツ』を観る。

 東京では昨年から評判になっているが、京都はこの5月からやっと映された。1日1回上映なので、連日、立ち見がでる盛況ぶりだ。

 愛知県の春日井市のニュータウン。自然と共生する街づくりをされている老建築家夫婦が主役だ。その立ち居振る舞いが、まったく素敵だ。自然と共にいき、衣食住を整えて、かつ無理なく生きておられる姿が、共感を呼んでいる。

 実は、市井の老夫婦の晩年(どちらかの死まで)を地道に追いつづけるドキュメンタリー映画を、最近よく観る。昨年ならば、山口の山に住む夫婦と家族の25年を追いかけた『ふたりの桃源郷』お隣の韓国でヒットした『あなた、その川を渡らないで』もそうだ。こちらは98歳と89歳の純愛物語。けっこうジーンとなった。

 その2本と比べると、人生フルーツの二人には、生きる指針というか、哲学的なよりどころがかなりはっきりしていて、それが凛とした生きざまにつながっているように思えた。モットーは「年を重ねるごとに美しくなる人生」.。

  ただヴィム・ヴェンダース監督の『誰のせいでもない』と、2本続けての鑑賞だったので、ちょっと眠ってしまいましたが…。

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『ラサへの歩き方』~祈りの2400㎞

  『ラサへの歩き方』~祈りの2400㎞は、昨年秋に観た映画。何度かご法話でも話して、いまさらだがちょっとご紹介。

Fdb5f885d2cbb47802d3966a212a5298212  チベットの小さな村から、親戚や仲間たちが、はるか遠く聖地ラサ(1200㎞)、さらにカイラス山へ山岳道(1200㎞)の祈りの旅に出るのである。2400㎞もの道中、「五体投地」で、1年をかけて巡礼する。その様子が、大自然の中での巡礼風景と、チベットの人々の暮らし向きや日常が、丁寧に描かれていた佳作だった。

 Map_2巡礼者は、老若男女を問わない。子供だけでなく妊婦や高齢者までいる。日常がそうであるように、一見、非日常の巡礼の旅の途中にも、出産もあれば、死もあるのだ。特に、鳥葬のシーンもある。生前、生き物のいのちを奪い生かされてきたことに対して、最後にその身を布施するというのである。

「五体投地」のルールは、
(1)合掌する
(2)両手・両膝・額を大地に投げ出してうつ伏せる
(3)立ち上がり、その動作を繰り返して進む
(4)ズルをしない
(5)他者のために祈ること

これまで、インド仏跡でも、五体投地での巡礼者に出会っているが、恥ずかしいことにまったく(5)の視点が、ぼくにはなかった。そして(4)の徹底ぶりにも、頭が下る。

  ところで、インドで興った仏教は7世紀頃にヒンドゥー教の影響を受けた密教が興り、中国や日本にも弘まるものの肝心のインドでは、結局、ヒンドゥー教に呑み込まれてしまい、仏教は滅んでしまう。しかし、チベットでは、その密教と民族信仰(ポン教)とが結びつき独自のチベット仏教が花開くことになる。なかなか日本では、チベット仏教のことは知られておらず、神秘的で、呪術的で、そのおどろおどろしさが魅力だという、そんなイメージがあるだろうか。

 しかし、チベット仏教は大乗仏教でもあるのだ。 大乗仏教の大きな特色のひとつが、菩薩道、利他行の実践である。

 だからこの祈りの旅もけっして自己の欲求満たすために祈りではない。これだけの難行苦行も、すべて他者の幸せを祈るというのである。

  目の前に虫が歩いてると歩みを止めて殺生をしないようにつとめる。 夜には、ゲルに一同が会して夜の勤行し、語り合う。静かな、豊かな時間が流れているのには、こちらちの胸も熱くなった。

 ではなぜ、衆生の私が行もせず、善も積まず、布施もせず、祈りもしない浄土真宗が「大乗仏教の至極」なのか。……しみじみ味合わせられます。

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『この世界の片隅に』

 今年の日本のアニメション映画は豊作年だった。しかし3本ともジブリ系ではない。
 
 人気、動員では、『君の名は。』がダントツで、社会現象にもなっている。映画の出来では、『聲の形』や『この世界の片隅に』もけっして劣っていない。むしろ『この世界の片隅に』は、今年の邦画ベスト10に入る名作ではないだろうか。

 1「あまちゃん」の能年玲奈が「のん」と改名して、戦前から戦後を市井の女性の独特な雰囲気で好演。のどかで平和な戦前の少女時代に始まり、広島から呉に嫁いだ日常生活の細々した暮らしぶり、ごくごく平凡な人達に襲いかかる戦争の悲劇が、とても繊細なタッチで描かれていた。

 原作者のこうの史代は、一度、『夕凪の街 桜の国』を実写映画を見たことがある。今度はアニメ。戦争四部作で有名な故黒木和雄監督の作品にもつながる気がした。

 今年になって、呉の大空襲を経験した人から、猛火の中を養父母に両手を引かれて足が地につかないほどの勢いで、必死に逃げまどう話を聞いたばかりだ。土地柄、海軍勤めの方も下宿されていたという。猛火が収まり、広場に集まった時に、消化活動をせずに、いち早く子供連れて逃げだした父親が「卑怯者!」と罵倒され、鉄拳の制裁を受けたなと、60年前のことをまるで昨日のように、なまなましくお話くださったのが印象的だった。まるまるこの映画の世界であった。

 おススメです。

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『ソング・オブ・ラホール』

   やはり映画と音楽ほど相性のいいものはない。

 『ソング・オブ・ラホール』は、危機的状況にあるパキスタンの伝統音楽の継承者たちが、起死回生の秘訣としてジャズ演奏に挑戦するというもの。これがなかなかの佳作で、実際のNYでのライブ映像は、感動的であった。

161203 豊かな歴史と伝統を持つパキスタンの都市、ラホール。インド同様、この地も映画産業が盛んだ。アメリカがハリウッド、インドがボリウッドならば、パキスタンは「ロリウッド」と呼ばれ、伝統的な音楽とも結びついて発展していた。

 ところが、70年代後半に政権を握った軍事政権はイスラム化を推進。世俗化の代表である歌舞音曲の類は軒並み衰退し、さらには、90年代から台頭したタリバンによって徹底的に弾圧をされていく。伝統音楽の名手たちも、つぎつぎと転職し、衰退の一途をたどっていた。

 このままなら親から子に、師匠から弟子に、世襲されてきた音楽は消えていく。そこで、彼らがとったのは、伝統楽器によるジャズの演奏である。

「なぜ、ジャズなのか?」。そして、「テイク・ファイヴ」なのか。これにもちゃんと背景があって、なるほど思った。

1956年、アメリカ国務省の親善大使として中東に、トランペッターのディジー・ガレスピーを初めて派遣している。その後も、大物が親善大使として、世界各地を訪問ているが、有名なところでは、デューク・エリントン楽団が1963年にインドなどを訪問した印象と、訪日の体験から『極東組曲』というアルバムをだしている。そして同じように、パキスタンのラホールを訪れたのが、デイヴ・ブルーベックで、この仕掛け人がその音楽に生で触れたというのである。
 もしかしたら、変拍子というのも相性がよかったのかもしれない。

 そして、その50数年後。彼らが招かれたのがNYのリンカーン・センター。ジャズの殿堂と言っていい聖地で、世界一と称されるジャズビックバンドのリーダーで、世界的ジャズ・トランペッターのウィントン・マルサリスと競演するという因縁が、なんとも面白いではないか。

ぼくには、、世界的ジャズ・トランペッターのウィントン・マルサリスが、丸くふくよかな姿も衝撃的だった。デビューアルバム以来、ずいぶん彼のレコード(いまはCD)を聞いてきた。デビューから「天才」と絶讃されていたのである。が、その音楽に心引かれることはないのが不思議で、『自由への闘い』というアルバムを最後に、いまはもう聞くことはない。破天荒さや猥雑さというか、何かプラスαを感じられなかった。要は、ぼくには面白くなかったのだ。ジャズのルーツを探るまでもなく、40年代、50年代でも、虐げられ、抑圧され、もしくは反骨精神が、音楽になんらかの形で影響を与えてきたことは、間違いないからだ。

 その意味では、ジャンルは違っても、パキスタンの音楽家たちは、下層グループに属し、パキスタンでは少数派のシーア派であり、しかも現状は厳しい。一方、ウィントンは、虐げられた黒人の音楽をルーツに持ちながら、いまや指導者としても一流、その地位も名声も十分に得ているのである。

 かなり穿った見方だけでも、そんな背景を見ても二つに異質の出会いは、ほんとうに面白かった。同じ即興性といっても、リハーサルでの戸惑いにはハラハラした。シタール奏者のように実力が伴わないものは脱落し、またアプローチの相違もあって、なかなか息が合わないまま、失敗に終わるのではないかという危機感の中で、本番では、世界最高峰のジャズミュージシャンと伍しても、互角以上の存在感を発揮したタブラ(打楽器)や、特にバーンスリー(横笛)の演奏のすばらしさは、鳥肌ものだった。

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