カテゴリー「映画(アメリカ・その他)」の90件の記事

『FREE SOLO』

  先日、NHK衛星放送『FREE SOLO』(フリーソロ)というドキュメンタリー映画が放送されるので、同人MLで紹介したら、京都の同人を中心に思わぬ反響があった。そう見えない奥様から「以前から、ロッククライミングがしたかったんです」といわれて驚いたりもした。

 手に汗握るドキュメンタリーだ。単なるロッククライミングではない。道具はもちろん、命綱のロープすらも使わず、素手のみで、ロッククライミングする、世界初の歴史的な挑戦を撮られたもだ。別ルートでロープありで登山するカメラマンやドローンの映像は迫力があり、またとても美しい。人間のちっぽけさ、自然の雄大さ、同時に人の持つ可能性に驚かされた。

 単純に映画としても興奮したが、驚いたのが、その場所と日付だった。

 場所は、ヨセミテ国立公園のエル・キャビタン。

 2017年6月4日が決行日だが、5~6月を中心にそれまでの準備期間も含めて撮影されている。

 まさにその最中の5月末に、Kご家族とヨセミテ国立公園に一泊旅行をしていたなだ。ああ、そういえば、この車の列み覚えるがあるなーとか、ロッククライミングしていた人いたなーとか、そうとはしらず見ていたので、映画館でそれだけでも興奮したのだ。何も知らなかったけれど、あの時こんなドラマがあったのかと、一層感激。

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 映画館の大画面でこその映だが、昨年を長編ドキュメンタリー部門のアカデミー賞を受賞した内容も佳作。

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今年も206本

  はい、今年も、206本、昨年とちょうど同じ本数だけ映画を見ました。これは映画館で観たものだけのカウントです。4年連続で200本超えました。この5年間の合計では1005本になります。自分でのちょっとびっくりの数字ですね。さすがに覚えてませんわー。ただコレクター癖もあって、観た映画のチラシは全部、ファイルに保存しています。1年間で、B5フォイルが2冊誕生します。1冊に100本のチラシがはいるので、5年間で10冊分となります。なぜかチラシはB5に統一されていて保存がしやすいのです。ところが、パンフレットはサイズがまちまちで収納に苦労しています。チラシとリンクできればいいのですがね。ここは課題。いい方策がありませんかね? 最近は、パンフレのットはあまり購入しないようになりました。うまく収納ができないからです。

 とにかく、今年も1月2日に観た、日本映画『人魚の眠る家』に始まって、同じにキューバ映画『セルジオ&セルゲイ~宇宙からのハロー』の2本に始まり、年末は、12月30日に台湾映画『台湾~街角の人形劇』(これはいい映画だった)、そしてラストは12月31日の韓国映画『EXIT』で終わりました。

  面白いと思ったり、刺激をもらったものもあったが、なかなかここにアップできないでいる。法座関係のものが停滞した影響を受けているのだ。もう少し映画や本のことも発信していきたいと、ここ数年思っているが、なかなか実現できない。

 対照的に、相変わらず読書量は少ないな。今年も20冊に届かなかった。講演や講義を聞いた先生のものもが多かった。50歳を超えてから、仏教や心理学の勉強が面白くて、講義や講演には定期的に通っている。映画を抑えて、もう少し読書をしたほうがいいなーと思い続けて、5年になるが、。

来年もこんなペースで動く気はするが、自分から発信できる基盤を造る年にしたい。これも数年前から、同じこと言っているように思えるが、、。とにかく学びという意味では充実した1年でした。

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『草間彌生 ∞ infinity』

 もしいま、日本人でほんとうの「天才」は問われれば、この人がその最右翼にあるでしょう。世界中で、もっとも高評価と、高値で取引される人気芸術家である。

  『草間彌生 ∞ infinity』は、彼女の波乱の半生を描いたドキュメンタリー映画。有り余る才能を持ちながら、日本では古い因習の中で抑圧され、単身渡った自由の国アメリカでも、女性であること、東洋人(日本人)であることで、差別や偏見、低評価を受ける。しかし死に物狂いで作品を造り、不公平と戦い、必死の売り込むの末に、高評価も受ける。しかし、その優秀なアイディアが白人の有名アーティストに盗まれ続けるという苦難も続く。とうとう精神を病み、自殺未遂もおこして、失意のまま日本に帰国。ところが日本では、スキャンダラスな目立ちたがり屋としてバッシックされ、卒業高校からも除名、実家からも勘当同然で、故郷にもどこにも居場所がなくなっている。

 しかし、精神を病み、誰からも見捨てられながらも、必死の創作活動は続けらていく。すると、正当に彼女の作品を評価する理解者、支援者が現われてくる。その高評価と、理解的な雰囲気の中で、作品自体も、彼女が本来もっていた温かさ、明るさが全面に押し出されて変化してく様子が、よく分かって面白かった。手法は変わらないのに、こんなにも精神の安定が、作風に現われるのかとびっくりした。これほどの天賦の才が埋もれたままに終わったならば、人類の損失であったかもしれない。

 タイトルどおり、無限(infinity、∞)の可能性に脱帽。でも、紙一重のところの差は、凡人に分からなかったけどなー。

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『二人のローマ教皇』

 まず、タイトル『二人のローマ教皇』 に惹かれた。なぜ、二人なのか? ローマ教皇はひとりだけの存在であるからだ。

 今年11月、日本に初来日(教皇として)したローマ教皇フランシスコ。東京ドームでは、大規模なミサを行った。注目は、フクシマを抱えての原発への発言だったが、日本内では政権に配慮してか特に無く、離陸した飛行機の中で原発に反対する踏み込んだ発言があったという記事を読んだ。聖職でありながら、世俗との交わり世界の情勢についての発言力は、とてつもなく強大である。

 本作は、そのロックスター法王とも称される、ローマ教皇フランシスコ誕生秘話をとらえたフィクション作品だ。しかしある部分ではノン・フィクションでもあるのだが、前教皇との会話やディテールのほんとうのところは、フィクションであろう。

 物語は、前教皇選びのコンクラーベから始まる。聖職者のトップが集まる政治的な駆け引きの場だ。ほんとうは内部は非公開なのだが、これを取り上げた映画も最近はけっこうある。映画は、2005年、ドイツ出身の新教皇ベネディクト16世として選出されることろから始まる。その時、彼と争ったのがアルゼンチンの改革派、ベルゴリオ枢機卿(現教皇のフランシスコ)が、次点となる。当時のローマ教会の体制は、保守派の安定路線を選んだのである。世の流れに反し何も変わらない教会に対し、ベルゴリオは枢機卿職の辞任を申し出る。しかし認められず、教皇ベネディクト16世に招かれて、二人の対話が始まる。その合間も、バチカンは、数々のスキャンダル(聖職者の少年への性的暴行の処分に関するものだと、かなり意味深で提示された)に見舞われ、また保守派と革新派の対立もあって迷走していたのだ。

 それにしても、名優ふたりの静かな対話劇、前教皇のアンソニー・ホプキンス、新教皇のジョナサン・プライスの演技が素晴らしかった。しかも、単なる会話ではなく、神からの啓示をめぐる霊性的な会話の部分もあれば、人間臭い教皇の姿もみせていくのである。教皇は天皇と同じく終身制で、一度任命されると死ぬまで辞められない。しかし、何事も例外がある。保守派と革新派の対立関係にあった二人が、互いに理解を深めていく中で、ベネディクト16世は生前辞任という重大な決断を下していく。そして、2013年、改革派で、イエズス会、そして南米出身の初の教皇が誕生するのである。なるほど、それで二人のローマ教皇というタイトルだったのか。

 しかしながら、彼のこれまでの道のりは平坦ではなく、現在も大きな重荷を背負い、悩み、苦しんでいる姿が丹念に描かれている。これは、3年前に公開された『ローマ教皇になる日まで』と合せて観れば一層面白い。決して、教会の中に隠れるのではなく、現実の社会で、暴力で支配する恐怖政権との対峙する姿勢を貫くのか、妥協して生き残るのかという深い葛藤もみせていく。

 なお、劇場公開は限定的なのもで、Netflixで配信中。

 

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復活! 京都みなみ会館

 8月下旬に、京都みなみ会館が復活した。おめでとう。

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 8月は、ほとんどが旧作だったので、9月3日、会員デーに初めて訪れた。

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 近鉄東寺駅に少しだけ近くなった。ただ、ぼくのところからだと九条通を横断せねばならない。それでも、距離的には10数メートル程度近くなったか。
 京都シネマと同じように、3スクリーンだ。旧作や二番館が多くなったが、それでも京都ではここだけ上映のものもある。みなみ会館らしくなく、ネットで座席予約ができるようにもなっている。

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 何よりもお洒落になった。どうした、あの雰囲気がなくなったのが、残念だ。何もかもがお洒落すぎて文字が小さく、分かりづらい。入り口も、シアター2、3への行きかたも分からない。いちばんは困ったのが、1階のトイレ。まるで壁のようになっていて、目の前にあるのにみんな尋ねている。、最新なのに、バリーアフリーでもない。
 いま、ミニシアターで映画をみる客層は、中高年、いや断然、高齢者が多い。ぼくのようなリピーターも、中高年だ。それは京都シネマでも同じことで、いつも顔を合せる人は、同じ人たち。それなり、高齢者向けにした方がいいのにな。

 もちろん、変わっていないこともあった。

 スタッフに愛想がなく、新しくなったに案内がとても不親切なこと。正直、初回から腹が立った。前のスタッフと同じ人なので、これは仕方なしか。旧館の扉が飾られてるのは、懐かしい。

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 いろいろある中で、いちばんの不満は、座席の前後も、幅も小さいことだ。ぼくは、映画は靴を脱いで、胡座をかいてみる。でも、ここで胡座をかけない。もうひとつは、冷房がは冷やすぎている。

 要は、見た目だけはお洒落になったが、随分、不満だらけの劇場になってようだが、それでも、週一回は通っている。近いのはいい。

 9月3日、ここでの初映画。見逃した『『ビ-ル・ストリートの恋人たち』 を見た。タイトルのような甘さでなく、黒人差別の実態に沿って描いた佳作。でもね、客は、ぼくと、もう一人、高齢の男性の2人だけ。 

 オダギリジョー監督、柄本明主演の『ある船頭の話』 ある船頭の話』は、静謐で美しい作品だった。

  大好きな中国のジャ・ジュンクーの『帰れない二人』 は、壮大な抒情詩。

 冷房が寒すぎたすだき左府すぎて、~米軍がもっとも恐れた男『カメジロー 不屈の精神』、前作同様、震えた。おススメのドキュメンタリー。

 今日の映画は、イタリア映画『『ドッグマン』 。不条理の世界、登場人物の誰にも共感や投影できない、いわばスッキリしない、人間の愚かさ描かれていた。夕方の回だったが、ぼくも含めて観客は、4名。全員、中年の男性。

 ということで、作品はよかった。それに、5本観たら、1本ご招待は有り難い。文句をいいながら、通うことになるのだろう。

 

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今週の多彩な学び

  学びという意味では、充実した一週間だった。
 
  3日連続(2、3、4日)で、仏教講座を受講し、仏教講演を聴講した。週末(6日)には、仏教カウンセリングWSにも参加する。

 一つ目の講義は、永観律師の『往生拾因』の講読の3回目。第一章の念仏を疑う者との問答の部分で、最後は、「疑い」と諸仏と「證誠」のくだりは、人間の浅はかな知恵では仏智計らえないという点でも、有り難かった。

 翌日の講演は、本派の宗学院の公開講演で、苫米地誠一先生の「密教浄土教と阿弥陀如来像」と題して。未知の分野だが、前日に聞いた、法然聖人以前の南都(三論宗で、東密も学ばれている)念仏者である永観律師の思想に通ずる部分があって、重ねて勉強になった。

 もう一つの講義は、哲学者でもある佛大講師の西本明央先生の「仏身論の展開の中に見る「仏の慈悲」と題して、3回シリーズの第1回目。西本先生は、西洋哲学などの切り口からのお話で、いつ聞いても面白いと思うのだが、今日は、かなり総花的で、寄り道も多かった。でも「見仏と善知識と、仏の慈悲」のくだりは、興味があった。

 合わせて、今週は、1日~5日の5日連続で映画を見た。

 インド映画の「SANJU(サンジュ)」。

 アメリカ映画の「ハッピー・デス・ディ」。

 インドネシア映画「マルリナの明日」。

 日本映画は「新聞記者」。

 そして、イタリアなど合作の「君の名前で僕を読んで」。

の5本。いつもながら映画も、見放しで終わっているのが、ちょっと勿体なくもある。最後の「君の名前で僕を読んで」は繊細すぎるのと、苦手な分野(LGBTのGの世界)なので、乗り切れなかった以外は、かなり面白い映画が続いた。これだけ「あたり」の続く週は、珍しい。中でも、予定外のホラー(といよりサスペンス)コメディーの「ハッピー・デス・ディ」は、かなり笑った。続演も楽しみ。

 読書は、谷書店で仏書を2冊(涅槃経と、大経「下巻」の解説)を買ったが、読んだのは『修験道としての生き方』。「インドの集い」でご一緒した、聖護院門跡の宮城泰年師他の対談だ。まったく知らない世界で、とても新鮮。刺激もいただく。

 法座は、「仏書に親しむ会」があり、『仏敵』を読みだしたことは、すでに触れた。

 完全に、アウトブットよりインプットが多かった1週間。
 発信する方は、日曜日の聖典講座の準備をした。いろいろと聞いたり読んだりしても、自分が発言せねばならないとなると、これが一番の勉強になる。レジュメを作るには、繰り返し繰り返し、読まないといけない。ある意味、本気である。

 

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『グリーン・ブック』

 今年のアカデミー賞の受賞作やノミネート作の主要な作品は、ほぼほぼ観た。作品賞は『グリーン・ブック』だった。

 まだ黒人差別が顕著な1960年代の南部に旅する、天才音楽家の黒人男性とその用心棒兼ドライバーの白人男性のバディー(相棒)ロードムーピー(旅物)。さすがに、映像も、音楽も、ストーリーも、飽きることなく面白く、最後は幸せな気分になれるおすすめ映画。

 何よりも二人の演技がよかった。水と油の二人のバディーで、差別を受ける黒人の男性が、知的、スマートで、冷静沈着で、堂々としているが、常に黒人としての差別を受けつづける男の覚悟を、マハーシャラ・アリが、孤高の威厳さ、天才の孤独を巧みに演じている。
 一方 イタリア移民で「イタ公」と罵られる、労働者階級のヤサグレな男。無教養で、ガサツで、ケンカ早く、口は達者なので、常に腕力と、口先で問題を解決していく。これをヴィゴ・モーテンセンが、かなり増量(役者さんも大変)して、腹の出た大食漢役を演じている。

 食べるものも、音楽も、趣味も、生活スタイルもまったく違うからこそ起こるトラブルが笑いのネタになる。本当なら会わないはずの異質との出会いがある。特に差別意識のあるものとの出会いは、他者を理解することから始まるが、相手が稀なる才能ある天才だったことも、理解の発端にはあったし、自己の無いものを互いが相手に見つけ、嫌いつつも引きつけってくだけの、人間的な魅力があったというだろう。結局は、他者ではなく、新たな自分自身に出会うことだろ。それは世界の拡がりであり、より豊かになるということだ。そのことを教えられた。
 ただ黒人差別を扱っている割には、あまりにも安定調和の世界での優等生の作品だ。万人向けの感動作だが、ぼくには猥雑さというか、もう少し毒気が欲しいところ。

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『ローマ』

 ベルリンでは金獅子賞、アカデミー賞では最多ノミネート、しかも配給がネット配信中心という映画『ローマ』を観る。

 日曜日のレイトーショーで終了が0時をすぎるので、観客は誰もいなかった。すぐに中年のカップルがぼくの前の座席に座ったが、観客は合計3名。一度、大劇場で、ひとりで映画を鑑賞してみたいと思っているが、他にも1名や2名ということがあって、いまだに1人だけということない。

 モノクロなのに、色彩が溢れてくる作品だった。カメラワークも秀逸で、映像も美しかった。冒頭も斬新な映像で、最初と最後、中盤にも、飛行機が頭上を飛んで行く姿が映し出されるのが、何かの暗示なのか印象的だった。

 基本はネット配信用の映画で、劇場は限定的という代物だが、これこそ映画館の大画面で観る価値のある映画だと思った。
 
 タイトルから、イタリアのローマを想像していたが、そうではなく、アルフォンソ・キュアロン監督が少年期に居たメキシコの地区の名前で、監督自身の自伝的映像だという。1970から71年にかけての時代の匂いが伝わってくる。地震、学生運動、弾圧する民兵組織、テレビ番組やヒット映画など、もしぼくが、メキシコの歴史や時代背景にもっと詳しければ、さらに楽しめただろう。そんな時代を背景に、主人公は、メキシコの中流(中の上か)白人家庭に住む込みで働く家政婦(ネイティブ系)の若い女性を中心に、その雇主一家の物語で、誰の上にもおこる人生の一コマが、丹念に拾われていく。

 作品賞の最有力だったそうだが、しかし、非英語圏、しかもネット配信を主にしたもの、そして少し退屈なアート系の作品だったことなどが影響したのか、作品賞は逃した。それでも監督賞の受賞(他に撮影賞と外国語映画賞も受賞)となったところをみると、この機微は面白い。確かに、全体的には退屈ではあるが、ぼくには、印象的な映像も多く、また感情を動かれる場面が、終盤に何カ所がやってきた。全般に静かな映画だったが、余韻が残る作品だ。

 

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2018年は206本

今年はもずいぶん映画館に通った。

今年は、1月3日に京都シネマで、アメリカ映画の『ギフト~僕が君に残せるもの』(元NFLのスターアメスト選手が、ALSという徐々に筋肉が萎縮して硬直していく難病になり、生まれてくる子供に向けてのビデオメッセージ)と、
ドイツ映画の『わすれな草』(こちらは、自立してたインテルの夫婦が、妻の認知症によってその関係性変わっていく姿を、実の息子がカメラにおさめたもの。夫婦って何? 人間の尊厳って?と、考えさせられる)の、なぜか、海外ドキュメタンリー2本に始まった。

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12月29日には、スペイン~アルゼンチン映画の『家(うち)に帰ろう』(アルゼンチンに住む、かなり頑固な老仕立屋が、子供たちに老人ホームに入れられ、悪い足も切られることになるが、それを逃れてポーランドへ脱走、そこでさまざまの出会いのなかで、彼の過去明らかになる、ホロコースト生き残り感動作。ラストは、甘いが惜しいが、再会シーンは泪)と、

アメリカ映画の『ウィンド・リバー』(ハリウッドのすっきり謎解きサスペンスと思っていたら、ネイティブアメリカンや、特に女性の置かれた差別や厳しい現実が背景にある社会派サスペンス。悪くはなかった)で終わった。

 206本を映画館で鑑賞した。これで3年連続での200超えである。面白いと思ったり、刺激をもらったものもおおかったが、なかなかここにアップできなず、下書きのまま時期を逃すということが多かった。法座関係のものが停滞した影響を受けている。来年は、もう少し映画や本のことも発信していきたい。

 対照的に、相変わらず読書量は少ない。こちらは、たった18冊ほどで、昨年よりは若干増えた程度だ。ただ、直接、講演や講義を聞いた先生のものが多くて、年初めは、心理学者の泉谷閑示氏のもの、中旬は、並河~平岡聡先生の師弟関係にある仏教関係のものを読んだし、秋からは白井聡氏や、関連の政治関係のものを読んでいる。
映画を押さえてでも、もう少し読書をしたほうがいいなーと思っている。それでもこの年になって勉強が面白くなって、講義や講演には、定期的に出かけて刺激をもらっている。

来年もこんなペースで動くようの気はするが、そろそろ自分から発信できる基盤を造る年にしたいと思っている。

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さよなら、京都みなみ会館

Img_5923京都みなみ会館で、最後の映画を見る。本当は、今月一杯だが、最終日の土曜日は福岡に出張中である。

55年というから、ぼくの生まれたことである。ぼくの初みなみ会館は、小学生の時の夏休みだ。東映か何かの映画まつりで、学校のあっせんで映画券が売られて、同級生と観に行ったことをよく覚えている。でも、ここは、長い間、ポルノ専門の映画館だった。それが中Img_5929学校への通学路だったので、ポスター(今なら修正しないとNGのポスター)を見るだけでも、うれしい、はずかし、ドキドキの時期である。そのころ1階のパチンコ屋も健在だった。

その後、RCSが運営になって(それもまた変わるが)、ぼくの手許に一番古い上映スケジュールが、ナンバー18(やっぱりか!)からである。1998年のことだから、20年前ということになる。その時は、インド映画の「ボンベイ」や北朝鮮のプルガサリ(伝説の大怪獣)などが上映されている。でも、その時に見たのは、オバカ映画の「オースティン・パワーズ」だった。その頃は、毎月1、2本は、夫婦で仲良く映画を見に行っていたのであるから、いま思えば信じられないことである。妙なところに話が逸れそうだが、これも無常ということか。

ぼくのみなみ会館のラストは、「死刑台のエレベーター」にした。映画館で見るのは2回目だが、これほどジャズとサスペンスがマッチした映画はない。マイスルのムードは最高だ。このマイルスのレコードも、また完全版のCDも両方持っているが、大画面で見るのはまた格別。

次の映画の上映まで東寺で時間をつぶして、最後に、劇場のサイン入れのドアの写真を撮らせてもらった。

感慨深いというより、寂しい。
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 さようなら~

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