カテゴリー「映画(アメリカ・その他)」の79件の記事

『ギフト~僕がきみに残せるもの』と『わすれな草』

Img_5083 今年最初の映画。京都シネマで、海外のドキュメンタリー映画を続けて2本見る。意図して選んだわけではないが、なぜかテーマも似かよっていた。一本は、難病もの。もう一本は、認知もの。共に運動機能や性格、そして人格まで崩れていく中で、家族の絆や有りようが問われる映画だった。

 まずは、アメリカ映画で『ギフト~僕がきみに残せるもの』NFL(アメリカンフットボール)スター選手が、引退後に、難病のALSを発症。ALSの啓発や研究援助のために、アイス・バケツ・チャレンジが世界中で広まったのは記憶に新しいところだ。映画では、病気の判明とほぼ時を同じくして、妻の妊娠が分かる。つまり妻は、看護(介護)と育児のたいへんな両立が始まるのである。最初はまだ見ぬ、その後は成長過程に合わせて子供に向けた父親のビデオメッセージがこの映画の元となり、同時に、知名度を活かし、治療法の研究や患者の地位向上のための運動の中心者となっていく。もちろ、そのために家族との関係が揺らいだり、進行する病気を歎いたり、ケンカしたりする等身大の姿が、克明に記録されていくのである。本人のすごさはもちろん、彼に寄り添いながら子育てをもする妻に、家族や献身的に支える仲間の存在も素晴らしかった。
 それにしても、スボーツマンとして健康そのものだった体が、徐々に、徐々に運動機能が奪われていくプロセスは、まさに残酷である。体の筋肉が動くなくなり、歩くことや立つことも困難になる。排泄も自分でできなくなる場面は象徴的だった。そんな運動障害が進行するだけでなく、口や喉の筋肉が弱り声が出なくなり、食べ物が飲み込めなくもなる。痰も吐き出せず、呼吸する筋肉まで衰える呼吸障害までおこってくる。それでいて、症状が深刻になっても、五感や意識はしっかりしているだ。つまり、意志を示せず、食事も、排泄も、痰すら出せず、息もできなくなり、悪化することはあっても回復のすることがないことが、意識しているというのは、ある意味で苛酷なものだった。しかも発症後の余命は、2~5年といわれる。ただ最新テクノロジーを使っての意思疎通や、気管切開の人口呼吸器(多額の負担と24時間介護が必要)の装着で、延命する可能性が高くなっていて、主人公もこの道を選んでいる。ただ残念ながら、いまだ原因や根本的な治療法も解明されていない難病なのである。

 もうひとつが、ドイツ映画で『わすれな草』こちらは、認知症の母親と、寄り添う年老いた父親に、息子がカメラを向けた作品だ。単なる今を写すだけでなく、若き日からの両親の歩みを振りかえていくのだが、これがなかなかユニークで波瀾に飛んだもので面白かった。妻は、テレビのキャスター、父親は数学の大学教授。同時に、社会運動家の活躍し、また夫婦関係もユニークで、結婚中でも他の異性関係が公認されていたという進歩的な歩みをした二人。しかし、年老いた時に、そんな二人が寄り添いながら、その距離が縮まり、またカメラを通して、二人の理解が深まってく息子の視点が、もの静かだが、ちょっと感動的。

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今年みなみ会館で見た28本(後編)15~28

15『ニーゼと光のアトリエ』は、60年代、ブラジルの精神病院をアートで改革しようとした女医の奮闘を描く。当時、人権(いや命)無視の治療と態度の中で、悪しき因習を破るべく、一貫した人間尊重の態度でアート療法を取り入れよう苦闘する。まるでドキュメタリーのような面白さがあった。この流れが、現代では、10番の映画のような施設を生んでいったのだろう。

16『人間爆弾・桜花』(*) -特攻を命じた兵士の遺言ー。特攻作戦の最初の志願者で、その後、出撃者を選ぶことになった男の苦悩。愚かな作戦。

17『知事抹殺の真実』(*)http://eisaku-movie.jp/ 元福島県知事の佐藤栄佐久氏の冤罪事件をおったドキュメンタリー。反原発(実際は安全性に慎重だったたけ)のレッテルをと貼られた知事が、まったく身の覚えない冤罪事件に巻き込まれ、「収賄額0円」で有罪に。国策捜査、検察の横暴を正面から描く。これは感動作。

18『海底47M』。低予算のアメリカ映画。パニックムービーだが、なかなか設定がうまかった。ラストも解釈分かれるところが面白い。

19『ウオーナーの謎のリスト』(*) 京都の空襲から守ってのはだれか。単なる俗説なのか。
https://www.cinemabox.jp/warner-list/ 

20『米軍が最も恐れた男』~その名は、カメジロー(*) これは傑作。見終わったら、会場のあちちこちらから拍手。沖縄の民衆派のカリスマ。瀬長亀次郎のかっこよすぎる生涯。

21『抗い』~記録作家・林えいだい~(*) 奇しくも今年亡くなった反骨のジャーナリスト林えいだい氏の生きざまを通して、戦後の日本の葬られた闇を描く。

22『裁き』は、まるでドキュメンターのようなインド映画。根強いカースト差別と、国家権力の横暴を描いた秀作。

23『ラオス・龍の奇跡』は、日本とラオス合作。ラオス映画が日本上映は初だという。ただ内容はいま一つで、展開は、かなりのご都合主義で終わってしまう。

24『草原に黄色い花を見つける』。こちらはベトナム映画。幼なじみの子供たらの視点での、淡く切ない恋を描く、ベトナム版の青春映画。

25『旅する写真家 レイモン・ドゥパルドンの愛したフランス』(*) タイトルどおり、フランスの写真家レイモン・ドゥパルドの撮影したフランス。

26『立ち去った女』今年、200本目に観たフィリピン映画。これは絶対に名作だ。モノクロ映像が深い深い。しかし退屈でもある。ぼくには4時間は長すぎだ。それもいいのだろう。

27『エンドレス・ポエトリーチリを舞台にした巨匠ホドロフスキー監督の自伝風映画。幻想的な映像は、まさに映画芸術。
http://www.uplink.co.jp/endless/

28『ポバティー・インク ~あなたの寄付の不都合な真実~』 実は1月2日に見ていたのリストに漏れていた。これはよかった。無邪気の善意ほど恐ろしいものはない。貧困や差別を助長するのだ。ブログに記事も書いていた。
http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-8e23.html

 こうしてみると、あまり見ていないと思っていたが、この映画館で、28本見ている。一ケ月にすると、2、5本くらいは見ている計算だ。傾向としては、アジア映画をよく見ている。中国、インド、韓国、北朝鮮、そしてベトナム、ラオスとパキスンカの映画は、これまで日本で公開されたことのないもの。昨年は、初めてカンボジア映画もみた。日本製作でも、映画の舞台が、ネパールやラオスのものもある。

  あとは、ドキュメタリーの秀作が多かったこともひとつ。これほぼくの好みだろうが、ドキュメンター映画が半数を占めていた。中でも、傑作といってよかったのが、20『米軍が最も恐れた男』~その名は、カメジロー、17『知事抹殺の真実』。
 あと、ブラジル映画の15『ニーゼと光のアトリエ』と、インド映画の22『裁き』も、ドキュメンタータッチでよかった。フィリピン映画の26『立ち去った女』も、2017年のベスト3に入ろだろう。若い国で、混雑とした社会状況、善悪があいまいである国情が、映画を面白くしているのだろう。

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映画の日なのに、、そして『不都合な真実2』

 12月1日は映画の日。

 朝刊の1面を見て驚いて、まだ布団の中にいた連れ合いを起した。

「京都みなみ会館、来年3月で閉館」。

 1面だったのは、京都新聞だからだが、新聞記事でショックを受けたのは、久々。最近は、ネットやテレビの方が先行していくからだ。閉館通知の告知が1枚、夕方に郵送されてきた。ビルの老朽化での耐震性の問題と、契約更新が絡んでいるようだ。

 歩いて行ける距離に2軒の映画館がある。ひとつは、大型ショッピックモールの中のシネコンだが、京都の映画館では一番縁遠く、年に数回程度利用する程度。唯一特典がないからだ。
 そしてもう一軒が、このみなみ会館だ。映画を見るようになったのも、この映画館のおかげ。京都シネマができる前は、京都で唯一のアート系映画館だった。名画もみたし、一般にはしられない佳作映画もたくさん見せてもらった。中学校への通学路にあるが、そのころはピンク映画館。お色気ポスターにドキマギしながら覗き見していた。夏休みだけは子供向けのマンガ祭りで怪獣映画などもやっていた。それが、同じ地区にある企業が買い取り、アート系の映画館に生れ変わった。かなりコアのファンも多い。ちなみに買収した業者の社長は同級生で、中学生の頃には、彼の自宅で、一緒に宿題をしていた。

 ただ、ほくは、最近は京都シネマで大半の映画を見るし、松竹系のmovix京都や桂川のイオンシネマなどのシネコンにもよく行くので、みなみ会館は4番手くらいになっている。それでも、マニアックなライナップは魅力だし、近いというメリットは大きい。法座の開始前や開始後でも通えるからだ。そして、5分前に家を出ても間に合うのだ。

 そう考えると、たいへん残念だ。来年3月まで。もう少しお世話になるだろう。

 といいつつ、今日は映画の日なので、二条にある東宝系の映画館へ。

 元アメリカの副大統領のアル・ゴア氏の『不都合な真実2』~放置された地球~

 やっぱり前作の方が、断然、面白かった。あの時は、歴史的大接戦の末、共和党のブッシュ大統領の政権下で、逆風の中での活動がこころ引かれたが、その後、民主党のオバマ政権になって、政治の中枢ともパイプが生きている。でも、 最後にトランプ大統領が登場して、今度は猛烈な暴風雨である。それだけに、映画の最期の演説は感動的だった。

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『ユリゴコロ』と『ドリーム』の2本

 寺院法座は、日曜と月曜と続くが、月曜日は朝座がなく、2時までフリー。チェックアウト後の待ち時間で、映画館に行く。りんくうタウンにある泉南イオンである。イオンの映画館は、55歳以上は1100円・6本見たら1本無料、さらに駐車場が無料というので、よく利用する。昨年は、ここで『君の名は。』を見た。

 今年は、夜と朝に映画を2本効率よく観れた。『ユリゴコロ』『ドリーム』である。

 まずは、日本映画の『ユリゴコロ』は、ダークなサスペンス。ある意味で不思議な映画だった。当初、死にとりつかれて、殺人鬼となっていく主人公の女性の心理に共感しずらくしんどかった。特に「血」がでるシーンは苦手だ。
 人との共感する力がなく、「ユリゴゴロ」-どうやら「よりどころ」のことを-もたないまま、冷たく他人の死に出会う時にだけ落ち着ける女性の一生を、まったくそんな母親とは知らずに育てられた息子が、その手記を読むことで、事実に向き合っていくという物語。若き日の両親との出会い、恋人との出会い、母親との再会など、物語の核になる人間関係の偶然の出会い方都合がよすぎるのが難点だが、最後の方は、馴染めずにいた物語にだんだとと入り込んでいく気がした。心に残ったといえばかなり残るし、苦手いえば苦手で、ぼくとしては評価は難しい。

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 一方、アメリカ映画『ドリーム』は、50年代後半、NASAに勤務する黒人の女性たちの物語だ。なかなか面白かった。でも、邦題(日本語タイトル)がいけない。「ドリーム」だけでは、まるでアメリカンドリームを想像させ、努力したものが報われていくかのような錯覚をうむ。実際は、二重の差別(黒人であること、そして女性であること)の中で、その地位を向上させるために先駆となる女性の物語だ。単なる努力だけでは如何ともしがたい差別との戦いの一コマを、宇宙開発やコンピューターという新分野での成功と重ねて描かれている。ほんとうのタイトルは、「Hidden Figures」(隠れされた人たち)というのだ。

 また、日本人には理解しがたい、時代背景の理解があると、より愉しめる。ソ連との冷戦時代、宇宙開発(軍需開発そのもの)競争が激化。ソ連に先を越される「スプートニク・ショック」で、水をあけられたアメリカは焦っていた。宇宙開発では、ソ連がリードしてきたということがある。もうひとつが、この時代は、南部では黒人差別が公然とおこなれわていたこと。バスの座席も、トイレも、職場のボットにも、白人は、有色人種を差別してきた。NASAは、南部のテキサス州ヒューストンにあるのだ。そして、黒人社会においても、女性のエリートは男性によって差別されていた。つまり、黒人であること、女性であること。この二重差別によって、どんな能力があろうとも、職業や結婚など社会の中で虐げられていく存在であるということだ。
 上司にあたる白人女性が、部下の-能力があり、管理職の仕事をさせられながらも、ヒラにとどまる-黒人女性に、「私は差別主義者ではない」といい訳シーンがあるが、そこにも差別の実態が垣間見えてくる。ほかにも、今日のネット社会の先駆けとなるIBMの導入など、今日にもつながる社会の予感が窺える。

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『ハクソーリッジ』

 『ハクソーリッジ』は、二重、三重の意味で知らないことばかりだった。

 まず、映画タイトルを聞いても意味不明。こんな時は邦題になるのだろうが、わざわざ原題のままだ。ハクソー(hacksaw)とはノコリギのこと、リッジ(ridge)は崖。第二次世界大戦の沖縄での激戦地で、断崖絶壁がノコギリの歯のように険しく、多くの死者を出したことから、アメリカ軍がこう呼んだというのだ。1945年4月1日、沖縄本島に上陸したアメリカ軍は、首里(那覇市)を目指して進軍。首里の北方3キロの防衛戦の一つが、150mの断崖で日本名「前田高地」と言われるのこの場所だった。日本軍はこの地に縦横の地下壕をめぐらし、米軍を迎え撃った。狙撃だけでなく、手榴弾、銃剣、さらに刃物での特攻精神での肉弾線で対抗。20日間の激闘が繰り広げられ双方に多大な被害がでる。が、どんなに善戦しても、補給路を断たれて孤立していては、圧倒的なアメリカ軍の武力の前に敗退しかない。ほどなく首里も陥落し、6月23日(沖縄での「慰霊の日」)に、沖縄での組織的防衛を終えることになるのだ。

 沖縄の地上戦が激戦地のひとつが前田高地で、このような白兵戦が繰り広げられていたことは、まったく知らなかった。それにしても戦闘シーンの描写は目を背向けたくなるほど迫力だった。火炎放射器で焼き殺される日本兵、特攻精神での切り込んでの肉弾線。至近距離の銃撃、血が飛び交い、腕や足や頭切れた死体が転がる生々しい戦闘シーンが繰り返されていく。

そんな激戦の中で、ひとりの「臆病者」と虐げられて、武器を持つことを拒絶した男が、多くの命を救うことになる史実に基づく映画だ。主人公は、元第一次大戦時に軍人だった父親との複雑な関係もあり、宗教的理由から「良心的徴兵拒否」を認められる。しかし、兵器を持ち殺害することには反対だが、愛国心はあり、なんとか国に貢献したいと、銃後ではなく、志願して従軍する。その意味では「良心的徴兵拒否」ではないのだが、訓練においてでも、銃さえ握らない男は、軍隊では邪魔者、お荷物以外ではない。さまざまな嫌がらせで自主的な除隊を促されるも、それも拒否。そして、最前線、もっもと激戦区のひとつに、衛生兵として送られるのである。そこで武器ひとつもたいない男が、75名もの人々の命を救い、最後は、大統領自らが名誉勲章を授与するという活躍をするのである。

 戦場描写も生々しかったが、その家庭的背景、家族(特に父親と母親)との関係や、連れ合いとの出会いなどの人間ドラマ秀逸だった。そしてなによりも彼の行動が人間を超えた神の啓示によるものであるという表現は、イエスキリストを描いた『パッション』を撮ったメル・ギブソンらしいと感じた。

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『マン・ダウン』~戦士の約束~

170405 『マン・ダウン』~戦士の約束~を観る。

 冒頭、何かの作戦なのか。二人の男が廃墟となったビルから息子を救出するも、出口で敵に囲まれてしまう。
 
 兵士が、前線の部隊の責任者に呼び出されて事情を尋ねられている。物語は、この男が海兵隊に入隊、訓練、美しい妻と元気な男の子の幸せを家庭、部隊の友との友情、そしてアフガン前線での任務作戦、さらに冒頭の場面につながる「作戦」と、場面や時間軸が行ったきりきたりしながら映画は進行していく。

 最初は、ちょっと冒頭場面がどうつながるのか分からなかった。しかし、物語が進むに連れて、バラバラだった時系列で整理されてつけて、事件の内容がはっきりとしくる。幸せの家庭にもいろいなきしみがある。そして、冒頭の場面が、衝撃的なラストを迎えるという展開だ。

 戦争のある事件によって、心的外傷後ストレス、いわゆるPTSDを抱えて苦しむ、元海兵隊員の悲劇を描いた作品だが、とても人間描写が秀逸だった。

 戦争とは、敵味方の殺し合いだが、敵を殺した者も、人間として殺されるということである。結局、勝者も敗者も、お互いからだを傷つけ合い、そして心も傷つけ殺していくのだといっていい。勝者も敗者も殺し、みな殺されるのが戦争の恐ろしさだということが、痛切に伝えるものだ。当事者だげななく、家族にも襲いかかる悲劇でもある。

 イラク、アフガンの復員兵の5人の1人(つまり20%)が、PTSD発症
 約20万人が、社会復帰できずホームレスになっている。
 そして、1日に22名もの自殺が計られる

 という最後の字幕も衝撃的。

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『ポバティー・インク』~あなたの寄付の不都合な真実~

A18ae1f89733403ed9909c639910efd3211  2日朝、新春の疲れで家中が寝ている朝、映画館へ。

 今年1本目は、みなみ会館でのドキュメンタリー。『ポバティー・インク』~あなたの寄付の不都合な真実~

「あなたの善意が、誰かを傷つけているかも」と、ドキッとするチラシの言葉がある。

 これがとても面白かった。ほんとうの援助とは何かを深く考えさせられる1本。

 寄付は、善意から起ったものでながら、金持ちが哀れみでするなら、寄付するもの(強者)と養われるもの(弱者)という関係を強化し、ますます貧困が固定化させる驚くべき仕組みは、目からウロコである。

 まずそこには、アフリカや貧困国に対する差別的な固定観念(不毛の地、ハエを払う子供たち、前近代的生活で無力な人達)があり、そのイメージが増幅されて次ぎの世代へと引き継がれ、寄付しながらも、時に差別が強化されていく実態があること。また巨大化した援助ビジネスで儲ける人達がいたり、また人助けが強い快感となり、さらにより強い刺激を求めて援助中毒になるものもあるということ。また、物資の無償配布が地域の中小企業をむしばみ、無償食料のせいで地域の農業が崩壊し、ますます貧困となっていく実態などなど、冷静に考えるとその通りでありながら、驚くことばかりだった。

 確かに、巨大地震や災害などで、緊急で物資や資金の一方的な援助も必要だ。しかし、それが3年後、5年後と続き続ければどうなるのか。上から下に物やお金を恵むだけで、人は真に豊かになるのかということである。本来の援助とは、その地域の産業や農業を育てる(つまり自立する)ことこそが重要であり、それが地域の雇用を生み、子供たちが親と住める環境を生むことになる。そのためにも、誰もが平等に教育を受ける権利、そして法の上でも平等を得るとう権利が保障された社会を目指してこそ、ほんとうの意味での自立があるというのである。つまり、その視点がなければ、哀れみの上からの寄付は真の援助とはなりえないのである。

 映画では触れられなかったが、当初、植民地政策とセットで行われたキリスト教布教が、不毛の地の未開の原住民を啓蒙し、まことの信仰を与えて、真に開かれた人としてやろうという白人層の傲慢極まりないもので、当然、博愛や慈愛の精神も「貧しく気の毒な人達を哀れむ」という形で行われてたのである。つまり、従前の古い援助態度は、キリスト教の博愛精神の影響の現れだといってもいいのだ。

 結局、お互いが育ち合うことなくて、もしくはパワー(力)の変革なくして、真の援助関係は成り立たないということを痛感させられた。

「変化がないのには理由がある。変化によって損をするのが強者であり、恩恵を受けるのが弱者だからだ」(マキャベリー)

 

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『ミスター・ダイナマイト』~ファンクの帝王ジェームス・ブラウン

 芸術家を材料にした映画は多い。たとえば、有名な画家や写真家の生涯だったり、小説家や哲学者をとりあげたりもよくされる。そんな中でも、一番、映画との親和性、相性がいいのは、断然、音楽家である。音楽家といっても、有名無名を問わず、ジャンルも、クラシックから、ボップス、ロック、ジャズと実にさまざまだ。演奏家もあれば、作曲家もいる、ミュージシャンやパフォーマー、ロッカーといったほうが相応しい人もいる。いまだ現役もあれば、すでにレジェッドとなった人やまったく無名な人もいる。人物というより、音楽を中心にした映画にいたっては数多い。

 映画を見たあとで、その音楽に触れたくなって、CDが欲しくなるのも音楽映画の面白いところだ。普段、聞かないジャンルだったり、知らないミュージシャンに出会ったりできるのも、楽しみだ。

 というわけで、ここ数カ月、音楽映画を結構見てきた。というわけで、そのいくつかに触れていこう。

 まずは、ミック・ジャガーがプロディスしている、ジェームス・ブラウンの映画が2本。

 昨年観た『ジェームス・ブラウン』~最高の魂(ソウル)を持つ男~は、彼の生涯を描いた伝記風のドラマだ。全盛期が終わり、人気にも才能にも陰りができて、奇行に走ったり犯罪を犯したりするシーンにも、かなり時間を割いている。

 一方、落ち目の終盤を大幅にカットして、勢いのある部分を中心に見せているのが、ドキュメンタリー映画の『ミスター・ダイナマイト』~ファンクの帝王ジェームス・ブラウン~だ。だから、文句なくてかっこいい。音楽も、ダンスも、パフォーマンスが、すべてエキサイティング。画面を観ているだけで、こちらも気持ちよくなるから不思議だった。

Mr_dynamite もちろん、独断的で、わがままで、強欲で、黒人運動に関わっても限界を乗り越えられない、欠点の多数ある人物としても描かれているが、善悪二つを呑み込んだところが、彼の光る個性なのであろう。つまりは、強烈なハイになる薬でもあるが、とんでもない毒も含んでいるということ。

 ちなみに、ミック・ジャガーが、同じ番組に出演した時、ジェームス・ブラウンの強烈なジェームス・ブラウンのパフォーマンスに圧倒されて、ビビったといわれているのだが、しっかり、「そんなことはないぞー」と自ら否定するシーンが、どこか子供じみて面白かった。

 いずれにせよ、ミック・ジャガーが嫉妬するほど、ジェームス・ブラウンが、かっこいいということ。

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『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』

  ドキュメンタリーをエンターテイメントに仕立てたマイケル・ムーア。深刻な問題で笑いを取る。そのサービス精神は、さすがアメリカ人である。銃規制やテロ、医療問題など取りあげるテーマは至って真面目。その手法がアポなしの突撃取材で、反対派にも油断させて切り込み、笑いに替える。その奥には毒のようなものがあって、観る側もドキドキさせられた。しかし、最近は、権力を茶化したり皮肉くる程度に毒が中和されて、ますますエンターテイメント性が強くなっている。

 今回の『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』では、突撃色は皆無。歓迎ムードたっぷりに大統領まで面談に応じて、終始、和やかな雰囲気である。その意味では、毒も、牙もなくなっている。

 が、しかしである。なぜか、胸が熱くなるシーンがたくさんあって感銘させられた。

 突撃先は、非英語圏のヨーロッパが、8ヶ所である。自由主義や資本主義、(日本は違うが)キリスト教などの共通基盤のある地域ばかりだ。1カ所だけ、イスラム圏のチャニジアが含まれる。アラブの春の過程で、女性の権利が確立され女性の社会進出が進む姿を捉えている。今やマイナスのイメージが大きいチェニジアだが、イスラム圏でありながら、女性の権利という意味では、日本より進んでいるようだ。小国ながら完全な男女平等政策を取って、金融危機の膿を出し切ったアイスランドも、もっと顕著だ。
 イタリアやドイツでは、労働環境や雇用時間、労働者の権利などがテーマ。フランスでは学校給食が取り上げて食育を、スロベニアでは大学無償化、宿題なし、統一テストもなく、授業時間も最短でありながら、世界での学力ナンバー1のフィンランドなどでは、教育問題が取り上げている。ポルトガルやノルウェーでは、犯罪と刑罰について。死刑廃止はもちろん、受刑者の人権問題にスポットが当てられる。

 受刑者への懲罰よりも社会復帰にウェイトが置かれているノルウェーでは、最悪のテロ事件(単独犯が77名もの若者などを射殺)の記憶も新しいが、そんな凶悪犯でも、死刑でも終身刑でもなく、最短なら10年、最高でも21年の懲役刑となった。息子を射殺された被害者の親へのインタビューが、秀逸。想像を絶する辛さを超えた光明に、涙が溢れてきた。

 残念なから、凶悪事件の抑止力、被害者感情の配慮などを理由に、日本では死刑廃止はほど遠い。それどころか、厳罰化の傾向が年々強くなっている。しかし、安心が増すどころか、比例するかのように生き辛さが増しているように思えてならない。真に豊かで、安心して生きられる社会とはが、問われている気がした。

  教育、女性問題、労働、刑罰など取り上げられた項目は、アメリカ以上に日本は後進国かもしれない。日本はアメリカ型の競走社会に毒されてきた。経済も、右肩あがりに拡大することが幸せだと信じられてきたのである。しかし、結局、私の人生はどこに向っているのか、いまの生き方(生活も、人生も)でほんとうによいのか、真に豊かな社会とはを改めて問われているかのようであった。

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『写真家ソール・ライター』と雨の東寺

Img_3871木曜日は、朝から春の嵐だった。
雨も強いが、風も強い。これで今年のサクラも終わりかなと思っていたが、案外、その後もしっかりしていて、長持ちしている。

Img_3876会員の更新手続きがあったので、久しぶりに京都みなみ会館によって、手続きをし、映画を1本。

『写真家ソール・ライター』~急がない人生で見つけた13のこと~

Img_3894音楽と映像、そしてなによりも、ソール・ライターの謙虚でありながら、時代に迎合せずに、自然体で一筋通った姿勢がいい。

ガラス越しの写真が、またすばらしい。

「幸福は人生の要じゃない。
 それ以外のすべてが人生なんだ。」

「人生で大切なことは、何を手に入れるかじゃない。
 何を捨てるかということだ」

Img_3898映画のあと、雨に中を、東寺まで歩く。
サクラは青空に映えるが、でも、雨は雨で、また風情がある。
子供の頃から、馴染みが深くて、毎日仰ぎみる東寺の五重の塔。でImg_3900も子供のころとは違って、最近は、サクラが増えてきて、夜間拝観もやっている。
今日は、無料拝観のところから、垣間見得る程度のサクラを眺めさせてもらった。

Img_3901    散るサクラ 残るサクラも 散るサクラ

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