カテゴリー「映画(アメリカ・その他)」の74件の記事

『マン・ダウン』~戦士の約束~

170405 『マン・ダウン』~戦士の約束~を観る。

 冒頭、何かの作戦なのか。二人の男が廃墟となったビルから息子を救出するも、出口で敵に囲まれてしまう。
 
 兵士が、前線の部隊の責任者に呼び出されて事情を尋ねられている。物語は、この男が海兵隊に入隊、訓練、美しい妻と元気な男の子の幸せを家庭、部隊の友との友情、そしてアフガン前線での任務作戦、さらに冒頭の場面につながる「作戦」と、場面や時間軸が行ったきりきたりしながら映画は進行していく。

 最初は、ちょっと冒頭場面がどうつながるのか分からなかった。しかし、物語が進むに連れて、バラバラだった時系列で整理されてつけて、事件の内容がはっきりとしくる。幸せの家庭にもいろいなきしみがある。そして、冒頭の場面が、衝撃的なラストを迎えるという展開だ。

 戦争のある事件によって、心的外傷後ストレス、いわゆるPTSDを抱えて苦しむ、元海兵隊員の悲劇を描いた作品だが、とても人間描写が秀逸だった。

 戦争とは、敵味方の殺し合いだが、敵を殺した者も、人間として殺されるということである。結局、勝者も敗者も、お互いからだを傷つけ合い、そして心も傷つけ殺していくのだといっていい。勝者も敗者も殺し、みな殺されるのが戦争の恐ろしさだということが、痛切に伝えるものだ。当事者だげななく、家族にも襲いかかる悲劇でもある。

 イラク、アフガンの復員兵の5人の1人(つまり20%)が、PTSD発症
 約20万人が、社会復帰できずホームレスになっている。
 そして、1日に22名もの自殺が計られる

 という最後の字幕も衝撃的。

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『ポバティー・インク』~あなたの寄付の不都合な真実~

A18ae1f89733403ed9909c639910efd3211  2日朝、新春の疲れで家中が寝ている朝、映画館へ。

 今年1本目は、みなみ会館でのドキュメンタリー。『ポバティー・インク』~あなたの寄付の不都合な真実~

「あなたの善意が、誰かを傷つけているかも」と、ドキッとするチラシの言葉がある。

 これがとても面白かった。ほんとうの援助とは何かを深く考えさせられる1本。

 寄付は、善意から起ったものでながら、金持ちが哀れみでするなら、寄付するもの(強者)と養われるもの(弱者)という関係を強化し、ますます貧困が固定化させる驚くべき仕組みは、目からウロコである。

 まずそこには、アフリカや貧困国に対する差別的な固定観念(不毛の地、ハエを払う子供たち、前近代的生活で無力な人達)があり、そのイメージが増幅されて次ぎの世代へと引き継がれ、寄付しながらも、時に差別が強化されていく実態があること。また巨大化した援助ビジネスで儲ける人達がいたり、また人助けが強い快感となり、さらにより強い刺激を求めて援助中毒になるものもあるということ。また、物資の無償配布が地域の中小企業をむしばみ、無償食料のせいで地域の農業が崩壊し、ますます貧困となっていく実態などなど、冷静に考えるとその通りでありながら、驚くことばかりだった。

 確かに、巨大地震や災害などで、緊急で物資や資金の一方的な援助も必要だ。しかし、それが3年後、5年後と続き続ければどうなるのか。上から下に物やお金を恵むだけで、人は真に豊かになるのかということである。本来の援助とは、その地域の産業や農業を育てる(つまり自立する)ことこそが重要であり、それが地域の雇用を生み、子供たちが親と住める環境を生むことになる。そのためにも、誰もが平等に教育を受ける権利、そして法の上でも平等を得るとう権利が保障された社会を目指してこそ、ほんとうの意味での自立があるというのである。つまり、その視点がなければ、哀れみの上からの寄付は真の援助とはなりえないのである。

 映画では触れられなかったが、当初、植民地政策とセットで行われたキリスト教布教が、不毛の地の未開の原住民を啓蒙し、まことの信仰を与えて、真に開かれた人としてやろうという白人層の傲慢極まりないもので、当然、博愛や慈愛の精神も「貧しく気の毒な人達を哀れむ」という形で行われてたのである。つまり、従前の古い援助態度は、キリスト教の博愛精神の影響の現れだといってもいいのだ。

 結局、お互いが育ち合うことなくて、もしくはパワー(力)の変革なくして、真の援助関係は成り立たないということを痛感させられた。

「変化がないのには理由がある。変化によって損をするのが強者であり、恩恵を受けるのが弱者だからだ」(マキャベリー)

 

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『ミスター・ダイナマイト』~ファンクの帝王ジェームス・ブラウン

 芸術家を材料にした映画は多い。たとえば、有名な画家や写真家の生涯だったり、小説家や哲学者をとりあげたりもよくされる。そんな中でも、一番、映画との親和性、相性がいいのは、断然、音楽家である。音楽家といっても、有名無名を問わず、ジャンルも、クラシックから、ボップス、ロック、ジャズと実にさまざまだ。演奏家もあれば、作曲家もいる、ミュージシャンやパフォーマー、ロッカーといったほうが相応しい人もいる。いまだ現役もあれば、すでにレジェッドとなった人やまったく無名な人もいる。人物というより、音楽を中心にした映画にいたっては数多い。

 映画を見たあとで、その音楽に触れたくなって、CDが欲しくなるのも音楽映画の面白いところだ。普段、聞かないジャンルだったり、知らないミュージシャンに出会ったりできるのも、楽しみだ。

 というわけで、ここ数カ月、音楽映画を結構見てきた。というわけで、そのいくつかに触れていこう。

 まずは、ミック・ジャガーがプロディスしている、ジェームス・ブラウンの映画が2本。

 昨年観た『ジェームス・ブラウン』~最高の魂(ソウル)を持つ男~は、彼の生涯を描いた伝記風のドラマだ。全盛期が終わり、人気にも才能にも陰りができて、奇行に走ったり犯罪を犯したりするシーンにも、かなり時間を割いている。

 一方、落ち目の終盤を大幅にカットして、勢いのある部分を中心に見せているのが、ドキュメンタリー映画の『ミスター・ダイナマイト』~ファンクの帝王ジェームス・ブラウン~だ。だから、文句なくてかっこいい。音楽も、ダンスも、パフォーマンスが、すべてエキサイティング。画面を観ているだけで、こちらも気持ちよくなるから不思議だった。

Mr_dynamite もちろん、独断的で、わがままで、強欲で、黒人運動に関わっても限界を乗り越えられない、欠点の多数ある人物としても描かれているが、善悪二つを呑み込んだところが、彼の光る個性なのであろう。つまりは、強烈なハイになる薬でもあるが、とんでもない毒も含んでいるということ。

 ちなみに、ミック・ジャガーが、同じ番組に出演した時、ジェームス・ブラウンの強烈なジェームス・ブラウンのパフォーマンスに圧倒されて、ビビったといわれているのだが、しっかり、「そんなことはないぞー」と自ら否定するシーンが、どこか子供じみて面白かった。

 いずれにせよ、ミック・ジャガーが嫉妬するほど、ジェームス・ブラウンが、かっこいいということ。

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『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』

  ドキュメンタリーをエンターテイメントに仕立てたマイケル・ムーア。深刻な問題で笑いを取る。そのサービス精神は、さすがアメリカ人である。銃規制やテロ、医療問題など取りあげるテーマは至って真面目。その手法がアポなしの突撃取材で、反対派にも油断させて切り込み、笑いに替える。その奥には毒のようなものがあって、観る側もドキドキさせられた。しかし、最近は、権力を茶化したり皮肉くる程度に毒が中和されて、ますますエンターテイメント性が強くなっている。

 今回の『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』では、突撃色は皆無。歓迎ムードたっぷりに大統領まで面談に応じて、終始、和やかな雰囲気である。その意味では、毒も、牙もなくなっている。

 が、しかしである。なぜか、胸が熱くなるシーンがたくさんあって感銘させられた。

 突撃先は、非英語圏のヨーロッパが、8ヶ所である。自由主義や資本主義、(日本は違うが)キリスト教などの共通基盤のある地域ばかりだ。1カ所だけ、イスラム圏のチャニジアが含まれる。アラブの春の過程で、女性の権利が確立され女性の社会進出が進む姿を捉えている。今やマイナスのイメージが大きいチェニジアだが、イスラム圏でありながら、女性の権利という意味では、日本より進んでいるようだ。小国ながら完全な男女平等政策を取って、金融危機の膿を出し切ったアイスランドも、もっと顕著だ。
 イタリアやドイツでは、労働環境や雇用時間、労働者の権利などがテーマ。フランスでは学校給食が取り上げて食育を、スロベニアでは大学無償化、宿題なし、統一テストもなく、授業時間も最短でありながら、世界での学力ナンバー1のフィンランドなどでは、教育問題が取り上げている。ポルトガルやノルウェーでは、犯罪と刑罰について。死刑廃止はもちろん、受刑者の人権問題にスポットが当てられる。

 受刑者への懲罰よりも社会復帰にウェイトが置かれているノルウェーでは、最悪のテロ事件(単独犯が77名もの若者などを射殺)の記憶も新しいが、そんな凶悪犯でも、死刑でも終身刑でもなく、最短なら10年、最高でも21年の懲役刑となった。息子を射殺された被害者の親へのインタビューが、秀逸。想像を絶する辛さを超えた光明に、涙が溢れてきた。

 残念なから、凶悪事件の抑止力、被害者感情の配慮などを理由に、日本では死刑廃止はほど遠い。それどころか、厳罰化の傾向が年々強くなっている。しかし、安心が増すどころか、比例するかのように生き辛さが増しているように思えてならない。真に豊かで、安心して生きられる社会とはが、問われている気がした。

  教育、女性問題、労働、刑罰など取り上げられた項目は、アメリカ以上に日本は後進国かもしれない。日本はアメリカ型の競走社会に毒されてきた。経済も、右肩あがりに拡大することが幸せだと信じられてきたのである。しかし、結局、私の人生はどこに向っているのか、いまの生き方(生活も、人生も)でほんとうによいのか、真に豊かな社会とはを改めて問われているかのようであった。

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『写真家ソール・ライター』と雨の東寺

Img_3871木曜日は、朝から春の嵐だった。
雨も強いが、風も強い。これで今年のサクラも終わりかなと思っていたが、案外、その後もしっかりしていて、長持ちしている。

Img_3876会員の更新手続きがあったので、久しぶりに京都みなみ会館によって、手続きをし、映画を1本。

『写真家ソール・ライター』~急がない人生で見つけた13のこと~

Img_3894音楽と映像、そしてなによりも、ソール・ライターの謙虚でありながら、時代に迎合せずに、自然体で一筋通った姿勢がいい。

ガラス越しの写真が、またすばらしい。

「幸福は人生の要じゃない。
 それ以外のすべてが人生なんだ。」

「人生で大切なことは、何を手に入れるかじゃない。
 何を捨てるかということだ」

Img_3898映画のあと、雨に中を、東寺まで歩く。
サクラは青空に映えるが、でも、雨は雨で、また風情がある。
子供の頃から、馴染みが深くて、毎日仰ぎみる東寺の五重の塔。でImg_3900も子供のころとは違って、最近は、サクラが増えてきて、夜間拝観もやっている。
今日は、無料拝観のところから、垣間見得る程度のサクラを眺めさせてもらった。

Img_3901    散るサクラ 残るサクラも 散るサクラ

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『エレファント・ソング』

 2月に連続でヒットした観たぼく好みの良質の映画の紹介。2作目は、カナダ映画『エレファント・ソング』(文字どおり、象の歌で、これがキーワードにもなる)

160212 それほど評判にもならなかったし、評価もそれほど高くはなったように思う。しかし、精神を病んだ青年と、ベテラン精神科医(院長)の一対一の、真実をめぐる心理的な駆け引きに、ヒリヒリさせられ、グッと胸が締めつけられるシーンがやってくる。常にミステリーのような謎を残しながら、完全な二人だけの息詰まる密室劇かと思えば、さまざまな第三者(妻だったり、元妻だったり、電話だったり)が介入し場面展開し、青年の華やかで鮮やかな回想シーンなど、見どころも多かった。すべてを知った上で、もう一度みたら、より楽しめるかもしれない伏線が、さまざまに置かれていた。

 精神病院でおこった医者の失踪事件。その真相を知るのは、その医者が担当する患者である美少年。彼の生い立ちは複雑だ。高名なディーバ(歌姫)が、アフリカでの一夜のアバンチュールで生まれた子である。しかも、彼女は母である以上に、常にスポットライトがあたる国民のスターである。さらに、彼の唯一記憶のある父との重大な思い出に、思春期の彼の目の前で起こる母の自殺など、彼の複雑な歩みが、虚実を交えながら語られていく。

 青年の大胆で、狡猾でありながら、時にあまりにも幼稚な態度に、院長は翻弄され続けていく。そして、どこまでがウソで、どこまでは真実か分からない彼の話にますます深い入り、どんどん巻き込まれていく。彼の病理の問題に加え、病院の存亡に関わるような重大スキャンダルが見え隠れしていく。が、彼を受けれいることで、院長自身のこれまでの人生や家庭生活が揺さぶられ、彼が押さえていた心の傷、彼自身の闇が露わになってきたりするのだ。そして最後には、不可解な悲劇が待っていた。なぜ、彼はそんな選択をしたのか、謎のまま残ってしまう。

 人の話を聞くということは、どういうことか。相手をほんとうに理解するとは、どういうことか。そして、相手を信頼し、孤独な、傷ついたこころが開かれていくとは、どういうことか。結局、それらは人を信じたり、無償の愛を求めることにつながるのだろうか。
 ほんとうに話を聞き、理解することは、相手が自分の中に侵入し、その相手に自分の心が占拠されてしまうことなのか。相手を変えるためには、その相手によって自分が変えられていくことに繋がってくるとしたら、これは恐ろしいことでもある。そんなことを思われる二人の行き詰まる駆け引きだった。

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『セッション』

 若い映画作家が、ドラマーを目指していた自らの実体験を元にした傑作。

 6月公開の『グロリア~明日への行進』以外、今年のアカデミー賞作品賞にノミネートされた7作品をすべて観たが、『セッション』がいちばん斬新で、文句なく面白かった。(ほかにも『イミテーション・ゲーム~エニグマと天才数学者の秘密』 ・『6才のボクが、大人になるまで』 などがお気に入りで、作品賞の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』も面白かったけれど、それほど斬新だとは思わなかった)。

 名門音楽学校に入学し、カリスマ教授フレッチャー(J・K・シモンズ)の有名バンドに参加を許されたたニーマン(マイルズ・テラー)。エリート演奏家としての道が開いたかにみえたが、そこには、想像を絶する教授のシゴキが待っていた。超サディスティックな指導に反発しながらも、恋人や家族との関係まで断って、一心不乱に教授の異常な要求に答えようとする若者との師弟関係がすごい。

 天才を見いだすために、人格を否定し、能力や体力の限界を超えた指導をする教師と、それにくらいつく生徒の異様なまでの師弟関係。その異常さと迫力、一発束髪の不穏な空気感と、行き詰まる緊張感が、画面からもほとばしってきて、こちらのからだが硬くなるほどだ。

 冒頭からあった緊張感は、最後まで続いて、予測できない展開へと進んでいく。後半、教授が緩み、人間性をみせ自己を開く場面がある。が、それにすら、後にまっているどんでん返しの伏線にすぎなかった。僕自身も、ある時は指導者である教授に投影したり、逆に猛烈に反発したり、こころ揺さぶられた。

 少し強く迫られた程度で傷つき、すぐに「ドクハラ」などとわめき出す、ぬるま湯の世界にいるものには、到底知ることのできない天才の狂気の世界。

 帰宅後、さっそく『Bird~チャーリー・パーカの伝説』を読み返した。

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『パーソナル・ソング』~認知症を考える映画・第4弾~

Tirasi214x300 認知症や介護問題を考えさせられる映画の第四弾は、アメリカ映画の『パーソナル・ソング』だ。

 アメリカの認知症の人々も増加を続け、現在500万人以上といわれている。一方、日本では400万人以上とも、予備軍も含めると800万人以上ともいわれているが、完全な治療法はなく、医療費や介護の費用も増大する一途で、急激に超高齢化社会が進行する先進国では深刻な社会問題となっている。

 もとIT業界にいたソーシャルワーカーが、Ipodを使って、ウツ的にふさぎ込んでいた94歳の黒人男性に、大好きだったゴスペルを聴かせたところ、Img_5747その音楽と共に、突然スイッチがはいったように、陽気に歌い出し、音楽を止めた後も、饒舌に語り出すという反応を目撃する。

 音楽療法というと、なにかクラシックのような高尚(クラシックが高尚だというのは認知の誤りであるが、一般論で)音楽を聴かせて効果があるとか、こんな音楽は、こんな症状に効果があるというのではない。前述のPPCと同じく、その人、その人の生育歴や過去を尋ねていくことで、一人一人の思い出のある曲、つまり「パーソナル・ソング」に出会うことで、その音楽と共に、過去の記憶が蘇り、止まっていた心や体が、活性化され、豊かな表情になるという事例が、目の前で次々と繰り広げられていくのだ。

 完全な治療法がなくても、治療は薬の投与が中心で、莫大な治療費によって財政を圧迫しても、そこには業界と政界のオトナの事情も多々あるのだろう。当然、残念ながら、ひとり数千円のIpodを提供するという予算は生み出されてこないのである。

  しかし、パーソナル・ソングを尋ね、音楽を聞かせることで、本来の内なる力を呼び起こすという試みは、大きな成果を生み出し、大きなうねりが生まれつつある。

 大好きな、思い出深い音楽を聴いて、いきいきとした豊かな姿に変貌する姿は、感動ものだ。結局、ひとりひとりのパーソナル・ソングに出会うことは、目の前の人に向き合うことでもあるのだな。

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突然、ドラえもんが(@_@)

 聖典講座の前に、朝イチ9時からスタートの映画を観る。

 イーサン・ホーク主演作の『プリデスティネーション』は、結構、面白かった。

  短編SF『輪廻の蛇』を原作にした、ミステリアスな、時空を超えったタイム・パラドックスものだ。「卵が先か、親鳥が先か」の問いに、「交尾が先である」という意味慎な答えがあった。この映画の本質で、どこが一番先なのかは、まさに、メビウスの輪、リインカーネーションである。

 それでも、映画自体は、タネが分かりやすくなっているので、なぜ?と疑問をもたなければ、なるほどと、面白い。ありえないけれど、うまくできてます。

 Img_5064さて、急いで帰ろうと、エレベーターを待っていたら、奥のドアから、スタッフと一緒に、ドラえもんが歩いて出てきた。

 おお。ここは、どこでもドアかー。

Img_5259 でも、 大人が入るには、かなり小さい着ぐるみだけど、どうなってるんでしょうね。7日から始まる映画の宣伝で、このあと子供たちとの撮影会があって、思わず、1枚 。

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「中平穂積 ジャズ写真展」

 久しぶりに映画館のはしごをする。

 まず京都シネマで、『ダラス・バイヤーズクラブ』(http://www.finefilms.co.jp/dallas/)を観る。昨年の第86回アカデミー賞で、マシュー・マコノヒーが主演男優賞を、ジャレッド・レトが助演男優賞をW受賞した作品で、二人がすごいダイエットで役作して、偏見の中で、利権や権力に立ち向かう、余命30日宣告のエイズ患者と、ヤク中のトランスジェンダーを力演。でも、正義感というより、もともとは金儲け。しかもかなりいい加減な、アウトローなので、こちらが感情移入しずらいところもミソかも。

 2本目は、MOVIX京都に移動して、今日からスタートした『きっと、星のせいじゃない。』http://www.foxmovies-jp.com/kitto-hoshi/を見た。こちらは、正統な難病物。でも、甘くならいような工夫もあったし、セリフも光る部分あったけれど、割りとフツウ。ぼくの泣くツボじゃない。

Img_4896 で、四条烏丸から三条寺町まで、普段は自転車で移動するが、次の上映まで少しだけ時間があった。お茶を飲む気分でもなかったので、自転車を置いたまま町歩きをした。ブラブラ歩いても20分ほどの距離だ。別に何を観るわけではないが、久しぶりに新京極を歩いたり、観光客だらけの錦を通ったり、正月のnhkのプラタモリで紹介されていた「錦天神」のビルを突き抜ける鳥居をみたりと、クネクネ路地を回り、サンボアという老舗バーの脇の路地を抜けると、Img_4889お目当ての映画館。

 でも、最後に足がとまった。骨董屋でWEIGHT商会という雰囲気のあるお店。「モンク」のボスターで、新聞記事を見たことを思い出した。新宿DUGのオーナーの「中平穂積 ジャズ写真展」http://wright-s.com/?mode=f2 をやっていた。細い通路を通って2Img_4891_2階に行くので、ちょっと入りづらかったが、2階のギャラリーへ。

 コルトレーンと、妻アリスの2ショット写真に、「伯爵」カウント・ベイシーは、晩年でカートに巨体を乗せている。「公爵」デューク・エリントンも、存在感がある。アート・ブレイキー、セロニアス・モンク、マイルス・ディビス、そして、ビル・エバンスに、ハンプトン・ホーズやトミ・フラナンガなど日本人好みのピアニスト。そんな個性的な存在感のあるジャズの巨人の写真の中でも、ぼくには、ひときわ威圧感があったのが、ベーシスト(というよりリーダーであり、オーガナイザーなど多彩)チャーリス・ミンガスだ。写真から生きざまが聞こえてきそうだ。

 思いつきでブラブラ歩いて、得した1日。 

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