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誰も聞いていない

 2グループに分かれての信仰座談会。
 司会者から指名を受けた方が、「今日の話は娘にぜひ聞かせたかった」との発言される。

 恩師の法話のネタではないが、
 「ぼくは、あなたにお話したのですよ」の典型である。

 座談の中でも、今生と後生を分別で区別し、これは今生事だという都合のよい解釈が気になった。「これが暗い心、これが黒い心」と、都合よく分けることが、迷いの正体だ。仏様を自分の都合よく利用する心こそが恐ろしい。どんなに真剣に聞いたふりをしても、主人の心は布団をかぶって高いびきなのだ。

 お盆参りのお礼のメールが届く。ご法話が有り難かった。一緒におられて小学生の息子さんはキョトンと聞いていたので、このようにかみ砕いて話し、子供に有り難い法話でしたとの御礼。

 ぼくは子供さんのことは目に入っていなかったのに。 

 見事に、誰も自分のこととしては聞けない。

 

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