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四十八願を味わう(26)~第47・48願~

◎「たとひわれ仏を得たらんに、他方国土の諸菩薩衆、わが名字を聞きて、すなはち不退転に至ることを得ずは、正覚を取らじ。」
(第四十七願・聞名不退の願)

意訳「もし私、法蔵が仏になる時、他の国の菩薩たちが、わたしの名(南無阿弥陀仏)を聞いて、ただちに不退転の位、つまり仏となることが決まり、そこから退くことのない地位を得なければ、私(法蔵)は、決して仏にはなりません。」

◎「たとひわれ仏を得たらんに、他方国土の諸菩薩衆、わが名字を聞きて、すなはち第一、第二、第三法忍に至ることを得ず、もろもろの仏法において、すなはち不退転を得ることあたはずは、正覚を取らじ。」(第四十八願・得三法忍の願)

 意訳「もし私、法蔵が仏になる時、他の国の菩薩たちが、わたしの名(南無阿弥陀仏)を聞いて、第一法忍(音響忍=仏様の説法を聞いて、驚き恐れることなく信じ受け入れること)、第二法忍(柔順忍=素直に真理に随順し、さとること)、第三法忍(無生法忍=真理にかなう形・姿を超えた不生不滅の真実そのものを、ありのままにさとること)を得ることができず、さまざまな仏の法において不退転の位を得なければ、私(法蔵)は、決して仏にはなりません。」

 四十八願の最後の一段(四十願~四十八願)は、広く他の仏国土で自力修行する菩薩方に誓われた願です。
 その最後は、名を聞く一つで不退転の位、つまり仏となることが決定すれば、二度と退くことのない地位に定まるのだと誓われました。それを具体的に示すと、第一、第二、第三法忍を得ることだと言われます。すなわち、第一法忍とは音響忍(おんこうにん)で、仏様の説法を聞く、その音を聞き響きを味わい、恐れることなく信じ受け入れて、真に理解すること(解)。次の第二法忍とは柔順忍(にゅうじゅんにん)で、その理解した真実に素直に随順し(行)、さとること。第三法忍は無生法忍(むしょうぼうにん)で、真理にかなう形相を超えた不生不滅の真実そのものを、ありのままにさとる(証)ことです。 聞名ひとつで、この三忍に得、不退転の位に定まるのです。
 こうしてすべての他の仏国で自力修行中の菩薩方に対しても、「広大なご利益があるぞ。どうか、わが名(南無阿弥陀仏)を聞いておくれ」と願われて、四十八願が結ばれました。南無阿弥陀仏

 ある寺院の寺報に「四十八願」の解説をたのまれて8年がたった。年3度、1願ずつではなくて、2~3願まとまることもあったが、それでも8年が経過したのである。それも、今号で終了。終わるとなると名残り惜しいものだ。ありがとうございました。
 

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