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『御伝鈔』(8)~第七段・信心一異(1)

 午後から聖典講座のために、早めに神鍋高原を出発する。早めに準備が出来ているので、その点では気持ちは楽だった。

『御伝鈔』上巻の第七段「信心一異の諍論(じょうろん)」とか、「信心諍論」と名付けられた一段だ。先号の「信行両座」に続いて、吉水(法然門下)時代の三大諍論の一つで、浄土真宗の信心は、他力廻向であり、帰入一味であることを現わす段で、同時に、第五章「選択付属」、第六章「信行両座」に続き、多数の門弟の中で、法然聖人の真意を得たものは稀で、親鸞聖人こそが正統な後継者であることが示すことも、覚如様は強調したかったのである。
 
 大意としては、聖人が法然門下の34歳の頃、「法然聖人と私の信心は、少しも変わらず同じだ」と申したところ、他の弟子が、「そんなはずはない。どうしてそう言えるのか」ととがめた。そこで聖人は、「知識や知恵の深浅ではなく、他力信心では、自力が廃れて、共に他力よりたまったものだ」と申し上げた。すると法然聖人も、「信心が違うのは自力の信心の時であって、法然の信心も善信房の信心も、共に如来よりたまわったもので、ただ一つである。もし違うという人がいるのなら、私の参る浄土へは生まれることはできない」と申されたので、皆、口をつぐんでしまったということになる。

 それを便宜上、以下の3分科していただいたが、流れとしてはひとつの出来事である。

一、「上人親鸞のたまはく~ひとしかるべき、と」
  法然門下での、親鸞聖人(善信房)と他の門弟との信心一異の問答

二、「善信もうしていはく~申しはんべりしところに」
  親鸞聖人の信心同一の主張

三、「大師聖人まさしく ~閉じてやみにけり」
  それに対する法然聖人の裁決

 

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