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京都支部法座~聖徳太子讃仰~

 2月22日は、旧暦で聖徳太子のご命日にあたる。推古帝の622年2月22日のことである。つまり今年は、千四百回大遠忌という節目の年にあたるのだ。法隆寺や四天王寺はもちろんのこと、和国の教主(日本に生まれたお釈迦様)である聖徳太子を敬い奉るご宗派も多く、さよざまな法要や行事が計画されている。ただし、大半は、4月になってからだ。2月22日は旧暦のご命日なので、ほとんどが新暦で行われるのである。親鸞様のご命日も、東(旧暦11月)西(新暦1月)本願寺でも異なると同じだ。

 今日は、旧暦のご命日の前日、つまりお逮夜にあたる。
 
 日本人の太子信仰は古くから根強いが、親鸞様の場合はそれが際立っている。晩年におよんでさらに深まったようで、太子奉讃の和讃を、83歳で75首、85歳で114首、さらに86歳前後の11首も作っておられる。特に最後の『正像末和讃』の11首は、前二者が史伝を述べるのに対して、教義を讃嘆されその讃意も深く、かつ格調の高いもので、太子傾倒の聖人の心情のほどを知ることができる。
 その要点は、太子の本地は観音菩薩であり、また末法の日本に出現された釈尊でもある(和国の教主・聖徳王)。日本国民は、久遠劫より現世まで、太子の父母のような慈育をいただいてきた。そのお勧めによって、万民がひとしく本願に帰入して、現実において正定不退の身になることができる。この広大な恩徳を、より多くの人に広めて、たえず奉讃すべきであるというものである。
 実際、宗祖は、家庭内に常に太子像を安置されたようで、これを真宗寺院が継承して、本山から末寺まで、本堂に太子像を掲げるのである。この像は、二十五条の袈裟に香爐を手にされた太子14歳の孝養のお姿である。その甲斐もなく、4月に天皇は崩御されるが、その6月には、仏敵守屋を誅伐されて、仏法興隆を図られたという因縁によるものだというのである。(続く)

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