『異端の鳥』
チェコ・スロバキア映画、『異端の鳥』
この映画もとてもよかった。10月後半は、いい映画が観られています。
モノクローム(白黒)映像の3時間。ホロコーストから逃れるために、暴力渦巻く過酷な状況を生き抜く少年が主人公。気合を入れて鑑賞したが、最近では珍しく居眠りすることもなく、かなり入れ込んで見入ってしまった。
東欧(スラブ圏・特定の国や地域には触れられない)のある田舎が舞台。ロードムービーであり、各章からなるさまざまな出会いが待っているが、それらはあまりも過酷で、残酷である。
映像は圧倒的に美しい。モノクロームなのに豊かで良質の叙情詩を見ているかのようだ。それでいて、人間のもつ暴力性や残酷さが容赦なく描かれている。少年にだけ向けられるものでもない。他の異質なもの、裏切り者を暴力で排除しようとする、人間の持つ本性が浮かびあがってくるのだ。もちろん戦時下というヒストリックな状況もあろう。しかし単に戦争の仕業だけで片づけられない、私たちが持っている本質的な暴力性、残酷性が、自分の脅威となりかねない異質の他者を、徹底的に排除しようと向っていくのである。少年も、さまざまな状況下、さまざまな人たちに出会い、暴力や性暴力を目撃し、また自らも受けていく。目の前で、目玉をくり抜かれる男、レイブ、ユダヤ人の大量銃殺を、有無もなく目撃させられていく。またほんの一瞬、一滴の善意や愛情にも出会うこともある。しかし大半は想像を絶するような過酷な出会いの連続だ。そして少年は、自らの身を守る為にその人間性を喪失し、感情や言葉を失くしていくプロセスがすごい。最初、共感的に少年を見ていた自分の偽善が暴かれていくかのうようだ。
そんな中で、何があっても絶対にあきらめずに生き抜こうとする、生に対するエネルギーの凄まじいさ。その目に、身震いさせられるシーンもよかった。そしてラスト。詳しくは書かないが、あるひとつアイテムを目撃してすべてを察した少年が、自らを取り戻すシーンも淡く、静かでよかった。
それにしても、今の私たちはどんな生き方をしいるのか。恵まれた環境に生きながら弱音や泣き言を繰り返し、すぐ傷つきくじけ、うわべのやさしさや偽善に覆われている虚像の生き方を痛感させられる。
| 固定リンク
「映画(欧州・ロシア)」カテゴリの記事
- 東寺からみなみ会館へ(2023.01.03)
- フィンランド映画『トーベ』(2021.10.21)
- 新月断食の日に(2021.03.12)
- 『異端の鳥』(2020.10.23)
- イタリア映画『幸福のラザロ』(2020.06.16)