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『善き知識を求めて』輪読始まる!

『仏敵』が終わり、『善き知識を求めて』を、順番に音読しみんなで味わう。今回も、車座になると道場にいっぱいになるほど、盛況。これは『仏敵』の続編というよりも姉妹編の性格があって、『仏敵』と合せて読んでこそ意味が深まる一冊。

 今は、皆さんがもっておられる『善き知識を求めて』は、昭和の終わりに再版されたもの。今年、ご往生された運営委員のIさんのご尽力である。ただ古い本の写真製版で専門業者ではなかったこともあって、印刷が悪い。また字が小さくて読みづらいのが欠点。これは拡大コピーで対応していきたい。新版『仏敵』に合せて、ある先生が現代仮名遣い版を作ってくださっているが、こちらに力なくして発行に至らずにいる。残念であるが、これもぜひ実現したい課題である。

 さて今回の内容である。

 今回は、伊藤先生の幼少期の宗教的な記憶から、大学林(現龍谷大学)に入学した頃の話題である。これを読む限り、幼少期の伊藤先生は罪悪観よりも無常観の人であることは分かる。4-5歳ころに縁台から墜ちたこと、徳ちゃんという友達の突然の死、そして10歳頃にお父様が事故にあい、同時に先生も腎盂炎で命が危なかったこと。その時、痛み苦しむ子どもを前にしたお母さんの言葉が尊い。

 朝にはお父さんの病院に連れて行くといった後、「もしそこまでに死んだら、お念仏ひとつで仏様に救って頂くのです。さあ、わしと一緒にお念仏しましょう」と、母親がお念仏称えたので、先生も苦しい息のなかで絶間絶間に念仏されるのだが、薄暗いところへ沈んでいきそうだったというのである。10歳の時のことである。瀕死の子ども前に、「もしそこままで死んだら」と言った母親を尊く思う。その後、もしあの時死んでいらたの不安と、黒い死の影が先生をつきまとう。

 そして、大学に入学後の夏休み、病気で倒れた故郷の親友を見舞うのだか、想像以上に重体で、その彼から仏法の救いを求められるも、その友はまもなく死ぬ。仏法を語れぬ、もしくは自信のない手ぬるい言葉を並べざるを終えない、自身を深く恥じられる章も、グッとせまるものがあった。

 先生は、他に自らの落第ぶり、懈怠ぶりも合せて記され、それとは対照的に、宗教的天才である栂尾の明恵上人の幼少期のエピソードを挙げて絶讃される。自らの下根ぶりを卑下されているが、幼少期より尊い仏縁に会っておられることが、有り難かった。

 次回は、本格的な大学時代のエピソード。ここは『仏敵』にも重なるものがあります。楽しみです。

 ◎日時=10月7日(水)か、14日(水)夜18時50分~21時
 (高山法座との調整中です。決定しだいおしらせします)

 ◎『善き知識を求めて』の19頁(信仰書の乱読)~33頁(友の言葉に刺激されて)

 

 

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