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永代経の4日間(2)~やっぱり法座はいいな~

 コロナの感染拡大を防ぐために、定員30名(通常の永代経の1/3~1/4)にして、前期・後期に分けておこなった。その結果、日数が1日増え、法座数も8座、法要も4回、信仰体験告白の時間も2回とすべて増えてしまった。それでいて、法中やご講師も絞った編成で臨んだ。法中も各1名と参加された方おお願いしたので、けっこうしんどかった。勤行でも法中の皆さんに助けてもらっていたことがよ~く分かった。法話も、増えて3度担当することになった。
他にも懇親会がないの寂しかった。終了後、皆さんがホテルに移動される妙な雰囲気は、7月の壮年の集いで体験している。やはり2回とも連れ合いと飲んで体験告白などを分かち合って、けっこう遅くなったりもした。マスク越しの不自由さもよーく分かっている。それでもある。密を避けながらも全国から同人が集い、共に真剣に聞法する、その雰囲気は何ものにも替え難いものだと、改めてその良さを感じた。。

 数日前のことだが、朝の勤行時に窓からはいる風が秋を感じことがあった。9月は、ずっと残暑が厳しく、日中はまだ30度近くになる時もあるが、風はもう秋なのだ。風ととにも、仏壇からはお香のよい匂いが漂ってくる。蝋燭の火がチラチラと揺れている。五感で感じるというけれど、目や耳だけでなく、嗅ぐこと、味わうこと、肌で感じること、つまりその気配を身で感じているのである。残念ながら、これはZOOMでリアルに配信しても、伝えることができない。

 今回も、分級座談会の示談で、ある同行と向き合ったことがあった。ただ言葉はなくても、そこには張りつめた緊張感、気配があるのだ。これも二次元の画面越しには写らないだろう。当然、それは見えるものではない、その場で感じるものである。

 そんな法の雰囲気に触れさせてもらって、ぼくの心も開かれ立ち上がっていった。それは、自分の昂揚した気分や意欲とはまた少し違ったところから興る不思議な力である。出会いとは単なる喜びでは終わらず、奮い立つ力になるものだが、法に遇うことは、そんな力をいただくことではないだろうか。いくら理屈を覚えて、また情緒的に感動しても、法に遇った力が漲ってこなければ、仏法の面白さはない。

 結局、4日間、法座を開いて徳(得)をしたのは、ぼく自身であった。南無阿弥陀仏

 

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