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南無阿弥陀仏の響き~東海支部法座~

 愛知県、特に名古屋市でのコロナ感染者か、連日、最多を更新している。そんな中で、予定どおり開催していいのか。最後の最後まで、主催者は悩んでおられた。ぼくも、当日の朝まで両睨みで臨んでいた。リモート開催の声、中止の声、予定どおり開催の声がきれいに分かれ、最後は支部長の決断で開催が決まったそうだ。密にならないように定員を厳守し、事前申込みの皆さんは予定どおり参加くださった。

 出来る限りのコロナ感染防止の対策をとって、東海支部法座は開かれた。入り口での検温、手の消毒、マスク着用、ぼくは初めてフェイス・シールドを着用。間隔をあけて座り、こまめに換気、そしてお茶やお菓子もださすに、終了後は即解散。東海支部例会といえば、終了後の飲み会が楽しみではある。金山駅の周辺には居酒屋や飲み屋も多いが、今回はは指をくわえて素通りし解散。寂しいが、今は致し方なし。

 平日の法座。昼から仕事を早引きされた方、赤ちゃんを抱えたお母さん。誰もがコロナの不安の中で、ご法を求めてきてくださったのだ。ならば、いい加減なお話できない。

 火宅無常、虚仮不実の世間にあって、人間生活でも連日、連夜「空言、戯言、まことのない言葉」しか発せず、真実のカケラのない私に、唯一届く真実の声、南無阿弥陀仏の呼び声を聞いていただくことである。末通ることのない人生に、その不実の私をありありと照らし、そのままで輝かせて、我と同じ仏にして見せようという願いに裏打ちされ、成就された南無阿弥陀仏の御名は、阿弥陀様がすべてのお徳を、そして阿弥陀様自身を名に封じ込めて、私のこの煩悩逆巻く、地獄の業の中に、なんの躊躇も、畏れることもなく(無畏)、この私が仏になることを微塵の疑いも持たずに信じ切って、待ちわびておられる姿なのである。ならば、この私も、南無阿弥陀仏さまが飛び込んできてくださった罪業のまま、腹を見せて救われていくしかないのである。ウソだらけの世、偽りだらけの私にも届く真実がここにある。南無阿弥陀仏 

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