『人間の時間』は衝撃作
韓国映画の奇才、キムキドクの問題作。
キムキドクという人は、異端の人だ。今の世で、最終学歴が小学校卒。映画もすべて自己流で学び、社会のタブーに挑戦する。超学歴社会の韓国、また映画を文化・芸術とする考えからも、その経歴も、作風も、好ましいものではなく、評価はとても低い、一方、カンヌ、ヴェネチア、ベルリンの世界三大映画祭を制覇し、特に日本で評価は高い。しかし、そんな中でも、この作品の評価はみごとに分かれている。5点満点で5点の人もいれば、1点どころか0点の人もいた。それほど、賛否両論を巻き起こすセンセンョナルなテーマを扱った。
『人間の時間』 (2020年・韓国、Human, Space, Time and Human)は、あまりにも設定が不自然、映画にリアリーティを与えるディテールもいい加減。脚本の筋立てにも、かなり疑問点があって、随所につっこみどころは満載だ。これだけでも難癖をつける人がいるだろう。しかし、この映画に関してはそれは末節なことなのかもしれない。単なる質の悪いB級映画、また気持ち悪いスプラッター映画を超えて、普遍的なテーマが隠されているからだ。
日韓の名優による競演も見どころだ。 主人公の「イヴ役」を日韓で活躍する藤井美菜、キム・ギドク監督の作品に出演しているたオダギリ・ジョー。「アダム役」は、日韓で人気のチャン・グンソクが、これまでのイメージを壊した弱い人間のいやらしさを演じて、ファンの悲鳴を叫びそうなクズの役柄。種子から実の植物を、卵からニワトリを育てる謎の老人は、韓国の国民的俳優アン・ソンギ。他にカメレオン俳優と称されるイ・ソンジェ、個性派リュ・スンボムなど、個性派が揃った作品だ。
退役した軍艦に、いろいろな階級(大統領候補親子と、日本人カップルに、あとはヤクザや娼婦、チンピラ、クズ学生の類)の人間が乗り合せてクルーズに出る。最初から階級格差が起こり、夜にはレイプなどの不穏な雰囲気が漂う。それが、なぜか軍艦は、制御不能の異次元に迷い込み、漂流していく。閉じ込められた極限状態の中で、政治家とヤクザが結託し、クルーたちが対抗し、他の乗客は支配されていく中で、限りある食料をめぐって、道徳や倫理を越えてむき出しになる業ともいうべき欲望だけが露わになっていくのだ。常識や善悪の境界線が揺らぎ、暴力や性欲が剥き出しになっていく。
結局、地獄から人間界、一部の程度の低い天上界まで含めた六道の大半は「欲界」である。欲界は、食欲と性欲に支配された世界なのである。要は、生き延びたいという生存欲と、自分の子孫(DND)を残したいという欲望に支配され逃れられない。その目的を達成するためには、手段を選ばない醜悪な姿が露わになる。人間としてのタブーであるカニバリズム(食人、人肉食)や近親相姦などが容赦なく描かれていく。カニバリズムをテーマにした映画(今年も8月には大岡昇平原作の『野火』がリバイバル上映)もあるが、ここの映画の毛色は少し違う気もした。
ここからはかなり仏法的な感想になってしまうが、自らの肉を相手に与えるシーンが何度か登場する。それを「まずい」と「飽きた」とかいいながら貪り喰う。手の肉を割き、足の肉を割き、そして最後はすべてを与える。いつも法話で聞いている「シビ王とタカ」「鳩をたすけたシビ王」の話そのものではないか。それは、そのまま法蔵菩薩と、その血肉を貪りながら文句ばかり言っている私そのものの姿ではないか。これまで観念的にしか味わえなかったシーンが、こんなにもリアルに描かれているのだ。気持ち悪いを超えて、有り難くなってきた。南無阿弥陀仏
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