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 講座・仏教カウンセリングを求めて(3)

 今週は水曜日に月例会があったが、引き続き、土曜日には真宗カウンセリング研究会主催で、奈倉先生をお迎えしての「講座・仏教カウンセリングを求めて」(3)を開催した。

 奈倉先生の講座は、これで3年目。これまでのまとめの意味も込め、西光先生を聞き手に、「仏教カウンセリングからみた生・老・病・死」と題して、講演と対談、フロアーからの質疑で構成されていた。

 企画から、真宗の方にひろく呼びかける予定だったが、このコロナ禍である。一旦、延期となって、7月に行うことになった。感染再拡大の最中で、当日近くのキャンセルも多く、昨年呼びかけた他の会合や集いが軒並み休会で、思うような参加者を得ることができなかった。密を避けるために定員の上限を設けていたが、その定員にも達しなかったのは、残念だった。もちろん、楽しみにしていた懇親会も中止だが、今は致し方Ðなしだ。それでも、初めてお会いする方が2名あり、そのうち1名は、すぐに会員に加わってくださり、有り難かった。

 これまでと違って、実習ではなくて講演が中心。
 まず奈倉先生からは、仏教カウンセリングの立場、そして医者や介護士としての長年の、実践経験の中から簡単な事例を交えての講演であった。
 主には、(1)「倫理と宗教」~その違いから思う宗教の意義~
 (2)目覚めの宗教として「仏教」と、対話で気づく「カウンセリング」の違い。さらに、仏教カウンセリングの提唱者である藤田清先生の共談仏教と、中観の龍樹菩薩の「空・仮・中」による「否定的啓発法」について。

 そして、(3)西洋の因果モデルではない、仏教の「因縁生起」の縁起の理法によって勧める家族カウンセリングの実際の事例をお話くださった。原因を一人に押しつけないで、家族の問題、関係性の中で解決をめざすもので、家族という流動的な関係の中で、過去の隠された協調性などを甦らせていこうという試みであった。「安心して家族がぶつかりあえる(ケンカしあえる)場を提供する」ーそのために傾聴に徹し、安心の場作り行うカウンセラーの役割と、調和を求める心が建設的な方向に作用していくブロセスなどが、なかなか面白かった。

 さらに(4)浄土教の中心である『大経』『観経』の三心、中でも二種深信による心の転換による目覚め。それは自己の深い罪業性と、凡夫であることが知らされると共に、それがそのまま阿弥陀様に願われている、摂取されてる身であることに気づかされることにほかならず、カウンセリングの場面でも、どこまでも共に凡夫であるという自覚は、共に常に阿弥陀様に守られている(摂取不捨)のお互いである、「阿弥陀様おまかせします」という信心に根ざしカウンセリングが進んでいく、というような趣旨のお話をいただいた。あっという間に時間がすぎて、唯識にもとづく囚われからの解放や、内観の体験の話題は割愛されたが、そのあとも、フロアーからの質疑に積極的に答えて頂けた。

 一方で、西光先生は、故西光義敞先生の『育ち合う人間関係』の「真宗カウンセリングの成立」の論文から、真宗とカウンセリングの出会い、そして例の三角形を使っての真宗カウンセラーとクライエントとの関係、さらには、真宗カウンセリングの性格、特色(二重関係と、二重の配慮)などを、基本にかえって丁寧にお話くださった。

 対談形式、またその後のお二人でのお話し合いなどでも、気づかされることが多い講座となった。また機会があれば、また触れていきたい。

 なお、当日の講演記録を、mp3.(CD等はなし)で発信(有料)予定でいます。ご関心のある方は、研究会までお問い合わせください。

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