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唯除(3)~今生バージョン

 新型コロナの影響で、永代経を始め大きな行事は延期、支部法座も寺院布教もすべて中止になって、4月、5月は、前年の同時期の収入の半分以下に落ち込んだ。売り上げが50%以下となった中小事業所は、持続化給付金の申請ができる。しかし宗教法人に関しては賛否両論があって、結局、見送りとなった。いまのところ雇用も守られているので雇用助成金も不要で、いただけるものがあればいただこうという、さもしい凡夫の根性は見事に砕かれたのである。

 持続化給付金の対象外について、京都仏教会が声明を出したという。それが

 「給付金対象から宗教法人は除外すべきだ」というのである。

 意外な気がした。除外せずに援助すべき、かと思ったら、逆だったのだ。声明の意図は、だいたい次のようだ。宗教法人に関する公金の支出が、宗教に対する援助や助成の促進につながり、憲法第20条3項、第89条に違反するからというのである。要は、公権力による介入を防ぎ、信教の自由をまもるという意味である。
 
 ああ、唯除されているのだなーと思った。でもこの唯除もまた有り難い。宗教法人は税務上での優遇措置を受けているのも、信教の自由、こころの問題への課税に絡んでいるからである。そうである以上、ここで援助が唯除されていることも、国家が宗教に対して口をださないことへの担保なのであって、その意味ではたいへん有り難いことなのである。

 京都仏教会の声明はこうも述べている。

「寺院の大多数は檀信徒の布施寄進に依存しており、営業自粛で特に大きな影響を受けた事業者に該当しない」。

 ところで、京都仏教会の中心は、超有名な観光寺院だ。それは名だたる多くの国宝・重文級の文化財を抱えている寺院である。このような宗教と国家の関係について立派な声明をだされたのだが、文化財の名においては(文化財指定が条件だが)、国からの補助金を受けおられるのだ。確かに国宝級の文化財の修復には莫大な費用がかかり、国家をあげて人類の宝を護ることは当然ではある。がしかし、信者が集う本堂や礼拝の対象である本尊は、まさにその宗教の目に見える形での本丸ではないのか。もし今回の仏教会の立派な表明の筋を通すならば、信仰対象である本堂や本尊も檀信徒の力だけで頑張って護るべきであって(できないのなら信仰の力の限界)、そこで筋を通す姿勢こそ、われわれ弱小零細寺院の模範となると思うのだが、、。本音と建前は違うのだろうな。

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