レバノン映画『存在のない子供たち』
閉まっていた京都の映画館も5月22日に京都シネマと出町座が再開。順次、大手のシネコン映画館も再開する。6月1日からはイオンモール京都にあるTジョイ京都が再開。昨年、見逃した名作3本(うち2本はキネマ旬報でもベストテン入り)が、ライナップに並び、しかも各1100円とお得なお値段。これは観ないわけにはいかない。久しぶりに京都シネマ以外の劇場に通った。小学校の並びに建っているので歩いても15分もかからない。ただこれまでと違うのは、検温とマスクの確認があること。
まずは レバノン映画『存在のない子供たち』。レバノン映画を観るのは2本目。少年が主役の傑作映画。でもね、子供が虐待されたり、危ないシーンに巻き込まれると、「もうやめて」と堪えられなくなってしまう。その意味では、この手の映画は苦手でもある。でもこれが、世界の現実。目をつむって避けて通るわけにはいかない不都合な真実がある。
衝撃的なシーンで始まる。未成年(日本なら中学生くらい。生年月日が分からず正式な年は不明)の子供が刑務所に収監され、その裁判の過程で両親を訴えるというのである。親の罪はなんと「ぼくを産んだこと…」。
いくら日本の格差社会で貧困が広がるといってみても、この苦悩はなかなか理解しがたい。
周辺国で子供を含む民間人が平気で虐殺される内戦が激化し、難民が溢れ、人間としての安心安全、最低限の基本的な人権すらない中で、ますます弱者は虐げられていく。弱いものは、さらに弱いものを虐げていく。しわ寄せは、子供たち、特に女の子の立場はもっとも弱い。貧困と無知のゆえに、親は自分の子供を利用してでも生き延びようとする。
親には戸籍もなく、学もなく、貧困にあえぐ。子供も当然、戸籍がなく教育は受けられない。幼児期から強制労働や犯罪の強要、そして家庭内暴力、ネグレクト、(特に少女に対する)性犯罪等、直視に堪えない現実が浮かび上がる。
ふとしたことから、未婚で赤ちゃんを育てるアフリカからの不法移民との出会いう。ぎりぎりの生活だが、その優しさに触れてひと時の安らぎをえるが、不運が重なって黒人の赤ん坊を抱えた2人暮らしが始まる。少年が懸命に生きよとする生命力、究極サバイバルの力強さなども描かれるが、不安な心情を著すような不安定な近接撮影、少ないのセリフ描写など、ストーリー以外のタッチで少年の不安さ、揺れる思いを表現sれる。
是枝監督の代表作の一つ『誰も知らない』(2004年)のテイストもあるけれども、現実の世界はもっと悲惨であるということ。でも、どこか人間のたくましさも垣間見る1本。
ちなみに、残りは、ポーランド映画『Cold War あの歌、2つの心』と、イタリア映画『幸福のラゼロ』の3本。これもよかったです。
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