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北向不動院から安楽寿院へ

 あいかわらずの自粛生活だ。1カ月以上、電車やバス、そして車にも乗っていない。1度歯医者に出かけたこと。リカマン(酒屋)とジャパン、そして郵便局(ATM)(いずれも徒歩2分圏内の町内)に1度ずつ。外出はそれだけで、自粛生活ではかなり優等生だ。最低限 散歩は毎日している。これも徒歩で動ける範囲で、半径1~2㎞以内、往復1時間程の距離だ。

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   今日は、天気もいいので少し足を延ばした。目標は、竹田駅(近鉄なら2駅)周辺の「北向山不動院」界隈だ。堀川通りを真っ直ぐ下っていくだけ。2、6㎞、40分弱。往復しても5㎞強。散策も含め90分ほどで歩けるコースだ。実際は暑かったこと、幹線道路を進む道中が面白くなかったが、ゴールは見どころ満載だ。
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 観光地とは無縁だが、鳥羽離宮があった地で天皇陵や古刹が密集している。天台や真言宗などの聖道門だが、いずれも阿弥陀仏を祀ったり浄土教の影響を受けているお寺である。平安末期の末法思想の影響を強く受けているのではないか。
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 まずは、北向不動院へ。新堀川通に面しているが、お寺は少しだけ奥まったことろにある。境内には、お不動様(重要文化財)や薬師如来や、お稲荷さんと習合である。今回驚いたのは、興教大師覚鑁(かくばん)の創建であることだ。興教大師は、弘法大師の真言宗であるが、法然聖人などの念仏や浄土思想の影響を受けて、真言教学に受容し、いかに捉えるかを理論化して、「密厳浄土」思想を唱えて「密教的浄土教」を大成されたお方。真言宗中興の祖であり、また新義真言宗始祖の御方である。

 お念仏の教えといえば浄土教で、それに対して聖道門の教えを捉えてしまうが、法然様や親鸞様当時は、比叡山の天台宗でも、南都の奈良仏教でも、そして真言宗でも(つまり、当時のほぼすべての仏教)が、念仏や浄土の教えが幅広く学ばれていたのである。それに対して、法然様が「専修念仏」(念仏ただ一つ)と宣言されたのだから、革命的な出来事である。

 余談でした。

 北向不動院の隣に「安楽寿院」がある。真言宗智山派の寺院で、本尊は阿弥陀如来だ。鳥羽離宮の東殿に鳥羽上皇が造営した仏堂を起源とし、皇室ゆかりの寺院である。このお寺は、非公開寺院の特別拝観で紹介している。
http://karimon.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-5488.html

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  この回りには小さいながら石碑や石仏が立っていて、これが面白い。

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 ≪鳥羽離宮の基礎石↑≫
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 ≪薬師三尊↑≫
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≪ 介護施設前に立つ五輪塔↑≫
無防備に立つが重要文化財

 

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