4月の華光誌輪読法座
平日の昼 少人数(10名程度)での法座を行う。予め参加者にはマスクを着用をお願いし、座席の間隔を空け、消毒液も玄関や各部屋に配置し必ず使用してもらった。玄関、会場のドアも空け放し、窓も開放。幸い、今日は暖かくてその点では助かった。全員がマスク、目一杯に間隔をあけ壁際まで広がって座っている。三密対策だが、普段の集りから比べると滑稽というか、異様な光景だ。それだけ緊急事態が進行しているのである。この新型コロナが厄介なのは、自分が感染するリスクだけでなく、無自覚に人に感染させるリスクもある点だ。その点も承知の上で、今日も開催することにした。
(ただこの翌日には、全国に緊急自体宣言が適用され、京都は「特定地域」に指定。この法座を最後に、5月10日(日)の「聖典講座」まで、華光会館での法座も中止を決めた。会場提供の集いやピアノ教室は、3月から休業が続いているので、会館も静かである。)
普段は当たり前の法座に参加することも、当たり前ではないとうことを、身をもって知らされる。単にコロナのせいではなく、すべてご因縁事である。それだけに、たった3時間たらずでも、お互いを大切に、聞き合い、語り合う一時を過ごした。いかに日頃、当たり前に粗末に生きているのかだ。
巻頭言と聖教のこころを読んだが、その内容はまた後で。インド仏跡の写真と共にお伝えします。南無阿弥陀仏
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