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インド仏跡(6) ヴァーラーナースィのガンガー(1)

 初日は4時30分起床、今朝も5時起床。早起きは、三文、いや三ルピーの得があるのか。ガンジス河へヒィンドー教徒の沐浴を見学へ。大通を行く。途中、停電で真っ暗にもなるが、もう巡礼者や物乞いで混雑していた。

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≪噛ハミガキ↑≫
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 ヴァーラーナースィを、私たちは「ベナレス」と言い習わしている。北と南をヴァルナ河(Varuna)とアッスィ河(Assi)にはさまれているのに由来するので、ヴァーラーナースィ。初転法輪のところで触れたように、釈尊は、「カーシー(KASHI)へ行く」と言われている。これは「霊的な光にあふれた町」の意味で、昔も今もKASHIで通じとか。ちなみに、ガンジス河のGANGESは英語読み。この聖河はガンガー(GANGA)と、現地名では呼びそうだ。河そのものが神格化されて、女神「GANGA MATAJI」(母なるガンガ様)と崇めらているのだ。ここは、釈尊当時からある世界最古の宗教都市。2500年前ですから、びっくりです。仏跡地ではないけれど、釈尊の最初の伝道の地で、後にこの町の多くの聖者や青年たちが釈尊に帰依することになる。

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 現在の人口は約120万人。ガイドの説明では、約300万人と言われた。ヒンドゥー教の巡礼の聖地で、ガンガーの聖なる水をいただき、沐浴すればすべての罪は浄められる。そして、ここで死に遺灰がガンガーに流されれば、輪廻からの解脱を得るという。だから、彼にはこの地で死ぬことこそ最高の幸福だと、ここで死ぬために家・財産を整理して来る人も少なくないのです。そのことは、インド映画『ガンジスに還る』を観ればよく分かります。
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 河の西岸に沿って60からのガート(GHAT)が並んでいる。ガートとは、岸辺から階段になって、河水に没している堤のこと。沐浴場として使われていって。まだ暗い中、もうすでに大勢のヒンドゥ教徒が、沐浴の準備をしていた。

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 ガートから木造モータ-ボートに乗って、西岸の沐浴や立ち並ぶヒンドゥ寺院を見学。これまではオールでの手漕きぐボートだったけど、これも電動化。火葬に使われるガート(火葬場)は、まだ準備中。薪で焼かれるので、かなりの費用(忘れました)で、貧乏人には難しく、死ぬ時も貧富の格差があるんですね。

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 ボートに乗っていても物売りが寄ってきた。「魚を放流し、徳を積みませんか」というお節介な輩。「誰がその魚を釣ったんやー!」と、つっこみたくなるが、それでも、我々の仲間が、二人も徳を積まれた。こんなことが宿善になるのでしょうね? これが、翌日、ブッタガヤでいい報いとしてかえって来たのです。そのお話はのちで。

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 ただし、靄がかかって、お目当ての美しい日の出は、まったく見られなかったのは、残念。
我々のカルマが悪かったのか。もう一度来いというお諭しなのか?
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  ガートにあがる時、連れ合いがガンガーに飛びこんで沐浴をする。ただし、お友達のご住職が、頭まで浸かる沐浴をして、翌朝からひどい下痢で、大切なレセプションを早退する事態になったとか…。彼女は、準備はしてきたのの、下半身だけの半沐浴に留めた。川底は、ぬるぬるしていたとか。少しは、インドの味がしたのかな。ヒマラヤの万年雪をとかして流れるガンガーも、私達の観念から言えば少しもきれいではありません。それをヒンドゥの人達は、聖河と仰ぎ、聖水を頭からかぶり飲むのです。ガートへ行くまでに並んでいる店には、聖水を家に持って帰る容器がたくさん並べられていた。「ガンガー・ジャリー」といいます。聖水を持って帰ってみんなでいただくのです。日本の河に比べると、「きたない!」と言いたくなるけれど、そう言っている私の身体や心、腹の中は…噫。
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