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教行寺永代経

 奈良県生駒市の翌日は、同じ奈良県の河合町へ。

 お招きを頂き、何年目になるのだろか。どれだけお役に立っているのだろうか。と自問する。
 人の歩みは、畳の目ひとつひとつと進むものである。「薫習」(くんじゅう)という言葉があるが、少しずつ匂いづけされていくように、真宗は、「聞薫習」で、聞くことによって、ご法が匂いづけれていくのである。しかし、一方的に終わる法話だけでは、実際のところはどうかよく分からない。靴の上から痒いところを掻くような、もどかしさも感じてはいる。

 2席の法話は、朝座は、「平生業成の教え」。昼座の前席は、「南無阿弥陀仏をとなふれば、この世の利益きわもなし」。お寺の掲示板にあった現世利益の和讃で、意味の質問があったからだ。これは、即興での法話であったが、ぼくなりにはっきりしたことがあって、もう少し深めていきたい。後席は、京アニの消防士さんの言葉から、「後生こそ一大事」で結んだ。

 法話が終わって、30分ほどだが、簡単な分かち合い、座談会を行う。集まったのは、いつも華光の皆さんと、元同人の方のみだ。なかなか、もう半歩でも出てもらうことは難しい。しかし、諦めて意味はない。ご縁が続くかぎり、この姿勢を貫きたい。南無阿弥陀仏

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