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命日法要

 連日の猛暑。京都は38度を超える日も珍しくない。
 父が亡くなって丸4年。4年前も暑い夏だった。
「まだ4年か」なのか、「もう4年か」なのか。どちらかというと「まだ4年か」という思いが強い。もうかなり前のようにも思えてくるのだ。
 節目の年忌法要ではないので、特別なことはしなかった。夕方から、家族と事務所の皆さんで、命日の勤行をつとめた。
 夕方、陽がおちかけた時に、「ちょうどこのぐらいの時間だったなー」と母が言って、臨終の様子が話題になった。夕焼けが紫雲となってたなびいていた空が、忘れならない。
 しかし、命日だからといって、特別、改めて父のことを思い出ことはない。むしろ、日常や法座などのざまざまな場面や機会を通じて、ふっと思い出が甦り、懐かしく思うことが多いからだ。結局、ぼくにとって父は、特別な存在でありながら、むろし日常の身近な存在だということなのだろう。南無阿弥陀仏

 

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