SDGs、ってなあに?
6月のビハーラ研究会のテーマは、「カードゲームでSDGsを体感する」と題して。
案内文に、「国連で2015年に採択された「SDGs」(持続可能開発目標)達成のために、私たちには何ができるのかを、カードゲーム体験を通して皆様と共に考え、さらに「SDGs」と仏教との接点を探ってみたいと思います。」
とあった。まったく「???」である。唯一わかったのは、カードゲーム体験があるということだけだ。正直、参加も躊躇した。が、逆にまったく知らないからこそ、学びもあるかもしれない。仏教との接点というからには、何か関連があるのだろうと、「?」の頭で恐る恐る参加した。
いきなり、岸田外務大臣(当時)とピコ太郎の映像を見せられ、早見優の歌声に合せて、「皆さん、立ってダンスしましょう」と始まった。びっくりしたが、まあ参加する以上は、積極的にが最近の心情なので乗っていくことにした。
わからないままペアを組んで話し合ったり、ちょっとしたワークをしたりを繰り得しながら、まだ「?」のまま、「カードゲームでSDGsを体感する」体験へ。実は、始まったても、まだ「?」のままだったが、個人の願い(欲望というより、もっと深いところでの欲求)と、社会との関わりの中で、社会全体で説く組む17の課題(貧困や飢餓をなくすとか、教育の機会や差別の解消、女性の権利、環境問題)などなどを国際的な課題を、社会全体で取り組み、「誰ひとりとして取り残さない」という宣言をなされている。SDGsとは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称で、SDGs(エス・ディー・ジーズ)と発音するそうだ。
経済と環境と社会の3項目に分けて、個人の活動が社会に与える影響、個人の夢と、よりよい社会(地球環境であり、公共の福祉であり、経済発展でもある)を実現させていくために、いかに活動するのか、どうすればいいのかを、体験的に学んでいった。
実は、今回は前半で、9月にも後半が開かれることになった。それで、「仏教との接点を探ってみる」という課題には、まったく触れられることはなかったが、いろいろと感じることは多かった。
感じたことはひとつだけ述べるのなら、阿弥陀様の本願も、苦悩する一人一人にほんとうの幸せを与えたいというものであるけれど、同時にそれは、平和で差別でもなく、貧困もな安らぎの国(極楽浄土)という建立することから始まっている。社会(国土)と、衆生(ひとりひとり)は、切っても切り離せないということである。ともすれば、個人(自己)の安心の問題として、矮小化してしまいがちであるが、利己主義に止まることなく、社会にも開かれていくものであることを改めて考えなおされた。
次回は、さらに深く学んでみたい。詳しくは、以下の外務省ホームページなどで。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html
https://imacocollabo.or.jp/about-sdgs/
| 固定リンク
「カウンセリング・DPA」カテゴリの記事
- 「必要・十分条件」省略されている重要なこと(3)(2022.05.31)
- 「必要・十分条件」省略されている重要なこと(2)(2022.05.31)
- 『必要・十分条件』省略されている重要なこと(1)(2022.05.31)
- 4月下旬の法座のまとめ(1)(2022.04.20)
- 2月の月利会~共感的理解~(2022.02.16)