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「ビハーラ活動と真宗カウンセリング」(2)

「ビハーラ活動と真宗カウンセリング」(1)からの続き。 第一項の「真宗カウンセリングの成立」である。

 真宗からカウンセリングだけでなく、カウンセリングから真宗へという両方向からの出会いがあり、そこに「真宗カウンセリング」の成立と、可能性・必然性があるというのだ。ともすれば、「真宗からカウンセリング」の面だけで見られがちだが、「カウンセリングから真宗」もまた、時代の要請であり、必然だというのである。

  それを「両者の出会いと交流」の段落で押さえていかれる(P200~203)。ここは、真宗とカウンセリングの出会いを、巨視的・理論的視点から検討である。

 まず、1)「真宗(仏教)からカウンセリングへ」の方向。箇条書きにすると、

・釈尊は、求道から成道(悟り)至るが、そこで止まらず「伝道」へと転じられていった。それは、悟りの智慧が、迷いの苦悩の人を救おうという慈悲の行に転じることでもある。それが仏教の実践的本質である。
・その実践的本質を、釈尊以上に時間・空間に拡げ、十全に発揮しようというものが、大乗仏教の精神である。
・その精神の結晶(大慈悲心)が、弥陀の本願であり、それが我が身の上に、具体的に顕現するというのである。
・つまり、「如来より賜わりたる信心」として躍動する大悲心が、共に苦悩する凡夫として、同朋感覚にとぎすまれ、対人援助的配慮に向かう姿が、真宗カウンセリングの基本姿勢である。
・決して、宗教的権威で向き合うのではなく、共にみ光の中にある、御同朋として親しみ敬う態度である。

 次に、2)「カウンセリングから真宗へ」の方向では、

・カウンセリングや心理療法は、心の病の癒し、心の成長を促し、深い気づきやめざめによって心安らぐ道を開くものである。その理論や技法は多種多様であり、それだけ。現代人の悩みが複雑化している。
・しかし、種々の理論や技法の基礎にあるのが、「人間性心理学」。人間性を重視する流れである。たとえは、CRロジャーズやAマズローなどだが、
 ロジャーズ=人間の心の病を癒し、心を生き生きさせる原理と方法を明かにする。
 マズロー=人間の心は自己成長から、さらに自己超越に向かう深い欲求を持つ。
・上記の傾向は、仏教等の東洋の哲学や宗教に出会いや交流によって促進されてきた。すなわち、西洋の心理療法やカウンセリングは、実践や体験を重視する東洋の仏教と、既存の枠組みを破って融合し始めているといってもいい。
・しかしながら、日本仏教側からの架け橋(鈴木大拙等)は乏しく、真宗からの貢献は微弱だといのうが現状だ。
・「真宗カウンセリング」はささやかながら、対人援助という側面から、実践的に、真宗とカウンセリングを統合しようという試みである。

 しかし、この論文から30年近く経っても、真宗からの働きかけ、現実的にはまだまだお粗末なものであるのが現状。それでも、できる事から取り組んでいきたい。

 

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