転倒の姿
工事中、お休みしていたピアノ教室が再開された。小学生の生徒さんが玄関に入った途端、「わー、きれいになったなー」と声あげた。「(ピアノ教室のある)3階の研修室も床の色が変わったよ」というと、「何色に成ったのかな? 青色がいいなー」といいながら、階段を駆け上がっていった。
新しくなって、古い机や家具が置くのがためらわれる。会館中が、傷つけないようにと慎重に慎重に、作業を進めている。なかなか時計も、カレンダーもかけられないでいるほどだ。
工事の中、廊下や階段のタイルカーペットを交換する作業の時、新旧のタイルカーペットの写真を取った。色だけではない、古いものは表面もツルツルでカチカチに
なっている。だから古くなって捨てられていくのだが、それは、23年間、一時も休まず私たちを支えてくれたいのちである。ほんとうは、捨てられていくものを拝まなければならないのだが、新しくなったものを喜び、きれいだという理由で拝んで、大切にしている。
そんなにきれいに使いたいのなら、何も置かずに、私が住まなかったらいいのである。人が入らないときれいなままだ。案の定、聖典講座で使用したら、さっそく畳が傷つき、道場のドアも「ギリギリ」と傷ついていしまった。いわば、新車に乗った時のような気分だ。でも、そのうちに、汚れ、傷ついいくと、なんとも思わなくなって、粗末していくのである。
人間関係でも同じことがいえる。若い者、きれいなの、新しいものを新鮮に想い大切にするが、年老いたのも、見慣れたもの、いつもある のは何とも思わなくなる。
それが轉倒し、迷っているということであろう。
左が新・右が旧
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