« 京都家庭法座~凡夫といふは~ | トップページ | 仏書に親しむ会~一歩出よ~ »

東海支部法座~人生の実相~

新聞記事の関係で、早めにテーマ(演題)を出している。そのときは、「人生の実相」の気分だった。しかし1ケ月もたつと思いも変わる。読んだ本や阿満先生の講演などの刺激を受けて、法話といより、何か訴えずにおれない別の気持ちが動いていた。とはいっても、新聞を見てこられた方もあったので、テーマ通りで法話をする。

元日の修正会での法話でも話題にした、ルーマニアの昔話である。
人間は20年の寿命だったのを、ロバの寿命を30年、イヌの寿命の20年、そしてサルから寿命を30年もらった。100年に伸びて大喜びしていたのも束の間、万物の霊長としての楽しい時期は若い時だけで、その後、馬車ロバのように暑い日や寒い日、雨の日も関わらず、朝早くから夜遅くまで、仕事に勤しまなくはならなくなった。時に、過労死したり、精神的に追い込まれたりしながらも、粗食や貧乏に断えて必死に働いていく。その結果、40~50代ぐらいになると、家族も増え、自宅も持って、今度は、財産を護る生き方になる。犬小屋ような小さなマイホームを、泥棒に遭わないように、騙されないように、家族をとられないように、朝から晩まで心が休まるときがない。それでいて、家族という鎖につながれているから、その鎖の中での自由はあるが、そこから先は常に妻にコントロールされて帰っていかねばならない。そして、ロバの仕事を終え、イヌとして生活も終えて、やっと自由な身になったかと思うと、今度はサルのように腰は曲がり、若い者からバカにされるような老人になっていくというのである。

その老いの悲哀ということを、『ぼけますらかよろしくお願いします』という映画を通じて味わった。人事ではない。認知となり、すべて身につけて知識や常識、(羽栗先生の言葉を借りたら教養心)を剥がされ(この世に返す)時、後に残るのは、己の自性のみ。そこで、「なんでこんななってしまった。訳わからんー。もう死にたいー」と、気が狂ったように喚き、叫び姿が残るだげである。それは、認知になった老人の姿でも、親の姿でもない。まさに、一皮向いた私の姿、そのものであった。

仏法でも同じこと。聴いた、覚えた、わかった。体験も、念仏も、すべてこの世で身につけたものなら、この世においていく。裸で生まれたものは、見事に一文を身につけることができずに、死んでいくのである。そこに寄り添うのは、ただこの世で成した罪業だげである。それが私のほんとうの姿だとするなら、阿弥陀様は、そこでしか働いてくださらないのである。上辺の喜びやきれいごとではないところに、南無阿弥陀仏が響き渡っているのである。

|

« 京都家庭法座~凡夫といふは~ | トップページ | 仏書に親しむ会~一歩出よ~ »

法座と聞法」カテゴリの記事