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この世のことはなんとでもなる! ?

修繕工事のための2回目の打ち合わせ。監理のM先生と、施工業者を交えた相談。個別に、それぞれの担当の業者が次々と出入りされていく。照明や電気工事関係に、給湯器の方、塗装屋、そして建具屋、畳屋、最後に、別件での電話やPC配線などなどである。

まったく一からの仕事ならば問題はないが、この場所で、事務活動や生活をしながらも、並行した全面改装をするのだがら、想像以上にたいへんなことになっている。床や壁をすべてやり直すとなると、すべてを移動しなければならないのである。塗装などは一度にやらねればならない。畳や襖は、ここでの作業なはいが、その間、外されてしまうので、使用が出来ないなる。講習会が終了した翌日に、道場の畳をすべて引き上げることは決まった。

1階の事務所は、2階の教室に移ることになったが、そのためにはPCの配線工事も必要になる。引っ越しも、いつどのタイミングで、どこにどのくらい収納できて、また動かねばならないのががわからないのだ。その間の荷物はどこにやるのか。まずは、業者が工事の工程を出してこければ、そのめどが立たない。とにかく不安である。もうすこし1階が短期で終わると思っていたが、どうやらそうではなさそうだ。いやはやたいへんなことになってきた。

それでも、ぼくには「聖典講座」と、来週末の「講習会」の準備がある。講習会では、大きなテーマをあげてしまったのだ。工事の間には、華光誌の編集作業も待っている。3月、4月の華光会館での行事は、3月前半と、4月下旬を除いて、すべて中止となる。

どうなるのかわからないが、こんなとき、父の明言が生きてくる。

「この世(今生)のことはなんとでもなる。なんともならないとしても、なんとかなっていく。」と。

確かに、損したくないとか、しんどいのがいやとか、不自由なのは困るというだけの話で、失敗しようが、損しようが、ならなかったなりに、この命があるのならなんとかなっていくというのだ。しかし、ほんとうの一大事は、後生の解決。これだけは取り返しがつかないのだが、そこを後回しにするのが、転倒している迷いの姿である。

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