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聖典講座~定善(2)水想観~地想観

 2、第二観・水想観(水観)【十】

 水想観も、仮観であるが、次の第三地想観のための準備段階の観法である。すなわち、この世の水から、氷を通して、浄土の瑠璃の大地を観じていく方便観である。
 ・水の清く澄みきった様子をはっきりと心に想い描き、心を乱さない。
 ・その水が氷になった様子を想い描く。
 ・その透き通った氷が瑠璃であるという想いをなす。
 ・極楽世界の内も外も透き通った瑠璃の大地と、観ずるようになる。
 ・その大地は、七宝で飾られた八角形の黄金の柱で支えられ、その柱のそれぞれの面は宝玉で飾られ、それぞれが千の光で輝き、その光は八万四千の色があり、それらが、瑠璃の大地に映えて、千億の太陽を集めたように光輝いている。
 ・瑠璃の大地には、黄金の道が縦横に通じて、七宝で仕切られている。その一つ一つに五百色の光があり、光明の台となる。
 ・台の上には、千万もの楼閣がそびえ、その両側には華と幡(はた)で飾られた無数の楽器が並び、四方八方から風が吹くと、妙なる音楽を奏でる。
 ・そして「すべては苦、空、無常、無我である」という教えを響かせている。

 3、第三観・地想観[地想]【十一】

 第三観から第七観までが、直ちに浄土の荘厳相を観想させる真観となる。
 ・先の水想観が完成したなら、ほぼ極楽の大地の相を観ずることができる。
 ・その一々が、閉目・開目しても消えず、眠る時以外は、常にこれを想い続ける。
 ・三昧の境地に入れば、観るという想いもなくなる正受観となり、第三観が完成。

 ・この観を説き終わった釈尊は、阿難に、未来の衆生で苦悩を逃れたいと思うもののために、この観を説けと示して、「八十億劫の生死の罪が除き、生命終わった後、必ず浄土に生まれる。心に疑いを懐くな」と示される。
 ・最後に、観に邪正(正観と、邪観)があることを注意される。観念の行の妄念・妄想の戒めである。

 以上が、第一、第二とその延長にある第三観の一連の概要である。皆さんと、輪読を重ねていくと、まだ日没や水、つまりこの世のものを手掛かりにする仮観ならば、(あくまでも何となくだが)凡夫でもイメージはできる。がしかし、そこを手がかりにする極楽の地観になると、たちどころに理解を超えていくのだ。そこがまた面白かった。

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