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2018年8月の13件の記事

聞法旅行の準備

  明日から、大雨で延期になった聞法旅行である。

 台風の心配はないが、北陸や山陰は大雨である。交通を心配されている方もあった。京都や奈良も雨になるだろう。問題は、どの程度かだ。墓参がある當専寺や、お庭を歩く智積院は、雨だと不自由だ。

 だいだい事前準備は済んでいたが、ぎりぎりまで最後の準備がある。体調のことで、参加を迷う人が出たり。中止の方もあった。連絡で、あちこち電話やメールも入れた。

 寺院3ケ所のお供えと、懇親会の簡単なお酒やつまみを買いに行く。他に簡単な資料作りをする。『仏敵』の構造は、昔、仏青メーリングリストに書いたものを、まとめた。これが分かるととても読みやすくなると思う。改めて読んで、驚くことばかりである。このブログにもボチボチ書いていこう。また龍谷大学(講堂)の資料もコピーした。火曜日にはここで講義を聞いて、写真もとった。龍谷大学と交渉したが、土曜日ということで、内部には入れてもらえない。その代わり、昼食を食べる智積院の拝観することにした。ここは下見済みである。
 名簿は造ったが配布はしない。その代わり、班わけや部屋割りを造ったので、夜遅くまで、折り込みなどをした。

 遠方の方が、すでに来館されている。一人は飲みに出られて、1時を過ぎてもまだ帰ってこられない。ぼくはブログ中である。これで、仕事は一段落。

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信楽峻麿先生生誕92年記念会

 信楽先生の92歳を記念した集いである。

Img_7782 ゼミ生の同窓会かというと、それだけでもなく、ゆかりの皆さんが40~50名も集われた。大半が先輩にあたる方だ。ほぼ同世代はそれなりにあるが、後輩は2~3名だけである。大学では、ぼくたちが最後の教え子ということになる。

 大宮学舍の本館が会場だ。講義は、いつも広島カウンセリングでご一緒するI先生だ。今回の大雨で被災地となった呉から。まだ電車が不通で、船でこられたという。経歴では、広島での真宗カウンセリングのことにも触れ、ぼくとの出会もレジュメにはあった。

 内容は、いま取り組んでおられる、Img_7790呉の公立中学校での教科書採用を巡る訴訟についてだ。共同代表を勤めておられるのだ。刺激的な話題提供で面白かったが、講義の後、質疑や分かち合いもなく、あっという間に終わったのが、ちょっと残念だ。

 京都駅前のリーガロイヤルに移っての懇親会。半数ぐらいは面識のない方だが、出会ったことのある方には積極的に話しかけていった。また、新しく知り合った方もあった。皆さんからも刺激をもらったが、ぼくがやりたいこととは、また違った世界に生きておられる方も多いようだ。信楽ゼミのOB、なかなかユニークである。

 二次会は、Iさんと二人だけで、静かなバーでゆっくりと呑ませてもらった。いろいろと考えることの多い1日だった。

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8月24日(金)

  ブログが停滞している。

 その間、お盆参り、真カ研の会食会、高山支部法座、輪読法座に、同人の来客など、法座関係でもかなり書きたいことがあった。その他にも、勉強会や映画もかなり面白かった。とにかくネタがたくさんあったが、なかなか書きすすめることが8できず、苦痛だった。

 夏バテでもあるまいに、スランプである。何か1行でも書いておかないと、2週間も停滞するので、思い切って、24日の今日までワープした。

Img_7758 今朝はお盆参りだ。宇治の炭山は遠い。山の中は、昨夜の台風の影響があって、木が倒れたり、枝が道路を塞いだりしていた。もろちんお盆は終わっているが、日頃は東京におられた方が、ご実家に帰省されるのに合せた。まだお盆の代わりに彼岸のお参りを1軒残すのだか、これで、一応、お盆参りは終了した。

 帰宅して、会計のスカイプ会議に、運営委員長との華光大会などの会議、そして新潟・北陸支部問題で、Tさんともかなり意見交換をした。他にも、華光誌の編集が前倒しで進み、聞法旅行の準備も佳境である。

 いろいろと味わうことが多い1日。ある意味、しんどいが充実している。明日からは東京支部。さて、どんな出会があるのか。楽しみである。

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恒例のお盆法座

午前中、お盆参りをすませて、京都支部法座を兼ねたM家の盆参。

勤行はどこの家とも同じだが、後は、いつもの支部法座と同じ。1時間ほどの法話のあと、信仰座談会をする。

 法話は「仏さま」をテーマにするが、今日は、仏の四無量心(慈、悲、喜、捨)について、特に「捨」のところを膨らませて、如来の大慈悲心の現れについて頂いた。

 お盆の日曜日ということで、お参りは少なかった。それでも、会館での前回の京都支部の法座にお参りされた、オーストラリア在住の女性が、京都の大学に短期留学されている娘さんとご一緒にお参りされた。娘さんは、かなり緊張気味で座っておられた。欧米人の顔だちなが、とてもきれいな日本語を話されているのが印象的。お母さんの体験されたお話が象徴的でよかった。頭で造ったものではなく、身で聞いておられる。人事ではなく、自分の問題になっている。そしてトンネルを抜けるというところも、何かを暗示した象徴的な体験で、心に響いた。ぜひ、これからも大切ところに焦点を絞って、聞法していただきたい。

 法座が終わり、居残った皆さんと会食。ここでは、歌声喫茶ならぬ歌声法座になるのが恒例。最近は、Mさん(ご主人)の自作曲の弾き語りも入る。すでに47(惜しい!)もの自作曲があるという。今日も自策自励ならぬ、自作自演をしてくださる。中でも、奥さん作詞、ご主人作曲の歌を弾き語りで唄ってくださったが、しみじみとした哀調のある語り口だ。日頃は、強烈なつっこみ夫婦漫才を披露されるが、旦那さんの唄に奥さんもからだを揺すってノッておられる。ぜひ皆さんも、聞きにきてください。ただひとつだけ注意点。こんな時に、夫婦で競演に思わず仲がいいじゃないですか」と、見たまんま言ってはいけない。すぐに奥さまから強烈な否定とツッコミが入ります。黙って微笑んでおきましょうね。なかなか雰囲気あります。

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お盆参り

 分散したお盆参りだが、今日は少しまとまってお参り。

 午前中は、堀川通りを北進して、加茂街道(鴨川)を遡って、鞍馬街道に進み市原まで。堀川通には、西本願寺、二条城、清明神社などの前を通り、賀茂川神社の横を通って行くのだがら、標識には、金閣寺や銀閣寺、大徳寺などのお寺も出てくる。

午後からは、京都南部で、伏見や宇治方面。御香宮から伏見桃山の明治天皇陵(乃木神社もある)を抜けて、日野の里(親鸞聖人の故郷)に近いお宅を回って、そこから、三室戸寺、宇治橋を渡って、平等院をかすめ通るルートだ。

別にどこにも寄らないが、有名な社寺仏閣や京都の地名を見聞きするだけでも、いつも観光気分になる。

 共に阿弥陀経を勤行し、御文章を拝読して、短い法話を聞いていただく。その後は、雑談をするのだが、今年は、どのお宅も「異常気象ですね」とか「いつまでも暑いですね」という天候の話をされたが、お盆になってもまだ暑い。仏間にクーラーのないお宅もあって、汗だくになった。でも、これもまたぼくにとっては、夏の風物詩である。

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甲子園100回、100勝

高校野球、地元、京都のチームが出ると応援してしまう。その中でも、平安高が出場する年は別格だ。母校ではないが、浄土真宗の宗門校であり、今は「龍谷大」と冠されるのでなおらだ。ほかの地方(北海道や広島、北陸などか)でも、宗門校が出ると応援する。新興宗教系の高校が強いのだが、やはり負けるなという気持ちになる。

  その名門平安高校も80年代はかなり低迷していた。京都でも勝てず、たまに甲子園に出ても一回戦負けということが続いた。ところが、ここ数年は最近はかなり復調している。今年の京都予選は、コールド勝ばかりの圧勝だったが、今日は接戦でサヨナラ勝ち。第100回の夏の記念大会で、甲子園通算(春夏含めて)100勝目を手にしたのは、歴史を感じさせられる。

 母方のおばあちゃんは、大高校野球好きだった。でもプロ野球には関心がなかった。息子(ぼくの叔父さん)が、甲子園を目指し、和歌山予選の決勝で敗れ、その後ノンプロ(今では社会人野球)に進んで活躍されていた。その影響か、母も、プロ野球観ないが、高校野球は好きだ。ご自分はスポーツオンチを自負しているが、大相撲と高校野球好きで、熱中して応援している。スポーツの中で、母と話題が合うのはこの二つである。

 

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四十八願のこころ(17)~第三十三・三十四願

「たとひわれ仏を得たらんに、十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類、わが光明を蒙(こうぶ)りてその身に触(ふ)れんもの、身心柔軟(にゅうなん)にして人・天に超過せん。もししからずは、正覚を取らじ。」(第三十三願・触光(そくこう)柔軟の願)

「たとひわれ仏を得たらんに、十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類、わが名字を聞きて、菩薩の無生法忍、もろもろの深総持(じんそうじ)を得ずは、正覚を取らじ。」(第三十四願・聞名得忍(もんみょうとくにん)の願)

 第二十一願以降は、第二十二願(還相廻向の願)から展開して「浄土に生まれて仏となった人々」への願いが中心です。その中でも、この三十三願からは、少し展開があって、あらゆる諸仏の世界の生きとし生きるものに誓われた願いです。

 第三十三願は、触光柔軟の願といわれています。阿弥陀さまの光明に触れた者、つまり摂取の光明におさめられた者は、身も心も柔軟になり、世に超えたすぐれた者にしてやりたいという願いです。身心柔軟とは、おだやかで、温かく、和らいだ如来さまのように、あらゆるものを温かく受容することのできる身心になることです。すべて阿弥陀さまの光明の慈悲面のお働きによるのです。

 そして、次の第三十四願は、聞名得忍の願です。今度は、聞名、つまり南無阿弥陀仏の御名を聞くことによって、必ず最高のさとりを得ることに間違いない身となって、六字の功徳を受け取れないようなら私は仏にはなりません、という願いです。

 「無生法忍」とは、菩薩が無分別智を起し、真如法性を悟ることです。親鸞さまは、この世で受ける他力信心と頂いておられます。いまは、阿弥陀さま六字のお働きによって、浄土往生に決定するご信心ですね。

 また「総持」とは、真言などでいう陀羅尼(だらに)のことで、み教えの精要を一言の言葉に収めた章句のことです。しかも深い総持とありますから、あらゆる功徳を欠け目なく収めた六字の名号にほかなりません。つまり六字の功徳を頂き、そして深く妙なる智慧を得るということになるのです。

 親鸞聖人は、この二つの願を大切にされ、『信巻』に連続して引かれています。そして、ほんとうにお念仏を喜ぶ「真の仏弟子」が、この世の中で受けるお徳として仰いでおられます。

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三周忌

    3年前の8月7日も、今年のように暑かった。やはり仏の子供大会が終わった後だった。父が亡くなって丸三年。三回忌は昨夏に済んでいる。今年は、三周忌ということになるのか。家族3名だけで、お正信偈様をお勤めした。

 勤行しながら、断片的に父のことを思い出していた。御文章の拝読は、子供のころに父から指導を受けたものだ。記憶では、勤行は重誓偈や讃仏偈の偈文が中心、お盆用の阿弥陀経、そして御文章(聖人一流章と末代無智章)は教えてもらったが、なぜか正信偈や和讃を教わった思いがないのが不思議だった。

 最後に『末代無智章』を拝読した。

 その『末代無智章』は、「寝ても覚めてもいのちのあらん限り、称名念仏すべきものなり」と結ばれる。信心を喜ぶものは、ご恩報謝のお念仏を日夜怠ることなく、しかも生命尽きとる瞬間まで一生相続せよというお示しである。

 ところが、幼いのぼくは「寝ても覚めてもいのちのあらん限り」を、「寝ていても、起きているときも、いつ死ぬかわらない」という意味で誤解していたのだ。末代無智章があがるたびに、ドキドキした。起きている時はまだいい。問題は寝ている間も、いのちがあるとは限らないというところだ。寝てまま死んでしまって、このまま目が覚めないのじゃなかいと思ったのだ。だから寝る時が恐かったりもした。特に、夏休みはその思いが強くなる。学校がなく、夏休みは取り立てた予定がない日も多いからだ。そして、仏の子供大会(特に地獄のスライド)があると、なお一層、その思いを強くした。特に小4年の時の記憶は鮮明だ。不安になると、母に「明日の予定は?」と尋ねた。「明日は歯医者さんや」などと教えてもらうと、明日は予定があるのだがら、きっと明日はあると思い込むようにしていた。

 神経質な子どもだった。しかしそのことが、仏法に出会い、大きな幸せを身となる機縁となるのだから、まったく有り難い。それもまた子供大会が終わった後のお盆の頃だった。

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お衣の価値

  子供大会が終わって、先生方、スタッフとの慰労会の途中から、具合が悪くなって、一足早く帰宅した。

 頭痛と吐き気、そして冷や汗がでるのに、寒気はするし、唾は出て、とにかく苦しかった。夜中何度か、吐いたり、下痢したりして、何とか眠れて、翌日には収まっていた。

 朝は、たった10軒しかないお盆参りのスタート。お盆に2~3日ですませたいところだか、なかなか先方との日程が合わない。8月下旬や9月にずれ込むお宅もある。逆に早くきてほしい家もある。遠方に住む息子夫婦の出産がお盆にかかって留守になることを心配して、早めに頼んでこられた。

 駐車場がないので、連れ合いに送迎を頼む。歩道で車を待っていたら、バイクの郵便配達員が、ぼくの姿を見て、深々と頭をさげていかれた。もし俗服だったら何もなかっただろう。まったく見ず知らずのすれ違った人が頭を下げるだけの値打ちが、法衣にあるということだ。南無阿弥陀仏

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2泊3日に短縮

  3年連続で、華光会館での、2泊3日間の仏の子供大会になった。
 日程を1週間ずらしたり、早めたりしているが効果がない。ただお盆をすぎると、会館の事務所の体制が整わない。海の日の日程では、学生の先生方が試験の真っ最中だ。

 最初は4泊5日の日程が組まれ、ぼくが参加し出した昭和42年ころから3泊4日となり、昭和50年には今の形式が定着した。そのためにスタッフが合宿までしてKJ法によるブレーンストーミンク(肯定的、友好的な議論)を重ねて、よりよき大会を目指してきたものだ。

 完成度が高い分、2泊3日ですべてをこなすことは無理がある。3つある野外活動のひとつ、追跡ハイキングはこの日程ではできない。第一、3班以上はないと競い合いにならない。いまは、2日目に、水泳の後、夕方にスランド(地獄ほか)、そして夜にはスタンツを含む室内ファイヤーと続くので、かなりハードである。
 そしてなにより分級座談会に影響する。数ある寺院のサマースクールには、この分級座談会がない。時間配分も、前半は短く、3日目以降は長く、後半ほど内容も濃くなるように工夫され、法話~おつとの作法~そして分級が午前中になるようになっている。心の勉強は午前中、午後は、野外活動を中心に、夜は班活動、班対抗がメーンになくようにブログラミングされているのだ。

 実は、他にも華光の行事も年々短くなっている。仏青大会も、10月の東京支部大会も、最初は2泊3日だったが、1泊2日になって久しい。3日間あったことを知る人も少数だろう。そして、聞法旅行も2泊3日間から1泊2日に短縮された。ただ聞法旅行の場合は、前々回からのことで、昨年の北海道旅行は3泊4日、今年は1泊2日の日程の2回目。ひとりでも多く参加してもらいたいのだが、おかげで定員オーバーし、急遽、宿舎の部屋を増えしてもらった。隔年でもいいので、2泊3日間のご旧跡巡拝を復活させたい。

 もちろん3日間が2日間に短縮されるのは、全日参加が難しくなって来ているからだ。その分、新しい宿泊法座は祖を増加している。仏青も、2度の宿泊研修会があり、子供大会も春の大会が増えた。「真宗法座の集い」や「念仏と黙想の集い」などの新しい法座は堅調に動いている。また各地の支部法座も過密なほどあって、なかなか3日間の参加は難しくなっているのかもしれない。

 ただ、仏の子供大会は、ぜひ3泊4日間バージョンを復活させたい。それには、いまの先生方では対応が難しいかもしれない。一端、楽な道を進むと、なかなかハードな道は戻りづらい。でも、今回は、方法、会場、日程といろいろと意見を聞けた。柔軟に対応すれば、まだ工夫の余地はありそうだ。それだけの価値ある活動をしているのだか、なんとかこの伝統を伝えていきたい。

それにしても、今年の仏の子供大会はほんとうに暑かった。初日が39度、2日目は38度、最終日は39,5度。それでも無事、終了しました。

 

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仏の子供大会の魅力~班活動の魅力~

  残念ながら、子供班は1班だけ。本格的な班活動はできず、子供大会の魅力を半減させてる。というのも、真剣な仏法(聴聞)、楽しい野外活動とあるが、仏の子供大会の魅力は、班対抗の集団活動にある。もともと60年前に、会館創建直後に、父がボーイスカウトの研修に参加して、団体行動のノウハウを学び、そこに華光の仏法と、カウンセリングマインドがミックスされた華光子供会ならではの独特の雰囲気がある。

 班活動ひとつといっても、班員から副班長、班長を経験し、高校生で次長、そして大学生で班付先生、さらに本部、さらに保護者のわが子の付添いとして参加し続ける経験が、そのまま私自身の成長の歩みとなるからだ。それぞれの立場-小学生の時、班長、そして大学生や社会人の先生となっても、一貫してこの身をかけて子供からも大人からも学ばせていただけるのである。そして、そこで法友との出会もある。たとえば今回はメーン先生方が4名あったが、そのうちの3名は子供大会出身者。やはり、言わなくても伝わることがある。大学生の先生役のお二人は、小学生の時からの法友。会館の2階の踊り場に、小学生時代の二人が海で仲良く映っている写真がある。今回、保護者はひとりだけだったが、同じような歩み、子供大会でのお育てを受けてきた、いわば同じ釜の飯を食った法友で、スタンツに、モットーに、班対抗ゲームに、その場を盛り上げてくれた。それが子供にも伝わっていく。からだで味わうご法の生きた歴史がある。これだけは経験したものでないとわからない。それでなかなか他(特にほある会の出身者)の方、仏青の方に先生役を頼んでも快諾いただけない。子供大会のこの独特のノリは敷居が高いようだ。涙ながらの真剣な法話や聴聞の直後に、大人も童心に返って、バカなパフォーマンをする。時に悪ノリもある。しかし、いい恰好したり、すまし顔で真剣ぶった聴聞の化けの皮が剥がされて、心が開かれる瞬間がある。そこでしか生きた仏法と届かないのだが、文化の差はいかんとも埋め難いのも現実。

 しかし大人になってからでもいい。若手の皆さんにも参加を促していきたいものだ。

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仏の子供大会~御礼~

 子供の参加者が少ない。しかも直前に、参加表明の家族が不参加になって、ショック。保険などの準備も終わっていたのに残念である。やはり「参加希望」と「参加申込」は別物だ。まともな班活動はできない人数だった。

 しかし、それでも開催してよかった。

  子供も先生も、保護者の参加が少なく、その意味では寂しい仏の子供大会だったが、改めて、多くの同人、皆様に支えてもらって子供大会が成立していることを思い知らされ、深く御礼を申し上げたい気持ちで一杯だ。

 子供基金はもちろん、直接的に子供大会にご喜捨くださった。かなりの高額の方もあっておかげさまで赤字にならなかった。金銭のご喜捨だけでない。保険代分、子供たちのお菓子へジュース、すいか、反省会のビール、熱中症を心配してボカリなどなどの差し入れも多かった。大半が、子供大会の出身者や先生方、しかも初期のころの先生方が、ずっと忘れずに支援くださっているケースである。

 喜捨や差し入れだけでない。お手伝いにもたくさんの方が関わってくださった。準備段階でお花を活けたり、トイレ掃除、会場掃除をくださる地元の方の協力があった。当日も、会費を自弁してお手伝いくださった方もあった。先生方も、前日、前々日と、力を貸してくださった。子供の人数がどれだけ減っても、準備の作業の手順はまったく同じである。もちろん、今年はぼくも準備段階から動かねばならなかったが、それでもひとり出来る集りではないのだ。

 損得や効率、計算を度外して、世代を超えて伝っていく。まさに仏法の連続無極のお働きを目に物みせてくださった。

 参加の皆さん、お手伝いの皆さん、ご支援くださった皆さん、御礼申し上げます。いろいろと工夫して、この集りを続けてやりたいです。南無阿弥陀仏

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逆走台風

   福岡の法座は、台風の影響にやきもきした。土曜日は大丈夫だが、問題は帰路の日曜日。近畿に上陸後、東から西に向かう異例のコースを通るが、大阪から山陽新幹線のコースを福岡に向かう公算が高かったからだ。

 今年の夏は異常気象が続くが、東から西へ向かう台風など聞いたことはない。福岡での連泊、新幹線に閉じ込められた場合も考えて準備をした。コースは予報通りだったが、勢力が大きく弱まり、福岡への影響は少なく、新幹線も通常通りに動いていた。

 夜、帰宅すると、家の回りでは、いろいろなものが飛ばされていたが、いちばん驚いたのが、隣の印刷所の鉄の門扉が倒れていたことだ。飛ばされてきた空き缶入れが下敷きになっている。もし人が歩いていたら大ケガをしていたかもしれない。大きな台風ではなかったが、老朽化した建物や施設が凶器になるという一例。
 会社は気付いていないので、本社に電話。すぐに復旧されたが、根本解決は??
 皆さん、この門扉には近づかないでください。
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