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四十八願のこころ(17)~第三十三・三十四願

「たとひわれ仏を得たらんに、十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類、わが光明を蒙(こうぶ)りてその身に触(ふ)れんもの、身心柔軟(にゅうなん)にして人・天に超過せん。もししからずは、正覚を取らじ。」(第三十三願・触光(そくこう)柔軟の願)

「たとひわれ仏を得たらんに、十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類、わが名字を聞きて、菩薩の無生法忍、もろもろの深総持(じんそうじ)を得ずは、正覚を取らじ。」(第三十四願・聞名得忍(もんみょうとくにん)の願)

 第二十一願以降は、第二十二願(還相廻向の願)から展開して「浄土に生まれて仏となった人々」への願いが中心です。その中でも、この三十三願からは、少し展開があって、あらゆる諸仏の世界の生きとし生きるものに誓われた願いです。

 第三十三願は、触光柔軟の願といわれています。阿弥陀さまの光明に触れた者、つまり摂取の光明におさめられた者は、身も心も柔軟になり、世に超えたすぐれた者にしてやりたいという願いです。身心柔軟とは、おだやかで、温かく、和らいだ如来さまのように、あらゆるものを温かく受容することのできる身心になることです。すべて阿弥陀さまの光明の慈悲面のお働きによるのです。

 そして、次の第三十四願は、聞名得忍の願です。今度は、聞名、つまり南無阿弥陀仏の御名を聞くことによって、必ず最高のさとりを得ることに間違いない身となって、六字の功徳を受け取れないようなら私は仏にはなりません、という願いです。

 「無生法忍」とは、菩薩が無分別智を起し、真如法性を悟ることです。親鸞さまは、この世で受ける他力信心と頂いておられます。いまは、阿弥陀さま六字のお働きによって、浄土往生に決定するご信心ですね。

 また「総持」とは、真言などでいう陀羅尼(だらに)のことで、み教えの精要を一言の言葉に収めた章句のことです。しかも深い総持とありますから、あらゆる功徳を欠け目なく収めた六字の名号にほかなりません。つまり六字の功徳を頂き、そして深く妙なる智慧を得るということになるのです。

 親鸞聖人は、この二つの願を大切にされ、『信巻』に連続して引かれています。そして、ほんとうにお念仏を喜ぶ「真の仏弟子」が、この世の中で受けるお徳として仰いでおられます。

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