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祇園祭~後祭

Img_7157  祇園祭の山鉾巡行も本来の姿になって、17日に前祭の巡行、24日が後祭の巡行となった。昨年は17日に、連れ合いと前祭の山鉾Img_7156巡行を観たが、今年は予定はなかった。この猛暑で、出かける気持ちになれなかった。あまりの猛暑に、昭和になってから始まったほぼ同時開催の花笠巡礼は中止となったほどだ。

 京都シネマで朝いちばんの映画をみて外にImg_7024出ると、ちょうど四条烏丸の交差点あたりを山が巡行している。暑さも、今日はかなりまし。(といっても、37度はある。それでもましという感覚がおかしいが)

Img_7065 既に一番目の「橋弁慶山」は過ぎ、曳山の「北観音山」(1)(2)も曲Img_7066がるところだった。「黒主山」(3)も見逃したが、これは昨日、昼間見ている。謡曲「志賀」に因み、大伴黒主がImg_7062桜花を仰ぎ眺める姿が表されている。この桜花も、今年で代替わりとか。

Img_7059「鯉山」(4)(5)が進んでいる。中国の故事で、龍門の滝を登った鯉は龍になるという中国の伝説の立身出世を意味する「登龍門」の言葉を表している山。鯉山を飾るタペストリーの図柄はホメロスの叙事詩 Img_7075「イーリアス」の中の「トロイア戦争物語」の一場面で、16世紀のベルギー製で、すべて重文といImg_7084う見事なもの。

「鈴鹿山」(6)(7)は、伊勢の国・鈴鹿山で人々を苦しめた悪鬼を退治した説話に因んだ山。真松には沢山の絵馬がつけられ、巡行後、盗難除けのお守りとしImg_7088て授与される。

Img_7109 続いて、曳山の「南観音山」(8)(9)(10)「くじ取らず」で後祭の巡行の6番目。御神体は、楊柳観音と善財童だが、この観音像は恵心(源信) 僧都の作と伝承ということを、前回知った。

Img_7096平家物語の宇治川の合戦を題材にした「浄妙山」(11)(じょうみょうやま)のご神体が、かなりユニークだ。平家物語の宇治川の合戦に因んだ山で、筒井浄妙が橋を渡って一番乗りをしようとした時、後から一来法師がその頭上を飛び越えて先陣をとってしまった様子を表しているという。

Img_7100「役行者山」(12)(13)は、修験道を主題にした山。修験道の大本山聖護院から山伏が参列。ご神体は、役行者と一言井主命。先頭の山伏が、法螺貝を吹きながら山伏が進む。

Img_7116「八幡山」(はちまんやま)(14)(15)は、ちょっと地味な山。でも、八坂神社の祭り、八幡宮Img_7114_2を祭っているが、なかなかか面白い。夫婦円満を象徴する雌雄の鳩が向かい合って鳥居に止まっているImg_7129という。

そして「大船鉾」(16)(17)(18)は、後祭の山鉾巡行の最後を飾る。3年前に、150年ぶりに巡行に復帰した。 いま、大河ドラマ西郷どんで放映されて、蛤御門(禁門の変)の変で焼けて、150年ぶりに復活したというのだ。禁門の変といわれるとImg_7147大昔のことのようだImg_7142が、脈々とした歴史のつながりを感じさせられて感銘深い。

 南側は日陰となり、しかも人出も少なくて、ゆっくりと観ることができた。何度みても、間近で動く山鉾は、迫力があった。
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