日高町での四十九日法要
朝から豊岡市日高町での四十九日法要へ。予定通り出発したのに、途中で、着ていた法衣を汚すというトラベル発生。すぐに引き返す事態になってしまった。それでも、連れ合いの得意の運転で、無事に到着。高速や自動車専用道がこの町まで伸張し、昔に比べると、1時間から1時間30分は早く到着するようになった。大助かりである。
S家へ入る。茶の間から「いや~、先生ご苦労さまです」という、Sさんの声が聞こえてくるようだ。ぼくが大学生の時から、いちばんご縁を結ばれてもらっているお家である。
仏壇の横には、若き日の父の五条姿の写真が飾ってある。まだぼくが生まれる前。父が30代の頃なので、もう60年以上前のものである。当時から、ここが法座の会所であり、また父のお宿でもあった。どれだけ多くの念仏者が育ったことだろう。この日高の地だけではない。全国各地の無明業障の恐ろしい「病」を抱えた同人たちが、駆け込んでき、またどれだけの方が大きな幸せをされたことだろうか。日本だけではない、アメリカのお同行さんもお出でになっている。
その仏法の機縁を、Sさんは護り続けてきてくださった。
満中陰の法要なのだが、親戚だけでなく、近所の方、同人の方も含めて40名以上ものお参りがあった。みんなで心を一つに、お正信偈をとなえ、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とお念仏をさせていただく。法話は、仏さまのおこころについてたが、テーマを「四無量心」に絞った。「慈無量、悲無量、喜無量、捨無量」であるが、これを阿弥陀札のお心、お働きとしていただいた。哀れで、愚かな、しかも大恩なるものを平気で傷つける私ことを、いちばんに救いたいという大慈のお心で、自らのお命を喜んで、捨ててくださるその大悲のおこころを、「六牙をもった象王」のたとえでお話した。けっこう、皆さん真剣に聞いてくださっていたように思う。
それにしても、暑かった。少しはましかと思っていたが、昨日は盆地である豊岡市が全国でいちばん暑く、その余韻が残って、今日も38度を超えた。会食場所は神鍋高原のお店だったが、高原の爽やかさとは無縁の暑さ。
でも御馳走は美味しく、お腹いっぱいになって、二人とも夕食抜き。御馳走になりました。
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