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2018年7月の13件の記事

広島安芸高田市・家庭法座

   11~13日の広島での真宗カウンセリングの集いは中止となったが、15日の広島法座は予定通りと聞いて、安堵していた。

 ちょっと緊張気味に広島に下り立つ。ニュースでは驚くべき被害状況に接していたが、あまりに平穏な様子で、逆に戸惑う。

 シャンボタクシー乗り場へ直行。昨年迷ったおかけで近道を覚え、新幹線を降り4分でたどり着いた。広島駅から安芸高田市のY家までは、車で70分ほど。街内かも郊外も、目に見えた被害がない地域だが、山陽道が一部通行止めで、昨日までは渋滞が激しかったという。徐々にではあるが、日常を取り戻しつつある。それでも、福山や尾道組は欠席される。道路が不通だったり、断水で避難が続いてるのだという。また、近所の被害にショックを受けておられ方、友人や親戚が被災された方など、間接的な影響は大きい。これは、現地で声を聞いてみないと分からない事だった。

 五濁悪世の一つ目の劫濁は、天変地異や災害などの時代の濁りを言う。
 いま、身近なところで、地震、竜巻、そして広範囲で豪雨と、自然災害が続いている。そしてこの猛暑。例年、Y家まで来ると川面に渡る風が心地よいのに、今年は、ここまで暑い。あまりの暑さに、午前中で、蓮の花まで閉じてしまったようだ。劫濁を実感させられている。
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宵々々山

Img_6962 暑い。  京都は、38度を超えた猛暑日だ。

 「仏青例会」に続き、若者を連れて祇園祭の宵々々山へ。土曜日なのに、四条通りは車が行き交い、屋台も出ていない。車の音に、Img_6923祇園囃子がかき消され風情という点ではいま一つ。それでも、呑み助には、生ビール片手に街中をブラブラするのが楽しい。

Img_6927 飲食店はどこも満席で断られ続けたが、知っているイタリアンのお店が空いていた。暑いのでホッと一息。食事を済ませて、散策を再開するも、すぐフルーツかき氷屋の前で、足が止まっている。

 若いということは、歴史や蘊蓄より食い気のようだなー。
 ぼくにはもう昔に話。
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《今年も聖徳太子ゆかりの太子山から》
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《新調なった太子山。中央は聖徳太子、見えませんが》
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《↑白楽天と鳥窠道林の「仏教とは?」の例の問答》
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《↑放下僧を祀る放下鉾。「一切を放下せよ」》
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《↑宵山は、別名、屛風祭》

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久々の仏青例会

 久しぶりに「仏青例会」に出席した。

 正確には、途絶えていた「仏青例会」を復活されるための集りで、また子供大会の法話の準備会を兼ねている。ぼくが子供のころから、仏青例会は、毎月、月例会を開いていた。それが人数が減り、ここ数年で途絶えてしまった。同時に、仏青自体も元気がなくなっていた。

 しかし、昨年ぐらいから光明が見え始めた。大学生を中心にした世代が、大人の法座に参加し、熱心に聴聞されている。遠方や地方の法座にも出席されている。それでも、仏青の先輩がいないので、例会があったことや仏青の活動の意味が十分理解されていなかった。

 本来は、前の仏青世代の皆さんが働いて下さるのを期待し続けていたが、動く気配はない。長年、外れていたので躊躇もあったが、鉄は熱い内に打たなければならない。

 ということで、今回の集いを呼びかけた。3名だけだったが、活気はあった。積極的に参加したいという人達が集まれば、人数は関係ない。数回で、ぼくも手を離し、運営や呼びかけをおまかせしていこうと思う。そのうち内容も伴い、ひとりでも参加者が増えたり、次の高校生世代の人達への受け皿となればいいのである。確かに、自分たちで企画したり、呼びかけたりするのはたいへんだ。大人に世話になっている方が楽でいいが、それだけなら子供のままだからなあ。

 今日は、子供大会のテーマである「仏さま」ということで、法話とうより、講話。そして、皆さんの理解を確かめながら進めて入った。正解だけを覚えたものは、分かっているようで、角度を変えて問われると、何も分かっていないということが、よく見えてくる。何かを覚えたり、正解を暗記するより、何も分かっていない自分に出会うことの方が、数段意味がある。 

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一足早く

Img_6897 久しぶりに京都シネマで2本観た。メキシコ映画の「母という名の女」と、フランス=ベリギイーの「汚れたダイヤモンド」。2本と見応え十分で、大満足。特に「汚れたダイヤモンド」は、ノーマークだったが、今年これまでの収穫の一つ。詳しくはまた触れたい。

 京都シネマの運営会社が、経営危機でニュースになったばかり。観客Img_6901として、もっとも貢献している一人としては、正直驚いた。劇場は継続されるとのことで、一応は一安心か。 

 今日は、恒例の祇園祭のうちわをもらったImg_6907が、劇場を出ると、祇園囃子が聞こえてきた。

 音に引かれてきると、鉾の曳き初めで、四条烏丸の交差点を通っていた。予想せず、ラッキー。

 次は、鶏鉾のようで、参加したい人が集まってきていたが、スルーした。

 映画といい、曳き初めといい、予定外の収穫があった日。

 

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加藤剛氏の訃報

名優の加藤剛氏の訃報が発表された。

大岡越前役で有名だが、ぼくの中では、「関が原」の石田光成役、大河ドラマの「獅子の時代」では菅原文太のライバルとして、映画は「砂の器」のピアニスト役が印象的。でも、若い人たちは知らないようだ。

もちろん、ぼくも直接,お会いしたことはない。俳優座が協力という縁で、4月の希望舞台の築地公演には、病を押して観劇に来てくださている。マスコミの写真はNGて、かなり弱っておられたというのが、連れ合いの印象である。

発表ご、舞台で連れ合いと夫婦役を演じているご子息の加藤頼氏が、ワイドショーやニュースでインタビューを受けていた。役者は親の死に目にも会えない仕事だといわれるが、逝去は6月18日。連れ合いとの舞台は、6月17日に終わっていたので、最期に立ち会えたのか。

不思議な縁で、時代劇でも見かける加藤頼氏が、気にかかる。
このブログを開始した時、こんな記事を書くことになるとは、夢にも思っていなかった。これもまた無常、、である。

http://www.news24.jp/articles/2018/07/09/08398177.html

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残念!~広島真宗カウンセリングWScも中止

 聞法旅行の中止後も、水害のニュースが気になる。真宗カウンセリングWSが、11日~13日の日程で、広島県廿日市市の山沿いの温泉施設であるからだ。

 タッグを組む世話人は被災地の呉の方。電車も車も通行が不通で、海上からの移動手段しかないという。刻々と広島の被害が深刻で、広範囲になっている。会場は、方角が異なるが、山の中で、臨時休業中で連絡がつかない。

 大阪、京都、三重、福岡の参加者はあるが、半数は広島の方だ。呉の皆さんは不参加である。広島は各地で、交通が遮断、断水、物資不足や、中心部でも車の大渋滞と、。中止やむなしの状況だ。最終判断は地元の方におまかせした。

 結果、中止となった。

 この3年間の流れから、何か新しいものが生まれそうな予感があったので、残念でならない。個人的にも、先日の「仏教カウンセリングを求めて」での気付きの成果をを活かす絶好のチャンスだったが…。しかし、中止も何か意味があるのだろう。

 月曜日にカウンセリングの方と打ち合わせた時、「今は休めというサインなのでしょうね」といわれた。確かに、この二週間、ハードな日程を覚悟していた。
 6日(金)に華光誌発送し、7日(土)~8日(日)が聞法旅行。8日夜には、町内会の会議。
 それから、11日(水)~13日(金)がが2泊3日間の真宗カウンセリングWSで、14日(土)仏青例会、15日(日)安芸高田市での広島支部法座、16日(月)大阪支部法座(セイセイビル)と、6日間連続で宿泊や法座の予定だったからだ。

 5日間も連続で出張法座がなくなったのは、初めて。ただ、中止や延期に伴う事務作業は予想外。多少は溜まっていた事務作業はおこうなうことができた。

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「聞法旅行」再募集

『仏敵』と大和御旧跡を訪ねて

 今年1月9日に五十回忌を迎えられた伊藤康善先生の『仏敵』のみ跡を訪ねると共に、大和の御旧跡を巡る旅です。
 大雨の影響で、延期した聞法旅行の再募集です。また一部、行程を変更しました。まだ参加が可能ですので、奮ってご参加ください。

 初日は、本山「興正寺」、「龍谷大学大宮学舍」を訪ねた後、『仏敵』の舞台「野口道場」へ。小さな前庭の堀尾ヨシ様のお墓にもお参りいたします。「當専寺」には増井先生の「華光道場」の揮毫(きごう)も鮮やかです。伊藤先生のお墓にも参拝します。
 2日目は、午前中は宿舎で法座(法話と分級座談)を行い、帰路、蓮如上人との糸車でのやりとりでも有名な大和の了妙尼師の「金台寺」にお参りします。

個人参拝が難しいところばかりです。前回、不参加の方には絶好のチャンスです。ぜひ、お念仏の旅をご一緒しましょう。合掌

期 間  平成30年9月1日(土)9時40分(集合)~2日(日)16時30分(解散)
費 用 旅費=31,000円 + 研修費=6,000円(同人=4,000円)
講 師  増井 信(各寺院でも懇切なご説明がございます)
〆 切  8月15日(水)(ただし定員41名で先着順〆切)
申込方法 「申込書」に費用全額を添えて、現金書留か、直接納入。
   又は、郵便振替。振替の場合、必ず申込書を別送のこと。
申込先 601-8433 京都市南区西九条東柳の内町22  華光会館宛 075-691-5241番(FAX:075-661-6398番)

★注 意★ 7月にすでにお申込みの方も、お早めに参加・不参加をお知らせ下さい。ご不参の場合は、全額返金いたします。

申込書は、以下のアドレスからDLをお願いします。

http://keko-kai.la.coocan.jp/event/2018/detail/07/monpou.ryoko2017-7.htm

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華光誌発送

 聞法旅行を中止するかどうか。午前中は、ほんとうに気持ちが急いた。

 でも中止と決まると、なんとなかく気が抜ける。やきもきはなくなったが、今度は予定外の仕事が必要になる。

 午後から、予定通り、華光誌の発送である。聞法旅行までに発送したかった。参加者には手渡す予定だったので、発送作業が一手間増えた。

 今号には折り込みはない。それで作業、かなり早く終わった。

 誌上法話「待つは他力のこころ」は、かなり難しい。しかし、大切なところに触れていると思うので、特に、ご法を勧めたいと思う人は、ぜひ、味読いただきたいと思っている。そして不審があれば、遠慮なく尋ねていただきたいのだ。

 ※8月の仏の子供大会の案内は、先月に必要者に送信済。華光会HPからもダウンロードできるし、ご請求くださればお送りします。
 

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悩む~聞法旅行は延期~

 週末の聞法旅行を開催するかどうかがで、悩んでいる。

 ここ数日、テレビやネット、新聞のニュースや天気予報に釘付けだ。長期の大雨は予断を許さない状況になっている。今回の雨、近畿では京都や兵庫が中心だが、今後は北部は影響がでる。しかし、奈良方面は問題はなく、日曜日には晴れ間も出る模様。回復傾向で開催は大丈夫だろうが、JRや高速は一部で通行止めが続き、やきもきしていた。もし動いても大幅な遅れが出るかもしれない。北海道や関東、東海方面は問題ないが、九州、四国、広島などの西日本の方はどうか。京都まで来れないとか、途中で足止めをくらう可能性も大である。

 皆さん、とても楽しみにされている。準備もしてきた。なんとか開催したい。木曜日の夕方、添乗員のNさんが来館し、打ち合わせ時には、中止の件はでなかった。

 ところが、翌朝(開催前日)8時にNさんから電話。交通機関の乱れが続いていること、今なら、自然災害でバスもホテルもキャンセル料は発生せずに、取り消せるが、当日(明日)のキャンセルは無理だということ。先手、先手で動いて下さり、その報告である。ニュアンスから、今回は無理だという感じたが、最終的に、開催や中止を判断するのは、主催のこちら側にある。

 開催は難しいという思いも強くなったが、即答は避けて、最終決定は午前中、待ってもらうことにした。その間、相談したり、情報収集を行う。高山の皆さんや四国の方から、「JRも高速バスも動かず、参加できません」との連絡が入る。広島にも被害が広がっている。こちらは開催はできるだろうが、参加できない方が多くなるかもしれない。迷いに迷ったが、結局、中止を決定した。

 そうなると、慌てて連絡しなければならない。前日泊で、いまから京都に出発される方があるからだ。北海道の方はこちらに来ることになった。埼玉の方は、東京駅で新幹線を待っておられた。高速バスに乗車直前という広島の方もあった。皆さん、とても残念そうだ。「ほんとうですか」という方もある。関東では、雨の気配はなく、こちらの様子が想像できないようだ。何とか、午後までに全員に連絡がついた。

 でも、その後の天気をみるたびに、この判断でよかったのか、まだ自問した。京都にも特別警報も発令され、各地で甚大な被害が出ている現状では、やむなしという気持ちも強かった。残念だが、混乱せずにはすんだのだ。

 なんとか近いうちに延期したい。9月開催ではどうか。さまざまところへの調整に入っている。

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~自分のむなしさ、貧しさ、嫌らしさ~

 今夜の「仏書に親しむ会」は、仏青世代の方も含めて、参加者が多った。たぶん、この形式になって過去最高だったと思う。(レベルは低いですが)

 増井悟朗先生の「二つのカサ」の最終章(「御同行・御同朋の道」)だけを、2時間かけて読む。

 その前章(「どこまでも自分に」)では、ある支部でのトラブルの相談をうけられた悟朗先生が、相談者にこのように語っておられる。(一部抜粋)

 「増井先生がこう言わわれた」と、それをカサにきられても困りますからね。それで「あんたはどう思いますか」と尋ねた(略)。そして、
 「明らかに意見が違うたら、相手に頭を下げて聞いていくという聞き方、話し合いの仕方がありませんか? “私としては、こう思っている”と話して、“あなたはどう思いますか、教えてください”と相手に聞いていく。これが、私のために頭を下げてくださった法蔵菩薩様のご苦労。世自在王仏様の前で、この聞かん私のために、頭を下げてくださったお心ではないでしょうか」と申し上げました。

 でもここが難しい。なぜなら、驕慢の絶頂で、「わしゃ聞いている」というのが、なかなか折れるようで折れないからだ。そこを破ってもらうには、一人合点では無理。こういうお座を実践の場として、事あるごとに常にそれを心掛けていくということが、聞法の道だと、綴られている。

 そこを踏まえて最後の章である。そのまま引用する。

 私達は、人に厳しく向けば向くほど、自分には優しくなる。なかなか自分を許しても、人を許すことはできない。人を責めるほうへはすぐ目が光り、己を見る目は眠ってしまう自性だということがよくわかります。でも、我が身に厳しく問うていけば、人に言える自分ではなくなると思います。

 伊藤康善先生は、「法乞食になって聞け」と言われた。ひもじくない者は聞かれませんし、中々、乞食にもなれない。しかし、自分のむなしさ、貧しさ、嫌らしさというものを見せられると、頭を下げざるをえないのじゃないでしょうか。まあそういうふうに、人間関係を通して、ご法を聞かせてもらいますと、自分一人さえ喜んでいたらいいわではない。一人でも聞いてもらおうということが、同時に自分に聞かせてもろうていく道でもあります。真宗は御同行御同朋の在家集団ですから、やはり法衣を着ておるものも同じでして、法をカサにきたり、体験をカサにきたりしないで、どこまでも真実を尋ね、真実を求めて、聞いていくしかないと思うております。

 年をとるほど、だんだん孤独になってこざるをえない。見る世界、聞こえてくる世界も、味わえてくるものも、感覚的にも肉体的にも衰えてきて、だんだん狭く、ひがみやすく、愚痴っぽくもなってまいります。そういう自分というものを考えながら、どこまでも聞かせてもらう、教えてもらうことを光として進んでいく。そこに、やっぱり年とってこその、このご法のお仕事があるんじゃないかと思います。

 このように、厳しく我が身に追求していく姿勢を、ご法によっていただけたんだということを味合わせてもらうにつれて、そこに親鸞聖人が私達に残してくださった御同行御同朋の道が、開けて来るんではないかとお味わいさせていただきます。共感していただけたら、大変ありがたいと思うわけです。

 口ではいくらでも「厳しく聞いていく」とはいえる。しかし、実際はどうか。どう厳しく聞いているか。

 伊藤康善先生は「法乞食になって聞け」といわれた。この一言は、ほんとうに堪える。そしてそれを受けられた、悟朗先生に言葉に震えた。

「ひもじくない者は聞かれませんし、中々、乞食にもなれない。しかし、自分のむなしさ、貧しさ、嫌らしさというものを見せられると、頭を下げざるをえないのじゃないでしょうか」

 決して、頭は下らない。しかし、ほんとうに、ご法にあえば、自分のむなしさ、貧しさ、嫌らしさをいやというほど見せられる。実際、それしかないのだろか。すると、ただ頭を下げて聞くしかないのだ。だが、実際は、逆である。私はすぐに、二つのカサを来て、威張る。

 「私は聞いている」と体験をカサ。そして、「このご法は正しい。間違いない」と、法をカサにきるのである。
 
 聞いたも、正しいも、これだけも、「一切を放下せよ」。

 すると、何が残る……。

 頭を垂れざるをえない。南無阿弥陀仏

 

 

 

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蟻の道 雲の峰よりつづきけん

 「仏書に親しむ会」の夜座を終えて、シャワーを浴びた。浴室が出て、ふと、目の前の柱にアリが登っているが目に入る。何か甘いものでもこぼれ落ちたか。下をみると、一筋の蟻の道。たくさんのアリたちが列をなしているではないないか。

 新会館の中で、こんな光景は初めてである。アリの列を追いかけると、倉庫から浴室の前を通って、台所の入り口前まで続いている。まだ台所には到達していない。

 かわいそうだが、通り道に殺虫剤を撒いて、あとは、掃除機でアリを吸う。啼いたり、悶絶しないから、心の痛みがないのが、恐ろしい。先程までの法悦も、すぐに鬼に早変わりである。連れ合いには、「地獄に落ちても、『アリ』の糸は垂らしてもらえないなー」とからかわれた。

 夜10時を過ぎた遅い夕食。母に、アリの駆除の顛末を話す。すると、連れ合いがポツリと言った。
 「大地震の予兆ではないか」。
 サッーと、空気が固まった。先日の地震から日が浅い。その後、次の大地震のデマが出回っている。しかも、こんなことはこれまで一度もなかったのだ。なんとなく、みんな嫌な感じになった。家具から離れて寝ようか、という話にもなった。

 夜は何度か目が覚めた。夜が深くなり、雨が強く降り続く。雨音で目が覚めるのだ。

 そして早朝、連れ合いのスマホから、緊急速報の発信音が鳴り響く。「地震!」の声に、おもわず机にもぐり込む。

 が、違った。大雨の警戒情報だった。確かに聞き慣れると、緊急地震速報とは違う。2日間は、警報音はなり放しで、その度にドキッとさせられ続けた。近くの町で、避難勧告やら指示が続き、この町にも「避難勧告」が出されたのだ。近鉄の線路を隔てた西側では「避難指示」である。

 アリの迷走は、豪雨のせいだったのだろうか?

  「蟻の道 雲の峰より  つづきけん」

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『観経』「散善顕行縁」(2)~去此不遠~

 ところで、ずっと沈黙して、愚痴を受け止めて、光明で済度されていた釋尊が、開かれた第一声が、「阿弥陀仏、此を去ること遠からず。」というのは有り難い。

 古来より、「去此不遠」は、『大経』や『小経』との違いが問題にされている。すなわち、『観経』が「此を去ること遠からず」に対して、

 「法蔵菩薩、いますでに成仏して、現に西方にまします。ここを去ること十万億刹なり。」(『無量寿経』)
 「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて世界あり、名付けて極楽といふ。その土に仏まします。阿弥陀と号す。」(『阿弥陀経』)

と『大経』や『小経』では、「十万億刹」も離れている表現されているのをどう会通するのか。この点に関しても、善導様は『序分義』で、三義を建ててご説明下さっている。すなわち

一、分斉不遠の義-分斉を「程度」とすれば、二十万億刹や三十万億刹等の諸仏の国に比べれば、遠くないといわれる。また分斉は「境界」ともとれる。

二、往生不遠の義-浄土への道のりは遠く説かれていても、往生する時は一瞬なので(一念即到)、遠くはない。

三、観見不遠の義-観念の行が成就すれば,浄土も如来も心眼に映り、常に眼前だ。

ということになる。

聞法の上でも、最初は、浄土も阿弥陀さまを遥かに遠い。ともすれば、私の方で遠い存在にしてしまっている。しかし、阿弥陀様の側から見ればどうだろうか。西方極楽浄土を離れたまわぬ阿弥陀仏ではあるが、同時に、大悲の働きからみれば、形に影が離れないように、常にこの我が身に寄り添い、護ってくださっているということになる。
ならば、遠いところに追いやって、人事として聞法していては、余りにも勿体ないではないだろうか。(続く)
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  ↑若き日の悟朗先生の書(二階の階段に掲示)

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『観経』「散善顕行縁」(1)~概観~

『観経』の発起序に入って、今回は「散善顕行縁」(発起序七縁の六番目)の後半。

 ここまで、一言も発せず、韋提希の愚痴を受け止め、光(智慧)によって恵みを与えておられた釋尊が、その機縁が熟したことを見抜き、言葉を発して、韋提希のためのご説法を始められ、散善の概説が説かれる段である。

(1)まず、「阿弥陀仏、此を去ること遠からず」であることを示され、韋提希の要請を受けて、観仏の行を説くと述べる。それは、西方極楽浄土にうまれる行をおさめようとする未来世のすべての者のためでもあると述べられる(為凡の教)。

(2)そのために三福の善行が説かれる。

(3)続けて韋提希に、この三福の行は、過去・現在・未来のすべての諸仏方がなされた清らかな行であり、諸仏の浄土を建立された正因であることが述べられる。

 この段を、善導様は「散善顕行縁」と名付けられた。散善とは、日常の取り乱した心のままで、悪を廃して善を修めていく行である。詳細は、後の九品段で述べられるのだが、それに先立って、散善が往生の行であることを予め顕す縁という意である。また、善導様は、釋尊が自ら散善を開かれたと見られている。
 ちなみに親鸞様は、「散善顕行縁」を「自力の散善は、他力念仏を顕す縁」と転意をされて味わっておられる(『化土巻』388頁)。(続く)

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