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2018年7月の26件の記事

修繕工事の下見

 役員のKさんの紹介で、修繕工事の請負業者が下見にくる。請負業者は3社ほどの入札で決めるので、現地説明を9月下旬に開く段取りだ。その前に、この仕事を受けていただけるのかどうかの下見である。
 見取図を示しながら、会館を見て回る。きれいに見えていても、その目で細かく見ていくと、修理の必要な箇所ばかりである。これにいちばん驚かれたのが、いつも会館に出入りされているKさんである。

 ひび割れの箇所、剥がれているところ、染みになっているところ、割れているガラスに、壊れた給湯器、屋上もコンクリートが剥がれ、玄関もガタガタだ。
 まるで私の罪悪と同じである。凡夫のわが身可愛いやの眼でみれば、きれいな、よいところばかりだが、如来の仏智眼に映るのは、見すぼらしい姿である。もし自分で気付かなかったことに気づき、そんな目で見出すと、哀れでしかないわが姿から目をそらすことができなくなる。一端、見え出すとそうとしか見えないのである。

 もし建物や物なら、修繕したり、きれいにすることができる。それでも修繕も補修もできなかったらどうするのか。取り壊してしまうしかない。
 
 では、我が身の場合はどうするのか。仏さまは、善行を勧められた。身、口、意の三業に渡る清浄の業を成すのである。しかし、それすらできない、やらないものはどうなるのか。ほんとうは潔く取り壊していくしかないのだが、これがなかなか難しい。なんとかなるとうぬぼれてく。そんなボロに執着し、その修復に汲々していくのだ。捨てることほど難しいことはない。

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殺生罪に飲酒罪

Img_7183 Y家の家庭法座では夜座はなく、そのまま「あり田」での宴会になる。いつもながら。これがおいしくて、楽しい一時だ。

 昼座、仏さまのお供えにはお酒や生臭物(匂いの強い食べ物)はお供Img_7174えしないものだが、今では、本願寺の別院でも日本酒がお供えされるという話題が出ていた。
 ところが、数時間もしないうち、目の前に殺生の塊の刺身と肉と、そして酒が並んで、悦にImg_7175入っている。
 
 いつのまにか、いのしし年の皆さんが、「いのImg_7188しし会」を結成されて盛り上がっておられる。大虎ならぬ大猪である。ちなみにぼくは寅年で、イノシシ会に負けない人数が揃っていImg_7187たが、ぼく以外は禁酒されていて大トラ会は不結成に終わった。

 連れ合いはここでは日本酒を中心に、二軒目のスペースワンではウィスキーやカクテルを呑んでいた。家と違ってぼくもうるさく言わないのImg_7194で、心置きなく飲めて大満足である。

 慈心不殺は、世福の善行の第3番目、不飲酒(ふおんじゃ)も、共に人間に生まれるための最低の戒律である五戒の一つである。殺生も飲酒も、地獄行きの罪である。もちろん、浄土真宗は肉食妻帯、お酒もお許しではある。しかし本願の上ではお許しであっても、それが浅ましい業の姿には変わりはない。植木等氏によると、「凡夫とは、『わかっちゃいるけどやめられない』」愚かなも存在ということになるのだ。 南無阿弥陀仏

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Y家家庭法座~仏さまに会う~

 連れ合いも一緒にお招きいただく。また広島からも姉妹の参加ものあって、Y会計事務所の会議室は一杯になった。

 今回のテーマは、仏さまと決めていた。最初は、「仏さまとはどんな御方ですか?」という問いから。2日目の朝座のY先生も呼応するように、「阿弥陀さまの本願と成就文」だった。2日目昼座も、「仏さまにお会いしましたか?」とお尋ねすることから始めた。

 7割方の皆さんが、戸惑いながらも「お会いしました」と挙手された。それで、「では、その仏さまはどんなお方でしたか?」と尋ねたら、その答えがユニーク。「姿、形はあらねども‥」とか、「お光で包まれて」とか、「私の迷い(疑い)をスパッと破ってくださった時に」とか、「声としての届いた」とか、要はさまざまである。

 現代では、浄土が有るか無いかとか、仏さまが実在するとか、しないとか、そんなことが問題になっている。しかし、少なくても親鸞さま当時(それ以前でも)仏さまは見奉るもの、お会いするものだということを前提に、仏道修行されていたのである。いわゆる、見仏であったり観仏の行だ。しかしそれは、決して、私達の迷いの眼では見ることのできない、さとりの世界そのものである。だがら善導さまは、もし仏さまにお会いできないのなら、懺悔滅罪をせねばならないとご教示された。それでも見えないのなら、ますます懺悔滅罪をしなさいといれわている。つまり煩悩の眼では見奉ることのできない真如の世界だというのである。

 ところが愚痴の女人であった韋提希夫人は、釋尊のお力(仏力)によって、阿弥陀さまやその浄土を目の当たりにし無生法忍のさとりを得られたことは、今月の聖典講座の記事に触れている。

 でも、末代の泥凡夫には無理なことなのか。末代の泥凡夫は、南無阿弥陀仏という名前となった生きた仏さまにお出会をさせていただくのてある。しかも、「聞名得忍」の願いが用意されている。聞くことの信心一つで、韋提希と同じ一つで三忍を得る仕組みが成就されている。日頃、ボーッと称え、ボーッと聞いている南無阿弥陀仏だが、こうして仏さまに会わせていただき、大きなお徳を頂いているのである。

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日想観?

 連日暑い。京都は14日から連続の猛暑日が2週間も続いた。それも37、38、39度の体温超えの日ばかりである。まだ8月になっていない。暑さには強いが、さすがにこうも続くと、早くも夏バテ気味だ。

 ここ数日、夕焼けがきれいだ。連日、日没からしばらくすると西の空が紫に染まる。今日は、まるでちかくで火事があったのか想うほど、地上も赤く染まっていた。ちょうど、3年前に父が亡くなった時の紫雲の雲を思い出した。
 ちょうどいま聖典講座は『観経』の定善に入るところ。定善は、西方に沈む太陽を観て、一心に集中して浄土に心をはせる日想観から始まるのだが、そんなことは心の端にも登らなかった。

 お天気といえば、明日からの福岡での家庭法座のことを心配中。台風が接近しているのだが、通常のコースではなく、東から西へと進む逆走台風で、東海、近畿に上陸して、中国地方を進み、北九州へと向かう異例の台風だ。予想がつかない事態もありうると連日伝えられている。このまま進むと日曜日の帰路が危ない。山陽新幹線がまともに影響を受けだろう。もう1泊することになったり、新幹線に閉じ込められる場合もありうることを想定して準備は整えた。

 それにしても、今年の7月ほど異常気象が話題になった月はない。でも、これが異常でなくなる日も近いのかもしれない。
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《前日の西の空↑》
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《今日は、南東の空も紫雲↑》
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《すべて会館の屋上から、夜7時20分ごろ》

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『観経』「定善示観縁」(2)権化の仁

 『観経』の発起序も、今回は「定善示観縁」といわれるところで、これから説かれる十三種の定善が浄土往生のための観法であることを示される段である。
 ところで、ここは「韋提凡聖論」、つまり韋提希夫人は、凡夫か、聖者か、その権実が問題となってくる。これは、結局、『観経』が誰のために説かれた教えなのか、お救いのお目当ては誰かのかという問題である。

 まず、これまでの中国の聖道の諸師方は、韋提聖者説を取っておられる。
  阿闍世や提婆達多も含めて、初地以上の大菩薩で、聖者。自利利他の悟りを完成させるために、仮に女人や悪人の姿を示された。この世で阿弥陀仏を目の当たりにし、無生法忍(七地~九地)を得られたのは、既に順忍(四地~六地)の境地の菩薩であったからだと。つまり、これらの方々は、従因向果(因より果に向かう)の菩薩の変化で、仏果に至るために邁進する自力修行中の聖者の仮の姿といただかれたのである。

 それに対して、善導大師は、韋提実凡夫説である。実業(もともとからの、根っからの)凡夫である。それを示すために、わざわざお釈迦さまは韋提希夫人を指さし、「汝是凡夫・心想羸劣」=「なんじはこれ凡夫なり。心想羸劣にして‥」と示されているのだと。つまり、我々と同じ実凡夫であると観られている。
「羸」(るい)とは見慣れない漢字だが、(1)やせる(2)つかれる(3)よわい(4)わるい、粗末の意味がる。劣は、もちろん劣っているという意味なので、心も、そこに想うことも、粗末で劣っており、天眼通などもなく、遠い世界を観ることもきないといわれた。

  では、そんな凡夫が、どうして浄土や阿弥陀仏を観察したり、「無生法忍」のさとりが得られるのか。そのこともここに示されている。つまりは、仏願力によってのみ、未来の凡夫も浄土を観察して、そして「無生法忍」を得しめられるというのである。善導様は、『観経』は決して聖者のためだけの教えではなく、われわれ凡夫のための教えである(為凡の教)であることを示されたかったのである。

 ところが、親鸞聖人は、善導様のお示しがあるにもかかわらず、韋提希夫人たちを、菩薩が仮に現われた姿と御覧になった。しかし、それは聖道のお祖師と同じ心ではなく、そのお心は善導様と同じである。なぜなら、彼らは、「権化の仁」として、従果向(降)因(果より因に降りた)の還相廻向の菩薩であって、大悲教化の利他の活動相を示されているとみられている。つまり、われわれ泥凡夫を哀れんだ仏が還相廻向し、悪人や凡夫の姿を仮で大芝居をして、私達に弥陀の本願、他力念仏のお目当てが、このような悪人、凡夫であるというお示しだとみられている。そのことを、親鸞さまは、ご和讃や『総序』でご教示下さる。

「しかればすなはち浄邦縁熟して、調達、闍世をして逆害を興ぜしむ。浄業機彰れて、釈迦、韋提をして安養を選ばしめたまへり。これすなはち権化の仁、斉しく苦悩の群萌 を救済し、世雄の悲、まさしく逆謗闡提を恵まんと欲す」と。

『総序』のこのご教示は、殊の外、有り難い。

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輪読法座は難しい

平日の輪読法座。「巻頭言」と「聖教のこころ」を読む。

 参加者は少ない。人数たげでなく、内容的にもかなり寂しかった。法話のある法座とは違って、輪読は座談が中心になる。とはいっても、自由な座談会の場ではない。あくまでも輪読法座である。だから、自分のもってきた話題を話したり、誰かの話題に引き込まれるだけでなく、しっかり書かれた内容を押さえていく必要がある。ここは何をテーマ(主題)にしているのか。その主題を考え、著者の伝えたいこと、いいたい事を聞かせていただく。その上で、自分の思いを語ったり、また話題展開があるのは、大切なことではある。また、雑談だって潤いという意味でも必要なことではある。
 でも、聞くことや読むことは、簡単に思っているが、共に大切なコツがあるといいたい。ただ漫然と文字を追って、意味を取るように思っているが、それでは勿体ない。そのコツつかみ、訓練していくことで、深く味わうことができるのだ。しかも、ひとりではなく複数で読むのながら、ますます何が書かれているのかを味わう必要がある。そこを押さえた上で、どこまで味わっていけるのか。また自分に引き寄せてみるのもいい。

 だいたいは、書かれた「言葉」や「用語」だけに反応したり、一部分だけを捕らえてたりすることしかできないのもだ。それでも、まだ文章の内容に関連しているという点では、ましだ。やっと最後になって、「ここは有り難いなー」とか「ほんまやなー」とかの話題がでてきた。でも、時間切れ。ここは時間で終わった。もしほんとうに大切なことなら、時間内で話せばよいのである。流れがなるのなら仕方がないが、大方の場合、大切なことだからと時間を延ばすのは、親切ではなく、緊迫感のない、甘い法座になっていしまう。

 その意味では、課題が多い法座だった。ぼくにとっては、しんどい法座だったし、参加者のお年などを思うと、期待するのはむつかしだろ。それでも継続はしていきたい。

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祇園祭~後祭

Img_7157  祇園祭の山鉾巡行も本来の姿になって、17日に前祭の巡行、24日が後祭の巡行となった。昨年は17日に、連れ合いと前祭の山鉾Img_7156巡行を観たが、今年は予定はなかった。この猛暑で、出かける気持ちになれなかった。あまりの猛暑に、昭和になってから始まったほぼ同時開催の花笠巡礼は中止となったほどだ。

 京都シネマで朝いちばんの映画をみて外にImg_7024出ると、ちょうど四条烏丸の交差点あたりを山が巡行している。暑さも、今日はかなりまし。(といっても、37度はある。それでもましという感覚がおかしいが)

Img_7065 既に一番目の「橋弁慶山」は過ぎ、曳山の「北観音山」(1)(2)も曲Img_7066がるところだった。「黒主山」(3)も見逃したが、これは昨日、昼間見ている。謡曲「志賀」に因み、大伴黒主がImg_7062桜花を仰ぎ眺める姿が表されている。この桜花も、今年で代替わりとか。

Img_7059「鯉山」(4)(5)が進んでいる。中国の故事で、龍門の滝を登った鯉は龍になるという中国の伝説の立身出世を意味する「登龍門」の言葉を表している山。鯉山を飾るタペストリーの図柄はホメロスの叙事詩 Img_7075「イーリアス」の中の「トロイア戦争物語」の一場面で、16世紀のベルギー製で、すべて重文といImg_7084う見事なもの。

「鈴鹿山」(6)(7)は、伊勢の国・鈴鹿山で人々を苦しめた悪鬼を退治した説話に因んだ山。真松には沢山の絵馬がつけられ、巡行後、盗難除けのお守りとしImg_7088て授与される。

Img_7109 続いて、曳山の「南観音山」(8)(9)(10)「くじ取らず」で後祭の巡行の6番目。御神体は、楊柳観音と善財童だが、この観音像は恵心(源信) 僧都の作と伝承ということを、前回知った。

Img_7096平家物語の宇治川の合戦を題材にした「浄妙山」(11)(じょうみょうやま)のご神体が、かなりユニークだ。平家物語の宇治川の合戦に因んだ山で、筒井浄妙が橋を渡って一番乗りをしようとした時、後から一来法師がその頭上を飛び越えて先陣をとってしまった様子を表しているという。

Img_7100「役行者山」(12)(13)は、修験道を主題にした山。修験道の大本山聖護院から山伏が参列。ご神体は、役行者と一言井主命。先頭の山伏が、法螺貝を吹きながら山伏が進む。

Img_7116「八幡山」(はちまんやま)(14)(15)は、ちょっと地味な山。でも、八坂神社の祭り、八幡宮Img_7114_2を祭っているが、なかなかか面白い。夫婦円満を象徴する雌雄の鳩が向かい合って鳥居に止まっているImg_7129という。

そして「大船鉾」(16)(17)(18)は、後祭の山鉾巡行の最後を飾る。3年前に、150年ぶりに巡行に復帰した。 いま、大河ドラマ西郷どんで放映されて、蛤御門(禁門の変)の変で焼けて、150年ぶりに復活したというのだ。禁門の変といわれるとImg_7147大昔のことのようだImg_7142が、脈々とした歴史のつながりを感じさせられて感銘深い。

 南側は日陰となり、しかも人出も少なくて、ゆっくりと観ることができた。何度みても、間近で動く山鉾は、迫力があった。
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『観経』「定善示観縁」(1)概要

  今月2回目の聖典講座は、 『観経』の発起序で、「定善示観縁」である。前回の「散善顕行縁」で、釋尊のご説法が始まって、三福、つまり散善の行が明らかにされた。今回の「定善示観縁」は、これから説かれる十三種の定善が浄土往生のための観法であることを示される段である。

 (7)定善示観縁【八】発起序七縁の七(じょうぜんじかんえん)
 まず、釋尊が阿難と韋提希に対して、「これから、煩悩に苦しむ未来のすべての凡夫のために、浄土往生のための清らかな行を説こう」と述べられる。
 そして、「極楽世界を想い描くことは凡夫の力だけではできない。曇りない鏡がないと自分の顔が分からないように、仏さまの力によって清らかな浄土を観ることができ、そして無生法忍というすぐれたさとりを得ることが出来る」と述べられる。
 さらに、釋尊は韋提希を指さして、「あなたは愚かな凡夫で、心の働きが弱く、天眼通もない。しかし、仏には特別な手立てがあり、極楽世界を目の当たりに見せることが出来た」と。
 すると韋提希は、「私は、いま仏さまのお力で極楽を拝見できました。しかし釋尊の入滅後、悪業煩悩に汚れ、様々な苦悩に責めれている未来の人々は、どのようにして阿弥陀仏や極楽を観ることが出来るのですか」と問い、定善十三観が説かれる縁が整うのである。

 定善とは、息慮凝心-慮りを息(や)め、散り乱れる心を凝らして禅定に入り、淨土や阿弥陀仏などを観想する観法。これ以降、正宗分(本文)に入り、十三通りの観法が順次説かれるのに先立ち、定善が浄土往生のための観法であることを示す序縁の意。またそれが、仏力によって成就される観であること示されている。
 親鸞様はここを
  「定善は観を示す縁なり」(『化巻』388頁)      
  「観は願力をこころにうかべみると申す、またしるといふこころなり」(『一多』691頁)
と、「(自力の)定善は、他力の信心を示す縁」と、他力のこころに転意されている。

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『観経』「散善顕行縁」(3)~散善、三福の行とは?~

 今月は、「聖典講座」が2回あった。日高から戻って、レジュメの作業に入り、臨む。
 今回は、『観経』の発起序の最後、「定善示観縁」である。ただ、このブログでは、前回の「散善顕行縁」の後半、つまり三福、散善とは何かに触れていないので、定善に入る前に、簡単に述べておこう。

 散善とは、日常の取り乱した心のままで、悪を廃して善を修めていく行だ。定善十三観のあとに説かれる「九品段」に詳しいが、それに先立ち、散善を三福の行として、それが往生の行であることを予め顕す縁という意で、善導さまが「散善顕行縁」と名付けられた。そして、釋尊自らが散善を開かれたと、善導さまはみておられる。

 福をもたらす三種の善行、つまり三福を説いておられる。要約すると、次の三つで11種類の善行がある。

(一)世福=世間倫理的な善
 (1)孝養父母(親孝行に励む)
 (2)奉事師長(師や年長者に支える)
 (3)慈心不殺(慈しみの心で、殺生をしない)
  (4)修十善行(一不殺生、二不偸盗、三不邪淫、四不妄語、五不両舌、六不悪口、七不綺語、八不貪欲、九不愼恚、十不邪見)

(二)戒福=戒律を護ること。小乗の善
 (5)受持三帰(仏・法・僧の三宝に帰依する)
  (6)具足衆戒(衆戒-もろもろの戒を守る。五戒、八戒、十戒、具足戒 二五〇戒など)
  (7)不犯威儀(威儀=規律にかなった立ち居振る舞いをする)

(三)行福=自利利他行の大乗の善
 (8)発菩提心(さとり求めるこころをおこし)
  (9)深心因果(深く因果の道理を信じ)
(10)読誦大乗(大乗経典を口にとなえ)
(11)勧進行者(他の人々にもそれを教え勧める)
 特に、11番目の他の人々への働きこそが、利他行である。

 これが九品に配当されていく。詳しくは、また九品段で紹介するが、簡単に述べると、
(三)行福は、上品上生~上品下生
(二)戒福は、中品上生~中品中生
(一)世福は、中品下生となる。
 では、善をなせない、悪人の下品の者たちのはどうなるのか。念仏の行が示されるのだが、その時に詳しく。

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日高町での四十九日法要

  朝から豊岡市日高町での四十九日法要へ。予定通り出発したのに、途中で、着ていた法衣を汚すというトラベル発生。すぐに引き返す事態になってしまった。それでも、連れ合いの得意の運転で、無事に到着。高速や自動車専用道がこの町まで伸張し、昔に比べると、1時間Img_7009から1時間30分は早く到着するようになった。大助かりである。

 S家へ入る。茶の間から「いや~、先生ご苦労さまです」という、Sさんの声が聞こえてくるようだ。ぼくが大学生の時から、いちばんご縁を結ばれてもらっているお家である。

 仏壇の横には、若き日の父の五条姿の写真が飾ってある。まだぼくが生まれる前。父が30代の頃なので、もう60年以上前のものである。当時から、ここが法座の会所であり、また父のお宿でもあった。どれだけ多くの念仏者が育ったことだろう。この日高の地だけではない。全国各地の無明業障の恐ろしい「病」を抱えた同人たちが、駆け込んでき、またどれだけの方が大きな幸せをされたことだろうか。日本だけではない、アメリカのお同行さんもお出でになっている。

 その仏法の機縁を、Sさんは護り続けてきてくださった。

Img_6994 満中陰の法要なのだが、親戚だけでなく、近所の方、同人の方も含めて40名以上ものお参りがあった。みんなで心を一つに、お正信偈をとなえ、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とお念仏をさせていただく。法話は、仏さまのおこころについてたが、テーマを「四無量心」に絞った。「慈無量、悲無量、喜無量、捨無量」であるが、これを阿Img_6995弥陀札のお心、お働きとしていただいた。哀れで、愚かな、しかも大恩なるものを平気で傷つける私ことを、いちばんに救いたいという大慈のお心で、自らのお命を喜んで、捨ててくださるその大悲のおこころを、「六牙をもった象王」のたとえでお話した。けっこう、皆さん真剣に聞いてくださっていたように思う。

 それにしても、暑かった。少しはましかと思っていたが、昨日は盆地である豊岡市が全国でいちばん暑く、その余韻が残って、今日も38度を超えた。会食場所は神鍋高原のお店だったが、高原の爽やかさとは無縁の暑さ。

 でも御馳走は美味しく、お腹いっぱいになって、二人とも夕食抜き。御馳走になりました。

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大阪支部法座~仏さまって?

  奈良県生駒市での大阪支部法座に向かう。

 今年の子供大会は「仏さま」がテーマなので、それに関連した法話をしている。

 例によって、皆さんが分かっている、知っているつもりのことを尋ねていく。「仏さまとはどんな御方ですか?」「どんな御方を仏さまと申すのですか?」との質問だ。皆さん、積極的に答えてくださる。ところが、皆さんの仏さまは、まるまる阿弥陀様のそれであり、しかもそのイメージは、大慈悲心の御方という面を言葉を代えて発言してくださる。もちろん、「智慧と、慈悲がきわまった御方」とも教えてくださったが、具体的な慈悲のお働きは出ても、智慧の面はまったくでない。

 いうまでもないが、仏さまとは、仏陀(ブッダ)である。ブッダとは、「覚られた方」「目覚めた方」、つまり「覚者」である。何に目覚められたのかといえば、真理、つまり縁起の法に目覚めた御方であり、それを四諦八正道として示してくださった御方だ。

 「智慧と慈悲がきわまった御方」というが、決してバラバラではなく、その慈悲は智慧に裏付けられたものであり、智慧も慈悲に裏付けられているので冷淡な智慧ではない。つまり、仏さまは、自ら真理を悟る「自覚」(自利・智慧の面が、他を目覚めさせる「覚他」(利他・慈悲の面)としての働き、さとりの働きが完全に極まり満ちてる(覚行極満)者だと、善導さまは教えてくださった。

 では、その仏さまの中でも、阿弥陀さまどんな仏さま。そしてその阿弥陀さまは、いまどこにおられるのか。今度は、自らのところに引き寄せて、さらに引き寄せて、知っている、分かっているつもり阿弥陀さまについて考えていただいた。

 いや、皆さん、有り難いことのオンパレードで、思わず「ほんとうか!」と突っ込んだ。
 いつもは、阿弥陀さんを遠い、遠いところに追いやってるよね。
 忘れず、着きまとっておられるのは、阿弥陀さまの方である。南無阿弥陀仏

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酷暑

それにしても暑い。

京都も酷暑が続く。14日に以来7日連続(つまり1週間)で、体温の平熱を超えた38度以上の猛暑が続く。これまでの記録は3年前の8月。その時は5日間連続だったが、今回はその記録も超えた。3年前の夏のこともよく覚えている。父が亡くなった日の前後だったからだ。
これまでも暑い夏のことはよく覚えている。しかし、今年はそれとは違う。猛暑が7月、しかも祇園祭(前祭)の前から始まったのだ。冬も、春も、季節が1~2週間、前倒しで始まったが、夏の訪れも早く、猛烈だ。

Img_6981事実、ぼくは寒さは苦手だが、暑いのは好きだ。暑いというより日差しが痛い。日差しの中で自転車で走り回っている。最高気温が、39、8度になった時も、自転車に乗っていた。街中の気温は41度に達していた。いくら暑いのが好きだといっても、これだけ連続した猛暑は初体験。しかも、この先もまだまだ続くという。冷房の中に入っているのも、あまり好きではないので、バテ気味の日々だ。

せめて季節が前倒しになっているなら、願わくば、早く秋が訪れてほしい。それとも、いよいよ地獄行きが近いのかもしれないなー。

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華光会館修繕工事に向けて

 広島法座の帰路、設計士のM先生と広島駅で待ち合わせて事務所へ。華光会館の修繕工事の打ち合わせだ。大規模修繕工事は2度目で、12年前に防水と外壁、そして7年前に空調機の入替えた。今回は、屋上と外壁に加えて、内装工事が入る。どこまでやるのか。どこをやるのか。優先順位は? そして予算の制限もあって、なかなか難しい。また外壁と違い、会館が使用できない時もある。事務所も、短期間でも引っ越しが必要になる。計画では今年の秋の予定だったが、来年の3月~4月の2ケ月間となった。4月末の永代経法要までに完成される予定だ。これから何かと準備でたいへんになりそうである。

 Img_6977また、2年ぶりにお母様のMさんにもお会いし、一緒に勤行させてもらう。これまでの華光とのご因縁の拡がりという意味では、もっとも深い方のお一人である。いま、華光同人の中でも、いちばんの長老になられている。高齢で、ご不自由になっておられるが、それでもまだ一人暮らしをされている。もちろん、お子さま方が交代でお出でになって看ておられるからだ。帰りには、エレベーターまでわざわざお見送りにきてくださった。たいしたものである。こういう先達のおかげで、華光会館があり、真実のみ法りが相続されてきたのである。
南無阿弥陀仏

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広島安芸高田市・家庭法座

   11~13日の広島での真宗カウンセリングの集いは中止となったが、15日の広島法座は予定通りと聞いて、安堵していた。

 ちょっと緊張気味に広島に下り立つ。ニュースでは驚くべき被害状況に接していたが、あまりに平穏な様子で、逆に戸惑う。

 シャンボタクシー乗り場へ直行。昨年迷ったおかけで近道を覚え、新幹線を降り4分でたどり着いた。広島駅から安芸高田市のY家までは、車で70分ほど。街内かも郊外も、目に見えた被害がない地域だが、山陽道が一部通行止めで、昨日までは渋滞が激しかったという。徐々にではあるが、日常を取り戻しつつある。それでも、福山や尾道組は欠席される。道路が不通だったり、断水で避難が続いてるのだという。また、近所の被害にショックを受けておられ方、友人や親戚が被災された方など、間接的な影響は大きい。これは、現地で声を聞いてみないと分からない事だった。

 五濁悪世の一つ目の劫濁は、天変地異や災害などの時代の濁りを言う。
 いま、身近なところで、地震、竜巻、そして広範囲で豪雨と、自然災害が続いている。そしてこの猛暑。例年、Y家まで来ると川面に渡る風が心地よいのに、今年は、ここまで暑い。あまりの暑さに、午前中で、蓮の花まで閉じてしまったようだ。劫濁を実感させられている。
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宵々々山

Img_6962 暑い。  京都は、38度を超えた猛暑日だ。

 「仏青例会」に続き、若者を連れて祇園祭の宵々々山へ。土曜日なのに、四条通りは車が行き交い、屋台も出ていない。車の音に、Img_6923祇園囃子がかき消され風情という点ではいま一つ。それでも、呑み助には、生ビール片手に街中をブラブラするのが楽しい。

Img_6927 飲食店はどこも満席で断られ続けたが、知っているイタリアンのお店が空いていた。暑いのでホッと一息。食事を済ませて、散策を再開するも、すぐフルーツかき氷屋の前で、足が止まっている。

 若いということは、歴史や蘊蓄より食い気のようだなー。
 ぼくにはもう昔に話。
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《今年も聖徳太子ゆかりの太子山から》
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《新調なった太子山。中央は聖徳太子、見えませんが》
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《↑白楽天と鳥窠道林の「仏教とは?」の例の問答》
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《↑放下僧を祀る放下鉾。「一切を放下せよ」》
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《↑宵山は、別名、屛風祭》

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久々の仏青例会

 久しぶりに「仏青例会」に出席した。

 正確には、途絶えていた「仏青例会」を復活されるための集りで、また子供大会の法話の準備会を兼ねている。ぼくが子供のころから、仏青例会は、毎月、月例会を開いていた。それが人数が減り、ここ数年で途絶えてしまった。同時に、仏青自体も元気がなくなっていた。

 しかし、昨年ぐらいから光明が見え始めた。大学生を中心にした世代が、大人の法座に参加し、熱心に聴聞されている。遠方や地方の法座にも出席されている。それでも、仏青の先輩がいないので、例会があったことや仏青の活動の意味が十分理解されていなかった。

 本来は、前の仏青世代の皆さんが働いて下さるのを期待し続けていたが、動く気配はない。長年、外れていたので躊躇もあったが、鉄は熱い内に打たなければならない。

 ということで、今回の集いを呼びかけた。3名だけだったが、活気はあった。積極的に参加したいという人達が集まれば、人数は関係ない。数回で、ぼくも手を離し、運営や呼びかけをおまかせしていこうと思う。そのうち内容も伴い、ひとりでも参加者が増えたり、次の高校生世代の人達への受け皿となればいいのである。確かに、自分たちで企画したり、呼びかけたりするのはたいへんだ。大人に世話になっている方が楽でいいが、それだけなら子供のままだからなあ。

 今日は、子供大会のテーマである「仏さま」ということで、法話とうより、講話。そして、皆さんの理解を確かめながら進めて入った。正解だけを覚えたものは、分かっているようで、角度を変えて問われると、何も分かっていないということが、よく見えてくる。何かを覚えたり、正解を暗記するより、何も分かっていない自分に出会うことの方が、数段意味がある。 

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一足早く

Img_6897 久しぶりに京都シネマで2本観た。メキシコ映画の「母という名の女」と、フランス=ベリギイーの「汚れたダイヤモンド」。2本と見応え十分で、大満足。特に「汚れたダイヤモンド」は、ノーマークだったが、今年これまでの収穫の一つ。詳しくはまた触れたい。

 京都シネマの運営会社が、経営危機でニュースになったばかり。観客Img_6901として、もっとも貢献している一人としては、正直驚いた。劇場は継続されるとのことで、一応は一安心か。 

 今日は、恒例の祇園祭のうちわをもらったImg_6907が、劇場を出ると、祇園囃子が聞こえてきた。

 音に引かれてきると、鉾の曳き初めで、四条烏丸の交差点を通っていた。予想せず、ラッキー。

 次は、鶏鉾のようで、参加したい人が集まってきていたが、スルーした。

 映画といい、曳き初めといい、予定外の収穫があった日。

 

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加藤剛氏の訃報

名優の加藤剛氏の訃報が発表された。

大岡越前役で有名だが、ぼくの中では、「関が原」の石田光成役、大河ドラマの「獅子の時代」では菅原文太のライバルとして、映画は「砂の器」のピアニスト役が印象的。でも、若い人たちは知らないようだ。

もちろん、ぼくも直接,お会いしたことはない。俳優座が協力という縁で、4月の希望舞台の築地公演には、病を押して観劇に来てくださている。マスコミの写真はNGて、かなり弱っておられたというのが、連れ合いの印象である。

発表ご、舞台で連れ合いと夫婦役を演じているご子息の加藤頼氏が、ワイドショーやニュースでインタビューを受けていた。役者は親の死に目にも会えない仕事だといわれるが、逝去は6月18日。連れ合いとの舞台は、6月17日に終わっていたので、最期に立ち会えたのか。

不思議な縁で、時代劇でも見かける加藤頼氏が、気にかかる。
このブログを開始した時、こんな記事を書くことになるとは、夢にも思っていなかった。これもまた無常、、である。

http://www.news24.jp/articles/2018/07/09/08398177.html

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残念!~広島真宗カウンセリングWScも中止

 聞法旅行の中止後も、水害のニュースが気になる。真宗カウンセリングWSが、11日~13日の日程で、広島県廿日市市の山沿いの温泉施設であるからだ。

 タッグを組む世話人は被災地の呉の方。電車も車も通行が不通で、海上からの移動手段しかないという。刻々と広島の被害が深刻で、広範囲になっている。会場は、方角が異なるが、山の中で、臨時休業中で連絡がつかない。

 大阪、京都、三重、福岡の参加者はあるが、半数は広島の方だ。呉の皆さんは不参加である。広島は各地で、交通が遮断、断水、物資不足や、中心部でも車の大渋滞と、。中止やむなしの状況だ。最終判断は地元の方におまかせした。

 結果、中止となった。

 この3年間の流れから、何か新しいものが生まれそうな予感があったので、残念でならない。個人的にも、先日の「仏教カウンセリングを求めて」での気付きの成果をを活かす絶好のチャンスだったが…。しかし、中止も何か意味があるのだろう。

 月曜日にカウンセリングの方と打ち合わせた時、「今は休めというサインなのでしょうね」といわれた。確かに、この二週間、ハードな日程を覚悟していた。
 6日(金)に華光誌発送し、7日(土)~8日(日)が聞法旅行。8日夜には、町内会の会議。
 それから、11日(水)~13日(金)がが2泊3日間の真宗カウンセリングWSで、14日(土)仏青例会、15日(日)安芸高田市での広島支部法座、16日(月)大阪支部法座(セイセイビル)と、6日間連続で宿泊や法座の予定だったからだ。

 5日間も連続で出張法座がなくなったのは、初めて。ただ、中止や延期に伴う事務作業は予想外。多少は溜まっていた事務作業はおこうなうことができた。

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「聞法旅行」再募集

『仏敵』と大和御旧跡を訪ねて

 今年1月9日に五十回忌を迎えられた伊藤康善先生の『仏敵』のみ跡を訪ねると共に、大和の御旧跡を巡る旅です。
 大雨の影響で、延期した聞法旅行の再募集です。また一部、行程を変更しました。まだ参加が可能ですので、奮ってご参加ください。

 初日は、本山「興正寺」、「龍谷大学大宮学舍」を訪ねた後、『仏敵』の舞台「野口道場」へ。小さな前庭の堀尾ヨシ様のお墓にもお参りいたします。「當専寺」には増井先生の「華光道場」の揮毫(きごう)も鮮やかです。伊藤先生のお墓にも参拝します。
 2日目は、午前中は宿舎で法座(法話と分級座談)を行い、帰路、蓮如上人との糸車でのやりとりでも有名な大和の了妙尼師の「金台寺」にお参りします。

個人参拝が難しいところばかりです。前回、不参加の方には絶好のチャンスです。ぜひ、お念仏の旅をご一緒しましょう。合掌

期 間  平成30年9月1日(土)9時40分(集合)~2日(日)16時30分(解散)
費 用 旅費=31,000円 + 研修費=6,000円(同人=4,000円)
講 師  増井 信(各寺院でも懇切なご説明がございます)
〆 切  8月15日(水)(ただし定員41名で先着順〆切)
申込方法 「申込書」に費用全額を添えて、現金書留か、直接納入。
   又は、郵便振替。振替の場合、必ず申込書を別送のこと。
申込先 601-8433 京都市南区西九条東柳の内町22  華光会館宛 075-691-5241番(FAX:075-661-6398番)

★注 意★ 7月にすでにお申込みの方も、お早めに参加・不参加をお知らせ下さい。ご不参の場合は、全額返金いたします。

申込書は、以下のアドレスからDLをお願いします。

http://keko-kai.la.coocan.jp/event/2018/detail/07/monpou.ryoko2017-7.htm

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華光誌発送

 聞法旅行を中止するかどうか。午前中は、ほんとうに気持ちが急いた。

 でも中止と決まると、なんとなかく気が抜ける。やきもきはなくなったが、今度は予定外の仕事が必要になる。

 午後から、予定通り、華光誌の発送である。聞法旅行までに発送したかった。参加者には手渡す予定だったので、発送作業が一手間増えた。

 今号には折り込みはない。それで作業、かなり早く終わった。

 誌上法話「待つは他力のこころ」は、かなり難しい。しかし、大切なところに触れていると思うので、特に、ご法を勧めたいと思う人は、ぜひ、味読いただきたいと思っている。そして不審があれば、遠慮なく尋ねていただきたいのだ。

 ※8月の仏の子供大会の案内は、先月に必要者に送信済。華光会HPからもダウンロードできるし、ご請求くださればお送りします。
 

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悩む~聞法旅行は延期~

 週末の聞法旅行を開催するかどうかがで、悩んでいる。

 ここ数日、テレビやネット、新聞のニュースや天気予報に釘付けだ。長期の大雨は予断を許さない状況になっている。今回の雨、近畿では京都や兵庫が中心だが、今後は北部は影響がでる。しかし、奈良方面は問題はなく、日曜日には晴れ間も出る模様。回復傾向で開催は大丈夫だろうが、JRや高速は一部で通行止めが続き、やきもきしていた。もし動いても大幅な遅れが出るかもしれない。北海道や関東、東海方面は問題ないが、九州、四国、広島などの西日本の方はどうか。京都まで来れないとか、途中で足止めをくらう可能性も大である。

 皆さん、とても楽しみにされている。準備もしてきた。なんとか開催したい。木曜日の夕方、添乗員のNさんが来館し、打ち合わせ時には、中止の件はでなかった。

 ところが、翌朝(開催前日)8時にNさんから電話。交通機関の乱れが続いていること、今なら、自然災害でバスもホテルもキャンセル料は発生せずに、取り消せるが、当日(明日)のキャンセルは無理だということ。先手、先手で動いて下さり、その報告である。ニュアンスから、今回は無理だという感じたが、最終的に、開催や中止を判断するのは、主催のこちら側にある。

 開催は難しいという思いも強くなったが、即答は避けて、最終決定は午前中、待ってもらうことにした。その間、相談したり、情報収集を行う。高山の皆さんや四国の方から、「JRも高速バスも動かず、参加できません」との連絡が入る。広島にも被害が広がっている。こちらは開催はできるだろうが、参加できない方が多くなるかもしれない。迷いに迷ったが、結局、中止を決定した。

 そうなると、慌てて連絡しなければならない。前日泊で、いまから京都に出発される方があるからだ。北海道の方はこちらに来ることになった。埼玉の方は、東京駅で新幹線を待っておられた。高速バスに乗車直前という広島の方もあった。皆さん、とても残念そうだ。「ほんとうですか」という方もある。関東では、雨の気配はなく、こちらの様子が想像できないようだ。何とか、午後までに全員に連絡がついた。

 でも、その後の天気をみるたびに、この判断でよかったのか、まだ自問した。京都にも特別警報も発令され、各地で甚大な被害が出ている現状では、やむなしという気持ちも強かった。残念だが、混乱せずにはすんだのだ。

 なんとか近いうちに延期したい。9月開催ではどうか。さまざまところへの調整に入っている。

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~自分のむなしさ、貧しさ、嫌らしさ~

 今夜の「仏書に親しむ会」は、仏青世代の方も含めて、参加者が多った。たぶん、この形式になって過去最高だったと思う。(レベルは低いですが)

 増井悟朗先生の「二つのカサ」の最終章(「御同行・御同朋の道」)だけを、2時間かけて読む。

 その前章(「どこまでも自分に」)では、ある支部でのトラブルの相談をうけられた悟朗先生が、相談者にこのように語っておられる。(一部抜粋)

 「増井先生がこう言わわれた」と、それをカサにきられても困りますからね。それで「あんたはどう思いますか」と尋ねた(略)。そして、
 「明らかに意見が違うたら、相手に頭を下げて聞いていくという聞き方、話し合いの仕方がありませんか? “私としては、こう思っている”と話して、“あなたはどう思いますか、教えてください”と相手に聞いていく。これが、私のために頭を下げてくださった法蔵菩薩様のご苦労。世自在王仏様の前で、この聞かん私のために、頭を下げてくださったお心ではないでしょうか」と申し上げました。

 でもここが難しい。なぜなら、驕慢の絶頂で、「わしゃ聞いている」というのが、なかなか折れるようで折れないからだ。そこを破ってもらうには、一人合点では無理。こういうお座を実践の場として、事あるごとに常にそれを心掛けていくということが、聞法の道だと、綴られている。

 そこを踏まえて最後の章である。そのまま引用する。

 私達は、人に厳しく向けば向くほど、自分には優しくなる。なかなか自分を許しても、人を許すことはできない。人を責めるほうへはすぐ目が光り、己を見る目は眠ってしまう自性だということがよくわかります。でも、我が身に厳しく問うていけば、人に言える自分ではなくなると思います。

 伊藤康善先生は、「法乞食になって聞け」と言われた。ひもじくない者は聞かれませんし、中々、乞食にもなれない。しかし、自分のむなしさ、貧しさ、嫌らしさというものを見せられると、頭を下げざるをえないのじゃないでしょうか。まあそういうふうに、人間関係を通して、ご法を聞かせてもらいますと、自分一人さえ喜んでいたらいいわではない。一人でも聞いてもらおうということが、同時に自分に聞かせてもろうていく道でもあります。真宗は御同行御同朋の在家集団ですから、やはり法衣を着ておるものも同じでして、法をカサにきたり、体験をカサにきたりしないで、どこまでも真実を尋ね、真実を求めて、聞いていくしかないと思うております。

 年をとるほど、だんだん孤独になってこざるをえない。見る世界、聞こえてくる世界も、味わえてくるものも、感覚的にも肉体的にも衰えてきて、だんだん狭く、ひがみやすく、愚痴っぽくもなってまいります。そういう自分というものを考えながら、どこまでも聞かせてもらう、教えてもらうことを光として進んでいく。そこに、やっぱり年とってこその、このご法のお仕事があるんじゃないかと思います。

 このように、厳しく我が身に追求していく姿勢を、ご法によっていただけたんだということを味合わせてもらうにつれて、そこに親鸞聖人が私達に残してくださった御同行御同朋の道が、開けて来るんではないかとお味わいさせていただきます。共感していただけたら、大変ありがたいと思うわけです。

 口ではいくらでも「厳しく聞いていく」とはいえる。しかし、実際はどうか。どう厳しく聞いているか。

 伊藤康善先生は「法乞食になって聞け」といわれた。この一言は、ほんとうに堪える。そしてそれを受けられた、悟朗先生に言葉に震えた。

「ひもじくない者は聞かれませんし、中々、乞食にもなれない。しかし、自分のむなしさ、貧しさ、嫌らしさというものを見せられると、頭を下げざるをえないのじゃないでしょうか」

 決して、頭は下らない。しかし、ほんとうに、ご法にあえば、自分のむなしさ、貧しさ、嫌らしさをいやというほど見せられる。実際、それしかないのだろか。すると、ただ頭を下げて聞くしかないのだ。だが、実際は、逆である。私はすぐに、二つのカサを来て、威張る。

 「私は聞いている」と体験をカサ。そして、「このご法は正しい。間違いない」と、法をカサにきるのである。
 
 聞いたも、正しいも、これだけも、「一切を放下せよ」。

 すると、何が残る……。

 頭を垂れざるをえない。南無阿弥陀仏

 

 

 

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蟻の道 雲の峰よりつづきけん

 「仏書に親しむ会」の夜座を終えて、シャワーを浴びた。浴室が出て、ふと、目の前の柱にアリが登っているが目に入る。何か甘いものでもこぼれ落ちたか。下をみると、一筋の蟻の道。たくさんのアリたちが列をなしているではないないか。

 新会館の中で、こんな光景は初めてである。アリの列を追いかけると、倉庫から浴室の前を通って、台所の入り口前まで続いている。まだ台所には到達していない。

 かわいそうだが、通り道に殺虫剤を撒いて、あとは、掃除機でアリを吸う。啼いたり、悶絶しないから、心の痛みがないのが、恐ろしい。先程までの法悦も、すぐに鬼に早変わりである。連れ合いには、「地獄に落ちても、『アリ』の糸は垂らしてもらえないなー」とからかわれた。

 夜10時を過ぎた遅い夕食。母に、アリの駆除の顛末を話す。すると、連れ合いがポツリと言った。
 「大地震の予兆ではないか」。
 サッーと、空気が固まった。先日の地震から日が浅い。その後、次の大地震のデマが出回っている。しかも、こんなことはこれまで一度もなかったのだ。なんとなく、みんな嫌な感じになった。家具から離れて寝ようか、という話にもなった。

 夜は何度か目が覚めた。夜が深くなり、雨が強く降り続く。雨音で目が覚めるのだ。

 そして早朝、連れ合いのスマホから、緊急速報の発信音が鳴り響く。「地震!」の声に、おもわず机にもぐり込む。

 が、違った。大雨の警戒情報だった。確かに聞き慣れると、緊急地震速報とは違う。2日間は、警報音はなり放しで、その度にドキッとさせられ続けた。近くの町で、避難勧告やら指示が続き、この町にも「避難勧告」が出されたのだ。近鉄の線路を隔てた西側では「避難指示」である。

 アリの迷走は、豪雨のせいだったのだろうか?

  「蟻の道 雲の峰より  つづきけん」

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『観経』「散善顕行縁」(2)~去此不遠~

 ところで、ずっと沈黙して、愚痴を受け止めて、光明で済度されていた釋尊が、開かれた第一声が、「阿弥陀仏、此を去ること遠からず。」というのは有り難い。

 古来より、「去此不遠」は、『大経』や『小経』との違いが問題にされている。すなわち、『観経』が「此を去ること遠からず」に対して、

 「法蔵菩薩、いますでに成仏して、現に西方にまします。ここを去ること十万億刹なり。」(『無量寿経』)
 「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて世界あり、名付けて極楽といふ。その土に仏まします。阿弥陀と号す。」(『阿弥陀経』)

と『大経』や『小経』では、「十万億刹」も離れている表現されているのをどう会通するのか。この点に関しても、善導様は『序分義』で、三義を建ててご説明下さっている。すなわち

一、分斉不遠の義-分斉を「程度」とすれば、二十万億刹や三十万億刹等の諸仏の国に比べれば、遠くないといわれる。また分斉は「境界」ともとれる。

二、往生不遠の義-浄土への道のりは遠く説かれていても、往生する時は一瞬なので(一念即到)、遠くはない。

三、観見不遠の義-観念の行が成就すれば,浄土も如来も心眼に映り、常に眼前だ。

ということになる。

聞法の上でも、最初は、浄土も阿弥陀さまを遥かに遠い。ともすれば、私の方で遠い存在にしてしまっている。しかし、阿弥陀様の側から見ればどうだろうか。西方極楽浄土を離れたまわぬ阿弥陀仏ではあるが、同時に、大悲の働きからみれば、形に影が離れないように、常にこの我が身に寄り添い、護ってくださっているということになる。
ならば、遠いところに追いやって、人事として聞法していては、余りにも勿体ないではないだろうか。(続く)
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  ↑若き日の悟朗先生の書(二階の階段に掲示)

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『観経』「散善顕行縁」(1)~概観~

『観経』の発起序に入って、今回は「散善顕行縁」(発起序七縁の六番目)の後半。

 ここまで、一言も発せず、韋提希の愚痴を受け止め、光(智慧)によって恵みを与えておられた釋尊が、その機縁が熟したことを見抜き、言葉を発して、韋提希のためのご説法を始められ、散善の概説が説かれる段である。

(1)まず、「阿弥陀仏、此を去ること遠からず」であることを示され、韋提希の要請を受けて、観仏の行を説くと述べる。それは、西方極楽浄土にうまれる行をおさめようとする未来世のすべての者のためでもあると述べられる(為凡の教)。

(2)そのために三福の善行が説かれる。

(3)続けて韋提希に、この三福の行は、過去・現在・未来のすべての諸仏方がなされた清らかな行であり、諸仏の浄土を建立された正因であることが述べられる。

 この段を、善導様は「散善顕行縁」と名付けられた。散善とは、日常の取り乱した心のままで、悪を廃して善を修めていく行である。詳細は、後の九品段で述べられるのだが、それに先立って、散善が往生の行であることを予め顕す縁という意である。また、善導様は、釋尊が自ら散善を開かれたと見られている。
 ちなみに親鸞様は、「散善顕行縁」を「自力の散善は、他力念仏を顕す縁」と転意をされて味わっておられる(『化土巻』388頁)。(続く)

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