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2018年6月の16件の記事

講座「仏教カウンセリングを求めて」WS

 真宗カウンセリング研究会の主催で、奈倉道隆先生をお迎えしての、仏教カウンセリングのWS。

 真宗カウンセリング研究会だけなく、華光の法座や仏青の集い、仏教大学の講座などでも、チラシを配り、お誘いをした。その結果、真カ研の会員よりも、非会員の参加が多かった。華光の方も、仏青や子育て世代のママさんなど参加があり、加えて初めてお会いする方も4、5名あった。停滞気味の研究会では、久々に活気がうまれた。

 事前に打ち合わせを重ね、レジュメも、2校、3校正と重ねてきたので、講座だけでなく、模擬的なエンカウンター、そして最後に一対一のミニカンを行うという流れは聞いていた。

 「カウンセラーと仏教」「目覚めを賜わる仏教徒の談合と、エンカウンターグループの類似性」という講義のあと、3グループに分かれてのエンカウンターグループ。これがなかなか興味深かったが、20分ほどしかなく、これからという時に終わってしまい、もう少し深めたかったところだ。ただ、それまでの講義で聞いたことが改めて教えられた。仏教では、原因よりも、縁起、すなわち関係性を重視するということ。つまり、教える側も、教えられる側になる。つまり話し手が、次には聞き手になり、固定化された関係はない。にもかかわらず、無常とも、無我とも分からずに、物事に執着する、自我中心性こそが苦の根源。そして「調和」こそが苦からの解放へと誘うというのである。

Img_6880 模擬では、ファシリテーター(促進役、世話人)がおいたが、これは司会役ではない。もし発言が少ないと、一般の会議では、円滑の議事運営のために、司会役が発言者指名をするのが通常だが、そのやり方は、平等ではないという。エンカウンターグループを勧めるポイントは、まずはだれもが平等であること。つまり発言の優劣や重軽はなく、司会役にもそんな権限はない。そしてもうひつは、秘密保持すること。その上で、(限られた時間なので)ひとりが独占した時は、ファシリテーターが交通整理や確認をするという役割を担うというものだった。

 ああ、そうだった。どこかでうまい進行を目指しているような気持ちになっていた自分を反省。「何もしない」という大切な仕事があった。それにはメンパー(場)を信頼するという大きな役割があり、誰もが、平等に発言できるための態度で臨むことを再認識、「ハッ」と気付かされた。20分足らずの模擬実習だったが、原点に帰っていきける、とてもいいきっかけになった気がした。

 そのあとは、1)藤田清先生の「仏教カウンセリング」、2)森田正馬博士の森田療法、3)吉本伊信師の「内観」についてのお話を頂いた。これもそれぞれ教えられることは大。そして最後に、「本願念仏に導かれる傾聴」のワーク。お相手は、ベテランカウンセラーのS先生だったのも、ぼくにとってはよかった。母と同年齢ながら、たいへんなバイタリーである。またS先生自体も、仏教や真宗に関心を寄せられているのがよく分かり、有り難かった。

 ワーク終了後の懇親会も盛り上がり、二次会ではいろいろと懸念のあった関係の修復の機会もあって、有意義な集いとなった。ただ、時間が足りなかったことだけは、とても残念。もし次回があれば、朝からでも行ってもらいたいという声も多く、また実現したいものだ。合掌 

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「いただいたいのちを生きるために」~お寺と僧侶ができること~

 『選擇集』の講義を受けて、続いて仏教大学ビーハラ研究会に出席する。先月はアメリカ同人の来館で欠席したので、今回はぜひ出席したかった。奈倉道隆先生の仏教カウンセリングWSの案内があったからだ。

 今月のテーマにも関心はあった。「いただいたいのちを生きるために」~お寺と僧侶ができること~

  浄土真宗の僧侶の方が発表で、田舎の古民家を再生して、認知症のグループホームでの活動である。「むつみ庵」の名前をどこかで聞いたことがあると思っていたら、理事長は釋徹宗師。たいへん彼らしい活動で、感心させられたし、教えていただくことも多かった。「物語を読み解く、物語に乗り掛かる」とか、「多様な関係を造る」、そして「カイロス(クロノスという物理的な時間ではなく、主観的な時間)を延ばす」。近代的な自我とは、また異なる視点が散りばめられていた。マスコミに出る部分だけでなく、地道に僧侶としての彼がどんな活動をしているのかの一端に触れた気がした。

 私見だが、このような対人援助のケースの場合、ともすれば、援助者と非援助者の一対一の関わりのことに興味が持たれる。確かに、援助的な人間関係をいかに結ぶのか。その態度が問われているからだ。しかしそれだけならば、個人の態度や姿勢の問題、つまり個人の能力にすべて収斂されて終わってしまうことを危惧する。なぜなら、個々人の対応だけでは、限界があるからだ。援助者や職員といっても、同じ人間だ。決して、聖人でも人格者でもない。にもかかわらず過度な理想的な要求が、逆に現場を苦しめていくことになりかねない。入所者を護るように、そこにかかわる人達をいかに護っていくのか。その意味では、施設としての方針、哲学が問われていると、常々考えている。

 その点、トップである理事長の哲学、理念がハッキリしていることが、とてもすばらしく思った。見せていたいだ画像や動画からも、その仏教的な雰囲気に加えて、と宗教的スライドや、職員や援助者側の風通しがよく、護られてこそ、よい援助的な対人関係が結ばれるのだと思う。

 二重、三重の安心という意味では、真宗カウンセリングのグルーブも同じだ。一対一の関係の外に、組織として護りがある。そして、そのいちばん外側には、目には見えないが、阿弥陀さまの本願だと常々味わっている。そこに援助者やカウンセリングが触れているのか、どうかが重要になってくると思っているのだ。

 

 

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1年1度の広島支部大会

 1年1度の広島支部大会。

 広島では、ほぼ毎月、例会はあるが、宿泊は年に1度だけ。例会も法座が終われば解散で、懇親会もないので、会館にお参りのない方と交流するには、貴重な機会だ。
  ただ今回はいつもの支部大会とは、少し異なった雰囲気。土曜日と日曜日の会場が異なり、移動に時間がかかって法座の時間が削られた。
  また支部大会にしては、人数は寂しかった。支部大会の意義のが十分に浸透していないように思えたし、また地域によっても差があることは、今後の課題もあった。
  他にも、法座の時間を割いて、支部の問題点などが話し合われた。でも、これはぼくには有意義な法座だった。誰のための法座か。誰が創造していくのか。お金や役割が関係してくると、みんな真剣に考えていた。お客様ではなく、自分事になってくるからだ。一見、聞法とは無関係のようで、実はこうして聞かせてもらってこそ、具体的な聞法になる。しかし、このことを十分理解してる方が多くないかもしれなょか、このあたりはよくよく身にかけて聞いてもらいたい。その意味では、広島ではそのようなお育てを受けておられる方が多くおられて、率直な意見を述べておられたのが尊かった。

法話は、歎異抄「後序」を頂いた。ただ、講習会のように体系的に話すというより、ポイントを絞って、4座で頂いた。真実信心とは何か。どこに唯円さんの思いがあったのかが深まったように思えたが、このことはまたいつか、、。

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講座「仏教カウンセリングを求めて」の案内

講座「仏教カウンセリングを求めて」

■奈倉道隆先生をお迎えし、講座「仏教カウンセリングを求めて」と題したWSを企画しました。日本生まれで、独自の仏教とカウンセリグ・心理療法の統合を提唱された先哲(藤田清氏、森田療法、吉本内観法を基盤に、浄土門の実践的な仏教カウンセリングを探求します。参加者との対話、課題のロールプレイ実践も行います。初心の方も、奮ってご参加下さい。お待ちしております。終了後は会員・参加者の交流の場です。懇親会からの参加も歓迎します。合掌■

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□日 時: 6月30日(土)13時30分(13時受付)~17時

         (懇親会) 17時30分~20時頃終了

■場 所: 華光会館(075-691-5241)(近鉄十条駅徒歩1分)

   京都市南区西九条東柳ノ内町22(☎075-691-5241)

□参加費: (一般)3;000円 ・ (会員)2;000円

■懇親会: 近鉄十条駅前「來人(らいと)」(実費で4,500円程度)

□内 容: この講座では、まず先哲が開発されたカウンセリング的方法を学ぶ。『藤田清の龍樹の中観論(否定的啓発法)による目覚め』・『自身の乳児期から再出発し、あるがままを受容できる自己を再構築する森田療法』・『内観三法によって罪深く恵み多き自己に目覚める内観法』。これらを基盤として浄土門の仏教カウンセリングを探求する。
 相談では、来談者の問題解決を手伝うのでなく、問題の取り組み方を三法印に照らして改善し、三心の念仏の心【至誠心・深心・回向発願心】に依って自己改革が進むのを待つ(二種深信が中心)。如来から賜る慈悲により寄り添い傾聴するが、選択的に共感し、来談者が自灯明・法灯明で歩むのを見守る。
 参加者全員が3名の組を作り、与えられた課題でロールプレイを進める。組み合わせを変えて同じ課題でプレイする。多角的に自己を鍛錬してほしい。(奈倉)

■ご講師:奈倉道隆先生
 京都大学医学部卒。龍谷大学社会学部元教授。東海学園大学名誉教授(仏教概論・共生人間論担当)介護福祉士・老年科医師

□〆切日を過ぎましたが、まだ数名の参加が可能です。お早めにお申込み下さい。但し、懇親会は定員になり次第、締め切りますので、ご了解ください。)

■主 催:真宗カウンセリグ研究会

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『三里塚のイカロス』~VS国家権力な映画(3)

VS国家権力な映画の3本目は『三里塚のイカロス』だ。

http://www.moviola.jp/sanrizuka_icarus/

(1), (2)の映画は、裁判闘争という形で、法治国家の枠組みの中での正統な戦いであったのに対して、本作は、違法な武力闘争である。多くの若者が闘った。その純粋さ、エネルギーは凄まじいものがある。ぼくにとっても、管制塔占拠事件のテレビ映像は、強烈なニュースの一つで、いま記憶になる。

 しかし、その過程で、負傷し、一生涯、重度の障害を負ったものもあれば、死亡した者も多数いる。 その後、路線の違いから内ゲバも起こる。闘う相手は機動隊や警察官という暗黙のルールから、公団職員やキーマンとなる人を卑劣に狙う過激な暴力闘争が無差別に繰り広げていく、その過程も描かれている。

「歳月の残酷さ」ということを、いちばん強く感じた。

 たとえば、40数年前、反対派農民を支援するために、全国から学生たちが大挙押し寄せてくる。そしてその中で、地元の農民と、学生結婚した活動家の女性もかなりおられる。ういういしい20歳そこそこのかわいい姿が、還暦を過ぎた農家のおばちゃんになっている。見た目だけではない。家族(家族)はもちろん、畑や広い家を所持して、守るべきものが代わってきているのだ。

 40余年の歳月は、実に残酷である。

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地震(2)~ただ念仏のみまこと~

  ここ数日間、どこに行っても、誰に会っても、まずは地震の話題から始まる。今生の集いでも、仏法の座でも、同じことである。みんなが体験したことは同じで、「恐かった」という気持ちだ。からだで感じたことなので、言葉に勢いがある。

  それは、仕事で会う人や近所の方、カウンセリング仲間、または自力整体の教室、また法座の席でも、同じことだ。

 ところが、最後のところは少し違う。念仏者といえでも、恐かったり、逃れたかったりするのだが、それでいながら、「業は避けられないのに、(轉倒している私は)分かってないね」とか、「無常は逃れられないのに、死にたくないしかないなー」と言った内省となり、仏法の味わいとなるのだ。結局、火宅無常の世界に生きる、煩悩具足の私には、末と通った真実がないというこ。ただ念仏のみまことである。

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地震(1)~阿弥陀さまが飛び込む~

  朝、突然、大きな揺れがやってきた。

 すぐ机の下に潜った。時間にすると、20秒ほどか。案外、落ちついておれたのは、揺れが短かったからだ。長かったら、もっと恐かったかもしれない。

 すぐ母のところに行って、安否確認。事務所や廊下には、本や書類が落ちていた。2階では掛け時計が落ち、その下にあったがボットがひっくり返っていた。が、お湯は入っていなくて助かった。2階のお仏壇は大丈夫。阪神淡路大震災の時には、教室の阿弥陀さまの小指が折れた。

 直後、「聞法旅行は中止になりますか」といった気の早い方からお電話。まあ、先はわからないだが、この程度なら中止にはならない。埼玉にいた連れ合いからも電話。その後、いろいろな方からお見舞いの電話をいただく。
 全般に被害は大きくなさそうだが、震源地が高槻と聞いて、心配になる。Rちゃんのところには、生まれたばかりの赤ちゃんがいる。最初、電話は通じず、ラインなどで無事は確認できた。その後、電話もつながり、元気な声が聞けて、安堵した。とても怖く、不安だったことだろう。

 3階のお仏壇を見にいった母から、「如来さまがたいへんになっている」との連絡。急いで駆けつけると、蓮台はそのままに、、阿弥陀さまだけが、前に頭からダイビングされているではないか。扉で止まっておられたがゆっくり開扉したので、下には落ちてこられなかったのだ。幸い、傷もなく、ぼくでも復元できて、一安心。

 いつも法話では聞いていたが、ほんとうに阿弥陀さまは、からだこと飛び込んでくださっているんだなと。火宅無常の味わいのほかにも、目にもの見せて頂いた。南無阿弥陀仏

 

 

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東京支部法座~出遇い~

 今回の東京支部法座には、初めてお会いする方が複数あった。出会いの不思議を感じ、そして、その出会いでぼくの心が深く揺さぶられた。

 家庭的な不幸で深く傷ついておられた若者が、初参加くださる。生きていくこと、自身の存在事態が苦しく、ほんとうに人間に生まれた意義、このために生まれてきたものを、真摯に求め続けておられる。それを仏教の中に模索され、『仏敵』を読み、ここに座られた。浄土真宗の法座には初めてだという。真宗の教えを聞いたことのない方にも、『仏敵』の廻心体験は魅力的なのであろう。

 「阿弥陀さまが信じられない、後生や前世もわからない。信じられない者は、救われないのですか?」、そんな真摯な質問で始まった。敵対的でも、防衛的でもない。率直、自分を出して、次々と質問される。

 これに答えるのには、こちらもきれいごとやうわべのところや、単なる正解の教義をなぞるだけでなく、各人が、いま、喜んでいるところ率直に、心を開いて語っていくしかない。まさに私の信が問われているのである。

 具体的な詳細は触れられないが、結局、救われるとはどういうことかということになった。

 私は、いまの苦しみをなんとかしてもらいたいとう現世の願いしかない。しかし阿弥陀さまは、火の粉ではなく、火の元(迷いの元)を消すことを願っておられる。その意味では、仏法を聞いたとしても、どんなに苦しくても、また辛くても、誰も代わってくれない。自分が受けていかねばならない、厳然たる因果の道理をお話したら、ぼくから涙が溢れ出した。仏法が示す厳しさだ。しかしそれは決して冷たい厳しさではない。そんな私にずっと寄り添い、涙してくださている御方おられからだ。けっしてひとりではないのだ。

 しかし、それが私には信じられない。が、そんな私を信じきってくださっている方がおられる。その阿弥陀さまに出会わせていたたいだ喜びをお伝えせずにはおれなかった。何も力になれない我が身の無力さと同時に、いままさにご本願に願われている彼の姿が尊かった。

 翌日、もうひとりの初参加者から、メールをいただいた。

「生きたお念仏に接して、鳥肌がたちました」と。これまでの会では聞いたことがなかったという。しかも、すぐに同人会に入会されたのには驚いた。誰かがお誘いしたわけでも、また入会を進めたわせでもないのに、なんとも不思議なご因縁。こんな不思議な出会いもあるのだなー。

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華光誌に苦戦も、懐かしい

久しぶりに華光誌編集作業に大苦戦だ。

 急な来客、お悔やみ、そして葬儀依頼などなど、華光誌編集作業中の予定変更が続いた。しかも外注なので、2度、3度手間の編集作業にも時間を費やすことも一因で、
予定より1週間以上遅れた。。

 印刷所への原稿渡しに向けて編集作業が、朝方4時に終了。一昔前までは、徹夜での作業も珍しくなかったが、最近ではまったくなくなった。今回も、徹夜とはならなかったが、かなり焦った。深夜、ひとりで作業。うまくいかいなとイライラも募る。おかげで、父と二人、朝方まで作業を続けていた昔も思い出させてくれた。ここ10年以上は、手順にもなれ、要領よく進むようになったし、データ作製を事務員さんにお願いできるようになってからは、さらに楽になっていたからだ。おかげで、「仕事してます」感があって、朝に、印刷所に渡し終わったあとの安堵感も、久々に甦ってきた。

 ただこの後も、表紙関係(巻頭言や後記)に、折込案内、そして3度の校正が続くが、まくいくと、聞法旅行までには発送はできそうである。

 お楽しみに!

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支部長研修会~呼吸しているなー

各支部の問題点や課題を討議しあう。もちろん、事務的な相談や伝達事項もある。決定事項も重要だ。しかし、何かを決定するためるはプロセスに手間を惜しまず、大切にしてきたのが、華光の集いである。総会にしても、支部長研修会にしても、いかに意見や思いを率直に出し合える雰囲気を造るのか。その要は、よく聞くことができるのかである。その意味では、法座の座談会とまったく同じである。もちろん、効率よく進めていくことが必要な時も、決められてことに従っていく時もあるのは当然だ。しかし、時間をかけて、手間をかけ、「ああでもない」「こうでもない」と喧々諤々、話し合っていくことにも、意味はある。非効率的な話し合いの果てに、不思議なことに一筋の光明が見えてきたりするものだ。

 法座のお世話はたいへんなことだ。仕事や家庭をもちながら、献身的にお世話くださる。もちろんうれしいこともあるだろうが、しかし、うまくいくことばかりではない。困ること、腹が立つこと、うんざりする、傷つくことも多々ある。でも、単なる人集めや金儲けではない。仏さまのお仕事の万分の一からのお手伝いをさせていただいていることを、忘れてはならない。それは、私に仏法が届くまでの先達の歩みをたどられていただくことでもある。
 
 いろいろと問題点や不満が出された今回の集い。決して解決したわけでもない。それでも、ある方の発言が耳に残っている。

「華光は、生きた集いだなー。呼吸しているなー」と。

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葬儀~外護の善知識(3)

2年ぶりに葬儀の依頼。日高支部のS家のご主人が逝去された。

思い出はつきない。日高(当時は江原支部)の日曜学校の後、夜座に初めて大人の法座でお話させてもらった。大学生の時だった。未熟だった。今思うと、ほんとうに恥ずかしい法話をしている。その時にお宿がS家だったが、それ以降40年近く、ずっと日高支部の法座会場として提供してくださっている。父から数えるともう60年以上になる。会場だけでなく、お宿もしてくださるので、家族と一緒に御馳走をいただいた。Sさんは冷酒と決めておられた。晩年は、決まった銘柄のお酒を取り寄せて飲んでおられた。ご信心のことで、深く語り合ったことはない。法座も、勤行と法話が終わるとお休みにいかれた。

それでも、ぼくには外護の善知識であった。いや、ぼくだけではない。この地を訪れる方のお宿や食事を提供くださり、法座をもってくださっていた。日高支部の皆さんにといっても、多くの華光同人にとっても、外護の善知識であった。ご長男でありながら養子に入られた。ご法を第一とするS家は4名とも女性で、その末娘さんと結婚されたのだ。穏やかな性格の人で、娘さんたちも怒られたことがないといっていた。そして、常々、法の相続を願っておられた。「先生、後はよろしくお願いします」と、夕食の席では最後に必ずそう話された。

3年前、40代後半の娘さんを亡くされた。通夜で肩を落とされた姿が、まだ目に焼きついている。通夜の食事にも一切、手をつけず静かに涙を流しておられた。いくつになっても親の子に対する心は重いのだ。その後、ガクンと弱っていかれるのかわかった。倒れられて、そう長くはないかもしれないと連絡があったが、その日、かなり回復もされていた。最後にお会いしたのは、今年の3月の法座の時だ。居間でイスに座っておられた。お声がけしても、言葉は発することはできなくなっておられたが、それでも静かに目配をされて合掌して、お別れの合図を送ってくださった。

葬儀で着衣した夏の色衣と七条袈裟は、Sさんが寄進くださったものだ。七百五十回大遠忌の記念とさせていただいたのだ。あの頃のさまざまな思い出甦る。苦しい時に、快く応援くださったのが身にしみる。七条袈裟の裏にはSさんの名前が縫い付けてある。その袈裟を着衣して、Sさんの葬儀を執り行うことになった。ここでも深いご因縁。万感胸に迫る。

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聞法旅行がまもなく締め切り!

 聞法旅行が締め切ります。

 今年1月9日に五十回忌を迎えられた伊藤康善先生の『仏敵』のみ跡を訪ねると共に、大和の御旧跡を巡る旅です。野口道場の参拝もこれが最後になるかもしれません。

京都の興正寺本山から、龍谷大学の大宮学舍を経て、奈良へ。野口道場の佇まいは『仏敵』の世界そのもの。小さな前庭の堀尾ヨシ様のお墓にもお参り。野口道場の参拝もこれが最後になるかもしれません。 「當専寺」には増井先生の「華光道場」の揮毫(きごう)も鮮やかです。伊藤先生のお墓にも参拝します。

2日目は、『歎異抄』の著者唯円房の墓所「立興寺」、存覚上人御開基の「願行寺」、さらに蓮如上人との糸車でのやりとりでも有名な大和の了妙尼師の「金台寺」にもお参りします。
例年、充実した内容に、参加者の皆様から喜びの声を頂戴しています。個人参拝が難しいところも多くあります。

 まだ定員には達しておりませんので、5名ほどなら大丈夫です。いますぐお申し込みを!

http://keko-kai.la.coocan.jp/event/2018/detail/07/monpou.ryoko2017-7.htm

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僧・俗一丸~ 通夜にて(2)

 お通夜はとても温かいものだった。僧侶だけでも、50~60名の参列があった。音楽や文化などの芸術を愛した前住職のお人柄か、勤行も、「いまささぐ」仏教讃歌から始まり、「み仏に抱かれて」で終わった。

 ご法話は、北九州市の外松太恵子先生だったのには、驚いた。偶然、昼間に開催された兵庫教区の会合のご講師としてこの地におられて、夜には先生を囲む会が予定されていた。ただひとり喪服ではない、華やかなスーツであったことからも、ほんとうに急な法話依頼だったようだ。この後、ご住職のすばらしいご挨拶があって、すべてもっていかれた感はあったが、たくさんの僧侶が参列する中で、在家の先生のご法話(感話)を拝聴するのだから、ユニークな通夜である。

 しかしそれもいい。浄土真宗は、僧俗の別のない聞法集団であり、伝道集団である。僧侶だけで、真実を知っているのでも、伝えるのでもない。僧・俗一丸となって、まことを喜ぶものが伝えていけばいいのである。

Img_6856 おかげで、通夜が終わってから、親睦会にもでることができた。「外松先生を囲む会」がこんな形となった。先生とは、西光寺の七五〇回忌法要でのシンポジウム以来である。多忙な中、喪主のご住職も駆けつけて下さる。
 皆さん、忌憚なく話されている。明日は、火葬場で「燃えろよ~ 燃えろよ~ 炎をよ燃えろ~ 火の粉をまきあげ、天までこがせ~」と唄えばいいと、軽口まででる。父が亡くなってときの通夜振る舞いの雰囲気と同じである。こんな形で、故人を偲び、それぞれのありようでお見送りをされているのだろう。南無阿弥陀仏

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燃えろよ~ 燃えろよ~ 通夜にて(1)

 「燃えろよ~ 燃えろよ~ 炎をよ燃えろ~
  火の粉をまきあげ、天までこがせ~」

Img_6845 喪主のご住職のご挨拶は、この歌から始まった。とぎれとぎれに声を詰まらせ、涙ぐまれる。仲間の皆さんも泣いておられる。これまで聞いた葬儀のご挨拶の中でも、印象深いものの一つであった。

Img_6849 仏青研修会が終わって、すぐにお悔やみに向かった。毎年、講師でお邪魔している山崎町のお寺である。連れ合いも長年、お世話になっている。前住職さんがご往生された。晩年のことしかしらない。それでも、毎日、講師部屋にこられて、日曜学校活動や趣味のカメラのことをお話くださった。父と大学で同級生(面識がなかった)であったこともあって、その時代の話をすると、うれしそうにいろいろと教えてくださった。ハーモニカーやオImg_6853ルガンを披露してくださったこともある。なんでも、華光でも行っている、追跡ハイキイグの礎をこのグループの皆さんが造られたと聞いている。初期段階のボーイスカウトの研修にでた父が、そこで習得したものである。それが、息子さん世代にも受け継がれ、また発展しているのである。この唄は、何度もキャンプファイヤーで歌われてきたのだろう。

 ご住職の心温まるご挨拶は、お父様を通して触れられた、南無阿弥陀仏のお心についてお取り次ぎくださったご法話となっていた。感動的だった。

 

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新鮮だった仏青研修会

 初夏の仏青研修会。今年は、華光会館である。

 昨年秋の仏青大会に比べると、急にメンバーが一新されてフレッシュになった。昨年までの停滞した「お嘆き」ムードはどこへやらである。学生を中心の20代前半の、本当の意味での仏青である。子供大会出身者に、他会の出身者、それ以外の参加者もある。初めての仏青という方も多かった。

 たったひとりでもいいのだ。真摯にご法に向き合う人がでれば、それだけでも雰囲気は生まれ変わる。いまその手本となるものがいないが、逆にいえば、大きなチャンスである。自分がそうなればいいのである。

 ぼくが学生のころだ。父が、よく「火中の鉄です。打ってください」と、紹介していたことを思いです。「鉄は熱い内に打て」、そのときはその真意はよく分からなかった。強く強く叩いてもらう。メソメソ泣き言ばかりでは、誰も寄りつかない。

 ならば、若いうちから、途半端に喜んでいては勿体ない。いまこそ、ご法を深めてもらいたい。座談での聞き方や伝え方も、他者との関わりなども、体験的に学んでもらいたい。小さな喜びに止めないで、切磋琢磨して、一層、輝いてもらいたいのだ。いくら学んでも学び足りないものが、ここにはあるとの自負はあるのだ。

 どうやら、若い熱心な人達を前に一番刺激をもらったのは、ぼくのようだ。

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アメリカ同人の来館

 朝、コーヒーを淹れていたら、「アメリカのヘンリーさんです」との内線連絡。「電話?」と聞き返す。「今、道場でお待ちです」と。アメリカから急な来客に、びっくりである。ちょうど一年前はアリメカ布教に最中だった。そのときはお会い出来なかった。そのことを告げると、残念ながら訪米のことはご存じなかったようだ。

 来館の一つは、悟朗先生のお悔やみである。遅くなったと頭を下げられた。共に、勤行をさせていただいく。

 悟朗先生のお育て一筋で、聴聞されてきた。アメリカの同人は、仏縁ある日系の方と結婚されご縁を結ばれるという方が多いが、彼女の場合はまた違う。ご主人は白人で、真宗とはなんの縁もない。しかし、不思議なことにフレスノの川手家とのご縁がつながってきた。その主人は享年52歳でお亡くなりになった。そして、昨年12月にご長男が急死されたという。まだ42歳という若さだ。共に突然の病死だったという。だが、聴聞が徹底されている。無常の理をしっかりと受け止めておられる。涙はあったが、いくら後悔していももう戻れないことを受け止めておられる姿は、尊かった。
Img_6806 
 ただせっかくの仏法の喜びを、自分のところにで止めてしまったことを懺悔された。とてもやさしい、すばらしい息子さんだという。実は、ぼくも初めての訪米の時には、まだ子供だった彼とも会っていImg_6803る。いつかはきっとご縁があるだろう。いつかは話をしようと思っていたが、急逝された。「いつかは」がなかったのてある。まさに、仏説まことを痛感されている。ならば、Img_6814残された娘さんにはなんとか仏縁を結びたいのだと。それで、アメリカ同行で、英語で仏法を話してくたざる方を求めてやってこられたのだ。もちろん、うってつけの人がおられる。まずは、導入からである。

 Img_6820せっかく来館なので、お昼をご一緒してから、ご本山をご案内する。何度か会館にはおいでになっても、京都見物などしたことはないという。それで、西本願寺も初めてだといわれたので、御影堂や阿弥陀堂に、国宝の唐門、そして龍谷大学にも足を延ばした。もうしばらく日本なので、今月の東京支部法座でお会いすることになった。法座でのご縁は楽しみだ。

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