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2018年5月の9件の記事

集落の中心に信仰

Img_6620休憩時間、お寺の周りを散策する。

山合いの集落、山があり、河があり、のどかな風景が広がり、美しい。
Img_6607当然、コンビニも、お店も、自販機もない。信号機もないのである。
Img_6610しかし、集落の中心は信仰がある。

そこかしこに石碑や石仏が点在している。

中央の小高い地に、神社があった。

Img_6611その向いにおImg_6629寺。真宗大谷派の寺院である。

ここを散策中に、古老に出会った。この村の中心はお寺に隣接する毘沙門さまだという。なんでも、応仁のImg_6632乱のころ、赤松氏ゆかりImg_6637毘沙門さまをImg_6641お祀りすることから、この集落が始ったという。寺院の横に、数段の石垣の上のお堂が毘沙門堂。残念ながら扉は閉まっていた。ここはお東のお寺が収めているという。Img_6650

Img_6673 そしてもう一つが、本願寺派の法林寺である。

 500有余年の歴史がある古刹だ。毘沙門堂の話をすると、「こちらは、阿弥陀堂を預かっています」とのことだ。クネクネした細い集落の道を入っていくと、阿弥陀堂があった。今は公民館として使われているようだImg_6696が、ここの阿弥陀さまは、坐像だという。かなりの歴史があるようだ。

小さな山間の集落だが、何百年も篤い信仰と共にあったことがよくわかる。法林寺も、小振りImg_6657ながらも風格のあるお寺なのも、その所以であろう。単なる建物の相続ではなく、そこに信心の喜びの相続があったことだと思われる。これからは何かと難しい課題もあるだろうが、形式だけでなく、ご信心の相続もしていただきいものだと、そんな内容のご法話は最後に付け加えた。
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  ≪榊の阿弥陀堂↑≫ 
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≪ちょっとバランスの悪いドラえもん像↑≫ 

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寺院布教~光顔巍々~

Img_67165年ぶりに法林寺法座にお招きいただく。

最近、寺院布教では、お参りの皆さんと距離が気になっていた。対人的な意味ではなく、ご法に関する距離で、なんとなく寂しく感じることが多かったからだ。

Img_6674でも、今回は、そこはあまり気にせずに、お伝えしたいこと、自分が感じていることも遠慮なくお話することにした。大きなテーマはもっていったが、それに固執せず、その場の雰囲気や発言Img_6689_2に触発されたところでお取り次ぎさせていただいた。結局、3座を通じて、聴聞の要とImg_6709いったテーマではなかったか。

夜座の半分は座談会にしImg_6660た。懇親会も、檀家さんが中心に残ってくださった。皆さん、以前のこともよく覚えてくださっていて、遅くまでいろいろとお話してくださった。その中で、何名の方が、「先生、お話の雰囲気が変わりましたね」と言ってくださった。ご住職からも同じようなことを聞いていた。

Img_6692「そうですか。実は、先日も、(ぎぎ)としておられました、言っていただきましたが、、」と返答すると、

Img_6688ええ。なんか頭の感じが変わられましたね」。

はーあ 見たままの雰囲気なのね。そんなオチいらないです。

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仏書に親しむ会 ~二つのカサ~

「二つのカサ」を読む。二つのカサとは、

 まず一つは、「法をカサ」にきる。仏法は尊いのだと、そこへ腰を据えて、間違いがないんだと、のしかかってお話をする。いかにも知ったかぶり、受け売りは誰もがやりたい。医者は、一つ間違ったら患者の命取りになるから受け売りはしない。シロウトは、ちょっと自分の病気が治ったら、この薬や健康器をとすぐ人に勧めたがる。

 二番目は、「これは教義や知識で言ってるのと違って、わたしが体験したことだ」と、「体験をカサ」にきる。自分の通った道、その枠に相手をはめていこうとする。自分の体験を絶対視していく。
 
 でも、ご法は、どこまでも自身の往生で貫いていく。自信教人信といっても、まず自信が大切。その自信が教人信に転じても、やっぱり自分に聞かせてもらう。そこが抜けると、知ったかぶりの評論家になってしまう。

 また、自分にとっては絶対的な体験も、救っていただいた他力廻向の世界。それをありがたく頂戴するしかない。私と仏様の語り合いの世界に立ち帰ったなら、人に言わずにおれんわけだが、それすらも頂きもの。そこに立つことが、私が聞かせてもらう道ではないか。

 でも、ついついご法だけでなく、親が子供に言う時でも、自分の経験やあるいは育ててきたんだというところから話をしてしまう。でも子供はそういう説得調は大嫌いで、「うるさい」とはねつける。本当は、子供を通して、親が育てられねばならない。

 カサをはぎ取られたら、最後に私には何が残るのか。いよいよ哀れな自分しかないなあ、ええ格好をしておっても、全部はぎとられて、裸になって出掛けて行く後生しかないなあと味合わせてもらう。だから、人さまにお話をさせてもらうのも、今度は自分に聞かせてもらうという、行って帰るべき道、そんな回路をもらうことが大切だと。

   そんな要旨だった。

   それぞれ内省される方が多かった中で、Mさん(ご主人の方)がぽつりと言われた。

「わしは、体験も、法も、難しことも知らんので、かぶるカサがある方がうらやましいわ」と。
 

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誕生

5月5日の朝、姪っ子のRちゃんに待望の男の子が生まれた。母には初の曾孫である。母には孫が4名いるが、すべて女の子なのだか、最初の曾孫は男の子となった。

高槻の産婦人科病院に、母を連れてお祝いにかけつけた。

この娑婆に生を受けて丸3日間が過ぎたところでの初々しいいのちを抱かせてもらった。体重は3100g。こんなに小さかったかなというのが、率直な感想だ。でも、小さないのちも、ずっしりと重いいのちには代わりはない。永い永い迷いの打ち止めのためにこのいのちを頂いたのである。仏の子になるように育ってもらいたいなー。

 

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広島支部法座~釈迦微笑の素懐~

 聖典講座の翌日だったでの「王舎城の悲劇」の韋提希夫人の救済を中心にしたご法話。愚痴の女人、凡夫とは誰の姿なのかを頂いた。またそれがどのような態度で釋尊が臨まれ、救われていくのかを頂いた。

 山本仏骨和上の教説より窺うと、

父王「頻婆娑羅大王」は 貪欲によって人を殺す
息子「阿闍世太子」は、 愼恚によって人を殺す
妃の「韋提希夫人」は、 愚痴に惑って悲嘆する
釋尊の従兄弟「提婆達多」は、五逆謗法を以て仏に反逆する
とあった。

そこには出でいないが、このドラマのディレクターは釋尊であろう。そうなると、阿弥陀さまはプロデューサーということか。しかし、ディレクターである釋尊は、またドラマの重要な出演者でもある。苦悩の衆生に対して釋尊は救いのみ手を差し出していかれるのである。それも、それはまず説法ではなく、光明によってのご教化が最初なのだ。

ところで、親鸞さまは「清浄歓喜智慧光」と『正信偈』で述べられているが、これは阿弥陀さまの十二光のうち、清浄光、歓喜光、智慧光である。清浄光は貪欲を、歓喜光は愼恚を、智慧光は愚痴を破っていく光明である。それと同様に、釋尊も光明によって三毒の衆生を救っておられる。

釋尊が「即便微笑」されて御口より放たれた五色の光が、貪欲の頻婆娑羅王を救った。
また、釋尊が月愛三昧に入った光明で、愼恚の阿闍世太子の病を癒していった(涅槃経)。
また、愚痴の韋提希夫人に対しては、その溢れる悲嘆と愚痴の間、沈黙しながら、神々しい光の姿でお聞きになり、そして「清浄の業処」に生まれることを願った韋提希に、眉間の白毫より金色の光を放たれ、数限りない諸仏方の浄土を示されていくることになある(光台現国)。

愚痴とは、無明である。因果の道理をわきまえないことである。冒頭、韋提希は、悲劇のヒロインとして悲泣し、問題を責任転嫁しているだげある。その愚痴を破っは、如来の光明であった。「智慧の光明はかりはし」。如来の光明は智慧である。智慧の光こそが、衆生の愚痴、無明を破るのであった。そのおかげで、釋尊に誘引されて、韋提希は、弥陀の浄土に往生する道を選ばれるのである。終始、沈黙された釋尊が微笑みをもって答えていかれる。釈迦微笑の素懐は、極重悪人こそをお目当てである弥陀の本願を説く時がやってきたのである。

「達多(提婆達多)・闍世(阿闍世)の悪逆によりて、釈迦微笑の素懐を彰す。韋提別選の正意によりて、弥陀大悲の本願を開闡す」

 

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5月の聖典講座~愚痴の凡夫~

『観経』の序分、中でも発起序は『観経』の性格を示す重要な箇所で、善導様は『観経』が説かれる縁を七節(「発起序七縁」)に分けられた。「王舎城の悲劇」が韋提希夫人の救済を中心に述べられているのだが、今回は、そのうち「厭苦縁」「欣浄縁」と「散善顕行縁」の一部を窺った。いよいよ愚痴の凡夫の代表、韋提希夫人の苦悩を機縁にして、弥陀の本願が、誰をお目当てに建てられたのかが明らかになってくるのである。

 厭苦縁【四】とは、韋提希夫人が、苦しみ、悲しみの穢土を厭(いう)う段である。
 幽閉され、愁憂憔悴(しょううしょうすい)した韋提希夫人が、涙ながらに(悲泣雨涙)仏弟子を遣わすことを遥か耆闍崛山を望んで要請される。そのやるさない思いを知った釋尊は、目連・阿難の二尊者を遣わすだけでなく、自らも「耆闍崛山より没して王宮に出でたもう」のである。韋提希が頭を上げるいなや、神々しい釋尊のお姿をあったのだ。その釋尊のお姿に接した韋提希は、「自ら瓔珞を断ち、身を挙げて地を投げ号泣し」して、愚痴のありったけを述べるのであった。

 続く、欣浄縁【五】は、韋提希夫人が、苦の世界、穢土を厭うた後に、浄土を欣(ねが)う段だ。
 釋尊に愚痴をぶつけた韋提希は、「わがために広く憂悩なき処を説きたまえ、われまさに往生すべし」と述べ、さらに娑婆の厭うべき姿を語り、「清浄の業処」に生まれることを願った。その願いを聞き終えて釋尊は、眉間の白毫より金色の光を放たれ、数限りない諸仏方の浄土を示される(光台現国)。数々の仏国土の中から、韋提希は、阿弥陀様の極楽浄土に生まれることを願われたのである。

 散善顕行縁の前半【六】だけを頂いたが、韋提希の別選により釋尊の説法が始まるのであるが、それに先立って頻婆娑羅王を光明で救う段である。
 韋提希が弥陀の極楽浄土を願われたことで、釋尊は「即便微笑」されて、御口より五色の光を出すと、その光が頻婆娑羅王を照らした。すると、王は、なんの煩いもなく釋尊を拝することができ、自然に阿那含(小乗の在家者の悟りの境地)に至ったのである。

 ここに至って、それまで沈黙され、ただ光明で応じられていた釋尊が口を開いてのご説法が始まるのである。
 しかも、その第一声が「阿弥陀仏、此を去ること遠からず」というものであった。

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事故

深夜、緊急車両が次々と通る。すぐ近くに、警察署と消防署があるので、深夜に緊急車両が通ることは珍しくない。

 ところが、今夜は違った。熟睡していたが目が覚めた。パトカーや救急車の他に、消防車もImg_6554走っている、すぐ近くで止まっているように聞こえるのだ。連れ合いも窓から覗いている。いちばん気になったのは消防車が何台も来たことだ。

 連れ合いがパジャマ姿まま外に出る。ぼくも出かけたが、寒くて少Img_6558し着込む。リカマンが赤く染まっている。後で、消防車の赤色灯だと分かったが、そのときは少し不安になった。火事が心配たった。今夜は、風がかなり強かった。

 十条通には、消防車、救急車、パトカーなど10台以上が集結してImg_6556いたが、火事ではかった。乗用車が横転していたのだ。右折時のスピードを出しすぎか、それもと対向車を避けようとしたのか分からないが、とにかくに横転した車に消防車からのホースが向けられていに。車からの出火を心配していたようだ。火事の心配がなくなったら、あとは野次馬根性が出てくる。どうやら救出作業が進んでいるようなので、しばらく作業を見ていた。がなかなか進展しない。風が強く寒くなってきて、戻ることにした。野次馬根性も、寒さにはかないませんでした。

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陶器市

 Img_6522聖典講座から寺院布教、永代経と、GM前半戦は多忙だったが、どうにか乗り越えられた。後半は少し間があいて、最後に5月の聖典講座、広島支部と続いてく。その間に、後片付けや次の聖典講座Img_6545の準備もあるが、事務所の皆さん長期休暇に入った。遠出は無理だったが、半日だけ、連れ合いが一人で出かける予定の陶器市に一緒にImg_6513行くことになった。

 GM中、高速道路は混んでいた。倍近い時間がかかる。陶器の有名な信楽の町中も混んでいた。でも信楽は素通りして、お目当てはお隣の伊賀焼の長谷園である。Img_6519ぼくは、数年前まで、身近に陶芸家の知り合いがImg_6536多かったのだが、あまり興味がなかったので、伊賀焼も初めて知った。山間の小さな集落だが大きな規模Img_6515で開催されていて、次々と車が入ってくる。一昨年も来ている連れ合いの話では、小さな陶器市のように聞いていたが、すごく盛況である。

https://www.igamono.co.jp/kamadashi/index.html

Img_6527Img_6530 窯出しなので、市価の半額で売られている。

器の買い物だけなく、登り窯を観たり、美術館を観る感覚で陶器を観たりした。ぼくImg_6539は買う気はない。が、連れい合いは、いろいろと目星をつけて真剣に見ている。掘り出し物のなかでも、毎日の生活の中で使えるものを探している。実用的だが、大量生産品にない何かを求めているのだ。その意味では、賢い買い物をしてるようだ。

 どやから満足いく成果があったようで、さっそく今夜から食卓を飾ることになった。器が変わると、いつものおかでも、ごちそうに見えるのだから、大した物である。
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永代経法要~仏様の大芝居に参加する~

今年は日高支部がお当番。少数精鋭で頑張ってくださった。おかげでいいご法座となった。法座は、講師だけが頑張ってもダメだ。まず、運営をしたり、裏方で支える世話人の頑張りが大きい。お客さんばかりではダメなのである。さらには参詣の皆さんの熱情も大きく影響する。食い下がってでも聞く人がいると、話す方も力が入る。その意味では、真摯に法を求める方がおられることが、法座の生命線でもある。そして、信一念の覚悟の華鮮やかさも尊いが、信の相続もまた尊いのである。どうしても「聞いた」で卒業顔ばかりでは、法座が停滞してしまう。

その意味で今回の法座はよかった。先生方のご法話もそうだが、信仰体験発表の3名のお同行方の話がすばらしかった。ただよかったというのではなく、法への情熱を呼び起こす力があった。それは、ぼくだけでなく若手の講師方にも伝播していたのもよく分かった。

おかげで、その夜の懇親会は尊かった。20代の若い女性陣が真剣に法を聞こうとする。それに対して、しっかりと法を伝えたいという方もある。しかし、あわてる必要はない。相手の機を観ることも大切で、「欲しい、欲しい」に乗じるだけなら、つまならない喜びをつかませてしまう恐れがあるのだ。法を伝えるとは、相手を変えることではない。むしろ、変わらない自分を聞いてもらうことに意味がある。そこにほんとうにぶつかり涙したものだけが、ご法に出会えるのである。何か(大半の有り難いもの)をつかむのでも、無理強いの必要もない。お念仏だって強要する必要もない。絶対に聞けない自分に出会ったら、その機を逃さず、仏さまにぶつかって聞けばいいだけである。すると必要な方が必要な形で動いてくださるものだ。

今夜は、まさにそんなドラマが起こり、ある若い女性に本願が徹したようだ。

「私はもう聞けません。どうしたらいいのか分からない」と、泣き崩れて彼女はやってきた。ぼくには何もする力はない。ここは阿弥陀さまに相談する方しかないのである。それを促す。ただ機(人も時も)を逃さなかったら、次々と芝居のように出演者が現われてくださった。キーパーソンになった人もあれば、脇役もいた。また道化役もいた。そんな人達が、必要なことを必要なだけ働きかけてくださるのである。なかでも、親が子を拝んで頼む姿は、尊かった。まさに南無阿弥陀仏の姿を、凡夫が体現してくださったのである。しかし、彼女はいった。「いまの心のまま称えても嘘です」。「それは逆だ」とぼくはいった。「どこまでも私は嘘しかない。阿弥陀さままことしかない。私の心はどこまでも嘘。それが本当になって称えるのではなく、南無阿弥陀仏がまことなのだ」と。そんな言葉が届く時には届くのである。

虚仮不実の口から、真実の南無阿弥陀仏が止めどなく溢れ出した。一言も、お念仏を勧めなくても、自然と現われてくださる仕組みがここにはあるのだ。無理なく仏法が躍動する。皆さんも笑顔でお念仏されている。こんな大芝居の場に合わせてもらうことはなかなかない。南無阿弥陀仏

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