アルゼンチン映画『笑う故郷』
久々に映画館でトラブルに遭遇した。
これまでも、落雷で上映が中断したり、映写機トラベルで何度も止まったり、痴漢が上映中に逃げ出したり、突然、大声で携帯電話で話す人(浮浪者風)と揉めたり、まあいろいろなことがあったが、すべて上映が始まってからのこと。
朝10時前、京都みなみ会館に行くと、上映5分前なのに、皆さん、ロビーで本などを読んでいる。どうもおかしいと思っていると、映写機が故障し修理中だという。結局、15分たっても直らず、今回は中止となった。集まった人には招待券が配られたが、せっかく時間を作ったのにがっかりだ。
映画は、アルゼンチンの『笑う故郷』。朝の1回切りで、2日間で上映終了。もともとは観る観ない半々の映画だったに、こうなると無性にみたくなる。観なかったら後悔しそうな気分。というわけで翌日は、予定変更してリベンジすることにした。
まあ、これが予想以上に面白くて、なかなかの秀作で、ホッとした。2度も来て駄作だったら、がっかり二乗のところである。
さて映画の感想である。
皮肉屋で、権威に対し媚びない気難しい作家が、ノーベル賞を受賞する。タキシードや国王の礼拝を拒みも、演説もノーベル賞受賞が、芸術家としての汚点であるかのような皮肉な内容。それでも、世界的な有名人となり、作品は世界各地でベストセラー。大豪邸に住み、世界中から舞い込む講演や叙勲、政府や王室からの誘いを断る毎日が続く。そんな中で、捨てたはずのアルゼンチの田舎町から、名誉市民の授与式の知らせが届く。
故郷の田舎町に帰って、大歓迎を受けるのだが、小さな田舎町。彼の幼なじみや元恋人、若い熱烈な女性ファンの誘惑、嫌がらやなどなど、小さなトラブルが次々と起る。
ここでの人間の心理描写が秀逸なのだ。世界的セレブで富豪でもある彼に対する羨望、嫉妬、嫌悪、憧れに、名声を利用しようとする政治家など。作家本人にしても、ある意味滑稽である。閉鎖的な町の因習から逃げ出しながらも、その空気が常に作品に影響を及ぼしている意味を、彼自身はどこまで気付いているのか。最初は、ノスタルジー、郷愁の思いであったのに、傲慢で、粗野な本性が出てくる。成功者としてのうぬぼれや特権的な態度が現れてくる。観客は、誰に共感するのか。彼なのか、元恋人なのか、それとも屈折した感情を滲ます同級生の男なのか、または名声欲しさの市長や逆恨みする町のヤクザ者なのか。誰の心理も、皆、観るものの深層心理である。そんな感情が渦巻く描写がうまく、そして、最後に予期せぬ悲劇が待っている。このサスペンス感もいい。
そしてラストへと続く展開の意外性も面白い。
彼の新作は、「名誉市民」(これが映画の原題でもある)。この話は、すべては小説の題材だったのか。彼の記者に示す傷跡と、それを観るものに委ねたラストが面白かった。
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