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2018年2月の14件の記事

運転免許更新

 運転免許の更新。無事故無違反だったので、ゴールド免許である。

 今回から、優良ドライバーの特典で、京都駅前のビルで更新が受けられるようになった。

Img_5294 ヨドバシカメラの駐輪場に、自転車をおいたが、隣のビルである。昔の七条署で、場所はよくよく分かっていた。ところが、入り口がわからない。実際は、すぐ目の前なのだが、あまりにきれいで、ホテルの入り口だと思って通り過ぎてしまったのだ。

 Img_5296実は、そのホテルの入口から入っていくのだった。警察署のビルの2階から上をホテルとして賃貸している。だから、いろいろとお店も入っていて、従来の薄暗い建物とは、雲泥の差である。しかも、オートマテックに進んでいくので、20分の講習も含めて40分ほどで終了した。

 でもね、安全協会の活動に協力したら、粗品で、暗闇にライトで「光るお守り」がついていた。ちゃんと、神社での祈祷だという。いや、次回から、宗教上の都合で協力はお断りすることにしよう。
 
 でも、5年先、どうなっているのでしょうか。

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抜歯~親知らず(2)~

 今度は、連れ合いが親知らずを抜く番がきた。

 ぼくの時は、2本同時だったが、彼女は1本だけである。それだけたいへんなので、抜歯前から「必ず腫れます。その後、青アザになって、最後は黄色くなります」という説明があったという。

 帰宅時の感じは、ぼくとは大差はないように思えた。

 が、そこからまったく違った。

 痛くて食事が食べられないという。ぼくが、散々、彼女に脅されいたとおりに、彼女本人がなったのである。

 翌朝も鈍痛が続く、抜いたところがどんどん腫れてきた。「大丈夫?、可哀相に」と慰めたが、「眼が笑ってる!」と叱れた。「すみません」。実は、眼だけではなく、顔をみるたびに、口元が、にやけてくるのだ。まるで「こぶとり爺さん」、いやいや「こぶとり婆さん」になっているからだ。さすがに本人もマスクを着用しだしたが、しばらく痛みで食事はノドを通られない様子だ。

 かなり腫れが続いたが、その後は、どんどん青アザになってきた。まるで、拳で殴られたかのようだ。打撲での内出血なのであろう。出会った人には、「DVに遭って…」と冗談で言っていたが、「ああ、AVですか」と間違う人がでた。いやいや妙な趣味はない。「AVではなく、DVです」と訂正していた。

 1週間たっても状態はあまり変わりなかったが、その後、徐々に色が薄らいぎ、青から黄色になって、2週間ほどでやっと収まった。

 でも悪いことばかりではない。その間、小食だった分、ダイエット効果は抜群で、体重面で逆転されてしまった。まあ、やっと「お酒がおいしい」と、いつもの調子に戻ってきたので、またすぐにもとに戻るだろう。
 
 からかわれた分、散々、笑っていたが、3月に入ると、再びぼくの番がやってくる。今度は右側の上下2本。前回のことで、あまり不安はなかたっのだが、連れ合いの姿をみると、嫌な気分になってしまった。

 そして下旬には、最後に彼女の番がやってくるという塩梅。

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講習会~歎異抄(5)~

歎異抄の講習会も、5年目となる。今年は最終回。「後序」と「流罪記録」を、2日間で頂くことになっている。

最初の頃のレジュメは語句の解説は省いていたが、3回目から重要な語句も載せるようになり、プリントや資料が増えてきた。通算プリント№も84まできた。最初からやっていたら、確実に100枚を超えていただろう。

復習の意味で総説を窺い、「後序」4段に分けて、最後に「流罪記録」を頂くことにしたが、文章量に比べて、内容があって、最後は、かなり飛ばしての講義になったてしまった。

これでま何度も歎異抄を読んできた。大学でも、父の講義も、また仏青でも、月例会で2度読み、総括で合宿をして改めて2度読んだ。でも、しっかり自分で講義をし、しかもただ一方的ではなくて、皆さんに問いかける方式をとってきたのだが、

今回は、後序を読んで、「歎異抄」が「歎異」抄と言われる所以が、改めて身に迫ってきた。今回、これまでどうしても前半の聖語篇(10章)が大切で、それに比べると、軽く見られがちな後半の歎異篇(8章)こそが、唯円房がもっとも伝えたかった本書の要であり、また聖人のおこころにかなう、正意の真宗安心とは何かが明らかになると共に、その難しさ、または偏りの心情を味わうことのできる大切な章であることを知らされたのだ。

また、唯円房の心情が色濃くでる「後序」を通じても同じことである。

詳細は、これからいろいろなところで述べることになろうが、最後に、これまで付け足しのように思っていた「流罪記録」を少し丁寧に読ませてもらうことができたのが、今回の、収穫の一つである。ただ時間がなくて、ここは走ってしまったのが残念である。ほんとうは、横曽根門徒系に残る「血脈文書」の「流罪記録」との比較から、附加された意味を考え、最後に、『化身土巻』の後序にある親鸞聖人のご文との違いを、十分味わいたかった。聖人の文章にあって、歎異抄にないものはなにか。逆に、歎異抄にあって、聖人が触れておられないものはどこか。それを見るだけでも、親鸞聖人のお心と、門弟である唯円房との違いがよくよく味わえるのだ。

とにかく自分のためにあった講習会だった。

追記:昨年の歎異抄(4)第15章~第18章の講話CDが完成!
詳細なブリントで、8枚組のCDです。華光会館までお問い合わせください。

今年のものは、これから作製されます。

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谷書店

 連日、講習会に向けた勉強を始めている。準備は大変だけでも、同時に面白い。

Img_5173 テキストの購入のために、七条堀川の角にある「谷書店」へ。手許にたくさんの歎異抄の解説書がある。それでも、昨年はここで講義本(安良岡康作先生の詳細な解説書と、暁烏敏と曽我量深両師の講本)を購入した。実際は十分なのだが、気になるものがあったので、今年も1冊だけ購入することにした。

 華光会と名乗ると、奥さまはびっくりされて、いろいろなお話を始められた。実は、昨年も同じことがあって、「ヤマザキイズム」の話題で盛り上がったので、それは驚かなかった。

 それより驚いたのが、「いま、この本を読んでいます」と、机の上に『親指のふし』があったことだ。「この本は、なかなか前に進まないんですね。少し読んでは、考えさせられ考えさせられですか」というから、いい加減な読み方でなはい。

 とうとう奥からご主人まで呼んで来られて、「息子さんだそうです」と紹介までしてくださる。さらに、法話集の続きはないのかと尋ねられたので、「念仏の雄叫び」などをお勧めした。

 まだまだ話したそうだったが、次の予定もあったでのお別れした。次回は、華光誌を持参してみよう。

 

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連休の東京支部法座

Img_5284 結婚式の翌日は、東京支部法座。

 天気はいいが、富士山は、全体がなかなか拝めない。それで冬場は、一層に、雪に覆われたところは、きれいに見えている。

Img_5285 今日のお昼は、姉からもらった安納芋をいただく。蜜たっぷりで、甘くてうまかった。

 東京では、皆さん、口々大雪の話題だ。もう何週間も立っているのに、都内の町中にの日陰には、まだ雪が残っていた。

 今回のテーマは、リクエストがあった「念仏と黙想と語らいの集い」Img_5290を、一座だけ体験的に行った。いろいろと課題はあったが、とてもよかったのではないか。わが身をかけている分、座談の語らいがとても活発だった。

Img_5291_2 翌日は、「身」で聞くということ。最近のテーマである。

 新人はおられなかったが、連休中ということで、お参りは多かった。距離が出来ていた方が、お久しぶりに参加くださってうれしかった。

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華燭の典

Img_5175 姪っ子の結婚式がある。

 挙式は、西本願寺「安穏殿」という専用式場だ。厳かな雰囲気ある。生の雅楽演奏も入り、司婚者の導師の態度もお声も、堂々として立派なもので、感動的。本当なら、今日、ぼくも熊本のお寺でこのImg_5184お役をやっていたのだなーと考えると、ちょっと感慨深い。法話はなくて、祝辞という形で、一言くださった。いかに、人身が受け難いものであるかのを、覚如様の御文をとしていただく。そんな中で夫婦の縁を結び、共にお念仏の中でいかされていることの不思議さ。そして、どうか「お念仏と共に、ご夫婦、力を合わせて、強く明るく生き抜いてください」というふうに結ばれた。うーん、ひねくれもののImg_5188ぼくには、いつも最後の「強く明るく生き抜く」がひっかかる。真宗の教えが、生活信条になり、単なるきれいごとの生き方になってはいないか。いつものひっかかりだが、まあ今日はこの程度で、とにかくすばらしい式だった。

Img_5210 そのあと、親鸞聖人の御前で、新郎新婦の記念焼香と撮影会。周りの参拝の方々まで、盛んにスマホやデジカメのシャッターを切っておられたのが、おかしかった。

 国宝の鴻の間で、記念撮影まである。こちらはぼくたちは一切、撮影禁止だったが、とても厳かの場所での記念にある撮影となった。

だいたいの流れはこんな感じ→
https://ameblo.jp/irohakyoto/entry-11777615176.html

 Img_5213隣のホテルに移って、身内だけでの披露宴。乾杯のときの祝辞で、ぼくなりに念仏者の無碍の一道をお二人のはなむけに送られていただいた。

 「独り生まれ、独り死ぬの人生の実相。「人生は苦なり」ともお釈迦さまは仰った。その人生は何のためにあるのか。たまたま深い縁で、夫婦の絆を結んだのも、お念仏を申すめた。法然聖人が仰ったように、「ひとりでいるほうが念仏申せるのなら、ひとり念仏せよ。もし、結婚して念仏申せるのなら、結婚して念仏せよ」と。それは、子育てでも、仕事でも、すべてこの世のことはお念仏を申すためにあるのだと。でも、それを貫くことは、けっして易しくはない。特に、いまの世の中、念仏者として生きることは、マイノリティーである。でも、例え少数派であっても、また世間から無視されたり、バカにされることがあっても、その念仏の道を貫いていかせてもらいたい。今日のご縁もそのためにあるのだと。

 若いお二人のためにというより、自分に向けた言葉なのだろう。南無阿弥陀仏。

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真宗大谷派九条の会「差別する心 向き合っていますか?」

 真宗大谷派九条の会の全国大会に出席する。

Img_5166 毎年、この時期にあり、もう5年連続でご縁を頂いている。もともとは同人の方が、事務局でお世話をされていることもあったからだ。

 今年は、「差別する心 向き合っていますか?」というのもだ。正直、お東の社会運動の集まりでのこのテーマは、その雰囲気から苦手かもしれないな、という思いで参加した。

Img_5170 講師は、フリージャーナリストの安田浩一氏。残念ながら、ぼくは不勉強で、講師のことはまったくしらなかった。でも、すごい熱量の話だった。高性能のマシンガン(たとえはよくないか)のように言葉が、次々と猛スピードで飛び出してくる。その勢いに圧倒されるようだか、それも心地よい雰囲気があった。

 講演は、想像していたのとは違うテーマで始まった。
 まず、沖縄を高江の問題を取り上げた番組を観た。昨年のお正月Img_5169に放映された「ニュース女子」という番組だった。沖縄の高江の反対派に対して、デマを流し、貶め、沖縄だけでなく、中国人や韓国人をも定番のやり方で差別していく映像だった。しかも問題は、ネットではなく、TV電波で流されている点だ。あまりに低俗的で、不快感しかなかった。デタラメであることは、すぐに分かった。取材していないのに「これ以上は危険なので近寄れない」とか、反対派は、韓国人が名を連ねる反日団体から日当をもらって参加するプロ活動家だとか、現地の人(有名ないわくつきの人)が「沖縄の人達の大半が基地賛成」だと語ったり、県外からの反対派は傍若無人の無法地帯を作るテロリストだと断定している。そんな内容を面白いおかしく(沖縄を基地問題を冷笑している)伝えている態度も、どうも不愉快だった。不思議に思ったのかは、合間のCMがカットせずに映されたことだ。これは、後からこの番組がDHCが提供、制作した丸々の持ち込番組だという話があったので、その意味が分かった。なんでも、この東京MXの「ニュース女子」は、BPO(放送倫理・番組向上機構)の検証委員会から、「重大な放送倫理違反があった」とする意見書が出されッた。至極、当然である。が、すでに放送されたことで、日ごろ語られない真相だと、デマを信じた視聴者もいたのだ。

 これをもとに、いかに差別が造られていくのか。またそれか無意識に伝播されていくるか。その生み出される構造と問題点を、とても熱く熱く語られて、ほんとうに引き込まれて入った。沖縄基地の問題は、けっして地域(沖縄)の問題ではなく、日本人が自らの問題にする日本全体の問題であることを改めて認識させられた。

 大半が沖縄の番組の話題になったが、最後に、ヘイトスピーチの問題やその定義、ネット差別などの問題点を教えていただいた。

 人の好き嫌いとか、言葉が下品とか乱暴であったり、罵り合ったりすることをヘイトスピーチというのではなく、自分の努力だけでは乗り越えられないような属性(性別や民族、肌の色、出身地やハンディー)などに対して、多数派から少数派に対して、その人間存在を根底から否定するような憎悪に基づく言動をいうのであって、それが分断を生み、憎しみを生んでいくものであること。やり玉にあげる目の前にいる人を、まるで同じ人間としては見ずに、当然、その心情に心を向けることもなく、それを半分趣味のように、自らのカタルシスの場として楽しんでいることの深い傷をお話くださったのが印象に残った。

 後は鼎談がなったが、これも面白かった。さっそく新書を2冊購入。勉強中。

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「仏書を親しむ会」~二つのカサ(1)~

 久しぶりに「仏書を親しむ会」。

 寒い夜の集いなので、参加者が少ないと予想していたが、珍しく二桁の参加者。この集いに初参加の方も2名あった。

 今日から、悟朗先生の「二つのカサ」を読む。

 華光誌に掲載した時も、今回の再編時にした時も、何度も目を通している。校正もしている。
 しかし、その時は、文字の間違いがないか、おかしな表現はないかという編集者の眼で見ている。「わが身」に引き寄せては読んではいない。だから、今回、すごく新鮮な甥もがした。
それも皆さんが疑問に思ったり、心にひっかかったり、味わったりすることを発言してくださったから、ぼくもいろいろと気付かされた。
 たった4節読んだだけだったけれど、「こんなことあったかな」の驚きの連続。

 心のオーバーホールはどうだろうか。それは、どこまでもご法を聞かせてもらう以外にはない。信心決定した者は、信心の溝さらえで、再々に法水を流させていただく。未信の方は、懺悔の心を持つ。「恥ずかしいなあ、浅ましいなあ、もったいないなあ」と思うことが、心を若がえらせていく道でしょう。

 叱られるような厳しいご縁に会ったら、少しはまともになるのかというと、ならんですね。もともとが駄目なんです。
 でも、私の自性は、まだどこかに自分を輝かしいものとして、夢見ておる。それが、法のおかげで、ご縁に会ってみれば、皆もぎとられてしまう。私は、それを知らされて、力なくして終わるしかないと思う。ところが、いつのまにか仏様のご苦労、親の財産を横どりにして、自分の箔にしてしまういやらしい心です。

の側で考えておる仏法と、
 仏様の側で私を考えてくださっておる仏法とは違うんです。
が手を合わせておる南無阿弥陀仏と、
 阿弥陀様が手を合わせてなさる南無阿弥陀仏とは違う。
らは、私の側から南無阿弥陀仏を見てるだけ。
 阿弥陀仏が帰命してなさる南無阿弥陀仏は、私らにはわからない。
そんな私に、私というものを心の中に抱き込んでくださって、この南無阿弥陀仏として現れて来てくださるまでに、どれほどのご苦労があったか。
「たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ」と親鸞聖人が絶叫せずにおれなかった、長い間のお育てというものを、かいま見させてもらうわけです。

南無阿弥陀仏

 次回「仏書に親しむ会」は、3月7日(水)夜18時50分~21時

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アルゼンチン映画『笑う故郷』

 久々に映画館でトラブルに遭遇した。

 これまでも、落雷で上映が中断したり、映写機トラベルで何度も止まったり、痴漢が上映中に逃げ出したり、突然、大声で携帯電話で話す人(浮浪者風)と揉めたり、まあいろいろなことがあったが、すべて上映が始まってからのこと。

 朝10時前、京都みなみ会館に行くと、上映5分前なのに、皆さん、ロビーで本などを読んでいる。どうもおかしいと思っていると、映写機が故障し修理中だという。結局、15分たっても直らず、今回は中止となった。集まった人には招待券が配られたが、せっかく時間を作ったのにがっかりだ。

 映画は、アルゼンチンの『笑う故郷』。朝の1回切りで、2日間で上映終了。もともとは観る観ない半々の映画だったに、こうなると無性にみたくなる。観なかったら後悔しそうな気分。というわけで翌日は、予定変更してリベンジすることにした。
 まあ、これが予想以上に面白くて、なかなかの秀作で、ホッとした。2度も来て駄作だったら、がっかり二乗のところである。

 さて映画の感想である。

Bbc5d86c5a94d272e35cb536b1fb5ec6e15 皮肉屋で、権威に対し媚びない気難しい作家が、ノーベル賞を受賞する。タキシードや国王の礼拝を拒みも、演説もノーベル賞受賞が、芸術家としての汚点であるかのような皮肉な内容。それでも、世界的な有名人となり、作品は世界各地でベストセラー。大豪邸に住み、世界中から舞い込む講演や叙勲、政府や王室からの誘いを断る毎日が続く。そんな中で、捨てたはずのアルゼンチの田舎町から、名誉市民の授与式の知らせが届く。
  故郷の田舎町に帰って、大歓迎を受けるのだが、小さな田舎町。彼の幼なじみや元恋人、若い熱烈な女性ファンの誘惑、嫌がらやなどなど、小さなトラブルが次々と起る。

   ここでの人間の心理描写が秀逸なのだ。世界的セレブで富豪でもある彼に対する羨望、嫉妬、嫌悪、憧れに、名声を利用しようとする政治家など。作家本人にしても、ある意味滑稽である。閉鎖的な町の因習から逃げ出しながらも、その空気が常に作品に影響を及ぼしている意味を、彼自身はどこまで気付いているのか。最初は、ノスタルジー、郷愁の思いであったのに、傲慢で、粗野な本性が出てくる。成功者としてのうぬぼれや特権的な態度が現れてくる。観客は、誰に共感するのか。彼なのか、元恋人なのか、それとも屈折した感情を滲ます同級生の男なのか、または名声欲しさの市長や逆恨みする町のヤクザ者なのか。誰の心理も、皆、観るものの深層心理である。そんな感情が渦巻く描写がうまく、そして、最後に予期せぬ悲劇が待っている。このサスペンス感もいい。
 そしてラストへと続く展開の意外性も面白い。

 彼の新作は、「名誉市民」(これが映画の原題でもある)。この話は、すべては小説の題材だったのか。彼の記者に示す傷跡と、それを観るものに委ねたラストが面白かった。

 

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『観無量寿経』(2)組織

『観無量寿経』に入って、第2回目。

 まだ本文には立ち入らず、組織・組立(分科)で概観した。

 お経は、伝統的に「序分・正宗分・流通分」三分類されるが、善導様は、『観無量寿経』を五分類して頂かれている。簡単に述べるが、命名も善導さまのご指南によるものである。

 一、序分は、(1)証信序(通序=全てのお経に共通し、六事=信・聞・時・主・処・衆成就を示す)と
(2)発起序(別序=各経の特殊な事情を述べる)に、だいたい二分類される。
 善導様も、その2分類されているが、ただ(1)証信序を「信・聞」のみ(つまり「如是我聞」)として、
 従来は証信序とみられる「時・主・処・衆」を「1、化前序」とし(2)発起序に収められた。ここは、「王舎城の悲劇」が韋提希夫人を中心に述べられる段である。そして、聖道門の諸師が正宗分とされた「5、欣浄縁」「6、散善顕行縁」「7、定善示観縁」-韋提希夫人の要請で、本論に入る前に、散善・定善の概要が説かれている-を、発起序に収められている。つまり『観経』が説かれる縁を、「1、化前序」~「7、定善示観縁」の七節に分けて、発起序七縁とされている。

 二、正宗分(本論)に入ると、韋提希夫人の要請に応じ、浄土往生の方法が段階的に説かれている。(1)定善十三観、(2)散善三観(三福九品)に二分科で収まるのである。
(1)定善十三観とは、息慮凝心-精神統一をして、淨土や阿弥陀仏などを観想 する十三の観法。中心は、第九観の真身観(阿弥陀仏の相好を感ずる)。
(2)続いて、散善三観とは、精神統一が出来ない者の行で、廃悪修善(悪を廃し、善を修める)が説かれる。『大経』の三輩(上・中・下)段に対応し、さらにそれぞれを、上生・中生・下生の九品に分類する。三福(世・戒・行)九品ともいうが、最後の下品では、悪人のために念仏が説かれる。
 
 そして、三、得益分を分けられた。この経を聞いた人々が大きな利益を得たことを示す段であるが、聖道門の諸師はここまでを正宗分とされていた。

 四、流通分は、経典の結言に当たり、正宗分で説かれた教えを要約し、後世にその教えを伝承するように仏弟子に委嘱される段である。
 ここでは、阿難尊者の経名と受持を問い答えた釋尊が、観仏三昧の利益、聞名の利益と比較し、念仏三昧の勝った功徳をあげて、他力念仏(親鸞さまのお心)を阿難尊者に附属される。
      
 五、耆闍分は、王舎城でのご説法(王宮会)が終わり、再び耆闍崛山(霊鷲山)に戻られた後、耆闍崛山で、阿難尊者が王舎城での様子を再説される。化前序に対応している。それで、本経は「両処二会の説」「一経二会」とも言われてる。

 この後、、題号の『仏説観無量寿経』と、訳者の「宋元嘉中?量耶舎訳」を文字ごとに頂いた。今は省略するが、ここでも、「仏説」の「仏」とは? 「説」とは?というのも、善導さまの詳細なご指南によった。

 古今楷定の師であり、親鸞さまは「善導獨明仏正意」と譬えられているが、1300年の時を超えて、そのすごさの一端を知らされた気がした。これからその始まりである。 

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広島支部法座~法友のご往生~

 1月に廿日市市で広島支部法座があった。その時、会場の近くに住んでいる同人のTさんもお参りされていた。腰が痛いということだったが、普段どおり、元気に発言されていた。法座が終わり会場の出入り口で、一言声をかけ、「また来月お会いしましょうね」と、笑顔でお別れした。

 それから2週間後のことだ。

 「Tさんが亡くなりました」との突然の訃報。

  「エッ!」と驚いた。まだ60代の後半だ。先日も、60代の同人の訃報が届いたばかりだ。その方は闘病中で、お見舞いにも伺っていた。

 でもTさんはお元気だった。何でも急に倒れられてから2、3日ほどでの急死だったようすだ。 

 浄土真宗では、阿弥陀さまの本願力のお力で、そして他力の信心を獲得したならば、必ず浄土往生の身とならせていただくのである。だから冥福など祈る必要はない。

 それでも、凡夫の情としては、仲間との別れは寂しく、悲しいものである。ましてや突然の死には驚かされる。

 Tさんは、この広島支部の一員であり、共に聴聞した御同朋・御同行である。以前は,法座の会場の確保にご苦労くださってもいた。今は会計係をしてくださっている。

 法話の冒頭、亡くなったTさんを偲び、そのご尽力のおかげを知って、皆さんと共に大きな声でお念仏を申させていただいた。還相回向のお働きで、また私達の法座にも影向してくださっていることだろう。

 「また次回」などと、明日をも知らぬ命とは思わず、うかうか聞法している私。「また聞ける」「次の法座は」などと寝ぼけている私に、身をもって無常の現実を知らせてくださったのにほかならない。

  「散る桜、残る桜も、散る桜」  南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

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そして誰もいなくなった?

  広島の法座、今月は土曜だ。

 いつもと同じ時間の新幹線に乗るが、日曜日は博多行き、土曜日は広島止まりである。

 新大阪を過ぎ、新神戸、岡山、乗客が降りていく。トイレに立って、他に誰もいないことに気がついた。人生と同じだな。気が付くと一人で出かけていく。

  車両は貸し切り状態。それだけだが、思わず写真を1枚。

Img_5159

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内観を深めるシンギングボール

  今日は連続して講義を受ける。

90分間の『選擇集』講義後、休憩なしで、 別会場の120分の講座。こちらは、「仏教カウンセリングとビハーラ実践」。一方的な講義ではなく、車座での実践や発言もあるので、気分は違う。

「内観を深めるシンギングボール」と題して、45分程度の瞑想の実践があった。

 実は、シンギングボールとは初めて聞く名なので、質問して教えもらったら、チベット仏教でも使われる楽器だということだ。中には、「ネパールで求めました」という方もあった。ぼくも、ネパールは2度訪れ、そこでチベット寺院でも食事(まったく口にあわなかった)をしたことがあるのに、まったく覚えがない。興味、関心がないということは、こういうことである。

 ちょうど沙羅(さわり)のような打物だが、7つのチャクラに合わせて、7つの金属で出来ているそうだ。大小によって音の高さや響きが異なり、自分の共鳴する音を見つけることがたいせつだという。外側のフチをバチでやさしく撫ぜるように回して鳴らしていくのだが、一定の音を保つのは少し難しいようだ。

 瞑想は、大河を常にイメージし、雑念や種々の感情が湧いてきたなら、それを河に流していくのだという。不思議と、45分間、リラックしていて、あまり雑念も分かず、気持ちよく終わった。音に合わせて体が揺れるのが面白かった。

 以上。

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『選擇本願念仏集』~四修篇~

 『選擇本願念仏集』の講読。

 今回は、四修、つまり安心・起行・作業(さごう)の「作業」にあたる。平たくいうと、どんな態度で念仏を申すか、念仏の称え方である。

 法然さまは、善導さまの『往生礼讃』と、慈恩大師窺基の著と言われてきた『西方要決』を引文されている。

 ともに四つの態度・姿勢があると明示されるのだが、善導さまは、3つしか示されていない。

(1)恭敬修-阿弥陀仏と聖衆を敬虔に敬い礼拝する。
(2)無余修-他のことを一切に交えないで、阿弥陀仏の名をひたすらおもい、称えていく。
(3)無間修-(a)間をあけず、相続して恭敬礼拝をしていく。
        (b)貪愼などの煩悩を間えず、実践していく。
そのすべてを、畢命(命が終わるまで一生涯)誓って中止しないということが、その3つに通じての実践態度なので、それを
(4)長時修として、合わせて4つとあると示されている。

 法然さまは、長時修は、六波羅蜜の中の「精進」-怠けず努力すること-が後の5つの波羅蜜すべてに通じるのと同じだと説明されている。

 と同時に、「恭敬修」のことを「殷重修」と表現されている。意味をまったく同じであるが、何事も丁寧に、心込めて懇ろに行えということである。

効率や形式ばかりを追いかけて、目新しい刺激ばかりを求めている日常生活。そん中で、お念仏や勤行、聞法にしても、仏事全般を、軽んじ、なおざりにしている姿を恥じるばかりである。

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