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テーマは誓願と六波羅蜜

 大会翌日、布団や弁当、供花の引き上げなどの後片付けは、午前中で終わった。宿泊法座、特に3日間のものは、疲労困憊という時もある。しかも、今回は、初日が午前2時、2日目が午前3時と、遅くまで懇親会にも出ていたが、法の威力で力をもらい、翌日もいたって元気だ。

 午後から、仏教大学四条センターでの講義と京都シネマでの映画のはしご。講義が終わるのが5時。映画は5時10分から始まるが、四条センターのあるビルと京都シネマの入っているcocon烏丸ビルは、四条烏丸の交差点に斜交いに立っているので、すぐに移動できる。

 講義は、「仏・菩薩とは何か」を12回で探求しようというもので、秋の講師は藤堂俊英先生。大乗菩薩道は、誓願と六波羅蜜行の両輪によって進む。それには、菩薩に共通する総願と、各菩薩の個性が表明される別願とがあり、また菩薩の行があり、それを菩薩生活の様相として、六波羅蜜に沿って説明されて、「願行相扶」の姿を教えてくたさった。

 まず四弘誓願に代表される総願を取り上げ、各種の大乗経典から窺った。次いで『華厳経』浄行品に説かれる菩薩の一四一願を尋ねた。浄土真宗では『華厳経』は馴染みがないのだか、この一四一願の最初にある「仏・法・僧」に帰依する、すなわち三帰依文は仏教各派共通で、浄土真宗の勤行聖典の冒頭にも掲げられている。

   自ら仏に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、大道を体解して、無上意を発さん。
   自ら法に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、深く経蔵に入りて、智慧海のごとくならん。
   自ら僧に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、大衆を統理して、一切無碍ならん。

 ところで、誓願について「誓いとは、必ず神仏などの前で、口に出して宣言するものだ」という言葉に、ハッとした。いまの私達は、口約束は信用ならない。「言った、言わない」で裁判にもなる。だから、必ず誓約書に署名捺印しなければ確かな保障はない。

 しかし、仏に成ろうと修行される菩薩は違うのだ。法蔵菩薩も世自在王仏の御前で、四十八の誓願をひとつひとつを口に出して述べられたのである。その時、態度(身)と、言葉(口)と、こころ(意)は常に一致し、しかも清浄にして真実そのものであったというのだ。しかも自らの正覚をかけて誓ってくださったのである。まさに仏説に虚妄なしである。

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