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お通夜

   聖典講座を終えて、すぐにお悔やみにいく。10月も聖典講座のあと、同人の方のお通夜に列席したが、今度は町内会の方。

 「南無阿弥陀仏」のお名号なので浄土真宗かなと思ったが、法名が違う。浄土宗西山派のお通夜だった。浄土宗の通夜や葬儀は何度もあるが、西山派は初めてかもしれない。最初に「枕経を勤めます」といわれ、その後で通夜勤行になった。勤行時間は45分はあって通夜にしては長い。しかも一般のお焼香が始まったのは、開式から35分など経ってから。通夜は「帰三宝偈」だったが、そこまでも、さまざまな経文の断片が続いていく。やはり宗派によってお勤めがちがうようだ。

 通夜になっても、短いお経が続いて、『観経』の一節と(たぶん)「五会法事讃」の一文、ぼくが理解できたのはそれくらいで、大半の御文はわからなかったが、罪悪衆生の姿が次々出てきたり、本願の尊さを述べられたりする表白(?)のようなものが有り難かった。

 浄土真宗とのいちばんの違いは、鳴り物の派手さだ。右手で木魚、左手で鑒を交互に鳴らすところもある。それがおわったら、鉦(しょう)、伏せ鉦(かね)の甲高い音が響く。これにお念仏と合わさるとグングン迫ってくるものがある。

 がっかりしたことは、せっかく同唱十念があるのに、皆さんにお勧めされなかった。そして、勤行が終わるとそのまま退場された。通夜にご法話があるのは、浄土真宗だけなのかは知らないが、長いお経に、一般席はあいさつなどのざわめいていた。

 それにしても、町内会の高齢化は激しい。小さな世帯数だが、毎年2~3軒のお悔やみがある。だいたい父か母の同世代の方ばかりで、古くからのご近所さんが亡くなっていくのだ。今夜列席していた方も、ぼくの世代の方が2、3名の他は、大半はそんな方。足が不自由で、お焼香がたいへんなかもおられる。しかも、ここ数年で、連れ合いとか、子や親を見送った方か大半だった。

 僧侶の説教はなくても、それだけでも生きた無常のご説法。

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