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2017年11月の19件の記事

日高支部法座(2)~念仏が染み込む法の家~

 昼座が終わって、冷たい雨の中を月忌参りである。家人は、みな高齢になられたり、病気がちで弱っておられる。しかし、どの家にもお念仏の燈火あることが、肌でわかる。仏壇だけでなく、柱にも壁にも、お念仏が染み込んでいるのだ。そこに入ると、自然とぼくの称名も大きく強くなる。ある方が、なかなか声にでづらいといわれたので、しばらく一緒に称名念仏させていただいたりもした。この地には、お念仏の土徳があるのだ。

 そこから豊岡市内に移ってN子さんお宅へ向かう。これが2度目であるが、今回のメーンは、N子さん念願の家庭法座なのだ。おいしいお膳をみんなで食し、7名での信仰座談会。日高のおばちゃん連中は欠席だ。逆にみんなよく知っている人ばかりなので、雑談や内輪話で終わらないように場面設定してスタートした。おかげていまの味わいや、仏法を伝える姿勢、悩みや問題点をなど、生の声が出てきてよかった。それからはお楽しみの懇親会。こちらもずいぶん盛り上がったいた。ここは女性陣のお宿になるので、男性二人は盛り上がってきたところでタクシーの乗り込んだ。いつもの逆のパターンである。

 翌朝は、N子さんの同僚やご近所さんも交えた法座になると聞いていた。一方的な法話ではなく、子育ての問題点から始めた。どうしたら勉強しない子に勉強させるのかをテーマに、ディスカッション。単なる方法ではなく、それぞれの体験談も交えた話となる。要は、人を説得する時にどのような姿勢や態度で臨むのかを問うものだった。見守るとか、寄り添うという言葉があるけれども、実際となると至難のわざ。しかしそのことでこちらが成長させていだくこともあるのだ。後半は少しご法話に戻した。

 最後に、どうかこの家にも、お念仏を染み込ませてくださいとお願いした。法の座が開かれるところは、お釈迦様のお命が捨てられたところだと聞いてことがある。今回の集いはほんとうに素晴らしかった。ぜひ、これを一時の盛り上がりで終わらせないで、末永くお念仏の座が開かれる場所となってほしい。そうすると遺弟の念力で、この壁にも、柱にも、畳にも、お念仏の声を染み渡るだろう。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。

 午後からは、美味しい和食のランチをいただき、日高のS家に会場移しての4座の法座へ。今度は、日高のおばちゃんも皆さん集い、壮年や仏青世代の人達と合流の法座となる。これがお互いのいい刺激になった。

 ここでは、「阿弥陀様のご苦労は待つこと」というテーマでご法話。いわば、これが今回の一貫してたテーマでもあった。

 阿弥陀様とは、いつまでも、いつまでも、こんな私を信じて待ちつづけてくださるお方だ。

 2日間、ほんとうにいいご法座でした。

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日高支部法座(1)~頑魯の者~

 週末は日高支部法座だった。

 最近は夫婦でお招きいただくことか多かったが、公演で東北出張中の連れ合いは休み。その代わり、Nさんのお誘いで、京都、愛知、三重など各地から5名の方が参加された。事務のTさんを始め会館からの同乗者もあり、車中からすでに賑やか。

 初日の昼座、夜座、そして2日目の朝座、昼座と4座あった。それぞれ会所(会場)も違えば、参加のメンバーも異なる。法座や座談会の様子もことなったが、それぞれに特色があり、それでいて4座を通した一貫性もあって、(最近の日高支部法座の中でも)かなり活発な法座になった。

 まずは12年前にご往生された谷本瀧雄さんの十三回忌法要をお勤め。法話の大半は故人への思い出である。ぼくがいちばんお世話になったお同行さんのお一人だといっていい。その瀧雄さんという人格を通して聞かせてもらった仏法話である。その後、奥様やお子様もお参りくださり、全員で故人の思い出を語り合ったが、どの話にも響くものがあって有り難かった。

 瀧雄さんは、カウンセリングを学んだり、子供会のお世話をしたりするだけでなく、悟朗先生からは書道の手ほどきをうけておられた。そこで雅号をいただかれたが、それが「頑魯」(がんろ・源信僧都が自らを「かたくなな愚か者」と名乗られた)というのてある。家族方も認めておられたが、この「かたくなな愚か者」という名前ほど、彼にぴったりのものはない。この性格は、融通の効かない頑固者として厄介でもあった。しかし、こんな話も残る。十数年前のことだが、華光から距離を置いておられた現支部長のRさんに、法座の度に断られても、断られても、また断られても、お誘い続けて、同時に毎回、手紙を書き続けておられたそうだ。しかもRさんは、その手紙を開封もせず、まとめて燃やしていたというのである。それでも、とうとう子供会のお世話をくださり、支部法座にも参加されるようになられ、今では華光の中心を担いお世話をくださるようになられた。まさに、頑に信じて、ずっと待ってくださっていた方があったのだ。

 その執念、今度はぜひお子様たちに届いてほしいと願った。子供大会や仏青にも参加くださっていたのだから、宿善のある方たちなのがら、そう願わずにおれなかった。

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突然の来客

 朝から自力整体、昼は華光誌輪読法座、夕方は本典学習会といろいろあったが、ぼくの中では今日のメーンは別のところからやってきた。学習会の途中で、急な来客があったのだ。大学の名誉教授で、医者でもあり、仏教カウンセラーでもあるN先生だ。本山のビハーラや龍谷大学のカウンセリング課程などでも教えておられたが、なぜかこれまでご縁がなかった。それが5月から仏教大学のビハーラ学習会サークルにお邪魔するようになり、真宗カウンセリング研究会の案内や華光誌を送らせてもらうようになった。すると、今週の例会に顔を出しくださるという丁寧なお手紙を頂いたのだ。楽しみに待っていたが残念ながら欠席となったのだ。それで、すぐに「そのお詫びかねて、ごあいさつに窺いました」とお出でくださったのである。

 もう八十歳をすきた高齢であるのに、わざわざごあいさつにお出でくださったのでだ。それひとつでも、律儀で誠実なお人柄が窺える。

 勤行の後、少しお話させてもらう。いきなり「いまのままでは既成の仏教教団は危機的です」と。そして真摯に(援助的な)「カウンセリング」を学び、真に開かれた寺院・教団をめざすことの念願を、静かだが、強い口調でお話くださった。浄土宗なので立場は異なるが、まるで西光先生のお話を窺っているかのようで、その他にも共鳴する話題が多く興奮させられた。ぼくも、華光の活動や真宗カウンセリングについて語ったが、若輩者の声にも、しっかりと耳を傾けて聞いてくたさった。学習会の合間の時間だっだが、有意義な時間を過ごすことができた。来月の集まりが楽しみである。
 

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出世の大事

 「華光誌輪読法座」を終え、引き続いて『ご本典』学習会を行う。毎回、固定で一人か二人。今日は輪読法座からの参加者もあって三名。7月から始めて、まだ「教巻」を読んでいる。
 
 なぜ『大無量寿経』が出世の大事、つまり釋尊が『大経』-弥陀の本願を説くために-出世されたと言いきれるのかを明かすために、正依『無量寿経』の発起序を引用され、それを補完するための引文が続く。すなわち、阿難の問いを際立たせるために『如来会』を、仏の出世が稀なることを『平等覚経』で、さらに『述文讃』では、出世された仏さまのお徳について述べられたいる。そして、今のこの説法は、釈迦如来の口を借りた阿弥陀仏の説法であり、そのことを凡夫の代表して阿難尊者が出遇うことができたのが、真実でるとの証明となっているともいえる。そのことをいろいろな角度から味わっている。まあ、ぼちぼちでも読み進めたい。

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華光誌輪読法座「救済の縁・十二光」

  今月の華光誌輪読法座は、誌上法話「正信偈講讃」(5)で、前回までで因位(つまり法蔵菩薩の因)が終わって、「果上の救済(くさい)」の縁・因・果に入る。今月は、まず「救済の縁」でいわゆる「十二光」のところを読み進めた。正信偈では、「無量光」から始まり「超日月光」までの十二光が塵のように無数の迷いの世を照らし、そこに群て生きている一切の迷いの衆生が、このお光を蒙(こうむ)ってお救いお出遇いするのだと述べられる。ただ、正信偈では、十二光を順番に羅列するだけで、そのお光の働きについては詳しくは述べておられない。しかし、親鸞聖人は、『無量寿経』に説かれる十二光を大切にされていて、その一々を詳しく述べておられる。それで、詳しい十二光のお働きや功徳について述べられているので、そこを読ませていただいた。

 ただ信仰座談会としては教義的な文章の時は、関連してお味わいが少なくなって、別の話題になることも多い。しかし、ほんとうは、そんな時こそしっかり読ませていただくことが肝心だ。聞くこともそうだが、読むことによって、刺激を受けてると、自分の思いや感情や考え方(賛同、反発、否定など)が出てくるだろう。しかしそこはひとまず横に置いて、出来る限りそのままいただくことが大切なのである。意味も、その心も理解した上で、いろいろな意見や感情をだせばいいのだ。それに、聞くこととは異なり、読むのはすでに書き手が咀嚼した文章であり、それを繰り返し目を通すことができるというメリットもあるのだが、なかなかそのような法座にならないのは残念ではある。これは参加者の顔ぶりによるところも大きいかも。
 
 来月はこの続きだが、章があらたまって「果上の救済」因・果のところに入る。土曜日となるので、奮ってご参加ください。

 ◎12月16日(土)昼1時30分~4時30分

http://keko-kai.la.coocan.jp/event/2017/detail/12/rindoku2017-12.htm

 輪読が終わった後は、メンバーを変えて『ご本典』の学習会に臨む。こちらはしっかり原文にあたり、学んだいこうという趣旨で立ち上げたものだ。

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下見

Img_4274  例によって、家族で、春は桜、秋の紅葉を愛でている。秋の紅葉シズーンがやってきた。特に、今年は寒暖の差が激しいので、色づきは良好だという。京都の紅葉の名所は、たいへんな人込みだ。そのこともあって、年々行き先も限られきている。寺院の庭は、砂利Img_4295だったり土の坂だったりもすると、母は歩けない。連れ合いも今月は、公演の旅に出ているので、母を連れて行くのは近場で歩きやすいところがよい。ということで、近場すImg_4292ぎるが、梅小路公園と東寺ではどうかと思った。

 所用の次いでに梅小路公園を下見する。Img_4310まだ本格的な紅葉には少し早かった。まあ、ここなら母も歩けそうではあるが、石畳のところはついている車つきのカバンが動かない。

Img_4279 タクシーの運転手は、「東寺はライトアップもあって、穴場です」とはいっていた。昨年の智積院も、東山にあるのに隠れた名所だった。でも、東寺は駐車場が砂利道で、難しい。これは御所(京都御苑)でも同じことだ。

Img_4337 ちょっと振り出しにもどったけれど、どうしてもとういなのなら梅小路の歩ける範囲というのでもいい。少々の距離はあるけれど、問題は足元の段差やデコボコが難しい。
もう数日、天気なんかとも相談しなから、場所考えよう。

  もう一息ですが、ここはここできれいでした。

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真宗とカウンセリングの「出会い」

   先月から、「真宗カウンセリング成立」の章に入った。

 今回は、真宗とカウンセリングの「出会い」における三つの立場の考察する章である。

   まず第一は、「真宗とカウンセリング」との関係を問う立場である。  これには、(a)客観的考察と(b)主体的考察がある。

(a)客観的考察とは、
それぞれの歴史、哲学(人間観)、実践目標、実践方法等の比較を行い、
両者の類似点、共通点、相違点などを明かにして、
両者の交流・統合・協力を道を探ろうとするもの。

(b)主体的考察とは、
真宗とカウンセリングの双方に多少とも体験的理解をもつか、主体的関心をいだく者が、自己の内面において両者がどのように関わっているのかを問う立場。

  次に第二は、「真宗的カウンセリング」を想定する立場がある。
この中心は真宗よりカウンセリングだが、カウンセラーの基本的立場は真宗にある。
つまり、「真宗の立場に立つカウンセリング」。もしくは「真宗者によるカウンセリング」といっていい。

   ところで、カウンセリングのさまざまな種類は、二つの基準で分類できる。
(a9)クライエントの問題領域、もしくはカウンセラーの活動分野にしたがった分類。
ex「産業カウンセリング」「家族カウンセリング」「学校カウンセリング」など。

(b)カウンセリング(心理療法)をささえる理論の相違による分類。
ex「精神分析療法」「来談者中心カウンセリング」「行動療法」「ゲシュタルト療法」 「交流分析」「ロゴセラピー」など。

 当然、「真宗カウンセリング」の独自性は、第一義的に(b)の立場である。
・ここでの「真宗」とは、常識的に理解される特定の宗派(セクト)を指すのではなくて、人間と人間の変革に関する基本的な理論を示す用語である。
⇒クライエントが僧侶や信者であるとか、カウンセリングを特定の布教・伝道活動に限定す るような制約はない。
・カウンセラーが、「真宗」という語で示される人間観や人間変革の原理に究極的基盤をおいてカウンセリングを行うことを指す。

 また、この(2)には、A型、B型と、さらにA型からB型に移行するC型の三種類がある。

 (2)のA型とは、「真宗者であるカウンセラーと、非真宗者であるクライエント」とのカウンセリング。
  (2)のB型とは、「真宗者であるカウンセラーと、真宗者であるクライエント」とのカウンセリングである。

 真宗カウンセリングといっても、そのほとんどは、A型であって、外見上は、一般のカウンセリングとはほとんど変わらない。ただ、カウンセラーの対人的態度を支える人間学的基盤に、真宗による自己観や人間観、もしくは自己理解や人間理解があるというところにだけ特色があるというのである。

 そこを踏まえて、B型では、「カウンセラー、クライエント共に真宗者」であって、共にみ教えを聞くという関係でのカウンセリングと言える。
この場合、「法」を中心にしているという意味で「真宗」カウンセリングであり、「いま、ここ」の交流関係を重んじるという意味で、真宗「カウンセリング」でというのてある。

 そして、その中間に、ごく普通にA型の真宗カウンセリングが進行していくうちに、カウンセラーの醸し出す雰囲気など縁として、クライエント側に聞法に対する関心や要求が起こった時、B型の「真宗カウンセリング」へと移行していくケースが考えられる。

 ところで、今月の担当者がカウンセリングを学ぶプロセスで、あるグループでの西光先生の態度に、真宗カウンセリングの真髄をかいま見たという例えに、ぼくは心捉えられた。何でも、複雑な夫婦の関係、問題を話されていたのを聞かれた先生は、ただ傾聴されて、 声にならないような深いため息で応えられたという。そして、「夫婦の問題はほんとうに複雑ですね」と一言つぶやかれただけなのに、その場面が動いたというのである。ただ表面だけの言葉のやりとりではない、深い共感の奥に、カウンセラー自身が、何か(深く弥陀の本願)に支えられているという、そんな真宗カウンセラーと出会いの体験談を、尊く聞かせてもらった。

 

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『阿弥陀経』(9)

『阿弥陀経』も、いよいよ最後の段だ。正宗分(本論)は大きく三段に分かれる。
第一段は、阿弥陀仏の極楽浄土と阿弥陀仏の荘厳について讃嘆。
第二段は、その極楽浄土に生れる念仏往生についての教説。
第三段は、釈迦如来と諸仏による証誠勧信である。

 この第三段は、さらに四節に分科される。まず一自証で、釈迦如来が自ら広大な利益を自ら知見し、真実であるからこれを説くと宣言し、浄土を願えと勧められる。次いで二他証で@は、六方段と言われ、釈迦如来と同様、六方に満ち満ちる諸仏方もすべて、阿弥陀仏を褒め讃え、護念・証誠することが説かれる。ここまでが先月で、今回は、第三段の後半。諸仏の勧めに続き、釋尊が「阿弥陀如来のみ教えを信じなさい」という懇ろなお勧めをされて、『阿弥陀経』の説法を説き終えられるところである。それを、広く、三「勧信」【十二】とみて、まず名号を聞くものの利益をあげ、次いで発願の利益をあげられて、信を勧められる章。最後に四「讃嘆」【十三】では、諸仏が釋尊の不可思議な功徳を称讃されておられることを説いて、阿弥陀如来のみ教えを信じることを勧められて、正宗分(本論)は終わる。
 最後は、特に付属もなく、形式的な流通文(るずうぶん)で『阿弥陀経』は結ばれるのである。

 勧信(聞名不退の勧め)では、六方の諸仏方の証誠護念に続いて、釋尊の懇ろな信の勧めが説かれるが、聞名利益と発願利益で信を勧められる二節に分け窺った。

 冒頭は、釈尊が「舎利弗、於汝意云何~」(舎利弗、汝が意(こころ)に於いていかん~)と、舎利弗に問いかけで始まる。舎利弗への四つの問いかけの最後。「なぜ、この経を『一切諸仏に護念(護り念じ)られる経』と名付けられたのか」を問われる。やはり舎利弗尊者は沈黙されたままで(沈黙で答えられた)、釋尊が一方的に説法される。ところが、釋尊は問いには直接的には答えず、聞名のご利益を説くことで暗示されるいってもいい。

  このあとは、長くなっていくので、ぜひ、聖典講座の通信CDでご聴聞ください。

 なお来月は、12月10日(日)昼1時30分から。
『阿弥陀経』の最終回で、全体のまとめです。

 

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お通夜

   聖典講座を終えて、すぐにお悔やみにいく。10月も聖典講座のあと、同人の方のお通夜に列席したが、今度は町内会の方。

 「南無阿弥陀仏」のお名号なので浄土真宗かなと思ったが、法名が違う。浄土宗西山派のお通夜だった。浄土宗の通夜や葬儀は何度もあるが、西山派は初めてかもしれない。最初に「枕経を勤めます」といわれ、その後で通夜勤行になった。勤行時間は45分はあって通夜にしては長い。しかも一般のお焼香が始まったのは、開式から35分など経ってから。通夜は「帰三宝偈」だったが、そこまでも、さまざまな経文の断片が続いていく。やはり宗派によってお勤めがちがうようだ。

 通夜になっても、短いお経が続いて、『観経』の一節と(たぶん)「五会法事讃」の一文、ぼくが理解できたのはそれくらいで、大半の御文はわからなかったが、罪悪衆生の姿が次々出てきたり、本願の尊さを述べられたりする表白(?)のようなものが有り難かった。

 浄土真宗とのいちばんの違いは、鳴り物の派手さだ。右手で木魚、左手で鑒を交互に鳴らすところもある。それがおわったら、鉦(しょう)、伏せ鉦(かね)の甲高い音が響く。これにお念仏と合わさるとグングン迫ってくるものがある。

 がっかりしたことは、せっかく同唱十念があるのに、皆さんにお勧めされなかった。そして、勤行が終わるとそのまま退場された。通夜にご法話があるのは、浄土真宗だけなのかは知らないが、長いお経に、一般席はあいさつなどのざわめいていた。

 それにしても、町内会の高齢化は激しい。小さな世帯数だが、毎年2~3軒のお悔やみがある。だいたい父か母の同世代の方ばかりで、古くからのご近所さんが亡くなっていくのだ。今夜列席していた方も、ぼくの世代の方が2、3名の他は、大半はそんな方。足が不自由で、お焼香がたいへんなかもおられる。しかも、ここ数年で、連れ合いとか、子や親を見送った方か大半だった。

 僧侶の説教はなくても、それだけでも生きた無常のご説法。

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ご示談にて~聴聞は具体的に~

   華光大会が終わって、ずいぶんと大きな力をもらい、やる気もいただいた。それは参加の皆様も同じで、ご法を喜んでおられる方も、またまだグズグズと悩んでおられる方にも、さまざまけな影響を及ぼしている。大会の翌日から「心境を聞いてもらいたい」とか、「最後の法話での質問がある」とかいう電話が続いた。感想をメールでくださる方も多い。ご法に撃たれたのは、ぼくだけではないのだ。

   昨日も、「東京から京都まで行くので、ご示談をお願いします」という方があった。これまであまりご縁のなかった方で、会館は2、3度という方である。大会はフル参加だたっが、一度も座談会に出席されていない。食事も懇親会も別だったので、その心境も、これまでの経過もほとんど知らない。当たり前のことたが、一方的に説教することがご示談ではない。相手の心境や問題点もよく知らなければ、お話することはできない。それで、だいたいこんなお申し出は、「まず法座や座談会にご出席ください」と申し上げるのだが、今回は、ちょっとしたご因縁もある方なので、「では、ご示談というのではなくご心境をお聞きするのなら」と引き受けることにした。

 やりとりの詳しいことは述べられないが、実に、ご自分の姿を繊細にご覧になり、詳しくお話くださる。そのことは関心したが、法座で自分が感じたこと、受けたことばかりで、肝心の阿弥陀様のことは一言も(みごとに一語)出て来なかった。もろちん、吐き出すだけださねばならないということもある。一通り、聞き終わって、「ここまで語られて、どんな感じがしますか」と問いかけると、ご自分でも、そのことに気付かれているようだった。

ところで、「阿弥陀様のご苦労が私のこととして感じられません」という方がよくおられる。そこで、「では、阿弥陀様のご苦労とは具体的にどう聞いていますか」と問う。だいたい、「私を救うためにたいへんなご苦労をしてくださった」というような返事が返ってくる。では、「たんへんなご苦労とは何ですか」と重ねて問うと、大半はそこで詰まられるか、または「南無阿弥陀仏を成就してくださるために、いのちを投げ捨ててくださった」というようなお答えがある。さらに、「ては、いのちを投げ出すとはどういうことですか」と重ねると、返答に窮されてくる。結局、阿弥陀様のご苦労といっても、それを具体的に聞くこともなく、「感じられない」「喜べない」という自分の感覚に焦点があっていくのだ。プロセスを経ずに、ただ最後の答えだけを求めて焦っているパターンを繰り返す方も多いような気がする。

または、具体的に阿弥陀様のご苦労をといわれると、法蔵菩薩になってからの世自在王仏との出会いや五劫思惟から始まる一連の物語を考えられる方もある。確かに、ここもしっかりと聞かねばならない。しかし、正解だけ覚えてもダメで、その上で、それを我が身に引き寄せて考えなければ、意味はない。これは我が身の罪悪ということしても、またご本願ということにしても同じことだとろう。

 今回の華光大会の座談会でも、そんな場面があった。それで、皆さんに問うた。

「では、皆さんは、阿弥陀様のご苦労をどう聞いておられますか。ご自分の言葉で聞かせてください」と。

 ぜひ、皆さんも自分のこととして、お聖教の受け売りではなく、また「根拠・根拠」とがんじがらめになるのではなく、ほんとうにわたしにびったりした言葉を探っていくならば、ハッキリと立ち上がってくることがあるのだと思っている。

 というのも、今回の華光大会のご示談で、そんな求道者を前にして、ぼくの中で、「ああ、、」と気付かせていただいた言葉があったからだ。答えを与えることになるので、今はここまで。

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漬け物はない、漬け野菜 iSOiSM

 8時の閉館近くまで「国宝展」があるので、同じ七条通りにある「漬け野菜 iSOiSM 」を予約していおいた。

  以前、Y先生ご夫妻に、三条にある系列店の焼き野菜のお店に連れて行ってもらったことがある。ここは漬け野菜、つまり発酵食品である。店内は、若い女性連れと、カップルばかりで、大賑わい。ぼくらのような年寄りはいないし、母のような人も誰もない。

Img_4267_2 野菜をさまざまなもので漬け、それに予想外の組み合わせで食べさせるというもの。たとえば、ワインで茗荷を漬けて、それに鶏肉を加えるとか、サツマイモを漬けてクリームチースを組み合わせとかである。一皿が500円前後とリーズナブルで、野菜中心、流行りの発酵食品と健康志向。若い女性に人気がでるのは当然だ。かなり気に入っていろいろと飲食したが、予想以上に安くあがった。

Img_4268 金曜日の夜ということもあって、賑やかすぎで、小さなテープルを囲んでいても、前とは声が届かないのは残念。
 最後に、釜めしを食べたが、母が「ほんものの漬け物なんですか」と聞いて、びっくりした。若い店員は困って、責任のある方に交代。「よく似たものなら、かぶらの漬けたもので」と。でも、それはさっき食べたが、漬け物ではない。「漬け料理だけれども、ぬか漬などの漬け物はないですね」と尋ねたら、「そうです」との返事。京都は漬け物文化だ。ここで斬新さを狙っ企画なので、ホンモノの漬け物がなかったことが、なんか面白かった。

  それでも美味しかったです。御馳走様でした。

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「国宝展」

Img_4249 今秋の京都の目玉行事のひとつが、京都国立博物館での「国宝展」である。

http://kyoto-kokuhou2017.jp/index.html

http://www.kyohaku.go.jp/jp/index.html

 母が行きたいと言い出したが、待ち時間も長い。たいへんな人込みで、歩行が困難な母には難しいと思ったが、週末にある夜間鑑賞の時は、団体客も少なく比較的空いているとのでは思った。

Img_4254 幸い、入館までの待ち時間はない。それでも、展示物の前は黒山の人だかり。京都の街はいま外国人だらけだが、国宝展では外国人は目立たない。それだけいかに皆さんの関心が高いかである。

  約200点以上ある展示物すべてが、国宝。建築物を除くと、日本の国宝の実に1/4近くが展示されるというのである。もっとも、Ⅰ・Img_4251Ⅱ期、そしてⅢ・Ⅳ期の4期に分かれていて、かなりの展示替えがある。前半、後半といってもいいが、Ⅲ期のみの展示される国宝もあるので、4期を通し券まで出ていた。それだけの値打ちがある。

 圧倒的な迫力だった。右を見ても、左を見ても「国宝」。しかも、教Img_4262科書に出ているような有名な国宝中の国宝も多い。それが考古から始まり体系的に集められているのだ。このうち、何割かはすでに観たことのあった。京都ゆかりのものも多くてどこかで目にしている。しかし、(もう終わっていたが)一室に雪舟の国宝6点が一挙に見れるなどの見どころもある。今期なら、伝平重盛・源頼朝・藤原光能像の三点が並んImg_4258で展示されるところだ。さすがに、肖像画の最高傑作、極致ともいっていい逸品で、伝源頼朝像の精悍さと品はすごさは、遠目からも伝わる。細部をみても、たいへんな技巧で、普通は真っ黒に見える袍にも細かな紋様が描かれているのは、間近に実物を見ないとわからなかった。
 
 中でも、ひときわ黒山の人たかりは、このⅢ期のみの展示されている「金印」だ。前列でマジかにみるには、40分待ちの行列である。そんなに並びたくないので、ここはパスしたが、なんのことはない。前列ではないImg_4261が、頭越しに十分見れたし、ちょっとだけ待つと後ろかられでマジかにみることもできた。いちばん、びっくりしたのはこんなに小さなものとは思わなかった。2センチほどのもので、もっとも小さな国宝だという。まあ、これはこんなものかという程度。

 とにかく見どころだらけので、かなり早足で回ったが、それでもあっという間に2時間半たっていて、外はすでに真っ暗。

 出口からライトアップされた京都タワーが見える。母が「わー、きれいなや。下の蓮台(?)までみえるわ」と、いつも会館の窓から観ているタワーにいちばん感心していたのが、面白かった。

 京都タワーが国宝になる日はあるのか。

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映画『幻を見る人』と詩人吉増剛造

 知の巨人吉本隆明は、「今、日本でブロフェショナルの詩人とは、谷川俊太郎、田村隆一、そして吉増剛造の3名だけだ」と言ったという。ところが、そんな吉増剛造のことを、ぼくはまったく知らなかった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%A2%97%E5%89%9B%E9%80%A0

 川端康成が『古都』を執筆した京都で、その吉増を捉えたドキュメタンリー映画を見る。今回が初上映。被写体の吉増も初めて観たといった。会場は、同志社の寒梅館のホール。先月、中村敦夫氏の朗読劇を観たことをきっかけに、今夜も参加した。大学での上映、しかも無料なのに、年輩の方ばかりが集まっている。不思議に感じたのは、ぼくだけでなく、終了後「なぜ学生さんは来ないのか?」と受付係に質問していた人もいた。結局、今の若者の関心事ではないということだろう。

 映画は、東日本大震災の大津波の映像からはじまった。おそろいしほどの自然の脅威だ。日本を代表する詩人でも、この東日本大震災の惨状を前に言葉を失ったというのである。そして、京都の美しい四季が描かれれていく。こちらは、息をのむほどの美しさだ。特に、光の鮮やかさが印象的。映像美でもある。
 春の醍醐寺の桜、夏の貴船神社の緑、秋の岡崎の流響院の紅葉、そして冬の妙心寺と雪景色。そして、川端康成が『古都』の部隊である京都北部の中川地区。北山杉の里だ。余談だが、学生時代、Aさん兄弟と一緒に、冬の中川で写真撮影に出かけたことがある。その後、自分でフィルムを現像しプリントもした。懐かしい思い出だ。そして、神秘的な池は沢池だろう。中学時代、ここでキャンプして泊まったこともある場所。ラストは、妙心寺の狩野派の筆で,法堂一面に描かれる龍である。

 大震災と京都の四季は、一見、無関係なようで、水をテーマに、また古代から日本人に流れる自然(水)への畏怖と報謝が、神と祀られたり、龍となっていることを示しているようだ。京都盆地には、琵琶湖の水量に匹敵するほどの地下水が貯蔵されているそうだ。それが伏水となって、名水を生み出している。伏見が酒作りで有名なのもこれに関係し、各地の神社には湧き水の名所も多い。日頃は隠れているが、そこかしこに痕跡があるのだ。

 しかも単なる自然を映し出す美しい映画ではなく、主役は、その場所で言葉を紡ぐ詩人、吉増剛造。その創作活動の一端をおいかけることだ。鬼才のパフォーマンスは、凡人の理解を遥かにしのぐ、身を削っての創作活動の一部をかいま見る。

 映画がおわり、吉増剛造氏が舞台上でパフォーマンスと、対談。終了後、その場で参加者とのちょっとした交流会。なぜか、鬼才の詩人が、連れ合いの目をじっと見つめて創作のたいへんさを語っているのが面白かった。何か響くものがあったのかわからないが、彼女は、「こわいよー」と小声で。ある程度、養生してあった舞台だっだが、そこかしこに墨汁が飛び散っている。詩人の靴も、服も墨だらけだ。

 創作過程のほんの一部、言葉を紡ぎだす苦悩のほんの一旦にも触れられて、いろいろと刺激も受けた集いだった。
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第1回・仏書に親しむ会

 「伝道研究会」を休止して、「仏書に親しむ会」を立ち上げた。「真宗の基礎」安心篇の輪読を始めて以来、参加者の顔ぶれも変わり、講義で、初歩的な内容がおおくて、以前のような「伝道研究会」の名称はそぐわない。参加者の力量に合わせ、華光双書を中心に講読(輪読)を行うことにした。

 第1回目ということで、これまでの顔ぶれに加えて、初参加の方も3名あって二桁の参加者。華光大会の直後で、その余韻を皆さんと分かち合ったりもした。また、これからの展望も含めて、この集いの趣旨説明も行ったので、本文にはあまり入れなかった。

 とりあげたのは、11月1日に発行したばかりの『非僧非俗の心』である。まず、第1編、伊藤康善先生の『伝道精神に燃えよ』だ。伊藤先生が、59歳の信仰座談会中でのご法話。昭和31年、華光会館の創立を訴える特別号の華光誌に収録されている。今回の五十回忌法要の華光大会の直後に読むには、まさにタイムリーな章である。

 ほんの最初に触れただけ。次回から、皆様、どうぞ奮ってご参加ください。

「この法を相続し喜ばせてもらうという点においては、信後の活動において、やはり伝道、人に向かって法を説くという、この念願のある人は延びて行くし、この念願のない人は自分一人喜ぶだけの話である。
  じっと見ていると、これはやはりライオンの子供が人間から肉の当てがい扶持)をされて食べている間は、肉というものは労せずして頂くものだと思っているが、いよいよ親ライオンの声に導かれて森の中へ出て行くと、翌日から飢えに襲われる。すると鼠(ねずみ)一匹でも捕らねば食って行けない。兎一匹でも、大きなものでは鹿でも飛びかかって行く。こうしていっぺん野獣の血を浴び、この壮烈な戦場へ乗り出して行くと活気が出てくる。
 私らでも単に法を聞いて自分一人喜ぶというくらいのことだったら、穏やかなそこらの坊さんとして終わったのであろうが、やはり一人説き、二人説く、その間に血潮を浴びて合戦しなくてはならない。いっぺんその血をなめるというと、俄然として自信が出てくる。」

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テーマは誓願と六波羅蜜

 大会翌日、布団や弁当、供花の引き上げなどの後片付けは、午前中で終わった。宿泊法座、特に3日間のものは、疲労困憊という時もある。しかも、今回は、初日が午前2時、2日目が午前3時と、遅くまで懇親会にも出ていたが、法の威力で力をもらい、翌日もいたって元気だ。

 午後から、仏教大学四条センターでの講義と京都シネマでの映画のはしご。講義が終わるのが5時。映画は5時10分から始まるが、四条センターのあるビルと京都シネマの入っているcocon烏丸ビルは、四条烏丸の交差点に斜交いに立っているので、すぐに移動できる。

 講義は、「仏・菩薩とは何か」を12回で探求しようというもので、秋の講師は藤堂俊英先生。大乗菩薩道は、誓願と六波羅蜜行の両輪によって進む。それには、菩薩に共通する総願と、各菩薩の個性が表明される別願とがあり、また菩薩の行があり、それを菩薩生活の様相として、六波羅蜜に沿って説明されて、「願行相扶」の姿を教えてくたさった。

 まず四弘誓願に代表される総願を取り上げ、各種の大乗経典から窺った。次いで『華厳経』浄行品に説かれる菩薩の一四一願を尋ねた。浄土真宗では『華厳経』は馴染みがないのだか、この一四一願の最初にある「仏・法・僧」に帰依する、すなわち三帰依文は仏教各派共通で、浄土真宗の勤行聖典の冒頭にも掲げられている。

   自ら仏に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、大道を体解して、無上意を発さん。
   自ら法に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、深く経蔵に入りて、智慧海のごとくならん。
   自ら僧に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、大衆を統理して、一切無碍ならん。

 ところで、誓願について「誓いとは、必ず神仏などの前で、口に出して宣言するものだ」という言葉に、ハッとした。いまの私達は、口約束は信用ならない。「言った、言わない」で裁判にもなる。だから、必ず誓約書に署名捺印しなければ確かな保障はない。

 しかし、仏に成ろうと修行される菩薩は違うのだ。法蔵菩薩も世自在王仏の御前で、四十八の誓願をひとつひとつを口に出して述べられたのである。その時、態度(身)と、言葉(口)と、こころ(意)は常に一致し、しかも清浄にして真実そのものであったというのだ。しかも自らの正覚をかけて誓ってくださったのである。まさに仏説に虚妄なしである。

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今、一定

 今回の華光大会は、中日の昼座に、伊藤康善先生の五十回忌と悟朗先生の三回忌を併修した。二十五回忌や三十三回忌の時には、面授口伝の直弟子方(?)が勢ぞろいされていたが、今回は、その先生方もお浄土に還っていかれた。しかしそれでも、華光で伊藤先生の五十回忌法要を勤めることができたことは、感無量だ。

Img_3875 法要では、表白文もあげさせてもらった。三十三回忌法要の時に悟朗先生が考えられたものを下地に、少し加減をさせていただいた。ベースはそのままだが、ぼくなりの表現も加えたので、参詣の皆様にもお配りして、ともに味わっていただいた。

 ところで、伊藤先生没後十年のおりに『伊藤先生の言葉』が発刊された。その記念の報恩講で、「伊藤師を偲ぶ」というテーマでの悟朗先生のが法話されている。法要の、その時の法話テープを聞かせていただいた。両先生の遺影を前に、講演台から音源を流して、皆さんと一緒に拝聴させていただく。昭和54年なので、悟朗先生が53歳。いまのぼくの年齢に近い。声が若々しく、目を閉じていると、いま目の前でご法話をされているかのようだ。伊藤先生との愉快なエピソードも交え、おかしなところでは皆さんも笑われておられる。最後は、「グズグズ長綱を引くなー。いま、ここで聞かせてもらえ!」と厳しいお勧め。涙が溢れてくる。懐かしさというより、その厳しさが尊かったのだ。ほんとうのことをほんとうに教えてくださる先生であったことを改めて聞かせていただく。

 その後、伊藤康善先生の「自力の迷情」の後半部分を聞く。これは、三十三回忌法要の時にも聞かせていただいている。伊藤先生が、昭和33年のアメリカ布教された折りのご法話で、もともとオープンリールで録音されたのもを、後にカセットテープに複写し、それをCDにしたもなので、音源は悪い。でも、テープを起して、文章にしたものを、華光誌52巻2号に掲載した。今回は、CDだけてなく、この華光誌もお分けしたので興味のある方は、華光会館までどうぞ。ぜひ、ご精読いただきたい。

 今日の真宗界では、自力の心を軽く考えていて、聖人が比叡山を降りて聖道・自力を捨ててくださったおかげで、今の私達は聖道自力は捨て、ご本願ひとつを聞かせてもらっているので、そこはもう問題ではないというような話になっている。しかし、自力はそんな生易しいものではない。生死流転の本源をつなぐ「自力の迷情」なのである。そこひとつで、ここまで迷ってきて、またこれからも迷っていくのである。しかも、自力は、わが力ではけっしてどうすることもできない最難関だ。如来様の願力によらねば決して破られることのない。そしてその自力の迷情が共発金剛心の一念にやぶれたならば、何も握るものも、頼るものもない。一切を放下して、「今一定」と喜べるのである。あの時、聞いたとか、あの時はこうだったとか、過去や体験を頼るのでも、善知識を頼ることもない。常に、「今、一定」の味があるというのだ。

「生死流転の本源をつなぐ自力の迷情、共発金剛心の一念にやぶれて、知識伝持の仏語に帰属するをこそ、自力をすてて、他力に帰するともなづけて、また即得往生ともならひんべれ」(『改邪鈔』)

 これをうけた後半の分かち合いも、また伊藤先生の薫陶を受けられた方々のお話も、過去を偲ぶのではなく、今、ここに、両師のみ教えが息づき、それを喜ぶ者がいることが有り難く、ほんとうの意味での五十回忌に相応しいものだった。南無阿弥陀仏

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素晴らしかった華光大会

  九州支部の皆様がお世話くださった華光大会。とにかく有り難い集いで、終わってからも余韻が続いてる。ご講師の先生方、お世話の皆様、そして役員の皆様に御礼申し上げたい。

 中日に、伊藤康善先生の五十回忌と悟朗先生の三回忌を併修した。それもあったが、先生方のご法話にも力が入っていた。両先生に関連する内容に触れてください、とはお願いしていたが、各先生のご法話から、伊藤先生のお示し、悟朗先生からの薫陶をお聞かせに預かった。結局、ぼくたちは、みな伊藤康善門下なのである。今や先生の直接を薫陶を受けられた同人は数名になっている。しかし、伊藤先生のご縁はなくても、それを悟朗先生を通じて常にお聞かせに預かっていたのである。教義の上でも、また宗風や態度の上でも、伊藤先生から悟朗先生へと変わらず流れ至った華光を精神が、いまも変わらず息づき、躍動していることを、聞かせてもらったのである。

 それは華光で聴聞する、求道するこということは、けっして甘いものではない。しかしただ厳しいだけでもない。もし、おのれを開き、ひとりの凡夫として飛び込むものには、誰一人、分け隔てすることなく、同人・非同人、老若男女にかかわらず受け入れていく温かさがある。

 そんなことを随所に体感させれる集いとなった。法話にしても、信仰座談会にしても、五十回忌法要法座にしても、そして総会にしても、そのそれぞれで味わうことがあった。逆におおすぎて、すぐには言葉にはできなかったけれども、要は、このひと達と一緒に、共に浄土への歩みをしていくのだという実感をもたせてもらった。いろいろな意味で気付かされて、前に進む強い力を頂いたのだ。ほんとうに力が漲っていきた。

 現実は、課題や問題点も多いけれど、すごく力をもらった節目の華光大会となった。

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四十八願のこころ(15)第二十八願~三十願

 あるお寺の寺報に連載している四十八願のこころも、もう三十願までやってきた。二十一願をすぎて、取り上げるペースは早まるが、あと3年くらいはかかるだろう。

 たとひわれ仏を得たらんに、国中の菩薩乃至少功徳のもの、その道場樹の無量の光色ありて、高さ四百万里なるを知見することあたはずは、正覚を取らじ。(第二十八願・見道場樹の願)
 たとひわれ仏を得たらんに、国中の菩薩、もし経法を受読し諷誦持説して、弁才智慧を得ずは、正覚を取らじ。(第二十九願・得弁才智の願)
 たとひわれ仏を得たらんに、国中の菩薩、智慧弁才もし限量すべくは、正覚を取らじ。(第三十願・弁才無尽の願)

 二十一願からは浄土に生まれ仏にとなった者に対するお誓いで、その中心は、二十二願・還相廻向の願です。それに続く誓願は、還相廻向のお心から展開しますが、二十三~三十願は、主に浄土の菩薩に対する誓願で、今回は第二十八願~三十願のお心を窺います。
 まず、第二十八願は、見道場樹の願と呼ばれます。浄土の道場樹が、四百万里もの巨大で、限りなく光輝くこと知り、仰ぎ見させようという願いです。道場樹とは菩提樹のことで、その樹下でお悟りを開かれた場所で、如来様を象徴しています。つまり、限りなく光輝く阿弥陀如来を仰ぎ見させようという願いでもあります。
 次の二十九願・三十願は、弁才智慧-心のままに自由自在な弁舌(演説)がふるまえる智慧が備わらせようという願いです。第二十九願は、得弁才智の願で、教えを受けて、口にとなえて、また心に保ち、そして人々にと聞かせれるために思いのままに弁舌をふるう智慧が得られないのなら、仏にはなりませんという誓願です。
 また第三十願は、弁才無尽の願で、その弁舌の智慧に限りがあるようなら、私は仏にはなりませんという誓願です。つまり、教えを理解し説法をする能力を限りなきものにしようという願いです。
 以上、浄土の菩薩方は、「見仏」(二十八願)・「聞経(法)」(二十九願)・「説法」(三十願)が、心のままに自由自在であることを示しておられると窺うことができます。
 最後に、第二十八願のもう一面は、「少功徳のもの」に願われ、また「四百万里」と限定された数量が示されます。無量無辺の浄土で、広大無辺の功徳を得るのに、それを限定されることから、親鸞様は、これは化土であり、方便の願、十九願成就文だと頂かれています。

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いよいよ華光大会

Img_3863  華光大会に向けての準備がつづく。

 おみがきや、そうじも、京都の同人の方がお手伝いくださり、連れ合いやTさんと進めてくれいる。連れ合いは、障子の張り替えをしていた。

 ただ、ぼくの心の中には、法座よりも、華光の運営面、経済面の問題のほうが、多くを占めている。一年を締めくくるの総会や会議もあるのImg_3862で、資料作りや会議の準備がある。加えて、今年は問題も山積で、気合をいれて、同人一同がこころを一つにして臨まないといけないようだ。大会前日に、責任役員会を開いて、打ち合わせをすることにもした。

 もちろん、法座や法要の準備もある。Rさんの尽力で、伊藤先生五十回忌のパネルが完成してきた。いい出来だ。法要での「表白」や「法要次Img_3870第」も準備した。献花の供花も決めたし、法要の準備も着々と進んでいる。

 合わせて、小冊子(法話集)も完成してきた。予想以上に、渋い赤色の表紙で、いい感じだ。掲載の写真も、うまく編集してくださった。もちろん、内容も、いまの華光同人の方に、ぜひお読みいただきたいものだ。校正を手伝ってくれたTさんも、「これは皆さんに頑張っImg_3869て勧めたい内容ですね」と張り切ってくれている。伊藤先生、悟朗先生、小生の3編の法話を掲載するもので、タイトルは「非僧非俗のこころ」~華光を貫く精神~とした。

  華光大会は、華光同人のお祭りだ。真の仏法讃嘆の場に、参加できない方は、ほんとうにお気の毒である。その意味でも、参加の同人一同で盛り上げていこう!
 

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