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日高支部法座(2)~念仏が染み込む法の家~

 昼座が終わって、冷たい雨の中を月忌参りである。家人は、みな高齢になられたり、病気がちで弱っておられる。しかし、どの家にもお念仏の燈火あることが、肌でわかる。仏壇だけでなく、柱にも壁にも、お念仏が染み込んでいるのだ。そこに入ると、自然とぼくの称名も大きく強くなる。ある方が、なかなか声にでづらいといわれたので、しばらく一緒に称名念仏させていただいたりもした。この地には、お念仏の土徳があるのだ。

 そこから豊岡市内に移ってN子さんお宅へ向かう。これが2度目であるが、今回のメーンは、N子さん念願の家庭法座なのだ。おいしいお膳をみんなで食し、7名での信仰座談会。日高のおばちゃん連中は欠席だ。逆にみんなよく知っている人ばかりなので、雑談や内輪話で終わらないように場面設定してスタートした。おかげていまの味わいや、仏法を伝える姿勢、悩みや問題点をなど、生の声が出てきてよかった。それからはお楽しみの懇親会。こちらもずいぶん盛り上がったいた。ここは女性陣のお宿になるので、男性二人は盛り上がってきたところでタクシーの乗り込んだ。いつもの逆のパターンである。

 翌朝は、N子さんの同僚やご近所さんも交えた法座になると聞いていた。一方的な法話ではなく、子育ての問題点から始めた。どうしたら勉強しない子に勉強させるのかをテーマに、ディスカッション。単なる方法ではなく、それぞれの体験談も交えた話となる。要は、人を説得する時にどのような姿勢や態度で臨むのかを問うものだった。見守るとか、寄り添うという言葉があるけれども、実際となると至難のわざ。しかしそのことでこちらが成長させていだくこともあるのだ。後半は少しご法話に戻した。

 最後に、どうかこの家にも、お念仏を染み込ませてくださいとお願いした。法の座が開かれるところは、お釈迦様のお命が捨てられたところだと聞いてことがある。今回の集いはほんとうに素晴らしかった。ぜひ、これを一時の盛り上がりで終わらせないで、末永くお念仏の座が開かれる場所となってほしい。そうすると遺弟の念力で、この壁にも、柱にも、畳にも、お念仏の声を染み渡るだろう。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。

 午後からは、美味しい和食のランチをいただき、日高のS家に会場移しての4座の法座へ。今度は、日高のおばちゃんも皆さん集い、壮年や仏青世代の人達と合流の法座となる。これがお互いのいい刺激になった。

 ここでは、「阿弥陀様のご苦労は待つこと」というテーマでご法話。いわば、これが今回の一貫してたテーマでもあった。

 阿弥陀様とは、いつまでも、いつまでも、こんな私を信じて待ちつづけてくださるお方だ。

 2日間、ほんとうにいいご法座でした。

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