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苦戦

 華光誌の最終校を印刷所に渡す。

 今号は、とにかく苦戦した。誌上法話は「正信偈講讃」の5回目。実は、かなり前にある程度まとめていたので、それほど手間はかからずに進んだ。体験記も続編で、しかもよくまとまった内容なので問題はない。他には、真宗法座、アメリカの家庭法座、そして北海道聞法旅行と感想文が多かった。特に北海道は充実した内容だったので原稿の量は多く、いつもり増頁になった。ただの感想文はどうしても似かよった内容になるので、少し配置などに工夫が必要だった。

 ぼくも、アメリカ家庭法座の記事を書くことにした。既存の感想文だけなら全体像が分からないからだ。2頁1段と、決して長いものではないのが、うまくまとまらず手こずった。ただ感想文ではなく法座の雰囲気や内容なども伝えたいと思うと、なかなか難しい。それでも、まだここまでは予定どおりに進行。

 表紙の写真を選び、説明文を書き、聖教のこころを書いた。聖教は、予定を変更した。今回は、志向を変え「雑阿含経」日本語訳で、解説(味わい)はなし。そのままなら長文になるので抜粋して掲載した。実は、表紙の写真を決めたことで思いついたものだ。

 あとは「巻頭言」を書くだけだったが、ここでつまずいた。編集・校正作業と平行しながらだが、5日間も停滞。ブログも含めて息詰まった。書くつもりの材料は2、3あった。一つは、広島カウンセリングWSでの、「真宗(念仏)のみまことならば、カウンセリングは方便か」の問いだ。もう一つは、今日の真宗の法話の目標が、相手に伝わること。そのためには、分かりやすさ、やさしさが求められているということに関して。でも、結局は、11月の華光大会での伊藤康善先生の50回忌法要に関する記事になった。合わせて、増井悟朗師の3回忌法要の集いも持つが、両先生から受けたご恩徳というより、改めて華光に集う意義を示したかった。

 苦戦したのは、きれいごとで終わりたくなかったからだ。ほんとうに両先生の流れを汲む我々は、その真精神をしっかり受け止めて継承しているのか。改めて、皆さんに厳しく問いかけてみたい内容になっているからだ。

  まあ、なんとかまとめることはできて、予定どおりに印刷所に渡り、9月29日に発送する準備に入った。

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