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2017年9月の19件の記事

九州支部法座IN大分~大分づくし

  九州支部の大分法座は、今回で3回目である。大分開催の時には何かと災害や事件が起こっている。

Img_3348 まず第1回目は2014年9月で、恩師の信楽先生のご逝去の訃報が届いた。そして、法座の初日には戦後最悪のといわれた御嶽山噴火があり、会場のテレビに釘付けになった。法座修了後、呉での葬儀に参列。しかし、法座自体は、とてもよかった。特に、大分の同人の皆様との交流も深まり、疎遠になりかけていたTさんが、ご本願に出会われて尊い法座となった。

 第2回目は2016年の4月で、熊本大地震がおこる。前震の時はまだ開催予定だったが、前夜のImg_3353本震の揺れはすさまじく、しかも震源域は大分への移動、九州の交通機関もストッブしてやむなく中止となった。それでもその年の10月には再開することができたのが有り難かった。この時には、広島、福井、高山と遠近各地からの参加者もあった。

Img_3339 そして今年が第3回目である。Tさんが支部長さんになられて、お世話くださる。これもまた不思議だ。これまでの狭間町の温泉施設「陣屋の村」から、大分市内に移った。初めて平穏に開催できたのに、肝心の九州支Img_3341部の参加者は少数だ。しかもこれまで大分ならばご縁をいただけるという方々は、不参加である。その点では、たいへん残念だった。それでも、新しい参加者が宮崎から一家で参加くださった。他にも広島からも参加がある。ただ初日の夜の交流(懇親)会の参加者が、あまりにも寂しいと聞いて、急遽、連れ合いを呑み要員で動員することになった。

Img_3343 人数は少なかったが、夜の交流会は晴々とするものだった。関サバなどの大分尽くしの御馳走で、お酒も弾んだ。最後はやせうまといデザート。

 でも単に楽しかっただけではない。その昼座のご縁が尊かったのである。一宗の繁昌は人数ではない。ひとりでも信を獲るかどうかであるという蓮如さまのお諭し通りの尊い法座となった。その充実感で、気分も高揚していたいうわけ。その内容は次で、、。

 

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76-4号の発送

 午前中は、仏教大学の四条センターでの講義を受ける。「立ち現れる阿弥陀仏」と題して、『観無量寿経』に説かれる見仏思想の転換、つまり観仏から、声としての念仏に転じるダイナミックな展開で、3回に渡って仏滅後におこる見仏思想から辿っての体系的なお話。とにかく刺激を受け、ワクワクと聞かせていただいた。

 慌てて戻って、華光誌の発送だ。

 今号は、76巻4号である。悟朗先生の正信偈の大意で、救済の縁(十二光)・因(十七願、十八願)そして、果(十一願)という重要な箇所である。これからも、年に1度程度の割合で連載を進めていきたい。
 特集号は、5月の真宗法座の集い、同じくアメリカ布教の感想集、そして7月の北海道聞法旅行という3つの感想集があって増ページとなり、「はちす」は休んだ。
 巻頭言は苦心したが、伊藤先生の五十回忌を前に、もう一度、その原点に戻ろうという宣言で、かなり力が入っている。理由は、前の記事にあるが、温室育ちのぼくにも、親ライオンの声で野生に目覚めたのだろうか。とにかくぜひ、ご一読いただきたい。

 同封のチラシは3枚ある。

 ひとつが「年賀交換」。奮ってお申し込み頂きたい。

 2枚目が「華光誌のバックナンバー」をセット販売のお知らせ。

 そして、昨日まとまった伊藤康善先生の五十回忌の企画に関するお願いである。ひとりでも多くの皆様からの一言や参加をお願いしたい。

 月曜日ぐらいからお手許に届くだろう。お楽しみに!

 明日は大分での九州法座だ。連れ合いも、初めて九州支部法座に参加する。2年前は、出発日前夜の大地震で中止になっている。参加者は少な目だが、初めての方もおられるので、楽しみである。

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野生の血がたぎる!?

 9月に入ってから運営委員長のRさんが、華光大会の打ち合わせのために週1回のペースで来館さくださる。ひとつは、伊藤康善先生の五十回忌法要に向けての企画。もうひとつはその時までに、伊藤康善先生-増井悟朗師-そして小生の法話3編を本にする件。そして、最後は総会の相談で、そのときに発表する運営委員長の交代の件や、外壁工事の件など、詰めておくことが多い。Rさんは、前日まで高山に足を延ばして、相談役や副委員長と打ち合わせをしてくださっている。寛いだ中にも、大切な話し合い、そのまま分級座談会のような雰囲気での有意義な話し合い時できたようで、興奮気味にはなして下さった。

 おかげで、五十回忌の企画もかなり固まってきた。書籍の方も予定どおり進んでいて、選出した三編にルビをつけるところまできた。三編に共通する流れもハッキリしている。来週には、完全データを渡すことになる。総会は、これから役員さんや設計関係者は打ち合わせをして詰めていかねばなならない。課題はいろいろあって、難題にも直面しているが、モチベーションは高い。五十回忌、三回忌を前に、ぼくに流れている華光のお示しや気風というものが、ぼくに力をくださるようである。

 伊藤先生の法話に、インドではペットでライオンの子を飼う家があるが、飼い馴らされてエサをとる術もしらない子ライオンも、夜中に森から親ランオンの遠吠えと聞くと、俄然、野生の本性に目覚め、平穏な生活を捨てて、野生の森へと逃げていてという話がある。私達も釈尊の声に導かれて、仏法求道の後生の雄大な世界に飛び出すというのである。いま、伊藤先生と、先生を讃える増井先生の著述を読み返し続けているが、その念仏の雄叫びに導かれて、俄然、ぼくも真の聞法の場へと乗り出す活気が出てきたのである。ウカウカはしておられない。

 

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「いま、ここ限定法」

 9月の真宗カウンセリング研究会。月例会は月1回、水曜日の夜に、龍谷大学の深草学舎で開かれている。今回は、新会員が担当くださる。参加者が少なかったことが幸いして、まるでエンカウンターグループの様相となって、皆さん、自分を開いた表明が続く。受容的な雰囲気が支配していたので、自分のところを構えず、自然に話すことができた。ベテランカウンセラーが涙を流しながら、いまの自分を語ってくださったのが印象的。

 そういう雰囲気になったのも、今回輪読した「育ち合う人間関係」の内容が果たした役割も大きい。

 内容を要約するとだいたいこうだ。

 グループに参加する時、自己の内面で、「いま、ここ」の人間関係と経験過程そのものだけを重視しようはと、意識的に制限を設けて、たえずそれを護るようにすると、「いま、わたしこのように感じている」「いま、あなたはこう考えているのですね」と、かんじんの「自分」を置き忘れこともなく、話題が外側に限りなく広がるのでもなく、ひとのことばかりあげつらったり、非生産的な抽象議論に流れることなどが防げて、常に、「いま、ここ」の自分や関係に帰っていけるというのである。そうなると経験と意識とが一致し、それに応じて造られる人間関係が次第についわりのないもの、真実のもになっていくにちがいない。

 そしてその修練を積むことで、日常生活の人間関係が、カウンセリングの学びの場となり、またカウンセリングの経験で身につけた態度が生きてくる。つまりは、いま、ここの経験事実に徹底的に忠実になろうとするとき、「一期一会」という真宗的な生き方をほんとうにしているのか、いつわりのない自己凝視や謙虚な聞法態度が一貫しているのかが、常に厳しく問われてくるようになる。カウンセリングと浄土真宗との関係が、生活的にも体験的にも一枚になるととこがあると、述べられていた。

 未熟ではあるが、僕自身もそのような「いま、ここ」の態度で臨むようにお育ていただいていることをしみじみと味わう。しかもここに、カウンセリングと浄土真宗が、、また私の生活との共通の土壌があるといっていいのだろう。

 次回(10月)からは、いよいよ「真宗カウンセリング」成立の章に入っていく。

 

 

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ビハーラ実践と仏教カウンセリング~「法然上人の一百四十五ケ条問答」に学ぶ~

 『選択集』購読に引き続き、休憩なしで、今度は2時間のカウンセリングの実践を受講する。

 1、2回目の講義を知らず欠席したのが惜しまれる。今回はその4回目。~「法然上人の一百四十五ケ条問答」に学ぶ~と題しているが、ほぼ講義はない。簡単な説明のあと、法然上人が受けれた3つの問いを、現代風にアレンジして、パネラーが自分の立場で答えを表明し、参加者もそこに加わって議論を深めていくというのである。予め決められた問いと、立場のことなる3つ答えが用意されているが、それを聞いた上で、参加者がパネラーになってディスカションをし、より深く、また多角的に問題を掘り下げていくというのである。

 参加者は少なめで、皆さん遠慮がちだったので、積極的にパネラーになって前に出た発言した。議論していく内に、どんどん深まって、要は、現代に生きる僧とは何か。何もって宗教活動をするのかという本質的な姿勢が浮き彫りになてきた。ぼくも、浄土真宗という立場を表明しつつ、かなりつっこんでことを遠慮なく発言されていただいた。またそのことで、質問が出たり、反論がでて、それを深めていった。

 とにかく面白かった。座学ではなく、ロールプレイの実践は、かかわりによって深い学びを生み出す。僧侶や大学教授の地位のある方は、一方的に知識を教えたがるものだ。それだけの経験や学びあると、確かに豊かな話題を聞かせていただくので、それもまた有り難いし、勉強になる。でも、いちばん、力がいるのは、参加者も交えた実践にある。一見、先生が手抜きというか、楽そうに見える。でも、実は、講義や法話は、こちらが用意をして一方的に話せばいいので、ある意味では楽だ。逆に、共に生み出していく歩みは、そこで何がでるか分からないので、常に真剣勝負にさらされる。ましてや、みんながイキイキした集いを造るのには、すごく力用がいる。先生が何もしていないように見えて、深まっていくグループほど、実はそれだけの促進者の器量や経験が必要なのだ。

 講師の奈倉先生の受容的な姿勢に学ばせていただくこと大である。終了後、いろいろとお話をさせていただいたが、大学の前に住んでおられたので、ぜひ真宗カウンセング研究会でも、ご指導いただきたいと願った次第である。

 来月からは、別講師の「真宗カウンセリング」の実践が始まる。こちらも楽しみである。

 

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『選択本願念仏集』~ただ念仏の行者を摂取したもう~

 今日は、仏教大学の四条センターでの講義を連続して受ける。

、まずは、『選択本願念仏集』の購読である。前回で、大経攝要が終わって、今日から、「観経攝要」(七、八、十、十一、十二章)に入り、第七章の「光明ただ念仏の行者を摂する」の篇。

 「弥陀の光明、余行の者を照らさず、ただ念仏の行者を摂取したもうの文」で、
『観無量寿経』の第九真身観、そして善導さまの『四帖疏』の「三縁の文」と同じく『観念法門』が引用され、それを受けた法然さまの私釈段が、問答形式で述べられているのだ。

 如来の光明は念仏者のみを照らして、余行のものを照らさないのかというと、まず一つは善導「三縁の文」から。三縁とは、親縁、近縁、そして増上縁である。もうひとつは、それが本願だがらというのである。念仏が本願であるから照らして、摂取不捨される。「本願最も強(こわ)し」である。 

 ところで、本願とは、根本の願なので「本願」というのだが、浄土宗では、願いが成就したその本(もと)の願なので「本願」という説明だった。三縁のところでもそうだが、ちょっとの違いが面白かった。

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9月の広島支部法座

  大阪支部の翌日は、広島支部法座へ。

 お参りが少ないくて少し驚いた。でも、逆にじっくりと関われる。不審のある方が、その不審を尋ねてくださって、尊いご縁に。

 また縁があって、始めての方もお参りくださった。ほとんど聞法をされたこともなく、皆さんの熱心さにとにかく驚いておられた。今年になって縁もゆかりもないこの地に引っ越してこられたそうだが、以前に住んでおられたところで知り合った同人のご紹介で、今回参加くださった。

 それでも最後までおつきあいくださり、自分を開いて率直な表明もくださった。これがいちばんうれしい。きれいごとで終始される方もあるが、分からないことは分からないと話してくださったのだ。相手を批判するのでもなく、相手に会わせるのでもなく、自分に引き寄せて、自分のところを表明する。長年、参詣されていることでも、ここが分からない方も多い中で、ずいぶんご縁のある方だと思った。

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秋の彼岸の大阪家庭法座にて

  大阪支部法座が生駒市のK家の家庭法座として行われた。

 K家の家庭法座は、年に一度、春に開催されるが、急遽、会場の都合で秋も開いてくださることになった。今日は、お彼岸のお中日だ。お彼岸の法話をしようと思ったら、春のお彼岸のお中日もKの家庭法座になって、彼岸の法話をしていた。春も秋も彼岸の中日が同じ家庭法座になることは、なかなかないことだ。ちょっとしたご因縁を感じた。

 その上、亡くなられたご長男の三回忌が近いということで、簡単な法要も勤めさせていただいた。午前中、宇治の方面でお参りがあったので、一式、準備は出来ていた。故人はぼくと同学年で、50代半ばで早すぎる死であった。

 ご法話のあと、座談会。一言皆さんに回す。K家の家族のお言葉が有り難かったが、司会の方が気になる方の発言を取り上げた。要は、「信心にしがみついている(信心欲しい)のではいけないと指摘されるが、もう年をとりはやく聞き開かねばならない」というような内容だ。ただぼくが見る限りだが、ご本人の発言と実際の感じに隔たりがあるように思った。「聞きたい」といいつつ、今はほっておいていう感じだか。でも司会の方は、言葉の方を取り上げられたのだ。しばらくやりとりの様子を窺っていたが、縁他力的なおすすめがになっていく。わかりやすい。これなら相手も受けやすく、そこには素直に頷かれいく。でも畳や車のご苦労なら納得されるが、では南無阿弥陀仏となるとどうか。そすると本心からは納得されない様子がよく分かる。真剣ではない(本人の談は別だが)人に迫っていく気持ちはなかったが、やりとりを聞く内にこちらに火がついてきた。これは壮年の座談会の時も同じだった。いま、ぼくの中で動かす大きな力が働いているのだ。

 いつまでもグズグズと言いながら、一方で聞く気もみせるという煮えきれない態度や、甘いお勧めぶりに、机を叩いて迫る。ほんとうにその発言の言葉どうりなら、いま、ここで南無阿弥陀仏に飛び込む以外に道はないはずだ。そして南無阿弥陀仏を成就された阿弥陀様のおこころをお取り次ぎする。しかし、他人事のように首を傾げながら、わが胸に聞いておられる。いや聞いておられるのではない。自分の心の変化ばかりを追っておられるのだ。ますますこちらも力がはいる。「何をグズグズしているのか。いま、一歩出て聞かせてもらえ」と迫る。すると、突然、その前におられたYさんが立ち上がた。お仏壇の前にでて、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と号泣念仏が始まる。畳に頭をすりづけて「申し訳ありません。南無阿弥陀仏々々」と懺悔されているのである。生きたお説法だ。

 ところが、相変わらずご示談相手の方は人事のように座っておられる。逆に、その姿がぼくには有り難かった(お目当ての凡夫の姿だものね)が、せっかくのYさんのお勧めがいまあるのだ。『お念仏が出ない。こんなこころのままでは』という思いなら、その心にはかまわないで、Yさんの真似をしてください」と勧めた。やっと前に出られたが、Yさんのように頭は下らない。ぼくもYさんを真似て、さらに促してみる。少と頭が下るが、まだまたYさんのように畳にすりつけることはない。それでも高い頭のまま称名念仏される。何か気付いてくださるかと思ったが、何のことはない。大幅に時間オーバーしていることを気にかけておられる。先生や皆さんに申し訳ないというのである。うーん、ぼくの何を忖度されているのかな。複雑な気分。

 それにしても、言葉ではなく、目にものみせてくださったYさんの大芝居は、まさに菩薩の姿だった。もしかすると、それにまったく無自覚に他所事を感じながら、「欲しい、欲しい」というその姿もまた、わたしへのご催促かもしれない。グズグズ、長綱を引いている時ではない。

  とにかく有り難いご縁でした。

 

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『阿弥陀経』(7)~諸上善人・倶会一処~

 『阿弥陀経』の正宗分(本論)は大きく三段に分かれる。前回の第一段で、阿弥陀仏の極楽浄土と阿弥陀仏の荘厳についての讃嘆された。次いで今回の第二段は、いかにしてその極楽浄土に生れるのかで、念仏往生の教説が示される重要な段で、さらに三節に分科される。
 まず一、発願で、浄土往生の願を起こすことを勧められ、
 次いで二、正因では、少しの善根功徳の行では浄土往生できず、念仏よりほかに浄土往生の因はなく、
 その結果(三、正果)臨終に如来の来迎を受け、極楽に往生すると説かれる。
 テキストに使っている現代語版【五】は(前回の最終節)(1)浄土往生が優れた聖者であり、(2)その浄土に往生することを願う(発願)。(3)少しの善根功徳では往生出来ず、(4)名号を執持する念仏往生(正因)し、臨終来迎での往生(正果)が説かれ、(次回の第一節)(5)釈尊自らが証明し、浄土往生を勧める(自証)の五分科の構成となっているが、ここでは三分科にしていただいている。

 まず、一、発願(浄土願生の勧め)である。

「舎利弗、衆生聞かんもの、まさに発願してかの国に生ぜんと願ふべし。ゆゑはいかん。かくのごときの諸上善人とともに一処に会することを得ればなり。」

 ぜひとも極楽往生を願えと勧められる一節である。短い一文であるが、いろいろと重要な問題が含まれている。
 冒頭は、「衆生聞者」-「衆生聞かんもの」とある。しかし「聞」とあっても具体的に衆生が何を聞くかは示されない。梵本には「聞く」の語はなくが、異訳である玄奘訳(称讃浄土経)には、

「もし諸々の有情(衆生のこと)、彼の西方無量寿仏の清浄仏土の無量功徳、衆(あつまって)に荘厳せられる所を聞かば」(真宗聖教全一巻)。

とあり、また文脈から窺っても、釈尊のこの教説、具体的にはこれまで説かれてきた阿弥陀仏と浄土の有り様とみるのが妥当であろう。

 そしてもうひとつが、「諸上善人・倶会一処」についてである。

 では、なぜ願生浄土を勧めるのかというと、すぐれた聖者方と倶(とも)に、同じ善きところで会うことができるからだと言われる。ただ「諸上善人」-もろもろの上善人とは、前段の「不退の菩薩・一生補処の菩薩」のことであることは明白である。講本によっては、拡大して善知識ともとれているが、そのまますべての亡き人を示すものではない。
 しかし、今日の浄土真宗では拡大解釈されている。この世で縁のあった今は亡き人々(大半は家族)と領解される法話ばかりだ。教学的な見解はともかく、実際の葬儀や法事の場では、この一言を金科玉条にして説教されている。残念ながら、親鸞さまがどう味わわれたかは誰も問わない。確かに、その方が耳障りはいい。商売上でも大切なことだが、それでは浄土「真実」の教えではない。
 決して亡くなった故人のことを云々するのではなくて、今、ここにいる自分はどうかという問うた時にも、皆、死後はお浄土で、倶会一処と、(先祖や親と)再会できるという答えで終わってほんとうにいいのか。これが浄土真宗の他力の教えであるかのような異義が、堂々と正統になっている現状に、たとえ苦しくても向かってかねば、ぼくのいただいた教えが、浄土偽宗に成り下がってしまう。長いものに巻かれれば楽だが、それではあまりにも悲しすぎる。ぼくがお法りをお伝えする意味がないのである。

 本論とは離れたが、ここはしっかりと肝に銘じたい。

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大谷本廟にて

Img_3301  年忌法要を大谷本廟の一室で法要勤める。なんとなくこんな場所にくると身構える自分がいたが、総合受付に某先生の講演ポスターの掲示をみて、何となく妙な気分に。Img_3297

 お施主は、同人ではないが、龍大の職員だった関係で、冒頭で、皆様に称名念仏を勧めてくださり、勤行もご一緒される。今は、曹洞宗系の大学に教員をされていおり、同じように大学での宗Img_3293教行事があるそうだが、勤行の時、参列の皆さんは黙って聞いていImg_3296るだけで、一緒にお勤めされないことに驚いたといわれた。それひとつとっても、浄土真宗が僧俗の別のない在家止持の同朋教団であることがよく分かる。

 法要の後、お墓参りへ。浄土真宗の墓石なので、多くが「南無阿弥陀仏」とか「倶會一處」と刻Img_3298まれているが、戦争中のものは随分と勇ましものもある。Img_3299

 久しぶりに親鸞さまの墓所にもお参りさせていただいた。ここが古い大谷本廟から移築された石窟跡だといImg_3303う。知りませんでした。  

Img_3305 法要の後は、青蓮院のお隣の料亭で会食。お庭も立派だった。大谷の墓所からお得度の地の青蓮院に移ったのだが、そのことを話すと、「ちょっと意識していました」とのお答え。

 ご馳走になりました。

 

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第10回 広島「真宗カウンセリングWS」

   8月末のことだが、感想文を書いたので、ここにも一部アップする。なかなかすぐにブログが書けないのが、最近の悩みだ。

 第10回を迎えた広島真宗カウンセリングWS。広島の真宗カウンセリング学習会も15周年の節目だったそうだ。種まきをされたS先生が最後まで心を砕かれ、バトンを受け継がれたM先生が育てられた真宗カウンセリングが、今、広島の地に息づいていることが力強く思えた。そこに、小生も参画させていただけていることも、とても有り難く感謝している。

 真宗カウンセリングの学びは、単なる知的学習(研究)だけではない。体験として研修し、さらに各人の実践(お寺や地域の活動、家庭問題)がなされ、その課題が再びた研修で語られ、共有されることで深められていくプロセスである。その意味では、頭の理解に、体験的な学びが加わり、それが身のレベルにまで深められて、生き方にも影響を及ぼしていくのであるから、表層的な薄っぺらいものでは決してない。

 広島では、その学びが僧侶中心ではなく、一般方や主婦も加わり、僧俗一体となって進んでいることに深く感銘を受けた。ともすれば、リーダー役の講師や僧侶・住職の存在が目立って、他のメンバーは追従することが多いのではないか。しかしそれでは、真の御同行・御同朋の体現をめざす真宗カウンセリングの精神とはかけ離れ、深まりや拡がりのないままで終わってしまう。ワークショップの休憩時間のことだったが、広島のメンバーが、次回の例会の相談されおられた。それが、僧俗・男女・老若の別なく、誰もが対等に意見交換されていた。その繰り広げられている風景だけでも、真宗カウンセリングがこの地に根付いていることを実感させられたのである。

 それにしても今回のワークショップの内容は、10周年に相応しいものとなった。今回は、前年の参加者が全員(9名に世話人2名の11名)が、遠近各地より再び揃ったこと。これはたいへん稀なことである。そこにこれまでの参加者やカウンセリング経験の豊かな初参加者が加わって、さらに厚みを増したワークあった。顔ぶりをみて、より深みのあるグループになればと願っていたが、それぞれが他のメンバーとの関わりややりとりを通じて、自分の問題と向き合い、その気づきを表明し、またそれが次のテーマを生み出していき、グループ全体も深まっていくという、たいへん有機的なつながりのあったワークになったのではないだろうか。

 ほんとうはひとりひとりの出会いのところにも触れていきたいのだが、いま割愛をさせていただく。

 ぼくのところではずっとこころに残っていたテーマがあった。ひとつは「本願とは何か」。自分のところ、つまりより自分の体験過程に引き寄せたところで、ほんとうにびったりする一言はないかを、探す3日間だったような気がする。

 そしてもうひとつは、「もし念仏のみまことならば、カウンセリングは方便なのか」という問いである。そのこともいろいろと味わった。

 結論からいうと、ある意味ではそうだあるし、ある意味では絶対に違う。そして、ぼくの中(あくまでも主観的、主体的な出会いではあるが)では、念仏もカウンセリングも分かち合うことはできず、両者は出会い、そして統合されているといっていい。その意味では、この問いは意味をなさなくなっている。これがカウンセリングで、ここからが真宗という境がなくなっているからである。

 そのあたりはもっとじっくりと皆さんと分かち合い、語り合いたかったが、まったく時間がなくて残念だった。

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教行寺法座

日本列島を縦断した台風は猛スピードで北海道へ。台風一過で、蒸し暑い一日になる。

Img_3314 壮年の集いに引き続き、奈良の教行寺への布教。台風で足止めされた高知のYさんも同乗し、連れ合いが運転する。朝座、昼座共にたくさんの参詣者があり、華光の方も10名近くおられた。四国、広島、福井と遠方からのお参りである。有り難いことだ。

 寺院布教だからと別に内容が代えるわけではないが、例話は身近な話題を中心に、お聖教の引用も馴染みのあるものに心がけている。2座あったが、それぞれ和讃のお取り次ぎ。前席で「生死の苦海」や「五濁悪Img_3323世の衆生」といった人生の実相を語り、後席は「如来の願船」や「弥陀の名号」という如来様からのはたらきかけについてでいただく。結局、真宗のお救いは、人生の苦の対症療法、目先の救いではない。むしろ、そこは自分の業縁として受けていくしかない。しかしただ火の粉を払うことに一喜一憂するのではなく、迷いの苦の元を抜きさる、火の元を消しさってくださる救いであるところを聞Img_3309かせていただく。しかもそれは、後生の一大事に心かけ、自力のこころをふり捨てて弥陀をたのむ一念の時に決定するのである。あれもこれもと広げないで、そこひとつに焦点を定めてお聞かせにあずかることをお勧めした。

 皆さん、熱心に頷きながら聞いてくださる。ただそれ以外に反応は分からない。難しいことはなくて、いま聞いたところを分かち合う、もしくは語り合う。座談会がないのはやはり寂しい。熱心なだけにますます勿体ない。
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  ≪萩と裳階(もこし)付きで二階建てのようにみえる立派な本堂↑≫
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壮年の集い雑感

今回の壮年の集いは、いままでにない雰囲気があった。

 ひとつは台風接近で落ち着かない人がでたことだが、これは状況の問題なので致し方ない。

 もうひとつは、昔の仏青や壮年メンバーたちが数年ぶりに参加されたこと。特に、ぼくのグループは仏青の同窓会メンバーが多くて不思議な気分になった。「学生時代、AさんとBさんの3名で、聞法の集いのあと七条大宮のカフェでお茶したなー」と、ほんとうに忽然と思い出したりもした。なぜか、その時の話の内容も少し甦ってきて、Aさんの心境があまり変わっておられないことに気付いたりもした。もっとも、他の方は覚えておられなかった。

 懐かしい人もあったが、大半はご縁が短い方(5年以内)が主流。そのせいか分級座談会で大人しいくて、ちょっとお通夜の雰囲気。緊張もあったのだろうが、どのような話題をだせればいいのか戸惑っておられるように思えた。教義の質問だったり、有り難いことをいわねばならないと思っておられるのだろうか。ただ、壮年の集いの原点は、子育て、介護、仕事や地域の人間関係、要は多忙同世代の方々が集って、じっくりと仏法を語り合うという趣旨でスタートした。その意味では、10名程度の少人数、そして同じ顔ぶれで、じっくりとという条件は揃ったが、なかなか深まるところまでには至らなかったのは残念。

 そして最後は、原点に戻って聞かせていただこうということを再確認した。ご法話にしても、分級座談会にしても、法の勧め方は、果たして伊藤先生や増井先生のみ教えを、「如是我聞」と継承させていただいてるのだろうか。今回の巻頭言のテーマにしたが、分級座談会の質問から、僕自身にも火がついて、かなりはっきりとお伝えさせてもらった。いつのまにか、仏様の願いを聞くことが前面にで、求道者や息詰まっている方にすぐにお念仏を勧めたり、「とりあえずお念仏」では、まるで浄土宗の亜流に成り下がってはいないか。
 後生の一大事と自他力(信疑)廃立の原点を問うご法話もさせていただいたが、ここはこれからも外さずにお伝えしていきたいところだ。

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不要不急

 大型台風が急転回して日本列島に接近する。連休中の不要不急の外出を控えるようにという注意喚起が続いている。

 「壮年の集い」の開催前から心配したが、中止にする選択肢はまったくなかった。壮年の集いの真っ最中に近畿に上陸する予報で、列車の運休などで参加できない人もいるだろうとは思った。でも、これもまたよくあることだが、ノロノロとスピードが遅くなって、結局、法座中、直接の影響はなかった。

 直接の影響はなかったが、2日目の午前で、西日本の人を中心に早めに帰宅されることになった。九州、四国、中国は、山口や広島の山陽の方もあれば、鳥取の山陰の方もおられたのだが、その方々が今回の幹事だったからだ。

 もっともあとは大人の皆さん、各自の判断である。昨今の世間の流れからはズレているが、この世のことはなんとかなるだろうという思いがあるからだ。特急が運休なら在来線でもいいだろうし、たとえ列車や高速バスが動かなくなっても、もう1泊ここに泊まればよいだけのこと。実際、高知の方はもう1泊されて、翌日の教行寺法座もご一緒することになった。流れでさらにもう1泊(都合2泊)されることになって帰宅された方もあった。

 それでも昔に比べると、世間には近づいてきた。早く切り上げるべきかの相談をしていたら、古株の四国の同人が、「昔の華光なら考えられませんね。こんな時でも、今生事で帰るのかという雰囲気があって、ぼくも2度ほど列車の中で泊まったことありますよ」と言われていた。まあ、その感じはぼくもよく分かって、なんとなくまだ腹の底にある感情だ。

 でも世間の常識でいうのなら、仏法のことなど不要不急の最たるものだ。皆さんにとっては別に仕事でもない。お金もうけにもならず、命や健康にかかることでもない。別に義理があるわけでもない。たとえ聞法しなくても今生の生活の上には、まったく差し障りはない。むしろ聞法が、仕事や家庭の邪魔になることだってある。現実、それを理由にこない人もいるてはないか。中には、気分で聞法したり、しなかったりする人もいるしね。

 しかし、法の立場に立つならば、仏法は「後生の一大事」の解決にほかならない。
 もし人生においてたったひとつ急ぐものがあるとするならば、それは南無阿弥陀仏を聞くこと。
 もし人生に重要な、たったひとつの大切なものがあるのなら、それは南無阿弥陀仏を聞くこと。

 それこそが緊急で、一番重要な一大事なのである。ところが、私の現実、今生事の腹底の心とは、まったく正反対なのである。実は、そこを聞かせていただく、うちのめられるほどのそのギャップを痛感させられることは、聞法の上では大切なことであるように思えるのだ。 

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苦戦

 華光誌の最終校を印刷所に渡す。

 今号は、とにかく苦戦した。誌上法話は「正信偈講讃」の5回目。実は、かなり前にある程度まとめていたので、それほど手間はかからずに進んだ。体験記も続編で、しかもよくまとまった内容なので問題はない。他には、真宗法座、アメリカの家庭法座、そして北海道聞法旅行と感想文が多かった。特に北海道は充実した内容だったので原稿の量は多く、いつもり増頁になった。ただの感想文はどうしても似かよった内容になるので、少し配置などに工夫が必要だった。

 ぼくも、アメリカ家庭法座の記事を書くことにした。既存の感想文だけなら全体像が分からないからだ。2頁1段と、決して長いものではないのが、うまくまとまらず手こずった。ただ感想文ではなく法座の雰囲気や内容なども伝えたいと思うと、なかなか難しい。それでも、まだここまでは予定どおりに進行。

 表紙の写真を選び、説明文を書き、聖教のこころを書いた。聖教は、予定を変更した。今回は、志向を変え「雑阿含経」日本語訳で、解説(味わい)はなし。そのままなら長文になるので抜粋して掲載した。実は、表紙の写真を決めたことで思いついたものだ。

 あとは「巻頭言」を書くだけだったが、ここでつまずいた。編集・校正作業と平行しながらだが、5日間も停滞。ブログも含めて息詰まった。書くつもりの材料は2、3あった。一つは、広島カウンセリングWSでの、「真宗(念仏)のみまことならば、カウンセリングは方便か」の問いだ。もう一つは、今日の真宗の法話の目標が、相手に伝わること。そのためには、分かりやすさ、やさしさが求められているということに関して。でも、結局は、11月の華光大会での伊藤康善先生の50回忌法要に関する記事になった。合わせて、増井悟朗師の3回忌法要の集いも持つが、両先生から受けたご恩徳というより、改めて華光に集う意義を示したかった。

 苦戦したのは、きれいごとで終わりたくなかったからだ。ほんとうに両先生の流れを汲む我々は、その真精神をしっかり受け止めて継承しているのか。改めて、皆さんに厳しく問いかけてみたい内容になっているからだ。

  まあ、なんとかまとめることはできて、予定どおりに印刷所に渡り、9月29日に発送する準備に入った。

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ポテトサラダ

 連れ合いが仕事で、1週間ほど留守だ。

 夜7時を回って、近所の食品スーバーに行く。夕食のメーンは、冷凍の作り置きがあるが、野菜類や果物がなかったので、少し買い出しへ。野菜の高値がまだ続いている。トマトもかなり高い。一人分なのでプチトマトにする。キャベツは比較的安かった。

 このお店はよく流行っているので、この時間になるとお総菜はもうきれいになくなってる。まばらになった売り場だったが、お総菜の一角に、たくさん売れ残っている商品があった。

 ポテトサラダだ。

 なるほど、皆さん、敏感だ。不幸にして、死者まで出た。初めて0-157を耳にしたときのことを思いだした。あの時は、カイワレ大根が原因だと言われて、ちょっとした騷動になった。結局、カイワレ大根ではなかったので、時に大臣がカメラの前でカイワレのサラダを食べるなどして安全宣言もした。それにしても、報道の影響は恐ろしいものだ。

 今回もどうやらポテトサラダではなさそうだが、まだ原因は不明。しかし、最初のニュースのイメージが強くて敬遠されているのだろう。

 おかけで、値引きされていたボテトサラダを購入することができた。

 

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だんだんと

 このところ毎週、運営委員長のRさんと華光大会の打ち合わせをしている。

 喫緊の仕事は、華光誌の編集と、16日からの壮年の集いであるが、11月の華光大会の案内も準備していかなければならない。

 講師の選定や依頼、総会の打ち合わせの他に、「伊藤康善師五十回忌法要、増井悟朗師三回忌法要の集い」を併修することになったからだ。

 華光大会は11月3日(祝)4日(土)5日(日)の3日間、九州支部が当番で開催されるが、4日(土)昼座には、法要と法座をもつことになった。このところ3年連続である。一昨年は、増井悟朗先生を偲ぶ会、昨年は、一周忌の集い、そして今年は、伊藤康善先生の五十回忌と、意義ある年忌が続くことになる。

 ただ今年は、食事会や懇親会は行わず、夜座はしっかり総会を持つことになった。こちらも相談を要する課題が多いからだ。

 伊藤康善先生を偲ぶといっても、もう先生の直接の薫陶を受けた方は十指にも満たない。三十三回忌の時には、面授口伝の先達から、先生の痛快なエピソードや人柄もお聞きすることができたが、先生方も含めて先達の多くが浄土に旅立たれている。多くは、著述を通じて、または増井先生を通じてしか触れられないからだ。

 遠くなりかけているだけに、改めてその威徳を偲び、今日の華光に集うひとりひとりの信を問う意義は、深くなっているのではないだろうか。

 法要以外の内容は、いま、いろいろとアイディを出し合い検討している。

 打ち合わ、話すうちに、だんだんとその気になって盛り上がってくるから、不思議だ。

 当日のプログラムではないが、伊藤康善-増井悟朗、そして小生の3編を法話を収めた小冊子の法話集を造ることも決まった。また、ひとつ仕事をや増やしてしまったが、こんなことでもないとなかなか動かない。こちちは華光誌の編集が終わったすぐに取り組みたい。

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へとへと

 たいへんなことになっている。
 今年の4月いっぱいで、15年近くお世話になっていた歯医者が廃業された。もう80歳をすぎて、これ以上責任を持てないということである。

 名医だった。どんな歯も抜かれない。ぼくは、上の前歯に問題を抱えている。はたちの時、歯並びが悪くとすぐに腫れる前歯を抜いかれたあと、大金をかけてブリッジにしてもらった。ところか、この仕事があまりよくなかった。そこがトラブルになって、今の歯医者にいくことになった。決して抜かない。まったく痛くない。もうダメになったものを、何年も持たせてくれていた。行くたびに、「いい歯をこんなひどいことにして」と憤っておられたが、ここ5年間は毎回、「もう限界やな。他の歯医者なら2本、下手したら3本は抜かれるなー」といのうが口々だった。「親不知も、普通なら抜くけど、ぼくは持たせるよ」といってくださっていた。第一、お金がやすかった。いらないことは一切なかったのだ。

 数年前から「止める、止める」と脅されていたが、患者さんも職員も、半分冗談にして、本気で引き止められていたが、とうとう終わってしまった。

 半年間、歯医者探しをした。実際に通院されている方にいろいろと尋ねて、同じ京都の桂にある歯医者に通うことにした。まず連れ合いが通院してていた。

 あまりに違いにびっくりしている。ある意味、180度の転換である。

 レントゲンや撮影がとにかく何度もある。3Dでの撮影ある。これまでの55年間で、なるべくレントゲンを受けることも避けてきたが、今回、2回の治療で、これまで浴びたことないほどの放射能を浴びた(大げさですが)。

 案の定、前歯を3本、親不知も4本(結局虫歯のある3本)抜くことを勧められた。ただし、親不知は、大きな病院を紹介して先のことになった。

 レントゲンで、治療の様子をまざまざとみせられた。すると、これまでの治療は、あくまでも応急処置で、根本の解決になっておらず、将来、ますます悪くなるとのことである。確かに、表はきれいでも、十分に薬が入っていなかったり、問題があるのがよく分かった。要は、これまではいらないことはしていないが、すべて応急処置であったというのてある。

 とうとう前歯も抜いた。仮歯に、3~4ケ月後に治療すすめることになった。久しぶりの麻酔(抜歯は、はたちの時以来)、それにしても、一気に3本抜かれて、かなりヘトヘトになった。

 これから毎週のように何ケ月か通院して、古い治療痕も治し、いろいろと詳しい口内のケアもある。とにかくモニターやら画面やらをみせられる。説明もやたら丁寧で、いつも90分くらいはかかる。ああ、こうして儲けるのかということもよく分かった。これまでの何百円という額とは、ぜんぜん明細が違う。もとも問題はこれから、、。

 でもこれまでの潜在的な不安は解消されている。勧められた乗った船。方向転換でいいか悪いかは分からないのだが、乗っていこうとは思っている。

 しばらく滑舌悪いですが、ご容赦ください。
 

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充実した10日間

  しばらくブログを休んだ。

 分かっていたことだが、8月下旬から多忙の日が続いた。連続で法座や研修会があったのだ。8月の華光誌輪読法座のあと、土曜・日曜日は「東京支部法座」。切符は京都途中下車で、火曜日~木曜日の2泊3日は、「広島での真宗カウンセリングWS」、戻ってすぐ、月末の会計の処理。9月にはいって、金曜日に会計月次と「本典学習会」があり、土曜日は大谷本廟の部屋をお借りして法事、日曜日は聖典講座。その間、教案の準備もあるし、華光誌の原稿を整理手直し、月曜日中にある程度、渡す予定になっていた。今回は、アメリカ布教や北海道聞法旅行の特集号で、増ページになっている。

 行事が続くと、その分、味わったことや分かち合いたいことが沢山生れる。また8月に見た映画や講演でも随分、刺激を受けた。奈良博での「源信展」も、とてよかった。結局、あれやこれや、いろいろと書きたいネタが増えたのだが、逆にテーマが絞りきれなかったり、例によって法座順に書かねばという思いが強すぎて、ひとつが詰まると先には進めずにいたのだ。このままズルズルと今夜も書かずに終わりそうだったので、言い訳でも書いて前に進めようと思ったのだ。

 とにかくこの10日間は、たいへん充実した日々だったということ。

 特に広島でのカウンセリグwsは素晴らしかった。その感想と源信展ぐらいは振りかえて書きたいと思っている。

 とにかく今夜はこのあたりで、、。

 

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